GR異聞~地獄変~ 前編

Last-modified: 2013-12-20 (金) 21:59:22

その男は、一体どれ程の時間を、こうして歩み続けてきたのだろうか。
 
――何カ月?
――何年?
――あるいは、それ以上か。
 
男が歩み続けた時間に対し、しかし、世界が報いる事はない。
男の眼前に広がるのは、ただ真っ黒に塗潰された無人の荒野。
森も、街も、人も、全てが燃え尽きてしまった世界。
何もかもが手遅れであった、世界の残滓のみである。
 
幾たびもの刻を超え、幾つもの世界を渡り歩き、幾度となく、男はこの光景を目にしてきた。
この地上のあらゆる可能性の数だけ存在しながら、それぞれが交わる事のない多重世界。
だが、それぞれに因果の異なるはずの数多の世界の終焉は、いつも決まってこの光景であった。
 
日没と共に絶望の夜を過ごし、夜明けの時には「せめて、あと一日」と、再び杖をその手に取る。
未練とも執念ともつかぬ想いのみによって重ねられてきた男の歩み。
その道程が、今、ついに終わりを迎えつつあった……。
 
「ふぅ……」
 
大きく一つ息をついて空を見上げ、砂ぼこりにまみれた、黒みがかったゴーグルを外す。
開けた視界に広がるのは、心の底まで滅入るような、いつもの薄汚れた空のみであった。
 
(こんな時くらい、あの雲がのけてくたらなぁ……)
 
ぼんやりと、子供のような我儘を思いながら、男の体が大の字になって、どぅっ、とばかりに大地に倒れる。
体を傷めたわけではない、疲労に音を上げたわけでもない。
例え純白のスーツが煤の色に染まり、上等なアラビア風のマントがほつれて破れ果てようとも、
誇り高き戦士である男の体が衰える事などありはしないのだ。
 
衰えたのは彼の心だ。
かつて彼が忠誠を誓った、一流の能力者達が集う組織の中にあっても、
重なり合う世界を渡り歩く使命をこなせるだけの能力を有した者は、男一人だけであった。
 
彼が自らに課した苛烈な任務を、今ここで彼自身が放棄したとして、誰がそれを責める事が出来よう。
幾星霜もの時をかけ、無限の孤独に耐えながら重ねられた男の歩みは、
結局、人類にはひと握りもの可能性が残されていない事を確認するだけの作業に過ぎなかったと言うのに、だ。
 



 
(……雨)
 
――雨。
 
――雨。
 
――雨が降る。
 
(全てが燃え尽きた大地にも、雨は降る、か)
 
口元を濡らした一滴の潤いが、風景の一部と化していた男の体に、人間らしい思考を蘇らせる。
 
(何もかもが燃え尽きた大地、一度は煮えてしまった海。
 だが未だ大気は澄み、地球上のサイクルは、何ら変わる事なく繰り返されている……)
 
呆然と巡る思考の中、雨足はいよいよ強さを増し、額のゴーグルを激しく叩きはじめる。
 
(こうして何千年、何万年と、同じ営みが繰り返されたなら
 やがて、この世界にも再び生命が戻り、そして……。
 そして、その時は……、今度こそ燃え尽きる事のない世界ができるのであろうか?)
 
とりとめの無い、無意味な思考が男の脳裏に浮かんでは消える。
 
感傷である。
男にとってはあるまじき、そして、戦士にとっては唾棄すべき感傷であった。
 
故に、気付くのに遅れた。
 
「……おかしい」
 
男の魂に急速に火が灯り、同時に、屈強な戦士の肉体が大地に跳ね上がる。
 
「いかに自然のバランスの崩れた世界とはいえ、雨足が早すぎる……」
 
嚢中に湧き上がる仮説をまとめるかのように、男が呟く。
確かに、全ての理が燃え尽きてしまったこの世界の気候には、かつての常識は通用しない。
今日の叩きつけるようなスコールに見舞われた事も、一度や二度では無かった。
 
だが、果たしてこの嵐はどうか?
何の前触れもなく、男の体を刻まんばかりに顎を広げたこの烈風。
これすらも、過酷な自然現象の一部と割り切れるものなのか?
 
――否。
 
男の体が覚えていた、そして、男の本能は感じていた。
吹きすさぶ暴風の彼方より伝わる明確な悪意。
知っている。
これは異常気象でもなければ天変地異でもない。
 
これは、兵器である。
 
左手で降り注ぐ雨粒を凌ぎながら、ゴーグル越しに地平の彼方を睨みつける。
果たして視線の先、荒れ狂う二本の竜巻を連れ添うかのように、その悪意が形となって影を刺した。
 
「おお!」
 
思わず嘆息が漏れる。
UFO、或いは鋼鉄の深海魚と呼ぶべきか。
巨大な中華鍋を上下に張り合わせたかのような円盤型のフォルム、その正面に、鼻のように突き出したセンサー。
何らかの宗教的な意図すら感じられるスペード型のアンテナに、機械の兵器らしからぬ瞳の紋様。
よもや見紛う筈もない、それはかつての彼の同胞、草間博士が造り出した兵器のひとつ――。
 
「間違いない、この嵐は、やはりウラエヌスの仕業か!?」
 
驚嘆の声を上げる男を脇目に、漆黒の鉄塊が宙を往く。
嵐の中、竜巻を従えて悠然と進むその姿は、さながら深海の主の威容である。
 
「だが、どういう事だ?
 全て生命が燃え尽きたこの世界で、誰がアレを動かせるというのだ。
 ヤツは、ウラエヌスは誰と戦っていると?
 あるいは……」
 
 
【ピィイイイイィイィィイィン】
 
 
男の詮索を遮るかのように、ウラエヌスが独特の金切り音を上げる。
ぎりりと歯を喰いしばる男の眼前に、唸りを上げる竜巻の片割れがじりじりと迫っていた。
 
「あるいはまだ、この世界は燃え尽きてはいないと言うのか!?」
 



 
『ドリルッ ハリケェーン!』
 
乱入者の声が天空に轟いたのは、荒れ狂う猛竜巻が男を呑み込まんとした、まさにその時であった。
驚く間もない、間髪入れず、烈風の大渦が横合いから吹き抜け、男の眼前の竜巻をも呑み込み
まるで相食むかのように上空へと消し飛ばした。
衝撃で弾き飛ばされた礫の一つが男のこめかみを掠め、目じりの脇に一筋の紅い線を引く。
 
「なっ!これは……」
 
反射的に上空を見上げる。
そこには螺旋の軌道を描きながら、彗星の如き勢いでウラエヌスへと迫る、鋼鉄の悪魔の姿があった。
 
そう、悪魔、だ。
男の背中がぞくりと泡立ち、凄まじき闘争の記憶が鮮やかにフラッシュバックする。
あれはかつて、世界を燃やし尽くした悪魔の兄弟、天空を統べる鋼の巨人。
 
「まさかッ! GR2か!?」
『目だアァ――ッ!!』
 
驚愕と咆哮の声が同時に響き渡り、螺旋を描く巨人の右手が、ウラエヌスの左目に深々と突き刺さる。
 
【ピィイイイ―】
『悪足掻きを、喰らえ、ドリルヘッド!』
 
敵を振り落とさんと滅茶苦茶に暴れ始めたウラエヌスに対し、巨人は右のドリルを突っ込んだまま
左脇で対手の「鼻」をガシリと抱え込み、頭部に生えた大きな角を突き立てた。
たちまち角は螺旋を描き、ウラエヌスの強固な装甲を穿ち始める。
 
GRシリーズの中でも造形美に秀でた細身のボディ。
かつてはそこに、ある種の気品すら感じさせたGR2。
そんな優雅な外見とはかけ離れた醜悪なる戦法に、男が思わず顔をしかめる。
 
「……だが、それでも似ている。
 武装やサイズは異なるが、やはり、あれはGR2」
 
ぐっ、と男が一つ喉を鳴らす。
GR1――、それはまだ地上が燃え尽きる前の世界において、男の所属する秘密結社・BF団が
世界征服への布石【GR計画】の要石として建造した、草間博士が最高傑作の一つであった。
 
だが、GR3が草間博士の賜物ならば、相対するウラエヌスもまた草間ナンバーである。
どうにも振り切れぬ対手に痺れを切らし、まるで癇癪を起した子供のように
自らが編み出した猛竜巻へと遮二無二突っ込んだ。
 
「ム……、いかん、アレでは翼が使えぬ」
 
そんな、男の言葉を肯定するかのように、
竜巻と鉄塊にサンドイッチとなったGR2のボディがミリミリと悲鳴を上げる。
いかにGRナンバー中、最も飛行能力に長けたGR2と言えども、あの巨体である。
出鼻を猛竜巻に抑えられた現状では逃れる術がない。
そして、このまま我慢比べが続いたならば、恐らく先に音を上げるのは、
コンセプトの段階で装甲を犠牲にしているGR2の方だろう。
 
(どうする? この場はこのまま、事態を静観しておくべきか……)
 
目まぐるしく変わる状況に対し、男が思考を回転させる。
眼前で死闘を繰り広げているのは、共にかつての同胞である、BF団のロボットである。
一体いかなる事情でかかる事態に陥ったのか、判断する材料は皆無に等しい。
ここで行動を誤れば、自らが助けた勢力に、ようやく見つけた未来の可能性を摘み取られてしまう展開も有り得るのだ。
無論それは、このままGR3が大破するのを傍観していた場合であっても同様である。
 
ただ一つ、両者分ける要素があるとすれば、GR1の内部より発せられた「声」であろう。
加えて最初の接触の際にGR3のとった行動は、まるで竜巻から男を守るかのようであった。
その後、ウラエヌスを相手に見せた我武者羅な戦法もまた、傍目には極めて「人間臭い」戦い方であるように思えた。
 
「やはり……、この場はGR1を助けよう」
 
自らの決断を口中で確認し、グッと両の手を力強く握りしめ、ゴーグルの奥にギラついた輝きを宿らせる。
かつて、世界に恐怖と混乱をもたらしたBF団。
その凄腕のエージェント達の頂点【十傑集】に名を連ねる男が見せる、本気の表情である。
その鋭い眼光の前では、ウラエヌスの堅牢なる鋼鉄の装甲も、
ゆうに10倍を超す対格差も、搭載された諸々の兵器群すらも、
もはや、たいした意味を持ちはしないであろう。
 
独特の呼気を響かせ、ゆっくりと、男が肺腑に満ちた酸素を吹き放つ。
その動作に合わせたかのように、男の周囲の空間が揺らぎ、迫りくる暴風雨が眼前で真っ二つに割れる。
 
……と。
 
「――あのロボになら加勢は無用ですよ、十傑集【幻惑のセルバンテス】殿」
「何?」
 
まさに攻撃に移らんとした刹那、絶妙なタイミングで投げかけられた言葉によって、高まった気勢が大きく殺がれる。
反射的に振り返った先にいたのは、その男、幻惑のセルバンテスにとっては思わぬ再開となる、スーツ姿の細身の男であった。
 
「君は……」
 
「しばし、高みの見物と洒落こんでもらって結構。
 面白いもの見られるのはこれからですよ」
 



 
『チィッ! 奴さん、どうやら一筋縄じゃいかないようだな』
 
『チェンジしろ、隼人! こう言う一つ覚えのパワー馬鹿相手には……』
 
『ハイ!ハイ!ハーイッ! おれだ、おれ!!
 ここはわいの出番だでぇ! お二人さん!』
 
荒れ狂う猛竜巻に軋むコックピットの中、突如割り込んできた、緊張感のカケラもない通信に、
拍子抜けしたGR2パイロット・神隼人が、思わず自嘲の笑みを浮かべる。
 
『フン、目には目、馬鹿には馬鹿か……、いいだろう、やってみろムサシ!
 オープゥンッ』
 
威勢の良い掛け声と共にレバーが倒され、瞬間、防戦一方だったGR2が驚異的な変化を遂げる。
竜巻相手に丸め込まれていたその姿が、一瞬、縮こまったかに見えた刹那、
鋼鉄の巨体は三台の戦闘機へと分離して、吹きすさぶ暴風を却って利用する形で、一気に天空へと舞い上がったのだ。
 
「なんと!GR2が、変形しただと!?」
 
「そう、あれこそが新たなるGRナンバーの形、
 そして、水と風を武器とするBFロボ・ウラエヌスが相手ならば……」
 
かつてのBF団の兵器、GR3の性能からは想像もしなかった仰天動地の脱出法に
セルバンテスが驚愕の声をあげる。
だが、それ以上に彼を驚かせたのは、その後の戦闘機のとった行動であった。
 
『へへっ、待ーってました! チェンジッ!GR――3!!』
 
豪快なる叫び声と共に、三台の戦闘機が一直線に駆け上がり、
そして……空中でド派手にクラッシュする!
驚く間もない、超高速のドッキングで三機が鋼鉄のミンチになったかと思われた刹那
鉄塊より武骨な手足がズドンと飛び出し、その全身が青黒く染まる。
ニョキリと生えた巌のような顔面に、特徴的な三日月の刃がジャキリと展開する。
 
「なッ! じ、GR3だと!?」
 
「その通り! 元々、異なる状況を想定し設計されていた3台のロボ
 そのコンセプトを金属の分裂、変形による分離合体で再現し、状況に応じて臨機応変に使い分ける。
 それこそが、ゲッター線のもたらした【真・GR計画】」
 
「ゲッター、線……」
 
スーツ姿の男の突拍子の無い言葉に、セルバンテスが眉をひそめる。
無限にも近い多重世界を巡る旅の中、セルバンテスは、幾度かその言葉を耳にした事があった。
――気宇ばかりが壮大で一向に実用化の向きをみない、理屈倒れの次世代エネルギーとして、だ。
 
【ピィイイイイィイィィイィン】
 
束の間の思考の世界を突き破り、小癪な敵を仕掛けんと、ウラエヌスが竜巻をけしかける。
確かにこの荒れ狂う風は、空戦に特化したGR3には有効な戦法であっただろう。
だが、今眼前にいるのは、海中戦を想定し、超深海層での運用にすら耐え得る装甲を有したGR3である。
 
『ワッハッハ! ムダムダ、そんなチンケな竜巻じゃあ
 このGR最強の男には通じやせんのよ!』
 
2号機パイロット・巴武蔵の威勢のいい啖呵を響かせつつ、ズン、とGR2が大地を揺らす。
迫りくる竜巻を真っ向から掻き分け、その視界にウラエヌスの機影を捉えるや、両の豪腕をすっくと突き出す。
 
『うりゃあぁ――っ! 行け!ダブルロケットパァーンチィ!!』
 
絶叫と共にGR3の瞳が瞬き、ズバンと両手が射出される。
スーパーロボットの代名詞、堅牢な要塞すら容赦無くブチ砕くであろう、圧倒的な速度と質量。
 
――だが、対手との相性を慮れば、今回の使用法は、明らかな悪手であった。
 
【ピィイイイイィイィィイィン】
 
迫りくる鉄拳に対し、ウラエヌスが再び烈風を巻き起こす。
たちどころに展開した風の障壁は、拳を正面から受け止める愚は犯さず、
その軌道を、横凪に左右へと逸らした。
目標を失った両の腕が、勢いのままに虚空の彼方へと消え去っていく。
 
『……へっ? う、うわあぁーっ!?』
 
呆然と立ち尽くGR3めがけ、ありったけの水弾が浴びせられる。
両腕と言うウエイトを失った鋼鉄の巨人が、猛烈な反撃の前に成す術もなく転倒する。
なんとかバランスをとり体勢を立て直そうというGR3の眼前に、後続の水弾が矢継ぎ早に降り注ぐ。
 
『クソッ、このお調子モンが』

『バカッ!バカ! 何やってやがる! もういい、代われ、ムサシ!』
 
『ま、待てっ、待てって竜馬! GR3の本気はこれからだ……よっ、と!』
 
武蔵の掛け声と同時に、ガギョン、という一際大きな音が響き渡り、
ウラエヌス巨大な手の平にサンドイッチされる。
いつの間にか、武蔵は両椀を大きく旋回させ、ウラエヌスの両脇を抑えていたのだ。
 
『ドリャアァアァァ! 大雪山・おろしイイィイィィィッ!!』
 
武蔵の絶叫が再び轟き、ウラエヌスを掴む両椀が、狂ったかのように猛旋回を開始する。
バランスを崩したウラエヌスが暴風の中へと飛び込み、制御不能となって巻き上げられていく。
 
『よしッ! 今度こそ行くぜ、オープゥン、ゲェーット!』
 
チームリーダー、流竜馬の叫びが轟き、ロボは再び三台の戦闘機に。
瞬く間に音速の世界を超えてウラエヌスの背後へと回り込む。
 
『チェーンジッ GR……1ッ!』
 
勢いのままにレバーが倒され、戦闘機が流れるような動きでドッキングする。
鈍い銀色の輝きを放つ装甲、背中に負った二門のロケット、古のファラオのような風格を漂わせる瞳、そして――!
 
 
【 ガ オ ォ オ オ ォ ォ ン ! 】
 
 
「……ジャイアント、ロボ……」
 
そして、セルバンテスは再び聞いた。
かつて世界の終わりを告げた、鋼鉄の悪魔の咆哮を……。
 



 
『うおおぉォッ! アイツをブチのめせ! ロボッ!』
 
裂帛の気合を込め、竜馬が操縦桿を握り締める。
あたかもそうする事が、愛機に無限のエネルギーを与えるかのように。
 
主の意思をくみ取るかの如く、GR1の装甲が異変をみせる。
胸元からこぼれた淡い輝きが、徐々に力強い光となって、両肩、肘先を通過する。
閃光放つ両の掌が帯電し、強大なオーラが光球の形をとって膨らみだす。
 
その光景を目にした途端、セルバンテスの全身の肌が泡立つ。
彼は知っていたのだ、その輝きが、何を意味する物であるのかを。
 
「イ、イカン! それを使ってはならん」
 
 
『 ストナアァ―― 』
 
 
セルバンテスの叫びは届かない。
既にGR1はウラエヌス目がけ、光球の投擲体勢へと移っていた。
 
「やめるんだッ! それを使っては――」
 
「大丈夫ですよ、セルバンテス殿。
 あの光球は、世界を燃やしたりはしませんよ」
 
「何だと?」
 
「御覧なさい」
 
 
【ピィイイイイィイィィイィン!!】
 
 
おぞましいばかりのエネルギーから逃れようと、ウラエヌスが出力を上げ 、ありったけの暴風を解き放つ。
だが、竜巻は閃光の前で力を失い、GRを掠める事もなく消え失せて行く。
 
その輝きは絶望の光、あらゆる物質のエネルギーを奪い、己が輝きへと変える最凶の兵器
【アンチ・エネルギー・システム】の光。
 
「……ですが、あの光が地上を焼き尽くしたのは、今や40年以上も昔の事。
 あの時、燃え尽きかけた世界を救ったゲッター線のエネルギーが
 光球の制御法を教えてくれたのです」
 
 
『 ―― サァン、シャァイィィーンッ ―― 』
 
 
スーツの男の言葉に呼応するかのように、遂に光球が放たれる。
薄緑のヴェールに包まれたエネルギーが、ウラエヌスの全身を包み込む。
 
「あの光球を覆う緑色のオーロラ、あれこそがゲッターエネルギーの障壁です。
 光球はあの障壁の外に溢れること無く、内部に捕われた敵のみを焼き尽くします」
 
「だが、光球がウラエヌスのエネルギーを吸い尽くせば、次はゲッター線を呑み込むであろう
 そうして巨大になった光球は制御不能となり、やがて、未曾有の爆発を引き起こすのではないのか?」
 
「ところが、そうはならないのです。
 理論は未だ未解明ですが、この地上でゲッター線のみが
 アンチ・エネルギー・システムに取り込まれない、唯一無二のエネルギーなのです 
 二つのエネルギーは吸収しあう事なく対消滅を引き起こし、やがて、中空へと拡散します」
 
「なんと……」
 
【ピイィ……】
 
男の説明が終わるのに合わせたかのように、エネルギーを失ったウラエヌスが、塵芥と化して大地に沈む。
程なく、白色の閃光が周囲を染め上げ、後には静寂のみが残った。
 



 
「あらためて紹介しましょう、セルバンテス殿
 彼らが、現在のGRを動かしている、GRチームの三人です」
 
「この子達が……」
 
流竜馬、神隼人、巴武蔵――。
コックピットを降り、真正面から向き合った少年達の若さに、セルバンテスが驚きの声を漏らす。
 
一人は空手着の上から学生服を羽織った、燃えるような瞳の少年。
一人は長髪をたなびかせ、冷めた表情の中に一抹の危うさを感じさせる長身。
そして一人は、工事用ヘルメットに赤胴というありあわせの防具をまとった、愛嬌のある太っちょ。
 
いずれもこの、草の根一本育たぬ大地で生き抜いてきた強かさを、全身で感じさせる少年達。
かつてのジャイアントロボの操縦者であった少年とのギャップに、思わず苦笑する。
 
もっとも、少年達から言わせれば、この無常の荒野に突然現れた、アラビア貴族風のスーツ姿の男の方が
よっぽど胡散臭い存在であったのは間違いない。
やがて、痺れを切らしたかのように、竜馬が口を開いた。
 
「なあ、軍師さんよォ
 本当にこの怪しいオッサンが、アンタの探していた【救世主】だって言うのか?」
 
「救世主? 私が、かね?」
 
少年の思わぬ言葉に、セルバンテスがスーツの男を見やる。
一方、竜馬から軍師と呼ばれたその男はと言えば、涼しい顔で煙管をくゆらせている。
 
「ええ、間違いありませんよ、竜馬君
 少なくとも、このままあの【神の軍団】と、不毛な戦いを続けるよりは
 よっぽど勝算を持った男ですよ、彼は」
 
「――今一つ話が見えて来ないのだが、その、神の軍団とは」
 
「無駄話はそのくらいにしておいた方がいい」
 
セルバンテスの言葉を遮り、隼人ぶっきらぼうに言い放つ。
程なく、地平の彼方より、大地を揺さぶる地響きが聞こえてきた。
 
「クソッあんにゃろうども、もう来やがったのか!」
 
「三人は急いで撤退の準備を、ゲットマシンで浅間山に帰還します」
 
男の指示を受け、三人が慣れた動きでGRへと乗り込む。
直ちに周囲に慌ただしい空気が満ちる。
 
「……これから一体、何が来るというのだね」
 
「我々の敵ですよ、セルバンテス殿、よくご覧になっておいて下さい」
 
男に促され、セルバンテスが地平を睨み据える。
大地を埋め尽くし蠢く黒色の群れ、その正体を理解した瞬間、セルバンテスに戦慄が走った。
 
「うっ!?」
 
西の大地を駆けるは、灼熱の太陽の如き力を秘めた人頭獅子、BFロボ【スフィンクス】 計百頭。
東の大地に漂うのは、雷を操るまつろわぬ神の化身、BFロボ【シン】 計百体
北の大地より迫るは、天文を統べ、万物を凍らせる巨大顔面、BFロボ【ウラヌス】 計百機。
さらにその奥、日食すら想起させるひたすらに大きな黒い塊、BFロボ【ラー】。
 
そして、大壊球の上に神体の如く鎮座するは、かつて【GR計画】の要として、
ジャイアントロボと共に、地上の全てを燃やし尽くした、災厄の象徴……。
 
「ガイアーだとッ! バカな!?
 アレは、ジャイアントロボと共に機能を停止したのではないのか?」
 
「あれが【神の軍団】です、
 地球が燃え尽きたあの日から、ようやくここまで生き延びた人類を
 ああして再び滅ぼさんとしているのです」
 
「そんな事が……」
 
セルバンテス呻きは、もはや言葉にならない。
地球が燃え尽きたあの日に、共に消滅した筈のBF団とBFロボ。
かつての同胞たちが、よもや過去の亡霊と化して、運命の輪から逃れつつあった世界を呪い殺さんとしていようとは、
忠実なるBF団の戦士たる彼にとって、我が目を疑うような事態であった。
 
「さあ、今はこの場を離れましょう
 まずはあなたに、もっとこの世界の事を知っていただかなければ」
 
「分かった、ひとまずは、君たちの指示に従うとしよう。 
 ……ああ、ところで」
 
と、そこで一つ言葉を切ると、セルバンテスは、ややとぼけた調子で再び口を開いた。
 
「こちらの世界でも、君の事は【白昼の残月】君と呼べばよいのかな」
 
「私の名前など、好きなようにお呼びくだされば結構ですよ、幻惑のセルバンテス殿」
 
セルバンテスの問い掛けに対し、その、スーツ姿の男……、
中国王朝風の帽子を被り、包帯を覆面のように巻きつけた、極めて胡散臭いスーツ姿のその男は
不敵な笑みを浮かべてそれに応じた……。