・・・
「おっしゃァッ。おめぇはジャガー号に乗れっ」
「じゃ、ジャガー号ってなんですか」
「胴体の白い部分だ。そこのハッチを開きゃあ、レバーがある。引けば中に入れる」
「無理ですよあんな高いところ!!」
と、押し問答をするのは作戦司令室から台風のような勢いで去っていった竜馬とシンジの二人だった。
さきほどは怒りで普段みないような言葉づかいをしていたシンジだったが、すでに竜馬に引きずり回されて、地上へ這い出る頃にはそれも消え失せていた。
竜馬はジオフロント入り口の近くにそびえたつゲッターロボを指さし、そのちょうど腹に当たる部分によじ登れ、とシンジにいう。
無理である。
ゲッターロボの全長は、四〇メートル弱ほどはあるように見えた。エヴァとほぼ同程度の大きさである。
足をかける場所さえまともにない、そんな巨大なものによじ登るなどは、たとえとび職の人間をもってしても至難の業であっただろう。
が、竜馬はとにかくそういったことを意に介さない。
シンジが絶対に無理だとわめきたてると、やっと、
「ちっ、しょうがねぇな」
と一言いったのちに、小脇にシンジを抱えて持った。
「うおッ!」
竜馬は叫び、ぐっ、と膝に力を込めると伸ばし、ぶわりと跳躍する。
ちょうどゲッターロボの膝のあたりまで跳んで突起になっている部分に捕まると、あとは片腕でもってぐいぐいと腹の部分までよじ登っていく。
そしてちょうどレバーのあるところまでたどり着くと、レバーの格納されているハッチを開いてそれを力任せに引いた。
すればブシュ、とエアーが噴出される音と共にジャガー号のコクピットハッチが開け放たれる。
その内部は案外に簡素で、シートに数本のレバーとモニタがあるだけのものだった。
そこへシンジを放り込む。
「ぷわっ」
「そこのメットをかぶってベルトをつけろ。ゲッターの操縦法を脳に送って勝手に腕を動かしてくれる……おめぇはレバーを握ってるだけでいい」
「わ、わかりましたよ……やればいいんでしょ、やれば」
といって、シンジはレバーに手を伸ばす。
大人が座るように設計されているためか、少し彼には遠いようだった。
「上等」
一応の覚悟ができたシンジを見て、竜馬はニヤリと笑うとすぐにコクピットハッチを閉めようとする。
それに一人にされると思ったシンジがあわてた。
「ま、待ってください。まさか僕だけにやらせるつもりですか!?」
「んなワケねえだろ。俺はイーグル号に乗るんだよ!」
「い、イーグル号……?」
シンジが問い返す間もなく、コクピットハッチは閉じられてしまった。
すぐに竜馬はさらにその上まで上ると、肩のあたりでゲッターをいじって中に入り込んでいった。
そう、ゲッターの操縦席は三つあるのだ。
その意味を、シンジはこれから知ることになる。
「いくぞ!! ゲッターウイングッ!!」
再びゲッターロボの背中にマントが生えると、ふわりと空中に浮かび上がった。
そんな中、通信が入る。
「ゲッターロボ。聞こえる!?」
モニタにミサトの姿がうつる。
竜馬はそれを認めると、面倒くさそうな顔になって通信に応じた。
「あぁ? これからいいトコなんだよ、邪魔すんな」
「いいから聞いて。シンジ君がそこに乗っているのね!?」
「そうだ」
「なら、お願い、彼の命だけは守ると誓って! 彼は大切な――」
「いわれるまでもねぇ! 俺は、そのために来たんだ!!」
そこで通信を強制的に遮断すると、竜馬はゲッターロボをシトの居る方角へと向かって直進させていく。
あとに残されたネルフ作戦司令室のモニタが、ノイズだけを映し出していた。
「シンジ君を……守るために、きた? 一体、彼は……」
何も映さなくなったモニタを見入るミサトが、ひとりつぶやいた。
ゲッターロボは、第三新東京市の空を凄まじい速度で飛んでいく。
戦闘機の最大速度以上で移動しているようだった。
この速度になると、移動物体の先端から空気が円すい状の衝撃波となって発生する。
衝撃波の威力、というかエネルギーは凄まじい。
速度が上がれば上がるほど、あらゆる物体を破壊する魔の気流と化するのだ。
また、その円すいの角度は速度ともに狭まっていく。
そのため移動物体は速度に応じた流線形を取らなければならなかったが、ゲッターロボはそんな航空力学などは全く無視しているデザインである。
にも関わらず、衝撃波や摩擦熱による破壊をうけずに済んでいる。
その理由も不明である。まったくもって人知のおよばない存在であるというしかない。
まあ、しかし、人が造った物であるのだが。
だが……
「あ……が、ぎ、ぐ、げ、ご……り、りょうま、ざん……」
「どうしたァ」
「そく、速度を、速度をおとしてっ……ぐだざ……うげっ」
当然のことながらそんな速度で飛べば、内部の人間には強烈な重力の負荷がかかる。
竜馬は先にも見せた通りの人間レベルを超越した肉体のおかげで、それに耐えることが可能だったが、シンジは違う。
彼は、普通の人間である。
それどころか、パイロットスーツさえも無しに乗っているのだ。
その小ぶりな鼻から血を吹きだして、今にも息絶えてしまいそうだった。
「ちっ、ヤワな奴だ」
と、竜馬は自分を基準にした感覚でものをいうと、急減速する。
それがまたシンジには負担となった。
まるで、体が剥がされてしまうのではないかと思うような感覚で前へ引っ張られる。
「げは……っ!」
耐えきれず、少量の血を吐いてしてシンジはコクピットでうずくまった。
もっとも、大量に吐しゃするようなことがあれば、もはや彼は生きていないだろうが。
「大丈夫か。仕方のねえ野郎だ」
「はぁ……はぁっ……だ、だから一人でいけば、よかった……じゃない……ですか」
「そういうワケにはいかねーんだよ」
「どうして」
「どうしてもだ!! ……見えたぞ!」
ゲッターの先に、まるでウツボカズラを赤くして巨大にしたような、妙なシトが横になって空に浮いていた。
それがゲッターを確認すると、ゆっくりと竿立ちになって、頭のヘタになっている部分をぐわん、と九〇度倒してこちらへ向けた。
見れば眼のような模様が、そのヘタの部分に二つあり、こちらを見つめていた。
あるいは、本当に目玉なのかもしれない。
その細長い胴体から生えている、短い腕の様な先端から触手を出すと、それが紅色の光を帯びる。
威嚇のつもりなのか、それをびゅんと振るうと近くにあったビルを真っ二つにして崩した。
それを見た竜馬、
「趣味の悪ぃ野郎だ」
吐き捨てるようにいった。彼はつづける。
「――聞けシンジ。今のおまえじゃ、ゲッターの戦闘には体がもたん。一気にケリをつける必要がある」
「……」
シンジが息をのむ。
「だが、こいつらのバリアは強力だ。ゲッター1の武器で壊そうとすりゃあ、どうしてもでけえ反動が来る」
「げ、ゲッター1? じゃあ、2や3があるってことですか」
「おおよ。ゲッターは三形態に変形できる。2がスピード型、3がパワー型だ……こいつを一気にぶちのめすなら、2で一撃離脱するしかねえ。チェンジするぞ」
「チェンジって……まさか」
と、シンジの脳裏に最初のゲッターとシトとの戦闘が脳裏によぎった。
(そういえば、ゲッターは戦闘機に分離してた)
「分離して、再合体するってことですか……あ、操縦席が複数あるのは」
「そうだ。いいカンしてるじゃねえか。今、おまえの座ってんのがゲッター2のメインコクピットよ。 心配すんな、操作はコンピュータがやる……おめえはレバーを通じて感覚を覚えろ!! 気絶なんかしやがったら、ぶん殴るッ」
「そんな」
「ぐだぐだいうんじゃあねえ、もう敵が来る。いくぞ、オープン・ゲェット!!」
「ま、待っ……!!」
竜馬がいうと同時に、シトの触手がゲッターに襲いかかる。
すんでのところで分離して回避すると、そのままシトの手がとどかない上空まで垂直に駆け上ったのち、シンジの乗ったジャガー号を先頭に、自動操縦のベアー号、竜馬のイーグル号という順で一列になると、そのまま衝突するような形でひとつになる。
まず、ベアー号がジャガー号につっこんだ。
コンピュータゆえの正確無比な連結は、パイロットへの負担を最低限に抑える。だが、竜馬のイーグル号はそうはいかなかった。
「チェンジゲッタァァーーッ、ツゥッ!!」
ぐわーんっ、と最後尾から全体に巨大な振動を走らせてイーグル号が連結する。速度こそはコンピュータよりも速いが、パイロットの負担は最低限しか考えられていない。
全身がしびれるような感覚をうけたシンジが悲鳴をあげる。
直後に変形が始まった。
まるで粘土アニメのような動きで、三機の戦闘機がぐにゃぐにゃと形を変えながら人型を形作っていき、数コンマ秒後には細身で全体が鋭角的な、左腕に巨大なドリルを装着したゲッター2に変形が完了する。
そのまま自由落下しながら、メインコクピットであるジャガー号にもっとも高い視界が開けた。
シトから数十キロ離れた場所に着地した。目標が豆のようだった。
ゲッター2はその方向に向くと、姿勢をかがめはじめる。すれば、そのようにシンジの視界も移動した。
レバーが、シンジの手を導くように動いている……脳波ヘルメットによる操縦ではない
。どうやら、竜馬がイーグル号から動かしているようだった。
「シンジ、起きてるだろうな」
「……は、はい」
「よし。んじゃいくぜぇ、眼ん玉ひんむいてよぉく見てやがれ!!」
ゲッター2はさらに姿勢を深くして、クラウチング・スタートの姿勢に臨む。シトがそれに気づいて触手を一気に伸ばしてきたが、距離が離れているためにまだ到達しない。
そして、
「いけぇぇッ!!」
竜馬が、レバーを力一杯に押し倒す。それと同時にゲッター2はつんのめるように前に出たかと思うと、一瞬の間のあと、坂を子供が駆け下りるかのような勢いでシトに向かって突進しはじめた。
凄まじい勢いだ。
さきほどの、ゲッター1の飛行速度よりも明らかに走行速度が上回っていた。
ソニックブームが巻き起こり、ゲッター2は周囲の物体のすべてを破壊しながら突撃していく。
シトの触手すらも、まきつくことすら敵わずにゲッター2が進むごとに吹き飛ばされていく。
豆のように見えていたシトの喉元へ、一気に迫っていく。
だが、その最中でシンジがおかしな呻きをあげ、その視界が紅く彩られていく。
常軌を逸した世界に、もはや彼の肉体は限界を迎えはじめていた。
「ぐぎ、ぎぎぎ……げぇぇ」
「もうちょっとだ我慢してろォ!!」
我慢、することでどうにかなるレベルの問題ではなかったが、ここで止まったら、シトを一撃で破壊することはできない。
ゲッター2は火力においては他の形態よりも劣るため、速度を殺す事はすなわち死活問題へと繋がってしまうのだ。
もし失敗すれば、これ以上はシンジの肉体が持たないであろう。
竜馬はコクピットで雄叫びをあげると、ゲッター2のドリルをシトに向けた。
「うおぉぉぉぉッ!!」
接触する直前に、A.Tフィールドが展開されるが速度の乗ったドリルの一点集中的な衝突に破られると、そのままコアに向かって突き刺さる。
激しい衝撃を伴ってゲッター2はシトに組み付く形で停止した。
「ハ……ッ」
やっとのことで極限状態から解放されたシンジが、息を短く吸った。
だが、腕を動かすのがやっとだ。体の節々が悲鳴をあげている。
目を見開くと、その前にシトの不気味な姿が現れる。コアをゲッタードリルによって削られて震えていたが、
「ま、まだ……生きてる……」
A.Tフィールドによって速度が殺されたゆえに、一瞬でシトを沈黙させるまでには至らなかったのだ。
竜馬の予想よりも、シトのA.Tフィールドが強固だった。
先のシトの戦績を学習したのか、はたまたこのシトが、たまたまそういう個体だったのかは解らないが、ともかく。
シトは苦しげな呻きをあげながらも、反撃に移る。
停止したゲッター2めがけて触手を突き刺してきた。それはちょうど脚の付け根辺り、イーグル号のコクピット位置であった。
竜馬のコクピットに激しい衝撃が襲いかかり、それと同時に灼熱の触手が彼の頭上を通り過ぎた。
竜馬の全身が、燃え上がるように加熱していく。
「ぐっ……ぐおおお……このっ、しぶてえ野郎がッ……!!」
「りょ、竜馬さんッ」
その光景が、ジャガー号からもモニタを通じて見ることができた。
竜馬は火だるまとなって、なおもレバーを渾身の力をこめて押している。まるで鬼神のような迫力だった。
だが、その勢いは長くは続かないだろう。
このままいけば、竜馬は燃え尽きて死ぬ――。
シンジに戦慄が走った。
そのとき、ふとシンジが自分の手元のレバーをみると、竜馬の手の震えが伝わってくるように、ジャガー号のレバーも動いていた。
はっ、とした。
脳波ヘルメットのおかげで、あるていどは操作の概要がつかめていたシンジはこれを両手で握りしめると、
「う、うわああぁぁッ……!!」
絶叫しながら体中の気合いを呼び起こすように、渾身の力をこめて、レバーを押し込んでいく。
すれば、その気合いに呼応したかのごとく、ゲッター2のドリルはいよいよ回転の勢いを増して深く深く、シトのコアに突き刺さり破壊的な勢いでえぐっていった。
次の瞬間、盛大に火花が散ってコアが砕け散る。
一瞬の間。
ふっ、とシトの触手から紅色の光が消えた。それと同じくして、ジャガー号のモニタに映るイーグル号のコクピットからも光が失せていく。
レバーにしがみついていた竜馬が、どさっとシートにもたれ掛かったのが見えた。
「……竜馬さん、竜馬さん! 竜馬さんっ!!」
シンジはその姿に竜馬の危機を感じると、必死に呼びかけ始める。
すでに彼自身も操縦の負荷でボロボロになっていたが、こみ上げる感情に、シンジは突き動かさざるを得なかった。
ありったけの声を絞り出して呼びかけた。
すると、ジャガー号のモニタから一瞬竜馬が消えたあとに、画面一杯にその目が映る。
ぎらりと睨みつけてきた。
「わぁっ!?」
「うるせえッ。キィキィわめくんじゃねえ!!」
「あ。よ、よかった……」
竜馬がモニタから引く。
みれば服が燃え尽きて半裸になったうえ、その肌も黒こげになっていた。
彼でなければとっくに燃え尽きて死んでいただろう。
その恐るべき生命力に、シンジはあらためて息をのんだ。
「あれしきで俺がくたばるか。が……シンジよ。よく動かしたじゃねえか」
「えっ」
竜馬はニヤリと笑う。
「ゲッターロボはな、乗る人間の意思が一つになるとパワーも増大するように出来てんだ。 おまえの闘志は手に取るようにわかったぜ。よくやった」
「あ……は、はい、ありがとう……ございます」
シンジは自身が連行してこられたのも忘れて、赤くなるとうつむいてしまった。
今まで、誰からも褒められなかった……いや、シンジ自身が他人から認められなかったと感じていた人生の中で、はじめて賞賛を受けた気分になったのだ。
そう簡単には人を褒めそうもない竜馬が相手なので、なおさらそうだった。
その時、ネルフからまた通信が入る。
竜馬は面倒くさそうに受け取った。
「ネルフよりゲッターロボ、応答……って、ギャーッ!!」
やはり出たのはミサトだったが、焼死体のようになった竜馬を見て悲鳴をあげる。
「うるせえってんだろ!! ったく、この世界の連中は金切り声あげんのが仕事なのか!?」
「あっ! い、生きていたのね。ああびっくりした」
「約束通り、シンジのガキはきっちり守ってやったぜ。文句はねえだろうな」
「きっちりじゃ……」
シンジが顎についた血もそのままに横やりをいれる。拭う余力もない。
が、
「おめえは黙ってろ!!」
「ひゃっ、ひゃいっ」
竜馬におどされ、かき消されてしまった。
もっともそのやりとりを聞くまでもなく、竜馬があれほどの満身創痍なのだからシンジが無傷でいるはずがないということの程度は、ミサトにも容易に想像がつく。
彼女は「命があっただけでもめっけもん……かな」と、思うことにした。
「え、ええ……シト撃破の功労で、今回は特別にあなたの全ての行動を不問に……いえ、なんでもない。感謝するわ、ありがとう」
「……へ。わかってるじゃねえか。とりあえず戻るぜ」
ず、とシトからドリルを引き抜いて離れると、ゲッターが分離する。
三機の戦闘機はすでに暮れはじめた日の紅い光をあびて輝き、ゆっくりとグライダーのような速度で飛行しながらネルフを目指す。
その中でシンジが竜馬へ話しかけた。
「竜馬さん」
「なんだァ」
「あなたは一体……だれなんですか」
何者なのか、と聞こうとしたのだろう。が、言葉が出てこない。
「俺は流竜馬だ。ゲッターの、導き手」
「ゲッター……導き手?」
「わはは、まあ今のおまえにゃ関係のないことだ!!」
シンジと竜馬はネルフに戻っていった。
・・・