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Last-modified: 2008-02-12 (火) 23:18:30

 一方、竜馬達に場面を移す。
 地表から発進したゲッター1は一気に対流圏、成層圏、中間圏、そして、

「熱圏突破……ッ。シトを肉眼で確認、流君っ」

 と、駆け抜けるように上昇していった。
 むろんこれだけの加速力をもつには、ゲッターといえどもフルパワーを発揮しなければならなかった。これまでにない超高機動の世界はリツコはもとより、さしもの竜馬でも何の対策もなければ襲い来る重力圧の前に、単なる肉塊と化してしまう。
 ゆえに、各パイロットは旧い宇宙服をほうふつとさせる、巨大な耐圧スーツに身を包んでいた。これもリツコ制作のものであるが、内容は要するにゲッター用の特殊プラグスーツに厚みを持たせ、運動性を無視して耐圧性を強化したものだった。
 コクピットの中で大きく動く事を要求されるゲッターのパイロットスーツとしては論外であるが、フルパワー状態の連続加速にも対応するにはこれ以外手がないのだ。

「無事かリツコ」

 と、竜馬がそのリツコを気づかった。粗暴に見えるが、案外に面倒見はよい。

「ちょっと鼻血が止まらないわ……けど、さすがに流君は耐えたわね。ミサトは死んでないかしら」

 そのリツコは、フルパワー抽出のための三人目パイロットとして連れてこられたミサトを気づかう。気づかうぐらいなら連れてくるな、といわれそうだがシトを撃退しなければ人類に未来はないという建前上、そういうわけにはいかない。
 竜馬すら耐圧スーツが必要であることを顧みると、あくまでゲッターのフルパワー加速に対応するのはスーツ着用者がゲッター操縦に慣れている場合だけだといえる。リツコは一度ゲッターによる実践経験があるのと、アスカ不在の一ヶ月間、自ら演習に参加してゲッターのパイロットを務めていたことで鼻血を流す程度で済んでいたのだが、ゲッター未経験のミサトなどは、

「こ、こんなん……なんれもないはよ……ひ、ひとを、このれで、やっちゃるんら……」

 と、喋るのもレバーを握るのもやっと、という有様だった。
 本来、この三人目は零号機大破で手の空いていたレイが担当するはずだったのだが、紆余曲折を経てミサトが担当することになった。作戦部長が作戦時に不在になるというのだから相当なことなのだが、今はそれを説明しているヒマがない。この件については、後に補足する。
 ともかく、ミサトは積年の願いである父の復讐をその手で果たすため、ベアー号に乗り込んだわけだ。対してイーグル号が竜馬、ジャガー号がリツコである。
 なお、そのジャガー号パイロットをつとめることになった本人曰く、

「ジャガー号、そしてゲッター2がメカとして最も美しいわ」

 と、いたくお気に入りの様子だった。その外見だけでなくドリルで相手を突きやぶって殺す、というやや陰湿的な戦い方も彼女の好みに合うのかもしれない。
 ともかくともかく、竜馬はふらふらになっているミサトに、

「ミサト! ここまで来たら一蓮托生だ、オヤジのカタキ討ちだと思って気合いいれろっ」

 と激をいれるとミサトも、

「は……はぅッ!!」

 と、瀕死ながらも応じた。
 ところで、のんきな会話に興じていられるのは漆黒の世界に赤色の巨大目玉焼きが浮いているような姿のサハクィエルにはA.Tフィールドで自身を包み、爆雷と化させる以外に戦闘能力がないからだった。
 シトにも学習能力はあるとされているのだが、これはおそらく、エヴァだけを相手にすることを考えたシトだったのだろう。たしかにエヴァが相手ならそうとう有利といえた。なぜなら、エヴァは設計段階からして積極的な空間戦闘を行うことは考慮されていないからだ。

 

 むろん、エヴァも汎用人型決戦兵器の名に恥じず宇宙で稼働するのは不可能ではなかったが、いってみればそれは、飛行機を海に浮かべようとするのと同じぐらいに無茶な行為だった。それに、エヴァには単機で大気圏を突破するような能力がない。スペースシャトル等にくくり着けA.Tフィールドによる防護膜を張りつつ大気圏を突破するにせよ、その間に宇宙からシトに狙い撃ちされればいっかんの終わりである。
 ゆえに、この宇宙から飛来したシトを迎撃するのは空間戦闘に特化し、さらに単機での大気圏離脱能力も持ったゲッター1が適していたのだ。
 そして、先にも書いたように落下する以外にこれといった能力のないサハクィエルは、宇宙に飛び出てしまえば、あとはカモのようなものだった。
 ゲッター1がびゅんと飛んで、サハクィエル目がけてゲッタービームを撃ち込むと相手のA.Tフィールドは消滅する。
 すかさずリツコが、

「チェンジ、ゲッター2!」

 と、ゲッター2に変形し、足のバーニアを吹かしながらドリルを正面に向けて一気に突進していった。すればコクピットの視界一杯に目玉が映り込むが、リツコは恐れることもなくむしろ勢いを増して目玉にドリルを突き刺し、ぎゃりぎゃりと回す。いや、宇宙だからそういう音はしないが、ドリルによって目玉を削られるシトは血の涙を噴きだしていく様は壮絶だった。
 さらに回転を続けるとついに穴が空き、体ごと貫通してしまう。ずわっ、と宇宙の中に玉となって噴きだす多量の血液を通過しながらゲッター2が再び敵に振り向く。が、もはやシトは虫の息だった。
 シトといえ、無抵抗の相手を惨殺することにリツコはいささか嫌悪感があったようでゲッター2の動きが瞬間、停止した。そのときである。

「は、わたしにもやらせれッ……むお、ヒェンジ! げったぁすりぃぃっ!!」

 と、舌が回らない状態でゲットマシンを操作すると宇宙空間に重戦車型のゲッター3が出現する。平らになったジャガー号の側部にキャタピラが生え、その上から機首を先頭に縦に突っ込んだイーグル号から蛇腹の長い腕が生え、さらにその上へ突っ込んだベアー号が頭部に変形しているのだ。
 三形態中、もっとも奇天烈な変形パターンといえる。もはや積み木遊びに近い。
 これではジャガー号のパイロットが圧死してしまいそうな気もするが、そんな常識はゲッター線には通用しない。おおかた、チェンジの瞬間にコクピットまでもが変形なり移動なりしているのだろう。
 だが、いかに理論無視のゲッターロボでも宇宙をキャタピラで走行することだけは出来ないようだった。ゆえに、その背後のバーニア噴射によって機動するとくるり、と向きを換え瀕死のシトにむかうと、その蛇腹式の太い腕をぐわりと伸ばした。

「この……このっ、くぉの……! よくもお父さんをっ!!」

 叫ぶミサトが錯乱したようにサハクィエルをやたらめったらと殴りつけては、その無限に伸びる腕で締め上げて、また殴ってと、恨みの限りをぶつけつづける。だが、どうもそれだけではないようだ。コクピットの彼女を見るに、溜めにためた、様々なストレスを全てシトに注ぎ込んでから殺してやる、という風情だった。
 見れば、ミサトの目も先のリツコのように渦が巻いていた。

「ひゃ、うひゃひゃははひゃあっ」

 酒に酔ったようなハイテンションである。
 作戦部長の知的さもかなぐり捨て、恥も外聞もなく暴れる友人の姿にリツコは、

「なんて無様な……」

 と漏らすしかなかった。
 やがて、ゲッター3の怪力によってコアをひねられた上に叩きつぶされたサハクィエルは、その身を盛大に爆散させ果てた。
 炎と太陽光をあびて、血まみれのゲッター3の姿が宇宙空間に浮かび上がる。

「はーっ、はーっ……」
「第八シト撃滅確認。本当はこの言葉、あなたがいうのよミサト」
「……まあいいじゃねえか。敵は倒したんだ。戻るぜ」

 ミサトのせいで幾分か影が薄くなっていた竜馬が発言しゲッター1に変形すると、ゲッターウィングに身をくるんで重力に引かれながら、再び大気圏へ突入していった。

 
 

 一方、地上に視点を移す。時間はゲッターによるサハクィエル虐殺から、ややさかのぼっているので留意いただきたい。丁度、彼らが大気圏を離脱した辺りであろう。

 苦戦する初号機の背後から、アスカの弐号機が海を蹴って走り、参戦してきた。その手に持つのはスマッシュホークだ。これはエヴァ用の戦斧である。超音波による極微超高速振動により、本来の素材を遙か上回る切れ味を示すプログレッシブナイフの原理を、そのまま大型化したものだ。ゲッタートマホークに比べた場合の威力は落ちるが、それでもビルのひとつやふたつは真っ二つにできる代物である。
 弐号機を見て、シンジがイスラフェルから後退しながら叫んだ。

「弐号機!? 誰が動かしてるんだ」

 すると、初号機へ聞き覚えのある声が通信越しに響いてくる。

「弐号機から初号機へ! 今から、このアスカ様が助太刀してやるわ。ありがたく戦いなさいっ」
「アスカって、この間の……も、戻ってきたんだ」
「いまそんなこと話してる場合じゃないでしょッ、前むいてっ!」
「わ、わかってるよぉっ」
「いい? 敵は同時撃破しないと何度でよみがえるわ。だからあんたと私で、同時にぶった斬るわよ。タイミングを合わせなさい」
「り、了解っ」

 と、ここで通信を終えるとそれぞれ斧を構えた初号機と弐号機が、じりじりと二体のイスラフェルと間合いを取る。お互いに、攻撃方法は打撃のみだ。
 間合いに先に入ったほうが、打たれる。ここまでは剣道などと同じだが、問題はイスラフェルの腕の伸縮性だった。ゲッター3のように伸びる腕は、明らかにこちらの武器よりも有効範囲が長い。
 それを避けて、しかも同時にタイミングを合わせて斬るのは至難の業であろう。ゆえにエヴァ二体とシト二体はしばらくにらみあっていたが、しびれを切らしたのかエヴァ側から唐突に一回目が仕掛けられた。

「でやあぁぁぁッ」
「うわぁぁああッ」

 と同時に叫んで突撃するが、それぞれ斧を振り上げた時にはもうイスラフェルのカマのような腕が伸びてくる。捕まればどうなるか解ったものでないので、アスカはバク転動作で後退、シンジはそのまま飛び下がって回避した。
 やはり、間合いにおいて圧倒的に不利である。再度、こう着状態にはいってしまう。
 アスカが悪態をついた。

「くそっ、卑怯よ! せめてソニックグレイブがあればっ」
「トマホークブーメランが使えればなぁ……エヴァで放り投げても、戻ってこないんだよなぁ……なんでだろう」

 シンジもぶつぶつと文句をいっている。
 息が合わない。
 無理もない、顔見せすらまともにしていない二人が突然、タイミングをぴったり合わせて戦うというなど不可能な話だ。アスカもそれは重々承知している。戦闘がそんなに甘いものでないことは、将造の特訓によって嫌というほどに思い知らされても、いる。
 だが、いまは他に手がないのだ。

(どうしよう……)

 アスカは、まずゲッターが帰還するまで戦闘を長引かせることを考えた。
 しかし、

(無理ね。いくらゲッターでも大気圏の離脱と突破を繰り返した後で、そのまま戦えるとは思えないし……仮に戦えても確か、作戦部長と技術部長って二人も非戦闘員が乗っているんじゃあ)

 と、弐号機に乗る前に冬月から与えられた状況の詳細を思い返して、却下した。つぎに、ネルフの戦闘部隊にシトの気をひくように攻撃してもらうことを考える。だが、これも戦闘部隊を完全な捨て駒にする覚悟が要った。間違いなく陽動に入った部隊は全滅するだろう。アスカの立場で、そこまで命令することはできない。
 もっとも、

(パパならきっと問答無用でやらせるんだろうけど……)

 

 そう思った時だった。
 遙か後方から、ローター音が響いて一機の戦闘ヘリがやってくる。ネルフの所属機ではない。AH-1コブラという、被弾対策でやけに細身で、正面からみると魚類のようにも見える旧式の戦闘ヘリだ。

「へ、ヘリコプター?」

 シンジがそれに気づいてすっとん狂な声をあげる。
 アスカも同じように、

「そんなポンコツでなにしに来たのよ! 邪魔よバカ!!」

 とわめき散らすが、速度を落とさない戦闘ヘリはなおも接近してくる。ローターが騒音を撒き散らした。すると、戦闘ヘリから人影が覗いていることにアスカは気づく。

「なっ……あ、あれは……パパぁ!?」
「誰がバカじゃアホンダラぁっ!!」

 と、聞こえるはずのないアスカの罵りになぜか反応した将造が、戦闘ヘリから身を乗り出して左腕の得物を振り回していた。途端、アスカがほとんど悲鳴をあげるかのようにいった。

「ダメ、来ちゃダメ、パパッ! 撃墜されちゃうッ」

 外部スピーカーの最大音量で騒ぐアスカ。それを聞き届けたらしい将造はしかし

「アスカぁっ……わしを誰じゃ思うとる!?」

 とスピーカーと同等以上の音量で叫ぶと同時に、戦闘ヘリの挙動が急激に変化した。
 突然のように垂直に上下し始めたかと思うと、今度はピンボールが弾かれるがごとく左右に動き、さらには機体をきりもみ回転させながら突っ込んでくる。
 しかもその最中に、どこに搭載しているのか戦闘ヘリはミサイルをマシンガン並の勢いで撃ち出して弾幕ならぬ、ミサイル幕を張っていくのだから相手はたまらない。
 戦闘ヘリから、異様な声が鳴り響いた。

「ぐわはははは! ただのコブラと思ったら大間違いじゃああっ。ゲッター級の機動性を追求したヘル・コブラの恐ろしさ、思い知るがいぃ!!」

 声の主は、敷島博士だった。
 撃ち出されたミサイルは照準をまともにつけていないのか、シトに命中する以外にも周囲へドワオドワオと爆散していく。大きく外れた弾などは遠方の街や海域に被害までも及ぼすが、そんなことは敷島の知ったことではない。ミサイルのパーティだった。

「ゲッター線ミサイルじゃ。バリアなんぞ軽く打ち破るわい!!」

 敷島はなおも興奮しながら叫んだ。戦闘という麻薬に侵されているようにしか見えないが、それは敷島だけではない。将造ともなれば、戦闘ヘリから飛び降りるとミサイルの爆風に乗って滑空しながら、腕の大砲を敵にむけていた。

「うらぁっ! 敷島印のゲッタービームガンじゃぁ、しばきあげたるぁーッ!!」

 その叫びと共に、緑色の光線が将造の左腕から溢れるように放たれる。それは一列に並んでいたシト二体を掃射して切断していく。
 小さくともその威力は本物だ。
 それを眼下にする、戦闘ヘリの操縦者だった敷島が高らかに笑いあげる。

「ヒャハハハ。超小型ゲッター炉心の威力はどうじゃ! 撃ってはよし、やられても炉心誘爆で敵もろとも道連れじゃあ!! 将造、まだまだレパートリーはあるぞ! この目標を永遠に追尾しつづけるドリルミサイルはどうじゃ。命中したら最後、シトの体内を穴だらけにするまで掘り尽してくれるぞ」
「おう! じゃがそりゃ次の機会じゃ博士、親がカオ出しすぎるんは教育にならん~!!」

 同じように将造も高らかな笑い声をあげると、急降下してきた戦闘ヘリの着陸脚に捕まって再び大空へと舞い上がっていった。
 将造がさけぶ。

「いまじゃアスカぁっ、その双子野郎をぶち殺しちゃれやあッ!」

 チャンス到来だ。イスラフェルはゲッタービームの掃射によって受けたダメージで活動が停止している。ぎらり、と弐号機の目が光った。

「シンジィッ! トマホークでコアごと叩きつぶすのよ、ダブルトマホーク! かけ声合わせてッ」
「あ、うんっ」

 アスカの号令に、二機のエヴァがそれぞれの得物を構えて力を溜めたあと、突出してイスラフェルに迫り二人同時に腕を振り上げて、二人同時に叫んだ。

「ダブル・トマホーーク!!」

 雷のごとく振り下ろされる二つの戦斧。
 ずあっ、と肉を切り裂く感触が伝わりながらイスラフェルの体を二つ、合計四つに切り裂いていき、中心のコアを砕いて股下までくだった。
 すれば、その場に崩れ落ちた二体のシトは、巨大な大爆発と共に水柱をあげて消滅していく。勝利だ。

「やったァッ」

 アスカが、弐号機プラグ内で手を打って喜んだ。
 その頭上を戦闘ヘリが通過しながら、将造が叫ぶ。もはや人間スピーカーといえる。

「よぉやったのお」
「パパのおかげよ!」
「バアタレ、相手をぶち殺したなら何であろうと勝ちじゃあ!」

 だが、その義理の親娘のかけあいに、状況が理解しきれないシンジが割ってはいる。

「あ、あのぉ、アスカ。その人は君の……お父さん、なの? たしかこの間、ゲームセンターに入ってきたヤク……じゃなくて任侠の人だよね。ってことは君は、まさか……」
「そーよ。仁義切ってあげるわ。
 お控えなすって! 手前生国と発しますは西洋にござんす。性は惣流、名はアスカ、間の名はラングレー。この度岩鬼組から助っ人に参りました。以後お見知りおきくだせえ」
「いつの時代のヤクザだよ……」
「なんかいった?」
「いや、なんにも!」

 過剰な挨拶に、シンジは肝を冷やした。

(まさかヤクザの娘がエヴァのパイロットだったなんて……でも外国にもヤクザっているのかな? あ、マフィアか……でもマフィアって、仁義切る習慣あったっけ……ケンスケにでも聞いてみようかなぁ)

 などと思っていると、今度は空からゲッター1がもの凄い勢いで降ってきた。
 サハクィエルを撃破した後に、万一シンジが苦戦していることを考えて竜馬が、リツコに戦場のど真ん中に着水できるように落下計算を頼んだのだ。
 むろん、リツコはこれに反対……しなかった。したのはミサトだけだった。

「そんなっ。一度の大気圏突破ですでにダメージがあるのに、無茶よ!」

 そういったが、

「バカ野郎、動けりゃあいいんだよ。機体のダメージごときでびびってんじゃねえ!」

 と、竜馬は相手にならない。リツコもリツコで、

「ゲッターがどこまでやれるのか、知りたいところね」

 と、同調までした。その後もミサトは反対意見を出したが、結局振り切られて大気圏突入は彼女の悲鳴と共に行われたのだった。そんなゲッター1が隕石のように沖の方角に飛び入り墜落すると、盛大に水柱を立てたあとに浮かび上がってくる。みれば摩擦熱で、赤いはずの塗装が真っ黒に焼けこげていた。その姿は赤い鬼が漆黒の悪魔に変じてしまったかのようだった。
 その悪魔を動かすパイロットが、辺りを見回し見回し、いう。

「ピンポイントで着水か、大した計算じゃねえかリツコ。ま、もう終わっちまった後みてえだが」
「これが仕事ですもの。それよりミサトは大丈夫かしら」
「……も、だめ……」

 すでに戦闘が終了しているのを確認したゲッターは、ゆっくりと空に浮かびあがって、近づいてくる。それに将造の戦闘ヘリがまとわりつくように飛んでいった。
 ゲッターへ通信が入る。

「竜馬ァ! おどれ、わしに厄介事ばかりおしつけよって、たいがいにせえッ」
「うるせえ。てめえこそ、空で聞いてたらいつからロリコン趣味になりやがった」
「じゃかしいやあッ! ママゴトに熱あげとるおどれにいわれる筋合いぁねえんじゃあ!」
「なんだとこの野郎!!」

 と拳をコクピットで振り上げる竜馬に、さらに通信に割り込んでくる。

「よう竜馬のガキ! 久しぶりよのう」
「で、でやがったな敷島博士……なんで、あんたがここにいるんだっ」
「そんなこと、どうでもええ。わしゃ、この岩鬼と戦争するのが最近の楽しみでなぁ……いいか、くれぐれも邪魔するんじゃねえぞ!」
「誰がするかっ」
「ならいい。よおし、帰るぞ将造よぉっ」
「オオヨ! アスカぁーっ、わしゃ帰るがヌシはヌシで好きにせえ、やりたい様にやるのが岩鬼の流儀じゃあっ」

 というと、戦闘ヘリはまた空中回転すると後方に進路をとって、あっ、という間にこの場から姿を消し去ってしまった。
 竜馬はそれに悪態をつきながら見送っていた。そしてシンジとアスカは、

「ええと……惣流、だっけ。帰らなくていいの?」
「あたしは助っ人に来たのよ。全部のシトをぶちのめすまでは、家の門はくぐらないのが筋ってもんなの!」
「そ、そう……」

 と、シンジが終始振り回される形で会話しながら、それでもなんとかエヴァを帰投準備に入らせているのだった。

 
 

 さて、その後のことを書く。
 とりあえずシトの撃滅に成功したまではよかったが、困ったことは、ネルフに帰還してきたアスカの処遇だった。
 というのも、すでに彼女が岩鬼組の構成員になってしまっているのは書いたとおりだが、その組長は敷島と共に暴れに暴れまわった挙げ句、アスカへは「好きにしろ」とだけ言い残して帰っていってしまい、その後、音沙汰がないからだった。
 それをいいことに有無をいわさずアスカを岩鬼組から切り離し、再びネルフに組み入れてしまうことは簡単だったが、それをすれば間違いなく岩鬼組の復讐を受けることは必至であろう。
 将造が好きにしろといったのは、アスカが好きにするのであって、ネルフが好きにしていいということではない。自らのシマ内を絶対とし、外に対しては狂犬のごとく振る舞う男なのだ。

 

 なにしろ、アスカを取り戻すために打って出た強硬手段を、全て返り討ちという結果で終わらされているのである。しかも組織である分、竜馬とゲッターという個人よりも始末に負えない相手だった。
 喧嘩を売られれば、その相手がたとえ海外マフィアであろうと、人外のシトであろうと実力をもって叩きのめしにくる岩鬼組の恐ろしさを、ネルフは身を以て知っている。それによる被害を繰り返す愚だけは、ゲンドウも避けたかった。
 結局、アスカは本人がいった様に「実家」へは戻らず、ネルフの管轄内に居を構えることにはなったが、身分は岩鬼組からの出向扱いである。つまりお客さんだ。客が兵器のパイロットというのもおかしな話だが、便宜上そうしておくのが無難だと判断された。
 その住居となるのは、ミサトの住むマンションだ。しかも、別室でなく同室であった。
 これはアスカたっての願いで、その理由は日本でのカタギの生活感もよく知っておきたいということだったのだが……これにミサトは、

「なんで私ばっか割を食うの! ヤー公の娘の面倒なんか見たくねーわよ!!」

 と悲鳴をあげる。
 しかし竜馬の「やくざの頼み事てえのは、無理なのが基本だ」の言葉に、しぶしぶながらも了承せざるを得なかった。
 そして、

「岩鬼組……若頭、惣流・アスカ・ラングレーです。このたびネルフに宿を借りることになりました。よろしくお願いします」

 と、アスカはその挨拶の席でいうのだった。
 目はすわって、その奥はぎらぎらと輝いていた。体は小さいはずなのに、おかしな威圧感がある。すでに極道の貫禄たるや十分で、最初にシンジ達とゲームセンターで遭遇したのとは別人物のようにも見えたが、それだけの変化を促すほどの学習能力こそ、彼女がエースパイロットたり得た理由でもある。
 将造は骨のある人物が好きだから、そういうアスカを気に入ったのは必然だったのかもしれない。ちなみにマヤ、シゲル、マコトといったネルフの職員達はこれに終始、顔の筋肉をひきつらせていた。特務機関の人間とはいえ、やくざは恐いらしい。
 しかし。
 日本を裏から操っているともいえるネルフが、やくざといえ、たかが一組織ごときにここまでの遠慮をしなければならないとは、前代未聞の出来事である。ゲンドウはこの判断に苦渋を舐める想いだったが、全てはみずからのシナリオを円滑に進めるための手段として、感情を抑えた。

「……ゼーレの老人共がうるさくなるな」

 と、彼は独り漏らすのだった。

 
 

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