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Last-modified: 2008-02-27 (水) 20:21:45
 

「……ゼーレの老人共がうるさくなるな」
 と、彼は独り漏らすのだった。

 

 さてゼーレという単語が出た。
 これを掘り下げて語る必要性は今更ないかとは思うが、それでも物語の流れを解りやすくするために、簡単に書いておこう。
 ネルフの目的が人類補完計画なるところにあるのは最初に語ったが、いわばゼーレはこの上位組織にあたる。
 それだけでなく全世界に強い影響力をもつ、地球の影の支配者だ。
 こう書くとふざけた話に聞こえるかもしれないが事実である。
 ゼーレはユダヤ教の考え方の根底を成す、旧約聖書の思想に骨の髄まで染まった、カルト集団であり、人類は不完全な生命体で神にしょく罪せねばならないという思想がある。
 かれらは裏死海文書とよばれる予言所を所持しており、それに書かれた内容の通りに歴史を動かそうとしていた。
 事実、ゲッターロボが出現するまではそれはひとつの間違いもなく、本当の未来として現出していたのだ。
 それが最終的にもくろむ人類補完計画とは、地球の全生物に現在の肉体を捨てさせ、魂と規定される概念の大量融合を強制的に果たさせ一個の生命体に成るというものだった。
 むずかしいが要するに、原始の生命体に還るということだ。
 生物の進化の否定といっていいかもしれない。
 その「よりしろ」となる卵が広大な地下空間であるジオフロントそのものであった。
 これは黒き月とも呼ばれている。
 ゼーレは、海ではなくここから生命が発祥したと考えているようだった。発祥した地へ戻るというのだろう。
 だがゲンドウは、この計画をそのまま実行するつもりはなかった。
 これも最初に書いた通り彼の目的は、その妻ユイとの再会であって人類をどうこうしようというのは、彼にとっては手段に過ぎない。
 凄まじいまでの自己中心ぶりだが、それだからこそネルフを動かせ、かつゼーレに造反できるところもあるとおもわれる。
 そして、エヴァ初号機にこそユイの魂は宿っている。
 かつて初号機の初搭乗者として、彼女は初号機の内に取り込まれてしまったのだ。
 エヴァは、あまりにシンクロ率が高くなると、搭乗者と一体になってしまうという隠された事実があった。
 だからゲンドウは、自分を含めた人類の全てをエヴァ初号機の内に還元し、いわば神にも等しい生命体になろうと企んでいる。
 それをもってユイと相まみえようというのだろう。
 どちらにせよ、現行の地球生命体は彼らによって存在を否定されようとしている。
 だから、その計画を進めるための駒のひとつがやくざになろうが、予期せぬ駒が出現しようが、ゼーレ、そしてゲンドウにとっては障壁程度の認識にすぎない。

 

 ところで。
 人間のみならず、生命の進化の歴史は、お互いに食い合う、し烈な生存競争であることは間違いないだろう。
 いや、それどころか宇宙の理まで視点を拡大しても、星と星の食い合い、さらに銀河と銀河の食い合いという超巨大な自然の争いが行われている。
 生命の定義にもよるが、星も寿命のある存在だし、その集まりである銀河も秩序をもっている。
 すべて永遠ではなく、崩壊するときもあれば誕生するときもあり、さらに、それを内包している宇宙すら、何らかの法則によって動いて、生きている。
 これらはダイナミックな生命といってもいいだろう。
 生命は意識がなければならない、などというのはあくまでヒトの感覚による生命体の定義にすぎないのだ。
 いまこのときも、宇宙のどこかで星が生まれ、銀河が成立しつつ、そして滅んでいる。
 壮大すぎるスケールで進行しつつある出来事だ。
 はてしなく厳しいが、この競争に打ち勝った者にだけ存在の権利が確率される。
 負けた者には容赦のない淘汰がまっている。弱肉強食である。
 いってみれば、それがヒトをも含めた宇宙のシステムなのだ。
 たかが、宇宙のほんの一部にすぎない人類がそれを拒否し、進化という競争をやめたところで存在価値はあるのか。
 残念ながら、答えは誰にもわからない。
 が、少なくとも竜馬ならば「ふざけるな」の一言で済ますだろう。
 彼は戦うために生まれたような男だ。
 みずから可能性を潰えさせるような真似を、もっとも嫌う。
 ……生命を追い詰めようとする者は、追い詰められた生命たちの決死の反撃をその身へ受けることになる。
 だが、いまはそこに至るまでの、様々な状況を語っていかねばならない。

 
 

四、竜馬とユイ

 
 

 時間はすこしさかのぼって、ここではアスカが将造と共に岩鬼組の中で過ごしていた期間において、ネルフ側で起きたことについての流れを追っていく。

 

「あぁ、ったくもおぉぉッ!!」
 と、ネルフの食堂へ歩きながら大声でどなり散らすのはミサトだった。
 さらに横を竜馬がポケットに手を突っ込んだまま、無表情に歩きながら、いう。
「ちっと静かにしろや」
「誰のせいで荒れてると思ってンの!!」

 

 と、竜馬に突っかかっていく。
 セカンド・チルドレンであるアスカを脱走させてしまったことは、正式配属前だったといはいえミサトの頭を痛ませるのに十分すぎた。
 竜馬に責任をかぶせる訳にもいかないので、その余波がすべてミサトに降りかかってきてしまうのだ。
 とんだ災難といえる。

 

「仕事中もビールでも飲まなきゃやってらんねーわよ!」
 そう叫びながら、彼女は食堂に足を踏み入れる。
 するとそう広くないスペースである、このときはあまり客入りも多くなかったのでその全体がよく見渡せた。
 そしてその一角には、リツコと見覚えのある顔が同席しているのが見えた。
 長くなった髪を後ろにまとめ、よれよれのワイシャツとズボンを、さらに緩く着て、だらしないみなりの無精ヒゲの男だった。
 ただ、スタイルと顔はいい。

 

「あ、あれは……」
 ミサトが信じられない、といった様子でそちらをうかがう。
 以下は、彼女の耳にはいった会話である。
「相変わらず仕事の虫かい。それじゃ、まだ彼氏もできてないな」
「……そうでもないわよ」
「おや意外だねェ。せっかく俺が口説こうと思ってたのに。相手は誰? まさか碇司令とか、なあんてな」
「さあ、誰でしょう。あ」

 

 と、リツコの視界の先に黒い影が見えたかと思うと、男の後ろに剛速球でなにか回転するものが飛んでくるのが見えた。
「か、加持君っ」
「え……あぐぁッ!?」

 

 ぐあんっ、と音がするほどの勢いで加持の後頭部にスパナが当たり、彼はその場にもんどりうって倒れる。
「う、うぐぐぐ……」

 後頭部を必死に抑えてうめくが、さらに追い打ちを掛けるようにその頭に、足が踏みつけられた。
 男が抵抗しようとすると、その耳につんざくばかりの怒号が響く。
「あんたがどうしてここで、こんなことしてんのよォッ!!」
「よ、よぉ……か、葛城、ひさ、ひさしぶりだ……おおお、痛てててッ。やめろ、俺を殺す気かっ、足をどけてくれえっ」
「なんなら殺してあげましょーか」
「か、勘弁してくれ、な」

 と、許しをこうとやっと、その頭から足がはなれていく。
 彼は顔と髪についたホコリや汚れを落としながら、よろけて立ち上がっていく。
 この軽口のような受け答えをするのは加持リョウジ。ネルフ特殊監察部の人間だ。
 と同時に、ミサトのかつての恋人でもある。
 ただ、すでに仲違いして疎遠になっていたのであるが……。

 生年月日、一九八五年六月一七日、三〇歳。
 飄々という言葉がもっとも似合う人物であり、やや女好きのきらいはあるが、それも演技にすらみえる、雲のような言動でつかみ所のない性格をしていた。
 ネルフの特殊監察部というのは、要するにスパイ組織であって加持はネルフの情報源のひとつとして動いている。
 が、そのうえで先のゼーレのスパイであり、また日本政府のスパイであり、三重のスパイというなんとも矛盾した仕事をこなしている。
 彼に、思想はない。
 あるのは、人為的であったとウワサされつつ、誰も真実を知らない大災害・セカンドインパクトを究明したいという、ある意味、子供じみた願いだけだ。
 だが、彼をひとつの油断が即の死へとつながる所行へ走らせるのは、それそのものが主要因ではない。
 加持自身がセカンド・インパクトによる孤児であるのが大きかった。
 彼は孤児生活の中で、生きるために兄弟を犠牲にした過去がある。犠牲といっても食人したというわけではないが、兄弟で組織だって食料の盗みにはしっていた最中、食料庫の主にみつかり、制裁をうけたのだ。
 当時は食糧難の時代であって現代のわれわれの感覚で考えるよりも、はるかに食料に対しての価値観が違った。
 それに無政府状態に近く、法律のまともな保護もなかった。
 よって制裁は、子供にも容赦はなく死の制裁となる。
 そのとき、自身が助かるために彼は兄弟の潜伏場所を吐いた。そうすれば自分だけは助けてやるといわれて、身内を切ったのだった。
 結果、彼の兄弟たちは皆殺しとなった。
 だからセカンド・インパクトという理不尽に対して、激情に近い恨みを抱いている。
 逆恨みともとれるが、それが彼なりに兄弟へのつぐないになると考えているのだろう。
 その真実を探ることでセカンド・インパクトへ復讐するつもりだった。
 風変わりな復讐鬼である。
 父をシトに殺されたからシトに復讐する、という解りやすい動機をもつミサトとは、その点、対照的といえる。
 ミサトは加持と関係をもった理由を姿に父を見たからと独白していたが、あるいは、この対照的な部分において惹かれ逢ったのかもしれない。

 

 ともかく。
「ったく、なにしに来たってえのよ」
「ドイツからアスカのずい伴、の、はずだったんだけどね」
「もうそのこといわないで」
「解ってるよ……」

 と、加持はちらりと竜馬をみやった。
 彼はそれに気づき、逆にじろりと加持をにらみ返す。

「なんか用か」
「用はないけど、流竜馬って君のことだね。突然、虚空からあらわれてシトをバタバタとなぎ倒していった、ゴリアテの戦士」
「ゴリラだとてめえっ、ケンカ売ってんのか!!」
「上の人たちが君をそう呼んでるんだよ。あとゴリラじゃないから怒らないでくれ」
 なお、ゴリアテとは旧約聖書に登場する、巨人の名である。敵の兵士と戦い、かれらの神をあざわらったが、羊飼いの少年ダビデによる投石を額にうけて倒れ、みずからの剣に首をはねられ死んだという人物だ。
 日本人の感覚でわかりやすく例えるなら、一寸法師と鬼のはなしだろうか。
 ゼーレは、つまり竜馬とゲッターをこの鬼にあたる存在だと認識しているのだろう。
 どんなに強かろうとも、結局は討ち倒される存在である、と。
 それが自分たちの驕りであるともしらずに。

 

「わけのわからねえ事をいいやがって」
「すまんすまん、謝るよ。ところで」
 と、怒る竜馬をおさえて話題を変えるべく、そこで一呼吸おいてから聞く。
「竜馬君、君は葛城と同居してるんだって?」
「ああ? まあな」
「こいつ寝相悪いだろ」
 その言葉に、場が凍り付いた。
 いうまでもないが、大の異性同士がお互いの寝相を知るということは、つまり寝床を共にする関係だということである。
 さっそくミサトが食って掛かった。
「うわああああッ! あんたなにいってんのぉぉぉっ!!」
 狂乱したような勢いだった。
 それはそうだろう、誰だって自分のプライベートを他人に知られたくはないものだ。
 それが恥ずかしいことであれば、なおのことである。
 だが、加持や、そして竜馬にはそういう基本的な概念が欠如している。

 

「まあたしかに悪ぃやな。俺も人のことはいえねーが……」
 と、返す竜馬。
 それを聞いた加持は顔を崩してニヤけると、ミサトと竜馬を交互にみてからいった。

「お、もしかして葛城といい仲なのかい? 大変だぞ、こいつは」
「いいや。コイツがいつも飲んだくれて居間に転がってんの見てるだけだ」
「あっはははは。それは君も災難だったな」

 と、男二人が妙に下世話な話で盛り上がる中、ミサトは肩をぷるぷると振るわせる。
 あたりまえだ。
 異性に目の前で自分の恥部を話のネタにされて怒らない人間などいない。
 やがて耐えかねて、

「いいかげんにしろおーッ!!」

 と、叫んだ。

「三人とも静かにしなさい。ここは食堂よ」

 すると、親指の爪をかじりながらリツコが不愉快そうに注意した。
 もっともである。食事の場で騒ぐことをよしとするのは、宴会やカラオケをのぞいて不作法の極みだ。
 ただ、リツコの不愉快はそれのみではないようだった。
 その目がふらふらと竜馬を追っている。
 それに感づいたのか、加持がリツコの肩をぽんと叩くと、

「そういや言い忘れてた。碇司令がお呼びだってさ。俺も呼ばれてるんだ、いこうぜ」

 といって、二人は連れだって食堂から消え去っていった。

 

 ところは変わり、第三新東京市、地上。
 シンジに焦点をあてる。
 彼は竜馬とアスカの意思を見たとき、改めて自分がネルフにいることの意義がわからなくなっていた。
 ゲッターでシトは倒せる、さらにエヴァのパイロットも自分だけではない。
 その中で、あえて死の恐怖に耐えて戦う理由はなんなのか?
 父親に認めてほしいからか、それとも竜馬に認めてほしいからか。

(あの時は竜馬さんに流されてゲッターやエヴァに乗った。けど、結局僕は、胸を張ることなんかできやしない)

 と、真っ青な空に対して、少年の心の中は灰色の雲でおおわれていた。

「はあ」

 ため息と共に、とぼとぼと街を往く。
 しばらくいくと交差点にレイがぽつん、と立っているのがみえた。すでに信号は青へと切り替わって人々は渡り初めているのに彼女は動こうとしない。
 みなが、不振げにすれ違っていく。

「あ、綾波……」
「碇君」

 シンジが呼びかけると、レイは待っていたかのごとく応えた。

「どうしたの、渡らないで」
「ここ、ネルフ本部にいく道だから。来ると思って待ってたの」
「えっ」

 シンジはとまどう。
 わざわざ、他人と道ずれになることを望むような娘ではなかったはずだ、と思考が錯綜していく。
 そんなシンジの心を知ってか知らずか、レイはいった。

「本部に行きましょう。碇君に、たぶん見せなきゃならないものがある」
「僕、に……?」

 レイは含めた言葉を残して、点滅しはじめた信号を小走りに渡っていく。
 シンジもそれを追いかけていく。
 後には、交通の音だけが残った。

 さらに場所は移り、ネルフ本部内、ゲンドウの執務室へ。
 広大な空間に一個だけ机が置かれた異様な部屋だった。天井と地面には、紋様があしらわれている。
 そこで彼が事務するべき内容は、組織内の維持についてのことだった。
 くわえて頭の中で竜馬の処遇を考えている。

 ネルフはアスカの捜索および奪回がむろん急務であったが、かといって通常業務の方をおろそかにするわけにはいかない。
 この時点で、エヴァ零号機は大破修理中、初号機もやっとダメージが回復したばかりでシンクロテストを重ねなければならない状態だった。
 必然、万が一シトが襲来した際の頼りはゲッターロボとなり、ネルフとしては非常に心許ない状態である。
 戦力でなく、信頼性のことだ。
 もっとも制御に問題のあるエヴァも信頼性が高いとはいえないが、それでもゲッターのように完全に未知の存在なわけではない。
 しかも竜馬はシトが来れば戦いはするものの、命令を聞かないのは当然としてシンジなど本来エヴァ専属のパイロットや、果てはリツコのような非戦闘員を勝手にゲッターに乗せていってしまう。
 しかも竜馬と触れるにつれて、その人間もだんだんと感化されていく始末だった。
 これでは組織としての規律が保たれない。
 ゲッターの戦力はエヴァが万が一、動けないときの保険としては魅力的であったがゆえに今まで放置されていたがゲンドウは、この目の上のたんこぶがいい加減、厄介に感じ始めていた。

 

「野次馬も、ほどほどにせねば劇は完遂しない」

 そう、漏らすほどに。
 とするならば、流竜馬さえいなければいいのである。

 

「奴を消せば、静かになる。それはゼーレの老人も歓迎することだ」

 だが、それこそ容易でないことはゲンドウがその身をもって思い知っていることだ。
 竜馬自身にバケモノじみた身体能力があり、SPが数人むらがっても子供のように蹴散らされてしまう。
 剣も銃も通用しない。
 まるで正義のヒーローを相手にする悪役の状態だったが、ひとつ竜馬がそのヒーローと違うのは敵対する者は、何の容赦もなく殺りくすることである。
 これにゲッターが加われば、力押しではどうにもならなかった。
 仮に、シンジ達を煽動してエヴァの全機がかりでもって竜馬を潰そうとしても、下手をすれば返り討ちの目にあう。
 ゲッターを奪うにしても無人のゲットマシンが自動操縦で動くなどからみて、竜馬の意思に呼応しないとは限らない。
 現にエヴァがそういう存在なのだから。
 どちらにせよ竜馬を敵に回して殺害に失敗すれば、どうサイコロの目がでていくか予想がつかなくなる。
 かれのシナリオからは、大きく逸脱することになるだろう。

「結局、ヒトの敵はヒト、か――」

 

 ゲンドウはいいながら、その広大な部屋に入室してきた二人の人物に目をやった。
 一人はいつもの白衣に身を包んだリツコだ。
 そしてもう一人は……

「来たか」
「ええ、来ますとも。来ないわけにもいきません」

 加持はその手に持った、巨大なアタッシュケースをゲンドウの執務机の上にどすんと置くと、おもむろに封印を解いて中身を明らかにしていった。
 その中には……

「確かに持ち帰りましたよ。固めてありますが、間違いなく生きてます。人類補完計画の――かなめですね」
「ああ。最初の人間……第一のシト・アダムだよ」

 ゲンドウはケースの中のコハク色のベークライト(フェノール樹脂)で固められた胎児のようなものを見て、普段みせない笑みを浮かべてつぶやいた。

 

「そのコピー品がエヴァとは、よくいったものですわね」

 リツコもそれを見ながらつぶやくようにいった。
 ゲンドウはそれに頷いたような仕草をみせると、つぎにいった。

「ところで加持君……ネルフに停電が起こらないといいのだがな」

 その言葉にぎく、と加持の動きが止まる。
 彼は苦笑いを顔にうかべながら、

「ハハ……人類の科学の粋をあつめたネルフが停電なんて」

 というが、ゲンドウはぴくりとも動かずに

「その、人の手によるならば話は別だ。聡明な君のことだ……私が君の正体に感づいているのは承知のうえのことだろう」

 といった。

「……」

 加持は、答えない。
 答えるわけにはいかなかった。どう答えようとも、ゲンドウの言葉を認めるようなものだからだ。
 しかしゲンドウは返答を待たずにつづける。
 そして、その先にある言葉は、加持を驚愕させるに十分すぎるものだった。

「構わんさ」
 加持の目が見開かれる。
 ゲンドウはそれを認めると、いつもの机につっぷして掌をくむ仕草になった。

「君の欲しがっている情報のひとつやふたつは、くれてやるさ」
「……ずいぶんと、気前のいい話ですな」
「君と交渉したい」
「私と」
「そうだ。流竜馬にはもう会っただろう」
「ええ」
「奴は計画の邪魔になる……君にとってもそうだ。あの異常にカンの鋭い男がネルフにいてはいろいろと動きづらかろう。
 施設がしばらく止まるのには目をつむろう……だが代わりに」

「殺れと。私は暗殺者ではないんですがね」
「必要とあらば行うだろう」
「……まあ。しかし、彼にいどんで勝てるとは思えませんな。無駄死には嫌ですよ」
「そのために赤木リツコ君を呼んでいる」
 ふと、ゲンドウがリツコをみやる。
 その視線にさらされる彼女は、複雑な表情を浮かべてたたずんでいたのだった。

 

・・・

 

 暗い部屋の中、一対の男女が組み合うようにして寝具の上に重なっている。
 宿直室かなにかだろうか。それほど広くはない。
 男の方はガタイが良く、まさに丈夫という言葉が合うほどの大男で、逆に女の方は細身のシルエットを映し出していた。

「で……この停電時に、なんの酔狂でこんなことをしやがった。リツコ」

 と、その男、竜馬が異様なまでに鋭い眼光でもって、自身に組み付くリツコを射貫くと呻くようにしていった。
 リツコは頭を下げることでその視線を避けるようにするだけで、なにもいわない。
 だが竜馬は無視してつづける。

「力でダメなら女で、てえのか。あのヒゲジジィの考えそうなこった」

 というと、その言葉にリツコの肢体がビクリと反応する。
 それに竜馬は確信した様に、

「あれがおめぇと出来てることぐらい、見抜けん俺じゃねえぞ。おまえがヒゲジジィを見てるときだけ、目が違っていた。ゲッターを見る目とも違う」

 

 と、畳みかけた。
 するとリツコはいよいよ震え、竜馬のむなぐらに頭をなすりつけるかようにしたあと、ぽつりぽつりと語り始める。

「そうよ。これは碇司令の差し金……」
「やはりな……目的は俺の命か、ゲッターか……いや両方か」
「ええ」
「大それた野郎だ。そいじゃこの停電もてめえらの自演ってわけか」
「ええ」

 リツコは力なく答えるだけだ。

「で、俺を道連れに、この部屋ごと自爆でもする気か」
「その通り。私がいけにえで、処刑役は加持君」
「あの野郎はなんか異様な感じがしたがそういうことか。しかし、てえした奉仕の精神だな。 俺がお前ならゴメンこうむるぜ」
「何の見返りがなくても、あの人のためなら、何でもできるつもりだったわ。 だけどね、流君」

 というと、リツコはぐい、と竜馬の胸にあごを滑らせるようにして顔を上げる。
 その大きな黒目で覗きこむようして竜馬を見つめると、眉が下がったままの笑顔で凄みかけた。
 白目が、赤く充血していた。
 リツコはおもむろに、ベッドの下に手を伸ばして拳銃を取り出すと竜馬に向ける。

「……」

 しばらくそのまま黙していたが、やがてふ、っと息を吐くと瞬時、猫のような身軽さで体をひねると拳銃を天井へ向けて数発撃ち出して、さらにベッドの下に落ちていた衣服の中から取りだしたリモコンのようなものを、空中に放ってからそれを撃ち落とした。
 がしゃり、とガラクタになったリモコンが地に転がる。
 天井から透明なプラスチック破片のようなものが、ぱらりと落ち、硝煙の香りが密室の中にただよう。
 暗闇の中に、リツコの白い上半身が一杯に映った。
 彼女は竜馬を見返して言う。

 

「あなたカンは鋭いけど、自分がどう見られてるかはもう少し考えるべきね」
 と。
 その言わんとしていることは、竜馬にもわかる。が、

「うるせぇ」

 そっぽをむいて悪態をつく。
 実際、こういう愁嘆場は彼のもっとも苦手とするところのひとつであった。それがゲンドウにも見抜かれていたから、こういう手段に打って出られたのであろう。
 犯罪の影には女と金。よくいったものである。
 だがリツコは再び竜馬におおい被さると、彼の両肩を細い手でぎゅっとつかんで、
「体も心も、すごく軽いのよ。ゲッターに、そしてあなたに逢ってから。
 私を利用するだけの男を見限って、あなたみたいな人を選んで何が悪いっていうの……助けてとはいわない。けれど付いていくぐらい、許してくれたっていいでしょう!  もう、救いのない苦しみにあがくのは嫌なのよ!!」

 ほとんど叫ぶように言った。
 竜馬も再び視線を戻す。

「頭のいいくせに、変なトコにこだわるやつだ。こうなった以上、俺に味方し続ければ、いずれはネルフを裏切ることになるぜ。それともこれもヒゲのもくろみの内ってか?」
「私を信じる信じないは、あなたの自由」

 いいながら、リツコは銃の先端を手にもちながら、竜馬へとそっと渡した。
 その手の内に金属のごろりとした感触が一杯に広がっていく。
 信じないなら殺せ、という意味であろう。
 それをもって、竜馬は、

「……上等だ。信じてやる。二回目だな」

 といって、リツコを押してむくりと起き上がりながら、

「どうせ加持の野郎が張ってんだろう。あいつも連れてこいや、おめえらに見せてやる。 俺がこの世界に来た理由をな」

 そういって、いまリツコから渡された銃を「持っておけ」と突き返すのだった。

 竜馬は軽く身仕舞いをすると、デニムジャケットを羽織って部屋の出入り口に近づく。
 重い扉を力任せに横へ引っ張っぱると、障子の戸のごとく、すぱっと開いた。
 普通なら人力で開けるのには数十秒かかる扉である。
 あらためて竜馬の怪力がどれほどのものか、よくわかる場面であった。

 現在、ネルフは加持の手によってMAGIなど一部の最重要機能維持に必要な電源をのぞいて全館において停電してしまっている。
 ただしその真実を知っているのは加持に行動を示唆したゲンドウと、共謀者のリツコ、いまそれを彼女から聞いた竜馬、そして副司令の冬月だけだ。
 加持は竜馬とリツコを端末で監視しながら、自分が求める真実に向かってジオフロントの地下の地下へと入り込もうとしている。
 もっともその端末から監視できるはずのカメラは、さきほどリツコの手によって破壊されてしまったので、現在、加持はその異変に気づいているだろう。
 だが彼は止まらない。
 竜馬の暗殺計画が失敗に終わったとしても、それは加持にとって重要なことではない。
 ネルフの隠し持つ秘密を、少しでも知ることが目的なのだから。
 頭をかかえるのはゲンドウだけだ。
 竜馬を追って部屋から出てきたリツコが、白衣を片手に、やや乱れた着衣のまま竜馬にいう。
「待って。あなたの秘密を聞く前に、ターミナルドグマまで案内するわ。先にネルフの真実を教えましょう……加持君も、そこへ近づいている」

 

 だが、

「ああ、俺もそこへ行くつもりだ。場所も知ってる」

 と、ぶっきらぼうに返した。
 これにはリツコも、ぱさりと片手の白衣を落として固まってしまった。

 ――なぜ、あなたが知っている。

 その驚き様は、さきほどまで朱に染まっていた頬の色が、一瞬にして青ざめていったほどだった。
 ターミナルドグマは、機密保持空間と研究施設をかねたジオフロント深部・セントラルドグマよりもさらに下がり、地下七〇〇〇メートルの場所に位置する、ジオフロントのコアと呼べる場所だ。
 ここはネルフの中でもその創設に関わったほんの一握りの人間しか、存在を知らないはずだった。
 だが、竜馬はそれを知っている。
 カマをかけているわけでもなさそうだった。 
「流君……あなたは、いったい」
「黙ってついてきな」
 と、竜馬はリツコに背を向けたまま、暗闇の中をどんどん進んでいってしまう。まるでこの施設のルートが、全て頭の中に入っているかのようだった。
 リツコはあわてて落とした白衣を拾って羽織ると、その背を追いかけていった。
 二人は、やや足早にぐねぐねと迷路のように曲がりくねったネルフの通路を進み、途中で閉ざされた扉を開け、あるいは力ずくで破壊して歩いていく。
 終始、無言であった。
 竜馬にしてみれば無駄な会話は面倒くさいだけで、リツコにとっては竜馬があるいはゼーレかなにかの使者なのではないか、という疑念にかられて、言葉を発せない。
 ただ、さきほどの自分を撃たなかったという彼の行為を信じるだけであった。
 幾重もの階層をくだって、さらにそこから電源の生きていたエレベーターに乗って下っていくと、やがて電光の消えた案内表記にかすかに「立入禁止区域」と書かれた区画まできた。
 そこにも電源の生きている扉があるのが見えた。
 ロックを解除するためのカードリーダーの緑色のLED光が、きらきらと自己主張していた。
 だが、この場所まで迷うことなくやってくるということは、間違いなく竜馬はターミナルドグマの存在を知っているということだった。

 

 竜馬が、ここで初めて口を開いた。

「リツコ、開けてくれ。さすがにここだけは俺の力でもどうにもならねえ」

 と話した。
 はて、とリツコは思った。存在を知っていて、しかし侵入する方法はもっていないとはどういうことであろうか。
 だがいまは、それを疑って悩んでいる場合ではない。
 竜馬の暗殺に失敗して、なお彼と行動を共にしていることがゲンドウに発覚すれば、その命はない可能性が高い。
 もはや、リツコはどうあろうとも、その運命を竜馬と共にする気であった。

「ええ」

 それだけいうと、懐からカードキーを取り出すと読み取りにかけてロックを解除する。
 すれば扉は重い音をあげながら、上下に口を開いて二人を迎え入れた。
 その先に見えたものは……

「こいつか……」

 あらわれたものは、広大な空間にそびえ立つ巨大な十字架にイエスよろしく、はりつけにされた巨人の姿だった。
 全身が真っ白で、その下半身は引きちぎられたかのように無く、そこから無数の人間の足が生えているような不気味な物体だった。
 さらにその顔の仮面のような部分(仮面ではなく、これが素顔かもしれない)には、それぞれ向かって左に三つ、右に四つの目玉が縦に並んでいた。
 顔だけはまるで、日本妖怪の百目のようだった。

 その異様さに目を奪われるが、足下にはリツコのいった通りに加持とミサト、それにシンジがいた。
 みな、一様にして巨人の姿に見入って身じろぎひとつしておらず、竜馬とリツコの侵入にも気づいていないようであった。
 なにも音がしない。
 竜馬が踏み出すと固い床をかつん、と蹴る音が辺りに鳴り響く。
 はっ、とミサトが振り向いた。

 

「……リョウ君、それに、リツコ」
「おめえも来てたか。さては加持の野郎をつけてたな」
「そんなことどうでもいいわ。あなたまで、知ってたの……?」

 ミサトが放心したかの様子でいう。
 竜馬は短く、ああ、とだけいうと空間の中央へと歩を進めていく。
 そして加持のよこに近づくと、ぎろりとそちらを睨んだ。
 加持も煙草をくわえたままちらり、と竜馬に目を流す。
 しばらくそのままだったが、先に口を割ったのは加持だった。

「やれやれ……リッちゃんの目がおかしかったから、ひょっとしたらと思ってたけどね。 司令はどうも人の心を知るのは、苦手らしいな」
「んなこたどうでもいい」
「……おや、許してくれるのかい。もっと恐い人だと思ってたよ」
「リツコがカメラをぶっ壊した時に爆破しなかっただろ。
 そっちからでもできるようにヒゲなら、しむけてたはずだ。てめえ初めから奴の言うことなんざ聞くつもり、なかったな」
「バレバレか」
「いいのか。たぶん命取りになるぜ」
「もとより覚悟のうえさ」
「へっ、言うじゃねえか……気に入った。いいことを教えてやる、てめえがアダムだと思ってるこのバケモンの正体はリリスってんだ。アダムじゃねえ」
「なにっ……!?」
 竜馬のことばに、それまで雲のような態度をくずさなかった加持が、その口からタバコをぽろりと落としてはじめて動揺した。
 そして、今度は体全体を竜馬にむけて問い詰めるようにいった。
「ど、どういうことだ」
「おめえの持ち帰ったアダムの胎児は、あのヒゲがまだ持ってる。そんなに早くは再生できねえよ……こいつはまったく別の生命体、リリスだ。初号機のオリジナルよ」
 ふっ、と加持もミサト同様に脱力したようだった。
 竜馬が知りすぎていることに、思考の整理がつかなくなっているのだろう。
「しかし、俺の荷物まで知ってるとはな……デタラメじゃないだろうな」
「ホラなんざ吹いたところで何にもならねえ。証拠をみせてやる……おおい!!」
 と、竜馬がさけんだ。
 するとあまりにも広くここだけは電気が通って照明もついているはずなのに、暗く染まって見えない空間の奥から、風がうごいた……かと思うと、すぐさま突風となりここにいる人間全員の肌を叩いた。
 そして、闇をつらぬき菱形につり上がった二つの黄色い巨大な目が空間に現れる。
 ゲッター1だった。
 それは空間を縫うように飛ぶと、やがてゆっくりと竜馬たちの側へと着地する。
 ずずん、と地が響いた。

 

「げ、ゲッターロボ……なんでここに。誰が動かしてるんだ」

 これには、それまでずっと黙っていたシンジが、つぶやいた。
 どうやってこんな地下までゲッターが来たのかも謎である。
 シンジはふと「ゲッター2でここまで潜ってきたのか」とラミエルと戦ったときのことを思いだしたが、そういうことを聞いている余裕は自分にも、周りにもなさそうだった。

 ゲッター1は、しばらくその場にたたずんでいたが、やがて右腕をその肩にやるとゲッタートマホークを射出する体勢になった。
 まさか、このバケモノを斬るつもりなのか、と誰もがおもった瞬間だった。
 しかし……

「ロンギヌス、ランサーッ!!」

 ゲッター1から、聞き覚えのある少女の声が響くと、本来ゲッタートマホークが射出されるはずのポイントから、二叉の長大な槍がぎゅんと飛び出た。
 ゲッター1は飛び上がってそれをキャッチすると、ぐわりと両手で振り回して、さらにリリスと呼ばれた白い巨人の腹に突き刺した。
 ぐっ、とリリスがうめいたようだった。
 だがそれに驚くよりも、ゲッターから響いた声にシンジは反応する。

「こ、この声……まさか綾波っ」

 すれば、その声に呼応するかのように、ゲッター1のコクピットハッチが開け放たれると、そこからレイの姿があらわれた。
 やはり、ゲッター1を操縦していたのは彼女であったのだ。

 

「……途中まで一緒にいたのに突然消えたと思ったら、どうしてここに!?」
 シンジの呼びかけに、しかしレイは応じない。
 それどころか、レイはコクピットからぐい、と身をのりだすと、そのまま飛び上がって落ちていく。
「あ、綾波ぃぃっ!!」

 シンジの悲鳴があがった。
 だが、レイは空中で身を軽くひるがえして、さながら棒高跳びの選手のように約四〇メートル下の地面へと片ひざをついて着地した。
 そして、何事もなかったかのように身を起こす。
 それを見ていた竜馬をのぞいた、全員が絶句する。
 四〇メートルの高さから落ちて平気な人間など普通はいない。
 竜馬や将造ならばともかくとして、ただの人間は間違いなく死に至れる衝撃を受けるはずなのだ。
 だがレイは涼しい顔で、すたすたと歩いてきた。
 みなが圧倒される中、竜馬だけがその姿にぱちぱちと拍手をおくる。

「あざやかな操縦じゃねえか」
「流さん」

 レイはそれを受けたのか、竜馬に寄るが、すっと腕をあげてその肩の後ろをさした。

「碇司令が、来たわ」

 と、いった。
 その言葉に全員が振り向く。
 すれば、開け放たれたままだった扉の入り口に、うつむき加減のゲンドウの姿がいつのまにかあった。
 彼にしては珍しく、怒りの感情が走っているようだった。
 まず、ゲンドウはリツコをみる。
 彼のかけたサングラス越しに鋭い視線がなげかけられるが、リツコは金に染めた髪をかきあげるだけで動じない。
 ゲンドウがいった。
「赤木君……君に問いたい。なぜ、命令を無視した」
「いつまでも女の心をつなぎ止めておけると思ったら、大間違いですわ。かわりにダミーシステムは、あなたとの別れ金としてキチンと完成してさしあげます」
「……君には失望した」
「私には、初めから何の期待も望みも持たなかったくせに」

 それだけいうと、リツコは竜馬の腕をとるような仕草をみせた。
 シンジがそれに嫌なものを見るような表情になっていたが、彼女は相手にしない。
 リツコなりの、復讐だったのであろう。竜馬は黙ったままだ。

 つづいて、加持が前に進み出た。

「司令。私もあなたを裏切りましたが、しかしおかげでこれが、アダムでないことも解りましたよ。リリスとはなんです」

 

 ミサトが心配そうに見ていた。
 だが、加持の言葉にゲンドウは反応しない。
 そして彼はいよいよ自身の計略によって殺害を試みた相手、竜馬に目を向けた。
 すれば、竜馬はかっとその目を見開いて、天地をも張り裂けんばかりの形相でゲンドウのまなこをつらぬいた。
 見えない弾丸が飛んだようであった。
 その勢いに、ゲンドウも体をびくりと震わせて戦慄する。
 だが、それでもなお彼はいった。

 

「なぜだ……なぜ、貴様がロンギヌスの槍を持っている。なぜレイが貴様に協力する」

 そういったが、竜馬は答えない。
 かわりにだっとゲンドウの元へと走り寄って、

「黙りやがれぇッ!!」

 と、助走の勢いのまま腰をひねってそのアゴにむかい、強烈なアッパーを撃ち込む。
 ゲンドウが悲鳴をあげる間もなく、凄まじい威力の拳に体ごと弾かれて、空を舞うと地面へと叩きつけられた。
 彼の脳裏に最初、竜馬と争った記憶がよみがえるが、つぎの瞬間にはその腹を竜馬の足にふみつけられた。
 げっ、とおかしな声があがった。

「俺はてめえの様な、コソコソと裏で動く野郎が一番嫌いなんでぇ! 本当だったら、この場でぶっ殺してやるところよ……だがな」

 と、竜馬はシンジと、そしてレイに顔をむけた。

「それでも、妻と子の前で、父親を殺したくはねえ」

 そういった。あとは足を話すと、さっと後ろにひいて腕をくむ。

「おめえが説明してくれや、ユイ。俺だと手がでちまう」

 と、レイに向かっていった。
 だが彼女を、竜馬はユイと呼んだ。レイにそのようなあだ名はない。では……

「うぐっ……ゆ、ゆい、だとっ!」

 その言葉に真っ先に反応したのは、誰在ろう息も絶え絶えのゲンドウだった。
 ゆっくり歩を進めるレイは仰向けに倒れふすゲンドウの真上にくると、ゆっくりと腰をかがめてしゃがんだ。
 そして、

「本当は、私もここで流さんに殴られなくてはならない。あなた」

 といった。
 その声色がきゅうに低くなり、少女のものでなくなる。
 大人の女のものだった。
 ゲンドウがうめく。

「ば、ばかな。ユイは、ユイは、エヴァに……初号機に、取り込まれたはずだ。そう、あのときおまえは初号機の中にっ……」
「今も、彼女は初号機の中にいます。私は……はるか未来の碇ユイであり、同時に綾波レイ・リリスでもある。魂の複合体。そしてゲッター線の使徒」
「……ウソをつくな。流竜馬、レイになにをした、何を吹き込んだッ」

「あなた、落ち着いてください。今から、真実を明かします」

 
 

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