「あなた、落ち着いてください。今から、真実を明かします」
レイが立った。
彼女はゆっくりと顔をシンジへむけていう。
「シンジ……これから話すことは、とても大事なこと。今は受け入れられなくても、けっして耳を塞がずに聞いて」
と、つらつら話すレイにシンジが待ったをかける。
「ちょっと、待ってよ……綾波が母さんって、どういうことなんだ」
「おねがい聞いて、シンジ。人類補完計画を止めなければ、世界が滅んでしまう」
レイがいった。
ここから先は、彼女にかわって代筆しよう。
レイ……いや、ここでは彼女をユイと呼ぼう。
ユイのいうとおり、この世界は未来において滅んでいる。
その理由は、以下に説明する長い経緯によるものとなる。
さて。
A.Tフィールドというものが何度も登場してきたが、これは単なる物理障壁ではない。
わかりにくいが、いってみれば心の壁を具現化した存在なのだ。他者を拒否したいという心の防壁が、現実のものとなって世に現れたと思えばいい。
エヴァやシトだけでなく、全ての生命がもっている。物質化できるほどに強力なのが上の二体なだけだ。
これこそがヒトや、その他の生物の自我と肉体のカタチを構成するために不可欠のものであって、それが根本から失われるとアンチA.Tフィールドが発生して、その生物はLCL(羊水に近い物質)なる原始の生命に還ってしまう。
壁があるからこそ、他者との差ができ、よってカタチも造られるのだという。
生きようという意思もあらわれるのだという。
そして今、ゲッター1が持ってきたロンギヌスの槍。
いつの頃から地球圏に存在するこの槍は、そのA.Tフィールドを根本から失わせる力があった。
この世界が終局をむかえるとき、ゼーレは初号機を中心に一二体の量産型エヴァを、オリジナル一本と、一二本にコピーしたロンギヌスの槍で、一斉に処刑した。
これによって地球の全土に、巨大なアンチA.Tフィールドが発生し、ヒトを含めた全生命体をLCLへと還して計画は遂行されたのである。
この、エヴァの元となったのがリリスとアダムだ。
リリスは、この世界にあっては人類の始祖とされていた。
その肉体のコピーが、エヴァンゲリオン初号機である。制御の効かないリリスの代わりであり、これに選ばれた子(シンジのこと)を乗せて動かし、最終的にロンギヌスの槍によってアンチA.Tフィールドを発生させるための、柱であった。
なお、この魂を碇ユイのクローンに移植したものが綾波レイの正体である。
その他のエヴァは、加持がとどけたあのアダムのコピーだ。
アダムとはなにか。
それははるか数億年のむかし、リリスに地球での生存権を奪われ、月に隔離されて永い時を眠りについやした現在の地球にすむ生命体とは、別個の生命体の始祖であった。
初号機以外のエヴァは、アダムからコピーされたヒトのしもべに過ぎない。
いけにえとなる地球生命は、ひとつでいいのである。
ほかは、いわゆる王の埋葬の際の副葬的な存在だと考えていい。
アダムは生存権の獲得に敗北して、月で眠りについていたが、それでも地球による生存を諦めなかった。
数億年の時を経て、かれは再び地球に舞い戻り、リリスから生存権を奪い返すべく戦いを仕掛けてくる。
だが、すでにこのとき地球にはその子孫の中で最大の知識をもつ生命体、人類がいた。
そしてアダムが最初に遭遇した人類こそゼーレ、そしてそれと深い関連をもつユイだったのである。
ゼーレはアダムを捕獲するべくロンギヌスの槍を持ち出してかれを突いたが、予想以上にアダムの発生するアンチA.Tフィールドが強大になり、当時その舞台だった南極をLCLの海と化し、さらに余波で世界中に爆風の大打撃を与えた。
これがセカンド・インパクトの正体である。
アダムはこれにより、胎児にまで還元してしまい自分で動く力を失った。
そして、しぶとく生き残ったゼーレに捕獲されることとなる。
ちなみに、これまで現れたシトの正体についても言及しておこう。
それはセカンド・インパクトによって胎児に還ってしまったアダムの、新たな抵抗の手段であった。
アダム自身には、すでに戦う力がない。
そこで、月に残したみずからの眠り場所、月のジオフロント「白い月」から子供たちを呼び寄せてリリス、そして人類、地球生命体を打倒しようと考えた。
それが、今まで戦ったシトの正体である。
かれらは人類の始祖との生存競争に、負けてしまった者の末裔なのだ。
ともかく、リリスの分身・初号機を核に、副葬としてアダムの分身、初号機以外のエヴァを用いて、世界中を巻き込むアンチA.Tフィールドの発生……サード・インパクトを起こして地球生命体をLCLと化させ、地球のジオフロント、つまり黒き月に融合させて新たな生命とする。
ここまでがゼーレの計画であった。
だが、神に贖罪せねばならないという妄想にかられるゼーレと違い、ユイの目的はさらにその上をいっていた。
黒き月に人類を融合させて神へしょく罪するのではなく、リリスのコピー、初号機そのものに融合させ、人類みずから神となって宇宙を永遠にさまようことを企んだ。
それで人類の記憶が永遠たりえると考えたのだ。
そのために、自らがエヴァ初号機と一体となり、さらにその思考の支配下にゲンドウをおいて、間接的に息子を自分の中へ乗せるように仕組んだ。
ゼーレ案とユイ案は最後まで拮抗したが、最終的にはユイ案が打ち勝ち、人類、そして地球生命体はエヴァ初号機と共に神となり、永遠に宇宙をさまようこととなる。
ともかく……これが、現行の地球生命体が滅亡した未来の出来事だった。
ユイは満足だったであろう。
なにしろ、己が願いを果たして永遠の命となって宇宙をさまようことができるようになったのだから。
だが。
それをよしとしない存在があった。
ゲッター線である。
これはリツコも調べていたとおり、ただのエネルギーではない。
意思がある。
はるかな時空の先にある「大いなる意思」と呼ばれる存在によって生み出されたエネルギーだった。
なお、この物語では「時空」は「次元」と考えてもらっていい。
たとえばこのシンジたちのいる宇宙と、竜馬や将造の宇宙は、別の時空にある宇宙同士である。
本来は、平行世界であり干渉することはできない。
その大いなる意思は、ひとつの宇宙に君臨する神を超越する存在だ。ゆえにすべての時空に干渉する力をもっていた。
だが、その彼らも存在の消滅の危機にひんしていた。
彼らをおびやかした敵の名を「時天空」という。
時空を超えた宇宙の外からやってくる、ほぼ無限の浸食体と大いなる意思は判断した。
宇宙のすべてを司ることのできるかれらにも、どれほどの大きさがあるのか、わからないほど、途方のない敵だった。
明らかなのは放っておけば、あらゆる時空の宇宙が時天空に飲み込まれて、全ては無になってしまうことだった。逃げ場など、どこにもない。
ゲッター線は、大いなる意思によってこれに対抗するために生み出されたエネルギーであり、地球の人類を筆頭に機械・生命とわず進化、あるいは融合させて、対時天空用の兵器とするための存在だった。
人類は大いなる意思の期待通り、他の生命体を蹴散らして進化し、さらにゲッター線の器として最大の威力を引き出すことのできる機械、ゲッターロボをも発明した。
やがてゲッターロボは他者を喰って進化する力を身につけ、竜馬を乗せたまま気の遠くなるほどの時間、進化を重ねていった。
そして、とうとう太陽系をも飲み込む大きさの「ゲッターエンペラー」となるが、それでも進化はとまらず、ついには一つの宇宙を飲み込んでしまうほどになっていく。
それでも無数にある時空のすべてを飲み込む時天空には、ほど遠い存在だった。
そのため、竜馬はエンペラーをより巨大に進化させるため、いよいよ他の時空に干渉しはじめた。
そこでユイやシンジと出会うことになるのだ。
すでに宇宙そのものの大きさまで進化していたエンペラーには、宇宙をさまようユイがどこいるかなど、関係がない。
だが、戦うために進化した竜馬の世界の人類と違い、シンジの世界の人類はLCLの神となって滅亡していたのは書いた通りである。
これに触れた、エンペラー率いるゲッター艦隊は、一部がLCLと化しはじめる。
シンジの世界の影響が、竜馬の世界に及んできたのだ。
むろん、エンペラーの力ならば、まだまだ小さなこれを強制的に切り離して消滅させることは可能だった。しかし。
エンペラーの戦わねばならない相手は、時天空である。
この程度の相手を取り込めず、撃破しなければならないということは、仮に時天空や、現時点でのエンペラーよりも巨大な敵と戦えば、為す術もなく飲み込まれるということである。
ゆえに竜馬は引かなかった。
エンペラーの力で浸食を抑え込むと、その核であるユイの意思を見つけ出して強制的に引きずりだし、コンタクトした。
そして竜馬は、ユイに時天空の存在を説く。
ユイもそれによって真理を知ると、自らの行為が過ちであったと悔いた。
どうすればいい、というユイの意思に、竜馬はエンペラーの力でこの宇宙の過去に飛んで歴史をねじ曲げて修正するという荒技を提案する。
時間軸をいじったことのよって起こる時空の歪みが発生し、この宇宙ごとエンペラーが吹き飛ぶ可能性もあったが、竜馬はためらわなかった。
彼女は、すべての出来事は自分の責任だと竜馬の案を呑み、自らの魂を初号機から切り離して竜馬の道案内となり、同時にロンギヌスの槍をゲッターに託すことにした。
そして竜馬は滅亡に至った要因を修正し、全時空の命運をかけた戦いに、この時空をも参加させるために竜馬はエンペラーのカケラに乗って、過去の地球へ旅立った。
現在のレイの正体は、この未来のユイの魂がレイの肉体に融合した存在である。
レイをよりしろに選んだのは、エヴァ初号機にはかつての己の魂が宿っており、思考が異なりすぎて同居できず共に消滅してしまう可能性が高かったことと、レイの肉体は自身のクローンであること、さらに魂がリリスだという理由からだった。
ユイは綾波レイの魂に、同居の協力をもとめたのだ。
レイは、すべてを理解し承諾した。
だからこのレイは、綾波レイとしての記憶もあるし、未来のユイとしての記憶もある。
そして最後に、ここが大事なところになるが、竜馬はただ、大いなる意思に従ってゲッター線を享受し、時天空と戦うだけの存在になるつもりはなかった。
「俺たちをいいように使ってくれたんだ。時天空をぶちのめしてから、ゲッターもろとも大いなる意思なんてやつらは、消滅させてやる。
そうでなきゃ、今までゲッターに取り込まれていった奴らに対する申し訳がたたん」
これが、竜馬の最終目的だ。
真実は定かでない。しかし、彼は信じたことのために戦い続けるというのだった。 ……長くなってしまったが、竜馬の世界とシンジの世界、この二つをつなげた物語は、以上のような内容となる。
ここで場面を、ターミナルドグマに戻そう。
レイに支えられたゲンドウが、うめくままにいった。
「そんな……途方もない話をされたところで、今の我々に理解できるはずがない」
もっともである。
すでに人間が知覚できる限界をこえた話だ。
「でも」
とユイはつづけた。
「本当のことです。私は大きな過ちを犯しました。時天空を倒さない限り、私達が宇宙をさまよったところで、それはなんの意味も成さない。
だから、人類補完計画は止め、私たちもゲッター線と共にゆかなければ」
「……本当だったとしても、ユイ。おまえに再会したいというだけで、ここに来るまで様々な人間を犠牲にした私が、いまさら罪をつぐなうために改心するなどと……誰が許してくれる」
といった。
だがユイはかぶりをふって、
「誰にも許してもらえないのは、私も同じ。だからって何もしないのはもっと罪なこと。 たとえ誰にも許してもらえなくても、つぐなうべきです」
と説得するようにいう。
その言葉に、ゲンドウはしばし目をとじたまま思考をめぐらしてから、
「……各員、今日起きたことは部外秘だ。もし、時間軸云々が真実だとするなら、いたずらに既存のシナリオを動かせば、なにが起こるかもわからん。
決断は、する。流竜馬……命を狙っておきながら恥を承知でいう。私に時間をくれ」
そういった。
みなが竜馬がどう反応するかと視線を集中させたが、その答えはしごく単純なものだった。
「ああ、いいぜ」
アスカ帰還の、数日前の出来事であった。