六、浸食
正体のつかめない第九シトとの戦いが終わって、またしばらく経った。
ネルフの被害はけして小さいとはいえなかったが、しかし「全てを飲み込む」という脅威の能力をもった敵を相手にして、民間人も含めて、死傷者を出さずに済んだのは特筆すべきことだったといえるだろう。
ただ、リツコが飛び込んだ影の先から戻ってこなかったのを除いての話だが。
その彼女は、竜馬とゲンドウによれば、異空間の中で出逢ったゲッターエンペラーへ行ったのだという。
かならず戻るという言葉をのこして。
手がかりはそれだけだった。
だが、いまやネルフの原動力たる二人の言葉だから、みな信じるしかない。疑う者はほとんどいなかった。
特に竜馬はリツコと浅からぬ関係だから、なおのことである。
誰かが関係を言いふらしたわけでもないのだが、男女間の感情などいくら隠そうとも雰囲気に出てしまうものだ。
竜馬自身がどう思っているかわからないが、ネルフの特に女の職員の間では司令の愛人を奪った男として、彼の名は翼が生えたかのようにあちらこちらを飛び回っている。
竜馬をあつかう話題としては、ゲッターロボのパイロット云々よりも、その人間関係を追ったほうが彼女たちには面白いらしい。
「最近ヒゲと赤木、冷めてんね」
「赤木さん、新しい男を見つけてきたんだよ」
「うそ。誰だれ」
「流さんだってさ。あの狂人のどこがいいんだろ」
「赤木の趣味はおかしいって。ヒゲとかもあり得ないし」
「ていうか、上の人達みんな変だよね。葛城部長なんか家族ごっこやっちゃってるし」
「葛城は加持とヨリを戻したんじゃなかったっけ。それで彼女つきの別の男と同棲してるって……ねえ。相当キテるよね」
「そのせいだって、赤木さんがたまに変な目で葛城さん見てるの」
こんな具合である。
マヤあたりが聞けば「不潔」のひとことが飛び出すであろう。
まあ、それはこのあたりで置いておく。
それよりも、一時的であるにせよリツコがネルフから失われたことによる問題のことの方が重要であった。
エヴァをはじめとするネルフ所有の兵器の維持・管理はむろんのこと、もうひとつ、
「ダミーシステム。完成は間に合わなかったか」
と、独りセントラルドグマで天井につり下げられたエントリープラグを見てゲンドウがつぶやいた。
ダミーシステムとは、エントリープラグに細工がほどこされたものであり、エヴァに挿入すると人間と同じ波長をエヴァに送り込み、動かすことを可能するものだった。
これの開発者がリツコである。
ターミナルドグマで、竜馬とレイがその目的を明かした際に、彼女はゲンドウとの手切れ金代わりに完成させるとはいったものの、結局、果たせず仕舞いとなった。
「まあ、最初から手切れ金を受け取る権利など無いのだが……」
ゲンドウがいった。
これの開発はリツコもあまり乗り気でなかったうえ、レイ、そしてユイも存在を快くおもわなかった代物である。
なぜならダミーの波長をつくるために、数あるレイのクローンをLCLと化して封入したものが使われているからだ。
レイは感情の起伏に乏しい少女だが、それでも道具扱いされることは嫌う。生き物として当然の反応だろう。
それと同化しているユイも彼女に同調していた。
そういう実態ゆえに、ゼーレが人類補完計画に最重要の項目のひとつとして認識し、開発から実用までの権限をゲンドウに一任しているものでも、計画を阻止する側にまわったゲンドウにとってダミーシステムは重要な存在ではない。
どうしてゼーレが重視するのかは、すぐあとに書くが、ともかくゲンドウは、
――いっそ破棄してしまえれば。
と厄介にすら思うほどだった。
ただ、破棄するには、
(ゼーレが最終的にたたきつぶさねばならない相手といっても、まだ倒さねばならないシトが出現するのが予測されるこの時点で、あからさまな反逆に出ていいものかどうか。
少なくとも反逆に出た事が明るみになった時点で、ネルフへの各方面からの援助は完全に停止するだろう。そのタイミングはなるべく遅らせたい……)
こういう迷いがあった。
だが、その迷いはおもわぬカタチによって解決されることになる。
独りたたずむゲンドウが、何者かの気配を感じて後ろを振り返った。
「何者だ」
「早乙女じゃ。儂のことは竜馬から聞き知っていよう、彼女の抜けた穴を埋めにきた」
「ゲッターの開発者……あなたもエンペラーから来たのか」
「うむ。だが、このダミーシステムとやらは不完全のようじゃ。少し細工をしておこう、お前さんがたのいうゼーレに気づかれぬようにな」
「……わかった。全て、任せます」
これらは、会話ではなかった。
すべて暗闇でゲンドウが独りごとをつぶやいていたのみである。
だが、彼の目と耳には、はっきりと映っていた。
白衣を着た小柄で丸く太った、ぼさぼさの白髪と長いアゴ髭をたくわえた老人が。
そんなゲンドウに、懐にいれた携帯端末に通信が入った。
彼は、なにもない暗闇の先に目礼してから、端末を取り出した。
相手は冬月であった。
以下、司令と副司令の通信内容である。
「碇、大変なことになったぞ。米国、ネルフ第二支部が消滅した……連中が勝手に造ったゲッター炉心を4号機へ搭載しようとしてメルトダウンを起こしたらしい。
爆心地から半径四九キロ……なにもかも、消滅した」
「炉心のコピー計画があったのか? 私は聞いていないな……赤木博士の研究内容が盗まれていたのか。ゼーレもなりふり構わなくなってきたな。
しかし、人類補完計画を遂行しようとする者にゲッター線が味方をするわけがない」
「ゲッターのことは君から聞いた。趣旨は理解するよ……だが、ゲッター炉心の事故が起きたとなれば、ゼーレからの監視が厳しくなるぞ。
この事故は当然、裏死海文書のシナリオにない出来事だ」
「時にはシナリオにない事も起きる。老人共にはいい薬さ……監視の点は、加持リョウジと岩鬼組に協力を申し込んで対処しよう」
「そう、か。まあ、これで海外の連中も少し大人しくなるだろうよ……で、残りの3号機だが、米国は怖じ気づいてこちらへ送ってよこす気になったそうだ」
「わかった。すぐ上に戻る」
ここで通信は終わる。
さて、米国での事故のことを少し書かねばなるまい。
まずエヴァが海外でも建造されていたことについてだが、ゼーレのもくろむ人類補完計画は、世界を包むほどのアンチA.Tフィールド発生させることだ。
そのために、制御できる人類の始祖であるリリスの分身、初号機をキリストにみたて、同じく制御できるアダムをその使徒にみたてた他一二体のエヴァを、それぞれロンギヌスの槍にて処刑することで、儀式的に人類補完計画を遂行する腹づもりなのは、すでに書いた。
この一三という数にこだわるのが宗教に凝り固まったゼーレの偏執さといえよう。
世界をつつむアンチA.Tフィールドの発生には、一〇体もあれば間に合う計算だった。
ともかく、このためにすでに建造された零号機、初号機、弐号(號)機をふくめて残り九体が必要である。
建造を急ぐために世界を動員させていたわけだ。
なお、先のダミーシステムをゼーレが最重要視したのは、最終的には初号機もふくめてパイロットの意思に動きが左右されて計画に支障がでないように、ダミーシステムでもってすべてのエヴァを動かすつもりだったからである。
だが、その際に問題となるのはエヴァの活動範囲のことだった。
アンビリカルケーブルが外れれば、内部電源ではものの数分しか活動することができない。これも計画の遂行に支障がでるであろう。
シトがその体内にもつS2機関なる、無限の動力を取り込むことが考えられたがサンプルを入手したものの(第四シトが原型をとどめている。これのS2機関がサンプルだ)問題は解決をみなかった。
まだ、搭載には時間がかかると判断されたのである。
そこで、ゲッター線に目が付けられた。
これもS2機関と同じに、無限の動力をもたらしてくれるうえ、すでに人の造った機械であるゲッターロボに搭載できている。
「これがS2機関の代用品になりはしないだろうか」
と、ゼーレは企んだ。
ちょうどリツコがゲッターの研究に掛かりきりになっていたことも作用し、あの手この手でネルフからゲッターに関する情報を、ゼーレは引き出していく。
そして、厄介な竜馬がいる日本以外のネルフに対して、ゲッター炉心の製造と、建造中のエヴァへ炉心を搭載させる指令が飛んでいたのだった。
その中で、もっとも早くゲッター炉心のコピー、製造に成功したが米国である。
彼らは喜び勇んだ。
すでにプラズマボムスなる未知のエンジンが日本でエヴァ弐号機に搭載されたことによる焦りも、ゲッター炉心の製造と搭載を助長した。
なお、プラズマボムスについては出所と制作過程が謎につつまれていることと、どうやらエネルギーが有限であることから、ゼーレからは扱いを度外視されていた。
だが、それこそは彼らの大きな過ちといえる。
ゲッター線の制御は、プラズマボムスはもとよりS2機関よりも難しい代物なのだ。
竜馬がユイと共にゲンドウたちへ語ったゲッターの歴史のなかには、やはり今回の事故と同じような結果を招いたこともあったという。
リツコも、炉心のコピーは夢のまた夢と思っていたのに、扱いに慣れぬ者どもが安直な行動をした結果、上記のとおりの事故がおきた。
サードの扱いにはならないが、セカンド・インパクトの二の舞である。
人類は、まったく懲りていなかった。
もっとも、その懲りない精神こそが人類の進化の源であるのだが、今回ばかりは事故の内容がセカンド・インパクトの恐怖を、米国の人間達に嫌というほどに思い起こさせた。
結果として米国政府は威信もどこへやら覇気をなくしてしまい、後始末を日本に押しつけてきたわけだ。
覇気をなくしても、こういうところはちゃっかりしている。
ともかく、そのような経緯でエヴァ3号機は日本へ送られてくることになった。
「人類補完計画の駒が、またひとつネルフで制御できるか。阻止には有利になるな。
だが、ユイの話ではたしかシトの温床になるということだった」
ゲンドウがいう。
「さて、これをどう処理するかだな……」
つぶやきながら、彼はセントラルドグマから上層部へと戻っていくのだった。
・・・
そして視点は、地上の少年たちへ映る。
「センセ! 頼む、このとおりやっ」
と、学校の階段の踊り場でシンジの正面から、がっぷりと彼によって掌をまっすぐにこすりあわせるのは鈴原トウジであった。
そのまま頭をたれて、神仏にすがる様だ。
なお「センセ」というのは、いつの間にかシンジのあだ名としてトウジがそう呼んでいるものである。
シンジが竜馬と行動を共にしていることが多いからだろうか。
トウジは、竜馬を兄貴分とみて一種の憧れの念を抱いているようだった。
かれら二人はこの日、共に下校前の掃除当番であったがトウジの提案により、適当に掃除をするフリをしながら雑談にふけっていた。
その雑談の内容は様々であるが、シンジもトウジも、一四歳の少年だ。
性に関してもっとも多感な彼らが取り上げる話題の中に同クラスや、近い位置にいる女の子たちのことを浮かび上げてくるのは、ごく自然のなりゆきであろう。
まあ、それでも明暗の個人差はある。
シンジは餌に食いつく魚ほどに過敏な反応はしないが、活発なトウジは別だった。
彼には、同級の中に気になる娘がいるらしい。名を、洞木ヒカリといった。
「クラスの委員長で、家庭的でかわいくて、ちょびっと気の強いところが好みなんや」
トウジがいう。
だが、
「……ふうん。トウジはそういう人が好きなんだ」
シンジは、気のない返事である。
そういう話題をするのが恥ずかしい……というより、あまり興味がそそられないといった風だった。
それを見たトウジは、いよいよシンジの肩に組み付くと顔を近づける。
「せやけど、本人目の前にするとど~にもならん!! こう、バァーいうて溢れる一杯な気持ちをうまく伝えられんのや。
流の旦那といつも一緒におるシンジなら、こう、男のアイデアが浮かぶやろ!?
頼む、わしに力を貸してくれえっ」
懇願するトウジ。
よほどヒカリに惚れてしまっているのだろう。竜馬は頼りになる、というイメージだけが先行して色恋ごとを相談してもどうにもならない人間であることを忘れてしまっている。
その影響下にあるシンジとて同様だ。
「僕にいわれても……」
やはり、当のシンジの返答は困惑したものであった。
だがトウジはなおも諦めきれずに、シンジに組み付いたまま「そこをなんとか」と食い下がっていく。
といっても階段の踊り場でのことだ。
興奮しすぎて足下がおろそかになり、そのままじりじりと動いてから足を踏み外し、二人して階下へむかって転落していってしまう。
ドタンバタンと盛大な音とホコリを撒き散らしながら、少年二人はもつれあいながら転がり最後には、階下に置いてあった台の足にぶつかって止まった。
「あたたた……す、すまんシンジ」
トウジがうめく。
ちょうど、シンジをクッションにする形で地べたに伸した形になってしまい、トウジはあわてて立ち上がろうとする。
が。
「おっ」
と、いうままにトウジはその背後に忍び寄っていた何者かによって腕を取られて引き上げられ、ふわりと立ち上がった。
トウジは引き上げてもらった礼をしようと、同じくシンジの手をとって彼をひきあげなつつ振り向いた。
だが、引き上げてくれた人物がよくなかった。
「げえっ、委員長!」
後ろにいたのは、おさげになった髪をちょこんと垂らした小柄で可愛らしい娘、シンジ達のクラスの学級委員長である、洞木ヒカリその人だったのだ。
よりにもよってつい先ほどまで、トウジがシンジの知恵を借りてまでして想いを伝えたい、としていた相手である。
できれば最も格好良いところだけを見せたかったであろう。それが、最も格好悪いところを見せる形になってしまった。
トウジは言葉につまってしまうが、しかし彼を見るヒカリの目はそういうことを聞くような色をしていなかった。
学級委員長になるくらいの彼女である。
掃除の当番を任されていたはずの人間が騒いで勝手をやっているのをみて、笑顔を継続するような性格はしていない。
対してトウジは学級で決められたルールの違反常習者として名高いような生徒だった。
ヒカリの目がどんどんきつくなっていくと、ついには
「鈴原ぁ!!」
といって掴んだままの腕をひねる。
トウジが悲鳴をあげた。
「まじめに掃除しないどころか、碇君にケガさせてどういうこと!?」
ヒカリはそういって、ようやく立ったシンジの腕を指さす。みれば、階段から落ちた際に角で切ってしまったのか二の腕から血が垂れていた。
「碇君、保健室で手当しないと」
「いや……大丈夫」
「だめ! ばい菌でも入ったら大変じゃない」
そういってヒカリはシンジの腕をとると、保健室へ直行しようとする。
その背にトウジのつぶやきのような、
「あの、わしもケガしとるんやけど……」
という、呼びかけがあったがヒカリは、
「あんたは掃除してなさい!!」
さっさと廊下を曲がっていってしまった。
後にのこされたトウジは、がっくりと膝を落として、
「とほほ……」
と、落胆するしかなかった。
そしてシンジはヒカリに連れられて保健室に入っていく。
彼は椅子にすわり、彼女に腕を差し出して消毒の手当をほどこされるが、その間に、
「いいの? トウジを放っておいて」
と、複雑な表情をしているヒカリにむかって聞いた。
すると本人は、ぷい、と首で空をきってそっぽをむくと「いいのよ、あんな奴」と吐き捨てるようにいうが、どうもその声色がおかしい。
シンジが「本当に?」と追求する。
しかしヒカリはその質問にはこたえず逆に、
「碇君って、あいつと仲いいよね。どうして?」
と問う。
するとシンジはコンピュータが情報を検索するようにすこし止まった後、ふと言った。
「一緒にいて楽しいから。柄はちょっと悪いけど」
その言葉にヒカリは「うん」といい、うなずいた。
シンジが首をかしげる。
「えっ」
「……あっ、いやっ、なんでもない!」
ヒカリは頬を赤らめて諸手をぶんぶん振る。
それをはて、といった感じで見つめたシンジはしばらくすると、少し抑揚の落ちた声になっていう。
「……実はね、僕からいっちゃっていいものかどうか解らないけどいっちゃう。トウジはね、委員長のことが大好きなんだって」
「え……」
時間が、一瞬止まったようだった。
ヒカリは口をぽかんと開けたまま焦点のあわない目で虚空のどこかをみつめている。
シンジはしばらく待ってみたが、反応が戻ってこないので、
「どうしたの」
と呼びかけると、やっとそれで現実に引き戻されたのかヒカリがはっ、と頭をあげた。
「嬉し……げほ。で、でも、困るっていうか、私は別になんとも思ってないしっ」
「いま嬉しいっていわなかった?」
「いってない!」
「いや、確かにいった」
「しつこいなぁ、もしかして私をからかってる? 碇君でも怒るよ!!」
ヒカリはさらに顔を真っ赤にしてわめいた。
それにシンジが、なおも首をかしげる。
「じゃあ、委員長はトウジが嫌いなの?」
「き、嫌いなんかじゃ……」
「じゃあ、どうでもよくて思考には入らない?」
「そんなこと!」
シンジの追求に、言葉につまらせるヒカリ。
するとどの問答も明確な答えが返ってこないことに、シンジはいよいよ抑揚のなくなった声でいった。
「おかしいな。好きでも嫌いでもどうでもいい相手でもなくて、ならどういう感情があるのか……本当に人間っていうのは解らない存在だ」
「……碇君?」
ヒカリの手が止まった。
シンジのいっている事がおかしく感じたのと、もうひとつ。
今のいままで、自分が手当していたはずの彼の二の腕から、一瞬にして傷口が無くなってしまったのだ。
シンジが固まるヒカリから腕を引いていった。
「まあ、いいや。どうせ……」
といってシンジが椅子からゆらり、と立ち上がる。
それと同時にカサリ、と乾いた音がシンジの背中からした。
異様な感覚をうけたヒカリも立ち上がってシンジから一歩しりぞくが、ふと見た彼の黒目がいつの間にか、人間にはあり得ないほどの細さに狭まっていることに気づいた。
「碇、君……?」
恐怖を覚えたヒカリが震える。
それを捉えるシンジがニタリと表情を崩していく。
「どうせ、人類など我らの宿り先に過ぎない。まずは君からだ……」
その言葉と共に、保健室の床に映るシンジの影がふくれあがる。
ごぼごぼと音をたてて変容していく目の前の人間だったはずのモノを見て、ヒカリの顔がひきつっていく。
悲鳴があがった。
「い、嫌、嫌ぁぁあッ!!」
ヒカリは脱兎のごとく駆け出して保健室を抜けだそうとするが、戸に手を掛けた瞬間、
「ぐぇっ……」
ヒカリを背中から鋭くとげが茂ったイバラのようなものが貫いた。
大人の男の腕ほどはありそうなほど太い風穴が、彼女の胴体に空き、ぶわっと鮮血が溢れて辺りに飛び散った。
壁、床、天井、いたるところが紅い模様に彩られていく。
己の身になにが起きているのか解らないヒカリが目を白黒させるが、その間にもイバラはヘビのようにのたうって動き、彼女の口内に進入していく。
それは、ソバでもすするかのようにヒカリの体内へと吸収されていき、やがて全て飲み込まれて消えていく。
それからヒカリはその場に、どっと崩れ落ちた。
溢れ出る紅い液体が円となって広がっていくなか、シンジはヒカリだったものを踏み越えて、保健室を後にする。
だが、何事もなかったかのように廊下をゆくシンジの姿は、ワイシャツとスラックスの制服に身を包んだ何ら、変哲のないものであった。
やがて、さきほど転がりおちた階段へとシンジは差し掛かる。
そこにはまだトウジの姿があった。
想い人にそっぽを向かれたのがよほどショックだったのか、つまらなさそうに壁に背をもたれて腕をくんでいる。
だがシンジの姿に気づくと、
「おお、シンジ。ど、どないやった委員長は」
と、困ったような表情で聞いた。
それにシンジは、
「トウジに想うことが一杯だってさ。保健室に行ってごらん、たぶん、まだいるよ」
その言葉にトウジは、
「ほんまか! さ、サンキュウなっ」
といってその場を駆け出す。
だが、シンジは消え去るトウジの背をみることもなく、階段に足をかけて下へと下っていくのだった。
下校しようというのだろう。
そして廊下をどんどんと行くが、やがてそれを引き留める人物がいた。
「おーい、碇ぃ」
と、小走りに寄ってくるのはケンスケだった。
なにやら期待に満ちみちたような表情をしているが、シンジに駆け寄るなり、今度は真顔になった。
それをうけてシンジは人形のような無表情となる。
が、すぐに微笑へと戻った。
「なあ碇、ちょっと気になる情報を仕入れたんんだ。屋上で話をさせてくれよ」
「……いいよ」
そういうと二人はつれだって屋上へと昇った。
階段を上がり、屋上への扉を開くなり、すこし傾いた陽の直射が辺りを照らしている。
屋上の広場に出るなり、う、とやや苦しそうなシンジ。
だがケンスケはそれには気づかずに、彼の前にでるといった。
「なあ、エヴァ3号機が来るんだろう」
「……なに、それ?」
「あれ、なにも聞かされてないのか。パイロットは末端だからかな……実はまた親父のデータ盗み見たんだけど、エヴァは弐号機以降も世界で建造されているっぽいんだよ。
で、詳細は不明だけどアメリカで建造されてた4号機が事故で消失して、残った3号機は日本に送られてくることになったんだって。たしかいま、空輸している最中のはず」
そういって、ケンスケは空を指さす。
その指さす方向をみて、シンジが面白そうな表情になる。
「へえ……本当だ」
「えっ」
「いや。それで?」
「それでさあ……まだパイロットは決まってないみたいなんだよ。そこで碇に相談だ。
ぜひ君の口から、俺を4号機のパイロットに推薦してくれないか!
ゲッターは流さんが相手にしてくんないし、可能性があるのはこれだけなんだよ。
な、初号機に乗ってる碇なら男のロマンもわかるだろ!? 頼むよ!」
と、濁流のような勢いで語りまくるケンスケ。
シンジはそれを黙ってみていたが、やがて目をつむるといった。
「いいよ。ケンスケはエヴァ3号機に乗りたいんだよね」
確認するかのようにいった。
それを、承諾の言葉と思ったケンスケが飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「本当か!? あ、ありがとう碇っ、どうしても乗りたいんだエヴァに!」
「ああ、いいとも。いますぐ乗せてあげるよ」
「え……?」
まだ到着してもいないのに、とケンスケが言おうとした瞬間、シンジが躍りかかってその首を絞め上げていった。
刹那の出来事にケンスケは混乱したが、すぐに正気に戻ってシンジの腕から逃れようと抵抗する。が、その力が異様に強く、ケンスケの腕力程度ではどうにもならなかった。
首にかかる圧力が、じわじわと強くなっていく。
「ぐぁっ……あ、な、なにすんだ、碇ッ……!!」
「乗りたいんでしょ。あのつり下げられた黒いエヴァに。だから乗せてあげるよ、思うがままに操れるように!」
そういい、シンジは右手を挙げケンスケの顔面を覆い被すようにつかむと、その手にぎりぎりと力をこめていった……。
そして、場面はトウジの向かった保健室へと移る。
「なんや……これ……」
シンジの言葉に従って保健室の戸を開けたトウジを待っていたものは、胴体に空いた穴から臓物が飛び出し、血みどろの無惨な姿となって倒れ伏したヒカリの姿だった。
戸を開けた瞬間から凄惨という文字そのもののような空間と、吐き気を催すような鉄の臭いを食わされたトウジは、脳の処理が追いつかず突っ立ったっていた。
しばらくそのままだったが、やがて足下のヒカリのうめきに正気へもどされる。
トウジは、血にまみれるのも構わずヒカリを抱き起こした。
「い、委員長……ッ!!」
「す……スズハラ……碇君が……」
「シンジがどないしたんや!!」
「あれは……碇君じゃ、ない。逃げてっ。鈴原、ここにいたらだめ、逃げて……」
「しっかりせえ!」
「おねがい逃げて、鈴原……も、意識が……うう、ウアアッ」
意識が、といったあたりからヒカリの声質が変わった。
なにか機械の複合音声でも聞いているような異様な声にトウジはぎょっとするが、しかしヒカリを離さず懸命に呼びかけた。
すると。
「スズハラ」
と、ヒカリが急に落ち着いたようになっていった。
「ズット好キダッタノ……」
その言葉のつぎにはヒカリはふわりと動き、支えるトウジを逆に押し倒した。すでに出血多量で屍も同然だったはずの体で、だ。
ぴちゃり、とトウジの頬を舐め挙げる。ざらついた舌の感覚がトウジに襲いかかり、おもわず身震いしてしまう。
ヒカリの体から流れ落ちる生暖かい血液が、トウジのジャージに染まっていく。
呆然とする。
「委員長……?」
トウジは一瞬、なにかタチの悪いいたずらでも受けているのかと思ったが、その考えは黒目の異様に細まったヒカリの顔を見て打ち消される。
彼女はトウジに覆い被さったまま、その口をぐわりと開くと、剣山のように鋭く尖った歯が肉を貫きびっしりと生やす。
滑るようにトウジに迫っていくヒカリ。
「う……うあ、ぎゃああああ……ッ!!」
トウジの絶叫が校舎中に響きわたった。
・・・
……そしてところは変わり、同じく校舎内のアスカへ視点を移す。
「でぇいッ!!」
斬、と一閃。
アスカが目の前に立ちふさがった異形の化け物を、将造から譲り受けた軍刀「村田刀」を縦一文字に振るい一刀両断にして飛び退く。
だが、一体倒しても周りを見れば似たような怪物がぞくぞくと集まってきた。
アスカはそのまま身をひるがえすと、息をきらせながら独り校舎を走ってわめいた。
「なんなのよコイツら!! ふざけないでよッ」
アスカはそう叫びながら、この日起きたことを走馬燈でもみるかのように次々と思い出していく。
彼女の行動を追う前に、その内容をまず記述しておく。
さて。
アスカはこの日、いつもの通りに授業をうけ、そして夕刻になっていつものように下校しようとしていた。
彼女は日常が続くことを疑わなかった。
しかし。
アスカが帰り支度をしようと、友人の数人と雑談をしながら教室に居たとき……丁度、シンジがケンスケと屋上に行った頃のことだ。
職員室で作業をしていたはずの彼女たちの担当教師「根府川先生」が、ふらりと顔を覗かせる。担当科目は歴史で、年齢は六〇代ほどで白髪である。
これといって教育に熱心なわけでもなく、日々淡々と授業をこなし、ときおり自身の垣間見たセカンド・インパクトの記憶を思い出すかのように語る老人だった。
終業後の教室に立ち寄ることなどめったに無く、不思議に思った女生徒が、
「先生、どうしたんですかぁ?」
と、駆け寄ったときだった。
根府川が倒れ込んできたかと思うと、次の瞬間にはその腕からまるでゲッターレザーのごとく生えた刃がその女生徒の首をはねたのだ。
首が空を舞って血が飛び散り、アスカの足下にどすんと転がった。何が起こったのか解らないのであろう、あんぐりと口をあけたまま目玉をアスカに向けてから、絶命した。
だが、無用の恐怖を感じないで死ねた分、まだ幸せだったかもしれない。
生徒たちの悲鳴がこだまする。
日常が、地獄絵図の世界に移り変わった瞬間だった。
パニックに包まれたアスカ達は、襲いかかる根府川を跳ねとばして教室を抜け出し、何人かと連れだって学校から脱出しようと試みたが、その途中で先の根府川のように人外と化した教師や、生徒たちだったものがわらわらと現れてきた。
無我夢中で逃げたが、ふと気づくと、アスカは独りとなっていた。
おそらく、みな走る力も尽きて、怪物の餌食となってしまったのだろう。
アスカは将造から、テロリストにもなれるほどの戦闘訓練を受けている。たとえこのような状況でもそう簡単に命を落としたりはしない。
が。
脱出しようにも、階段や通路のいたるところに怪物と化した彼らがうろついており、さしものアスカも退路がなかった。
(嫌だな……あたし、こんなところで死んじゃうのかな)
一瞬、あきらめが彼女の脳裏をよぎった。
だが同時に、希望もよぎる。
(……そうだ! パパから貰ったアレがロッカーに!)
と、アスカこの窮地を脱するべく武器を求めた。
将造から譲り受けた軍刀「村田刀」である。
アスカは近頃将造の影響がいよいよ強くなり、銃刀法違反もどこふく風で刀を持ち歩く癖がついていた。
それを思い出して、危険を承知でロッカーのある我が教室へ戻った。
すでに根府川の姿はなく、首をはねられた生徒の骸があるのみであった。
だが、軍刀を取り出す最中に、その生徒が起き上がってくる。
どうやら伝染する病のようだった。
悲鳴をあげる間もなく襲いかかられたがアスカは軍刀を腰にやって、将造からおそわった居合いの技をあびせてこれを撃退。
軍刀の切れ味は異常なほどに鋭く、相手の胴体を真っ二つにして切り裂いてしまうほどだった。
おそらく、将造が敷島あたりに頼んで必要以上に強化させた代物だったのであろう。
ともかく、アスカはこの地獄でクモの糸にすがりつくことに成功した。
刀を持ち歩くことで普段は白い目で見られるだけだったが、よもやこんな形で役に立つとはアスカ自身、思いもしなかった。
「もし、パパに出会ってなかったら、アタシとっくに喰い殺されてた……」
と、不思議な運命を感じながら、学校を脱出すべくひた走った。
……以上、彼女の回想である。
アスカは身をひるがえして通路を走ると、その最中で、保健室へと繋がる通路にでた。
すると、
「ぎゃああああ……ッ!!」
と、前方の通路から聞き覚えある声が響いてくる。
「鈴原ッ!?」
声のする方に走っていくと、保健室が見えた。なにやら、入り口付近に血液らしきものが飛び散って無惨な光景が広がっている。
ばっ、と飛ぶように保健室にアスカが踏み込んだ。
するとトウジに覆い被さるヒカリの姿が見えたがその胴体には、目を背けたくなるほどの穴が空き、血にまみれた臓器が飛び出している。
それが動いてトウジに覆い被さっているとなっては、アスカの目にも彼女がすでに人間でなくなっていることは瞬時に知覚できた。
「ヒカリ、鈴原……」
ぐちゃぐちゃと、エビやカニの身をむしるような音がする。
それがヒカリによって食いちぎられたトウジの首筋から発しているものであることはすぐに解った。吐き気のするような異臭と共に、血だまり広がっていた。
やがて、アスカの接近に気づいたヒカリが頭をあげる。
トウジの最期の抵抗だったのであろうか、その眼球の片方が、つぶされていた。
「……」
それを見てアスカはだまって一歩、下がった。
そして。
「許して、ヒカリ」
つぶやくと、ぐわりと脚を振り上げてからその頭を思い切り踏みつけると同時に、靴底からおびただしい量の鉄のトゲが跳ねとばされるように生えた。
その勢いのまま顔面を串刺しにすると、ばしゃっと砕いた。脚を下げると、トゲは収納される。
おそらくこれも将造から授かった戦闘靴なのだろう。
ヒカリから解放されたトウジが、ぴくりと反応をしめす。
だが、すでに生命が維持できる状態でないのは明らかである。
助けようもなく呆然とするしかないアスカだったが、トウジはかすれる視界に、その姿をみとめたのか食い破られた喉から空気を出しながらも、力尽きる寸前に、
「惣、流……碇に会うたら、殴ってすまん、いうといて、くれ……」
と、わずかに聞き取れる言葉を残して果てた。
無惨に崩れた友人たちを前に、アスカの心中に無念という想いの嵐が吹き荒れる。
「誰がこんなことしたのか知らないけれど、絶対に許さない……」
ぎり、白木の柄を握りしめ唇をかみ切るように独白して、きびすを返した。
保健室を後にして、そこに迫っていた怪物の一体を居合いで音もなく切り裂いくと、アスカはその骸が地に着く前に駆け出した。
「……ねえッ!! 生き残りはいないの!?」
その叫びが校舎中にこだまする。
すると、それに反応したのか走る廊下の側面の教室から、戸をぶちやぶって何者かが転がり出てきた。
怪物か、とアスカは軍刀を構えたが
「惣流さん……私。敵じゃないわ」
顔をあげるのはレイであった。
生きた人間の言葉に、瞬間安堵の息がもれた。
軍刀を降ろして片手で乱れた髪をかきあげると汗をぬぐっていった。
「ねえ、どうなってんのよこれっ」
もう訳が解らない、といった風に聞く。
その問いが返ってくることはないだろうと思ったが、意外にもレイは答えた。
「この怪物たちは……インベーダー。流さんたちが、戦ったことのある敵よ。
生き物にも、機械にも、なんにでも寄生して増殖する敵」
「インベーダー……ヒカリも鈴原も、それにやられたのね」
アスカが敵の名を復唱する。
――日常を壊した憎い敵の名はインベーダー。
そう、胸に刻むためにだった。
「でも。それがどうしてこんなところに」
「インベーダーも本来、この世界にあるはずのない存在なの。それがこの世界に干渉したとすれば、原因は異空間に繋がりのあった第九シト……かもしれない。
あるいは第九シトそのものが、すでに寄生されていたのかも」
「まってよ……それじゃゲッターはまだしも、あれに飲み込まれたシンジは!?」
「……飲み込まれた時点で寄生されたと考えると、この事態の説明もつくわ。碇君に潜伏して、抵抗できない子供たちを最初の餌食にすればあとは楽に増殖できるもの」
レイが答えた。
非情の現実にアスカが、嗚呼、と深いため息をもらす。
シンジは、ゲッターエンペラーを率いる竜馬がじきじきに守りにくるほど、この世界の未来になくてはならない存在ではなかったのか。
「あいつが敵かもしれないなんて……どうすんのよ、これから……」
「とにかく、逃げましょう」
レイの言葉に、アスカが彼女によってその胸ぐらをつかんだ。
その表情はまるで般若のようになっていた。
「あんた、あんたの中には碇ユイの魂も入ってんでしょ!?
自分の息子が死んだかもしれないってのに、なんで落ち着いていられんのよ!
どうしてエヴァに関わる人間は、みんな冷徹なのッ。あたしのママもそうだった!!」
と、アスカは殴りかからんばかりに勢いで迫る。
だがレイは言葉を選びつつ、懇願するかのようにいう……普段の彼女からは想像もできないほどに、感情的な声色だった。
「お願い、心を静めて、惣流さん。ここで私達まで死んだら、なにも果たせなくなってしまう。あなたのお義父さんだって悲しむ。
それに私はゲッターの使徒としてこの世界に来ました。仮にシンジがインベーダーに寄生されていたとして、この魂に代えても必ず助け出します」
と、いうレイに、しかしアスカは唐突に言葉づかいが変容したのを見遁さなかった。
いまのレイには碇ユイの魂が混在しているのは、すでに書いた。
「あんた……今は「ユイ」ね。悪いけどファーストの姿相手に敬語は使わないからね」
「ええ」
「……取り乱して悪かったわ。確かに、ここでわめいてても仕方ないよね……ついてきて、学校から脱出する。でも、あんたは戦えないんだから前に出ないでよ」
レイの説得に、アスカが再び生気を取り戻す。
頭をもちあげて脱出の経路をうかがうが、あちらこちらからインベーダーの呻きが聞こえている。
――果たして、軍刀の一振りだけでこれを切り抜けられるだろうか。
アスカの額に冷や汗がにじむ。
そう思った時だった。
急に背後から、急にパンパン、と手を打ち鳴らす音がきこえる。
はっ、と振り向くとそこには、
「いやあ、立派立派。ご立派」
いつもの制服に身を包んだ彼の姿があった。
「シンジ!?」
それに一瞬、アスカが歓喜の色を浮かべたが、すぐに打ち消される。
なぜなら、彼の着ているワイシャツがはだけて、その内からのぞく肌は一部が黒ずんで腐敗したようになり、ときおりそれが、もぞもぞとうごめいているのだ。
そして邪悪といっていいほどの笑みを表情にうかべているが、逆にその眼は、まるで死人のように生気がなかった。
(やっぱりシンジが寄生されていたのね……)
アスカは心で嘆き、しかし口元を引き締めて軍刀を構える。
たとえシンジがインベーダー化してしまおうとも、こんなところでむざむざと殺されるつもりはない。
アスカには守らねばならないものがあるのだ。
岩鬼組の若頭が、たかが寄生生物ごときに倒されたとあっては組の名に傷が付く。そうなれば将造とて少なからず落胆するだろう。
たとえ落胆しないにせよ、間違っても喜ぶはずがない。そう思うと、心の炎がめらめらと燃え上がっていくのを感じて、
(負けるもんか……! シンジを取り戻してインベーダーにはオトシマエをつけてやる!!)
と、眼光もするどくにらみ付けた。
すると邪悪な笑いのままシンジがいった。
「怯えることはないんだ、アスカ。僕たちは、人類補完計画を経て一つになるだけだから……さあ、心を開いて進化の道を……」
そういってアスカに手を伸ばすシンジ。
その瞬間、ひゅんと振るわれた刀の一撃に腕がばさりと斬られ、落ちた。
シンジは先の無くなった腕の付け根をきょとん、と見つめている。
だが……血が、出ていない。どころか、腕の中には黒い不定形のなにかがごそごそとうごめいているのがみえる。
それを見てアスカが言葉に詰まったが、やがて吐き捨てるようにいった。
「寄生虫なんかに、求愛されるほど落ちぶれちゃいないのよ」
「知り合いだったから、優しくしたかったんだけど……仕方ない」
と、いってシンジは指をならす。
それを合図に壁を、天井を、床を、窓を突き破ってインベーダーに寄生された生徒たちのなれの果て次々と群がってくる。
その数、ざっと数十はくだらなかった。
アスカたちは瞬く間にとり囲まれて身動きがどれなくなってしまう。
その様をみるシンジが、
「この肉体は非常にみずみずしかった。おまえたちはどうかな?」
と、ケラケラ笑った。
まるで、首の筋をナメクジに這われる感覚を受けたような、嫌な笑い方だった。
これにいままで冷静をつとめていたレイが、激高をみせる。
「……インベーダーッ!!」
詰め寄ろうとするが、今度はアスカがそれを止めた。
「バカっ。必ず助けるっていった直後に特攻してどうすんのよ!? あんたら親子はそろいもそろって、ホンッとに駄目ねッ!!」
「ご、ごめんなさい……」
アスカはレイを引き戻すと、お互いを背にした。
むらがるインベーダーに背中を見せずに済むようにだ。
「ファースト、後ろから敵が近づいたら言って。たたっ斬るから」
アスカが軍刀を構えていう。
だが、いくらひとかたまりになろうと多勢に無勢である。一度に攻め込まれたら、ひとたまりもないだろう。
二人は額に汗をにじませる。
そのときだった。
「祭り会場はここけぇのお!?」
と、野太い声がしたかと思うと突如天井に空いた穴から轟音がひびき、さらに弾丸の暴風雨が吹き荒れた。
銃弾はアスカ達をとりかこむインベーダー共の肉を破り、裂き、砕き、さらに周囲のものを粉のように粉砕しながら一気に掃射されていった。
インベーダー共の奇っ怪な悲鳴がひびく。
それと共に左腕に巨大なガトリングガンを備え付け、もう片方にはゲッタービームガンを抱えた将造が降ってきて、どすん、と着地した。
それを認めたアスカの声が華やぐ。
「パパ!!」
アスカの視線の先に映るのは狂喜に満ち満ちた将造の表情だった。
その顔のまま、ぐるりとアスカに振り向いて彼は言う。
「おおアスカぁ。ワレぇ楽しいことするようになったけぇ! わしも混ぜちゃれや!」
だが、他のインベーダーを盾にしてガトリングの弾幕を逃れていたシンジが将造むかって飛び出してきた。
「人間が一人増えたところで、なにができる!?」
その口を大きくあけて、喉の奥からおびただしい量の甲殻類かなにかに丸い目がぎょろりとついたようなものを吐き出してくる。
シンジに取り憑いているインベーダーの一部といったところだろうか。
それが将造にたかるように襲いかかっていった。
「パパぁっ!!」
アスカの悲鳴がひびく。
だが、将造はそれを素手で受けると、もの凄い形相になり、
「なんじゃあ紫色のカニなんぞ出しよって! こんなもんっ」
と大口を開けると、一気にすくって飲み込んでいってしまう。
がばがばと、まるでソバでもかきこむかのような勢いだった。
それを見たシンジが笑う。
「アハハ、自分から寄生されにいったか。賢明な判断だ」
だが。
「……わはははは!! カニなんぞいくらでも出せ! わしのメシになるだけじゃあッ」
と、インベーダーを一気に飲み込んだ将造は、しかし寄生されることもなくケロリとして言い放ったあとに、盛大な屁を放って大笑いした。
呆然とするシンジ。
自分からインベーダーを飲み込もうものなら、普通はあっという間に腹を食い破られてしまうはずだったからだ。
「ば……バカなっ!?」
「がんぼたれえ。わしを誰やと思うとる……」
将造がニヤリと笑って、ガトリングガンを外すと右手にかかえていた、ゲッタービームガンをセットする。
がしゃりと構え、叫んだ。
「わしゃあのう、極道兵器やぞ!! うらぁッガキどもっ、わしの背に隠れえッ」
その言葉と共に、かつてイスラフェルとの戦いで使用されたときよりも太くなったゲッタービームが発射されて洪水のような緑色の光が校舎中に溢れていった。
大量のゲッター線を浴びせられるインベーダーたちが、その体を崩壊させていく。
「く、に、人間めっ!!」
あふれかえっていたはずのインベーダーを瞬く間にせん滅させられていく様に、さしものシンジも恐怖を覚えたのか背後にあった窓ガラスを後ろ飛びに飛んでぶち破ると、そのまま空に浮いて逃げ出した。
将造は、
「逃がすかボケぇ!」
と、ゲッタービームガンをそのほうに向けて狙い撃ちしようと右目のレーザー照準を撃ち出すが、アスカがすがりついて止めた。
「ま、まってっ」
「なんしよんじゃアスカ!! おどれも寄生されたかッ」
攻撃の邪魔をされて将造が恐ろしい声をだす。邪魔をすれば義娘でも容赦しない、とその血走る目がいっていた。
それがすこしの冗談でもないことは、アスカが一番よく知っている。
だが、彼女はシンジをどうあろうとも助けると心に決めたのである。
ここで消滅させてしまったら、それはかなわなくなる……そこでアスカは将造を止める一計を瞬時に思いついた。
「シンジはあたしが婿にもらって次期組長にするから殺しちゃ駄目っ!!」
むろん、口からでまかせである。
さしもの将造もこれには呆気にとられた。
「あぁん!?」
と、素っとん狂な声をだして攻撃の手を止めると背後からすがりつくアスカへ向いた。
そのアスカが続ける。
「あたしにもやり方があるの、それに文句つけるならパパでもぶち殺す!」
と、威勢よく言う。
まあそれはよかったのだが、しかし奥歯がガチガチと振るえてしまって、いまいち迫力にかけている。
インベーダーを相手にするよりも、将造に逆らうことの方がよほど恐ろしいらしい。
だが、そんなアスカを見て将造はなにかを思い出したかのように笑った。
この時すでにシンジの姿は見えなくなっていた。
「うはは……昔、わしが親父にいったのと同じこといいよる」
「ううっ」
「まあええ。あんガキにわしの組がつとまるは思えんが……たぶん、わしもいつまでもここにゃ居れんじゃろう。次期組長は、ヌシの好きにせえ」
「えっ……?」
「じゃかしい。アスカ、もうここはゴキブリの巣じゃ。一匹でも残せばまた繁殖しよる。元から絶つけぇのう!」
そういうと、将造はゲッタービームガンを外して床においた。
「こいつの炉心を融解させるんじゃ。ゲッター核爆発で始末しちゃる」
そのパネルの一部を開くと、現れたボタン類をなにやら操作してから再び閉じた。
自爆のコードでも入力したのであろう。
敷島の性格ならば、まちがいなく自爆可能なように設計するはずだった。
将造はかたわらのガトリングガンを装着し直すと、それを肩にかつぎ、
「脱出じゃあ!」
そう叫んでから、三人は一目散に外へ向かって駆け出した。
脱出経路を行く内にぱらぱらと生き残ったインベーダーが現れるが、すべて将造のガトリングガンからいずる、弾丸の嵐に粉砕されていく。
あっという間に校庭へ出た。
そして門から通りへ駆け出したころに、背後の校舎が緑色の光につつまれながら大爆発を起こして消え去っていく。
たとえ小型ゲッター炉心といえども、メルトダウンすれば校舎のひとつ程度の敷地はゆうに吹き飛ばす威力がある。
アスカ達まで吹き飛ばされずに済んだのは、幸運だったかもしれない。
激震にレイがつまづいて転んだ。
アスカが手を差し出して起き上がらせると、ふと頭をあげた彼女の目に消えゆく学校の姿が入った。
「ヒカリ、鈴原……みんな。仇は討つから」
そういって、再び駆け出して、やがて安全なところまで離脱する。
レイが走り疲れて、その場にへたり込んでしまう。
アスカはまだ立っていられるが、極度の疲労を顔に表している。
平然としているのは将造だけだった。
「よし……ヌシらはネルフへ行け、いま竜馬の野郎は大空で敵と戦争してよる。もぬけのカラの本部の守りについてこい。あのガキが来ないとも限らん」
「敵って……シト?」
「おおよ。エヴァとシトとインベーダーの融合体じゃあ!!」
将造はガトリングガンを天に突き上げていうのだった。
・・・
時は幾分か巻き戻って、アスカ達の第壱中学校が地獄と化する以前のことになる。
ジオフロント、ネルフ本部はそれよりも早く混乱に包まれていた。
「何!? 空輸中の3号機が襲われただと!?」
と、作戦司令室で受話器ごしに叫ぶのは冬月であった。
通話の相手は、先の4号機ゲッター炉心メルトダウンの件でエヴァ建造に怖じ気づいた米国から、その3号機を空輸するために飛び立った輸送機の乗員からだった。
乗員は悲鳴まじりに空輸中の3号機に突然、正体不明の物体が衝突して、すぐに異変が起きたことを伝えている。
四〇メートルの物体を収納することは不可能だったため、船底につり下げる形で運ばれていた3号機が、物体衝突後に勝手に動き出したというのだ。
この報告にゲンドウと冬月は、レイが3号機に浸食型のシトが接触することを予告していたことを真っ先に思い浮かべた。
しかし、
「だが、飛行能力のない3号機を空中で乗っ取ったところでどうするつもりなのだ……」
と、冬月がいったが通話の相手は、
「3号機は、輸送機まで浸食して同化しているんだ!!」
と泣くような勢いでいった。そして、
「もはや機が持たん、我々は自爆を試みる。それでも駄目ならあとは頼む!!」
それが、最後の会話となった。
受話器ごしに爆音が聞こえ、あとはノイズだけが残る。
冬月は渋い表情になり、受話器を静かにおいた。
するとゲンドウが応じてオペレーターに輸送機の位置をレーダーで監視するように指令を飛ばす。
それにはシゲルが応じた。
が、レーダーに映った点は輸送機が今だ健在であることを示していた。
「……依然、輸送機は日本上空の領域へむかって進行中です」
シゲルが力なくいう。
冬月がしかめっ面をして頷く。
「自爆も失敗……か」
「ああ。完全に予想外の出来事だ。シトもシナリオを変更しているということか」
「いや……シトにしちゃあ、やり方が派手すぎる」
と、二人の会話に割り込んできたのは珍しく作戦司令室に居た竜馬だった。
彼はこの日、偶然にもシンジたちの登下校に付き合わず暇を持て余して、シゲルと雑談していたところである。その最中で4号機消失と3号機の件を知ったらしい。
竜馬へ向かって頭上の冬月が身を乗り出す。
「どういうことかね」
「俺の直接体験じゃねえが……知ってるんだよ。かつて、こういうやり方で攻めてくる奴らがいたのをな」
「本当か」
「ああ。俺たちはインベーダーと呼ぶが、ゲッター線を喰って宇宙をさまよう寄生虫だ。
奴らがどっかから来て、シトもろとも3号機を乗っ取ったのかもしれねえ。
だったとすりゃ、厄介だぞ。生半可な攻撃を加えてもいくらでも再生してくるうえ、下手に近寄りゃ有機体も無機物も見境無しに寄生されちまう」
竜馬がいった。
「ゲッター線を喰うだと……それではゲッターロボでも対処できんではないか」
「そこは逆手を使う。奴らが吸収しきれねえ量のゲッター線をあびせて、飽和状態にしてぶち殺すんだ。それができねえなら、復活できねえぐらい徹底的に叩きつぶす」
このあと、それを将造がアスカ達の学校で実行することになる。
先に書いたゲッタービームガン炉心の融解である。
「……難儀な相手だな」
ゲンドウがいった。
だが、竜馬はその拳をボキボキと鳴らして笑った。
「それだけ戦いがいもあるってもんよ。どのみち空を飛ばれちゃ弐號機以外のエヴァには手出しできねえな……俺が出る」
「一人で大丈夫か」
「俺を誰だと思ってんだ。それよりゲンドウ、非番の連中をとっとと集めやがれ!」
「ああ、わかっている」
竜馬のいう非番の人間は、ミサト、マヤ、そして学校にいっているはずのシンジ、アスカ、レイの五人だった。
だが竜馬は、その学校で異変が起きていることをまだ知らなかった。
彼は走ってゲッターの格納されている第八ケイジへむかう。
タラップを伝い、すでに合体状態になっているゲッターの頭部コクピットに飛び乗るとすぐに炉心に火を入れた。
ギュオー……ン、という音と共にブラックゲッターが眼を覚まし、黄色い目に赤くぎらついた瞳が浮かび上がる。
狂戦士の覚醒と共に、竜馬が叫んだ。
「ゲッターロボ、発進!!」
ぶわりと黒いマントがたなびき、解放された天井の射出口むかってゲッターが飛び出していく。
飛び出すと空中でぐるりと一回転しつつ黒いマントに身をくるんで、一呼吸おいた後、弾丸のような勢いで虚空へ突っ込んでいった。
久しぶりの一人乗りでの出撃である。
ゲッターは三人のパイロットが揃うことでフルパワーを発揮するのは何度か書いた。今は単純計算で、三分の一の力しか出せないことになるだろう。
それでも出力を改善されたブラックゲッターは、以前のフルパワー状態を上回った速度で空を往く。いや、空を裂くといった方が的確か。
それによってかかる重力加速度(G)は殺人的、というか完全な殺人級の代物だったが、竜馬にとっては心地よい加速感が満ちるコクピットの中で、彼はつぶやいた。
「こんなとこでゲッターをいじくれる奴に逢えるとはな。世の中解んねえもんだ!」
やがて視界に3号機に乗っ取られた輸送機の姿があらわれる。
すでに高度は一〇〇〇〇メートルだ。
大気が薄くなることで、辺りの色彩がくっきりと鮮やかになっていく。
そして敵を見つけた。
極彩色の世界に「これが元は輸送機だったのか」と疑いたくなる、まるで生物の内臓そのもののような物体が浮かんでいた。
元輸送機であると確認できるのは、唯一、姿がほとんど変わっていない3号機がつり下げられていることだけだった。
それを見て竜馬がいよいよ大声になって叫んだ。
「やはりインベーダー野郎か! なにをしに来たか知らねえが……今度こそは、根絶やしにしてやるぜええッ!!」
竜馬の叫びに呼応したゲッターが赤くぎらつく目玉で3号機を睨み据えた。
と同時に、マントの中に隠されたボディから紅い光が飛び散る火花のごとく撒き散らされていく。
ゲッタービームの乱射だ。
この原理だが、ゲッターをくるむマント、つまりゲッターウイングは一種のバリア的な性能も備えており、この中でゲッタービームを乱反射させて撃ち出している。
荒技である。そんなことをすれば、ゲッター自身もダメージを受けてしまうのは想像に難くないだろう。
臆す、ということを知らない竜馬だからこそ可能なことだった。
ゲッタービームの雨が襲いかかり、すぐに3号機がA.Tフィールドを展開するものの紙のように破られていった。
が、その本体に命中する前に輸送機の巨体かすべてビームを吸収してしまって、ビクともしない。
すぐさま反撃がきた。
内蔵のような輸送機の一部を切って撃ち出してくる弾丸だった。
単純だが、散弾のように撃ち出される無数の肉片が異様な速度で襲いかかってくる。
「ちっ!」
回避することはままならず、ゲッターは左腕でマントを掴むとそれを顔の上から覆い被せて盾とした。その上から、肉片の弾丸がバラバラとぶちあたってくる。
最初の数発はマントが防いだが、さらに浴びると、その場所が蒸発するかのように溶けていってしまう。ついに腕にまで肉片が到達すると、ゲッターのコクピット内に被弾の警告音が響いた。
だが竜馬は、
「うっせえ!!」
と、やはりダメージに構わず突っ込もうとしたが、その瞬間、地上のネルフから通信がはいる。
やむを得ず一旦離脱すると、
「戦闘中だ! 話しかけんじゃねえ!!」
言いながらも通信をうけた。
するとコクピットのモニタにミサトの姿がうつる。非常招集をうけて到着したばかりなのだろう、息が乱れているようだった。
その彼女が、モニタにかぶりつくような勢いでいう。
「リョウ君! 聞いて、今、MAGIから3号機にコンタクトできたんだけど、パターンが青とオレンジ、白を繰り返してるのよ!!」
「何ィ……」
竜馬が驚いたのは、こういうことだ。
ネルフのスーパーコンピュータMAGIは目標の生体反応を色分けしたパターンで表示している。このうち青がシト、オレンジはヒト、白は正体不明、という意味だ。
今回における正体不明は間違いなく竜馬のいったインベーダーであろう。
つまり目標は、シトとヒトとインベーダーの生体反応を内包していることになる。
「シトがインベーダーに喰われてたってことか。だが、ヒトってのはどういうことだ」
「刺さっているだけのはずのプラグ内部にシンジ君の同級生、相田ケンスケ君と照合されるヒトが乗っているの! でも、何度呼びかけても反応がないのよ」
ミサトがいう。
彼女は状況がまったく理解できない、という風だったが竜馬は「そうか」と、なにかピンと来た様子で敵の攻撃をかわしつつもいった。
「ミサト。3号機に衝突した正体不明の物体てえのが、たぶんケンスケのことだ」
暗い声でいった
「恐らくケンスケがどこかでインベーダーに寄生されて飛んできやがったんだ。じゃなきゃ、そこにあいつがいる理由がねえ」
「だったら、なんとか救助しないと……」
人命を気に掛けるミサト。
だが竜馬は、
「奴らに寄生された人間は助からねえ。最良の手段はこれ以上、苦しまねえように跡形もなく消滅させてやることだけだ」
と答えた。
「そ、そんなッ!」
「ためらうんじゃねえ。人間の弱さにつけこむのが奴らの狙いなんだ!」
竜馬が叫び、ミサトが、ゲンドウにばっと振り向いた。
それにゲンドウが席をたって応じる。
「仕方あるまい。現時点をもって3号機は破棄。以降、目標を第十シト・バルディエル、およびインベーダーとして認識する」
ゲンドウはつとめて冷静な声でいう。
敵の出方がどうであろうと、ここで司令官が慌てたり、ためらうそぶりを見せれば現場の士気などはあっという間に崩壊してしまうだろう。
彼の判断は賢明といえた。
だが、ミサトはケンスケごと敵を消滅させることに迷いを捨てきれない。
「シンジ君にどう話せっていうんです……」
ぎり、と親指の爪をかむ。
そんな時だった。
外部からの通信を受け取ったマコトが顔面蒼白となってわめきたててきた。
「葛城三佐っ、そのシンジ君たちが!! 諜報員からの情報です、第壱中校内で今のインベーダーという存在に酷似している敵が出現!! すでに大多数に死傷者が出ている模様ッ」
「な、なんですって……ッ」
マコトの報告に、ミサトが度を失った。
生徒の大多数……ということは、シンジ達が生命をつないでいる可能性はごくわずかでしかないだろう。
それを聞いていた竜馬が再び割り込んでくる。
「おいっ! 今の話は本当か!」
「本当ですよ!!」
「なんで学校なんざに……まさか、あの球野郎……チッ。おいミサト!! 加持に連絡とって今のことを将造に説明して協力させろ! 学校に向かわせるんだ、早くしねえと街中がインベーダーで溢れかえっちまうぞ!!」
竜馬はそういい、あとは通信を遮断した。
そしていよいよコクピットの中で凄みの効いた笑みを浮かべるとレバーを思い切りひいいてから、ぐんと倒して、いう。
「悪ぃなケンスケ……先に地獄で待ってやがれ」
ブラックゲッターは竜馬の叫びでマントを解放すると、両腕を十字に組んでそのままつり下げられた3号機改め、バルディエルに突撃していく。
バルディエルは上部の輸送機ボディを引きちぎった弾丸を飛ばして接近を阻止しようとするが、竜馬はゲッターが損傷を受けても構わず突っ込んで激突し、その瞬間、大きく腕を開いて抱きつく様にぶちあたった。
すかさずA.Tフィールドが展開されるが、それを素通りするかのように破って、勢いを殺さぬまま輸送機からバルディエルを引きちぎると、離脱していく。
腕の中でバルディエルが暴れるが、ゲッターは飛びながら凄まじい腕力のブリーカーをかけていった。
バキバキと拘束具が砕かれていき、エヴァだった素体の部分が露わになる。
バルディエルは口をあけ、苦しそうにうめく。
それで反応が鈍くなったとみるや、ゲッターはぐわりと両の手で敵を持ち上げると地上へ向かってぶん投げて落とした。
凄まじい勢いで落ちていく敵をすかさずゲッターも急降下して追うと、右の脚をつきだしてその腹にぶち当てた。
さらに落下速度は増していく。
落下先は日本列島を飛び越え、北京のあたりだった。
みるみる内に地上が大きくなっていき、やがて墜落して叩きつけられる。
大地に激震が走って、まるで隕石でも落ちたかのように辺り一帯に衝撃波が広がって地面がえぐれていった。
もうもうと舞う土砂と共に、高度一〇〇〇〇メートルから落とされて全身を砕かれたバルディエルから血液だのオイルだの液という液が噴き出していくが、ゲッターはすぐに立ち上がると、トゲの生えた拳でもってやたらめったらと殴りつけていく。
そしていよいよ相手が動けなくなったと見るや、びゅんっと飛び下がって両腕を開きつつ竜馬が叫んだ。
「ゲッターッビイイイィムッ!!」
収束されたビームを一点に集中照射され、バルディエルは蒸発するように消滅。直後、大爆発が起きる。
さきほどの土砂に加えて、さらに大地がえぐられ吹き上がり辺り一面は何も見えなくなるほどになった。
その中に竜馬のゲッターチェンジの声がひびく。
ほどなくして、
「ゲッターミサイル!!」
土砂の空間の中から、巨大なミサイルの二発ずつが上空へ向かって二〇回ほど連射で撃ち出されていった。
ゲッター3最大の武装だ。
照準は、バルディエルから切り離した輸送機である。
ミサイルは一気に空へと駆け上って主を失い制御不能になっていた輸送機めがけて命中し、高々度で爆散し果てた。
ゲッターミサイルには超高濃度のゲッター線が封入されている。
インベーダーと化した輸送機も、これを四〇発も喰らったことでゲッター線の過剰吸収となり飽和状態になったのだった。
竜馬の戦い方が、いつも以上の殺気にあふれていた。もはや凄惨といっていい。その中にケンスケが取り込まれている、ということが全く眼中にないかのようだった。
インベーダーという相手によほどの敵讐心があるのだろう。
やがて、土砂から再びブラックゲッターが飛び出すと、日本へ向かって飛んでいく。
竜馬はそのコクピットの中で、鬼のような形相で前を見つめているのだった。