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Last-modified: 2008-08-25 (月) 20:28:23

 やがて、二週間ばかりの時が過ぎた。
 ぼろぼろとなったのはゲッターやエヴァばかりでなく、それを操る者、援助するもの、導くもの……と、すべてにおいてネルフは打撃をうけていた。
 保有兵器の修理もはかどらない。

 

 ゲッターはリツコ以外、まともに扱える者がいないがゆえ、仕方なく竜馬が立ち会いの下、細々と修理が続けられるだけだし、エヴァの方も予想通りゼーレの支援が止まったせいで、ネルフと政府援助の資金のみで修理にあたらねばならず、予算が追いつない。

 

 それゆえ、地下に大量に廃棄されていた零号機以前の試作機の一部を使い回したりまでしなければならない有様だった。
 エヴァは生体兵器なので使用想定外の部品に拒絶反応が起こらないようにするだけでも、一苦労である。

 

 零号機だけはまともな状態といえたが、これはパイロットのレイが床に伏している状態で使い物にならない。
 初号機の中にいるユイがインベーダーに浸食されたことで、未来の彼女までもが自我を保つのに精一杯の状態であり、その肉体も影響下にあった。
 レイにすれば、とんだ災難だというところだろう。

 

 一応、レイの肉体そのものにはスペアがある。
 彼女はいわばリリスの魂を封じ込めた人造人間だからだ。
 そのスペアを使ってユイのためにもう一つ器を用意することも提案されはしたが、そもそもどうやってレイからユイの魂だけを引きずり出せばいいのか、竜馬に聞いても解らず仕舞いでどうにもならなかった。
 竜馬いわく、ユイをレイへ導いたのはエンペラーであり、その意思と己の意思はイコールではないのだという。

 

 さらに、ターミナルドグマのリリスから勝手に地上へ抜け出たロンギヌスの槍によって、ネルフの施設そのものにも大小の物理的被害が出ている。
 通常の業務には差し支えないが、一部の防衛システムが作動しなかったり、非常電源に支障が出ていたりと、緊急事態になれば問題があると予測されていた。

 

 壊滅的打撃を受けた……とまではいかないが、もし今またシトやインベーダーの襲来を受ければ、

「その勝率は、わずか五パーセント……と、MAGIは判断しているわ」

 ミサトのいうように、間違いなく負けるだろう。
 自らを護る盾を次々と失ってしまい、みなが弱気になってしまっている。
 そんな状態であるから、できればゲンドウとしては現在敷いている特別厳戒態勢を解除したくなかった。
 が、ネルフは秘密組織であっても、軍隊ではない。戦闘訓練を施された人間だけで構成されるわけではなく、一般人も多く勤めているのだ。
 このような状況下でさらに長い間の緊張を職員に強いれば、逆効果を引き起こしネルフが崩壊しかねないと判断され、厳戒態勢は一時解除となった。

 

 職員たちは二週間ぶりの働きづめから解放されて、それぞれの居所へと帰っていく。
 それは竜馬たちもまた同様であった。
 自宅のマンションに戻ると、二週間分のほこりが蓄積した部屋が待っていた。
 玄関を開くなり、ミサトがうんざりとした表情になる。

「はぁ……掃除する気分にもなれない」
「いつものことだろうが」
「うるさいわね」

 といっていると、奥からペンペンが走り寄ってくる。
 長い間の放置にもめげず、自分なりに食料を調達して飢えを凌いでいたようだった。
 大した知能である。
 ミサトがごめんね、と抱き上げるとコツリと彼女の額をつついて不満を露わにした。
 しかし、

「今後のことを考えると、あんたもどこかに預けないとならないわね……」

 

 と、ミサトは悲しげに漏らすのだった。
 なお、アスカは帰っていない。
 岩鬼組ではいまだに将造の姿が見あたらず、大わらわとなっていて、彼女もその騒動に巻き込まれる形となっていた。
 アスカ自身、二週間働きづめの後で心身共にヘトヘトだったが、それでも生まれてはじめて心からの親代わりとなってくれた人を捜すため、疲れた体に鞭を打って、岩鬼組本家に戻ったのだ。

「あの馬鹿が。一体どこをほっつき歩いてんだ」

 と、竜馬がアスカの悲惨な状況を顧みて将造を非難しながらも、その身を案じる。
 すればミサトも我が友人の身を想った。

「リツコ、どうしちゃったのかなぁ」
「あいつは戻ると言や、必ず戻ってくる。そういう奴だ」
「あーあ。旧友より解ってくれる人が出来るなんてリツコも裏切り者だわ。
 ……でもまじめな話、いつに戻るかあてにならないのは困るのよ。聞きたいんだけど、逆にゲッター艦隊ってやつをこっちに呼べないの」
「バカ言え。地球上であいつらを呼んでみろ、この星ごと潰しちまう。それに」

 

 と、竜馬は真顔になるとミサトに顔を寄せて、さらにいった。

「エンペラーがどう思おうが、俺自身はなんでもかんでもゲッターに取り込むてえのは好きじゃねえんだ。
 確かに俺はエンペラーの意思あってここに来たが、この世の行く末はおめえらの手で始末をつけるんだ。そうでなきゃ、お前達の進化してきた意味がなくなっちまう」

 

 これにミサトは納得したような、していないような、珍妙な表情になりつつ居間のダイニングテーブルの椅子にどさりと腰を下ろすと、そのまま深いため息をはく。
 心底疲れた、といった様子であった。
 それからしばらく上の空となっていたが、腹の虫が鳴って空腹だったことを思い出すと、竜馬をみていう。

 

「おなかすいた」
「なんで俺を見ていうんだよ」
「おなかすいた」
「……」

 

 繰り返すミサト。
 普段、お前から迷惑ばかり受けているんだから、そのぐらいはしてくれてもいいだろうといわんばかりのジト目で竜馬を見続ける。
 その本人は「なにを言いやがるんだ」という目で見返していたが、今日ばかりはなぜかミサトの方が目力で上回っていた。
 にらめっこに負けた竜馬は、

 

「わあったよ! なんか用意すりゃいいんだろが、畜生」

 と、悪態をついて適当に冷蔵庫から即席の食料品を取り出していく。
 この男にどんな形であろうと勝つのだから、ミサトも大した女といっていい。
 しかし、これは正解でもあった。
 なぜならミサトは極度の料理オンチであり、彼女に調理をやらせるとレトルト食品や即席麺といった調理に失敗のしようもない品々が、なぜか珍味も真っ青になるほど劇的な味の変化を遂げてしまうからだった。
 以前、ぐうぜんシンジとアスカが居ない時にミサトの作ったものを口にした時は、普段なんでも食えると豪語する竜馬も思わず吐き出しそうになるほどだった。

 

「ち、めんどくせえ」

 言いながら、湯を注いだりレンジの操作をする。
 あまり似合う光景ではない。ミサトが作るよりマシだとはいえ、やはり、彼には戦場を駆けめぐる姿こそ相応しく、美しかった。
 そういう星の下に生まれた男なのだろう。

 

 まあ、それはともかく。
 竜馬は出来上がるまでもない品々を乱雑にテーブルの上に並べていく。
 内容はボンカレーが二皿に、即席の味噌汁が二つ、さばの味噌煮の缶詰一つが、缶のまま開封されて置かれているだけだった。
 貧相にも程があるといえたが、竜馬が悪いのではなく、これぐらいしか食品がなかったのだ。他はペンペンがあらかた食い尽くしていたため、これ以上を食いたければ買い出しに行かねばならない。
 しかし、二人ともにその元気はない。

 

「……ほらよ」

 と、ミサトの分を差し出すとそれに彼女が「恩に着ります」と仏に拝むような動作で感謝を表してから、差し出した方よりも早くがっついていった。
 どこも恩に着ていないようだが、竜馬もその程度のことはいちいち構わない。
 すぐに彼も食事に口をつけていった。
 絶対量が少ないのと、空腹ゆえに瞬く間にそれらは片付けられてしまう。
 食事を終えて、ミサトが静かに席を立った。

 

「ごっそさん。はぁ……シャワー浴びてくるわ……覗いちゃダメだかんね」
「さっさと行け」

 反応の薄い竜馬に、なにやらミサトは「なによ、そんなに私って魅力ないワケ?」などとブツブツ言いながら風呂場に入っていくが、竜馬は気にもとめず椅子に深く腰掛けたまま、静かに目をつむって瞑想に入った。
 しばらく奥から聞こえるシャワーの水音と共に思案にふけっていたが、その途中でなにやら風呂場から水音すらもさえぎって、桶かなにかが叩きつけられる音が響いて同時に、ゴン、という音がした。

「なんだ」

 と、それに竜馬が目を開けると風呂場にミサトにむかって「どうした」と呼びかけるが反応がない。
 一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

(まさかインベーダー)

 そう思ってからは、行動が早かった。
 カヲルを迎えた時から所持しているサブマシンガンを引ったくって持つと、それを構えつつ風呂場に自身も弾丸のようになって躍り込む。

「ぬお!!」

 と、叫ぶが、風呂場から現れたのは湯気ばかりで敵の姿は見あたらない。
 はて、と見回せば足下に気配があって、それに頭を向けると裸のミサトが倒れている。

「大丈夫かっ」

 

 というが、反応がない。
 竜馬はこんな場所で倒れた彼女の身を案じつつも、同時にインベーダーに寄生されているとすれば容赦なく撃ち殺すつもりで、ミサトへサブマシンガンを突きつけるように構えたまま、しばしの間じっと傍観した。
 息は、しているようだった。
 さらに耳を済まして鼓動を聞く。もしインベーダーに寄生されていれば、やつらが体内でうごめく気配があるはずだった。

 

 その状態のまま数分動かなかったが、やがて構えたサブマシンガンを静かに降ろす。
 どうやら寄生は認められないようであった。
 ふっ、と竜馬にかすかな安堵の吐息がもれる。しかし、それではミサトが風呂場で倒れた理由がわからない。
 竜馬は最初、湯あたりか何かかと思ったが、

 

「シャワーで湯あたりなんざ聞いたことねえぞ」

 と、その考えを打ち消した。

(ま……インベーダー野郎の仕業でないなら、いい)

 おそらく心労でも祟ったのだろう、と思うことにしてミサトを起こすべく何度か呼びかけてたが、やはり反応がない。

「くそ、本当に手間のかかるやつだ」

 

 せっかくの休息を邪魔しやがって、と毒づくが、倒れているのを放っておくわけにもいかず引きずり起こすと、風呂場から持ち出した。
 それでもミサトは眼を覚まさない。
 仕方なしにそのまま担いで、本人の部屋まで連れていき敷かれたままだった布団に彼女を転がすように置くと投げるように布団をかけた。

 

 そしてきびすを返えすと、その太い首をゴクリと鳴らしながらミサトの部屋を退出していった。居間へ戻ると、椅子に深く沈んで腕を組み、再び瞑想に入る。
 彼もいままで未知の世界で、独り戦ってきたのだ。
 さしもの竜馬といえども疲れ果てていただろう。
 瞑想は、たいした時間も経たぬ内に睡眠へと移り変わっていった……。

 

 やがて、数刻過ぎた頃のこと。
 窓に暁の色が映り込んで、世界が動きだそうとしはじめると、竜馬も目覚めて垂れていた頭をあげる。
 すると、なぜか向かいの椅子に座ってテーブルに突っ伏したまま、いびきをかいているミサトの姿が映った。
 竜馬が変な顔になる。
 さきほど自室に転がしておいたはずである。
 そう思うと、ミサトが寝言なのか「お父さん」とつぶやくのが聞こえた。
 竜馬は頭をかくと、

 

(どうもこいつらといると、調子が狂う)

 散々周りの調子を狂わせてきたことは棚にあげながら、さっ、と立ちあがり窓際に歩いていく。
 外を覗くと、生まれたばかりの太陽が燃えあがっていた。
 竜馬はそのまぶしさに目をしばたかせ、

 

「エヴァンゲリオン、か……どうも、ゲッターとは違う役割を背負ってるように思えてきた。終号機は、エンペラーとは全く違う存在になるかもしれねえなあ。
 だがシンジがインベーダー野郎に食われちゃ、それもうたかたの夢よ。くそ……厄介になってきたぜ」

 

 そんな、ずいぶんと長い独り言を漏らすのだった。

 
 

 ……やがて太陽はすっかり空へと登り、この日も朝がやってきた。
 朝が来れば多くの人は起きて働きに出てゆく。それは竜馬たちとても同じ事だ。厳戒態勢は解除されていても通常業務がある。ネルフ本部へ出向せねばならない。
 竜馬は足に使っていたバイクが大破してしまっているので、現在はミサトの車に便乗してネルフまで移動する。
 彼女の車はオープンカーにもなった。
 天井を解放して朝の空気を一身に浴びる中、竜馬はミサトの話し相手となっている。

 

「昨日は迷惑かけちゃったわね」
「体調管理にゃ気をつけな」
「うん、そうする……ところでリョウ君、足がないと不便でしょう?」
「違いねえ」
「でしょ。だから新しいバイクを探してきたのよ。良い出物があったの、CBのナナハン」

 

 そのような会話を交わしながら、車はネルフへと突き進んでいった。
 なお、ミサトの話に出てきたCBのナナハンとは、ホンダ・ドリームCB750FOURのことである。
 かなり旧いバイクだ。
 西暦一九六九年の当時、速度・耐久性・操作性の全てにおいて地上最高の性能を持った量産車として、世界中に日本の工業力を認めさせる一翼となった品で、フォードT型やフォルクスワーゲン・タイプ1、ホンダ・スーパーカブに並ぶ世界的名車である。
 その時から出でた流れは、この二〇一五年の現在に至っても、エヴァを代表とした各技術の分野において、なお続いている。

 

 ……久々に穏やかな時間が訪れていたが、ネルフに到着するころにはそういう余暇の話題を持ち上げる時間も消え失せてしまうことになる。
 ミサトの車がネルフ本部へ足をかけるか、かけないかの内に警報が鳴り響いたのだ。
 アナウンスがシト接近の報と、対空迎撃戦の用意を施設の全体に伝えていく。

 

 竜馬とミサトが作戦司令室に飛び込む頃には、アスカを含む他の職員たちはすでに集結しており、メインスクリーンに発光体だけで作られた鳥の影のような物が映し出されているのを皆見つめている状況だった。
 それは、さながらホウオウでも連想させるような姿だった。
 衛星軌道上に浮かび、何をするでもなく地球を周りを漂っている。

 

「軌道を離れませんね」
「ネルフ本部から一定距離を保っています」
「降下の機会をうかがっているんでしょうか……」

 と、その様子をマコト、シゲル、マヤの順でそれぞれ報告していく。
 それを基にミサトがシトの行動パターンに探りをいれる。

 

「あるいは、降下する必要もなくここを破壊できるのか」
「いや、それは心配ねえ。出来るならとっくにやってるだろうよ」
「その根拠は?」
「ゲッター艦隊はそうやって惑星を侵攻する……というか、宇宙から惑星を攻撃する方法ってのは、みな似たようなもんになる。破壊が目的なら待つ必要はなにもねえ」
「と、するなら……」

 

 破壊が目的ではないのか、と思案は錯綜していく。
 ただ、シトの目的が破壊であるにせよないにせよ現在のネルフにはひとつ、大きすぎるといっていいほどの問題があった。
 そう。
 それはまともに稼働できるのが通常兵器しかないということである。
 弐號機はなんとか起動できる程度には修理が進行していたが、戦闘はまだ無理だし専門技術者のいないゲッターは組み立てすら終わっていない状態だった。
 しかも前述の通り、動ける零号機も主たるパイロットが倒れていてMAGIにも、このまま戦えば次は必ず負ける、と嫌な太鼓判をもらっている。

 

 状況は最悪といえた。
 が、応戦しないわけにもいくまい。
 そこでまず、零号機のシステムをアスカ用に書き換え、彼女に零号機を運用してもらおうという案が出されたが、アスカ独特の精神波長が零号機に合致しないせいで、シンクロ率の確保がむずかしかった。
 なにより、彼女は弐號機以外のエヴァに乗ることを好まない。
 が、この状態で、そんな悠長なことをいっている場合ではないだろう。これ以外は通常兵器しか戦力がないのだ。
 それがシトに対していかに無力なものであるかは、すでに周知のこと。

 

「一か八かね。零号機とアスカしか頼れるものはないんだから、システムを……」

 書き換えて、とミサトが言おうとしたが、

「待て」

 これに竜馬が割り入った。
 ゲッターも動かないのに、なにか案でもあるのかと周囲の視線があつまるなか、彼の提案した用件は至極単純かつ荒唐無稽なものだった。

 

「俺を零号機に乗せろ。あとエヴァを輸送できるロケットを用意してくれ、あっちが来ないならこっちから宇宙までつっこんで、ブチのめしてやりゃいいんだ」

 

 で、ある。
 この言葉には、竜馬という人間に慣れたさすがの職員たちも閉口せざるを得なかった。
 隙だらけ以前に子供並の戦略もさながら、エヴァが一四歳の少年・少女でかつ、エヴァのコアに宿った魂と適正のある人間でないと動かせないモノであるという、散々既出している事実を無視した意見だ。
 だのに、この男はなにを世迷いごとをいっているんだ、と周囲の視線がしらけていく。
 だが竜馬は一切ひるまない。

 

「やってみなきゃ分かんねえだろ。いいから乗せやがれ!」

 

 この一点張りである。
 竜馬が言い出せば、赤ん坊も真っ青になるがごとく誰の言うことも聞かなくなるのは、これもネルフの職員達がよく承知していることだった。
 仕方なくゲンドウが許可をだすと、これに、

「正気ですか!?」
「下手をすれば、流さんと零号機まで失うことになりますよ!」

 

 と、いくら司令でも血迷ってもらっては困る、と職員たちから非難が飛びかかったが、ゲンドウもまた、人の言うことを聞かないのにかけては一流だった。
 他の意見を抑えつけて、

「構わん。どのみちシトに負ければ誰にも未来はないのだ」

 という。
 竜馬がその対応に満足そうな笑みをみせる。
 司令の命令であれば、みなも従わざるを得なかった。ここでストライキなど起こしてもなんの意味もなさないのだ。

 

 すぐに零号機のパーソナルデータの書き換えがなされ、体格に合わせた専用のプラグスーツも急造されて、竜馬が零号機のエントリープラグにぶち込まれていくのだった。
 なお、プラグスーツは淡い緑色を基調としているデザインのものだった。
 それを着てプラグ内の座席に収まる竜馬に、ミサトの声がひびく。

 

「まずLCLを注入するけど、窒息はしないから慌てないで」
「わかってる」

 そういうと、竜馬の足下から橙色の液体が満ちていき、プラグ一杯に満たされる。
 竜馬は最初すこし気持ち悪そうにしていたが、しかしすぐに慣れた様子だった。
 つづいてミサトが静かにいう。

「では、シンクロテストを開始します」
「おう」

 

 というと、竜馬が瞳を閉じた。
 彼なりに零号機とシンクロしようとしているのだろう。
 しばらくそのままだったが、やはり零号機は竜馬を受け入れないのか、マヤの監視するシンクロ率を表示するグラフはうんともすんともいわなかった。

(だめか……)

 

 ミサトがそれを見て思った。
 あれほどの大口を叩いた手前、竜馬ならなんとかしてしまうのではないかと、ひそかに淡い期待を抱いていたのだが、そうそう上手く事は運んでくれないらしい。

 

「リョウ君、やっぱりダメよ。大人にエヴァが動かせるなら、私たちだって子供に命をかけさせたりしないわ」

 諦めてそういうが、しかし竜馬は応じない。
 それどころか、閉じた瞳をかっと開けると怒ったような顔になる。

 

「てめえ! 零号機!! 寝ぼけてんじゃねえッ!! 俺がこんだけ念じてんのに動かねえなんて抜かしやがるならなあっ……」

 がぼがぼと、LCLの溶液の中でそういう内容のことをいうと、いよいよ竜馬は目をつり上げて、

「脊椎から食っちまうぞ、この野郎!!」

 

 と、がぼりと叫んでからトリガーを目一杯に引いた。
 あまり強く引くので、トリガーが壊れてしまいそうだったが、その迫力たるや本当に竜馬が零号機を食ってしまいそうな勢いだった。
 すると、どうだろうか。
 零号機が竜馬の恫喝に恐怖したかのように、拘束されているはずのケイジ内でびくんと震えるように見えた。
 と同時に、シンクロ率のグラフがストローを通る水のような勢いで伸びていく。
 それを受けてマヤの悲鳴のような報告が作戦司令室に響いた。

 

「し、シンクロ率一二〇パーセント! 零号機が起動します!!」
「うっそおッ!?」

 と、ミサト。
 起動するだけならまだしも、シンクロ率までが異常に高い。
 カヲルのようなシトとは違って竜馬は、あくまで人間である。シンクロ率の操作などできるはずもなく、この数値は紛れもない真実だといえる。
 ミサトにはそれが信じられなかったのだが、この状況で嘘をいう意味などないだろう。

 

 零号機のいるケイジの様子はここからしっかりと監視できているのだ。そこでは零号機が全身を振るわせながら、拘束具を引きちぎっていくのが見えた。
 起動は成功である。
 プラグ中の竜馬はしてやったり、といわんばかりだった。

 

「一つ目小僧のお目覚めだぜ。操縦法はイメージだな、こいつなら訓練はいらねえ。
 悪かねえシステムだ。さて……それじゃあ作戦会議といこうじゃねえか」

 その言葉で、第一二のシト・アラエルへの抗戦がはじまった。
 宇宙から直接飛来してきたシトは、サハクィエルにつづいて二体目であるが以前のものは単機にて大気圏を離脱できるゲッターロボによってせん滅された。
 だが、いまはそのゲッターが動かない状態だ。
 エヴァにはそういう能力がないし、零号機は弐號機のように空を飛べるわけでもない。

 

 ではそのエヴァ単体でどう対処するかといえば必然と、地上からの直接射撃による攻撃が考えられるだろう。
 しかし現在のアラエルの位置から距離を算出すると、たとえ陽電子砲を用いたとしても射程がたりなかった。
 仮に届いたとしても距離が長すぎ、大気圏を抜けるまでに陽電子が消耗してしまって敵の敵のA.Tフィールドを打ち抜けるだけの威力にならない。
 それでは、なんの意味もないのだ。

 

 ミサトが頭を抱えた。
 これに対しても、また竜馬が泥船にしか見えないような助け船持ち出してきた。
 彼は、

「なら無理にでも届かせりゃいいんだ」

 といって、次の作戦を提案する。
 その内容はまず、組み立て途中のゲッターの利用だった。

 

 この内、メインのゲッター炉心を搭載してゲッタービームの射出機ともなるジャガー号を稼働させる。機体として稼働できないなら、炉心と推進機構だけでも利用し、これに零号機を縛り付けて宇宙に飛び出してからゲッタービームを近距離で浴びせるというのだ。

 

 むろん、形状的には大気圏の離脱・突破は不可能だが、イーグル号からゲッターウイングをむしり取って零号機にまとわせることで無理矢理対応させようとした。
 原理は不明だが、あのマントにはそういう高機能のシールド能力があるらしい。

 

 ともかく……持ち出したものは様々だが、要するに、力ずくで敵に近づいて攻撃するという、いつもの竜馬パターンだ。
 名目上、作戦という名をかたってはいるが作戦とはいえるレベルのものではなく、

「リョウ君にかかったら何でも力ずくねえ……それで成功するから凄いけど」

 と、ミサトをして呆れさせるほどだった。
 しかし現状の戦力を考えると、いくら論議してもこれ以外には手段も見あたらない。
 仕方なしに竜馬案が採用されることになった。

 

 ただ、ゲッターから装備をもぎ取るのにも技術が要り、その準備にやや時間を要するのが難点だったが、幸いにしてシトはこちらの出方をうかがっているのか、自分から攻勢に出る気配がなく作業は順調に行われていく。

 

 そして零号機にゲッターの部品をくくりつける間に竜馬は一度エヴァを降りて、LCLに塗れた口を潤すために、自販機のあるフロアへと足をむけた。
 ふとその目に先客の姿がうつる。

 

「誰かと思ったら、アスカか」
「なによ、ジュース飲んでたら悪い? どうせ弐號機は動けないんだもの」

 と、つっけんどんにしながら「それにしても」と付け加えていう。

 

「まさか、プラグスーツ姿のあんたを見るとは思わなかったわ……しかも微妙に似合っているのが嫌すぎる」
「こういう服はゲッター用のパイロットスーツで着慣れてんだよ。色も同じだ」
「ゲッターにもパイロットスーツなんてあったんだ」
「ああ」

 

 というと、竜馬は自販機に寄ってコインを投入すると、コーヒーを選ぶ。
 彼は本来その食の好みが完全に和の物に寄っており、飲料もコーヒーより茶の方が好きだったが(もっといえば酒だが)リツコの影響かいつの間にやら多少の変化があった。
 竜馬は出てきたカップに口をつけると、

 

「将造は見つかったか」

 ふと、聞いた。

「……ううん。組の総出で探してるけど、全然見つからないの」

 

 が、その問への返答は覇気のないものだった。
 やはり、親代わりを失うかもしれないという不安が大きいのだろう。
 彼女は将造のおかげで、岩鬼組の若頭として自らの存在意義を明確に確率することができた。それがある限り自我の安定は保たれるはずだ。

 

 しかし、それとは別に将造を通して見た肉親への情景が離れないのだ。
 アスカが弱いのではない。
 わずか一四歳の子供が親の愛を求めるのは、当たり前の欲求である。
 竜馬ですらも、幼い頃に父・一岩から受けた影響は強く、彼の宿願だった「武道を立て直したい」という想いを果たすことが、ゲッターに出会うまでは生きる目的だったのだから。

 

「将造の野郎は」

 と、その竜馬がいった。

「そう簡単にゃくたばらねえよ。俺が保証してやる」

 昨日の自身にも言い聞かせるかのようにいう。

「そうかな……まあ、パパの不死身さはハンパじゃないのは確かだけど……」
「俺が、いや俺たちがこのまま追い詰められたままでいるかよ。なんとしてでも反撃に移ってインベーダー野郎共を皆殺しにしてやるんだ。お前がそんなでどうすんだ」

 

 とアスカを叱咤しているとと、アナウンスが竜馬を呼んだ。
 どうやら零号機の作業が終了したようだ。
 竜馬はのみかけのコーヒーをアスカに「くれてやる」と押しつけ、そのまま身をひるがえすと零号機のいるケイジへと走っていった。
 残されたアスカは、

 

「いらないわよ、人の飲みかけなんて」

 というと、そのままゴミ箱に捨てて自身も作戦司令室におもむくのだった。
 することが無いといっても、このままサボるわけにはいかない。

 

 やがて、全ての準備は整って、人っ気の完全に消えた第三新東京市の中に、発射台に垂直に固定されたジャガー号と、それに縛り付けられるように零号機がジョイントされているのが見えた。
 さらに上から黒い布のようなゲッターウイングでくるまれている。
 その様子を、不安げにみつめながらミサトがいう。

 

「いい、エヴァに空間戦闘はできないし稼働時間も五分程度しかないわ。そのことだけは覚えておいて頂戴」

 五分では、ぎりぎりの時間しかないだろう。
 零号機を動かすのはシトを撃つ時だけで、あとは全てジャガー号に頼ることになる。
 成功確率はMAGIがいった通り、極めて低いだろう。
 だが、誰かがやらねばならなかった。
 竜馬は気を引き締め直す。

「わかってる」
「あとは武運を祈るわ。では、ジャガー号点火!」

 

 ミサトの伝令で、オートパイロットのジャガー号がスペースシャトルよろしく、後部のロケットノズルから噴煙をはげしく吹きだして地上を離れていくが、スペースシャトルと違うのは、バッタが跳ねるような勢いで空に飛び上がっていくことだ。
 あっという間に成層圏にまで達した頃、しかしそれまで停止していたアラエルに活動の兆候がみられた。
 アラエルの体躯がいっそう輝きはじめると、それを作戦司令室が感知する前に、光の渦が発せられて零号機に浴びせかけられていく。
 どうする間もなかった。

 

「なんだってんだっ……」

 だが、不思議なことに物理的損傷はない。
 単に陽光を浴びているかのごとくだった……が、パイロットに変化が起きる。
 光をあびる零号機のプラグの中で、竜馬がなにか胸騒ぎのようなものを感じると、同時に自身の深層記憶を次々と呼び起こしていったのだ。

 

 それは父一岩の教え、ゲッターロボとの出会い、竜や鬼との戦い、歴史をさかのぼった思い出や、ゲッターの見せる未来に絶望したこと、さらに絶望から希望を見いだしてゲッターを支配するまでに至ったことまで、彼の記憶たる記憶であった。
 この状況を引き起こしたのが零号機を包むアラエルの光であることは、竜馬にも容易に想像がついた。
 そこでハタと気がつく。

 

「……俺の記憶を覗いている? シトが人間を知ろうってのかい」

 光でなにも見えない視界に、竜馬がいう。
 彼はしばらく目を閉じていたが、零号機が大気圏を離脱し始めたのだろう、明るいだけの視界が真っ赤に染まっていく。
 ここで、竜馬が目を開けた。
 そして叫ぶ。

 

「だがな。人様の過去を探るなんてえのは、ヒトの間じゃ一番無礼とされてんだよ!」

 叫びと共に零号機が大気圏を離脱しきって、アラエルが肉眼で見える位置まで来ると、そこでジョイントが解除されて、零号機は自身をくるむマントをひき剥がす。
 そしてジャガー号を頭の上に掲げて持つと、さらに叫んだ。

 

「人間を知ろうってなら、礼儀から覚えて出直してきやがれぇッ!!」

 

 それと同時に、ジャガー号の先端が開いて紅色のゲッタービームが発射されるとアラエルの光を包み返すようにして迫っていった。
 その光景が、作戦司令室から確認されている。
 ゲッタービームの美しい光がアラエルを包み込むと紅く染めあげて、真に鳳凰の姿のようになって焼かれていくのだ。
 不思議とA.Tフィールドは発生しなかった。
 まるで、シトが竜馬の叫びを聞き入れてその洗礼をすすんで浴びたかのようだった。

 

 そして、ゲッタービームを発射するジャガー号も、その本来以上の出力を示して自身の砲身が焼き切れてしまうほどに巨大なビームを放出するが、なおその勢いは止まらない。
 あまりに反動が凄まじく、背後のロケットによる逆噴射でもそれを抑えることが出来ずに零号機は、だんだんと地球に向かって後退していってしまう。
 そして整備途中のものを使ったせいで、限界が来たのであろう、ジャガー号のあちらこちらにヒビが入るとそこから放電がおきていく。

 

「ちっ! A.Tフィールド展開!!」

 まずい、と思った竜馬がA.Tを展開しつつジャガー号から離れるが、次には爆発がはじまってしまう。
 炉心が融解すれば、いかにA.Tフィールドとても耐えられる保証はない。
 いや、間違いなく零号機は吹き飛ぶと思ったほうがいいだろう。
 それを見ていた作戦司令室の面々が、

「だめだ、間に合わない!!」

 

 と声をそろえて叫ぶ。
 だが、その瞬間のことだった。
 別のモニタで誰もが見ることなく映し出されていた、月の地平線がきらりと光ったように見えると同時に、爆発するジャガー号の方へなにかが突っ込んでいった。
 月との距離を考えると、光速並の速度が出ているだろう。

 

「なんだ」

 と、いうと光は一瞬で速度を落としていくと、やがてその影がはっきりとしてきた。
 それは爆炎を背にして人型のなにかが零号機を抱えている。
 よくみるとそれは、

「げ、ゲッターだ!」

 

 誰かが叫んだ。作戦司令室のモニタに、どんどん速度を落としていく紅いゲッターロボの姿あったのだ。
 だが、少し形が違う。
 全体的にゲッターロボよりも大きいし、そのデザインも鋭角的だ。
 背中には悪魔の様な二対の翼が生えてそれが左右に大きく広がっていて、それがさらに体を大きく見せている。

 

 やがて、ゲッターに似たものが空間で制止した。
 すでにアラエルはゲッタービームに包まれて消え去り、ジャガー号も霧散している。
 勝利とみていいだろう。
 しかし、それより今はこの謎の物体の方がきにかかる。
 零号機の竜馬がうめくようにいった。

 

「真ゲッターだと……誰が乗っている」

 その問いかけに、ふっと零号機のモニタに女の姿が浮かびあがった。
 女は純白に赤く太いラインの走ったデザインのタイツの様に体に張り付いたスーツを着てその細い肢体を示し、金髪の端正な顔に微笑を浮かべている。
 竜馬がそれを見るなり、ニヤリとなった。

 

「リツコか」
「ええ。今帰ったわ」
「来るのが遅えんだよ。おかげでジャガー号が粉々になっちまった。零号機も」
「代わりに持ってきたじゃない、真ゲッターロボを」
「だが、そいつはエンペラーになる前の……」

 

「私が造ったの。エンペラーの記憶を借りてね」
「どうやら、なにもかも覚えてきたらしいな」
「ええ。あなたたちの過去も、私たちの未来も。エンペラーのこと、終号機のこともね。でも未来のシンジ君はエンペラーとは違う道を取ることを選んだわ」
「そうか……やはり、そうか。リツコよ、あとでとっくりと話してもらいてえな」
「もちろん。でも、今はみんなのところへ帰りましょう」

 

 会話は、すべて作戦司令室にも聞こえていたが、それが何の会話をしているのかは当人同士以外には解るはずもなかった。
 その真理はこれから物語の終局にむけて語られていくだろう。

 

 竜馬のいう真ゲッターロボは零号機の首筋に触れると、まるで水の中に腕をいれるように突っ込んで中から竜馬の乗ったプラグを取り出してしまう。
 そして自身の胸に当てた。
 すると、プラグは真ゲッターに融合されるかのように消え去ってしまい、次に竜馬は真ゲッターのコクピットへと身を移していた。
 まるでマジックを見ているようだった。

 

「零号機はもう大気圏突入には耐えられないわ。残念だけど……ここで放棄しましょう」

 リツコがそういうと、真ゲッターはふわりと零号機を体から離すと、しばらくそれを見つめるように宇宙にたたずんだ後、くるりと地球の方へ向いてそちらへ向かうのだった。

 
 

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