八、再生の時
真ゲッターが地上に降りてくる。
悪魔のようなコウモリ羽根を天高く広げ、零号機の代わりとなって帰ってくるその姿はネルフ本部の作戦司令室でもしっかりと確認されていた。
それが新しいゲッターロボであることは、姿形や竜馬やリツコが乗っていることからすぐに理解できた。
が、月の裏側から一瞬で地球にまで接近したことや、A.Tフィールドの防護もなく大気圏を突破してきたはずだというのに、なにごともなかったかのようにしている様から、このゲッターが果たしてどのような代物なのかは、誰にも予測がつかなかった。
真ゲッターは、その身を第八ケイジへ降ろしていく。
そして竜馬とリツコの二人が機体から降りて作戦司令室に入ると、ミサトをはじめとして全ての職員が待ちかまえていたかのように二人を迎えるのだった。
まずゲンドウがリツコの生還に簡単な祝辞を述べると、本題に入っていく。
彼女が見聞きしてきたことを、全て聞き取らねばならない。
もはや、リツコが独断で身を隠したことについては誰も咎めようとはしない。そんな常識で物を考えて行動する状況は、すでに去って久しいのだ。
それよりも彼女のもたらした真ゲッターと情報が、この行き詰まった事態に対してどう影響してくるのかが、リツコの帰りを待っていた者たちが知りたいことだった。
やがて、リツコがゆっくりと口き、
「エンペラーでの出来事を話すわ」
といった。
さて、このあとは彼女に代わって筆をとろう。
レリエルのディラックの海から、ゲッターエンペラー率いるゲッター艦隊に単身乗り込んだリツコを待っていたものは種々にわたるが、順を追って説明していく。
エンペラーの内部に入ったリツコはしばらく何も見えないままだったが、やがて気づいた頃にはエンペラーの艦橋にいた。
艦橋といっても、その空間が果てしなく四方に広がっており、とうてい人間の知覚力ではその広さをつかめないほどだった。
辺りには誰もおらず、リツコはしばらく呆然としているしかなかった。
そうしていると、しばらくしてどこからか人影が現れた。
本当にどこからともなくだった。
リツコいる周囲は、広く見渡せる場所で死角になるものなどあるはずがないのに、いきなり視界に現れたのだ。
見えてきた人物に集中していくと、近づくにつれてその正体が明らかになっていく。
と、その時リツコが息に詰まったような感覚を覚えた。
なぜなら、己を出迎えたのであろうその人物は、流竜馬だったのだ。
ぼろぼろのトレンチコート羽織ったいでたちのせいか、いつもより年を食ってみえるが明らかに竜馬である。
やがてそれは自分の目の前に来た。
「よく来たな」
「あ、あなたはゲッターロボの中にいたはず」
驚くリツコを前に、彼女を出迎えた竜馬はこう言う。
「俺たちは様々な次元から集ってきた流竜馬だ。さっきまでお前と一緒にいた竜馬は、その中の一人に過ぎん」
さらりといってのける。
リツコは、混乱しそうになりながらも、かつて竜馬から聞き知ったゲッターに関わる人間たちは多次元に渡り、やがてエンペラーに集ってくる、という説明を思い出して頭脳を冷却していく。
が。
必死に冷却しているところに、さらに超高熱の熱源を置かれるような事態が起こった。
「さて。お前をわざわざ呼んだのは他でもねえんだが……まあ、俺が説明するよりあいつに任せた方が早えだろう。おい、ナオコ。こっちに来な」
ナオコ、という言葉にリツコがびくんと反応した。
それは母の名前ではないか。
単に同名の別人物だと思いたかったが、竜馬が二人も三人もいるような状況では死んだ人間が出てきてもおかしくない。
はたして、その予想は的中することになる。
「ひさしぶりね」
と、どこからともなく白衣に身を包む妙齢の美人が現れる。
「か、母さんが、ど、どうしてここにいるの!?」
完全に頭脳の冷却が追いつかなくなったリツコが、頭から湯気を出しそうになりながら舌を噛み噛み、いう。
するとそれに対して竜馬が、ナオコの肩を抱いてぐいと引き寄せると、
「いい女だったから俺のものにした」
などと言い放つし、当のナオコもまんざらでなさそうな顔をしているのを見て、リツコは卒倒しそうになってしまう。
「どういうことなの、これは」
「ユイさんが私を覚えていたみたいよ。初号機の記憶を得たエンペラーが私を再生した。 ……リツコ、そんな恐い目で見ないで、あなたの流竜馬を取るつもりはないから」
「ああッ」
リツコは感情的に「なにをいっている」と叫びそうになったが理性がそれを止めた。
冷静に考えればナオコのいっていることは、おかしいことではない。
最初にいわれた通り、いま彼女の隣にいるのは自分が知る竜馬とは別次元の存在でありディラックの海で別れた竜馬とは別人物だ。
たしかにそう考えるとこの竜馬は、自分の知るのとは女に対する態度も含めて、幾分か違う部分があるのが見えてくる。
まず最初感じた通り、歳をすこし食っている。
それに自分の知る方は乱暴者ながらも行動の端々にちょっとした愛嬌があった。
が、こちらは同じ粗暴であっても、どこか哀愁めいた冷たさを感じるのだ。
通過した人生経験の差であろうか。
考えれば解るのだが、しかしいざ現物をみると混乱もするし嫉妬を隠せない。
が、そのあとになってさらに数人現れた竜馬を見てからは、もはや考えるのをやめた。
その中の一人などは非常に若く、高校生ほどに見える上にやたらと礼儀も正しい。
リツコは、
(もうなんでもいいわ)
と現在の思考を放棄して一回深呼吸すると、今度は別の思考が回った。
(結局、同じ男に惹かれるとは。血は争えないのね……)
である。
はあっとため息をつくリツコ。
母越えはならなかったか、と思うと同時に、こうなってくると些細な感情など、どうでもよく感じてきてしまって含み笑いが漏れてしまう。
これを落ち着いたか、という目でみたナオコが口を開く。
「あなたを呼んだ理由を説明する前に、現状の未来がどうなっているか教えるわ」
あとの語りは以下に代筆していこう。
それは、このようなことだった。
ユイと共に宇宙をさまよっていた初号機と、LCLと化したシンジを含む地球生命のなれの果てがゲッターエンペラーに取り込まれその記憶の一部となると、ゲッター艦隊に生命がLCL化していく被害がでたのは書いた通りだが、これはその元凶だったシンジを過去でゲッターに乗せて記憶させることで完全に処理した。
ゲッターに元凶のこころを理解させることで、ヒトがLCLに還ってしまう事象を解き明かして、次に細胞が侵入する異物への防壁を構築するかのごとくして、LCL化現象を停止させたのである。
そしてゲッターとひとつになった初号機は、やがてゲッター線の力を得てエヴァンゲリオン終号機として再生していった。
それこそがディラックの海の中でみた、エンペラーと同じように宇宙を喰っていく果てしない大きさの初号機の正体だ。
だが。
過去でシンジは竜馬から戦う意味を学び、父親との和解で心の居場所を見つけて確固たる自我を成立させると、その影響を受けて終号機にもさらなる変化が生じてきた。
自我を確立した人間が次に求めるものは、己が住まうべき社会の防衛だ。
自分たちの文明をシトに、ましてやゲッター線にも奪われたくないという欲求がシンジの心の内にわき上がる。
これに終号機は己のとるべき行動を再考し始め、やがてその思考は、我はただ時天空を倒すための僚艦になるべきではない、という確信にまで至ったようだった。
これを竜馬たちは承認する。
なぜなら、ゲッター線の存在理由は対時天空用の兵器ということに過ぎないが、竜馬たちは、自分たち生命がそれのみでよしとは思っていない。
だから自分たちを戦うための兵器として仕立て上げて躍らせた、大いなる意思も倒すつもりであったし、さらにその後の宇宙をどうするか、ということまで考えて戦っていた。
ふるさとがあった場所(この場合は宇宙になるだろう)を守りたい、というのは生き物が戦いにおもむく根源的な感情であるからだ。
だが、それを考慮にいれて倒せるほど時天空という存在は甘くない。あるいは宇宙という概念を消滅させなければ倒せないかもしれない相手だった。
では、なにもかもを犠牲にした上で、時天空を倒し、大いなる意思をも打倒することになんの意味があるのか。
竜馬たちは密かに悩みもしたが、その中でエヴァが竜馬たちを驚かせたことがあった。
終号機は最初こそエンペラーと同様の進化を遂げたが、進化を重ねていくにつれて、だんだんと戦う神というよりも、世界を生み出す神という性格が表れていったのだ。
それは終号機の内部にまるで、太陽系を模したかのような小さな宇宙が構築されていくことで表現される。
住まうべき世界が欲しい、というシンジの願いによるものだろう。
エヴァンゲリオン、すなわち「福音」の名に相応しい進化だった。
竜馬たちはこれにひとつの希望を見いだしたのだ。
どれだけスケールが大きくなろうとも、乱世には英雄が、治世には能臣がそれぞれ自分たちの世界というものを守る。人の世とはそういうものだ。
つまり、時天空という全宇宙の危機を打破する力がゲッターならば、全てが終わった後の宇宙に平定をもたらす知恵はエヴァにこそある。
それでこそ、真に自分たちの戦いは終結に向かうと考えたのだ。
だが、過去において人類補完計画を阻止できなければ、せっかくの可能性を見せた終号機も再びもとの姿へと還り、すべてはうたかたの夢となって潰えてしまう。
それは、虚しいことだ。
さらに過去ではシンジにインベーダーが寄生し、終号機の可能性どころか地球の生命体の可能性すらも奪われようとしている。
「そこで、リツコ。あなたが必要になる」
「私が?」
「私たちの世界からインベーダーという寄生虫を一掃するための力、真ゲッターロボをあなた自身の手で造って、過去に持ち帰るのよ。そしてエヴァの可能性を紡いで。
そのためのエンペラーの記憶を全て伝えるために私は居る」
そこから先、どのようにしてナオコからエンペラーの記憶を継承したかはリツコ本人も覚えていなかった。
ただ無我夢中で真ゲッターロボを造っていたことだけが、強烈なイメージとなって残っている。
完成までにどれほどの時間がかかっただろうか。
たった一人での作業だ。
もしかすると、数百年の単位が流れていたかもしれない。
気の遠くなるような作業の末、やがて完成した機体に乗り込むリツコに、竜馬が白いパイロットスーツと、もうひとつ淡い緑色のスーツを手にもってやってきた。
それをリツコに押しつけながら言う。
「よくやってくれた。俺の手でインベーダーをぶっ殺せねえのが心残りだが、お前の会った竜馬は戦闘力にかけちゃ一番だ、こういう事にゃ適任だろう。バカだがな」
「人の男にケチつけないでほしいわね」
「俺の文句を俺がいってなにが悪い。さあ、もう行け」
と、リツコは追い出されるようにエンペラーから離脱すると、コクピットの中でレバーを握って真ゲッターに息吹を与える。
すれば、今まで経験したこともなかったような軌道で空間を跳ね返るように動きながら亜空間に突入していき、気がつけば遠くに地球が見えるところに居た。
そこでリツコはふと、先の真ゲッターの異常機動に何事もなく耐えられた自分の体に違和感を覚えた。
かつてのゲッターでさえ、乗りこなすのに特殊スーツが要ったのに、今着ているものは単なる繊維素材を縫い合わせたものに過ぎない。
ではなぜか、という自問をするがいくらやっても答えが出ない。
やがて考えるのにも疲れて、
「エンペラーにいる間に体も強化されちゃったのね、たぶん」
と、思うことにした。
ゲッターに触れていると論理的思考をことごとく否定されてしまうので、感覚で信じるしかないのだ。
そして、宇宙で危機におちいっていた竜馬を救出してネルフ本部に帰るに至った。
これがリツコがエンペラーの中で経験してきたことの全てである。
―――
さて。
ここまでリツコの弁を代筆してきたが、彼女は上記のことを水が流れるように喋ったあと、最後にゲンドウを見ていった。
「碇司令。母から言い伝えがあります」
「……なにかね」
「遊びすぎて正妻から、じいさんは用済みなどと言われません様に。だ、そうですわ」
ネルフ職員の面前で、しれ、と言い放つリツコ。
これにしばらくゲンドウは反応を見せずにいたままだったが、やがて、ふっと顔を下げた後に息を大きく吸ったかと思うと、空砲でも撃ったかのように大笑いしだした。
あまりに笑いすぎて息がつづかなくなるほどであり、寡黙なゲンドウのイメージが、がらがらと音をたてて崩れ去るほどだった。
隣に立っていた冬月ですらも、ゲンドウの気が違ってしまったのではないかと不安げにその姿を見ていたが、しばらくして笑いが収まる頃になるとずれた眼鏡をなおしながら、こういうのだった。
「そうか。彼女がそういっていたか……忠告は承っておくとする」
「それはよかった。まあ、痴話はこの程度にしておきましょう……それよりも、そろそろ来ます。最後のシトが」
というと、リツコは作戦司令室のメインスクリーンに振り向いた。
それとほぼ同時に箱根の山岳部上空に、ヒトのDNA構造がそのまま巨大な立体となって円を描いたような光り輝く物体が現れる。
シゲルがその波長パターンを確認すると、
「青、パターン青です。間違いありません、シトです」
リツコのいうことを裏付けになった。
少なくとも裏死海文書を信じるとすれば、カヲルがインベーダーに寄生された以上はこれがシトとの最後の戦いになるであろう。
ネルフの目的がゼーレの壊滅である以上、職員たちも既に敵のシナリオは知っている。
下級の職員たちは今まで自分たちのしてきたことの、ほとんどが予定調和の出来事だったという事実に反感を覚えもしたが、逆に倒すべき敵の姿が明確になったことで意思の統一もはかられた。
それゆえにシトの出現そのものを驚くことはないが、シトの正体や特徴、形まで予測できていたわけでない。
第一、そこまで解っているならばカヲルの侵入を防げていただろう。
まあ、それはともあれこの場では最後のシトに抗戦せねばならない。
ネルフはこの第一三シトをアルミサエルと名付けた。
しかし対策を考えるミサトが、螺旋状の帯が空中をただよう姿を見ていると、ヒトのDNAを連想するというよりも巨大な単細胞生物でも見ているような気分になってしまい、
「うぅん。なんかネタ切れしましたって感じねぇ……」
と、呆れ半分になる。
たしかに今までの相手に比べるとヒモが空中に浮いているようであり、戦意というものをおよそ感じられない姿ではあった。
だが、ゼルエルのように鈍重そうな外見でその実、ゲッターすら圧倒する凶悪な性能をもっていたりする可能性もあるので油断はできない。
「幸い新しい戦力があるけど、敵の動きが解らない以上は……」
と心配するミサトをよそに、竜馬は「作戦なんかいらねえよ」とリツコを引き連れてケイジに走るかたわら、アスカに顔をむけた。
「なによ」
と、アスカが嫌な予感を感じてひき気味に応じると、予感があたった。
「することがないなら、おめえも来い!」
嫌だ、とアスカは意思を示そうとするがその前に腕を取られて、かつてシンジが強制的にゲッターに乗せられたのと同じように、彼女は拉致されてしまう。
もの凄い力で引っ張られるアスカが痛みを訴えて竜馬から離脱するが、この男が一度言い出せば、どんな事でも無理矢理実現してしまうのを思い出して、逃げるのは止めた。
しかしだからといってただ大人しくは従うほど従順ではないのが、惣流・アスカ・ラングレーという人物だった。
彼女は真ゲッターに乗る条件として、
「イーグルに乗せなさい。同じ赤なら気も紛れるから」
と主張する。
実際は色はどうでもよく、せめてメインパイロットなら面目も保てると考えたのだが、ゲッター1を主とする竜馬からは反発が来るかと思いきや、乗る、となったらあとは大人しいもので、
「好きにしろ」
というだけだった。
アスカは、
(加持さんみたいに大人びてるかと思ったら、シンジより子供っぽい言動もするから本当に理解しにくい)
と思いながらも竜馬の背中を追いかけて、やがて第八ケイジにたたずむ真ゲッターに辿りつくと、真イーグルの部位あたる胸に乗り込んでいった。
なお真ジャガーが竜馬、真ベアーがリツコの順だ。
アスカの視界に初めて座るゲッターロボのコクピット風景が映る。
操縦はシンジから聞き知った程度の知識で十分だ。
彼女の学習能力が高いのもあるが、それだけゲッターの操縦は容易なのだ。
しかしアスカは、
「それでもエヴァに慣れてると複雑に見える。操縦システムはエヴァの方が上ね」
と、小生意気に自分優位を崩さない。
ただそういう生意気な言動に出られるということは、少し元気が出ている証でもある。
「能書きはいいからとっとと起動しやがれ!」
「わかってるわよ! 真ゲッターロボ、起動開始!!」