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Last-modified: 2007-12-07 (金) 19:44:01
 

 さて。
 ネルフの復旧作業に関する記述はこのあたりで筆を置くとして、もうしばらく視点をそのままに、彼女を追っていこう。
 やがて、かじりついていたコンピュータから離れると、リツコはレイが収容されている病棟へと向かっていく。
 別段、目的があるというわけではない。
 あえて挙げるとしても単に見舞いをする程度である。
 というよりも還ってきて最初にリツコはレイの容体を見たのだが、エンペラーから記憶を得た彼女の知識をもってしても、レイを回復させる手当は見つからなかった。
 やはり、インベーダーにむしばまれた現代のユイの魂を解放するしかないだろう。
 ところで彼女がレイの元へ行く前に補足として書いておきたいのは、リツコがかつて竜馬と出会う以前、彼女がゲンドウとの愛人関係にあったことだ。
 それ自体は前に述べたと思うが、愛人関係にあった間はゲンドウに対して己のみを見て欲しい、という感情がリツコを支配していたのは自然のことだろう。
 ちなみに補足の補足になるがゲンドウはリツコの母親、ナオコとも愛人関係だった。
 その人がすでに故人であるのは、あるときゲンドウに邪険にされているという事実を知って、それから走る激情のあまり投身自殺を図ったからだ。
 これらのことから見ても解るように、ゲンドウの心はもとより赤木親子にはなく、ただひとつ妻、ユイにのみしかなかった。
 それゆえに、リツコはユイのクローン体であるレイを憎悪するところがあった。
 悪いのはゲンドウなのだが、本人でなくその妻に批判がいってしまうのは女ゆえか。
 が、リツコの感情は竜馬という男の出現によって解放されることになる。
 それを解説にするにあたっては、赤木親子の言葉である「男と女はロジックじゃない」のひとことで片付けてしまいたい。
 要するに一目惚れだ。
 心の中のゲンドウが竜馬によって塗りつぶされたことで、ユイには無関心……とまではいかなくとも、憎悪をするのを止めることはできたわけである。
 身勝手だが憎悪しつくしているよりは、マシであろう。
 それより、ゲンドウについて少し掘り下げておきたい。
 彼がユイに心が完全に残っているのに愛人をつくった、というのはおかしな話に聞こえるかもしれないが、その理由は単純なことだ。
 要するに赤木親子の持っていた科学者としての能力を独占したかったのである。
 そしてゲンドウにとって都合の良いことに、この親子は科学者としての才能は豊かで、見聞も広かったが、恋愛ごとになると見境が無くなるという欠点があった。
 ゲンドウはここを利用して、疑似の愛人関係を造り出して二人を利用したのである。
 我々の世界でも宇宙飛行士という、能力的にも精神的にも成熟していなくては成れないはずの職業に就く人間が、痴話によって騒動を引き起こしたという事件があったが、まさに赤木親子もこの類の人間といえよう。
 しかしこれも妙な話だった。
 ゲンドウは繊細で傷つきやすい人間であるはずなのだが、そのじつ息子、シンジのように純情一本ではなく小賢しいところがあって、己の理想のために他人の感情を冷徹なまでに利用するのは得意……とはいえないが、利用するのは平気だった。
 なおその理想とは、この物語の最初から語られていた通り、ユイとの再会だ。
 単なるエゴイストとは違うように思える。
 自己中心的な人間を繊細とはいえないはずだ。
 繊細にして剛胆なのだ、といえば済みそうだがゲンドウの行動を見るに、どうもそういう英雄的な二重さとも異なるように見える。
 それなら、なんだろうか。
 思うにゲンドウという男は精神が完全に子供のまま、大人になってしまっている。
 幼児は他人を他人として認識する術を知らないのでこの世界は、自分の感覚だけが全てであるように感じている。
 だから自分のルールから外れる他人の行動などはは理解できるわけもなく、それらは恐怖もしくは排除の対象となる。
 子供が身勝手な行動に出るのは、このためだ。
 だからゲンドウも自分が欲しい、と思うものを手に入れるためなら、周りにあるものは全て自分の道具と化してしまう。
 そこにある道具たちは全て異なる心をもって自立している存在、すなわち他者だということに気づかない。
 ただ幼児と違うのは人並み以上の行動力と、人間としてではなくコンピュータ的な知恵が備わってしまっていることだが、それゆえ余計に始末が悪い。
 そんな人間が、本物の子供であるシンジと円滑な人間関係が保てるはずはなかった。
 彼に振り回された普通の人間たちなどは、迷惑そのものでしかなかっただろうが、それを書いても詮無きことだ。
 まあ、ゲンドウ話はこのあたりで控えよう。
 なんだか彼の悪口ばかりを書いたようになってしまった。

 

 ともあれ、リツコはレイの元へ向かった。
 病室のドアを潜ると、そこには苦しげながらもはっきりと息をしている姿のレイがあった。彼女は人の入室に気づいたのであろう。
 ゆっくりとリツコに頭をむけた。

 

「赤木博士」
「あまり調子はよくなさそうね」
「……はい」

 

 力なく答えるレイ。
 そういうだけでも精一杯なのだろう。
 そのまましばらく沈黙が流れたが、やがてそれを破って最初に口を開いたのはリツコの方だった。

 

「碇ユイとして聞いてほしいんだけど……よく怒らないのね」
「なにが、ですか」
「私のことよ。いえ母さんも含めて、私たちのことを」
「……それはまあ」

 

 と、レイの口調が変わった。
 その表面にユイの感情が表れてきたのであろう。
 表情にも静かな笑みが浮かびあがっていく。

 

「私も、女ですから。浮気亭主と泥棒猫は憎いですよ」

 

 そこまでいって区切ると「でもね」とレイは付け加えた。

 

「子供みたいなあの人を置いて勝手に居なくなった私にも原因はあったわけだし、なにより今は元のサヤに収まったようなものだから。もう気にしません。
 それにこういうと失礼かもしれませんが……あなたは、流さんのような器の大きい人と一緒にいた方が、きっと幸せになれますよ」

 

 そういうレイに対して、リツコは思わず頷いてから慌てて頭を振った。
 たしかに言うとおりだとは思った。
 そもそもリツコ自身、依存心は強い方だ。にもかかわらず、依存心の塊のような男を相手にしたところでうまくはずがない。
 磁石のマイナスとマイナスの両極を無理に繋げようとしても反発するのと同じだ。
 が、レイ、つまりユイのいうことをそのまま飲み込んでしまうのも、リツコのプライドが許したくはなかった。
 なにか言い換えるような言葉がないか、とくるくる頭脳を回してみたものの、いい案が思い浮かばずに話題をそらすことにした。

 

「病人なのによく喋るわね……これからどうするつもりなの」
「私なりにケジメをつけます」
「ケジメって」
「ケジメはケジメ。元凶は私といってもおかしくないんですから、全てのことにケリをつけるつもりです。彼女の体も、いつまでも拝借している訳にはいきませんし」

 

 といって、苦しそうにしながらも笑っていう。
 それにはっと気づくことがある。

 

(ああ、この人はまた……)

 

 失せるつもりだな、とリツコは思ったのだ。
 思わず、

 

「卑怯者」

 

 そんなセリフが飛び出てしまう。
 さらにいう。

 

「母親としては失格ね。もっとも、子もいない私がいっても説得力ないけど」

 

 この言葉に少し考えるようなそぶりを見せたあと、レイはいった。

 

「流さん達がゲッター線に導かれたように、あるいは私たちもエヴァンゲリオンに導かれて邂逅するときが来るかもしれない。いや、そうでなくては私たちの存在した意味がなくなってしまう。シンジとあの人には悪いけれど、私がやらなくてはならないんです」
「そう……でも、悪いけど私は流君と一緒に行くわ。あっちの世界の方が性に合うの」
「そうですか。それも、一つの選択かもしれません」

 

 レイがいうと、リツコはわずかに頷いてからきびすを返すと病室を後にする。
 あとには、静寂がまた戻るのだった。

 

・・・

 

 リツコが上層に戻ると、久々に、本当に久々に湯を浴びるためにシャワー室へと入っていった。とはいえ彼女が浮浪者のごとく垢だらけというわけではない。
 彼女はエンペラーで悠久の時を過ごしていたその間、食事も入浴も睡眠も、なにひとつ取っていなかったのだ。
 どうしてエンペラーの中にいる時だけ、そういう生きるのに不可欠なことが必要なくなって歳もとらなくて済むのかのかはまったく原理が不明だったが、とにかく彼女はそうして真ゲッターを完成させた。
 しかし、現世に還ってくれば食べなければ腹も減るし、入浴せねば垢もつく。
 更衣室に衣服を放り捨ててシャワー室へ入ると、並んだ個室のひとつを選んで入る。
 蛇口をひねれば、湯気と共に勢いよく飛び出てくる湯の束をあびながらリツコは数日の徹夜で汗ばんだ躯の汚れを落としていく。
 たとえどのような緊張の間でも、この時ばかりは気が安らぐものだ。
 しばらく目を閉じて湯を浴びていたのだが、しかしその安息は長く続かなかった。
 突如として水温すらもかき消す警報が辺りに鳴り響く。
 敵襲である。
 総員第一種戦闘配置の報をアナウンスが飛ばしている。
 インベーダーがついに来たか、とリツコはシャワーを止めた。
 すぐに着替えて作戦司令室に戻らねば、とシャワー室を出ようとしたのだが、その時、

 

「リツコ、敵だ!!」

 

 と、リツコ用の白いパイロットスーツとロケットランチャーをかかえた竜馬が、殴り込むように飛び込んできた。
 彼は緑色のパイロットスーツを来て、その上からボロきれの様なマントで身をくるんでいる姿だった。
 ゲッター1を擬人化すればこうなるだろうと思われる姿である。
 何を考えているのか、何も考えていないのか、竜馬はリツコの入っていた個室の扉を勢いよく開放してしまう。

 

「ちょっと!」

 

 と、リツコは自身の胸と局部を覆い隠して抗議する。
 なお余談だが、裸体を他人に見られた時に東洋人は上のような反応を示すのに対して、西洋人は己の顔を隠すらしい。
 たしかに、プライバシーで問題になるのは己の正体が知られることだから、この反応は極めて合理的といえる。東洋人の方が情緒を優先する、ということだろうか。
 ともあれ、竜馬はスーツとランチャーを無理矢理リツコへ押しつけるとすぐに反転し、ひるがえったマントの中のつるされた様々な刃物をきらめかせて、

 

「早く来やがれ!!」

 

 と叫びつつ、もの凄い勢いで退出していく竜馬の横顔は嬉しそうな表情になっていた。
 理由は、むろん女子シャワー室に飛び込んだことではない。

 

(あの戦争狂……やっぱり一緒に行くの止めようかしら)

 

 と、リツコは呆れる。
 食うより寝るより女より、なによりも戦うのが好きな竜馬だった。
 それに彼女にはロケットランチャーなどという兵器を持ってきながら、自分はナタや斧やカマに、果てはバットだの、どう見ても戦闘用ではないブツをマントの中に満載して戦うつもりだったのには、もはや呆れを通りこして感心に一周してしまった。
 しかし緊急事態だ。ぼさっとはしていられない。
 リツコも急いでシャワー室を出ると最低限に肢体の水滴を拭き取ってからスーツに身を包み、ランチャーをかついで通路に飛び出していく。
 すると既に戦闘が行われた跡が、飛び散った血液とそばに転がった人間のものと思われる破壊された頭部に、それを失った胴体によって示されていた。
 どうやら既に敵はネルフに侵入したらしい。
 リツコは転がった頭を邪魔だといわんばかりに蹴り飛ばすと、通路を走りゆく。
 さらに途中で現れた武装した人間の一群をロケット弾で吹き飛ばした。
 弾は、本来戦車などの巨大な目標に使用する破壊力の絶大な「成型炸薬弾」が装填されていたのだが、それを群といえ人に向けて撃ったのだから、何も残るはずがない。
 赤く染まった霧がもうもうと舞う中を、リツコが駆け抜けていく。
 彼女がどうして爆発に巻き込まれないで済むのかはさておき、後から出てきた一人を残ったランチャー本体で脳天から叩きつぶすと作戦司令室へ向かった。
 見れば、今し方竜馬に呆れたはずの彼女にも、緩やかな笑みが浮かび上がっていた。
 やはりゲッター線に選ばれる素質はあったということか。
 リツコはエレベータをも駆け抜けるようにして作戦司令室にたどりつくと、竜馬とアスカがすでに集っていた。
 オペレータ達が必死でコンソールの操作にあたっている中、リツコの入室に感づいたミサトが飛んでやってくる。

 

「リツコ! 来たっ。ついにやっこさん達、来たわよッ」
「思ったよりも早かったわね。状況は」
「世界各国から一斉にMAGIへ不正アクセス、同時に戦自が武装蜂起。神奈川を取り囲むように攻めてきてる。すでに本部第一層へも敵部隊が侵入しているわ。
 まったく、いつのまにこれだけの大部隊を展開させていたのか。信じらんない。ステルス部隊なんてあったかしら」

 

 ミサトが一気にいうと、リツコはそれに対してアゴに手を当てて考えながらいった。

 

「なるほど。なんとしてもここを陥落……いえ、私たちを完全消滅させるつもりなのね」
「知らない間にネルフの法的保護も解除されていた。すでに指揮権は日本政府に委譲されているわ。ゼーレ、いやインベーダーもやってくれるわよ」
「でもイロウルの防壁を突破することは難しい。たとえ私でもあれはちょっとやそっとじゃ抜けないわ、そこは信じましょう。問題はやはり敵の実力行使。どう対応するの」

 

 リツコの問に、ミサトが答えるがそれは以下に代筆しておこう。
 敵、すなわちゼーレの操る日本政府直属の軍隊である戦略自衛隊ははいくつもの師団を展開させてネルフを取り囲むように進撃中だったが、レーダーの反応や遠隔操作カメラによる映像では、インベーダーそのものではないようだった。
 となれば、彼らはあくまで陽動、および前哨戦のための部隊に過ぎないのであり、インベーダーの本隊ではない可能性は高かった。
 あまり、こればかりに気を取られすぎると足をすくわれるだろう。
 そこでネルフへ進撃する敵部隊への対処は、アスカに担当してもらう事にした。
 彼我戦力差は、弐號機一機とわずかの支援部隊に対して、複数の師団だった。
 数だけで見ると絶望的であろう。
 が、真ゲッターほどでないにせよ今の弐號機は、リツコの手によって極限までの強化が施されている状態であり、その戦力はかつてのゲッターロボを上回るといっていい。
 アスカ独りでも戦力的には十分、戦自は撃滅できるはずだ。
 それよりも問題は、第三新東京市の地下に蜘蛛の巣のように張られたネルフ専用鉄道の線路や、搬入口から侵入してきた部隊への対処だ。
 いくら鋭いトゲで身を守っていても、内から柔肉を攻撃されてはひとたまりもない。
 そもそも先に述べた通りネルフ本部は重大な欠点として、戦闘機能をまったくといっていいほど持っていないのだ。
 リツコがいくつかのトラップを仕掛けてはいるが、数が間に合うまい。
 それでも戦わねば撃滅されるのはこちらのほうだ。
 そこでミサトの立てた作戦はまず、動けぬレイを彼女をイーグル号の中に置いて身の安全を図ることだった。
 シトの攻撃にすら耐える機体である、少なくとも病室に居るよりは安全だろう。
 MAGIの防衛はリツコのいうとおり、イロウルに任せるとして、侵入部隊そのものだ。
 これの迎撃にはネルフの戦闘部隊が当たるが、正面切って戦わせたところで敗北するのは目に見えている。
 こちら側はせいぜいテロを想定した程度のもので、相手は完全な軍隊なのだ。
 そこで、竜馬に白羽の矢が立った。
 真ゲッターの出撃はしばらく見合わせることにして、ネルフ本部内にて竜馬は腕に覚えのある者を引き連れてこの撃退に当たることになった。
 なお、その内の一人がリツコだ。
 彼女を引き連れていれば真ゲッターへ搭乗する際にもたつかずに済むメリットもあるがミサトは、リツコが戦場に引っ張り出されることを心配する。

 

「大丈夫なの?」

 

 と。
 それもそうであろう、少なくともつい最近まではリツコは単なる科学者であり、戦闘員ではない記憶の方が強い。
 だが、

 

「伊達にエンペラーで、流君と同じ釜の飯を食べてきちゃいないわよ。まあ、食事はしてないんだけど」

 

 と、リツコは己が拳を開くと握ってみせた。
 着ている衣服がいつもの白衣とブラウスでなく、体にぴっちり張り付いたパイロットスーツであるせいか、やけに頼もしくみえるのだった。
 そして竜馬が走り出した。
 それをリツコと、竜馬の後ろに控えていた屈強な男たちが、それぞれの得物を手の中に追っていった。
 竜馬が引き連れた総勢は、たったの本人とリツコを含めても、たったの十人。
 しかしそれ以外には、竜馬の眼鏡にかなうような腕の者がいなかった。
 すでにネルフ戦闘部隊による防衛網も破られつつあり、なんともならぬ状況だ。
 数で相手の方が圧倒的な分、少数精鋭で対抗するしかないだろう。
 勝率が決して高いとはいえずとも、だ。  
 もっとも戦闘力のある竜馬とリツコの二人は、ネルフ本部の玄関にあたるメインゲートに向かい、大挙をしてやってきた戦自の部隊を迎え撃った。
 二人の姿が発見されると、すかさず銃撃が雨のように襲いかかってくるが、竜馬はひらりと空に舞って回避するとそのまま一気に敵の中へ飛びかかりざま、両手に持ったナタで一人の首をたたっ斬ると、着地と同時に数人を切り裂き、さらに今殺した死体をひとつ盾に銃撃を抑えて、また飛んだ。
 同時に、リツコのロケットランチャーより発射された炸薬弾が敵部隊に襲いかかって戦車をも破壊する衝撃が一陣を吹き飛ばしていく。
 一瞬にして、辺りに死屍累々の山ができあがる。
 これに後続の部隊が恐怖したのか、一瞬の間、銃撃が止まってしまった。
 その隙を逃すような竜馬ではない。
 両手のナタを後続部隊めがけてトマホークブーメランよろしく投げつけると、それは空を裂いて飛びかかり、一人の腕を切断し、もう一人の脚を裂いてから、くわぁん、と地面へ転がった。
 それが合図となって銃撃がまた始まるが、張られた弾幕の中に二人の姿が、ない。
 どこだ、と敵が思った時にはもう遅かった。
 リツコを抱えた竜馬が彼らの上空に現れると、同時にリツコが手にもった手榴弾のようなものをばらまきながら飛び去っていく。
 一瞬の間の後、緑色の光が後続部隊を包むようにして広がっていった。
 ゲッター線を使用した爆弾かなにかであろうか。
 光が収まる頃には、結晶の破片のようなものが辺りに散らばるのみで、戦自隊員の姿はどこかへ消え去っていた。

 

「一部隊片づいたか」

 

 と竜馬がいう。
 だが、戦況は芳しくないようだ。
 他に各方面へ回した連中からは通信機越しの音沙汰がなくなって、ノイズのみが聞こえている。

 

(突破された。やはりダメか)

 

 ちっ、と舌打ちしながら竜馬が思う。
 竜馬の集めた人員はネルフの中では選りすぐりだったのだが、やはり戦闘に関しては、相手の方が専門家ゆえに一枚も二枚も上手だったのだろう。
 竜馬自身は化け物じみた戦闘力を持っているとは言え、身は一つだ。数で攻めてこられると全てに手が回らなくなる。

 

「数だけは多いぜ、畜生め」

 

 そういっていると、またゲートの奥から敵部隊の影が見えた。
 竜馬とリツコは構えるが、しかし、その影があちらこちらへと轟音と共に吹き飛んでいくと最後に盛大な爆発が起きて全て散ってしまった。
 なんだ、と思っていると、そのさらに奥からなにやら、別の影の軍団が押し寄せてくるのが見えた。
 そしてずんずん迫る影の中で、野太い声が響いた。

 

「ワシのシマを荒らすバカタレどもは皆殺しじゃあ! 自衛隊なんぞはぶっ潰しちゃれ!  今後は岩鬼組が日本を防衛するけぇのう!!」

 

 と、いうのは紛れもなく岩鬼組組長、岩鬼将造そのひとだった。
 しばらく行方をくらましていたはずの男だが、どうしてこの場に彼がいるのだろうか。
 だが、今それを問いただしている時間はない。
 竜馬が将造の姿を認めるなり、大声を張り上げた。

 

「将造! てめえ今までなにしてやがったッ」

 

 すると、将造の方も、

 

「かばちぃたれなッ、色男に引っ張り回されてたら時間食いよったんじゃあっ」

 

 と跳ねッ返るような大声でもって返してきた。

 

「色男?」
「おうよ。野郎はばぶれもんじゃけえ、もう女んところへ行っておる頃じゃろう」

 

 将造がそういった時を同じくして、作戦司令室へ場面を移そう。
 ちょうどその時、司令室底部の隔壁が爆破されていたのだ。
 場にいた数人のネルフ職員が吹き飛ばされて四肢を破裂させると同時に、シールドに身を隠した戦自隊員たちが、爆破で空いた穴よりぞろぞろと這い出てきてこの場を制圧すべく一斉に銃撃を開始してきた。
 遮るものがなかった職員たちは、あわれ蜂の巣とされて果てていく。
 これに生き残った職員たちからの反撃がいくが、相手は防弾装備を調えているせいで手持ちの火器程度ではどうにもならない。
 蹴散らされ、さらに、二人ほどがミサトやオペレータ達がいる上部へとはい上がってきてしまった。

 

「くそっ!」

 

 と、ミサトが拳銃で応戦するが無駄なことだ。なんとかできる相手でも、数でもない。
 やはり侵入に気づくことができなかったのが致命傷だった。
 その前に迎撃できていれば、弐號機と真ゲッターの威力をもってして敵を壊滅させるのは、少なくとも戦自相手にはたやすいことのはずだったのだ。
 だが、それを悔やんでも、もう遅い。

 

(万事休すか。こんな凡ミスで……)

 

 ミサトは思い、しかしそれでも単身特攻の構えを見せた。
 が、それが行動に移されることはなかった。
 次の瞬間、敵が爆破してきた穴の奥から伸びてきた火線が幾重にもなって降り注ぐと、強面の男共が波のようになって突入してきたのだ。
 彼らは戦自の人間達を、踏みつぶすようにして覆い被さると、脚を千切るわ腹を千切るわの大虐殺に及ぶと、さらに数を増やして濁流のようになっていった。
 そして、その上を浮遊して何者かが通過していく。
 何者かは両足よりもうもうと噴煙をあげながら空を舞って、ミサトに迫った二人の戦自隊員に向けて腕を差し出すと、そこが割れるように弾け飛び現れたサブマシンガンの銃口から轟音をあげて弾丸の嵐を見舞う。
 敵はミサトの目の前で、ダンスを躍るようにして跳ねてから絶命していった。
 これにミサトが驚愕のあまり、手に持った拳銃を取りこぼしてしまう。
 がしゃ、と拳銃が地に転がりおちた。
 暴発しなかったのは幸いといえよう。
 ミサトが驚いた理由は、目の前で人間が死んだことではない。
 自身を助けるように、空中から銃撃を放った人間に対して驚愕したのだ。
 彼女の視界に映るものは、よれよれのワイシャツに、しわくちゃとなったスラックスに身を包んだ無精ヒゲで、長髪の髪を後ろで一本にまとめた男。
 そう。その名は、

 

「加持君っ」

 

 その人であった。
 ミサトは、

 

「ど、どうして……」

 

 あなたは死んだはず、と彼から受けた最期の電話を思い出して問うた。
 だが、当の加持は強面の男達に作戦司令室の守りを固めるように指示を出すと、ミサトに振り向いてにこやかにった。
 なお、浮いたままだ。足からジェット噴射が出続けている。

 

「よぉ葛城、久しぶりだなぁ」
「生きて……いや、それよりあんた、なんで飛んでんのよッ!?」
「ははは。あの時は死んだと思ったんだけどね。運良く……いや、運が悪いな。偶然敷島博士に助けられてしまってね。この通りさ」

 

 といって、加持は自身の脚を指し示す。
 スラックスが黒いせいで目立たなかったが、よく見ると足から膝にかけてまでが、まるでブラックゲッターの脚部のようになっていたのだ。
 だからといって、直線にジェット噴射をすれば飛べるものではないのだが、どういう原理なのか加持は空を飛んでいた。
 と、ここまで書いて原理不明のものばかりが登場してくるのが困りものだと思ったが、どれをとっても突き詰めるとそうなってしまうので、詮索はやめておくとしよう。
 敷島やネルフの技術力なら、不可能も可能になってしまうということだ。
 加持が右腕のサブマシンガンの銃口をきらめかせながらいう。

 

「ついでに目と耳も良くなってな。ここからでもネルフ全体の状態が手に取るように解るんだ。いやあ、これからのアルバイトは楽できそうだ」
「か、加持君……」

 

 変わり果ててしまった姿の加持にミサトが絶句するが、当の本人はさほど気にしている様子もなく、からからと笑うのみだった。
 タフな精神構造である。
 彼もアスカ同様に、将造と共にいることで影響を受けたのであろうか。

 

「心配するな、脳みそまでいじくられちゃいないさ。ま、戦自の連中は俺と岩鬼組の連中に任せておいてくれ」
「そうか、そこの人たちは岩鬼組の」

 

 と、ミサトが戦自の隊員たちがどこにいたのか解らなくなるほどの数で作戦司令室の底部を埋めつくさんとしているばかりの、強面の男たちを見ていった。
 どうやら加持によりあることないこと吹き込まれているのか、ミサトが視線をやるなり口々に、

 

「兄ィの女じゃあ!」
「胴にでけー傷跡があるっちゅうのう。うらやましいのう!」
「どんな修羅場をくぐってきたのかのう」 #br
 などとわめき立てているのが見えた。
 ミサトが軽く引いていたが、それに加持が苦笑しながらミサトに向けて片目を閉じた。

 

「考えてみりゃ、幸せになれるか、なれないかなんて、死ぬまで生きてみなくちゃ解らないもんな。とことんまで抗ってみようぜ」

 

 といってから、事態を静観していたゲンドウと冬月に振り返ると、軽く頭をさげた。

 

「どうも」
「……今度、君にアルバイトに入られたら厄介になるな」

 

 冬月が冗談とも本気ともとれるようにいう。
 ゲンドウは黙ってサングラスのずれを直しているのみだった。
 加持がいう。

 

「まあ、その時が来ないとダメですが。後は、外の連中ですよ。アスカが頑張っている」

 

 その言葉通りに、外の連中に目を向けることとする。
 真っ先に弐號機に乗って外界へと飛び出したアスカの目に見えたものは、天より降り注ぐミサイルの大群であった。
 恐らくN2弾頭を装着したものであろう。
 ミサトが言ったとおり、なんとしてでも敵はこちらを壊滅させるつもりなのだろう。
 かっ、とアスカの目がひらかれる。

 

「来るなら来てみろおっ! 指一本触れさせやしないわよ!」

 

 その言葉と共に、弐號機がのけぞると両手を左右に大きく開く。
 すればその間に蒼い電流が走っていくと、次の瞬間には、それを大空へ放り投げるようにして同時にアスカが叫んだ。

 

「プラズマサンダーぁああ!!」

 

 ぎゅん、と蒼い稲妻が空へ飛ぶと、四方にぱっと広がった。
 それがまるで空全体を覆い尽くすような結界になると、そこへ次々とミサイルが引っかかって落ちる事も出来ずに、超高圧電流に覆われ焼き尽くされていく。
 すれば、次々に誘爆が起きて空の上が太陽になってしまったかのように輝いた。
 あまりの光量に弐號機すらもしばらく動けなかったが、それは他になにか居たとしても同じ事だったろう。
 やがてそれらの光が収まってから再び動き始めた。
 ぐるりと首を動かし、辺りに散らばる戦自の戦車やヘリ、輸送車や歩兵といったものに目を付けていくと、コクピットでアスカがニヤリと笑った。

 

「今度はこっちの番よ」

 

 そういって、弐號機は背中にくくりつけていた二丁のミサイルマシンガンを手に取ってがしゃりと構えると、左右の足を大きく広げて大地に固定する。
 トリガーを引き絞った。
 と同時に砲身が回転しはじめ砲口より轟音を以て大量のミサイルが発射されていく。
 次々に空を舞うミサイル達は、その一つ一つが意思を持っているかのように、軌道を変えて速度をも変えて、各方面に散らばる敵に対して散開するように広がっていった。
 その迎撃など間に合うものではない。
 先ほど降ってきたミサイルよりも数が多いのだ。
 そのうち、もっとも近くにあった戦車に衝突すると、弾頭がつぶれてN2爆発が起きる。

 

「A.Tフィールド全開!!」

 

 爆発の余波から自分とネルフを守るために、弐號機が弾の切れたミサイルマシンガンを放り捨てると両の手を左右に大きく広げてA.Tフィールドを投げるように発生させた。
 さすがに範囲が及ばず、フィールドの守護範囲から漏れた部分が焦土と化していくが、それでも先ほどの敵ミサイルに直撃されるよりは、遙かにマシであっただろう。
 ミサイルマシンガンの一斉射撃により、戦自は壊滅的打撃を受けた。
 ネルフに侵入した部隊も、押し入った岩鬼組に掃討されるのは時間の問題だろう。
 だが、これで終わったわけではない。
 空中から、なにか白い鳥のようなものが一二体、舞い落ちるようにしてやってくる。
 それを認めたアスカがつぶやいた。

 

「エヴァ量産型、完成していたのね……」

 

 白い鳥のように見えたものは、その背から白鳥のような羽根を生やした量産型のエヴァンゲリオンだった。
 純白のボディは神秘的だったが、しかし、その頭部だけは白いウナギの顔に、人の唇を巨大化させてくっつけて、そこから歯が覗いたような不気味な形状をしている。
 それを見てアスカは、

 

「不細工なツラね。悪役にはお似合いよ」

 

 というと弐號機の右肩コンテナからマゴロク・エクスターミネート・ソードを射出させて、それを手の内に収めた。
 なお、以後この剣はソードと記す。
 抜き打ちするようにソードを上段に構えて、突撃の体勢に入る。
 まず一体を袈裟懸けに両断するつもりなのだ。
 だが、その時弐號機のモニタに誰かからか通信が入る。
 相手はゲンドウだった。
 なぜ、この人が。
 と思うアスカにゲンドウがいう。

 

「弐號機パイロット。心配するな、あれは」
「敵ですよ! 邪魔しないでっ」
「聞きたまえ。あれはダミープラグで動いている、ゼーレ、いやインベーダーはここでサードインパクトを起こすつもりなのだろうが、そうはいかん。あのプラグを完成させたのは早乙女博士だ。ならばそのダミーは」

 

 と、ゲンドウがそこまでいって口をつぐむと、空中でゆるやかに舞っていたはずの量産型たちが一斉にその白ウナギのような頭をかかえて苦しみだした。
 そしてその場から椿の花が落ちるかのようにして墜落してくるではないか。
 どすん、どすん、と小さなクレーターが一二の数、出来上がっていく。

 

「な、なんなのよ……」

 

 状況が飲み込めず狼狽するアスカだったが、さらに墜落して羽根がむしり取れた量産型たちが、はいつくばるようにしてゆっくりと起き上がっていく。
 と同時に、ゲンドウの通信がかき消されるようにして、弐號機のモニタに一二の窓枠が出来上がってその中に、工事用ヘルメットをかぶった男がそれぞれ映し出された。
 みな、同じ顔をしていた。
 似ているではなく、人形のように完全に同じ顔かたちなのだ。
 顔が丸く、それによく肥えていて美形とはいえなかったが、目つきが座っていて眉もりりしく、いい顔をしていた。
 しかし、

 

「……だれ?」

 

 と、アスカが呆気にとられる表情になった。
 一二という数字と、通信先の表示から間違いなくそれは量産型からのアクセスだったのだが中に人が乗っているという話は聞いていない。
 ましてや、同じ顔をした連中などとは。
 第一、ダミープラグは人を乗せずにエヴァを動かす装置ではなかったのか。
 しかしそんな疑問はものともせずに、通信窓の一人がアスカの疑問に答えた。
 
「俺たちは武蔵だ!」
「む、ムサシ……?」

 

 見れば、立ち上がった量産型たちがそれぞれ仁王立ちし、腰に手をやって弐號機に対していた。先頭の一機は腕組みまでしている。
 アスカから空気の抜けるような声が出たが、相手からもパイロットであるアスカの様子が見えているのか、

 

「おお見ろ、武蔵四〇六八二号! あのメカのパイロットは美しいお嬢さんだぞ!」
「本当だ! 聞きしにまさる美少女とは、俺たちにも運が向いてきたなあっ」
「なにをいってる武蔵四〇八三三号、ミチルさん以上の女性はいないと我々は!!」

 

 などと、目の前で量産型同士が取っ組み合いの喧嘩をはじめてしまう。
 どうやら推測するに、ダミープラグの人格とLCLはすべてこの「武蔵」というなにか共同生命体のようなものに乗っ取られていたらしい。
 いわば、バルディエルの人間バージョンというべきものだろう。
 やがて喧嘩をする量産型を見かねた武蔵の中のリーダー格らしい武蔵が一喝すると、やっとそれは制止された。
 そのリーダー格がアスカにむかっていう。

 

「前哨戦は終わりだ。エヴァ弐號機よ、インベーダーが来るぞ!!」

 
 

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