「イーグル号! レイ、てめえなにしにきやがったぁッ」
竜馬がわめくが、イーグル号から返信はない。
だが、真ジャガーの中でリツコは迫るイーグル号の中にいるであろう、レイとその中に宿るユイの魂のことを思い浮かべるのだった。
(ケジメをつけにきたのね)
と。
ちょうど、真ゲッター1がついに押されきって、その首に初号機の歯がかかっていた時のことであった。
バキバキと響く上部の破壊音を無視して、リツコがつぶやくように、
「レイまで巻き添えして、本当に勝手ね」
というと、ざっと通信にノイズが走り、
「私の意思でもあります。終号機への進化には私の魂がなければダメだもの」
と、レイの声が真ジャガーの内部に響いた。
交信は可能な状態だったということか。
だが、それは他の機には聞こえていなかったらしく竜馬と将造は、初号機を抑えようと躍起になるのみだった。
彼女からの呼びかけには一切応じていない。
唯一、レイの声を聞き届けたリツコが目をつむってから、応じた。
「今更だけど、あなたを人形扱いしてきたことを謝るわ。本当に人間らしいのは……誰あろう、レイだったのかもしれないわね」
「ありがとう。赤木博士」
交信は、それで終わった。
後はリツコが息を吐き終えない内に、虚空から初号機めがけてイーグル号が突っ込んでいき、最後にドンッと、いう爆発音を派手に鳴らして圧壊していく。
もともと推力だけを異常強化した機体だ。
最大速力での体当たりができる設計にはなっていない。
だが、同時にその衝撃は真ゲッター1から初号機を引きはがすことに成功すると、のたうつ初号機を巻き添えに花火のように上昇していった。
ぐんぐんと高度を上げていく。
一体、どこまで登ったのであろうか。
大気圏なのか宇宙空間なのか解らないところまで登ると、月の白い壁を背景に、イーグル号は華となって散りゆく。
爆炎の赤とゲッター線の緑の光が混じり合って初号機を包み始めた。
そこにユイの声が響きわたる。
(生き物は進化することにその意義がある……生きた証だけを残すために、今ある命を奪うことなど宇宙の掟が許さない! 終号機の可能性を潰させる訳にはいかないわ!
過去の私よ、私と共に虚無へと消えろッ。全てをリリスに託して!!)
同時に、イーグル号が完全に爆散して果てた。
だが残ったユイの叫びは光となって、初号機の中のシンジたちへ注がれていく。
シンジを、アスカを、カヲルを、春光のような暖かい光がふわりと包む。
すれば、そこから逃げるように黒い影がどばっと溢れ出た。
これこそは寄生していたインベーダー共の正体だ。
影は、三人から離れると、いよいよ初号機からも引きはがされていく。
そうして空中に現れた影は実体化して黒い塊となり、初号機から逃げて空を舞った。
だが初号機はそれを追いかけない。
動く必要がないのだ。
初号機は背負った菱形二対のA.Tフィールドを消滅させると、代わりに天使の羽根のような光の翼を背に八対も現出させて大きく羽ばたいた。
そこから光球が出でた。
それは黒い塊を追いかけて命中するように触れると、黒い塊をスプーンですくい取られるプリンのようしてえぐっていく。
執拗に追いかけ、なんどもなんども体当たりする光から、黒い塊はほうほうの体で逃げまどっていった。
やがて、なんとか光球をふりきって生き残った塊はふたつへ分かれ、ひとつがサングラスをかけた黒色の大男へと変じ、もうひとつは異様に肌の青い小男へ変じる。
手前からコーウェンとスティンガーである。
かつて、竜馬たちと戦い滅ぼされる直後に復活を叫んで消えた敵だった。
二人は苦しみ、もともと醜悪な顔をさらに歪ませているが、それでもなお飛ぶと、月に向かっていった。
そのなかでコーウェンが憎々しげに叫ぶ。
「なんと……なんということだっ……」
ぎりぎりと、その分厚いたらこ唇の中に生えた大きな歯を軋ませて震える。
それに応えて横を飛ぶスティンガーが、過呼吸のような息を繰り返しながら叫んだ。
「で、でも、もう我らの目的は達成されたんだよコーウェンくんっっ。
たとえ初号機を取り戻したところで、補完計画は遂行され我々の子供達も今まさに落ちようとしている! 再生の力も持たぬ人間に、もはや為す術などないぃぃッ!!」
負け惜しみのようなセリフを残しながら、コーウェンとスティンガーが月の中へとめり込んで消えてゆく。
だが、彼らのいうとおりでもあった。
眼下には血のような色の、命という命が液体と化してひとつになってしまった海がどこまでも広がって、それと同じ色の赤い空には、まさに今地球に落ちんとする月が顔を覗かせている。
比喩表現ではない。
じっさいに月の表面に、左右に一つずつのくぼみ出来るとその中に、赤く血走った目玉がぎょろりと浮かんで、その下には魔女の鼻のような山がぼこりと盛り上がっている。
そして憤怒の表情を表す、ねじ曲がった口が開き、中から全てを飲み込まんとするような暗闇を見せているのだ。
まさしく、迫り来る顔面だった。
その迫力に圧倒されたのか、天使の羽根を羽ばたかせながらも初号機が高度を急激に落としていってしまう。
内部のエントリープラグには、今し方インベーダーの戒めから解放されたばかりの三人がすし詰めになっているが、誰もまだ眼を覚ましていない。
とすれば、ここまでの初号機は誰が動かしていたのか。
おそらくレイであろう。
過去の自分と共に散っていったユイの魂に代わって、リリスの魂を宿すレイが初号機のコアに宿ったのだ。
初号機の最終進化形態は終号機である。
それに自分が必要だといった彼女の言葉を信じるならば、間違いないであろう。
八対の天使の羽根が生えたのは、その影響か。
だが初号機は墜落するように赤い海に落ちると、沈んでいく。
そのまま奈落の底までいってしまうかと思われたが、しかし初号機に向かって蛇腹状の腕がびゅんと伸びてくると、それをからめとってふわりと浮き上がらせた。
それがゴムのように戻って消えると次の瞬間、
「チェェエエエンジッ、ゲッターーーッワンッ!!」
と、竜馬の雄叫びが赤い海を駆け抜けて響き渡った。
同時に真ゲッターが初号機に魚雷のように突進してきて初号機を抱きかかえると、そのまま上昇していった。
やがて海面近くで止まり、初号機をゆっくりと降ろして自身の隣に据える。
つづいてリツコがコンソールの上をピアニストのように指を走らせると、初号機のプラグにアクセスを試み、強制的に回線を開いていく。
すれば真ゲッターのスクリーンに眠る少年少女の姿が、ぱっと浮かび上がった。
不良とヤクザと年増が、それぞれに呼びかける。
「起きろシンジ!」
「起きんかいアスカぁッ!!」
「タブリス、起きて。アルミサエルの遺志を継ぐのよ」
と。
すれば、竜馬の声にシンジが、将造の声にアスカが、リツコの声にカヲルがそれぞれ閉じた眼を開いていく。
「竜馬さん」
「やっと目を覚ましやがったな、このクソガキが」
竜馬の野太い声に、シンジがはっと覚醒したようであった。
だが、同時に彼は己が頭を抱え込むと消えてしまいそうな声を震わせていう。
インベーダーに取り憑かれていた時とは、天地ほどの差だ。
「母さんと、綾波の声が聞こえて……で、でも僕は……この手でみんなを……取り返しのつかないことを、僕は……っ」
支配されていても、すべて自分の肉体がやった事を見ていたのであろう。
とするならば、彼はその手で親友たちを殺めて、無関係の人間をも手に掛けていくのを全て知覚していたことになる。
よくぞ、狂わなかったものだ。
あるいはユイが壊れていた彼のこころを癒していったのであろうか。
ともかくシンジは精神も疲労困ぱいだったが、竜馬は容赦しない。
「うるせえ!! 悩むのは後にしやがれっ、今はてめえの落とした月をなんとかしなきゃあいけねえんだ。お前の力を貸してもらうぜ!」
「僕の……?」
「そうだ。こうなりゃ一蓮托生よ。この水になった連中にも働いてもらうぜ」
竜馬がいうと、真ゲッターの腹部からダクトが伸びていった。
それは初号機の胸へと突き刺さって、溶着したように固定されると、さらに真ゲッターの関節という関節から大小長短あらゆるダクトが伸びて、同じようにエヴァの関節に突き刺さっていく。
初号機がまるで重病患者のような姿になっていく。
そうするとシンジの体のあちらこちらにチクチクとしたむず痒い痛みが走った。
これに、
「あぁぅ……」
と、彼が悶えたが、その肩に乗ったアスカとカヲルの掌が耐えろ、と呼びかける。
妙な感覚に必死に耐えていると、やがて完全に接続が終わったようだった。
真ゲッターから初号機にむかってエネルギーが流れこんでくるのを、シンジは体の芯から熱されていくような感覚で理解する。
その真ゲッターから、竜馬の声が響いてきた。
彼は問う。
「シンジ。てめえの望む世界はなんだ。この地獄か!」
「……今まで通りの世界がいい。こんな形になってまで他人と一緒になりたくない」
「なら再び人類が地上に広がる様をイメージしろ! この海を作ったのがエヴァの力だとするなら、その逆の力もまたエヴァは持っているはずだ!!」
「竜馬さん」
「インベーダー野郎に目に物見せてやろうじゃねえか。人間の恐ろしさをな!」
その言葉に、シンジが深く頷いたかのように見えた。
彼は静かに目を閉じると、なにやらぶつぶつとつぶやき始める。よく聞いてみればどうやら、知人友人の名前を挙げて声にしているようだった。
それのみにではない。
知識にあるだけの、あらゆる人種、すべての生き物の名称をも挙げていく。
解らないものは地球に住まう大いなる命としてイメージする。
名前が一つ挙がるごとに、真ゲッターから送り込まれるゲッター線エネルギーが反応してダクトが輝いた。
それを受けるにつれて、初号機の瞳に変化が生じる。
まるで、真ゲッターのように黒目が浮かびあがっていくではないか。
同時に初号機の羽根がばさりと羽ばたいた。
すれば、今度は初号機の方からエネルギーが逆流して、真ゲッターへ流れ込んでいく。
各ゲットマシンのコンソールに、アルミサエルが融合した時をもはるかに上回る数値のゲッター線指数がはじき出されていった。
初号機の羽ばたきに合わせるように、真ゲッターの羽根もいよいよ巨大化して左右へと広がっていく。
エヴァンゲリオンとゲッターロボが共鳴しているのだ。
空間が震える。
いよいよフルパワーとなる二体が、渦をつくって海上へと浮かびあがっていく。
風が吹き荒れた。
だが浮かびあがるのは、何も二体の巨人だけではなかった。
ざばり、赤い海からヒトの姿が現れたのだ。
誰だろうか。
驚くべきことに、それは学校と共に吹き飛んだはずの鈴原トウジだったのだ。
衣服を一切身にまとっていないが、確かにトウジであった。
そして彼が出現したのを皮切りに、ケンスケが、ヒカリが、ざばり、ざばりと赤い海から浮かび上がって、空へ浮いていく。
その勢いは次第に増していき、ヒトを初めとして樹木から単細胞生物に至るまで、地球上に住まうありとあらゆる生命が赤い海から、次から次へと浮かびあがっていく。
目に見えなくとも細菌やウィルス類も浮かび上がっているだろう。
なにが起きているのか。
リツコは、はるかな未来において終号機が、自身の内部にひとつの宇宙を創り出してしまうまでの創造の力を手に入れるといっていた。
ならば、生命の進化を司るゲッター線エネルギーの力を受ける初号機が、その鱗片を見せ始めているのだ。
再生の時だ。
滅びた生命がよみがえっていく。
赤い海が再び個々の生命となりて蒸発していった。
すると、天の底が抜けたような大雨が降り注いでくる。
宇宙から見れば、地球がガス惑星のように見えるほどの雲が立ちこめていたであろう。
滝のような雨が乾いた大地に、本来の海を満たしていく。
そこには文明の産物であるものは何も無かったが、代わりに緑が広がって土のにおいも香る世界が地球全土に広がっていった。
まるで、新世界がそこにあるようだった。
地球が現在の状態に至るまでを、超スピードで見ているかのようだ。
それを、ただひとつ残った文明の所産であるネルフ本部が肉眼で捉えていた。
ゲンドウも冬月もミサトもマコトもマヤもシゲルも、その他に生き残っていた全ての職員たちも再生していく地球の姿を目の当たりにする。
みな、息を呑まれていた。
やがてその監視するモニタに、一列に並んで天空へと浮かび上がっていく真ゲッターと初号機の姿が浮かび上がった。
その現場では、将造が大笑いをしていた。
「うはははは……体が熱いのお! こんなに気分が高鳴るのは久しぶりじゃあっ」
「ついに、終号機への夢が繋がったわね」
リツコも笑った。
そして竜馬。
「見たかシンジ、これがお前たちの持つ創造の力だ」
そういうが、シンジはまだ自分のしたことが信じられないらしく、丸く目を見開いて辺りをきょろきょろとしているだけだった。
もはや落ちてくる月のことなど、眼中にもない。
くすり、とカヲルが笑った。
アスカはしょうがない奴だ、といった風に彼を見ている。
「竜馬さん……み、みんな空に浮いてる」
「今はゲッター線が初号機を通して、すべての生命に力を貸している。あのインベーダー野郎共を完全に消滅させるためにな。
ここからは戦う力の出番だ。ストナーサンシャインを使うぞ」
「ストナーサンシャイン」
「ああ。真ゲッター最大の武器だが……ゲッター線は生命のエネルギー。生きようとする意思を持つ者すべてが扱える武器だ。地球の総力で月を撃つ! お前も手伝えっ」
そういうと、真ゲッターと初号機をつなぐダクトが全て解除された。
そして真ゲッターが深く腰を落とすと、ボールを両手で持つように両の掌を開いて、それを腰の横へと回していく。
ごうごうと掌の間に電撃が走って、虹色に輝く光の球体が生まれていく。
すると、辺りに浮く人間たちが真ゲッターと同じ姿勢を取った。
その手の中にそれぞれのサイズに見合った光球が発生して、辺りが虹色に輝いた。
周辺の人間だけではない。
作戦司令室も含めて、世界中の人間が同じ動作を取って真ゲッターと同じ姿勢を取ってストナーサンシャインを撃つ体勢になっていくのだ。
そしてシンジの初号機も腰を落とすと、両の掌を開いて上下に向かい合わせると空間を作った。そこにやはり七色の光球が生まれていく。
みな見つめる先はひとつ、落ちゆく邪悪な顔をもった月だ。
それが見えない地球の裏側では、ただ天空に向かって睨み付けるような視線を送る。
やがてシンジと竜馬が叫んだ。
「竜馬さん!!」
「いくぞシンジィ!!」
ふっと、息をつく。
そして次の瞬間、地球全土から一斉に声が轟いた。
「ストナーーーッ!! サァァアアアンッシャィィィイイイイーーーンッッ!!」
怒号に地球が震えた気がした。
宇宙から見た地球の表面全体から七色の粒が舞い上がってばっ、と弾けたかと思うと、それらが月に向かい飛んで一つとなり、やがて虹色に輝く光の波に変じていく。
美しい七色の波が月を飲み込んでいく。
そうすれば月に張り付いた顔が恐怖に歪みゆく。
命の輝きを受けて苦しむが、それもいつしか虹の光の中に消えていってしまった。
だが、虹の光はそれだけにとどまらなかった。
地球軌道の周辺が、全て虹色の光に包まれていく。
それが一瞬だったのか、しばらくだったのか、それとも永い時間だったのかは解らないが、光が収まって晴れる頃には、月の姿は跡形もなく消え去っていた。
地球生命の勝利だ。
戻る?