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Last-modified: 2010-04-23 (金) 04:04:57
 

 真ゲッター、初号機と共にストナーサンシャインを放った生命たちが、それぞれの住みかである空へ、地へ、海へと元在った場所にゆっくりと、ゲッター線の光と初号機から舞い散る光の羽根に包まれて、舞うように還っていく。
 その上を、真ゲッターと初号機が飛翔していった。
 それぞれ悪魔の羽根と、天使の羽根を生やした二体の巨人が並び飛ぶ姿は、人々の、いや、すべての生命体にとってどのように感じられていたのだろうか。
 個々に想いは違ったであろうが、どこからか歓声が沸くとそれが数珠のように連鎖して声の輪となって広がっていく。

 

「なるほど……ガイア理論をあえて絵に表現すれば、こうなるということか。アルミサエル、君もゲッターを通してこの生命の素晴らしさを感じたんだね」

 

 と、眼下で小さくなっていく生命を見ながらカヲルがいった。
 なお補足だが彼のいったガイア理論とは、一九六〇年代の大気学者ジェームズ・ラブロックという人物によって提唱された仮説である。
 地球と地球生物は、互いに干渉し合いながら環境というひとつのシステムを作り上げることで存在するものであり、すなわち完成しているものだとする理論だ。
 先に乱筆した、宇宙システムにおける話を地球に限定したものともいえる。
 この考え方には異議も存在するが、我々日本人には非常に理解しやすい話でもある。
 なぜなら、日本特有の宗教観である八百万のカミが万物に宿り天下の全てと共にある、という考えにガイア理論は似ているからだ。
 神様が全知全能の存在でなくてもいいから、この国は仏教をはじめキリスト、イスラーム、ユダヤ、その他あらゆる宗教が根付いてしまうのである。
 こころを寛容するという意味で考えれば、今のところこれ以上の概念はないだろう。
 だから、もしガイア理論が確かであれば幸せなことかもしれない。
 そう考えれば、ゼーレの老人たちのように人類は行き詰まった不完全な群体などと思い詰める必要性もないのだから。
 また、仮にガイア理論が間違っていたとしよう。
 それでもゼーレのようになることはない。
 なぜなら、自然人類学的にも、ヒトという種が行き詰まっているとは考えられていないからだ。
 我々ホモ・サピエンスは、肉体そのものよりも脳の進化を促進してきた種であるが、その脳はまだまだ進化途上にあるものなのだ。
 現時点で進化の可能性がまったくないのならばまだしも、人類は可能性に満ち満ちているのに、今の価値観や考え方で、自らそれを断ってしまうのは悲しすぎるというものだ。
 生物の進化をうながすゲッター線は、そういう自己否定の病に陥った生命に可能性を示すためにも、あるいは存在したのかもしれない。
 カヲルがそんなことを思案していると、やがて二体の巨人は唯一残った文明であるネルフ本部の上空へと到達した。
 その下では。
 すでに作戦司令室のあったブロック以外は崩壊状態にあり、まわりには大穴が空いてジオフロントのはるか地底が露出していた。
 内部にあった遺跡も消滅している。
 だが、そこに居た人々も、真ゲッターと初号機が飛ぶ姿を見ていたのであろう。
 みな思い思いに地上へとはい上がって、その帰還を待ちかまえている。

 

 そこにまず、初号機が大地へ降り立った。
 そして首からエントリープラグを射出すると、真ゲッターがそれを引き抜き着地するとゆっくり屈んでプラグを地に置いた。
 プラグからLCL溶液が噴出していくと、ハッチが開いて中からよろよろのシンジとアスカが現れ、後ろから何事もなかったかのようなカヲルが現れる。
 つづいて、その上から竜馬、リツコ、将造の三人が降ってきた。
 数十メートル上から落ちたはずだったはずだが、みな当たり前のような顔をしている。
 もはや真ゲッタークラスのパイロットになる人間になど、常識は通用しない。
 物理的に考えるのは、止めたほうが無難であろう。
 そして、それを出迎えるのはゲンドウだった。

 

「よう、おっさん自ら出迎えたぁ気前がいいじゃねえか」

 

 それを見て竜馬が笑う。

 

「まあな……しかし。ユイはまた行ってしまった、か」
「あいつにゃあいつなりの考え方があったんだ、察してやれ。それよりてめえ、また前と同じこと企むならこの場でぶち殺すぞ」
「いや……もう目が覚めた。それに、これだけの事が起きたのだ。誰かが責任者となって罪を負わねば、世界中の人間が納得しないだろう。その役目は、人類補完計画に関わった私にある」
「そうかい。ならいいさ」

 

 それだけいうと、竜馬はきびすを返した。
 これに、まさかもう帰るのか、とミサトが思って、

 

「り、リョウ君、まさかもう行っちゃうの?」

 

 といったが、その予想が的中していた。
 竜馬は手をひらひら振ると、

 

「俺の役目はここまでだ。こんなとこで三文芝居打って帰るのは嫌なんだよ」

 

 そう応えるのだった。
 すれば、焦るようなシンジが近づいていく。
 彼は、

 

(なにか、なにか最後にいっておかなきゃ)

 

 と思うのだが、近づいたはいいものの、どういう言葉をかけたらいいのか解らない。
 しどろもどろになった挙げ句、シンジは「竜馬さん」と、彼の名前を呼ぶことだけでうつむいてしまった。
 これでは恋する少女だ。
 場が変な空気につつまれてしまう。
 すると竜馬は、

 

「あばよダチ公!」

 

 弾けるようにいい、シンジの背中をどんっ、とゲンドウの方へ押しつけるようにした。
 だが竜馬の怪力のことだ。
 彼は押しつけるつもりでも、ぶつかるような勢いでシンジはゲンドウに沈んでしまう。

 

「い、痛い……」

 

 と、苦痛に顔をゆがめるシンジを抱き留める形になるゲンドウが、やはりどうしていいかわからないような目をサングラスにかくして、うろたえる。
 それを見てミサトは、

 

(だめだこりゃ)

 

 と思うのだった。
 彼女はもう対人恐怖症親子のことは無視するとして、友人のリツコへ目を向けた。

 

「リツコ、やっぱりあなたもリョウ君と行くの」
「ええ。ちょっとだけ名残惜しいけどね……またいつか逢いましょう、ミサト」
「一途ねえ……ま、元気でやんのよ。でもさ、初号機はどうするの?」
「それは、ね」

 

 と、リツコがカヲルに目を向けた。
 その視線に彼はにこりと笑っていった。

 

「シンジ君、本当は初号機の主は君だけど、これから終号機になるためにどこかで眠りにつき、長い年月を掛けて進化しなきゃならない。君はまだ生き足りないだろう?
 だから、君がこの世の生を終えるまで初号機は僕が預かっているよ。リリスには、いや綾波レイには僕から伝えておくからさ」
「でも……」
「気にしなくていいよ、一緒に寄生された仲じゃないか。それにしてもすごい初対面だったよねぇ、僕たち」
「……はは、ははは」

 

 インベーダーに支配されていた時の記憶が残っているので苦笑いするしかなかった。
 カヲルもシトとはいえ、大した度量である。
 さて。
 次にアスカと将造、加持の極道チームに目を移そう。

 

 どうやら、将造も真ゲッターの力を借りて元いた世界へ帰るつもりらしい。
 彼いわくコクピットに座った瞬間、すべてが解ったとのことだった。
 ハッタリである可能性も捨てきれないが。
 だが、それに嘆くのはアスカだ。

 

「ここに残ってよっ。再会できた途端にお別れなんて、あたし嫌っ!」

 

 そういうが、将造はアスカの両肩を掴んで唾を飛ばして叫ぶようにいった。

 

「なにをぬかすか。岩鬼組は銀河極道連合をこさえるんじゃあ! 竜馬の下駄ペンペンとやらなんぞに負けちゃおれんけぇ。ワシはワシの世界でやるが、ヌシがこの世界の岩鬼組を率いよって、そして宇宙を支配してから再びワシんところへ来いや!」

 

 と、ただ言葉だけ聞けば狂人のたわごとのような事をわめく将造だったが、彼がいうとそうしなくてはならない、あるいは、そうする事が宿命のような気分にさせられてしまってアスカは思わず頷いてしまう。

 

「う、うん……わかった。あたし行くから、待ってて」
「よし! 加持ィ、後は頼むでえ」
「ああ。同じ人間兵器同士のよしみだ、岩鬼組の運営は俺がやってみるよ」

 

 と、急かす竜馬のせいで別れの挨拶もいい加減なまま、将造も真ゲッターに向かった。
 本当であれば将造みずからが配下の者達に上記の旨を通達しておくべきだったのだが、しかたがあるまい。
 やがて竜馬とリツコ、将造の三人を乗せた真ゲッターはふわりと浮かびあがると、次には、あっという間に宇宙へ飛び去ってしまった。
 つづいて、カヲルがプラグを置き捨てたまま初号機の肩に乗ると、それははふたたび天使の羽根を展開させる。
 そして、

 

(じゃあいこうか、リリス)
(……私、リリスに戻るつもりはないわ。だって人間気分の方が楽しいもの)
(おっとごめんよ。綾波レイ)

 

 とカヲルが、初号機の魂となったレイとしばらく語り合うと、真ゲッターと同じように飛び去り虚空へと消えていった。
 彼の言葉を信じるなら、地球圏のどこかに隠れてシンジに再会する日を待つのだろう。
 それは、寿命が無いに等しいシトにとっては退屈な余暇程度だったかもしれない。
 このとき、すでに空は夕暮れになっていた。
 あの赤い雨を降らせたおぞましい空の赤ではなく、美しく焼けた紅い色に染まった天を拝んでシンジ達が風を浴びている。
 その中で冬月が、

 

「全て終わったか……文明を一から造り直すことになるな。それまではここが難民キャンプと化しそうだよ。先が思いやられる」

 

 というのだった。
 が、その時のことだ。

 

「いかーん! 置いてかれてしもうたあっ!!」

 

 と、どこからか敷島がばたばたと騒ぎながら走ってくる。
 服を着ていることからみると、どうやら補完にも巻き込まれず生きていたらしい。
 だが、来るのが遅い。
 ちなみにその後ろを、敷島の真似をしてバタバタとペンペンが走っていた。
 彼はおそらく補完されたと思うが、復活後、帰巣本能でも働いて戻ってきたのだろう。
 ペンギンに帰巣本能はなかった気もするが、まあいい。

 

「敷島のじいさん。どうするんだい、たぶんもう戻ってこないぜ」

 

 加持がいうと、敷島はしばらく唸っていたがやがて、

 

「……まあ、どうせ今後食うものを求めて暴動が起きるじゃろう、武器が必要になるな! わしゃ武器を作れるならどこでもええんじゃい! どれ、まずは石槍でも作るか」

 

 と、開き直っていた。
 元ネルフの面々が呆然としている。
 これだけ戦い抜いたあとに、休もうともせずにさらに戦うことを考え、はしゃぐエネルギーに毒されてしまいそうだった。
 そうこうしていると、誰かの腹の虫がなった。
 これに皆、何も食べていないことを思い出したのか一気に空腹感を感じた様だった。
 ミサトが向こうで木をへし折って出来た棒きれに、尖った石をなにかのツルで巻き付けている敷島を見ながらいう。

 

「ま、とりあえずご飯よね。狩りにでもいこうかしら。ねえ加持君」
「なんで俺にいうんだよ」
「だってそれがヒトの習いじゃない。狩りは女の仕事じゃないわよ」
「は、早く復興しねえかなぁ……いったい何十年かかるんだろ」

 

 加持が、がっくりと肩を垂れるのだった。

 
 

・・・

 
 
 
 

 そして、真ゲッターと初号機が地球を去ってから一〇年の歳月が流れた。
 世界は一からのやり直しとなったが、しかし人類には蓄えられた知識がある。
 全人類は懸命の復旧作業によって、わずかではあるが、一〇年で種々の燃料が復活してそれをもって発電所を造り、動かし、再び電気の恩恵を得られるようになっていた。
 さらに特筆すべきことがある。
 それは、季節の復活だった。
 ゲッター線の力によるものなのか、それとも初号機の福音なのかは知る由もない。
 だが、これは人々にとってなによりもの喜びであっただろう。
 生命は理屈のみに生きるわけではなく、地球の息吹をうけて肉体と精神を成長させていくのだから。
 そのことわりは、動物も植物も変わることはない。

 地球に季節がある。
 それが、どれほどに素晴らしいことなのか、一度季節を失ったこの世界の人々は現代に生きる我々よりも重く感じ取っていたであろう。
 そして現在、日本は冬であった。
 身を切るような寒さも、吐く息の白さも、ときおりちらつく雪も、子供達にとっては魔法の世界のような初体験で、大人達にとっては懐かしい感覚がよみがえる。

 

 そして、ところは日本列島本州、神奈川の某所へ移る。
 その建設途中の街の一角をびゅん、と一台のバイクが走りぬけていく。
 車種は、ホンダ・ドリームCB750FOURだ。
 この車両は以前の稿でも名前が挙がっているのだが、記憶されているだろうか。
 そう、ミサトが竜馬のために足として見つくろったバイクだ。
 結局、彼がこのバイクに乗ったのは試乗の一度くらいで、後は乗らずじまいだったが、竜馬が触れたことで、ゲッター線の加護でも受けたのだろうか。
 文明の利器は全て消滅したはずだが、これだけは完全な状態で残されていたのだ。
 なお、今このバイクに用いられている燃料は、トウモロコシやサトウキビなどから生成するアルコール燃料だった。
 というのも、化石燃料は石油採掘施設が整いきらず、生成できたものはすべて産業へと回されてしまって個人での使用には目処がついていないのだ。
 そこで、アルコール燃料の出番となった。
 現代では、生成するにあたって必要な作物を育てるための土地が、供給需要に対して間に合わず膨大となってしまうゆえ、なかなか実用化されないものだ。
 が、この世界ではもとより化石燃料が限られているせいで、産業が大幅に縮小されているせいで生産される一般車両も極端に少なかった。
 そのため、狭い土地での少量生成でも十分に全体へ行き渡ったのだ。
 いましばらくの間は、これが大きな商売にもなるだろう。
 我々の住む現代とは逆の状況なのだから、皮肉といえた。

 

 ところで、バイクのライダーは誰だろう。
 丈が詰まったのが特徴の黒い皮ジャケットと、パンツを上下に着用して頭にはフルフェイスのヘルメットをかぶっているせいで、誰だか解らないのだ。
 バイクは舗装された道から外れたり、また入ったりしながら突き進んでいくと、郊外の一軒家に突き当たる。
 そこで停車してライダーがヘルメットを脱ぎ取ると、正体が現れた。

 

「ふぅ」

 

 その、白い息を吐くのはシンジだった。
 一〇年の歳月は少年を二四歳の男へと成長させていたが、やはりその細い肩と、はかなげな顔は変わっていない。
 母親に似たせいだろうか。
 だが、背はかなり伸びていて、およそ一八〇センチはあるのではないかと思われた。
 彼は一軒家の玄関を叩くが、その瞬間に戸が開いた。
 現れたのは、ミサトである。
 その速さにシンジがちょっと驚く仕草を見せた後、柔らかく笑うのだった。

 

「お久しぶりです。もしかして玄関で待っててくれたんですか、ミサトさん」
「直四の音が聞こえたからね。シンジ君、背も高いし似合ってるわよ~。アスカはもう来てるわよ。さあ入って入って」

 

 シンジはずいぶんと背も高くなって成長が垣間見られたが、ミサトの方はすこし肌が衰えたぐらいで、一〇年前と大して変わっていない。
 精神年齢のせいだろうか。
 なお肉体年齢を書くのは、彼女へ敬意を表して遠慮しておくとしよう。
 そしてシンジが家に上がるとストーブの柔らかい暖かみが彼を出迎える。
 居間には、アスカの姿があった。
 椅子にすわる彼女は髪をショートカットにして、和服に身を包んでいる。
 彼女はシンジにわずか遅れて二三歳だったが、すでに極道の貫禄たっぷりで椅子の周辺だけ空気が異様に違っているほどだった。
 そんな彼女が入ってきたシンジに気づくなり、

 

「あ、シンジ、久しぶりぃ」

 

 と、明るくいった。
 もともとシンジに比べれば成長の兆しが強かった彼女だ、昔のように変に虚勢を張るような癖は、取れていたようだった。
 だが、その代わりに本物の凄みがある。
 笑っているのだが、目の奥が光っているのだ。

 

(極道の女だもんなぁ……)

 

 と、シンジは思って身震いするのだった。
 それにアスカが感づくと頬を膨らませて、

 

「なによ」

 

 というと、シンジは、

 

「いや、なんでも」

 

 はぐらかすと、さらに笑ってごまかすのだった。
 これにアスカは頭を振ると

 

「はっきりしないのは昔から変わってないわねぇ」

 

 と、ため息をつくのだった。
 この昔ながらの掛け合いに、ミサトがニヤニヤしている。
 彼女は二人に近づきつつ一升瓶を片手にいった。

 

「さあさ。二人とも、今日は一〇周年ってことで呑みましょう」

 

 この日、シンジとアスカがミサトの家に集ったのは大した用事ではなかった。
 ただ、それぞれ仕事と目標を持って互いに会うことも少なくなったので、ときどきこうして会合を設けているわけである。
 今日はたまたま、この三人だけだったが、加持にトウジやケンスケ、ヒカリといった、旧友たちと会うこともある。
 色々因縁の過去もあるが、全部インベーダーが悪いことにして彼らは確執を忘れた。
 主にその音頭を取ったのはトウジだったのだが……まあ、それは置いておこう。
 なお、アスカ以外の人間がどんな職業や目標をもっているのかは、すべて読み手の想像にお任せしたいと思う。

 

 そして、酒盛りがはじまった。
 話すことは生活のこと、仕事のこと、人間関係のこと、経済の話、世界情勢、政治、環境、哲学、あるいは各々の娯楽と、およそ話になるものは全て話にしていたが、どんなことを話していても最後のあたりでは必ず、あの男の話題が飛び出してくる。
 あの男とはもちろん、

 

「リョウ君は今頃どこで、どうしてるのかしらねぇ。まさかリツコのやつと毎晩、あんなことやこんなことをっ」
「歳くって色ボケしてんじゃないわよミサト。あいつはどーせ戦争戦争、でしょ」
「竜馬さんだからなぁ……」

 

 と、忘れようとしても忘れられない破天荒すぎる男のことだ。
 話題のシメとしては格好の材料であろう。
 彼とはいつしか、終号機と共に再会する日が来るはずだ。
 だが、それは気の遠くなるほど未来の話だ。
 いまのシンジ達には、想像も及ばないことだった。
 そして、あっという間に日が落ちて夜になると、闇夜に月が浮かぶ。
 ……今、月と書いた。
 たしかそれは破壊されて消え去ったはずなのだが、ではなぜ空に浮かんでいるのか。
 ほとんどの人間は理解できなかったが、シンジたちにはその正体が分かっていた。

 

「あれは月じゃなくて終号機のマユだよ。綾波とカヲル君の声が教えてくれるんだ」

 

 とは、シンジの弁だ。
 月はただ宇宙に浮いているのでなく、重力において地球と密接な関係にある。
 一説によれば、海の満ち引きにとどまらず、生物のリズムにも影響があるそうだ。
 カヲルとレイがそれに気づいたのか、地球生物の生命リズムを崩さないために、いつの間にかエヴァンゲリオンを月の代用品にしたらしかった。
 終号機となりつつあるエヴァの月が、太陽光を受けて穏やかに光っている。
 友人の粋な計らいを酒のつまみにして、シンジは大きな窓から夜空を見上げながら猪口に口を付けていた。
 が、あいかわらず酒には弱い。
 いくらか口にふくんで喉を焼くと、もうふらふらしていたが、その表情は一〇年前にくらべてどことなく満ち足りているようだった。
 ふと視線を降ろすと外で、月光が夜道をこうこうと、案内するように照らしている。
 どこへの案内だろうか。

 

 ――あの光が、未来へ続いているといいな。

 

 冷たくも鮮やかな月明かりを見ながら、シンジはそう想うのだった。
 若い彼らならば、きっとその先の道も歩いていけるだろう。

 
 

(完)