E meets G 03

Last-modified: 2009-05-29 (金) 23:55:22

「シンちゃんとリツコかぁ・・・」
ミサトは内心頭を抱えていた。
画面の向こうでは、中年オヤジ三人+少女一人。
こちら側にはその少女と同じ位目を潤ませ、同様に無言で訴えかけてくる歳考えろや24歳。
その視線は全て自分に集中していた。

「碇君と赤木博士に逢って話がしたい」
心情的にはそりゃあ応援したい。すぐにでも叶えてあげたい。
何せあのレイが「初めて自分で決めた事」なのだ。
シンジの母にも姉にもなり損ねた自分だけど、今のレイを見ていると女には「母性」が備わってる事を実感する。
(もー、何ていうか何?レイってば、取って食べちゃいたい位可愛いわあ)
あー、ちょっと母性とは違うかもしれない。てか違うわね、ごめん。

(だけどどう考えても司令が「うん」と言うわきゃないのよね)
妄想ににやけた面を引き締めて、改めてミサトは思索に耽る。
碇シンジや赤木リツコともなれば、外部からの守秘対象としてはSSS級だろう。
司令辺りでないと面会許可を出す事はかなり難しい筈だ。
懲罰覚悟であたしの独断で逢わせる?
でもさっきの司令のレイへの拒否反応考えたら、かなり危険な事になりかねない。
自分はともかくレイやシンジ、リツコですら余波が及ぶ畏れもあるだろうし。

(・・・階級や役職から考えたら、あたしの権限ってもっとあってもおかしくない筈なんだけどね)
確かに権限自体はかなりのものを与えられているミサト。
NO.1とNO.2が不在の場合、彼女がNERVの最高責任者となる。事実上のNO.3であるのは間違いない。
だがそこまでの権限を与えられながら、自分はNERVの何を知っている?
危険を犯して、あの男が命を賭してまで知り得た情報は、自分が考えていたNERVの概念を根本から覆すものだった。
人類補完計画?この組織は使徒殲滅を目的としているのではなかったのか?
自分は「使徒は父親の仇」という秘めた衝動に導かれ、NERVの前身ゲヒルンそしてNERVに入所した。
もう7年も所属しているのに、この組織が何を目的とするかすらロクに判らない。
この組織の中枢を全て押えているのは、碇司令ただ一人。
考え方を変えれば、NERVは碇司令の目的、もしくは個人の欲求を叶えるための私兵集団、と取れなくも無い。

歪。明らかに歪だ。
(歪んだ大人のあたしが居るにはぴったりのところなのかもね)
改めて自分の所属するNERVという所属の歪さに、自分自身の歪さにミサトは自嘲してしまう。

「なぁ。よくは判らんが厳しいようなら、こっちで何とか手は考えてみようか?無理はいかんぞ」
遠慮気味の声が思索の海から現実へ引きずり上げ、ミサトは慌てて正面の映像に意識を戻した。

車弁慶だ。
無理難題を押し付けた、とでも考えたのだろうか。気遣わしげな表情が顔に浮かんでいた。
この人は信頼していいと思う。
こんな上司が一人でもいたら、と思わず無いもの強請りをしたくなるような人。
何が正しいか、何が間違っているかを理解し、必要な時には躊躇わずに自分の胸襟を開くことの出来る男。

あたしには出来なかった。
だってあたしはシンちゃんの背中を押すことも、励ます事も出来ず、慰めることすらも拒否された。
アスカの話し相手になることも、壊れていく様に気がつきながらも、何もしなかった。
今更だけど、もう手遅れかもしれないけれども、それでも弁慶とレイを見ているとまだ諦めてはいけない、と
励まされるような気がする自分がいる。
本当に良かったわね、レイ。
貴方を見つけてくれた人は本当に稀有な人だったのよ。
ん?今何か重要な事思い出したような・・・。

・・・あ。

そうだ。司令が頭から否定してしまったものだから、誰も聞いてないけど。
今までの悩みも葛藤もどこへやら、思わず言葉が口をついて出てしまった。
「てかさ今更だし、話誤魔化す訳じゃないんだけど・・・何で北海道くんだりにいるのよ、レイ?」

「そう。碇は知らんが、私が君達に聞きたかったのは正にその事なのだよ」
後ろから聞こえた声に思わず振り向けば、何時の間に戻ってきたのだろう、NERV副司令冬月コウゾウの姿があった。

「あ、副司令。お戻りになったんですね」
「副司令、司令はご一緒ではないのですか?」
反射的に疑問が出てしまったのは、事態の更なる悪化を避けたい一心からだったのだが。

「碇は所用で席を外す。ようやく突っ込んだ話が色々と聞けそうだね」
言葉の最後は画面の向こうに対して向けられた言葉だった。
竜馬と隼人の二人が軽く目礼をしたようにも見えた。
ひょっとして。
不審そうなミサトの表情に気がついた冬月は、いたずらっ子が秘密を打ち明ける時のような笑い顔で答えた。
「私は在りし日の早乙女研究所を訪れたことがあるのだよ。碇の奴も知らんがね」

早乙女研究所。さっきの司令と神隼人の会話にも出てきた言葉だ。
画面の向こうにいる三人がその関係者、という事は何とはなしに理解できるが、それが今回の一件とどのような関係があるのか?
「早乙女研究所跡は君達も見ているかもしれんね。浅間山の中腹にある巨大な建造物を見なかったかな?」
浅間山?
第八使徒サンダルフォンが発見された場所。
そういえば確かに中腹辺りに巨大なコンクリートの墓場みたいな場所があったような。
目にした時には使徒が孵化しかかっててそれどころじゃなかったけど。
・・・それと今副司令「跡」って言ったわよね?

「・・・嘗て浅間山に早乙女研究所という研究機関があり、そこでは『ゲッター計画』と呼ばれる一大プロジェクトが行われていた」
全員の視線が声の主に集まった。
神隼人は一旦言葉を切ると、煙草に火を点けながら再び言葉を続ける。
「だが15年前発生した大事故により、超高レベルの放射線に汚染された研究所は閉鎖された。コンクリートと鉛でな」
話し終えると煙草を深く吸い込み、紫煙を吐き出した。

「俺達三人は、その早乙女研究所の数少ない生き残りでな。二百数十名いた所員のうち、生き残れたのは俺達含め数名だった」
流竜馬が言葉を引き継ぐ。
「全ては昔の話だ。そう思っていた。・・・つい最近まではな」

「レイ君がNISERに現れた事、やはりそれが君達ゲッターチームが再び行動を始めた事に繋っているのかね?」
冬月の問いを聞いた竜馬はしばらく逡巡する様子を見せていたが、おもむろに横を向き、口を開いた。
「隼人、弁慶。そろそろ本当の事を話す時がきたのかもしれねぇな」

ゲッター計画。
それはそもそも「ゲッター線」と呼ばれる超エネルギーの発見から始まった。
ごく微量で想像を絶する出力を生み出すその魔法の光体を発見した早乙女博士は、当時開発中であった宇宙開発用ロボットの動力源として、
魔法の光体、ゲッター線を利用したゲッター炉心を導入した。
更にゲッター線の研究が進むにつれ、宇宙開発用ロボットは如何なる環境下でも最大の能力を発揮できる三段可変型へと変更される。
この三段可変型ロボット「ゲッターロボ」をメインに据えた宇宙探索・開発計画こそが「ゲッター計画」であった。
浅間山中腹に在した早乙女研究所は「ゲッター計画」の最前線基地として、様々な新しい理論・技術を生み出していたのだ。

「だが全てはあの時、奴等が現れた時から、ゲッター計画は当初のものから大幅に変更されていった」
隼人は長くなった話を一旦切り、一息ついた。
「奴等?」
ミサトの問いに対して、隼人の答えは簡潔だった。
「鬼だ」
「・・・へ?」
ミサトが真っ先に思い浮かべた鬼のイメージは「泣いた赤鬼」だった。
ま、それでもいいんだがせめて「酒呑童子」くらい思い出して欲しかった。
「だから鬼だ。知らんのか?民話によく出てくる角の生えた怪物だ」
「いやそりゃまぁ、それくらいは知ってるけど」
だが鬼だ。
辞書で引いても「想像上の化物」とか載ってる代物である。
「使徒とかいう神話上の化け物が闊歩してるんだ。鬼がいてもおかしくはあるまい」
「でもそんな話聞いたこと・・・」
「いきなりあんたの隣に鬼が湧いて出る事が判った、では各地でパニックを引き起こすだけだからな」
なーる。政府による情報統制って訳ね。NERVと一緒って事か。
しかしその一事を取ってみても、早乙女研究所という場所がNERVに匹敵とまではいかなくても、かなりの権力を有していた事が判る。
納得したと見たのか、隼人は話を続けた。
鬼はある日突然、早乙女研究所周辺に出現し、以来研究所に何度も攻撃を仕掛けた。
50m超とも思われる「鬼獣」も現れ、これに対し早乙女研究所では試作型ゲッターロボで対抗した。
その頃から早乙女研究所は研究施設というより、武装要塞としての性格を強めていく。
その間にも開発は進められ、ゲッターロボは完成した。
だが完成したゲッターロボには大きな欠点があった。
全体的なスペックが人間の限界を遥かに超えており、並の人間では到底乗りこなせない代物だったのだ。
普通ならスペックを下げるか、そのスペックに耐え切れる装備を用意するものだが、早乙女博士の考えはその斜め上をいった。

「並の人間で耐えられないなら、耐えられる奴を乗せりゃあいい。かくして俺達が、という訳さ」
「・・・今考えてもメチャクチャなスカウトだったな、あれは」
「お前等二人がメチャクチャなだけだ。俺は普通に・・・そういやあんまり普通でも無かったな・・・」

一体何があったのか聞いてみたかったのだが、もの凄く嫌な予感がして、ミサトは詮索するのを止めた。
後にその事を聞いた際、当の三人以外ドン引き間違いなしの内容だったので、判断は間違っていなかったのだが。
「御三人以外に・・・その、耐えられる人、ってのはいなかったんですか?」
マヤちゃ~ん、空気嫁。あたしに言う資格があるかどうかは別にして。

その問いに三人の周りの空気が目に見えて重苦しくなった。
どうやら触れてはいけない部分に直撃したようだ。
空気にまるで無関心なレイですら、心配そうに弁慶や竜馬の顔を眺めている。

「・・・いた。あと一人、巴武蔵って大馬鹿がな」
口を開いた竜馬の表情は、重い何かを背負った者のそれだった。

「・・・という訳でNISER様御一行と面会する事になったのよ。もち副司令の許可頂いてるわよん」
「どういう訳よ」
さすがのリツコも苦笑いする他ない。
暗い影を随所に感じる笑顔に、ミサトは眉を顰めた。
痛々しい笑顔だった。
少しやつれたようだ。
これまでの経緯は一通り話し終えた。
だがその後が続かない。
どうしても、リツコと司令との予想もしなかった関係を知った、あの時の事を思い出してしまう。
私は励ましたらいいの?叱咤すればいいの?
何と言葉をかけてよいのか判らない。
だからあの事には触れない。
本人しか解決できない問題だから、という理由をあたしは逃げてるだけ?
だがその心の傷はどれだけ深いのか。正直ミサトの想像の範疇の外だ。

面会室。
現在ダミーシステム破壊の咎により拘留中である、赤木リツコと面会するために用意して貰った場所。
冬月副司令の計らいで、二人の間の仕切りも無く、監視も護衛も外で待機。記録も取らない。
本当に二人きり。だから余計気まずい。

「・・・レイがさ、あのレイが凄く可愛いのよぉ。何ていうか取って食べちゃいたい位?」
「へぇ。そう」
会話に詰まり、レイの近況を持ち出したミサトの言葉にも、リツコは心ここにあらず、といった風だ。

「・・・あれきっと猫耳とか超似合うわよん」
「・・・ミサト。私の事馬鹿にしてるでしょ」
「いやあれはきっとマジ似合うわ。セイラさんの幼少時くらい」
「・・・セイラさんて誰?」
「???そういや誰だろ?」

内容の無い会話に飽きたのか、リツコは溜息をついて、背凭れに深く体を預けた。
ややあって口を開く。
「ねぇ、ミサト。私がどの面下げてあの娘に会うというの・・・私がこの手であの娘を殺したのよ」
予想できた答えではあった。
自嘲気味の笑いを浮かべながらリツコは、何処か浮世離れした表情で。
「私はあの娘にあの人を取られたの。貴方だって判るでしょう。だから壊したの。憎いから」
言葉はまるで歌うように軽やかにリツコの口から滑り出た。
もうリツコの精神は壊れ始めているのかもしれない。
でもまだ間に合う。間に合わせてみせる。
「・・・その碇司令があの娘を否定したのよ。『用済みの道具』ってね」
ミサトの言葉にリツコの眼が一瞬大きく見開かれ、驚愕の表情を見せた。
先に経緯を話した時、ミサトはこの話をしなかった。切り札になるような気がしていたから。
だがすぐに表情は平静のものに、いやより無表情なものに変わってしまった。
ポツリ、と掠れた言葉が口から漏れた。
「そう・・・いい気味ね」
その言い草に一瞬ミサトは怒りを覚えたが、漏れた嗚咽に怒りの沸点が下がっていった。
「お笑い種よ。親子揃って同じ男に捨てられて、奪った子まで捨てられて・・・滑稽過ぎるわ」
リツコは声を殺し、涙を流していた。

最初から愛される事など期待していなかった。あの人の心にはいつもユイさんがいるから。
一番は無理なら、せめて二番目で良かった。
でもあの娘にまで私は負けた。
あの娘の身代わりとして私は使われた。今の私は用済みの道具以下。

「・・・リツコ。そんなあの娘があんたには逢いたいって言ってるのよ」
ミサトの言葉を聞いたとき、目も眩むような怒りが、心の奥底から湧いてくるのをリツコは感じていた。
判ってるわよ。
あの娘が悪いんじゃない。みんなあの人のせい。
・・・でもじゃあ、私のこの痛みはどうすればいいの。
そのまま怒りは言葉となって口から吐き出された。
「だから何?お互い捨てられたもの同士で傷を舐め合え、とでも言うのかしら?」

ぐっと言葉に詰まる。
いつもならここら辺がリツコの境界線。あとは話を誤魔化し、愚にもつかぬ会話でお茶を濁して終わり。
でもお生憎様。今日はまだなのよ。
リツコ。あんたいつも他人など理解出来ない、自分なんて理解してもらえない、って悲観してるのね。
でもそれは違うわ。あたしはそれをやり通した人に逢ったのよ。
だから今日はとことんまでやりましょ。
友達を失うかもしれないのは正直怖いわ。でもこのまんまじゃあんたもホントにダメになっちゃう。

「違う!そうじゃない、そうじゃないのよ!」
ミサトは激しく頭を振って否定した。
「あんたがあの娘の事どう思ってるかは聞いたわよ!でもね、あの娘はあんたの事をそうは考えちゃいないわ!」
憎悪と嫉妬に満ちた表情のリツコが、一瞬はっと素に返った。
人形だとしか思っていなかった。
あの人にしてみればユイさんと逢うための道具。転じてユイさんの代替品。
でもあの娘はそれを表に出すのは下手だったけど、感情があった。心があった。

「あんたちょっとでもそういうの考えた事ある?」
今度はリツコが言葉に詰まる番だった。
本当に痛い言葉。
これはそのままあたしに返ってくる言葉。でも敢えて今は使わせて貰う。
大丈夫よ、シンちゃん、アスカ。リツコに言う言葉そのままに、もうあたし逃げないから。
ミサトは大きく息を吸って気持ちを落ち着けると、努めて穏やかに話し始めた。
「レイね、本当に可愛い笑顔で笑えるの。リツコ知ってた?」
リツコはまじまじとミサトを見つめた。
目の前にいる十年来の友人は、彼女の知らない温かい表情を浮かべていた。

「私は知らなかった。レイが司令に否定された時、真っ向から食ってかかったあの人のお陰」
あの時私はあの二人を見て、改めて知らされた。
血で繋がらなくたって、男は父になれる。少女は娘になれる。
心を開く勇気さえあれば、人の心が覗けなくても、肉で繋がらなくても、心が繋がる事はある筈だ。
御免ね、シンちゃん。ホントごめん。
あたし、シンちゃんを慰めるんじゃなくて、自分が寂しいのを紛らわそうとしただけよね。
心も開かずに肉で繋がったって、心が繋がらなければ余計寂しいだけ。
ねぇ、リツコ。あんたも・・・。

「あの人はきっと色んな重い何かを背負っているわ」
謎の壊滅を遂げた早乙女研究所の事、消滅した二百数十名の所員の事、例の「巴武蔵」の事。
そういえば結局、流竜馬はその「巴武蔵」の事を一言も喋らなかった。
それはきっととても重い事で、ミサトにはそれを聞く勇気は無かった。
きっと彼も、そして神隼人も重い何かを背負ってるのだろう。
とても他のものを背負う余裕なんて無い位重い、とても重い何かを。
「だけど司令に否定されたレイを見て、赤の他人なのに何の躊躇も無く手を差し伸べて、レイも背中に載せたの」
苦になるなんて表情も見せず、ヤマアラシの針に刺される事も厭わずに、抱きとめた。
だからヤマアラシはとても安心して、針を立てるのをやめて、自分も抱きしめられるようになったわ。
だからレイは『娘』としてあの人にとても懐いてるし、あんな笑顔で笑えるのね。
あんなにも強くて優しい絆があの二人の間に出来たのね。
あの姿はリツコにとって、そして私にとっての希望。

「あの娘はきっと『絆』の本当の意味が判ったのよ。そんなあの娘があんたに逢いたい、って言ったわ」
「・・・」
「あの娘にとって、あんたはかけがえのない人」
ミサトの言葉に、リツコは顔を無理に歪め、嘲笑いの表情を浮かべた・・・つもりだった。
でも出来なかった。
ミサトの言葉が胸に染み透って痛かった。
罵られるのなら、刺さるのならまだ耐えられる。だけど・・・その言葉は心に溶けて痛いのよ。
「・・・お生憎様。私は・・・あの娘を『管理』していただけよ」
やっとの思いで口から言葉を搾り出す。

「・・・そう。でもあの娘はそうじゃなかった」
この意地っ張り。
リツコ、あんたも私と一緒。心の奥底を曝け出すのが怖いのね。
あたしは踏み込む時に自分のカードを見せない。あんたは必要以上に近づかない。
やり方が違うだけ。
でもね、そりゃ怖いし、痛いし、辛いけど、そうしなかったら、他人が心を開く訳無いのよ。
向こうだって怖いし、痛いし、辛いんだから。
もっともアタシだって偉そうな事言ってるけど、あの二人に気づかされただけ。
いえ、違うわね。気づいていたけどやらなかっただけね。
大人になると人の思いに気がついていても、わざと鈍感になる事が出来る。
でも子供相手にそれはやってはいけない。
辛くても、苦しくても、受け止めてあげなきゃ。それが大人だもの。

「ねぇ、リツコ。自分を求めてくれる人がいるのは、凄く嬉しい事よ。あんたも知っているでしょう」
ミサト。貴方は知ってる?
そんな相手に裏切られた、と判った時の絶望感も格別なのよ。
・・・でも。
また裏切られるだけなのに。
何度も繰り返し通ってきた道なのに。
新たな繋がりを、「絆」を見出し、心の何処かで喜んでいる私がいる。
ああ。私はなんと無様なのだろう。
なんて私は馬鹿なんだろう。

「・・・ね。受け止めてあげよう」
ミサトの言葉に、ずっと嗚咽を漏らし、俯いていたリツコは僅かに無言で俯いた。ように見えた。
バカね。
こういう時は笑うものよ。
友人の姿を見て、そう考えたミサトは、自分の顔を何かが伝い、滴り落ちている事に気がついた。
こんなに涙脆かったっかなぁ、私。
涙を手で拭いながら、ミサトは微笑みを浮かべ・・・その眉が不審気に跳ね上がった。

「ね、リツコ。今・・・何か揺れなかった?」

彼女達は後に知ることになる。

その「揺れ」こそが、これから始まる異変全ての開始の狼煙だったことを。