E meets G 04

Last-modified: 2009-05-30 (土) 00:02:55

弁慶の運転する4WD車が、箱根の坂を疾走していく。
先ほどとは打って変わった勢いの車に、併走するように走る影が二つ、三つ。
大きさだけ見れば人ほどの大きさだが、時速80km超で走っている筈の車に併走できる生物など僅かだ。
まして人程の大きさを持つものなど、そうそういない。
ましてここは箱根だ。アフリカのサバンナでは無い。

助手席に移ったレイは、恐々と隣を走る影に目を凝らしてみた。
ごつごつとした鎧のような筋肉に覆われた逞しい、しかし何処か歪な肉体。
人間の形をしていながら、まるで獣のように四つ足で大地を疾駆していく。
衣服の類は一切身につけていない故、人では在り得ない灰褐色の肌がよく判る。
そしてその頭頂部には形はそれぞれ違うものの、角が生えていた。

まさに昔話に登場する「鬼」そのものの姿だった。

ふと併走していた一体の「鬼」とレイの視線が合ってしまう。
何の意志も感じさせない白目だけの眼。
何の表情も感じさせない醜い顔。
何が、という訳では無い。
だが何か根源的な恐怖がレイの心を鷲掴みにし、思わず仰け反る。
レイの様子を目にした「鬼」は耳まで裂けた口を醜く歪ませ、嘲笑った。
そのままレイ目掛けて「鬼」は襲い掛かる。
刹那、車に襲い掛かろうとした「鬼」が正確に額を銃弾に打ち抜かれ、転がり飛んでいった。
レイはその生々しい光景に目を逸らす。
未だに血が飛び散る様は、彼女の中で何かを連想させ、好きにはなれないようだった。

「ちくしょう。やっぱり奴等生き残っていやがったのかよ」
弁慶はハンドルを左右に忙しく切りながら、忌々しげに呟いた。
あの時、俺達は掛け替えの無い犠牲を幾つも払い、ようやっと奴等を殲滅した。筈だった。
だが奴等は潜んでいただけだった。
薄々は予感していた。
だがこうして目の前に現れてくると、いかな弁慶といえども衝撃は隠せない。

「・・・次はねぇ。それだけのこった」
車のサンルーフをぶち抜き、車の天井の上に座り込んでいる竜馬がぶっきらぼうに答えた。
その両手にはそれぞれ自動小銃が握られており、二丁拳銃ならぬ二丁小銃状態である。
普通は小銃を片手で保持する事など、射撃時の反動で出来るものではないのだが、この男の場合は例外らしい。
前後左右から襲い掛かる「鬼」を、表情も変えずに淡々と撃ち、確実に止めていく竜馬。
「鬼」は弱点である頭をことごとく打ち抜かれていた。
弾丸が切れそうになると見るや、片手でスリングを器用に回し、小銃の後部にあるマガジンを交換する。
交換している最中にも、もう片方の小銃が火を噴き、不用意に近づいてきた「鬼」を撃ち倒す。
ジョン・J・ランボーもダッチ・シェーファーも真っ青だ。

さしも弁慶も目を丸くしながら、感嘆の声を上げた。
「凄ぇもんだな・・・」
「ふん。10年以上傭兵やってりゃあ、この程度はどうって事はねぇ」
と、その表情が何かに気づいたかのように、不審そうなものに変わった。
「弁慶。やはり奴等の目的は俺達じゃねぇな」
「・・・なんだと?」
竜馬に言われ、弁慶は改めて前後に視線を走らせた。
確かに車に襲いかかろうとしていた「鬼」達は、何かを思い出したかのように急に離れていく。
その方向は一定で、彼等三人が進む方向そのものだった。

「奴等の目的地は・・・やはりNERVか」
素早く予備のマガジンに交換しながら、油断無く左右を警戒していた竜馬が呟く。
「どうやら間違いねぇな・・・だが今になって、それも何だって、奴等はNERVを襲う?」
それは彼等にとって以前からの疑問だった。
レイの事も含め、「鬼」は明らかにNERVに対して行動を起こしている。
以前奴等と事を構え、何処かへと叩き返した早乙女研究所の残党である竜馬達を殊更無視するかのように、だ。
しかし、ならばレイは何故NISERに跳ばされたのか?
秘密裏に行動を起こすのならば、そんな事をする必要は何処にも無い。
まるで行動に一貫性が無い。

「・・・それだけじゃねぇ。俺達の知ってる奴等は基本、本能で動く。統率されて動くなんざ滅多にねぇ」
「組織だって動くって事ぁ・・・誰か操ってる奴が後ろにある、ってぇ事か」
二人の脳裏に、ある共通の名前が浮かんだ。
しかし、奴はあの時、彼等自身の手で叩き潰した筈だ。
だが「鬼」達がこうして復活したのならば、「奴」もまた・・・。

「・・・ま、奴等の考えてる事なんざ知ったこっちゃねぇ・・・俺達に出来る事ぁ唯一つ」
「おう、この世界から奴等を全部叩き出す!」
レイが吃驚した顔で、隣の弁慶を見つめた。
いきなり大声を出した事もあるが、こういう緊急時にも頼もしい、とは思っていなかった。
その声に竜馬は、唇の端をくいい、と引き歪める。
竜馬は不敵で満足げな笑みを、その険しい顔に浮かべていた。
何時だって変わらない。闘いこそが、流竜馬の血を熱く滾らせるのだから。

「判ってんじゃねぇか・・・いくぜ、弁慶ぇ!!」
「おおお!!」

二人の男の雄雄しき咆哮に応えるかのように、車はNERVに向かって更に加速していった。

同じ頃、一機のVTOL機が富士山麓の研究施設に降りていく。
「大分ご無沙汰していた上に、いきなりこんな無理を・・・」
VTOL機から足早に駆け下りると、神隼人は滑走路で待つ研究所の責任者と思われる男に挨拶した。
この男にしては珍しく、いつもの傲岸不遜ぶりは何処へやら、実に殊勝な態度で接している。
「なに、気にする事は無いさ」
隼人と同年代と思われる男は、屈託無さそうに隼人に笑いかけた。
男の胸についている名札には、「所長」と役職が彫り込まれている。
間違いなく男はこの研究施設の所長のようだ。
「所長」は隼人を送迎の車に乗せると自らハンドルを握り、駐機場から立ち並ぶ倉庫群へと車を走らせていく。
車中に入り、隼人は軽く頭を下げながら、口を開く。
「万が一を考えて、NISERにアレを置いておく訳にはいかなかったばかりに・・・申し訳ない」
「判っているさ。君達とは昔からの付き合いだ。この程度、どうという事は無い」

NERVの碇司令を前にしても態度の変わらない神隼人ともあろうものが、これ程までに低姿勢なのは実に珍しい。
だがそれだけの事をこの「所長」にはしてもらっている。
これまでの彼等の繋がりを考えても、それは過分な事と言って良かっただろう。
彼等二人を乗せた車は倉庫群のある一角で止まった。
そのまま「所長」は隼人を促し、倉庫の中に入っていく。
半地下になっているその巨大な倉庫の階段を下りながら、「所長」は隼人に話しかけた。

「君が来る。そう聞いて、既に再チェックも終了させておいた。いつでも動かせるぞ」
「何から何まで・・・有難うございます」
「俺の前でそんなに余所行きの態度になるなよ、隼人。ちょっと哀しいぜ」
如何にも快活そうに「所長」は声を上げて笑った。
隼人も苦笑するしかない。
昔からこの「所長」には頭が上がらないのだ。

「そういえば此処に来る前に、旧東京に寄ったそうじゃないか?・・・日重工かな?」
ドアのノブに手を掛けた「所長」がふと思い出したように、隼人の方を振り向き、話を切り出した。
「お見通しですか・・・こちらの研究成果を提供、資金援助についての道をつけておきました」
苦笑しながら隼人も答えた。
この研究施設で、ましてこの場所では盗聴等を心配する必要は無い。
「『JA』・・・とか言ったか、あれの開発は、例の暴走騒ぎで研究開発は凍結されたと聞いているが・・・」
JA、正式名称ジェットアローンは、日本重化学工業共同体が建造した人型兵器である。
核分裂炉で動く格闘戦を前提とした陸戦兵器であり、かつて公開試験まで漕ぎ着けた代物ではあったが、その公開試験時に
謎の暴走事故を起こしてしまい、以降その後の消息は殆ど語られていない。

「打てる手は出来るだけ打っておきたいものですから」

隼人は先日会った、JAの元開発責任者である時田を思い出していた。
覆い隠せない失態の代償として、あの騒動のあと閑職へと飛ばされた時田を訪ね、隼人は旧東京市に立ち寄った。
出元は明かせない、と前置きした上で、リアクターとバランサーについての設計案を手渡した時の時田の表情は見物だった。
「これは・・・一体・・・何処からこんなものが・・・こんな発想があったなんて・・・凄すぎる」
時田の顔に浮かんでいるのは、驚愕と歓喜の表情だった。
「すまんが先にも言ったとおり、出元は明かせんよ」

悪いな。
こいつがもう15年以上も前に生み出された技術だってのは、内緒でな。
だが隼人は以前から気にかかっている事がある。
技術の出元、早乙女博士が天才である事は間違いの無い事だ。
だがこの技術全てがその天才の頭脳から生み出されたのなのだろうか?
エネルギー、メカトロニクス、素材、引いてはその加工技術etc。
全てに新機軸、どころか15年経った今現在の技術ですら及ばないこの発想、技術を、早乙女博士は何処から得たのだ?

「この構想を盛り込めれば、JAはどれだけパワーアップ出来るのか・・・想像もつかない・・・」
時田の呟きが、隼人を過去から現実へと引き戻す。
時田の表情は夢見るように華やぎ、急に現実の自分に立ち返ったかのように、自らを嘲笑うかのように顔を歪める。
「はは・・・私は、何を言っているんでしょうな・・・」
時田はぐるりと自分の周りを見回す。
重機開発とは無縁な、人目で閑職と判る環境で、自分に何が出来るのか。
まして「JA」の再設計・開発など最早、夢以外の何者でも無い。
情熱は失っていないつもりだ。だが情熱だけでは何も出来ない事もある。
「その事に関してはな、まだオフレコなんだが、再び『JA』の開発を始めるらしい。無論責任者は君だ」
既に内務省に直接連絡を取り、JA開発再開の約束を取り付けてある。
数日中には日重工の上層部にも通達される筈だ。

その後の時田の態度については、敢えて触れる事も無いだろう。

「さて、と。ちょっと明かりをつけてくる」
「所長」の声と共に、隼人はドアの中に入った。
奥も判らない程に暗く巨大な倉庫。その奥には巨大な何かの影が見て取れる。
明かりが灯った。

水銀灯に照らされた影は、大型の三機の飛行機のような建造物だった。
飛行機のような、と表現したのは、そのフォルムが余りにも既存の飛行機とは違うものであるからだ。
だが見るものが見れば、その形状が「リフティングボディ」と呼ばれる機体全体で揚力を発生させるものである事に気がつくだろう。
それぞれ赤、白、黄に塗装された三機のその機体は、建造されてから随分な時間が経つのか、塗装がくすんで見える。

神隼人は靴音を響かせ、白い機体の前で足を止める。
隼人にとってそれは忘れる事が出来ない、忘れようの無い機体。
かつて彼は、いや彼等はこの機体に乗り、命を懸けた戦いに身を投じた。
色んな事があった。
彼のかけがえない友も、師も、仲間もほぼ全て、彼の前から永遠に姿を消した。
言葉が自然と隼人の口から漏れ出た。

「出来る事ならば使いたくは無い・・・こいつはあまりにも多くの命を吸い上げている」
「神隼人ともあろうモンが、殊勝な事言ってんじゃねぇよ」
いつの間にか「所長」が隣に来て、隼人と同じように白い機体を見上げていた。

「所長」は全てお見通しのようだ。隼人は相も変わらず、苦笑する他無い。
口調の方もかつてのぞんざいな、隼人にとって懐かしいものに戻りつつあるようだ。

「ゲッター線の研究を今も続けてるのは何のためだ?・・・今がその時なんじゃねぇのかい、隼人?」
「・・・そうだな、甲児」

少しの逡巡の後、今も昔も変わらぬ旧友に、彼らしい不敵な笑みを見せた。もう迷いは無い。

その機体はここ光子力研究所で15年間眠り続けていた。
今また神隼人は一歩を踏み出す。
15年間眠り続けたかつての愛機、今は亡き早乙女博士の作り上げた「ゲッターロボ」と共に再び闘う為に。