GOGO!恐竜帝国

Last-modified: 2011-03-20 (日) 06:06:44

――それは、一本のビデオテープから始まった。
 
「い、一大事ですッ!? 帝王ゴール様!」
 
「どうした? バット将軍」
 
名参謀・バット将軍の常ならぬ狼狽に、帝王ゴールの胸中で不安の種が爆ぜる。
 
「地リュウ一族のニオンよりの報告です。
 日本で新種の……、新種のハチュウ人類が活動していると……!」
 
「な、何だと!」
 
「まずは、この映像をご覧ください」
 
震える手元を隠そうともせず、バット将軍がビデオをセットする。
しばし、ザーッと言う砂の嵐が流れた後、パッと画面が切り替わり……。
 
『イッエ――ィ!! ガチャガチャピンピン! ガチャピンでぇーっす!』
 
「~~~~~~~~~~ッ!?」
 
 
――そして、そのショッキングな映像を前に、恐竜帝国覇者・帝王ゴールもまた、声を失った。
 
 
『ひらけ~、ポン、キッ、キー!』
 
「――ッ!? かっ! 会議だアァァァ―――ッ!!』
 
 
――それが、恐竜帝国、ひいては人類の運命までをも巻き込む、長い一日の始まりになろうとは
  この時はまだ、誰一人として知る由も無かった……。
 



 
――新種のハチュウ人類現る。
 
その驚異のニュースはたちどころに帝国全土を駆け抜け、会議室には主だった幹部達が招集された。
 
「さて、急ぎ集まってもらった所すまないが、バット将軍、始めてくれるか?」
 
「はい……、まずはこちらのモニターをご覧ください」
 
説明に合わせながら、将軍が手元のコンソールを操作する。
たちまち会議室中央の巨大なスクリーンに、子供向けテレビ番組の映像が映し出される。
その画面中央、子供達と戯れる丸っこい恐竜?の子供の姿に、席上のあちこちでどよめきが起こる。
 
「将軍……、この映像は?」
 
「日本のテレビ番組【ひらけ!ポンキッキ】です。
 この、画面中央にいるパーソナリティ【ガチャピン】が、今回報告のあった新種のハチュウ人類です」
 
バット将軍の説明に居並ぶ諸将が息を呑む。
かつて、ゲッター線の脅威に敗れ、彼らの祖先が地下へと潜ってから幾星霜。
まさか現在に至り、地上で尚も生き続けた恐竜の裔と再開を果すことになろうとは、
一体、誰が予期できたというのであろうか?
 
「ガチャピン……、何者なんだ?」
 
「Wikipediaによると、人類の前に初めて姿を見せたのは1973年4月2日、
 キャプテンなる人物が南の島から持ち帰った卵より生まれ、以後、現在まで日本で生活しているようです。
 ひらけ!ポンキッキの終了後も同国で芸能活動を行っており、いわば国民的アイドルと……」
 
「ええい!そんな報告はどうでもいい」
 
ラチの開かない議論に辟易し、帝王ゴールが一喝する。
 
「問題はこいつの能力じゃ、こいつはどの程度の実力を有しておる?」
 
「――ここに、ニオンからの映像データが」
 
言いながら、バット将軍が手元の【ガチャピンチャレンジシリーズ】なるDVDを立ち上げる。
――直後、
 
「「「「 う、う お オ ォ ォ ォ ォ ッ !?」」」」
 
と言う驚愕の声が、会議室で爆発する。
一同が衝撃に固まる中、スクリーンには、はんごうのような大きなスケート靴を履きこなし、
広大な銀盤の上を優雅に舞うガチャピンの姿が映しだされていた。
 
「ダブルアクセルだと……、何と言う高等技術」
 
「信じられん、80kgと言う体重のハンデをまるで感じさせん動きだ」
 
「――ですが、ヤツの真に恐るべきは、これからです……」
 
バット将軍の解説に合わせるように、映像が次々と移り変わる……。
 
――ジェットスキー、スキューバダイビング、スノーボード、体操、スキージャンプ
  空手、モトクロス、パラセーリング、ラート、カンフー、マウンテンバイク
  ジムカーナ、エアリアル、トランポリン、やぶさめ、ロッククライミング、サンドバギー……。
 
かつて地上最強の5歳児が日本の地で刻んだ、数多の伝説を目の当たりにし、歴戦の兵達が声を失う。
 
「陸、海、空、完全制覇だと……?」
 
「ゴール様、真の脅威は、奴の異常なまでのタフネスです。
 本来、寒さに弱いはずのハチュウ人類が、ヤラピーク登頂に成功するなど。
 普通ならば考えられる事ではありませんぞ」
 
「ヤツの恐ろしさはそれだけではありません。
 ニオンからの報告によれば、ガチャピンは1998年8月、宇宙船ソユーズTM-28に搭乗し、
 ロシアの宇宙ステーションミールにて宇宙飛行を行ったとの事」
 
「バ、バカなッ!? 仮にもハチュウ人類が、ゲッター線に満ちた宇宙にかッ!?」
 
帝王ゴールの狼狽に対し、脂汗を拭いながら、バット将軍が静かに頷く。
 
「ヤツの無尽蔵のスタミナがどこからくるのかは分かりません……。
 けれど巷では、その両手首にある7個のエネルギーボールが関与してるのではないかと、
 まことしやかに囁かれております」
 
「エネルギーボール?」
 
「わ、わかったァァ――ッ!」
 
と、話がガチャピンのイボに及んだ時、それまで沈黙を守り続けてきた
恐竜帝国科学技術長官・ガリレイが、不意に素っ頓狂な叫び声を上げた。
 
「な、いかがしたと言うのだ、ガリレイ……?」
 
「何と言う恐ろしい事……、ゴール様、ヤツの秘密は
 間違いなく、あのエネルギーボールの中にあります」
 
「……? Wikipediaによれば、あのイボは勇気と力の源とあるが……」
 
「現代科学において、そんなメルヘンはありえません!
 アンパンマンだって、新しい顔が無ければ戦えないんですぞ!」
 
「た、確かに……」
 
「よく考えてみてください。
 ゲッター線に対する高い耐性、陸海空問わぬ活動範囲、そして無尽蔵のエネルギー……。
 それら全てを加味すれば、あのイボの中身は一つしかあり得ません」
 
「……!? ま、まさかッ!?」
 
あまりの衝撃に顔を引きつらせるゴールに対し、ガリレイが冷酷に首を振る。
 
「おそらく、あのイボの役割はゲッター線吸収装置……。
 つまりガチャピンは、ゲッター線をエネルギーとして活動しているのです!!」
 
 
「「「 な っ !? な ん だ っ て ぇ ―――ッ!? 」」」
 
 



 
――ゲッター線を喰らう、新種のハチュウ人類。
 
常軌を逸した怪物の出現に、室内の時間が凍りつく。
どれ程の時間が流れたであろうか、ハッと我に返ったゴールが、反駁の声を上げる。
 
「いやッ!イヤイヤイヤッ!
 いくらなんでも、そんなワキャないだろうガリレイ!
 我々にとって、不倶戴天の敵であるゲッター線を取り込むなど……」
 
「帝王……、我々はヤツの『恐竜の子供』と言う肩書きに騙されていたのです。
 考えてもみなさい、一体どんなハチュウ類が進化すれば、
 あんな、コケシを縦に潰した生物が出来ると言うのです?」
 
「ぐっ……、い、言われてみれば……」
 
「あの……」
 
と、二人の会話を遮り、末席にいた若い幹部の一人が声を上げる。
 
「さっきから気になっていたのですが……、
 この、ガチャピンの後ろでチョロチョロしてる、赤いモップみたいなの……
 コレ、一体なんですか?」
 
「ん? あ、あー……、バット将軍」
 
「お、お待ちください、ゴール様」
 
帝王に促されるまま、将軍がグーグル検索を開始する。
 
「あ、ありました、ええと……。
 そのモップの名前は【ムック】、ガチャピンの一番弟子にしてパートナー。
 出身地は……、え、ええ!?」
 
「どうした? バット将軍」
 
「……出身地は北極近くの島、雪男の息子と書かれています……」
 
「「「雪男!?」」」
 
――新たに判明した奇怪なるパートナーの存在に、議場がたちまち色めきだつ。
 
「何てこと、世紀の大発見じゃないか!」
「なんでそんな怪しい奴が、芸能活動をしているんだ!」
「日本は……、一体何が始まっていると言うのだ?」
 
「クソッ! 一体どんな交友関係だッ!?」
 
――ダン、と
やけくそ気味にテーブルに叩きつけられたゴールの右拳が、乾いた音を立てる。
 
「お、落ち着いて下さい! 帝王ゴール!」
 
「やかましい! そもそも同じ5歳児なのに師弟関係とかおかしいだろ!
 そりゃ一体どんなパートナーだ!?」
 
「――!? 帝王、今『5歳児』と……?」
 
「……ん、手元の資料には、そう書いてあるが?」
 
不意に言葉を失い、顔面蒼白となったバット将軍の姿に、ゴールが怪訝な表情を向ける。
 
「……ゴール様、【ひらけ!ポンキッキ】が開始したのは、1973年4月2日」
 
「 ! ? 」
 
バット将軍の言葉の意図に気付き、慌てた一同が一斉にスクリーンを見つめる。
画面は2010年【ModNation-無限のカート王国-】の広報にいそしむガチャピンの姿が……。
 
「と……、歳をとっていない……!」
 



 
――午後7時30分。
 
実に10時間近い激論が繰り広げられた会議室にも、ついに結論の時が訪れようとしていた。
 
「もはや、間違いありますまい……。ガチャピンはハチュウ人類などではない。
 ヤツは……、そして、おそらくはパートナーのムックも、
 我々とは違う目的を持った【侵略者(インベーダー)】です」
 
「【侵略者】……将軍、ヤツの目的を侵略と決めつけて良いのだろうか?」
 
「私にもそこまでは……、けれどゴール様。
 今、考えねばならぬのは、驚異的なまでのヤツの人気です」
 
言いながら、バット将軍がネットサーフィンを再開する。
 
「ご覧なさい、このガチャピンのツイッターに対するフォロワーの数。
 現時点で90万を超えています。
 これはあの人気アイドルの野口ヒデキやアグネス・チャンはもちろん
 現在の総理大臣すらも上回り、日本トップとなる数です」
 
「ガチャピンは、そんなにも人類の支持を受けているのか……」
 
「カリスマとさえ言っても良いでしょう。
 もしヤツが本気で動き出したなら、東洋の島国に、
 カエサルやナポレオン、ヒットラーでさえ成し得なかった、
 強大な独裁政権が誕生する事になります」
 
「…………」
 
有能なるブレーン達の出した結論に、ゴールが沈黙したその時――。
まさにその時、風雲急を告げる最期の一報が飛び込んできた。
 
「ゴ、ゴール様に伝令! ニオンより、ガチャピンに関する新たな報告が届きましたッ!」
 
「な、何だとッ!?」
 
「このカセットテープの中に、かつてガチャピンが人類に託したメッセージが入っていると……」
 
「誰かあるッ! 急ぎ議場にラジカセを持ってこいッ!!」
 
 
 
――5分後。
 
居並ぶ重臣達が固唾を飲んで見守る中、ゴールが震える指先で、ラジカセの再生ボタンを押した。
 
 
―― てれってれ、てれてれてれてってってってってってってって…… ――
 
 
緊張感に満ちた室内に、ノイズ混じりの脱力気味なメロディが響き渡る。
 
 
 
【たべちゃうぞ】
 
作詞 北村恒子/岡本おさみ  作曲 吉田拓郎
唄 ガチャピン
 
たべちゃうぞたべちゃうぞ いたずらする子はたべちゃうぞ  
バターたっぷりぬりつけて お砂糖ぱらぱらふりかけて  
大きな大きな口あけて 食べる子どの子 どの子にしようか  
じゃんけんぽんよ勝ったら食べろ 負けたら逃げろ
 
  
たべちゃうぞたべちゃうぞ おなべにゆでてたべちゃうぞ  
頭の方からなげこんで まだまだぐらぐらぐつぐつ  
おいしいスープのできあがり 食べる子どの子 どの子にしようか  
じゃんけんぽんよ勝ったら食べろ 負けたら逃げろ
 
   
たべちゃうぞたべちゃうぞ 眠ってる間にたべちゃうぞ  
おもちゃ大事にしない子は 壊れた自動車汽車怪獣  
仕返しやってくる夢の中 食べる子どの子 どの子にしようか  
じゃんけんぽんよ勝ったら食べろ 負けたら逃げろ  
 
じゃんけんぽんよ勝ったら食べろ 負けたら逃げろ……
 
 
 
――そして、室内には再び静寂が戻った。
 
 
 
「……諸君、このメッセージの意味、どう捉えるべきであろうか?」
 
「……歌詞を鵜呑みにするならば、
 ガチャピンは人類捕食のための巨大な牧場を、日本に作り上げようとしているのでは……?」
 
「いや……」
 
ガリレイの推測を、バット将軍が力なく打ち消す。
その顔色は蒼白を超え、もはや土気色に近い。
 
「歌詞の中の『いたずらする子はたべちゃうぞ』に注目して下さい。
 いたずらする子……、つまりこの歌は、地上征服を目論む我々への警告なのです」
 
「……ガチャピンは、我々が気付くよりもずっと早く、
 恐竜帝国の存在を察知していたと?」
 
「…………」
 
――重い、重い沈黙が議場を支配する。
 
永遠とも思える長い沈黙の果て、ついに帝王ゴールが口を開いた。
 
「ともかく、地上征服計画は、延期をせざるを得ないな……」
 
 
 
 
――人類の危機は、去った。