榎原神社
住所:宮崎県日南市南郷町榎原甲1134-4
主祭神:天照大神、天忍穂耳命、彦火瓊々杵命、彦火々出見命、鵜茅葦不合命、神日本磐余彦命
社格:県社
主な祭礼:11月8-9日(例祭)

↑楼門↑
(由緒:パンフレットより)
万治元年(一六五八)戊戌十二月二十三日旧第三代飲肥藩主(伊東氏第二十一代)伊東大和守祐久公(慈雲公)の
勧請にして代々藩主の崇敬斜ならず爾来官幣大社鵜戸神宮と並称して飫肥の御両社とし
藩内護国の鎮守として藩主より社録神領の寄進あり往時は榎原山犬権現と称し来たりしが
明治元年(一八六八)榎原神社と改称し明治六年(一八七三)郷社に列せられ
昭和五年(一九三〇)八月一日県社に列せらる。
万治元年(一六五八)戊戌十二月二十三日旧第三代飲肥藩主(伊東氏第二十一代)伊東大和守祐久公(慈雲公)の
勧請にして代々藩主の崇敬斜ならず爾来官幣大社鵜戸神宮と並称して飫肥の御両社とし
藩内護国の鎮守として藩主より社録神領の寄進あり往時は榎原山犬権現と称し来たりしが
明治元年(一八六八)榎原神社と改称し明治六年(一八七三)郷社に列せられ
昭和五年(一九三〇)八月一日県社に列せらる。
又、寛政十年(一七九八)戊午五月二十八日建立の摂社桜井神社に内田萬寿姫の神霊を奉斎す

↑拝殿↑

↑桜井神社↑

↑祖霊社↑

↑鐘楼↑

↑夫婦楠↑
大きな鳥居をくぐると文化13年(1816年)に建立された立派な楼門が見えてきます。
和様式と禅宗様式とが折衷した神仏習合の建築様式になります。その先の鐘楼も堂々とした佇まいです。
かつて榎原神社の境内には「創建の飫肥杉」と呼ばれる杉の巨木がありました。
飫肥藩三代藩主伊東佑久が万治元年(1658年)神社創建の際に杉を植えたことから、この名がつきました。
老朽や災害のために伐採され、2005年まで最後の1本が残っていましたが、台風の落雷を受けて伐採しました。
