■早く起きた朝は
まどろみを抜けて、ぼやける目をこすって、最初に飛び込んできたのは目の前にあるほむらちゃんの寝顔だった。
「わわ……っ」
無防備な寝顔。 いつもの凛々しさとは対照的に、キリリとつり上がっているはずの眉はヘタリと垂れていて、 口元は緩んで、白い前歯がチラリと覗いている。 無造作に突き出された唇を間近に見せつけられて、私はつい目を逸らしてしまった。
時計は6時30分を指している。 日曜日の朝にしては早起きだった。
「起きてる……?」
そっと、声をかける。 暫く見つめる。 返事はなく、規則正しい呼吸音と、揺れる肩だけが返ってきた。
日曜だもんね。 少しくらいゆっくりするのもいいか、と思って、毛布をかぶり直した。
ベッドは狭いから、寝やすい姿勢を作ろうとすると自然とほむらちゃんと密着してしまう。 顔が近い。 視界がぜんぶほむらちゃんで埋められてしまった。
んん、やだな……。 また顔が熱くなって、おなかがふわふわしてしまう。
ツンと、とんがった唇を見つめる ……キスしたら、どうなるのかな。 まるで、してくださいって言われてるみたい……。
だめだ、こんなことを考えてたらいけないよ。 まだ日曜の朝なんだから。
「こういうのは、夜になってから……」
小声で自分に言い聞かせる。 朝からこんな調子じゃ、折角のお泊りもきっと楽しめない。 ……でも、ずっとほむらちゃんのことばかり考えて、ふわふわするのも良いかなって、少しだけ思う。
「夜になったらどうなってしまうの?」
「ふぇっ!?」
突然ほむらちゃんの囁きが聞こえて、ビックリした私は悪いことをしている気分になって、慌てて枕に顔を埋める。 恐る恐る目を開けると、口元に笑みを浮かべて、お上品にクスクスと笑っているほむらちゃんがいた。 もしかして、ずっと起きてた……?
「まどかったら、変な顔ばっかりするから、面白くて寝たふりして観察しちゃったわ」
うわわわわ……っ。 ぜんぶ見られてたんだ……。 頬がぽっぽっと熱を帯びて、それだけで自分の顔が赤くなっていることがわかった。
「そんなに赤くして、何を考えていたの?」
ふわりと、すっかり火照った頬を撫でられる。 くすぐったくて、恥ずかしくて。 うんん……とくぐもった声を漏らしてしまった。
何を考えていたの? そんなの、聞かなくたってわかるのに……。 ほむらちゃんはいつもそうやって私にいじわるする。 私が恥ずかしがるようなことをして、それでいて「どうして恥ずかしいの?」って聞いてくる。
そんなの、そんなの……。 ほむらちゃんを意識してるからに決まってる。
「教えてくれないの……?」
頬を撫でていた手が私の身体を降りていって、首筋を撫でるとそのまま頭の後ろに回りこんで、抱き寄せられてしまう。 すっかり、ほむらちゃんの腕の中で包まれてしまった。 驚いて「きゃっ」と声を出してしまったけど、構わず私は抱きしめられたまま。 目の前にはほむらちゃんの首筋があって、息をするたびにシャンプーの香りが頭の中に広がって、それだけで私はほむらちゃんしか考えられなくなる……。
「好きぃ……」
そう、言っていたのは私だった。 驚くほど自然に、気がつけば口にしていた。 少し前までは好きと言うだけで恐ろしかったのに、今では挨拶のように何度だって言えてしまう。
初めはただの友達だと思っていた。 特別仲が良くて、言葉もいらないくらい互いを知っていて。 それはさやかちゃん達とはまた違った形の親友で、これからも変わらず続くものだと思っていた。
でも、それは今の私達が否定している。 私達はまだ中学生で、女の子同士だっていうのに、 こんなにもほむらちゃんが愛しくて、いつだって大人達にばれないように愛を囁いている。
「まどか」
かすれるような愛の囁きが頭の上から降ってきて、ぎゅっと抱きしめられる。 頭をすりすりと撫でられる。 きっとほむらちゃんが頬ずりしている。 それがわかると、やっぱり私は恥ずかしくなってしまう。
きゅっと閉じていた目を開けたら、さっきよりも近くにほむらちゃんの首元があった。 少し顔を動かせば唇がついてしまうくらい……。 ほむらちゃんは私の気持ちなんかそっちのけで「ん、ん」と幸せそうに頬ずりしている。 それが愛しくて、切なくて……。 私も、そっとほむらちゃんの肌に顔をくっつけた。
おでこを下顎に、鼻は首に。 首筋には、控えめにキスをした。 たったそれだけの行為なのに、私にはとても重くて、意味のあるものに思えた。 まるで少し前まで、一言好きと言うだけなのに、あんなに震えていた私と同じだった。
「ぁ……」
唇でくすぐられたほむらちゃんが小さく声を上げた。 その後、またクスクスと笑い声がして、もぞもぞとほむらちゃんの身体が密着してきた。 さっきまでは顔だけだったのに、今は全身がくっついている。 ベッドがきしんで音を立てて、毛布から繊維がこすれる音がした。 ほむらちゃんが「まどか……」と私の名前を呼んで、そっと身体を浮かせる。 私は左腕をその隙間から回して、ほむらちゃんの背中を撫で付けた。
そっと、ゆっくりと抱きしめる。 もうこんなにくっついて、胸が潰れるくらい混ざり合ってるのに。 それでも、こうして抱きしめるという行為はまだ怖くて、少しずつ味わいたい気がした。 もしかしたら、私は怖いと思うことに価値を感じているのかも、と薄々気付いてくる。 好きと言うことが自然になってしまったのを惜しむように、 この行為もいつか慣れてしまうから、不慣れで怖い今を大切にしたいと、そんな気がした。
両方の腕がほむらちゃんの背中に密着して、もう力を込める必要がなくなると、 私は我慢するものがなくなって、甘えんぼのように身体を擦り合わせた。 んぅ、んぅ、と私の口からいやらしい声がする。 その動きがまるで匂いをつける猫のようで、私の気持ちは高ぶって、頭にモヤがかかったみたいに麻痺していった。
「まどかぁ……」
ほむらちゃんも私と同じように声を上げる。 切ない声が耳に届いて、後からほむらちゃんも身体を擦り寄ってくる。 よかった……。 ほむらちゃんも同じ気持ちで。
気がつけば私の呼吸は荒くなっていて、一呼吸するたびに胸の奥までほむらちゃんの匂いが満ちていた。 ほむらちゃんほむらちゃんほむらちゃん……。 顔に風が流れるのを感じて、もう一度抱きしめる。 隙間なんてあってほしくない。
何度もおなかを擦り合わせて、私のパジャマはだらしなくめくれてしまっていた。 直にほむらちゃんの温度が伝わる……。 はぁ、と深い息を漏らして、その心地よさを味わう。 ほむらちゃんのパジャマがおなかにこすれて、くすぐったくて、切なくなる……。 切なさが気持ちいい……。
ただそれだけなのに、私はいやらしく弾むような声を上げて、その行為を繰り返す。 んんぅ……。 ほむらちゃんも察してくれて、頭を撫でながら胸から腰まで擦り合わせてくれる。 ホントに、本当に、それだけなのに。 とてもいけないことをしている気分……。
「好き、好きぃぃ……」
好きの気持ちがどんどん溢れてくる。 耐えられなくて、何度も言葉にした。 どんなに囁いても胸が震えて、こんなに言葉にしているのに私の気持ちは膨らむばかりで、 乱暴にほむらちゃんを抱きしめて、好きだよぅ……、と精一杯の気持ちを吐き出す。 今まででいちばん切なくて、苦しい『好き』だった。
「まどか、こっち見て」
ほむらちゃんは抱きしめていた腕を離して、手で私の顎をひいて上を向かせた。 突然のことで驚いて、ただ眺めていた私に、 ほむらちゃんはそっとキスをした。
「ほむらちゃん……」
ほんの数秒。 ううん、一秒もなかったかも知れない。 短すぎるキスを終えて、また向き合う。 ほむらちゃんは子供をあやすママのように笑う。
「好きだけじゃ足りないときは、こうすればいいの」
そう囁かれて、今度はおでこにキスをもらう……。 そうしてから顔を真っ赤にして俯くほむらちゃんがたまらなく愛しくて。
ちゅ……。
私から、小鳥のハミングのようなキスを送る。 めいいっぱい上を向いた顔を戻して、少ししおらしくして見せる。 少し、やりすぎたかな。 なんて……。
ほむらちゃんの方は少しだけ慌てて、顔をふにゃっと緩ませたけど、 すぐに、しょうがないわねの顔になって、また頭を抱きしめられる。
「好きじゃ足りなかった……」
自分でも聞こえないくらい小さな声で言い訳をする。 クスっと笑って、頭を撫でてくれる。
「私も一緒よ」
また頭のてっぺんにほむらちゃんが頬ずりをしながら、そして囁きが降ってきた。 えへへ……。 ほむらちゃんに一緒だよって言ってもらえるだけで、私はこれ以上ない安心感で満たされる。
暫くほむらちゃんの首筋に頬ずりをして、私はまたおなかを擦り合わせる。 こうしてると、ほむらちゃんに溶け込んでいくみたいで……気持ちいい。 身も心もほむらちゃんと一つになって、気持ちも考えてることも全部伝わって、 痛みも悲しみも二人で背負って、喜びも愛しさも二人で育みたい。
もう、身体を擦り付けるだけじゃ足りなくて……。 まだくっついていない脚を、そっと密着させる。 膝でほむらちゃんの太ももをさする。 ほむらちゃんは「うん……」と小さく返事をして、脚を滑りこませられるくらいに脚を開いてくれる。
膝を曲げた脚を、ほむらちゃんの脚の間に挟ませる。 そのまま根本まで噛みあわせて……腰を擦り寄せた。
「ふ、ぁ……」
喉を絞るようなか細い声を上げたのはほむらちゃん……。
「んんぅ……っ」
くぐもった声を漏らして身体を震わせたのは私……。
二人共、はしたなく腰をひくつかせている。 これがどんな行為なのかはわからないけど、きっといけないことだってわかる。 こうしてると、おなかの下がズンズンって気持ちよくなって、声が出ちゃう……。 ほむらちゃんも同じみたいで、私をいっそう強く抱きしめて、気持ちよさを我慢していた。
「好き、好き……」
言葉を覚えたての九官鳥のように、何度も何度も気持ちを言葉にする。 そうしないと、もっといやらしいことをしそうになると思った……。
「ぁ、ぁ、は……」
ほむらちゃんの声がどんどん荒くなっていって、ようやく私は我に返って行為をやめた。 ダメだ。 自分のことばかり考えて、ほむらちゃんの気持ちを考えてない。 これじゃ悪い子になってしまう。
「ごめんねっ……その……」
頭を包まれたまま上を見る。 ほむらちゃんは目を閉じて、せつなそうに息をしていた。 そっか……。 ほむらちゃんも気持ちよかったんだよね……。
少しだけ、それなら続けてもいいんじゃないかって思ったけど、やっぱりそれは違う。
「まどか……」
とろん、とふやけた顔のほむらちゃんは、私とおでこをくっつけて呼吸を整えている。 顔が近くて、今更恥ずかしくなる……。 ツンと、とんがった唇に、私はそっとキスをした。
ちゅ……。
唇を離す。 泣きそうな顔のほむらちゃんがじっと見つめていた。
「好きが足りないときは、こうするんだよね」
そう言って、頬を撫でてあげる。 そしたらほむらちゃんは柔らかく笑って、私はまた抱きしめられる。
「えへへ、苦しいよ」
今は、これでいい。 私達はまだ中学生で、女の子同士で。 だから、これから長い時間をかけてゆっくり愛し方を学べばいい。 急ぐことはない。 間違えたっていい。
二人で歩く道は、きっと楽しいから。
「それで、夜になったらどうなってしまうの?」
「ううぇっ!?」
えへへっ。