51スレ/ソメイヨシノ

Last-modified: 2014-05-13 (火) 23:37:48
947 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 07:50:19.58 ID:68oTLjcnP
あのとき吐いた私の声が、今も頭の中を渦巻いて、そのたびに嫌な想像をかきたてていた。
どうして。というこの問いは既に回答済みだ。
あのとき、放課後の教室には二人以外に誰もいなくて、その二人とは私とほむらちゃんだった。
少し開いた窓から春風が吹いてカーテンをはためかせていた。
鞄をとって帰ろうとする私を、ほむらちゃんは言葉もなく抱きしめていた。
素直に、怖かった。
付き合い始めたのはほんの一週間前。デートだってまだしていない私達なのに
そういうのはまだ早いんじゃないかと思った。
咄嗟に手を離して後退る。足が机にぶつかってゴムが床をこする音が辺りに響くと、ほむらちゃんも驚いて身を離した。

『どうして、そうなるの?』

茜色に染まった教室に、今度は私の冷えた声が響いた。
大声ではないのに、あまりの声の冷たさに自分の喉が凍りつくんじゃないかと思い、震えた。
その震えがまた別の恐怖心と後悔に変わる前に、私はほむらちゃんを残して逃げるように下校した。
そのときのほむらちゃんの、今にも泣きそうに歪ませた顔は……思い出したくない。

それが丁度3時間前の出来事。
私は問う。どうして『どうして、そうなるの?』なんて言ったの?
答えは簡単。私が怖がりなだけ、覚悟していなかった私が悪いんだ。
ほむらちゃんに告白されて、軽い気持ちで付き合い始めた私に神様が怒ってるんだ。
いつもは表情を顔に出さない、凛としてるほむらちゃんが
声が枯れるほど泣いて、そうまでして告白してくれた気持ちをちゃんと受け止めなかった私への罰なんだ。

「まどかさん、聞こえてます?」
「あ、ごめん」

仁美ちゃんと通話中の携帯電話の存在を忘れて、自問自答にふけってしまった。
手からこぼれそうになっていた携帯電話を持ち直して耳に当てる。

「落ち着いて話しあえば平気ですわ、ほむらさんも優しい方ですもの」
「それは、そうだけど」

そうだけど。
私を不安にさせるのは、それだけじゃないんだ。
これまた簡単で、俗な話だけど。
私は『恋』がわからない……。

「ねえ仁美ちゃん、恋って……なにかな」

私の問いに、仁美ちゃんはそうですねぇと考えをまとめるときの相槌を打つ。
きっと顎に手を当てて、一生懸命考えてくれているんだろうな。

「触れるだけでは足りないもの……でしょうか」

少しの間のあとに仁美ちゃんはそれだけ告げて、私の言葉を待った。
触れるだけでは足りない……。
わからないよ、私もほむらちゃんに触りたいし、手を繋げばそれだけで体が熱くなって歯が浮きそうになる。
本当は目を合わせるだけでも恥ずかしくて大変なのに。
ほむらちゃんはそんな私を置いて、もっともっとって、先に行って……。
あ……。

「恋に相性って……あると思う?」
「それは否定しますわ、恋とは歩み寄るものですから」

私の不安は、恋が上手なほむらちゃんに距離を感じていたからなんだ。
仁美ちゃんはそれをすれ違いと言った。
ほむらちゃんと仲直りするには、私が勇気を出す番なんだ。

不安の理由は、やっぱり簡単だった。


948 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 07:51:43.07 ID:68oTLjcnP
通学路を吹く風は昨日より暖かい感じがした。
待ち合わせ場所に着くまで、私は何度も謝る練習をしていた。
重くなる足取りを勢いよく前に出して嫌な想像を追い払う。
ほむらちゃんに謝って、仲直りして、仲良くなるんだ。
付き合い初めて一週間、たった一週間でお別れなんて絶対にイヤ。

ここの角を曲がればもう待ち合わせ場所だ。
勇気を体に込めたけど、角から覗きこむのが精一杯だった。
公園の入口で春風に髪をなびかせるほむらちゃんがいた。ぽつんと立っていた。
いつもは私が来る方のこっちを向いているのに、今日は反対を向いている。
そのとき、音を立てて風が吹いた。周りのソメイヨシノが葉をざわつかせた。

「あ……」

目が合う。……逸らす。
足が震えた。逃げ出したい。昨日のように逃げてやり過ごしたい。
でも、だめだ。仲直りすると決めたんだ。逃げてたまるか、逃げてたまるもんか!
いつもママが出かける前にやっているのと同じように、私はグッと地面を踏みしめて力を入れた。

「おはよう!」
「お、おはよ……」

朝の挨拶が終わる前に、私は考えるよりも先にほむらちゃんの手を掴んだ。
もうすれ違いしたくない。離れたくない……。

「仲直りしよう!」

目を合わせる。今度は逸らさない。
強引に掴んだ手はいつの間にか握手に変わっていて、ほむらちゃんは驚いていたのは初めだけで、すぐにいつもの優しい顔になった。

「昨日はごめんなさい……まどかの気持ち、考えてなかった」

凛としていて、それでもどこか弱々しさが残る表情で、弱々しく言葉を紡いでいた。
そっと撫でられる手がくすぐったかった。
その薄い唇が閉じられると、ほむらちゃんは瞳をうるませて私の返事を待っていた。

「わ、私も……好きなのに、ごめん」

あんなに謝る練習をしたのに、私の口から出たのはたったそれだけだった。
どうやらさっきまでの勇気は弱気に変わってしまっていた。
顔を上げると、とうとう溜まった涙を溢れさせてしまったほむらちゃんがいて
いつもならハンカチを出すのだけど、今日は繋いでいた手をほどいて、ほむらちゃんの背中に回して。
そっと、頬を伝う涙に口付けた。

「泣かせちゃった」

泣いているのに、ほむらちゃんは優しく微笑んだままだった。
小さく頷いて、同じように手を回すほむらちゃんに私は体を預けた。
そうさ。
二人の歩幅が違っても、手を繋いだら、もうどんな夜道だってはぐれたりしない。
ほむらちゃんは桜前線より少し遅く。
私は桜前線より少し速く。
恋は、きっとそういうものなんだ。

それでも私達は何度もすれ違いをして、そのたびに互いを探して歩きまわると思う。
でも、それでいいんだ。すれ違わなきゃ、私はほむらちゃんを知らないままなんだから。
早咲きしたソメイヨシノが私達を祝福するように花びらを散らした。

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