プロローグ: 新たなる目標
メルベロムの司令室。ホログラムに映し出された帝国の星図の中央で、巨大な要塞都市が禍々しい光を放っていた。帝都を守る最後の盾にして、帝国全軍を統括する総司令部が置かれた牙城――「フォーボシア」。
「フォーボシアを制圧すれば、帝国の首に王手をかけることができます。しかし…」
トルティヴは厳しい表情で続けた。
「現在の我々の戦力で真正面から挑めば、勝率は3%未満。玉砕覚悟の特攻ですら、その防衛網を突破することは不可能でしょう」
重い沈黙が司令室を支配する。ネクワが静かに口を開いた。
「……そうだね。今のままでは、犬死にするだけだ。もっと、圧倒的な力がいる。常識を覆すほどの、理不尽なまでの力が」
その言葉に応えたのは、リクティの左目に宿るAI、B-IVだった。
『提案します。人類の感情的な判断、犠牲への躊躇、それら全てを排した、純粋な数学的勝利プラン。コードネームは――『神々の鉄槌(ハンマー・オブ・ゴッズ)』計画』
第一章: B-IVの努力
B-IVが提唱した『神々の鉄槌』計画。それは、フォーボシアの鉄壁の防衛網を、ただ一点の暴力的なまでの火力で粉砕するという、あまりにも大胆不敵な計画だった。
『リクティ、この計画の成否は、君とカトルプの技術、そして僕の演算能力にかかっている。君の身体的負担は増大するだろう。だからこそ、次の戦いに備え、より高度な戦闘訓練とシミュレーションを積むべきだ』
B-IVの言葉は、機械的ながらも、パートナーであるリクティを深く気遣う響きを持っていた。
「分かってるさ、B-IV。お前がそこまで言うなら、やるしかないだろ」
リクティは不敵に笑う。
「最高の頭脳(おまえ)がいて、最高の腕(わたし)がいる。不足してるのは、それを形にするための最高の変人だけだ」
二人の視線は、部屋の隅で目を輝かせている天才技術者、カトルプに向けられた。
第二章: 大型兵器の開発
カトルプは、B-IVから送られてきた膨大な設計要求データを見て、歓喜の声を上げた。
「何これ!こんな無茶苦茶な要求、最高じゃない!惑星級殲滅砲に、自律型戦闘機械の軍団ですって!?B-IVちゃん、私のこと分かりすぎ!」
彼女は寝食を忘れ、設計に没頭した。B-IVが提示する冷徹で完璧な戦術データに、カトルプの常識外れな発想と卓越した工学技術が融合していく。それはまさに、悪魔に魂を売るかのような、狂気と情熱に満ちた共同作業だった。
設計が完了すると、次なる課題は量産だった。そこで動いたのがマルトだ。
「私の財閥の力を、舐めないでちょうだい」
彼女は帝国内の裏ルートを駆使し、複数の軍需企業の経営権を秘密裏に買収。反乱軍の敵であるはずの帝国の工場で、帝国を滅ぼすための兵器を製造させるという、前代未聞の離れ業をやってのけたのだ。
「これで必要な材料も部品も、全て帝国の金で賄えるわ。準備が整えば、フォーボシアへの進撃も夢じゃない」
ネクワは、次々と組み上がっていく巨大な兵器を見上げ、その圧倒的な力に手応えを感じながらも、静かに呟いた。
「……これが、我々の新たな力か」
第三章: フォーボシア攻略の準備
メルベロムの巨大な訓練場で、反乱軍はフォーボシア攻略に向けた猛訓練を開始した。特に、『神々の鉄槌』の中核をなす超長距離荷電粒子砲『グングニル』の習熟訓練は苛烈を極めた。
教官役を買って出たネクワが、その最初の引き金を引く。
試射のターゲットは、宙域に浮かぶ直径数キロの小惑星。ネクワがトリガーを引いた瞬間、空間が歪むほどのエネルギーが放たれ、光の槍が小惑星を跡形もなく消滅させた。
兵士たちから、地鳴りのような歓声が上がる。だがネクワは、操縦桿を握る自分の手が微かに震えているのを感じていた。
(これは……人の手に余る力かもしれない。道を誤れば、我々自身が帝国と同じ、破壊者になってしまう…)
戦略会議も大詰めを迎えていた。
「『神々の鉄槌』による先制攻撃で、フォーボシアの防衛ラインに穴を開けます。B-IVの計算によれば、最も脆弱なのは中央ブロック。そこを、カトルプの設計した新型攻城兵器でこじ開け、地上部隊が一気に流れ込む」
トルティヴが最終作戦を告げる。
「補給は、マルトの財閥が確保したルートで万全を期します。この作戦に、失敗は許されない」
全員が、固唾を飲んで頷いた。
第四章: フォーボシアへの進撃
そして、運命の日が訪れた。
メルベロムの大地を、鋼鉄の軍勢が埋め尽くす。天を突くほどの巨体を誇る『グングニル』。大地を疾走する無数の自律戦闘機械。そして、10万の兵士たち。その光景は、帝国の建国以来、誰も見たことのない規模の軍勢だった。
トルティヴが、全軍に向けて演説する。
「全軍、傾聴せよ!我々の前にあるのは、帝国の心臓部!この戦いは、我々にとって最後の、そして最大の試練となるだろう!歴史は今日、この場所から変わるのだ!フォーボシアへ!勝利をその手に掴み取れ!」
「「「オオオオオオッ!!!」」」
地鳴りのような雄叫びと共に、反乱軍はフォーボシアへの進撃を開始した。
「みんな、準備はいい?信じるのは、自分と、隣にいる仲間だけだ」
ネクワの言葉に、兵士たちは力強く頷く。
「B-IV、全システム、グリーンか?」
『リクティ、問題ない。勝利への全てのパラメーターは、我々の手の中にある』
彼らは、帝国の防衛線を突破し、都市を制圧するため、運命の大規模進撃を開始した。
「これで全てが変わる。私たちの未来は、このフォーボシアで決まるのよ」
マルトの呟きに、カトルプが応える。
「ああ!私たちの技術と勇気と……あと、ちょっとの無茶があれば、必ず勝てるさ!」
第五章: 順調な進撃
反乱軍の進撃は、破竹の勢いだった。進撃路上の帝国軍基地は、『神々の鉄槌』の圧倒的な火力の前に、抵抗らしい抵抗もできずに次々と沈黙していく。兵士たちの間には、勝利を確信する楽観的なムードが漂い始めていた。
「このまま行けば、フォーボシアに到達するのも時間の問題だね」
マルトが微笑む。
「新型兵器の調子も上々!これなら、フォーボシアも楽勝だね!」
カトルプも腕を組んで頷いた。
しかし、そのあまりにも順調すぎる状況に、ネクワだけが眉をひそめていた。
「……おかしい。抵抗が、なさすぎる。まるで、罠の敷かれた道を進んでいるようだ」
その時、リクティのコンソールに警告が表示された。
「B-IV、どうした?」
『帝国軍の撤退速度が、僕の計算上の理論値を大幅に超えている。まるで、何かから逃げるように……いや、何かを『おびき寄せる』ために、意図的に道を開けている可能性がある。リクティ、警戒レベルを最大に引き上げてくれ』
その言葉が終わらないうちに、フォーボシアまであと一歩という彼らの目の前で、空が―――不気味なほど、静かな光に包まれた。それは、彼らが予想だにしなかった悲劇の、始まりの合図だった。
第六章: 帝国軍の奇襲
フォーボシアの防衛ラインは、反乱軍の想像を絶するほどに強固だった。進撃路上の抵抗は、この本命の罠に誘い込むための、計算され尽くした偽装だったのだ。
「全軍、怯むな!敵が最後の抵抗を見せています!我々も全力で対抗するのです!」
旗艦のブリッジで、トルティヴが冷静沈着に檄を飛ばす。
「B-IV、敵の動きが速すぎる!予測が追いつかない!」
リクティが焦りの声を上げる。
『了解。敵性AIの思考パターンを再解析。防衛ラインの第7セクターに、0.8秒間だけシールドの脆弱点が発生する!』
「ネクワ!その情報に賭ける!第7セクターに全火力を集中させて!」
トルティヴの指示が飛ぶ。
反乱軍はB-IVの情報を頼りに、一点突破を図る。しかし、帝国軍も最新鋭の兵器で応戦し、戦場は両軍の血と鉄が入り乱れる地獄絵図と化した。
その時、トルティヴはブリッジのモニターに映る、ある一点のエネルギー反応に気づいた。それは、ネクワが駆る機体を正確に狙う、超長距離からの狙撃。
「ネクワ!危ない!」
トルティヴが叫ぶと同時に、彼女はブリッジから最も近い迎撃砲座へと飛びつき、ネクワへの弾道を逸らすべく、身を挺して迎撃レーザーを放った。
敵の狙撃はわずかに逸れた。だが、その代償として、敵陣の奥深くから放たれた巨大な対艦ビームが、無防備となった旗艦のブリッジを正確に貫いた。
轟音と閃光。強烈な爆風が全てを薙ぎ払う。
「トルティヴッ!!」
ネクワの絶叫が響き渡る。煙が晴れたブリッジの中央には、致命傷を負い、血の海に倒れるトルティヴの姿があった。
「急いで医療班を!早くしないと!」
マルトが叫ぶが、駆け寄ったネクワには分かってしまった。もう、手遅れだと。
「リクティ!B-IV!トルティヴの状況を…!」
『……計測するまでもない。リクティ、司令官トルティヴのバイタルサイン…ロスト。彼女は……戦死した』
B-IVの冷徹な言葉が、戦場に響き渡った。その瞬間、激しかった戦闘の音が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえた。誰もが動きを止め、信じられないものを見るように、炎上するブリッジを見つめていた。
反乱軍の光であり、道標であった指揮官が、目の前で命を散らしたのだ。
第七章: 失意と決意
トルティヴの死は、反乱軍の心臓を抉るに等しい衝撃だった。長年にわたり、その知性とカリスマで反乱軍を導いてきた絶対的な支柱の喪失。戦況は一気に帝国軍へと傾き、反乱軍の戦線は崩壊寸前に陥った。
「トルティヴ……嘘だろ……どうして、君が……」
ネクワは、トルティヴのまだ温かい亡骸を抱きしめ、声を震わせた。
「信じられるかよ…!あのトルティヴが、こんな…!」
リクティはコンソールを叩き割り、悔しさに顔を歪めた。
「うそ……うそだよね…?ねえ、トルティヴ……いつもみたいに、冗談だよって笑ってよ…」
カトルプはその場に泣き崩れ、現実を拒絶するように首を振り続けた。
絶望が、伝染病のように全軍に広がっていく。だが、その深い失意の底で、ネクワは顔を上げた。その瞳には、悲しみよりも深く、燃え盛るような怒りの炎が宿っていた。
彼女はトルティヴの遺志を胸に、自らが新たな心臓となることを決意した。
「…トルティヴの死を、無駄にするな」
彼女の声は、通信を通じて全軍に響き渡った。
「悲しむのは後だ!泣いている暇があったら銃を取れ!彼女が命を懸けて守ろうとした希望を、我々の手で未来へと繋ぐんだ!トルティヴの見たかった景色を、我々が、必ずこの目に焼き付ける!」
その魂の叫びは、絶望に沈んでいた兵士たちの心を、再び奮い立たせた。
「…ネクワ…」
「B-IV、全力でネクワをサポートする。トルティヴの…仇を討つぞ」
『了解。トルティヴの夢を実現するために、僕の全リソースを投入する』
マルトも、カトルプも、涙を拭い、それぞれの武器を強く握りしめた。
第八章: フォーボシアの攻防
ネクワは、リーダーとしてではなく、反乱軍の「切っ先」として、戦いの最前線に立った。
「私に続け!フォーボシアを制圧し、トルティヴの夢を実現する!」
彼女は鬼神と化した。エーティミア・リピーターが空間を切り裂き、帝国軍の兵器を次々と藻屑に変えていく。その姿に、兵士たちは死んだはずの指揮官の幻影を見た。
リクティとB-IVは、悲しみを精密な戦術へと昇華させ、帝国軍の司令系統を的確に叩き潰していく。カトルプは怒りをエネルギーに変え、新兵器の安全リミッターを全て解除。マルトは自らの財閥のネットワークを駆使し、崩壊しかけた補給線を死守した。
トルティヴの死は、彼らを打ち砕くのではなく、一つの巨大な炎として燃え上がらせた。反乱軍は、悲しみを怒りに変え、一致団結して帝国軍に決死の反撃を開始した。
第九章: トルティヴの遺志を胸に
激しい攻防の末、ついにフォーボシアの中央司令塔が陥落し、反乱軍の旗が翻った。
勝利の雄叫びが、戦場に響き渡る。だが、その声には歓喜だけでなく、深い悲しみが入り混じっていた。多くの兵士が、天を仰ぎ、亡き指揮官の名を叫んでいた。
「やった……やったんだ、トルティヴ……」
リクティが呟く。
『ああ。リクティ、私たちの勝利だ。トルティヴも、きっとこの光景をどこかで見ているだろう』
「ええ。これで、ようやく次の一歩に進めるわ」
マルトの目にも、光るものがあった。
フォーボシアを制圧した反乱軍。しかし、そこに祝勝ムードはなかった。
制圧した司令室の中央には、誰も座ることのない司令官の椅子が、静かに置かれている。ネクワは、その椅子にそっと触れた。かつて、トルティヴが座っていた場所に。
「見てるか、トルティヴ。お前の夢の、始まりだ」
その呟きは、誰に聞かせるでもなく、静かな司令室に響いた。彼らの戦いは、大きな代償と、そして決して消えることのない遺志を胸に、まだ続いていく。
