(連合歴6999年0月2日――フォリトス地下都市。平穏を切り裂くように、地響きにも似た重低音と共に、甲高いサイレンが鼓膜を突き刺した。それは、この都市の住民が最も聞きたくないと願う音だった)
人口音声「緊急事態発生、緊急事態発生。これはJ-ALERT、国民保護に関する情報です。これは演習ではありません。緊急レベル、5。正体不明、Arpeggio所属とみられる大規模部隊が現在、フォリトス第七区画外壁に向かって侵攻中。推定戦力、およそ20万。民間人は速やかに最寄りの指定シェルターへ、Kronecker所属の全戦闘員及び対策チームは速やかに防衛ラインに向かってください。繰り返します……」
(冷たく無感情な合成音声が、絶望的な数字を告げ続ける。それと同期するように、通路の壁や天井を走るライン照明が一斉に不気味な赤色へと変わり、点滅を始めた。鋼鉄の床を伝って、遠くから人々の悲鳴や怒号、そして重厚な防護シャッターが閉まる轟音が響き渡り、都市全体が巨大な獣の断末魔のように呻いている)
アルデント「な、なにっ!? 20万って……本気なの!? 昨日まで平和に眠ってた私の世界はどこに行ったのよ! それってもう、ただの争いじゃなくて、戦争レベルでしょ!?」
(アルデントは自分の耳を疑い、恐怖と混乱で蒼白になった顔で叫んだ。数日前まで、彼女の世界は静寂と暗闇だけだった。その落差が、現実感を奪っていく)
クロネッカー「はい……データ上、間違いなく。どうやら本気でフォリトスを、我々Kroneckerの心臓部を、根こそぎ潰しに来るつもりのようですね。
このタイミング……私たちが“神器”を起動させた情報を掴んだのでしょうか。まったく、連中も抜け目がない上に容赦というものを知りません」
(クロネッカーは壁面のモニターに高速で表示される戦況データを冷静に見つめながら、その口調とは裏腹に、瞳の奥には氷のような怒りと、この状況すら利用しようとする戦略家の光を宿していた)
ドゥンケル「問答無用だ! 俺たちは前線に行くぞ。アルデント、お前はクロネッカーと一緒に司令部の最奥にあるシェルターに避難しろ。これはもう、通常の小競り合いじゃない。お前がどうこうできるスケールを遥かに超えている!」
(ドゥンケルは既に腰のホルスターから大型の拳銃を抜き放ち、アルデントの肩を掴んで有無を言わさぬ口調で告げた。その目には、過去の戦場で守れなかった誰かの姿が重なっているかのようだった)
クロネッカー「――待ってください、ドゥンケル」
(クロネッカーは静かに、だが決して聞き逃すことのできない強さでドゥンケルを制する)
クロネッカー「せっかくこの絶好のタイミングです。それに、この絶望的な戦力差……。アルデントさんに、その“QUAOUR”で初陣を飾ってもらうのはどうでしょうか? 伝説の力が本物ならば、この状況を覆せる唯一の可能性です」
アルデント「はっ!? なにを言ってるの!? 私、目覚めてまだたったの二日目だよ!?
それに、戦いなんて、誰かを傷つけるなんて、私――!」
(アルデントは、自分の手の中にある美しいナイフが、途端に恐ろしい凶器に見えてきて身震いした)
B-IV「クロネッカー、その提案は無謀を通り越して狂気の沙汰だ。彼女はまだ“記憶”すら取り戻していない、戦闘訓練ゼロの素人だ。現在のシミュレーションにおける彼女の単独生存確率は0.01%以下。神の力があるという不確定要素だけで、死地に立たせるのは非論理的極まりない」
(B-IVはアルデントの前に立つように一歩踏み出し、クロネッカーに対して明確な反対意見を述べた。その声はいつも通り平坦だが、そこには論理的帰結に基づく強い否定の意志があった)
クロネッカー「ええ、私もその通りだと思います。無謀であり、狂気であり、非論理的でしょう。ですが、“ただの一般人”が、あの解析不能だった立方体を手にした途端、神級認証を受け、神器を完全起動させたんですよ?
その時点で、彼女はもはや我々が保護し、シェルターに隠すべき“か弱い民間人”以上の存在じゃないですか? 彼女は、この世界のルールを根底から覆しうる“切り札”です」
ドゥンケル「おい、落ち着けクロネッカー、それはただの“賭け”に近いぞ。神器が本当に制御できる保証はないし、敵の集中砲火を浴びてあっさり死ぬかもしれん! もしものことがあったら、お前は責任を取れるのか!」
クロネッカー「ええ、もちろん。この作戦が失敗し、彼女が命を落とすようなことがあれば、すべての責任は司令官である私が負います。
ただ、忘れないでください。この決断は、最終的にはアルデントさん自身が――“選ぶべき”です。私たちが彼女の力を無理に強制することなど、それこそ誰にも許されない」
(その言葉は、まるで重力のようにその場の全員の意識を引き寄せた。ドゥンケルの怒りも、B-IVの論理も、そしてアルデントの混乱も、すべてが彼女に向けられる)
アルデント「……私が、選ぶ?」
(彼女は自分の手にある、黒く、星の光を閉じ込めたように輝くナイフ――QUAOURを見つめる。
その滑らかな刀身に映るのは、まだ誰かも思い出せない、怯えきった自分の顔。そして、その背後で赤く点滅し、崩壊しかけている世界の断片)
アルデント「……20万の兵士が、この場所を壊しに来るんでしょ?
ここで逃げたって、きっとすぐに追いつかれる。シェルターに隠れたって、この都市が落ちたら同じこと。どこにも、もう安心できる場所なんて無いんじゃないかな。だったら――」
(アルデントは、小さく、震える息を吸い込み、一度強く目を閉じて、そして、ゆっくりと開いた。その瞳には、先程までの怯えではなく、濁流に飲み込まれることを覚悟した者の、静かな決意が宿っていた)
アルデント「私が戦うよ。
でも、約束して。私は自分が何者なのか、なぜこんな力を持っているのか、何も知らない。その答えを、全部、戦いながら取り戻す。それでもいい?」
クロネッカー「……もちろんです。私たちはあなたを信じます、アルデントさん。あなたの記憶を取り戻すためにも、全力でサポートします」
(クロネッカーは深く頷き、その表情は安堵と、これから始まる苛烈な運命への覚悟で引き締まっていた)
ドゥンケル「はぁ……肝が据わってるのか、ただの無謀か……まあ、いい。どっちでもいいさ。
戦うってあんたが自分で決めたなら、ごちゃごちゃ言うのは野暮ってもんだ。その背中は、この俺が必ず守ってやるよ」
(ドゥンケルは呆れたように頭を掻きながらも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。彼は拳銃をホルスターに戻し、代わりに背負っていた巨大なライフルを手に取る)
B-IV「了解。プランAを破棄、緊急プランBに移行する。アルデント、君の脳神経に直接、基礎的な戦闘データと戦術行動パターンを急ぎでインストールする。多少の負荷がかかるが耐えろ。
QUAOURのエネルギー制御と武装アシストは私がリアルタイムで担う。……行こう、“破壊神”。これが君の最初の記録(レコード)だ」
リクティ「フッ、ようやく揃ってきたみたいだね。役者が。私たちが待ち望んだ、“神々の再臨”ってやつが」
(それまで壁に寄りかかり静観していたリクティが、初めてはっきりと微笑み、ゆっくりと歩み寄ってきた。その瞳は、まるで遠い未来を見通しているかのように輝いていた)
(こうして、アルデントは自らの意志で、初めての戦場へと歩み出す。それは、彼女が失われた自分を取り戻すための、そしてこの歪んだ世界と対峙するための、最初の戦い。
神と人の狭間で、眠っていた運命の歯車が、地響きを立てて再び大きく動き始めていた。)
