深久デハ10形電車(しんくデハ10けいでんしゃ)は、かつて深久鉄道に在籍した特急型電車。
1930年(昭和5年)から1942年(昭和17年)にかけて新製されたデハ10形・クハ10形・デハ11形・クハ11形・デハ15形・クハ15形各型式の総称である。
深久デハ10形電車(黒土田鉄道博物館) |
目次
基本情報
製造所 :東涼車輌製造
(現 涼城車輛)
大叶車輛工業板町工場
(現 真久車両製造所)
製造年 :1930年 - 1942年
主要諸元
軌間 :1,067mm
電気方式 :直流1,500V
(架空電車線方式)
最高運転速度:95 km/h
概要
全線電化や新路線開通に伴う車両の増備は1926年(昭和元年)をもってひと段落し、その後の輸送力増強は非電化時代に使用されていた客車の電車化改造により賄われていた。
その後、それまでは一般車で運用されていた月灯線・綿川線への特急列車向けに、専用の新型車両を増備することとなり、新製されたのが本系列である。
車体
深久デハ1形系列の最終製造から5年の間隔が開いたこともあり、全くの新設計で新製されたその車体は、浅くなった屋根と大きめの窓、両側貫通構造となった半流形状の前面も相まって軽快な印象となった。
ただし車体裾の切り込みはデハ1形より踏襲している感は否めない。
デハ・クハ共に両運転台車となり、増解結による柔軟な運用が出来るようになった。
車内は特急用車両にふさわしくクロスシートを装備し、デハは車内主電動機点検蓋を設置する関係上一部がロングシートとなったが、クハは全席クロスシートとされている。
主要機器
電装品は全車共通で、本系列より全面的に国産の機器が採用された。
各型式詳細
本系列は以下の3形式から成り立っており、製造年代及び用途別に仕様が異なる。以下、形式ごとにその詳細を述べる。
デハ10形・クハ10形
- デハ1101 - 1104
- クハ1101 - 1104
1930年(昭和5年)に全8両が製造された。デハ・クハともに東涼車輌製造製である。
当初はデハ101 - 104、クハ101 - 104として落成したが、1933年に原番号プラス1000で改番され、増備車と番号を揃えられている。
1950年に施工された大改番の際にモハ4100形・クハ4100形となった。
本グループはデハ104(デハ1104)の一両が戦災で被災し、別形式(4150形)となり、他はモハ4100形・クハ4100形と改称された。
竣工時 | 改番 | 大改番 | 備考 |
デハ101 - 103 | デハ1101 - 1103 | モハ4101 - 4103 | |
デハ104 | デハ1104 | モハ4150 | 戦災復旧車 |
クハ101 - 104 | クハ1101 - 1104 | クハ4101 - 4104 |
デハ11形・クハ11形
- デハ1111 - 1112
- クハ1111 - 1112
1932年(昭和8年)に製造されたグループ。デハは東涼車輛製造製、クハは大叶車輛工業製である。
基本的な車体は同じだが、通勤用として製造されたため全車ロングシートでの落成となった。
また、柑橘鉄道のデハ16形と同型車となっている。
本グループはクハ1112の1両が戦災で被災し、別形式(4150形)となり、他はモハ4100形・クハ4100形と改称された。
竣工時 | 大改番 | 備考 |
デハ1111・1112 | モハ4111・4112 | |
クハ1111 | クハ4111 | |
クハ1112 | クハ4150 | 戦災復旧車 |
デハ15形・クハ15形
深久デハ15形電車(黒土田鉄道博物館) |
- デハ1151 - 1154
- クハ1151 - 1154
1942年(昭和17年)に全8両が大叶車輛工業で新製された。
基本仕様や主要寸法は10形・11形グループに準じているが、車内は全ロングシートとなり、両運転台仕様は本形式で撤廃され2両1編成での固定編成となった。
太平洋戦争が激化しつつあった時代背景を反映してか、車内各部の造作が簡素化されたものとなった。
1950年の大改番の際は10形・11形グループとは異なる付番方式での付番が採用され区別された。
本グループはデハ1152とデハ1153-クハ1153の3両が戦災で被災し、別形式(4550形)となり、他はモハ4500形・クハ4510形と改称された。
竣工時 | 大改番 | 備考 |
デハ1151・1154 | モハ4501・4502 | |
デハ1152・1154 | モハ4551・4552 | 戦災復旧車 |
クハ1151 - 1152・1154 | クハ4511 - 4512・4514 | |
クハ1153 | クハ4553 | 戦災復旧車 |