悪徳の栄え

Last-modified: 2021-12-07 (火) 01:30:20
 

ただ執拗に 飾り立てる
切り落とされると知りながら

 

ただ執拗に 磨き上げる
切り落とされると知りながら

 

恐ろしいのだ 恐ろしいのだ
切り落とされる その時が

 

             BLEACH29 THE SLASHING OPERA(抜粋)

 

◆ ◆ ◆

 

「は、はぁっ……! はぁっ……! ぜーっ、ぜーっ!」

 

佐天涙子は当て所のない逃避行を続けていた。
迷路のように続く商店街のモールを右へ左へ。
逃げども逃げども佐天の心は休まらなかった。
それもこれも、安藤のファックサインを目にしたのが全ての始まりだ。
勘違いから始まった疑心暗鬼は夏の入道雲のように膨らみ、みるみる佐天の心を黒く染めていた。

 

「疲れた……」

 

佐天は一息つくべく自販機近くの薄汚れたベンチにより掛かると、デイパックに入っていた時計で時刻を確認した。
今は午前六時前だ。
つまり、安藤と鷲巣の戦闘を目撃してから三時間以上が経過している計算になる。

 

「え、あたし、三時間も走ってたの!? いやいやいや、これ女子中学生の体力じゃないでしょ……」

 

自分自身に軽くツッコミを入れつつも、胸に手を当てて息を整える。

 

「すぅー! はぁーっ! すぅー! はぁー! なんか落ち着いてきた。これってラマーズ法?
 なんかそういうのあったよね。腹式呼吸で。っていうかさっきのはなんかの見間違いじゃないかな!
 うんうん。あたしみたいなか弱いJCをいきなり殺し合わせるなんて……ね? 絶対見間違いだよ。これ、ドッキリでしょ。ドッキリ。
 どっかにカメラがさ、こういうゴミ山みたいなところなんかに仕込んであったりして――――ふにゃッ!!」

 

ゴミの山の中に仕込みカメラが隠れていないかと無造作に手を突っ込んだ佐天の肌に、不気味な感触が走る。
恐る恐る手を引き抜いて確認してみると、予想に違わず人のものと思われる毛髪であった。
しかも、長い。長いだけならまあいい。やたらとツヤツヤしているのだ。
ゴキブリを思わせる光沢に佐天は息をつまらせ、それらを手からほどこうと乱暴に振り回した。

 

しかし、ほどけない。
ゴミ山の奥で髪が絡まっているのか、はたまたその髪の持ち主が埋まっているのか――。
佐天は遺棄死体という可能性を頭から無理やり締め出し、その髪を指で慎重に引き剥がそうとした。
すると、なんとその髪が意思を持っているかのようにウニョウニョと蠢き出したではないか。

 

「ぎゃああああああああああ!!」

 

ここまで予想外の事態に連続で見舞われてきた佐天はパニックになって、髪を手に付けたまま振り返り、これまで来た道を逆にダッシュし始めた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

その勢いでゴミ山の中の髪とその持ち主(?)も引っ張られ、困惑するような声とともに雨後の筍のようにニョキッと煮玉子のような頭頂部が姿を表した。
そう、それは、上条当麻に殴り飛ばされてゴミ山にダイブし、そのまま気を失っていたチビ太である。

 

「なっ、なにしやがんでえ!? バーロー、こんちきしょー!」

 

状況が飲み込めないまま江戸っ子口調で罵り出すチビ太。
必死でもがきながらゴミ山から這い出ると、そこに立っていたのは――。

 

「て、天使だ……!」

 

「ふぇ!?」

 

21歳のおでん屋は、女子中学生に一目惚れをした。

 

◆ ◆ ◆

 

「へへへ! 涙子ちゃんよぉ、どんどん食べてくれよな!」

 

「いふぁれふぁくてもふぃまふよ!!(言われなくてもしますよ!!)」

 

チビ太は例の屋台で佐天におでんを振る舞っていた。

 

「いやー、涙子ちゃんは食べっぷりが良いからおいらも見てて気持ちがいいぜ」

 

チビ太はすっかり鼻の下を伸ばし、おでんを頬張る佐天を見つめる。

 

「ふぇ、ふぃふぃふぁふぁ、なんふぇふぁんなふぉこにふまってふぁんでふぁ?(ってか、チビ太さん、なんであんなところに埋まってたんですか?)」

 

それを知ってか知らずか、佐天は微妙に話題をそらした。

 

「ん……? そりゃまあ、海よりも深く山よりも高いワケがあるんだけどよぉ……」

 

ゴニョゴニョと誤魔化そうとするチビ太。
それもそのはず、惚れた女の前で自分が倒された話をしたい男がいるわけがない。

 

「つーか、マジで助かったぜ、こんちくしょー! おいら、あのゴミ山から脱出するためにラブ・デラックスを何度も伸ばしたんだけどよ――」

 

「あ、大根おかわり下さい」

 

「はいよ、大根いっちょう! ――まあ、なんつーのかな、こういうのって……。巡り合わせみてーなものを感じちまうんだ」

 

チビ太は大根を差し出しながらそう言うと、照れ隠しで鼻の下をこすった。

 

「へえ。君、さてはその女の子に恋してるんですね」

 

「へっへっへ! いきなりそんなこと言うんじゃねーよ! こんちきしょー!」

 

おでんの湯気でよく見えないが、いつの間にかもう一人客が来たようだ。

 

「いいじゃないですか。俺も昔、恋人がいましてねぇ。美しい人だったんだけど、とある船の沈没事故で見殺しにされてしまったんですよ」

 

「お、おう……」

 

しだいにその男の声が狂気を帯び始める。
そういう湿っぽい話はヨソでやれってんだ、バーロー! チビ太は内心毒づいた。

 

「ああ、螢子。苦しかっただろうなあ、辛かっただろうなあ……。だから、この娘にも螢子と同じ苦しみを味わわせるんだ……!」

 

チビ太が湯気を払い、客席の方を見るとそこにいたのはサバイバルナイフを佐天の首元に押し当てている青年の姿だった。

 

「おっと、アンタのスタンドは把握しているぞ。髪を操る能力らしいじゃないか。髪が輝いて見えるぜ。
 だが、妙な真似をしたら一瞬でこの娘はあの世行きだ。慎重に行動するんだな」

 

「くっ、テメェ、男の風上にも置けねえ! その娘を離しやがれってんだ! てやんでえ、バーロー、こんちきしょー!」

 

「だったらアンタが死になよ」

 

男――遠野英治は冷酷に言い放つ。

 

「は? 何言ってんだ、テメェおかしいのかよ――」

 

「聞こえなかったのか? この娘を助けたければ自害しろ。そうしなければ俺がこの娘を殺す」

 

遠野の背後に小型の円盤のようなヴィジョンがちらり、と光り、消えた。
チビ太はあまりのことに返す言葉もない。
佐天は瞳孔を開いたまま硬直し、かすかに震えている。精神が限界を迎えそうなのだ。

 

「ああ、そうだ。二つ、聞いておかないといけないことがあったんだ。良かったら答えてくれよ」

 

遠野は上ずった声で二人に問いかける。

 

「な、なんだってんだよ……」

 

「一つ、『白井黒子』という参加者を知らないか?」

 

「し、らい……?」

 

その名前に佐天が反応を見せる。

 

「なんだ、S・Kを知っているのか。今いる場所は? 年齢は? どんなスタンドを持っている?」

 

「そ、それを知ってどうするつもりなんですか……?」

 

佐天は精一杯の気力を以って遠野を睨み返す。

 

「殺す」

 

遠野はあっさりとそう言い返した。

 

「なっ、なんでっ……! あなた、白井さんと知り合いなの……?」

 

「いや? それと俺が白井黒子を殺したいのと、なんの関係があるんだ?」

 

(こ、こいつ、やべえ……!)

 

チビ太は改めてこの遠野英治という男の危険性を認識した。

 

「ああ、そうだ。もう一つ。『カルネアデスの板』って知ってるか?」

 

「か、カル……? し、知らねえよ! バーロー!」

 

元ホームレスのチビ太はそういう知識に疎かった。フランス帰りと嘯いていたイヤミなら知っていただろうが。

 

「簡単に説明すると、自分も危険な時に人を見殺しにするのは罪に当たるか、どうか? という問題のことさ」

 

「そんなの簡単に出せる答えのわけねーだろ!」

 

「君は?」

 

はあ、とため息をつくと遠野は佐天の方を見た。

 

「……こ、言葉を返すようだけど、あなたがその状況になったらどうするつもりなのよ」

 

佐天は震える声で必死に頭を回転させる。

 

「ふん、質問に質問で返すなよ。質問文に対して質問文で答えるとテスト0点なの知ってるか?
 まあでも、俺だったら考えるなぁ……。二人とも助かる方法を」

 

◆ ◆ ◆

 

依然として膠着状態が続いているさなか、昇ってきた陽が三人を照らす。

 

「早く決めなよ、じれったいなあ」

 

遠野は薄ら笑いを浮かべながらナイフを佐天の首筋に突き立てた。

 

「……る………………」

 

「ん? 何だって?」

 

「お、おいらが身代わりになったら、本当に涙子ちゃんは助けてくれるんだなッ!?」

 

チビ太は絞り出すような声をあげる。

 

「ああ、もちろん。絶対に誓うさ」

 

対する遠野は至って冷静だ。
まるで『母親とゲームは一日一時間の約束をした子供』のように何度も「誓う」と繰り返す。

 

「そうだなあ。俺はこのナイフを手放したくないし、自分のスタンドでドテッ腹貫いて死ぬっていうのはどうだい?」

 

「だめッ!! この人はチビ太さんを死なせたらその後にあたしも殺す気よ!」

 

肉体と精神が摩耗しきった佐天は、かすれる声でチビ太に呼びかける。

 

「へへっ、心配すんなよ。おいらだって江戸っ子の端くれさ。惚れた女の一人くらい生き残らせてみせらあ」

 

チビ太は佐天にニッと笑いかけると、自分の顔を見せないように後ろを向いた。

 

「もう一度言うが、妙な真似をしたらその瞬間にこの娘の命は――」

 

「野暮なこというんじゃねぇッ!」

 

チビ太は鳴りそうになる奥歯を噛み締めながら、必死で見得を切る。

 

「あ、男一人。生まれたときも一人なら、死ぬときも一人よ!」

 

そう言うが早いか、チビ太は自分の腹部にスタンドを突進させた。
小柄な身体が宙に舞うと、商店の二階の壁に激突してそのまま動かなくなった。

 

【チビ太@おそ松さん】 死亡
【残り 33/41】

 

「く、クククククククククククク、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

遠野は壊れたラジカセのように笑い続けた。
そして、はた、と笑うのを止め、輝きの一切無いがらんどうな目で佐天を見た。

 

「じゃあ、死のうか」

 

◆ ◆ ◆

 

「君はあの神父の放送を聞いたか聞いていないか知らないが、今までにもう6人の参加者が死んでいるんだぜ?
 俺もさっさと行動しないと、他の参加者に殺されちまう。俺の情報を持ってる君を生かして帰す理由なんて最初から無いんだよ」

 

遠野はさも当然のことのようにそう言った。

 

「そう、なんだ。……でも、死ぬのはあたしじゃなくて、あなただから」

 

佐天は漆黒の意志で遠野を直視する。
遠野はその姿に思わずゾッと恐怖を覚えた。

 

「なっ、まさか長く接触したせいで俺のサバイバーの効果が及んでしまったのか……?」

 

「『サバイバー』……。サバイバーっていうのね、あなたのスタンド……」

 

もはや佐天の声に恐怖はなかった。
ただ、目の前の男を殺すという純粋な殺意のみがそこにあった。

 

「ふっ、ふざけるな! 今、優位を握っているのはこの俺だ! この俺が、俺こそが悲恋湖のジェイソンなんだよッ!」

 

「サバイバー……。あたしが手に入れた『4枚目』のスタンド……」

 

激昂した遠野はサバイバルナイフを振り上げた。
だが、それよりも佐天の行動のほうが速かった。

 

「そしてこれが『1枚目』のスタンド」

 

佐天が『完成した』折り紙を掲げ、「スモールフェイセズ」と叫ぶと、その背後に深紅の王が姿を現した。
次の瞬間、まるで時間を消し飛ばしたかのように佐天は遠野の背後に回り込んでいた。

 

「これが『2枚目』のスタンド」

 

今度は四本の脚に多眼の不気味なスタンドが姿を現す。
佐天が遠野に触れると、遠野の全身から一気に力が抜けていく。

 

「な、なんだよ! これは……!!」

 

「――そして、『3枚目』のスタンド」

 

するすると佐天の髪が伸びると、遠野の身体を万力のような力で締め上げた。

 

「あなたは生かしてはいけない……。だから、殺す」

 

遠野の全身の骨が砕け、呼吸をすることもままならなくなった。

 

「……さようなら」

 

佐天がグッと力を込めると、ゴキッという嫌な音とともに遠野の首はへし折れた。

 

【遠英治@金田一少年の事件簿】 死亡
【残り 32/41】

 

◆ ◆ ◆

 

「これでよし……っと。上条さん、白井さん、待っててね。あたしたちの邪魔をするやつは全員やっつけちゃんだから!」

 

チビ太の埋葬を済ませた佐天は、金属バットを手に新たな一歩を踏み出した。
だがその一歩は血に塗れ、漆黒の意志によって舗装されたものだということを、まだ彼女は知る由もない。

 

【D-3/商店街/一日目・午前】

 
 

【佐天涙子@とあるシリーズ】
[状態]:首の傷、疲労(中)、精神崩壊(大)、漆黒の意志
[装備]:金属バット
[道具]:基本支給品
[スタンド]:スモールフェイセズ
[思考・状況]基本行動方針:この殺し合いから脱出する
1:邪魔者は排除する。
2:知り合い(上条当麻、白井黒子)と合流したい。
3:チビ太さん……。

 

[備考]
監視カメラの映像で鷲巣巌と安藤の戦闘を目撃しました。
青年(安藤)を危険人物として認識しました。
キング・クリムゾン、ザ・グレイトフル・デッド、ラブ・デラックス、サバイバーの折り紙をゲットし、その能力を理解しました。
サバイバーの能力と精神崩壊によって、マーダー化しました。