【混沌】アザトース

[ある兵士の見た光景]

齧る音が止まない。

なにか硬いものを少しずつ齧り、

咀嚼するような音が断続的に聞こえている。

ベッドの下に鼠でも居るのだろうか。

夜更けに目を覚まされ、いささか機嫌を損ねていた

私は、踏みつけるように乱暴な音を立てて

床へと降り立つと、ベッドの下を覗き込んだ。

ベッドの下には何もない。

しかし、齧る音はなおも聞こえ続けている。

耳を澄まし、音の主を探る。

するとその音が、鼠のように削り取るのではない、

顎で砕き、磨り潰すような咀嚼音であると分かった。

岩のような何かが圧力をかけられ軋み、砕ける音。

細かな砂が擦れ合って立てる不快な音。それらが

さざ波のように、途切れず聞こえ続けている。

私は窓へと近づき、外を覗いた。

そうして、見てしまった。

それは地平に堕ちた黒い太陽だった。

否、それが太陽でなく、巨大な、黒く、靄のかかった

球体であることを私は遅れて理解した。

それが何であるかは知らない。

しかし、それが我々の世界に何を成すものであるかは

本能的に知らしめられざるをえなかった。

それと接した地面が、木々が、建物が、

黒球へと触れた瞬間に粉砕されて一体化する。

地平が、轟音を立てて太陽と同化していく。

齧られていたのは、世界だった。