概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
コワいモノ | 86-837氏 | 08/04/13 | 08/04/14 |
作品
女の園、なんて言うと聞こえはいいんだけど、なんてことはない、今日はキョンも古泉くんもまだ来てない、放課後の文芸部室にして我がSOS団の拠点。
有希は相変わらずの読書、なにかしら、古ぼけた和綴じの本を熱心に読んでいた。
メイド姿のみくるちゃんは、また新しいお茶の葉を入手したとかで、温度計を片手に鼻歌交じりでコンロにかけたヤカンに付きっ切り状態。
そしてあたしは――とりあえずパソコンを起動してみたものの、ネットを徘徊するような気にもなれず、片肘を付いてポケーっとしていた。
実際のところ、今日の授業時間はほとんど居眠りしていたのよね。よく教師に見つからなかったもんだわ。いや……ひょっとしたら単に面倒くさがられてシカトされていただけなのかも知れない。
といっても別に『春眠暁を覚えず』とか、誰かさんみたいに言い訳するつもりなんてない。単にあたしは睡眠不足だっただけなんだから。
理由は――昨晩見た悪夢のせい――って、ちょっと、そこ! 違うわよ! 別に夢の中にキョンなんて出てこなかったんだから!
それどころかその夢は、この世界にはあたし独りぼっちというものだったの。
なんでだろう、中学の頃とかだったら、孤独なんてのは平気だったのに、何故か今では無性に怖い。
何だかあたし、以前より確実に臆病になってる気がするわ。
あたしは何気なく有希の方を眺める。
いつも冷静な有希。あたしが抱きついてちょっとばかりイタズラしても全然平気な顔してる。そういえばあたしは、この娘が慌てたり怯えたりしているのを見たことがないわ。
初めて会ったときも、たった一人きりでこの部屋で本を読んでいたし、あたしと違って有希なら孤独になってもなにも思わないのかも知れない。
でも有希だって女の子なんだし、苦手なものや怖いものの一つぐらいありそうなものよね。
あたしは思い切って、有希に訊いてみた。
「ねえ、有希」
「……なに?」
「あなたって、今――怖いものってある?」
有希はあたしの方を見て一瞬首を傾げたかと思うと、ポツリと一言、
「……饅頭」
と答えた。
「へっ?」
思わずマヌケ声を出してしまうあたし。
「あ、あのっ、長門さんってお饅頭、お嫌いなんですか? 実は鶴屋さんから差入れにってお饅頭を沢山いただいてきてるんで、お茶請けにどうかな? って思ってたんですけど……」
何故か泣きそうな表情のみくるちゃん。
有希はさっきまで読んでいた本を掲げ、ゆっくりと説明し始めた。
「今のは落語の有名な噺の一つ。丁度この本に記載されていた原話の部分をたまたま読んでいただけ」
ああ、なんだ落語のネタのことね。それだったらいくらあたしでも知ってるわよ。
「へっ? ラクゴのネタ、ってどういうことですか?」
有希はハテナ顔のみくるちゃんにそのネタについて一から説明してあげていた。その詳細は――面倒くさいから『まんじゅうこわい』でググりなさい。
「……えーっと、つまり、その方は、お饅頭だけじゃなくって、濃いお茶も嫌いだったんですか?」
「ああもう、そうじゃなくって! ……そいつの『怖い』ってのは、実は『大好き』って意味なの」
「でも何でその人、なんでわざわざそんな風に言い換えたんですか?」
「だから、そう言ってたから、みんなが意地悪でお饅頭を沢山くれたってことじゃないのよ」
「ええっ、そうだったんですか。――な、なるほど」
「……はあ~、なんか説明してるこっちがわけわかんなくなってきちゃったわ」
「ふえっ、す、すみませ~ん」
「ちわーっす」
と、そこにキョンがマヌケ面で現れた。
「ああ、さっき古泉から伝言を頼まれたんだが、今日は体調が良くないとかでもう帰るそうだ。――ん? 旨そうな饅頭だな。貰い物か?」
能天気そうなキョンの様子に、あたしは少々カチンと来た。
「ちょっとキョン! あんた今日は掃除当番でもなかったでしょ。今まで何処で油売ってたの?」
つい大声で怒鳴りつけてしまうあたし。
「へいへい、俺が悪うございました。……やれやれ、ハルヒは怖い怖い、っと――アレ? あの、朝比奈さん、どうかしましたか? ニヤニヤして……俺の顔に何か付いてますか?」
「えへへっ、良かったですね、涼宮さん。キョンくんは涼宮さんのことが『怖い』んだそうですよ」
ちょ、ちょっと、みくるちゃん?
「わたしも今の『怖い』は、先程の例に該当すると判断」
やだもう、有希までなんてこと……。
「へっ? 一体何のことだ、長門? ってハルヒ、何でお前の顔、そんなに真っ赤なんだ?」
「うるさい、このバカキョン!」
あたしはキョンの口に、差入れのお饅頭をねじ込んだのだった。
イラスト
- 本当にコワいモノへ続く