涼宮ハルヒの七変化 (15-817)

Last-modified: 2007-03-30 (金) 16:08:41

概要

作品名作者発表日保管日(初)
涼宮ハルヒの七変化15-817氏06/08/2406/09/08

作品

その水曜日は何というか、まあ文字通りしとしとうっとおしい雨の日だった。
教室中に付けられた泥の足跡に辟易しながら掃除を済ませ、ゆるゆると部室に足を運ぶ。

 

部室では何時もながら、長門がの本を読み、朝比奈さんがお茶を汲み、古泉がゲームの一人遊び。
ハルヒはおとなしく部室のPCをいじくっていた。静かなのはいいことで。
古泉の前に座り、さみしい古泉に合いの手を差し伸べてやる。言っとくが……”愛の手”じゃないぞ。
そんなある意味平和な静寂の中、ハルヒがポツリと言った。

 

ハルヒ「ねえキョン、”ツンデレ”ってどう思う?」

 

………ハルヒ、いくら静寂が耐えられないからっていきなり自らの存在理由の核心を突く質問をしてどうする。
そうだな、傍若無人で人の話聞かなくてわがままで、後ろからシャーペンで人の背中突付いて穴だらけにしたり、
毎回人のネクタイ引っ張ったり、外で会う度におごらされたり、言う事聞かなかった相手を死刑に処したり、
そんなことが無かったら結構いいかもな、その”ツンデレ”ってのも。
ハルヒ「……何それ」
ついでに何かあったらすぐ泣いたり、弁当とか作ってきてくれたらタマランかもなあ。うむうむ。
ハルヒ「……ふうん?みくるちゃんはツンデレじゃないわよ」
分かっとるわい。で?何だいきなりそんな妙な質問して。

 

ハルヒ「別に?」
ああそうかい。

 

ま、その日はそれだけだった。何てことは無い一日。
その日の夜、癪だが明日ノートを見せてもらおうとハルヒに電話したら電源が切れていた。
しょうがないので長門に掛けたらやっぱり切れていた。古泉も同上。もしやと思ったら朝比奈さんも。
………ま、そういう日もあるわな。国木田に電話し約束を取り付け、就寝。うむ、平和な一日だった。

 
 

翌日。またゆるゆると校門をくぐり教室へ入る。……オヤ珍しい、ハルヒが居ない。
朝ハルヒと雑談するのが半ば習慣化していた俺はクラスの中で只一人、少しだけ疑問符をつけた。

 

カバンは立てかけてある。ということは学校には来ているのか。回り込んで机の中をチラ見する。
直接漁らないのは、俺にもまあ、美学っつーか道徳というものが有るわけで、ハルヒとは違うんだな。
────布の包みが二つ見えた。何だ?ハルヒが布に包んで持ってくるもの?
弁当?ンな訳無えあいつはいつも学食だ。本?そんな丁寧に扱う訳無い。まさか危険物じゃなかろうな?

 

すわってアレコレ思いを馳せていると、当の本人が戻ってきた。よう、どこ行ってたんだ?
ハルヒ「どこでもいいでしょっ」
ツンと澄ました口調で答える。……そうかい。何かまたお前が妙な事企んでんじゃないかと心配したぜ。
ハルヒ「企むって何よ、あたしは世紀の極悪人?犯罪者?悪の首領?あんたの史上最悪のツルツル脳にはヘドが出るわね」
………ハルヒ?何かいつもより言葉のトゲが250%増しになってませんか?
ハルヒ「何その顔?あんたの顔は地球上のどんな生物よりもブサイクね。とっとと死んじゃいなさい」

 

あいた口がふさがらない。ハルヒは胸を反らせ、尊大なオリンポスの輝きの如き瞳で俺を見下している。
そのまま仕掛け人形みたいに俺は前を向いた。
何だ?一体なんだ?怒っているのかハルヒ?俺は何時ハルヒを怒らせた?脳内を怒涛の勢いで迷走していると、
「きりーつ、れー」
はうっ!?国木田!!?目配せすると────国木田の『ごめんもう無理』のジェスチャー。
ハッハハ朝から最悪だ。今日は俺に当たる日だというのに。

 
 

緊張の面持ちで授業を聞く。前のヤツが立ち上がって質問に答える。
ヤバイ俺。教科書を参考書を必死でめくるが、答えるべき箇所など見つかりそうも無い。ピンチだ。脳内で朝倉が踊っている。
……────ん?何だ?背中を突付くこの感触は、ハルヒ?
ハルヒ「貴方、今日の質問の答え分からないんでしょ?」
貴方?まあいい、そうだが。
ハルヒ「じゃあ、私のノート見せてあげましょうか」
……目の前にノートが差し出される。マジか?本当なら有りがたい。是非とも、是非とも見せていただきたい!
ノートに浮かれた手を出すと、すいとノートが引っ込められた。ハルヒがニヤリと笑って一言。

 

ハルヒ「ノートが欲しければ、『ワン』と言いなさい」

 

……はい?

 

ハルヒ「どうしたの?ノートが欲しくないの?早く言って御覧なさい?」
待て待て待て。何でノートとの交換条件が犬の鳴き声だ。どうしたんだお前、なんかおかしいぞ?
ハルヒ「おかしくなんか無いわよ。どうなの?欲しいの?欲しくないの?」

 

是非も無い。背に腹は変えられぬ。分かった、分かったよ。……ワン。
ハルヒ「声が小さい」
 ワン。
ハルヒ「まだ小さい」
   ワン!
ハルヒ「小さすぎ。いらないの?」
     ワン!!
ハルヒ「もっと大きく!」
       ワ ン !!!

 

────────クラス全員が振り向いた。変な温度の視線が降り注ぐ。
視線の中には先生のものも有った。「あ────……お前?何だ一体?」
……────あのー、涼宮ハルヒ女王閣下?コレはいかなるSMプレイですか?

 

谷口 「キョンよお………涼宮の愉快な仲間なのは周知の事実だが、犬だけは流石に止めとけよ……」
分かってる。それ以上言うな。国木田何笑ってる?さ、メシにするぞメシに。
ハルヒ「キョン!」
ぐわ!?止めろ毎度毎度襟を掴むな!何だ一体!?
ハルヒ「ちょっと付いて来なさい」
待て、今俺は自分の昼飯を広げたばっかしで未だ一口もつけてないのに一体何をうおおおおおおお────!?
ハルヒ「谷口ー、その弁当食べてもいいわよー」
待てィ!!?

 

ハルヒ「はい」
えーとハルヒ、何だコレは。俺には中庭でハルヒが俺に差し出した弁当の姿をした謎の物体Xに見えるんだが。
ハルヒ「お弁当よ。作るの苦労したんだから感謝しなさい?」
はあ。確かに苦労のかい有ってか旨そうだが、俺の持参した母謹製弁当はどうなったんだ?
ハルヒ「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと食べなさいよ、ホラ」
はあ、まあ頂きます。と俺が口を付けようとした所で、────シパンッ!
手刀!?箸落としちまったじゃねーか!!何すんだハルヒ!!
ハルヒ「何か忘れてない?」
何をだ。
ハルヒ「土下座しなさい」
はい?
ハルヒ「土下座したら、食べてもいいわよ」

 
 

ええしましたともしましたとも。衆人環視の中庭のど真ん中で。あんなデカイ声張り上げながら。
だってメシ喰えなくなるんだもん。
わからん。ハルヒの意図が分からん。謎だ。
午後の授業は体育と小うるさい数学の授業。ハルヒはどうやら俺に構ってくる事は無かったようだ。
そして放課後。

 
 

あの~────……、ハルヒ?
ハルヒ「なあに?」
エナメルの警察帽にジャケット、膝より上まであるブーツ。凄まじくヒールが高い。
あのー何だ?またネット通販か?つかお前もしや本当にSMに目覚めたのか?
ハルヒ「無礼な口を利くわね?」
手にしたムチの先で俺の顎を上げる。ちょ、おま、         ……────サマになってるぞ?
ハルヒ「犬のくせに生意気だけど……まあいいわ、キョンだから許してあげる」

 

有難うごぜえますだーハルヒ女王閣下様ー。ほっとして机からパイプイスを引きずり出すと、
ハルヒ「あんた違うわよ?あんたの席はコ・コ」
………あの、そこ何も無いタイル張り地べたなんですが?
ハルヒ「当然じゃない?犬は何かヘンな事しないようちゃんと見張れる場所に居させないとね?」

 

一つ皆に言っておこう。俺は心が広い。太平洋とまではいかないまでも瀬戸内海位はある、と自負している。
まあ微妙に狭い訳だが、大丈夫許容範囲だ。何なら紀伊水道も瀬戸内海に含めてやる。OKそれでOK。
という訳で、おれはハルヒの妙な遊びに付き合ってやる事にした。

 

正座してハルヒの方をずっと見ているよう命令されたので実行する。
メイド姿の朝比奈さんが笑っている。ゲームの相手が居ない古泉は少し困った笑い顔。長門は何時も通り。
朝比奈さんがお茶を煎れてくれた。俺に渡そうとすると、
ハルヒ「みくるちゃん?ちょっと待ちなさい」
ハルヒが取り上げてしまった。くそっ何しやがる我が魂の生命線である放課後天使の聖水を!!
ハルヒ「さ、飲みなさい?あたしが飲ませてあげる。但し犬なんだから手は使っちゃ駄目よ?」

 

俺の心の瀬戸内海が急速に埋め立てられる。うおー今ので広島から神戸辺りまで土砂に埋まったぞ。
関門から鳴門まで埋めて見ろ、俺の怒りのダイダラボッチが瀬戸内海をムリヤリ復元してやる。

 

だがまだ埋まってないので、俺はハルヒの手からお茶を飲む事にした。
てっきりブチマケてくるかと思いきや、結構飲み易いペースで傾けてくれる。───もしや、気ィ使ってんのか?
5分ぐらいかけて、熱々のお茶を全て飲み干した。うむむ、舌を少々ヤケドしたぞ。
ハルヒ「ん、よくできました」
矢張りいつもと違うハルヒの笑顔。いつものが100万Wの太陽ならコレは紫に染まる怪しい夕日といったところか。

 

ハルヒ「さてと────────……みくるちゃん?ちょっと出かけてくるから」
みくる「あ、はあい」
ハルヒ「んふ、じゃあちょと待ってなさいね、キョン?」
はいよへーへー待ってますよ女王閣下?ごゆっくりとどうぞ?
ハルヒ「うん、じゃ」

 
 

ハルヒはあのSM衣装のまま出て行ってしまった。大丈夫なのかあのままで?
みくる「あの、キョン君……」
朝比奈さんが椅子を勧めてくる。ああいいですよこのままで乗りかかった船ですから?正座は胡坐に崩しますが。
古泉 「……貴方も、よくやりますねえ」
うるせー笑うな古泉。コレはあいつの遊びに付き合ってるだけだ。だから腹筋つりそうな笑い方するな。

 

で、長門はというと、呼んでいた分厚い推理小説を閉じて、
長門 「…………帰る」
す、と席を立った。んー何というか、いつもよりそっけない。いや怒っては無い、と思うんだが。
長門が出ていった10分後、朝比奈さんも「あ、用事があるんでこれで」と帰ってしまった。メイドのままで。
更に5分後、古泉も「じゃあ僕も帰りますか」と出て行った。肩を小刻みに震わせながら。
で、出て行く瞬間に電気まで消して行きやがった。な、なにをするきさまー!!
声は響く。されど届かず。古泉いつかコロス。

 
 

さて。夕闇が迫る中取り残された俺は、床に座って考えていた。
今日のハルヒは本当に奇妙だった。どう見てもSMの女王様みたいな行動と言動。
まあ奇矯な行動は見慣れてる分違和感が無いんだが────────
問題は俺だ。今日一日ハルヒに付き合って、その、何だ、アレダ、オモシロカッタ、のかな?
まあコレは相手が気心の知れたハルヒだから成立するのであって、けして俺がMなのではないぞ?
分かるな?お前ら分かるな?いや分かれ。むりやりにでもわからせる!

 

と、外でグラウンドの灯が付いた。野球部の呼びかける声が聞こえる。
夕日はもう殆ど沈み、部室の窓枠と俺のシルエットが長く伸びる。何処となくさみしい風景。
とうに下校を促す放送が聞こえてきた。部室棟からわらわら出て行く音がする。
……────ハルヒ、いつまで、用事かかってんだ?やっぱり教師にでも捕まったか?
放送も終了し、静寂が訪れる。野球部の声だけがうっすらと響く。
そして野球部がグラウンドの灯を消した時、俺は気付いた。

 

────────────コレ、もしかして放置プレイ!!?

 
 

カチャ。
静かに部室の扉が開く。そこには、見るも露わなブラックレザーボンテージに着替えた涼宮ハルヒ女王閣下が

 
 

ではなく普通の制服のハルヒが立っていた。

 

ハルヒ「ちゃんと、待ってたわね」
ハルヒが音も立てずにそっと近づいてくる。俺の顔を両手で掴むと、顔をくいと上げさせ、
俺の額にキスをした。
ハルヒ「今のは、ごほうび」

 

すっと立ち上がり笑うハルヒ。その笑顔は、真っ暗でもわかるいつもどおりの100万Wの太陽だった。
ハルヒ「さ、早く一緒に帰りましょ。早くしないとお仕置きよ?」

 
 

結局、その日は分かれるまでハルヒのSM発言は止む事が無かった。
全くコイツの不可解さに驚かされたのは久しぶりだ。中々面白かったぜ、ハルヒ?ただ明日は普通でな?

 
 

────だが、俺の願いも空しく。

 

次の日のハルヒも、尋常では無かった。

 
 

 

ハルヒと羞恥SMプレイを敢行した翌日、つまり金曜日。
教室に入るとハルヒが居た────……が、また様子がおかしい。
いつもなら頬杖ついて窓の外を眺めるかしているのに、その日に限って折り目正しく前を向いていた。
よおハルヒ。いつも通りに挨拶をする。ハルヒは顔だけを動かしてこちらを見ると、

 

ハルヒ「おはよう」

 

そう言って、また前を向いた。? ?? ??? ハルヒ?お~いハルヒ?目の前で手を振る。
ハルヒ「見えてるよ」
いつもの北高校舎を貫通する程の声ではなく、何処か水晶のように透き通った声色。
またかハルヒ?今度は何だ?どんな趣向だ?いいかげんいつも通りにしろって。
ハルヒ「私は、いつもと同じよ」
無表情。何の表情も読み取れない────訳ではなく、少しだが違和感がある。ムリヤリ表情を殺した感じだ。
というか、ハルヒバレバレだぞ。今度は長門のマネだな?
ハルヒ「有希とはちがうわ。ほら、授業はじまるよ」
ハルヒに言われて慌てて前を向く。────────全く、コレまた厄介な。

 

その日も弁当を広げているとハルヒが背後からやってきた。優しく襟首をつまむ。
ハルヒ「一緒に来て、キョン」
手には弁当箱二つ。無表情の中に、何処か懇願するモノが含まれる。一瞬ドキリとした。
だが次の瞬間、恐るべき強力で教室から引きずり出される。ぐおお、お前こういうトコロもちゃんと演技しろ!
ハルヒ「谷口くん、そのお弁当食べておいて」
またソレかい。

 
 

また中庭で広げられるハルヒ弁当。えーまた質問します。
俺にはコレはハルヒが一生懸命作ってきた弁当箱の中に食パン2枚とキュウリ一本しか入ってないように見えるんだが。
ハルヒ「ごめんなさい、料理といっても何作ったらいいか、分からなくて」
何の役作りだ。とりあえずそのままは何なのでジュースを買ってきて食パンを食う。
ああくそ今日はあの弁当が懐かしいぜ。昨日は谷口に全部食われた。今日ぐらいは残しとけよな?

 

さて────デザートはキュウリという果実ながら野菜というこの場にとっては不可解な物体を食すのだが、
ハルヒ「待って。私のにはキュウリが無いの。だから半分コしよ」
そういって、ハルヒはキュウリをひょいと咥え、此方をじっと見つめてくる。
何だ?一瞬戸惑ってから、気付いた。

 

……────えーとですな、コレは何か?両端から食べていって短くなって最後はアレというヤツのお誘いですかな?
えーとですな、コレはハルヒから誘ってるんですな?据え膳食わぬは男の恥といいますな?つまりコレも据え膳ですな?
少しキュウリの端に口を近づけ、俺が口をアヒルみたいにした刹那。
   ………ポリポリポリポリポリ
結局そのまま食うのかよ!!
思いっきりの口スカシを食らい憮然としていると、  ……今度は食いかけのキュウリが差し出された。
ハルヒ「はい、半分」

 

……────えーとですな、コレは何か?相手にわざと食べかけを渡すという間接キッスの手法ですな?
えー据え膳食わぬは男の恥と(略)
ハルヒ「あ、ちょっと待って」   ………ペキ。
ハルヒ「はい」
自分の食べかけ部分をわざわざ折って俺に渡してくれやがった。どくれるぞハルヒ。昨日のSMの続きか?

 

ハルヒ「だって、キョンがはずかしいでしょう?」
真顔で答えるハルヒ。ええ恥ずかしいですとも。2日連続で中庭で衆人環視の元弁当食えば。

 

教室に授業開始まで余裕を持って帰ると、
谷口 「いいよな────!!ガフガフあんな美人に毎日弁当作ってもらえるだからな────!!カフカフ」
谷口が俺の弁当を食いながら荒れていた。
つか、来週も俺の弁当お前に食われるの決定事項かい。

 
 

放課後。部室に行くと。やっぱりハルヒは奇妙だった。
長門と同じ姿勢で、長門と同じような表情で、本を読むのではなくPCでネットサーフィンをしていた。
何というか、色々ムリがある。やはり自然体で微表情の長門のマネをするのは難しいらしい。
古泉とカードゲームに興じる傍ら、ヒソヒソ話が聞こえてきた。……も少し小さな声で話せよハルヒ。

 

ハルヒ「やっぱ難しいわね~素直クール、有希すごいわ」
長門 「貴方のは、単なる無表情」

 
 
 

翌日土曜日。SOS団不思議探索の日だが、その日再び俺は驚愕した。
見慣れた三人の真ん中に、奥ゆかしくも華やかで美しい日本美人お嬢様が立っていたのだ。
驚きと疑念で自転車を降りたまま動けない俺にお嬢様が近づくと、黒髪を傾けてこう言った。
ハルヒ「どうしました、キョンさん?」
……お、お、お前ハルヒか!?如何したんだその格好!!?化粧までして香水まで付けて!!?
ハルヒ「そう、涼宮ハルヒですよ、キョンさん」
キ、キョンさん?なんで渾名にさん付け!?てか問題はそこじゃねえ俺!!

 

開いた口が塞がらないまま下顎が重力に逆らうのを止めそうな状態で、不思議探索を開始する。
見事ハルヒと俺のコンビになった。とりあえずそのまま、川辺の方へ歩く。
何故か俺は今日、ネクタイを締めたどうにもスーツにしか見えない服装をしていた。
いーじゃねーかオシャレしたい年頃なんだよ!ただな、ちょっとな、魔が射したんだよ。分かれ、ナ?

 

道行く人々が振り返る。視線の先は勿論、和服美人のハルヒと擬似スーツの俺。
古い駄菓子屋の前で水撒きしてたおばあさんが、ハルヒと俺を見てこう言った。
「おやまあお見合いですか?がんばんなさいねえ」
や────はりそ────うみ────えま────すか────!!!?いかん俺舞い上がっとる。
何せその、隣のハルヒが、色っぽい。髪もポニテ気味のひっつめ髪だし、なによりその、
うなじが……おくれ毛が…………ハア……

 

ハルヒ「どうしました?キョンさん」
ぬわ?いや何でも、と言いかけたところでハルヒが小さな声と共に転んできた。手を出し支える。
うおおお?ハルヒ、その、いや何も見えてないんだけどそのいい匂いが髪からしてああいかん俺変態かよ。
ハルヒ「ふふ、ありがとうございます」

 

ハルヒ…………どうしてお前は我が魂の秘孔を識っている……?
その後、ハルヒはどさくさに紛れて始終俺と腕を組んだままだった。そして頭を預けてくる。
キョン、よく聞くんだ。ハルヒは元々猫被り得意じゃないか。今も多分猫一億匹位被ってるに違いない。
そう、だからこれは仮面。誘惑に負けるな勇者キョン。今に一億の猫皮吹っ飛ばしてあの大魔王が現れるぞ。
そうしてその日の不思議探索は終わった。別れ際、ハルヒは少し不満そうだった。だが、

 

すまんハルヒ。正直、性欲をモテアマス。あああ。

 
 

明けて日曜。その日も不思議探索だが、前日を越える更なる衝撃がそこに居た。
ゴスロリがそこに居た。ご丁寧に立てロール、小さい帽子を被り、この暑いのに真っ黒なドレスを着ている。
勿論全部レースふりふりで、顔は黒くキツイアイシャドウに黒い唇。更に赤いコンタクト。どうしよう。

 

そしてクジは俺とハルヒになった。長門もしかして操作してないかオイ?
ハルヒ「さ、行きますわよキョン」
わよだとワヨ!!うわー!!?……と、動く等身大フランス人形(呪い付)と化したハルヒが何か呟いている。
ハルヒ「レンキンジュツシローゼンクロイツガシュサイシタバラジュウジダンハソノエイコウヲミライヘトツナグタメケンジャノイシヲナナツニワケニンギョウタチヘ────」
成る程。今回は電波ちゃんの設定か。つかよく言えるなそんなセリフ。
ハルヒ「遅れてはダメよキョン、私の前を歩きなさい」

 

へいへい。動きまで人形みたいなハルヒを連れて街中を歩く。勿論昨日以上の注目の的。
木のベンチに座ってクレープを食べる姿なぞ、ある種のオネエサマ方の群れを引き寄せていた。
だがなハルヒ。いくら電波女を演じても無駄だ。……………何せ素のお前自身が電波女なんだから。
まあ電波を受信する側でなく発信する側で、しかも毒電波などというチンケなものではなく、
この宇宙を構成を決定付ける波動関数を操る究極トンデモ電波を発信している訳だが。

 

案の定、余り俺に受けなかったのが理由か、ハルヒはまた不満そうだった。

 
 

で、今回のハルヒのやろうとしているコトが掴めて来た。
水曜日に言ってたツンデレがどうの。ハルヒは様々な萌え属性を俺に晒し見せている訳だ。
女王様。素直クール。和服お嬢様。電波女。
他の三人も何をやってるか大体察しているらしい。全く難儀だなあ同情するぜ。…やめんか古泉、お前の同情はいらん。
さあ次は何をする?

 

とか安直に考えてた俺の予想の斜め前方一万光年遥か彼方をハルヒは爆走する事となった。

 

すまん谷口、暫くおれの弁当処理を頼む。
弁当どころではない。

 
 

 

明けて月曜日。

 

マイシスターエルボー燃料気化爆弾を三回まで耐え抜いた俺は見事に寝過ごし、あやうく遅刻しそうになった。
教室に入るといつも通りのハルヒ。頬杖ついて窓の外を眺めている。腰を下ろしながら聞く。
よおハルヒ、今日は何も無しか?それともネタが尽きたのか?

 

ハルヒ「………え?う、うん、何でもないわよ。うん」
……あの何だハルヒ、またヘンな事企んでんのか。そのいかにもな営業ツクリスマイルは何だ。
ハルヒ「大丈夫、心配しなくても平気よ?大丈夫だって」
ニッコニッコとお子様絵本の太陽のような模範的笑顔。間違いない。何か企んでやがるな?

 

残念だがハルヒ、お前の今回の陰謀はまるっと全部お見通しだ。何が来たって俺は動揺なぞしないぜ?
涼宮ハルヒの行動に不思議な事など何も無いのだよと昨日夢の中で芥川龍之介の幽霊に言われたからな?
────長門から借りた本の影響の可能性も否定は出来んが。
起立の号令と共に立ち上がると、────何故か谷口がこちらを見ている。見返すと慌てて目をそむけた。
何だ一体?

 
 

………だがその日の午前中、ハルヒからのアプローチは無かった。
そう、一切無かった。百烈シャーペン突きで俺の背中が真っ黒に煤けるコトも無かった。不気味だ。
田んぼの真ん中で尋常ならざる動きで踊り狂う見てはならない妖怪が縁側で祖母と茶をすすっている位不気味だ。
只、休み時間毎に教室から飛び出していくのはいつも通り。しかし────

 

一限目後、二限目後と経つにつれ、何故か俺はクラス中から浴びせられる視線に気付いた。
元々ハルヒの爆裂的行動により周辺からの好奇の目には慣れているハズだったのだが、コレはいつもと違う。
窓辺にたむろする女子達がこちらを見ている。それに気付くと慌てて目線をそらす。
廊下からも同じような視線。谷口と同じだ。何というか、この視線は────……憐み?
何だ、俺の境遇は傍目から見てそこまで悲惨な事態にまで陥ったのか?何俺悲惨な奴隷?まだSM続いてたのか?

 

────────この事態の正体は、三限目後の休み時間に明らかになった。

 

妙に視線が怪しい谷口と国木田とツレションし、ジュースを買って飲んで、さあ教室へと足を動かした矢先。

 

渡り廊下に見慣れた黒髪。ハルヒだ。何だ、渡り廊下にアサルトドアーでも出現したか?
半ば想定されるハルヒの行動原理に微笑ましく思いながら見ていると、その横にブレザー。
男子が一緒?古泉か?と一瞬思ったがどうも違うっぽい。古泉よりも身長が低い。

 

誰だ?また妙な属性持ちの人間捕まえたんじゃなかろうな?すまんがハルヒ、これ以上迷惑を掛ける人間を増やすなよ。
見ると相手の男子は結構髪が長い。男子のくせに三つ編みで俺から見ても結構美形だ。
中性的な印象が強く、その手の女子が砂糖菓子のアリの如く群れ集まりそうだ。ハルヒにそんな属性は無かろうが。

 

その男子と話すハルヒは、結構真剣な顔をしている。あの超新星的破顔ではなく、暗黒物質的ムッツリ顔でもなく。
真剣にそしてやや紅潮しているといったところか。あ、いっとくが俺はそこまで真剣に観察したんじゃないぞ?
只そう見えただけでな?チラ見を俺の主観で補完しただけで決して真実ではいかん何墓穴掘ってんだ俺。

 

と、男の方がハルヒの手を取った。ハルヒが驚きうつむく。
さらにもう片方の手も取る。ハルヒが男の顔を見上げる。待てハルヒ何だその潤んだ目は?いや見えた訳じゃないぞ?
そして見つめあう二人の唇が急接近し────

 
 

くっついた。

 
 
 

ん?

 
 

何?

 

俺?

 

何言ってんだ大丈夫だぜ?いや別に?
いやハルヒの恋愛感に対してとやかく言う筋合いは無いぜ?確か中学のときはとっかえひっかえだったんだろ?
なら高校でも有りうるよな?あいつもSOS団の活動に飽きてきたんだろ?
そして遂にハルヒは普通の女子高生の如き生活を望み始めたんだよな?結構な事じゃないか?古泉が喜ぶぜ?

 

てかココはどこだ。ああ次の移動教室か。何だ谷口?ああすまんここが俺の席か。うん。

 

ええとすまん谷口、コレは何の教科書だ?中に書いてある文字が全く読めないんだが。どこのラーマヤーナだ?
そしてコレは誰の書いた錬金術奥義指南書ノートだ?暗号解読はオレのスキルに入ってないぞ?

 

フゥウ全く何処のドイツだ俺にチンケなナイトメアバトルを仕掛けてきたのは。
もう新キャラは御免だぜ?なあ?

 

やがて昼時。念の為に持ってきた母謹製俺弁当は、遂に谷口の口に入る事は無かった。

 

昼休みにハルヒは前のように何時の間にやら教室から消えた。おかげでゆっくり食えるってモンだ。
おお谷口、お前えらい早食いだな。む、国木田もか。お前ら実は胃袋が宇宙だな?
谷口と国木田が顔を見合わせ、憐れみの声と視線を俺に向ける。
と、廊下から黄色い声が上がった。女子達が窓辺に群れを作ってきゃいきゃい言ってる。何だろうね?
ふらりと立ち上がって様子を見に行く。谷口が袖を引っ張るが気にしない。

 

女子の一人に聞いてみる。どうしたんだ一体?
「いやね、中庭でもう凄いのよ涼宮さんが!!ホラあんたも見てみなさいって」
手をぐいと引っ張られ窓辺に押し出される。その直後、ひっぱった女子のしまったという表情。

 
 

中庭では、ハルヒとあの男が、仲睦まじく弁当を食べていた。

 

カラアゲを食べる男子生徒の顔を覗き込み何か聞くハルヒ。『おいしい?』とでも言ってるのだろうか?
男もまんざらではない様子でもくもくと食べている。実に楽しそうなハルヒの笑顔。
つかハルヒ、その笑顔はSOS団専用じゃなかったのか?
やがて食い終わったのか、男がゴチソウサマと手を合わせた。するとハルヒが男の頬を指差す。
そのまま何かをつまみ取ると、ハルヒはそれをそのまま口に入れた。

 

『キャ~!!!』と真ッ黄ッ黄に輝く女子達の声。続いて空耳まで聞こえてくる。
『あの涼宮さんの相手って”毛利”君って言って、今日転校してきたばっかしなんだって!』
『で、登校してきた校門の前で捕まえていきなり告白!一目惚れってヤツ!?』
『すご~い!でも涼宮さんがやってたあの部活どうするのかな?』
『もうほっとくんじゃない?あんなカッコイイコ捕まえたんだし!!』

 
 

何か眩暈がしそうなので教室に戻る。そういや弁当食いかけだ。

 

よっこらせと席に座り、箸を持ち、ハテ、俺は何故この目の前の弁当を食わねばならんのだろう?
その前に俺は何故この学校に居るんだろう?何故俺は存在しているんだろう?何故なんだろう?
暫く俺の意識は銀の鍵を携えて虹色の球体の集積物である偉大なる門を越えてシャミが一杯居る夕日の街へ辿り着き、
そこで妙に顔の長いオッサンにココはお前の居る所ではないと諭されて帰ってくると谷口が俺の方に手を回し、

 

谷口 「キョン………俺達、いつまでも友達だぜ?」
何言ってんだお前。
国木田「キョン、  ……僕でよかったら慰めてあけるよ」
止めんか童顔。

 

国木田「女子高生痴漢モノと熟女メイド女王モノ、どっちのビデオがいい?」
そっちかい。つか何だその趣味は?

 

放課後。SOS部室にはハルヒの姿は無かった。もしやあの男を入団させるなぞのたまうかと思ったが。
とりあえずカード麻雀を参考書片手にいじっている古泉の前に座り、ぼうっと外の風景を眺める。
気がつくと、目の前にいい香りのお茶が煎れられていた。いつの間に朝比奈さんがついでくれたのだろう。
みくる「あの……キョン君?」
あぁい。   …すいません朝比奈さん。何故かこんな声しか出てきません。全身の糖分が乳酸に化けた気分です。
視界の端で、古泉はやれやれといった感じで頭を振った。
長門が読書を止め、俺の顔を見ている。視線を返すと『大丈夫?』といった感じで小首を傾げた。

 

古泉も朝比奈さんも長門もいるSOS団の風景。只、団長の席だけが寒々と空く。

 
 

と、俺の悪い頭はふとそこでようやくある状態に気がついた。
いまここに、ハルヒを除くSOS団全員が集まっていつも通りの時間を過ごしている。
だがハルヒは、いきなり現れた謎の転校生に首っ丈。『機関』位は動いても良さそうなのに、何の動きも無い。
というかハルヒの心が移った以上、SOS団の存亡の危機だというのに誰も動こうとはしない。

 

即ち。

 
 

お前ら、何か知ってるな?

 

みくる「はぁうっ!!!?」
朝比奈さんが声を上げる。むちゃくちゃ色っぽいですが今は心のみくるフォルダにMPGで収録しとくとして。
古泉、閉鎖空間は発生してないな?
古泉 「ええ、おかげさまで」
朝比奈さん、未来との通信は大丈夫ですね?
みくる「はっ!!?  ………はい」
長門、ハルヒの能力に変異はあるか?
長門 「異常なし」

 

ということは。お前ら今回の事態が心配する事でないと知ってる訳だ。俺に内緒で。
古泉 「僕らがそれを言うとでも思いますか?」
思わんがな。だがお前らに拒否権も黙秘権も弁護士を雇う権利も無い。長門と朝比奈さんを除いて。
古泉 「そんなに心配なら、直接涼宮さんに会って話したらどうですか?」
みくる「詳しいことは禁則事項なんですが、私もそれがいいと思いますっ!」
長門 「私も、推奨する」
……………お前らなんでそんなに発言の息が合ってるか?

 

まあいい、今回も乗せられてやる。すまんが古泉、俺戻らないかもしれんぞ?
古泉 「ええ、戸締りはお任せください」
古泉の声を全部聞くまでも無く、俺は校舎へと駆け出した。

 
 

ハルヒの姿を探す為に。

 

探すまでも無く、ハルヒは校門のすぐ前に居た。
あの”毛利”とかいう男と共に。少し目立ちにくい校舎の影に隠れて、互いにキスを交わしていた。
ハルヒの頬は夕日のせいか紅く見える。………つかお前ら長いぞお前ら。いつまでやってる?
ハルヒ「………ッぷはぁ」
こちらまで聞こえる深呼吸と共にキスが終了した。男の顔を見つめて笑うハルヒ。

 

────────ハルヒ、その笑顔は俺達SOS団と共に有ったモノだろう?何故そんな男に捧げる?
そしてお前の、その唇は────────……
ふいに、頭上を照らす太陽が暗黒星雲に飲み込まれていく姿が思い浮かぶ。

 

出て行きにくい。そうこうする内、ハルヒは辺りを見回して溜息をつくと、手を振って校門から出て行った。

 

しまった。もう校門には”毛利”しか残っていない。慌てる俺の隠れる茂みに、
毛利 「さ、出てきなさい。出歯亀はいい趣味じゃあないよ?」
気付かれていたか。ゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐに睨みつける。
毛利 「キョン………君、だったね?初めまして」
初めて間近で見るソイツは、確かに見目麗しき美少年だった。古泉もまあスカしたイケメンぶりだったがコイツは違う。
整った顔。釣り目気味の引き締まった大きな目。女といわれても信じてしまいそうだ。実際女装したら分からんだろう。
男にしては長い黒髪を三つ編みにし、お下げにして垂らしている。

 

毛利 「君の視線には三限目の休み時間から気付いてたけど……何か用かい?」
用も何も有ったもんじゃねえ。本当はハルヒを問い詰める積りだったが、お前でも構わん。その方が手っ取り早い。
言うぞ。毛利、ハルヒに手を出すんじゃねえ。
毛利 「何故だい?」

 

彼女は俺達SOS団の団長様だからだ。お前が来てハルヒは全くこちらに顔を向けなくなった。
お前はハルヒを狂わせる。とっととハルヒの前から去れ。この高校からも出て行け。二度と来るな。
毛利 「心外だなあ?彼女の方から僕に言い寄って来たんだよ?私と付き合ってって」
何いってやがる。想像はつくんだ。お前なんかヘンな力使ってハルヒを操ってんじゃないのか?
毛利 「ヘンな力?僕に?   ……ハハッ、笑わせないでくれよ。僕は普通の一般人さ」

 

ああそうかい白を切るか。だがな、コレだけは言える。お前はハルヒにとって有害なんだよ。
毛利 「有害?それは君達にとってはの話だろう?僕と彼女には関係無い。君達の問題だ」
ハナに付くキザな喋り方。いちいち癇に触る。
毛利 「諦めねばならないのは君達の方だ。SOS団、だっけ?それが彼女を奇矯な行動に束縛してるんじゃないかい?」
    「何の問題も無い。君たちが諦めてくれば、彼女も世間も納得する。円満な解決だ」

 

ハルヒが只の女子高生となり、SOS団が解散する。いつかは来るであろう終末の刻。
だが────────こんな終わらせ方は無いだろう、ハルヒ?
SOS団のあいつらがあそこまで安心してるんだ。コレも何かの仕込みだろう?俺をからかう為の。
だがすまん。俺はあいつらよりもお前よりも無知で非力だ。
だからお前のイタズラであろうが無かろうが、俺はこんな暴挙に出る。

 

すまんな、ハルヒ。
俺はとんだ未熟者だ。

 

毛利 「納得できない────って顔だね。ヤル気かい?」
腰を落としたまま相手を睨みつける俺。相手も足を開き、何度かK-1で見た構えに入る。
毛利 「僕にも心得が有るからね?僕は────……強いよ」
確かに、伝わってくる迫力が違う。この恐るべき微笑は見たことが有る────そう、朝比奈さん誘拐事件の時に。

 

気圧される。何か武器があればよかったか。何故かナイフを持った朝倉を思い出す。
今の俺なら朝倉の飛ばす槍を全て間一髪でかわし切って朝倉に接近、朝倉のハイキックを姿勢を低くしてかわした後
朝倉のふとももにしがみつきさすさすして「ひゃあ~ん!?」という朝倉の手からナイフを奪い取ることだってできるだろう。
何想像してんだ俺。

 

相手が動いた。
反射的に俺も動く。長期戦なぞハナから無理、やるなら特攻覚悟のカウンター!
と、……来ると思った拳が来ない。相手はまた体勢を変えている。コレは────
腕を取られ、後ろに捻られ、そのままうつ伏せに倒される。しまった──────
毛利 「甘いよ」
フェイントだったか………全て終わったその後に、ようやく考えが巡ってきた。

 

毛利 「どうだい、痛いかい?もしこの場で降参、涼宮さんから手を引くなら許してあげる」
   「でももし、降参しないなら────」
折るなら折れ。

 

毛利 「……え?」
腕の一本や二本くれてやる。だがこれ以上ハルヒには近づくな。

 

毛利 「……君、自分の状況分かって」
だがもしこれ以上近づいてハルヒをSOS団から引き離してみろ、俺は全てを賭けてもハルヒを取り戻す。

 

『SOS団団長涼宮ハルヒ────おまえにゃ分不相応だ。勿体無さ過ぎて、お前なんかにゃ譲れるかッ!!!!』

 
 
 

……

 

…………

 

…………………

 

毛利 「───まけた」

 

力を急に緩めた。
毛利 「負けたわよ。そんなクサイ台詞吐かれちゃね」
わよ?何で急に女言葉??疑問を思い切り顔に出しながら起き上がると、
毛利 「あら、まだ気付かないですか?少々ショックですね」
垂らしたお下げに手を付け、その場で解き始める。そこに姿を現したのは────────

 

      ………森さん!!!?

 

森(毛利)「お久しぶりです。ここまでして気付かなかったなんて、宝塚ファンとして少しうれしいですね」
森さんヅカだったんですか。いやそうじゃなくて、何で森さんが!?
その、男装して、転校してきて、ハルヒと恋人ごっこして、あまつさえ────…
森(毛利)「いえ、実は古泉から涼宮さんの計画に協力して欲しいと依頼がありましてね」
機関にですか。わざわざ。
森(毛利)「ええ。で、その一環で涼宮さんが別の男性と付き合い始めて貴方の出方を見る!、というのがありまして」
     「で、涼宮さん自身が後腐れないように私を指名したんですよ」
で、今日のような行為に及んだと。
森(毛利)「どうでした?結構男装、様になっていたでしょう?」
様になるも何も、俺どころか学校中が騙されましたよ。SOS団も────………って、まさか?
森(毛利)「ええ、皆さんぶっちゃけグルです」

 

力が抜けた。肩を落とす。森さんが手を貸してくれたのでようやく起き上がる。
森 「もう、クラスの皆さんや古泉から聞きましたけど、物凄い有様みたいだったですね?」
そうなんですか?今日一日を思い出してみる。

 

                       …!?いかん、渡り廊下のハルヒから記憶が無いぞ!?
森 「あらあら」
森さんが孤島や山荘で見たあのスマイルを見せてくれた。
森 「しっかりして下さい?涼宮さんや古泉も貴方を信頼してますが、あの有様ではいざと言う時動けませんよ?」
はあ、というしか出来ない。たしかにハルヒのキスを見てから茫然自失になっていたようだ
   ………────うわっ俺ハズカシ!?そんな状態で半日過ごしてたのか!?
森 「涼宮さんは喜んでましたけどね?」
ほう?どんな風に?
森 「貴方の一挙一動見る度にお腹抱えて笑い転げてましたけど」

 

どうやらハルヒはいつも通りらしい。良かった。あの青空のヒマワリのような笑顔はいまだSOS団のモノな訳だ。
森 「あと、しきりにキスの仕方を教えて頂戴って言ってましたね。男を手玉に取れるキスの仕方」
────また不安になる事を言ってくれる。何だよやっぱり中学時代に未練があるのかあのインラン団長様は?
森 「あらら、誰のために涼宮さんがインランなマネしてるか分かってないなんて、とんだ半人前の団員ですね?」
半人前で十分です。分かりたくもねえ。

 

森 「あらあら、団長さんもご苦労さまだこと。鈍感すぎて可愛そう」

 

森 「じゃ、私は帰らせていただきます。ご安心ください?明日には私転校してますから」
また機関のムチャな仕業ですか。大変ですね全く。
森 「お互い様です。      ……────あ、そうだ。忘れ物」

 
 

森さんが、俺の唇にキスをした。
硬直し、また脳ミソが大混乱する俺に森さんが言う。

 

森 「間接キス。今ので涼宮さんのキス、全部返しましたからね?大切に」

 

………さいですか。溜息をついて頭をかく俺。校門前にタクシーが止まり乗り込む森さん。
ドアを閉める前に、俺に大声でこう呼びかけた。

 

森 「後、あの最後のタンカは80点!涼宮さんはあれじゃ納得しないわよ───!!」

 
 
 
 

というわけで、涼宮ハルヒによる自作自演のドッキリ浮気大作戦は成功裏に終了した。
……いや、浮気されたのはSOS団だからな?分かってるな?

 

で、ついでだがこの日の夜ハルヒから電話があった。で、
しきりに自分の恋人についてどう思うか質問してくるので、ウザくなってバレバレだと告げてやったら、
ハルヒ「で?どうだった?どうだった?どうだった訳あんたは!?」
更にうるさくなって夜中の二時まで付き合わされた事を付け加えておこう。

 
 
 

翌日、ハルヒはまた化けて出た。正直予想の範囲内だったが、…危なかった。
つーかいつまで化けて出るんだ?ハルヒ。