ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第02話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 09:46:30

『現実か幻か』

 
 

 エマが浴室から出ると、それまで自分が着ていたエゥーゴの制服の代わりに、別の服が用意されていた。恐らくラクスが気を利かせてくれたのだろう。そんな優しい彼女の心配りをありがたく思い、上着を手にとって拡げてみた。
 意外と落ち着いた印象の服だ。彼女のような可愛らしい外見の少女が着るにしては、やや地味な気がする。下はパンツを用意してくれているようだ。しかし、彼女にはどちらかと言えばワンピースのような、いかにも少女が好むような服しか持っていないイメージがある。

 

「…あの子だって、たまにはこういうのも着たいのかもね」

 

 ふっ、と笑って袖を通してみる。

 

「……?」

 

 即効で違和感を感じた。何が違うのかは何となく分かる。意外と胸の辺りが緩いのだ。続けて下も穿いてみるが、こちらも同様に腰周りに余裕がある。

 

「…着痩せするタイプなのかしら?」

 

 ラクスと出会って間もないが、思い出せる限りの彼女の姿を思い描いてみる。そして、そこから彼女のスタイルを想像した。しかし、イメージの中ではどう考えても寸法が合わない。彼女のスタイルは、良く言えばスレンダー、悪く言えば貧相である。

 

「将来に向けて…って訳でもないでしょうに」

 

 シャワーを浴びてスッキリしたと思ったが、また謎が増えた。…あまり重要ではないが。
 金持ちそうな彼女が今から将来を気にして準備をしているとは思えない。それに、金持ちはその時々で物を揃えるものだ。
 腑に落ちない表情でエマは首を傾げた。この屋敷には謎だらけだ。だが、その謎は浴室から出ると直ぐに解決された。

 

「服のサイズはどうかしら?」
「あなたは?」

 

 何てことは無い。この屋敷にはラクスの他にもう一人女性がいたのだ。これだけ大きな屋敷である。その他にも、もう何人か大人が居るかもしれない。当然といえば当然の結果だ。

 

 エマを待っていたのは一人の女性。やや茶色掛った、肩甲骨の辺りまで伸びた髪。身長は女性にしては高い方だとは思うが、長身と呼ぶにはもう一歩か。ほぼ自分と同じ位の高さだろう。
 艶やかな口元は、ラクスとは違った大人の雰囲気を感じさせる。優しそうな瞳を湛え、柔らかい視線を送ってくる。
 間違いない、この服は彼女のものだ。視線を体の方に移してみればよく分かる。ラクスと比べるのは失礼かもしれないが、ダンチだ。

 

「マリア=ベルネスです、エマ=シーンさん」

 

 マリアと名乗るこの女性は、質問に質問で返してしまったエマの無遠慮な言葉にも、嫌な顔をせず丁寧に返事をしてくれた。エマはそれに気付いて少し恥ずかしくなる。

 

「あ、ごめんなさい私ったら。私の事はもうお聞きになったのですか?」
「えぇ。カツ君のお姉さんなんでしょ?」
「は、はい。そうです」

 

 カツの姉と呼ばれるのにはまだ抵抗があった。顔が似てないのと、年も離れている言い訳として異母姉弟というこじつけ紛いの理由を考えたが、どうやら間違いだったらしい。咄嗟に考えた案というのは思った以上に意外な落とし穴があるものだ。
 しかし、一度異母姉弟と言ってしまった以上、これから先もそれで通していかなければならない。

 

(先……?)

 

 おかしな事を考えるものだと思った。今の考えは、まるでこれから長い間カツとの姉弟を続けていかなければならないと考えているようなものである。
 第一、こうしてくつろがせて貰っているのは一時的なものであるはずだ。それが何故わざわざ長期的な関係になると踏んだ上での思考になるのか、おかしな話である。
 どの道、アーガマでなくともエゥーゴの何処かの部隊に連絡がつけば、彼等とはお別れなのである。それにここは地球、支援組織のカラバの線でだっていけるはずだ。最悪ルオ商会に取り次いでもらう事も――。
 エマがそんな風にして邪念を払おうと必死に頭の中を整理していると、マリアが少し眉尻を下げて顔を覗き込んできた。

 

「服のサイズ、やっぱり少し大きかったかしら?」
「い、いえ!そうではないんです。この位の方がゆったりしていて、着心地はいいですから…お気になさらないで下さい」

 

 マリアは見た目は二十台半ばに見えるが、実際はもう少し上かもしれない。若く見えはするが、落ち着いたその物腰がエマにそう思わせた。

 

「そう、それならいいんですけど、気になる事があったら遠慮しないで言ってね。後、あなたの服は洗っておいたから。疲れているでしょうし、ゆっくりして頂戴」
「済みません。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「そんなに堅苦しい言葉遣いはしないで。ここには私とラクスさんと、あと一人居るんですけど、それ以外は殆ど男性ばかりだから――。私と年代の近い女性は居ないの。私、あなたのような方と会えて、嬉しく思っているのよ」

 

 そう言ってマリアは一つウインクして笑って見せた。

 

「それでは、私も遠慮なく話させてもいます」
「ほら、言っている側から」
「あらやだ!」

 

 すぐさまエマの言葉遣いを指摘してくるマリアの朗らかさに刺激されたのか、エマは口元に手を当てておどけて見せた。そんなやり取りを滑稽に思ったのか、二人はウフフ、と笑い合う。
 このマリアという女性は普通の人間だろう。何処と無く気を許せる気がする。バルトフェルドとは違った、いい意味での馴れ馴れしさを感じた。
 その後、エマはマリアと別れ、カツを捜しに邸内を散策し始めた。マリアが案内をすると言ってくれたが、カツとの会話を聞かれるのはあまり宜しくない。適当に断って一人でカツを捜す。
 先程はラクスに連れられて良く邸内を観察していなかったが、この屋敷は良く出来ていると思う。しっかりした造りに、装飾も手が込んでいる。いよいよあのラクスがお嬢様に見えてきた。

 

「エマ中尉」

 

 邸内を感心しながら、しかしカツの捜索も忘れずに辺りを見渡しながら歩いていると、彼の方からエマに接触してきた。
 どうやら自分の集中力も二つのことは同時に出来ないらしい。カツの気配を感じられなかったのは、油断していた証拠だろう。気を抜きすぎていると感じ、表情を引き締めた。
 尤も、キラやバルトフェルドといった例外を除き、この屋敷の空気が平和すぎるせいでもあるが。

 

「“中尉”はお止しなさい、カツ。私達は一民間人の姉弟としてここに世話になっているのよ」
「す、すみません」

 

 カツも油断していた事は想像に難くない。いつもより雰囲気を柔らかくしているエマに緊張をほぐされたのか、迂闊にもいつもの癖で呼んでしまう。しかし、それを叱咤するような言い方に、カツの気は萎えた。今のエマはいつもの上官としてのエマ=シーンだ。

 

「それで、何かあったの?」
「はい。ラクスさんに遭難事故の件を調べたいと言って書斎を借りておきました。そこでなら、これからの対策を相談できると思います」
「大丈夫かしら、隠しカメラなんかは――」
「バルトフェルドさんがたまに使うぐらいだといっていました。多分大丈夫だと思います」
「バルトフェルド…か」

 

 エマがそのまま彼をバルトフェルドと呼ぶのは、彼を信用できないからだ。
 勿論、本人の前ではアンディと呼ぶつもりではいるが、このような場所で彼を馴れ親しく呼ぶことなど出来ない。アンディと呼んでしまえば、その時点でなし崩し的に彼の術中に嵌ってしまうような気がしたからだ。

 

「エマさん、あの人、きっと軍人ですよ。隙が全くありません」
「カツにも感じられて?」
「はい。ひょうきんな振りをして、その実、侮れないものを感じます」

 

 カツにもニュータイプとしての素養が少なからずある事をエマは知っている。敵であったサラ=ザビアロフを一番に感じていたのは、彼だったからだ。
 エゥーゴの中で一番ニュータイプの力が強いと思われるカミーユ=ビダン程ではないが、その感じ方は参考にはなる。自分の推測から得たバルトフェルドの正体に、エマなりの裏づけが出来た。
 そうとなれば、益々バルトフェルドには気をつけなければならない。

 

「なら、彼が使っているとすれば、余計に危ないのではなくて?隠しカメラだって、きっとあるわ」
「でも、それは何か変じゃないですか?だって、書斎はあの人しか使ってないって聞いたんです。なら、自分しか使わない部屋にわざわざ隠しカメラなんて仕掛けるでしょうか?」
「そうね…カツの言う事にも一理あるわ。それに、そもそもこの屋敷に監視するべき人が居るとも思えないし」

 

 エマは書斎をバルトフェルドしか使わないとは聞いていない。今カツから聞いたばかりである。しかし、そんなことに一々目くじらを立てても仕方が無いので、とりあえず二人で書斎へ向かう事にした。

 
 

「ここね」

 

 二階に上がり、突き当たりにある部屋へ向かう。他の部屋よりも一回り大きい観音開きの扉をゆっくりと開き、二人は書斎の中に入る。
 周囲はたくさんの本が詰め込まれた本棚に囲まれていて、奥の方に立派な木造りのデスクが置かれている。長者が持つ典型的な書斎であると言えるだろう。
 カーテンは閉め切られていて、昼間でも薄暗い。二人はカーテンを開き、外の光を取り込んだ。海に面し、太陽光を良く取り入れる明るい部屋になる。これなら電気をつけなくても十分だろう。

 

「見たところ、特に怪しいものはありませんね」

 

 当然でしょ、とエマは心の内で呟いた。隠されてなければ隠しカメラではない。一見しただけで見つけられるのも、隠しカメラとは言えない。隠しカメラは隠されていて見つけにくいからこそ隠しカメラなのである。
 それを了承しているエマは、あえてカツの言葉に返事をしなかった。

 

「先ずはニュースペーパーね。何か載っているはずよ」

 

 エマはすぐさま新聞を捜し始めた。手っ取り早い情報源として、新聞は手ごろな読み物である。

 

「エマさん!こ、これを見て下さい!」

 

 と、唐突にカツの驚愕する声が耳に飛び込んできた。何事かと思い、カツの方に振り向いた。

 

「地図?どうしたの、カツ?」
「この地図、おかしいんですよ」

 

 壁に掛けられた地図を見つめるカツの声が震えている。エマはそのカツの視線の先にある地図を見やった。

 

「おかしい…どういうこと?」
「オーストラリア大陸を見て下さい。ほら、違和感を感じませんか?」

 

 エマはカツの言うとおりに壁に掛けられた地図のオーストラリア大陸の部分を見つめた。確かに、違和感を覚える。そして、気付いた。

 

「これ――!」
「気付きましたか?絶対におかしいですよこれ!こんな事、あるはずが無いのに…」

 

 違和感の正体。それは、あるはずのもの、否、無いはずのものがあるのである。

 

「コロニー落しで出来たクレーターが無い…」
「ど、どういうことなんですかエマさん!」

 

 激しく動揺するカツ。それというのも、これが単なる出版側のミスだとは考えられないからである。対するエマも唇を震わせている。

 

 オーストラリア大陸。その右端の辺り、丁度シドニーがあった場所は、地形がえぐれて巨大なクレーターになっているはずである。
 それは七年前の一年戦争の折、ジオン公国軍が仕掛けたブリティッシュ作戦によるコロニー落しで人類が地球に与えた史上最大の爪跡である。その事実は、現代に生きる人類なら誰もが知っている事実でだ。
 U.C.0079の一月から始まった一年戦争が人類の記憶に刷り込んだ過酷な歴史は、七年経った今でも根強く残っている。開戦当初のジオンによる核攻撃に始まり、コロニーに対する毒ガス攻撃。そして、コロニー落とし。
 更にミノフスキー粒子の発見とMSの台頭は、当初単機決戦だとの見通しの戦争を約一年に渡って繰り広げるまでに戦線を拡大させた。
 その戦争の間に受けた民衆の苦労は計り知れないものがあっただろう。当時の記憶として、幼いながらも最前線のホワイトベースに搭乗していたカツは、その苦しさを身に沁みて知っている。
 それだけに、一年戦争の象徴とも言うべきオーストラリア大陸のクレーターの存在が無視された地図が在るのは、二人にとって驚愕だった。

 

「…ちょっと待って。ここに年数が書かれているわ」

 

 ふと、エマが地図の端に記されている数字が目に入った。

 

「71…」
「じゃあ、これはずっと昔に作成された地図という事ですか?」
「いいえ。もしかしたら、これはもっと別の意味を含んでいるかもしれないわ」

 

 数字の大きさから、恐らくはこの地図が作成された年代を示しているのだろう。
 エマの推測はこうだ。これは一年戦争よりも十年近く前に作成されたもので、まだコロニーがオーストラリア大陸に落下する前の世界を示している。だからオーストラリア大陸にクレーターが無くても何ら不思議な事ではない。
 一応ここまでは理屈は通ってはいる。しかし、決め付けるのはまだ早かった。年数の隣、年号を示す部分が、どうしても見逃せない。カツもそれに気付いたようだ。

 

「C.E.って…何です?年号は宇宙世紀…ユニバーサル・センチュリー(U.C.)じゃないんですか?」
「分からない…これが一体何を示しているのか私には分からないわ…」

 

 砂浜で気付き、それからカツに出会い、不可思議な人達とも出会った。そして今、それらの謎を結びつけるように最も奇妙な謎がエマの目の前に姿を現した。

 

「どうです、何か分かりましたか?」

 

 唐突に掛けられた声に、一瞬心臓が止まりかけそうになりながらも咄嗟に二人は身を翻す。
 振り向いた先に立っていたのはバルトフェルドだった。観音開きの扉の真ん中で悠然と立つその姿は、明らかに自分達を疑っている。

 

「中々いい書斎でしょう?僕もたまにここを使わせてもらっているんですがね、一人で落ち着くには最適な場所だ。ここなら、何をしていようとも誰にも邪魔をされませんからねぇ」

 

 バルトフェルドはこちらに近寄ってくる気配は無い。窓の外はおよそ四、五メートルの高さはあろう。唯一の出入り口を塞いで逃げ道を失くしているつもりか。

 

「ふっ」

 

 エマ達が何も応えないでいると、一つ鼻で笑ってバルトフェルドは扉を閉めて鍵を掛けた。
 静まり返った書斎。整然と並べられた本棚が逆に不気味に感じる。そんな空気の中を、バルトフェルドはゆっくりと二人に歩み寄ってくる。長身の男が迫ってくるのはこれまた不気味だ。

 

「ラクスから君たちに書斎を貸したと聞いてね。こうして余計な邪魔を気にする事無く話しが出来ると思ってここへ来た……」

 

 表情には薄笑いを浮かべている。やはり相当自分に自信があるのだろう。それとも、相手が女子供と思って油断しているのか。

 

「回りくどいわね。私達を疑っているのではなくて?」
「私達?いえいえ、僕はあなたを疑っているんですよ、エマ」
「エマさんを?」
「カツは黙って」

 

 当然、カツは自分も疑われているものと思っていた。しかし、バルトフェルドが疑っていたのはエマだけだった。自分は眼中に無いと言う事か、カツはそう捉えると、少し悔しかった。自分はこの男に見くびられている。
 エマは、そんなカツの不毛なプライドを察知してか、即座に彼を制止した。

 

「あなたのペースで話を進められたくないわ。本題を話して頂戴」
「そうですか。なるべくオブラートに包んで穏便に話を進めようと思っていたんですがね、君はストレートな表現の方が好きか」
「いつまでもそんな調子では何も話さないわよ」
「失礼。それでは、率直に聞きましょう」

 

 それまで薄笑いを浮かべていたバルトフェルドの顔つきが急に険しくなる。どうやら、これが彼の本当の顔らしい。エマの推測したとおり、今までのフレンドリーな態度はブラフだったか。

 

「エマ、君は軍人だな」
「そうよ」

 

 あっさりと認めるエマに、バルトフェルドは口笛を吹いて囃す。意外なほどにあっけなく認めるものだと思った。エマは自分の予想していた以上に気の強い女性なのだろう。
 一方のエマにしてみれば、こうして疑われている以上、軍人である事を隠し続けるのは無意味だと感じていた。相手がバリバリの軍人であると薄々気付いていたのだから尚更とも言える。

 

「どうして分かったの?」
「そりゃあ僕も元軍人だからねぇ。同類の匂いくらい、嗅ぎ分けて見せるさ」

 

 にやり、とバルトフェルドは笑ってみせる。その表情に、彼はまだ完全に本気になっていないことが窺える。余裕を残しているようだ。
 その反面、成る程、とエマは思った。自分が彼を軍人だと見抜けたのなら、その逆もまた然りだ。自分はこれまで自らの事で一杯一杯だったのだろう。そんな簡単な事にも気付けなかったのだから。

 

「では次に、君たちの所属は何処だ?何の目的でここへ来た?」
「その前に、こちらの質問に応えてもらえないかしら?」

 

 バルトフェルドは眉を顰める。立場上優位に立っているのはバルトフェルドの方である。しかし、それを意に介さないエマの強気な態度は、彼にしてみれば不愉快なものだろう。
 ただ、エマの側にしてみれば少しでも謎を解きたいという渇望と、会話の主導権をバルトフェルドに渡したくないという思いもあった。

 

「何だ、言ってみたまえ」

 

 しかし、ここで恫喝しては、聞ける話も聞けなくなるかもしれない。それに、彼女達の言葉から情報が漏れてくる事も考えられる。こちらの質問に応えるエマが真実を話すとは限らない。

 

「今年は何年か…教えてくれないかしら?」
「今年?」

 

 この質問にはバルトフェルドも意表を突かれた。何を聞いてくるのかと思えば、今年が何年かという質問である。特殊工作部隊かと思って気を引き締めていたが、これでは拍子抜けである。

 

(いや…)

 

 が、しかしバルトフェルドは直ぐに気を引き締めなおした。一見何の意味も無い質問に思えても、どこかにキーワードが隠されているかもしれない。それに、意味は無くともこちらを油断させる為に仕掛けた罠である可能性も否定しきれない。

 

「今年はコズミック・イラ(C.E.)73年だ。それがどうかしたのかね?」
「コズミック・イラ?コズミック・イラって何の事なんです?」
「おかしな事を聞くもんだな?」
「教えてください!」
「おいおい、質問しているのはこちらだという事を忘れないで貰おうか」

 

 何か様子が変だ。バルトフェルドはそう思い、警戒を膨らませる。

 

「お願いします!どうしても知らなければならないんです!」
「それに応えたら、僕の言う事に素直に応えてくれると約束してくれるかい?」
「約束します」
「ふぅ……」

 

 バルトフェルドは一つ息を吐き出し、やれやれといった表情で口を開いた。この懇願の仕方、まるで迷子になった仔犬のようだ。演技にしても、こんな常識に必死になるのはおかしい。

 

「何の事もへったくれも無い。コズミック・イラが今の年号だという事位、知っているだろう?」
「コズミック・イラが年号……!年号って、ユニバーサル・センチュリーではないんですか!?」
「ユニバーサル・センチュリー…何だそれは?旧世紀から年代が移行して以来、この世界の年号はコズミック・イラ以外になった記録は無いぞ」
「な、何ですって……!」
「中尉、さっきの地図に書いてあったC.E.って言うのはそのコズミック・イラの事だったんですよ!」

 

 カツが口を挟んでくる。
 ここで、バルトフェルドはエマが中尉だという事を知る。やはり、少年の方から情報が漏れてきたか、とほくそ笑む。そうとなれば、連合の軍人だろう。ザフトには階級は存在しない。

 

「そうとなれば、ここは過去でも僕達の世界でもないという事では――」
「じゃあ、私やあなたが生きているのも――」
「君達は何を言っている?」

 

 当りを得たとバルトフェルドが思っていた矢先、おかしな会話を始めた二人に困惑する。まるでSF世界の物語のような事を口走っているのだ。これには流石のバルトフェルドも不思議に思う。

 

「でも、そんな事ありえないわ。違う世界に飛ばされるなんて…」
「でも、僕が生きてるって事は……死後の世界?」
「そんな事――!」
「でも、それ以外にどう説明をつけるって言うんです?」

 

「お取り込み中のところ申し訳ないが、君たちは僕に尋問を受けている立場な訳だ。あまり俺に手荒な真似はさせないでくれ」

 

 それまでとは違った凄みを利かせた声が二人のやり取りを遮る。ふとバルトフェルドを見やると、突いていた杖をこちらに向けてかざして威圧を掛けていた。

 

「何の事やら僕にはさっぱりなわけだが――」

 

 二人が大人しくなったのを確認すると、また声が先程までの調子に戻った。が、直ぐにカツが再び口を開いてしまう。

 

「この人が嘘をついてるって事は――!」
「カツ!」

 

 思い出したかのように再び息巻くカツを、エマは制止する。これ以上彼を興奮させては、バルトフェルドの心象が余計に悪くなる。
 立場を理解できているエマは、出来るだけ事を荒立てたくなかった。こちらは二人とはいえ、隙の見えないバルトフェルドに勝てる気がしなかった。

 

「あの地図だって僕等を混乱させる為にわざわざ用意したものかもしれません!」
「お止しなさい、カツ!」
「そうだ、いい加減にしたまえ少年」
「うっ……!」

 

 しかし、尚も興奮するカツはエマの制止を振り切って更に続けた。それをバルトフェルドは不快に思い、カツに対してきつく言葉を掛けた。
 それに気付いたカツはその眼光の鋭さに言葉を詰まらせる。この男には勝てない。カツは直感的にそう悟り、やっと大人しくなった。
 それを確認したバルトフェルドは、今度こそ落ち着いて話せると感じ、続きを話し始めた。詳しく話を聞く必要がありそうだ。

 

「とりあえず事情を聞こうか。どうやら君達は唯の連合軍人ではなさそうだからな」