《第32話:背負うべきもの》

Last-modified: 2023-08-15 (火) 16:20:42

(……?)

 
 

『――APU、CCU起動……よし……、……よし! 動く! フラガさん、ストライク使えます!!』

 
 

 遏・繧峨↑縺?ェー縺九′縲√Ρ繧ソ繧キ縺ョ荳ュ縺ォ縺?◆。
(知らない誰かが、ワタシの中にいた)

 
 

『よっしゃァ! これで前提条件はクリアだな。シンはそのままストライクの調整、ダコスタとチャンドラは他機体へのプログラムインストールを始めろ! 俺はイージスで行く!!』
『了解ッ。……、……けどまさかバルトフェルドさんが、博物館の中にこんなのを隠してたなんて……』
『木を隠すなら森の中たァ、このことだな。こんなこともあろうかとってヤツなんだろうが……しっかし初期GAT全機が轡を揃えることになるとはねぇ。中身はほぼ最新式で別モンみてーだがよ、俺としちゃフクザツな気分だぜ』

 
 

 蜷ヲ縲ら衍繧峨↑縺?ココ驕斐′縲√Ρ繧ソ繧キ驕斐?荳ュ縺ォ縺?◆。
(否。知らない人達が、ワタシ達の中にいた)
 證励¥縺ヲ莠コ豌励?縺ェ縺?姶莠牙忽迚ゥ鬢ィ縲ょ?蝎ィ縺ィ縺励※騾?繧峨l縺溘?縺ォ縺吶$縺ォ縺薙s縺ェ縺ィ縺薙m縺ォ謚シ縺苓セシ繧√i繧後?∝ア慕、コ縺ィ縺?≧蜷阪?謾セ鄂ョ繧偵&繧後※縺?◆繝ッ繧ソ繧キ驕斐?蠢?∮縺ォ轣ォ縺檎?繧翫?∵э隴倥′闃ス逕溘∴縺。
(暗くて人気のない戦争博物館。兵器として造られたのにすぐにこんなところに押し込められ、展示という名の放置をされていたワタシ達の心臓に火が灯り、意識が芽生えた)
 譁ーOS繝??繧ソ繧、繝ウ繧ケ繝医?繝ォ縲√い繝??繝??繧ソ襍キ蜍輔?√リ繝シ繝悶Μ繝ウ繧ッ蜀肴ァ狗ッ峨?りレ驛ィ縺ォAQM/E-X01縺ョ陬?捩繧堤「コ隱阪?∝?蜈オ陬?い繧ッ繝?ぅ繝悶?√が繝シ繝ォ繧ヲ繧ァ繝昴Φ繧コ繝輔Μ繝シ縲らエ??繧ケ繝シ繝??髱貞ケエ縲∫エォ縺ョ繧ェ繧ク繧オ繝ウ縲∽サ?莠コ縺梧キ?縺ソ縺ェ縺上?√Ρ繧ソ繧キ驕?讖溘r謌ヲ縺医k霄ォ菴薙↓縺励※縺上l縺ヲ縺?k。
(新OSデータインストール、アップデータ起動、ナーブリンク再構築。背部にAQM/E-X01の装着を確認、全兵装アクティブ、オールウェポンズフリー。紅のスーツの青年、紫のオジサン、他2人が淀みなく、ワタシ達を戦える身体にしてくれている)
 謌ヲ縺??縺?繧阪≧縺具シ。
(戦うのだろうか?)
 繧「繝翫ち驕斐′縲√ヱ繧、繝ュ繝?ヨ?
(アナタ達が、パイロット?)

 
 

『ザクとムラサメとダガーが揃ってるってのも、変な気分になりますよ俺も。ところで今更ですけど、フラガさんがストライクじゃなくていいんです? 昔乗ってたんっすよね?』
『俺の慣れだの経験だのよりも、適材適所だ肝心なのは。どっちみち、そのOSをインストールしたんならもう俺じゃ無理だぞ』
『……疑うわけじゃないですけど、無茶苦茶ですよコレ。いくら運動性と耐久性に優れてるフレームだからって、こんな、下手すりゃ自壊待ったなしとか。昔、キラさんが使ってたストライクのデータね……バグってるとかなら納得ですケド?』
『正確にゃX20A受領時のルージュのらしいが。だがお前さんなら扱えると判断したからこそ、虎の野郎も託してくれたんだ。生憎こまごまフィッティングしてる暇もねぇし、通常OSじゃ機体がお前の腕についていけん。腹括れ』

 
 

 繧、繝ウ繧ケ繝医?繝ォ縺輔l縺溘ョ繝シ繧ソ鄒、縺九i縲√Ρ繧ソ繧キ縺倥c縺ェ縺?挨縺ョ繝ッ繧ソ繧キ縺ョ諠??ア縺梧オ√l霎シ繧薙〒縺上k縲り塘遨阪&繧後?∵隼濶ッ繧帝㍾縺ュ縺ヲ縺阪◆GAT-X105縺ョ諠??ア縺後?∝享縺、縺溘a縺ェ繧峨%縺ョ驪シ驩??霄ォ菴薙r螢翫@縺ヲ繧よァ九o縺ェ縺?→縺?≧諢丞ソ励?蝪翫′縲√∪縺」縺輔i縺ェ縺薙?繝ッ繧ソ繧キ繧剃ク頑嶌縺阪@縺ヲ縺?¥。
(インストールされたデータ群から、ワタシじゃない別のワタシの情報が流れ込んでくる。蓄積され、改良を重ねてきたGAT-X105の情報が、勝つためならこの鋼鉄の身体を壊しても構わないという意志の塊が、まっさらなこのワタシを上書きしていく)
 蜃?>縲ょ鴨縺梧シイ縺」縺ヲ縺上k縲ゅ%繧後↑繧峨″縺」縺ィ縺ゥ繧薙↑謨オ縺ィ縺ァ繧よ姶縺医k。
(凄い。力が漲ってくる。これならきっとどんな敵とでも戦える)
 謌ヲ縺??ゅ◆縺」縺滉ク?縺、縺ョ謌ヲ縺ォ蜈ィ縺ヲ繧定ウュ縺励※。
(戦う。この身の全てを賭して)
 縲よ姶縺」縺ヲ縺ソ縺帙k。
(戦ってみせる)

 
 

『わかってますよ、やってやるさ。敵は少なく見積もってもGRMF並み、100機以上……これくらいしなきゃ戦えない』
『お前とストライクが今の俺達の最大戦力だ。しっかり頼んだぜ』
『はい』
『よし。再確認するが、とにかく、アスランの部隊がノルン中央司令部を制圧するタイミングで俺達もエターナルに取りつかなきゃならん。時間との勝負だが、これをクリアさえできれば勝機が見える。少しな』
『絶対に間に合わせてみせる……これ以上はもう誰も死なせない』
『そうだな……』
『……、……OS更新完了、システムオールグリーン。バッテリーフルチャージ。隔壁を開けたら全速力で行きます。俺が先導しますから、フラガさんは殿を』
『了解だ。タイミング任せる』

 
 

 隴伜挨菫。蜿キ險ュ螳壹?9102縲々103縲々207縲々303縲∽サ匁焚讖溘r蜿玖サ肴ゥ溘→縺励※逋サ骭イ縲よ雰讖溘?繝??繧ソ辟。縺励?ゞnknown窶補?輔@縺九@迴セ蝨ィ縺ッC.E.79縺ョ1譛?0譌・縲√■繧?≧縺ゥ8蟷エ蜑阪?莉頑律縲,.E.71縺ョ1譛?0譌・縺ォ繝ュ繝シ繝ォ繧「繧ヲ繝医@縺溷?譛檬AT-X繝翫Φ繝舌?縺ィ縺ッ豈斐∋繧ゅ?縺ォ縺ェ繧峨↑縺?ォ俶?ァ閭ス讖溘〒縺ゅk縺薙→縺ッ髢馴&縺?↑縺?□繧阪≧。
(識別信号設定。X102、X103、X207、X303、他数機を友軍機として登録。敵機はデータ無し、Unknown――しかし現在はC.E.79の1月20日、ちょうど8年前の今日、C.E.71の1月20日にロールアウトした初期GAT-Xナンバーとは比べものにならない高性能機であることは間違いないだろう)
 縺励°縺励??蟷エ蜑阪↓蜀榊サコ騾?縺輔l縺溘%縺ョ繝ッ繧ソ繧キ繧ょ庄閭ス縺ェ髯舌j霑台サ」蛹悶&繧後※縺?k縲ゆク?邱偵↓螻慕、コ縺輔l縺ヲ縺?◆莉匁ゥ滉ス薙↓繧ょ酔讒倥?謾ケ菫ョ縺梧命縺輔l縺ヲ縺?k縲らオカ蟇セ縺ォ謨オ繧上↑縺?嶌謇九〒縺ッ縺ェ縺?ュ医□縲ょシキ縺輔→縺ッ讖滉ス捺?ァ閭ス縺ィ繝代う繝ュ繝?ヨ縺ョ閻輔→邨碁ィ薙???」謳コ縲√◎縺励※謌ヲ逡・縺ァ豎コ螳壹☆繧。
(しかし、2年前に再建造されたこのワタシも可能な限り近代化されている。一緒に展示されていた他機体にも同様の改修が施されている。絶対に敵わない相手ではない筈だ。強さとは機体性能とパイロットの腕と経験、連携、そして戦略で決定する)
 縲ゅ〒縺ゅk縺ェ繧峨?縲√Ρ繧ソ繧キ驕斐?繝代う繝ュ繝?ヨ繧剃ソ。縺倥k縺ョ縺ソ縲ゅ%縺ョ蜉帙〒繧ゅ▲縺ヲ縲√い繝翫ち驕斐↓蠢懊∴繧。
(であるならば、ワタシ達はパイロットを信じるのみ。この力でもって、アナタ達に応えよう)

 
 

『じゃあカウントファイブで。――シン・アスカ、ストライク、発進する!』
『ムウ・ラ・フラガ、イージス、出るぞ! キラ救出作戦、開始だ!!』

 
 

 蜊夂黄鬢ィ縺ョ螂・縺ォ髫?縺輔l縺溷ケセ驥阪b縺ョ髫泌」√′隗」謾セ縺輔l縲∝ケセ蜆?ケセ蜈??譏滓?縺九j縺ォ辣ァ繧峨&繧後※縺?↑縺後i縺ェ縺頑囓鮟偵?螳?ョ吶′隕励¥縲ら椪縺九↑縺?サ偵?よアゅa縺滓姶蝣エ縺。
(博物館の奥に隠された幾重もの隔壁が解放され、幾億幾兆の星明かりに照らされていながらなお暗黒の宇宙が覗く。瞬かない黒。求めた戦場が)
 縺昴%縺ク縲ゅΡ繧ソ繧キ繧貞?鬆ュ縺ォ縺励※鬟帷ソ斐☆繧九?るァ?¢繧九?ょ?騾溷鴨縺ァ。
(そこへ。ワタシを先頭にして飛翔する。駆ける。全速力で)
 莉翫?∫炊隗」縺励◆。
(今、理解した)
 蜈ィ縺ヲ縺ッ縺薙?迸ャ髢薙?轤コ縺ァ縺ゅ▲縺溘?縺?――
(全てはこの瞬間の為であったのだ――)

 
 
 
 

《第32話:背負うべきもの》

 
 
 
 

「――……ぅん……っ?」
 目が覚めた。
 目が眩んだ。
 いろとりどりの光の乱舞。暗闇からいきなり光の世界に放り込まれたようで、だから、訳もわからずただ混乱した。一瞬、宇宙へ出た直後にメインカメラに荷電粒子ビームが直撃してしまったのかとすら考えた。
(な、なんだ……? いや、この感じは……?)
 ありえない、違う。すぐに己の全神経がその思考を否定する。奇妙なことに、混乱していても、視界が万全でなくとも、それでも意識と感覚だけはハッキリしていて、正常だった。
 聞こえる。化石燃料を元気に爆発させるエンジンの音、誰かの楽しそうな話し声。
 感じる。不定期で不規則な振動、重力。自身が何かに座っているという身体感覚。
 総合して、今はさっきの続きじゃない。状況が断絶している。何がどうなっている――徐々に回復していく視界、目前にぼんやり広がっているはずの景色は少なくとも、暗い格納庫でも、暗黒の宇宙でも戦場でもない。すっかり慣れ親しんだ地上だ。ここは何処だ?
 思い出せ。
(……ワタシ……разные。わたしは、響。特Ⅲ型駆逐艦二番艦の響。艦娘の……)
 おもむろに両手で顔を覆ってみる。体温。人肌。ヒトの造形と温もりと柔らかさ、でもちょっぴり冷えていて、揃えた掌にそっと吐息を吹きかける。それが効いたのだろう、だんだんじんわりと冷静な自分を取り戻していくのが実感できた。
 当たり前だが、荷電粒子ビームが直撃してなどいない。
 自身がついさっきまで寝ていたという推測一つと、今は起きて覚醒状態であるという事実一つが頭を占める。
「あ、響さん。起きましたか?」
「……榛名? ここは……あ、ごめん重かったかな」
「いえいえ。せっかくですし、暫くこのままで大丈夫ですよ?」
「Спасибо。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
 ダメ押しに、我らが旗艦の慈愛に満ちた声。聞き慣れたヒトの肉声。
 そうしてようやく、響は今の状況をしっかりと理解した。いや、思い出したとも言うか。
 狭くも温かな空間。
 右隣には榛名が座っていた。手元のタブレット端末で何かを読んでいたらしき彼女の肩にもたれて眠ってしまっていたようだ。その更に向こうに同じようにしても眠っている夕立と、ガラス窓越しに燦々とした陽光、寒々とした空と海が見える。頭を反転させて、左側には高速で過ぎゆく木々、時々廃墟。
 ここは……
「まだ大村湾?」
「ええ、もう少しで旧東彼杵町ですね。……前より崩落した家、増えましたね……」
「そうだね……」
 佐世保鎮守府が所有するフルサイズSUV車内だった。3列シートで8人乗り。
 木曾が運転して、助手席にキラがいる。瑞鳳と鈴谷と由良が中列で、響と榛名と夕立が後列。記憶にある通りそのままの、出発前のクジ引きで決まったこの座席順。全員が官給品のダッフルコートを着込んでいる。昨日のミーティングで急遽発表された目的地までの道すがら、ついついウトウト居眠りしてしまって今に至るのだと、響はようやく冴えた蒼銀色の瞳をパチクリさせながら得心する。
 鎮守府から南下して40分程だろうか。話している内に、かつては寂れていながらも確かに多くの人々が生活していたはずのゴーストタウンが見えてきた。最低限メンテされているものの所々ひび割れ崩壊しているコンクリートを駆け抜けるSUVはこれから大きく北東へ曲がり、旧長崎空港が静かに佇む湾を背に、頂きに巨大な風車が並び立つ低い山々の合間を縫うようにして内陸へ向かうことになる。
(うん、そうだ。わざわざ確認しなくきゃいけないことなんて、一つもない。ないはず、なのに……)
 間違いなく、ここは自分の居場所で、世界。11月30日の午前9時近く。
 これは、つまり、先程まで視ていたものは、

 
 

『――APU、CCU起動……よし……、……よし! 動く! フラガさん、ストライク使えます!!』
『よっしゃァ! これで前提条件はクリアだな。シンはそのままストライクの調整、ダコスタとチャンドラは他機体へのプログラムインストールを始めろ! 俺はイージスで行く!!』

 
 

(……夢、だったのか……?)
 夢。
 睡眠中に見る映像を夢というのなら、確かにそうとしか言い様がないけれど。
 しかし……違う。
 夢としか言えないが、未だ脳裏に鮮明にこびりついているあの光景は、感覚は、想いは、決してただの夢だとは思えない。不思議な感覚だった。いや、あれに近いモノを一昨日に体験したと響は気付く。目元に手をやって、瞳を閉じて先の映像を回想する。
 もしかして、
(シン・アスカの声が聞こえた……。わたしに……ワタシに乗り込んで、戦いに出ようとしていて……キラ救出作戦?)
 GAT-X105ストライクの記憶と想い。C.E.79の1月20日の出来事。
 他人そのものが流れ込んでくる独特な感覚。まるで自分がその場にいるかのような臨場感で垣間見た、自身を見失ってしまう程に真に迫った他者の記憶。デカプリストの想いを継承した時のソレと同じだった。ストライクの視点で、ストライクの想いを。ただ、あの子と違って「視た」のではなく、一方的に「観させられた」と言うべきか。
 それに、寝起きならまだしも今もなお自他の境界(わたしとワタシ)が曖昧になってしまっているのは、またそれに恐怖や嫌悪や不安を感じていないのは、些かマズイ症状ではなかろうかとも思う。
(……この記憶が真実であるかどうかは直接シン・アスカに訊けばわかることだ。だから考えるべき問題は、何故わたしが……明石先生に報告……再検査してもらわなきゃだね)
 どう考えても特異な現象だ。空母艦娘でも艦載機の記憶は視ないし知らないという話を聞いたことがあるし、これは色々と確認せねばなるまい。
 では何故そんなものを視たのか?
 心当たりがあるとすれば、一つ。
 一つだけ確かな心当たりがある。
「……ん。そういえば榛名、これ、痛くしてなかったかな?」
「え? ――あぁ、当たってなかったですから。気にしないでください」
「なら良いけど……いや、うん、わたしは気をつけなきゃダメだね」
「やっぱり寝る時に引っかかったりしますか? それって」
「案外大丈夫だったよ。でも髪を梳く時にはやっぱり邪魔かな。早く慣れればといいけど」
 自分の頭を指差す。
 正確には、額。その右側にあるソレ。

 
 

 一本の小さな黒い角。鬼のような、ナイフの鋒のような、金属光沢のある黒い一本角。
 深海棲艦の姫級のような、角。
 艦娘にあってはならないもの。

 
 

 いつもの黒帽子をかぶれば簡単に隠れてしまうような角が、蒼銀色の髪の隙間から覗いている。
 言うまでもなくデカプリストの額にあったものと同じ造形で、改二になったら生えたコイツのせいなのか? と己の角をコンコン突いて、形をなぞってみた。硬質でちょっと尖ってて刺されば当然痛い。大きくなったり変形していたりはしてなさそうだが、こんな角が生えていればそりゃ特異な現象の一つや二つ。
 検査した明石が言うには『少なくとも、直ちに症状進行なり悪影響なりがあるものとは認められない。また、どうやらもしかするとアンテナっぽい機能を持っているような気がしないでもないかもしれない? 要観察』とのことで、それを踏まえても響に実感はなかったのだが、もしも本当だとしたら先程の夢は。
 ストライクの記憶を受信した?
(すぐ先生に報告すべきだけど……鎮守府に戻るか? ここからなら歩いても……いや、木曾と榛名に相談するのが先か。着いてからかな……この雰囲気に水を差したくない)
 改二になった響に角が生えたこと、そしてキラの悪行と言っていいデカプリスト絡みの事情は、既に周知のこととなっている。
 というか、深海棲艦の霊子金属を改二艤装に組み込むにあたって明石に協力してもらった以上、提督に隠し通せるわけがなかった。本来なら全てを秘密にしていたかったが、なにぶん報告義務があるし、隠して何らかの問題が発生した場合のリスクが大きすぎた。なので事後報告というカタチで、かくかくしかじかこういう出来事がありましたゴメンナサイ以後よろしくと提督に伝え、すったもんだの末に結果的に「事なきを得た」を勝ち取ったという経緯を含めて、鎮守府全体が事情を把握するまでそう時間はかからなかった。
 もっともその内容は事実全てありのままではなく、報告した当のキラが多少意図的に改編したものであったが。ともあれ仲間達も最初は角とその経緯に驚いたり呆れたりしたものの、受け入れてくれた。
 そんなわけで、自身に特異な現象があった事実を誰かに相談するのはやぶさかではない。ないが、なにもこんなタイミングでなくてもいいじゃないかと思わずにはいられない響である。同じ夢を見るにしても今朝であったのならば、そもそもこの車に乗ることもなかったのだから。
 斯くして問題が発生した以上、放置して進むのは宜しくない。
 と、そこで、
「――木曾さん」
「なんだ?」
「この辺りは、もう?」
「おう、人類の生活圏だ。ここらにも民家が増えたか。逞しいこった」
 なんでか、運転している木曾とキラの会話がやけにハッキリと聞き取れた。
 つられて再び窓の外を見てみれば確かに、まだまだ自然豊かな山間でいかにも田舎ではあるが、建てられてまだ1年も経ってないであろう一軒家やアパートを多く見受けられた。湾岸にポツポツと点在していた廃墟はすっかり見当たらなくなり、車道も真新しいコンクリートになっていて、人里の気配が濃くなっている。
「あ」
 遠く畑の傍で座っていたお爺ちゃんが、車に向かってゆっくり大きく手を振っていた。それがなんだか嬉しくて、彼からは見えないだろうけど、響も無意識に小さく手を振りかえした。
 それだけじゃない。
 進むにつれ、のんびり自転車を漕いでいる学生らしき集団に、ベビーカーを押す妊婦さんと旦那さん、昔ながらの食事処の前で屯しているご婦人方が過ぎっていって。少しずつ民間の路線バスと運送トラックも増えてきて。そして、進行方向に高いビル群が見えてきて。
 コツン、と音がした。
 黒い角と窓ガラスとがぶつかった音。それに気付かず、食い入るように流れる景色を眺める響。彼女だけでなく、木曾と寝ている夕立以外の皆も各々、外を見やっては感慨深そうに笑みを溢す。
 目的地はもう目と鼻の先。
 異形の角を生やした少女を乗せたSUV車は、軽やかに佐賀県嬉野市――日本三大美肌の湯で有名な大温泉街へと走る。

 
 
 

 
 
 

 嬉野市は、近年になって急激な発展を遂げた典型的な都市の一つである。
 単純な理屈だ。深海棲艦との戦争が始まって、沿岸部の住民が一気に内陸に押し寄せた。特に、海に面しておらず山に囲まれた盆地で、かつ防衛の要である鎮守府にほどよく近い立地は、人気があって需要が生まれた。
 ただでさえ全世界の海に発生した電波障害のせいで生活物資を海路輸入に頼っていた島国、そのシーレーンを突如敵に制圧されたこと、そして戦争初期は特に陸地への直接攻撃が激しかったことから著しく人口と資源が減少したものの、それでも生き残った民が集結すればこうなる。平和だった頃の文化文明の一部が継承され、艦娘が戦線を押し返すのと比例するように、狭い土地に次々と高層ビルが建設された。
 こうした都市は国中に、無数に存在している。なお瀬戸内海に面する呉鎮守府は例外で、彼処は鎮守府周辺が発展したパターンである。
 殆ど無人になった臨海部とはまったくの対照的な、沢山の無辜の民が生を営む土地。
 そこが今回の目的地。
 此処でやるべき事がある。しかし響の身に起こった特異な現象は、その妨げになりかねない。場合によっては彼女一人だけ、いやもしかすると随伴でキラも佐世保鎮守府に帰還しなければならない。全ては街の公衆電話で仰ぐ明石先生の判断次第だった。
 ただまぁ、結論から言ってしまえば、
「――あいや待ったちょっと待ったァ!! 瑞鳳(づほ)、響! そこを出るのはまだ早い!!」
「な、なに? どしたの鈴谷?」
「?」
「どしたのはこっちの台詞だし! ちょい二人とも今買ったその袋の中見せてみ? ……、……はぁ~……うら若き可憐な乙女が下着を買おうってのに? しかもこれからお泊まりだってのに? どーしてこんな地味で野暮ったいのばっか……」
「よ、余計なお世話よぅ!?」
「丈夫で動きやすくて安くて在庫が沢山あって、かなり良い装備だと思うのだけど」
「シャラップ! 乙女の自覚を持てし! こーなったら、二人まとめてこの鈴谷直々に見繕うしかないか、下着も服もコスメも……!!」
 響は鎮守府に帰らなくても大丈夫とのお墨付きをいただいた。
 件の黒角が大きくなったり変形したりしていないのであれば、容態が急変しない限りは問題ナシ、ただし事前の約束通り詳細なレポートはよろしく。
 たったそれだけを条件に約束された行動の自由。
 この成り行きには、此度の休暇を企画した木曾もホッと胸をなで下ろした。首都のものには劣るもののかなり大型なショッピングモール内にて、賑やかに様々なショップを右往左往させられている響と瑞鳳を眺めながら啜る流行のミルクティーも乙で、相俟ってクックッと愉快そうに笑いを漏らす眼帯少女は、珍しく私服姿である。
 若干パンクが入ってイケメン度マシマシのストリート系コーデは、この絢爛なモール内で買いそろえたもの。彼女に限らず、いつもの艦娘制服とダッフルコートでSUVを降りた少女達は八人全員、服屋をハシゴして買い求めた私服に着替えていた。なんだかんだ言って彼女達はティーンの女の子な精神を持ち合わせているのだ。ちなみに戦利品の殆どは宅配サービスで鎮守府送りにしているので手荷物は必要最小限である。
 そのようして当面のプライベートに困らない衣類を入手すれば時刻は正午。さぁこれから新しい自室のためのインテリアや食器を見に行こうかという流れになったところ勃発したのが、先の鈴谷と瑞鳳と響の一幕であった。
 他人事で申し訳ないが、見ている分にはただただ面白い。どうやら瑞鳳にアダルティーな下着を買わせることに成功した鈴谷は次に、響相手にマニキュアやリップを見繕いはじめた。小柄とはいえ軽空母で多少オトナな瑞鳳ならまだしも、有り体に言って小学生みたいな容姿の駆逐艦娘にそれはどうなんだと思わなくもない木曾だが、まぁ好きにさせて問題はないだろうと、雑踏ひしめくモール内広場のベンチで透明PETコップ片手に傍観する。
 すると、隣に気配。むやみにベルトが付いたゴシックロリータ調黒ドレスと腰まで届く長い赤銅色の髪が特徴的な、長身の見慣れない女性がやってきて、どこかの自販機で買ったのであろう炭酸飲料缶の蓋を開けながら話しかけてきた。
「――なんか、今日は鈴谷さん元気で楽しそうですね」
「あー見えてお洒落には人一倍うるさいカップルの片割れだからな、鈴谷は。水を得た魚か、はたまたアイツらのセレクトがよっぽど地雷だったか」
「僕の場合、この格好は……罰ゲームってとこですかね?」
「だろうな。自業自得というか、あんなテキトーな受け答えしてりゃ仕方ない。言い忘れてたが、存外似合ってるぞキラ」
「ありがとう。でも嬉しくはないなぁ……」
 まぁその声はすっかり聞き慣れた青年そのもので、ヴィジュアル系バンドのような濃い化粧を施された顔もよく見ると彼のものとわかる程度の女性であったが。
 何を隠そう女装させられたキラ・ヒビキ。その元より男性にしては長めの髪はアイロンとウィッグで大人しめなロングストレートへ、ほっそりとしていながらも実はきっちり筋肉がついている体型はちょっと大きめの胸パッドとゴシック調ドレスといったコーディネートは無論、鈴谷の手腕によるもの。化粧とヘアスタイリングはなんと榛名が担当し、素材が良かったのも相俟ってパッと見はただのゴスロリ趣味の淑女、自販機に立ち寄っただけで地元チャラ男にナンパされた実績持ちである。
 貼り付けて固まったような苦笑と、長い髪と揺れるスカートをやたら気にしている仕草さえ無ければ完璧。素人かつ急拵えの女装としてはかなりの高ランクだろう。
 これは罰だ。
 なにせ私服を披露した仲間達へ「うん、いいんじゃない?」「いいと思うよ」「いいね。……なんかこれ既視感あるな……」等とまるでどうでもいいみたいな小学生並みの感想を連発したのだから、鈴谷のお洒落魂に火がつけた。一応言い訳をするとキラの語彙力とファッション知識の足りなかっただけで実際には心から良いと評価していたのだが、結果的に今日一日はこの女装姿で過ごすことになり、味気ない無難な下着を買った響と瑞鳳が巻き込まれる原因にもなった。
 尤も、彼が鎮守府の外で少女達と集団行動するなら、この格好の方が好都合なのも事実だったりするが。
「木曾さんは、嬉しそうですね」
「ん? そりゃまぁ、な。色々あったが誰一人欠けることなく無事に休暇初日だ。これ以上のことはねぇな」
「あぁ、なるほど……。……でも……正直言うと、意外でした。明石さんのことですから、響をすぐ帰らせるよう言われるのも覚悟してたんですけど」
「理解があるってことさ。裏方として誰よりも多忙なアイツだからこそな。それにお前と瑞鳳、そして夕立を信用してるって面もあるだろうよ」
「そんなもんですかね?」
「そーいうもんだ。どうあれ考えたって仕方ねぇ、今は楽しんでおけ」
 しかしそれにしても、美男美女が割と目立つ格好をしているからには結構な熱視線を集めているのだが、気にせず普段通りにしている辺り流石に肝が太い。
 暫し、飲み物を口にしながら場所と格好に似合わないお堅い意見交換をしていると、雑踏の中できょろきょろと誰かを探しているような榛名の姿を認め、木曾は立ち上がって軽くひらひら手を振った。
 此方へ小走りで向かってくる榛名は、いかにも清楚で綺麗な大人のお姉さんといったフェミニン系の出で立ち。その手には有名な茶葉専門店やチョコレート専門店や大型書店などの紙袋が多数、彼女もしっかりこの休暇を堪能しているようだ。デートと称して早々に二人っきりで離脱した夕立と由良も同じくだろう。

 
 

 そう、休暇である。

 
 

 佐世保鎮守府に集った全艦娘がローテーションで、嬉野市の温泉旅館にて1泊2日。
 その初日である今日は【榛名組】+α――響、瑞鳳、榛名、木曾、鈴谷、キラ、夕立、由良の計八名――が戦線を離脱した。尚そのうち響、瑞鳳、キラ、夕立の四名はMIAから無事生還したという事情で特別に2泊3日となっている。
 戦いから離れ、一時の安らぎを。
 これまでほぼ休みなしで奮闘を続けた佐世保艦娘の慰労と、必要最低限のものしかない新しい居住空間の備品買い足しと、これからようやっと発動する台湾近海解放作戦の為に英気を養う目的での計画的休暇だ。キラの帰還を確認して再度打ち上げた真新しい偵察衛星は全機正常に機能し、佐世保の艦娘の戦闘力は飛躍的に増強、かつスカイグラスパーの目を失った深海棲艦側の動きが消極的になっている今こそがチャンスであり、また、解放作戦の準備にはまだまだ時間がかかることから、待機時間を有効に使う意義もあった。
 この休暇を第二次ヘブンズ・ドア作戦決行以前に提督にプレゼンし、旅館の手配し、昨日のミーティングでサプライズ発表したのが他ならぬ木曾なのである。嬉野市と宿泊予定の温泉旅館は、佐世保鎮守府所属艦娘にとってはお馴染みだった。
「おう榛名、お目当てのブツはあったか?」
「ええ。なんとかギリギリ確保できました。はい木曾、キラさん、お裾分けです♪」
「サンキュー。ここの抹茶味、好きなんだよな」
「ありがとうございます。チョコですか……美味しそうですね」
「是非味わって食べてくださいね。ところで鈴谷達はまだお取り込み中ですか?」
「のようだが。今は――あの店だ。呼ぶか?」
「あぁいえ、そういうことでなく。楽しそうなので榛名も参加しようかなと。そんなわけで行ってきますねっ」
 時刻は13時、集合時間まではまだまだ余裕がある。温泉旅館への移動は夕方からで、それまで何処で何をしていようと自由だ。
 休日ならまだまだ今日という日は始まったばかりと言える時間帯で、なんとなく二人組となってしまった木曾とキラは、なんとなく顔を見合わせた。
 鈴谷と響と瑞鳳と榛名はショッピングにお熱で、夕立と由良はデートならば。そしてキラは鈴谷から、響と瑞鳳の再ドレスチェンジ完了まで二人との接触を禁じられているのであるから。
「まぁ……悪くはないか、この組み合わせも。食いにいこうぜ昼飯」
「あ、はい。じゃあお供します」
「フードコートは最上階だったな。ついてこい」
 結果的になんとなく成り行きで珍しく、パンクストリート系眼帯少女はゴスロリ系女装青年と行動を共にすることになった。将来的にはエスカレーターに換装される予定の中央大階段を、多くの人々と一緒に昇る。
 国内の慢性的なエネルギー不足に起因して、大規模で最先端なショッピングモールといえども大衆用の電動力式昇降装置は制限されている。エネルギーの殆どは軍事と生産と物流に回され、全ての施設は節電が大前提、一般人は自家用車すら使用できず、数少ない娯楽が集結したゲームセンターは超高額、それが現代の当たり前。
 それでも当たり前には慣れ、やがて日常にするのが人間というもの。
 楽しそうに日常を堪能している人波の隙間をスイスイと抜けて、艦娘だと気付いて手を振ったりサインを求めたりしてくる人達に対応して、はしゃいで走り回る子供達の背中を目で追いながら、進む二人。
 不意に隣のキラが呟く。若干仄暗い照明の中、どこか眩しそうに微笑んで。
「こういうの、なんだか元気が貰えるものですね」
「だな。榛名と鈴谷ほどじゃないが、オレだってテンション上がるぜ」
「物資は取り寄せることもできるのに、わざわざ現地で買い物する理由……これですね一つは?」
 彼はもうこの休暇の真髄を理解しているようだ。流石に歴戦の猛者というか、隊長職を経験しているだけあるなと感心して、首肯する。
「ああ。お前とオレ達で勝ち取って、護ってる平和だ。自分が背負ってるモンは見て知るべきだし、享受もすべきなんだ。呉の……オレが最初に所属してた鎮守府の提督の受け売りだが」
「受け売りだとしても、凄いですよ。よほど自信がないと出来ないですから、直視なんて」
「その点は恵まれてるんだよオレ達。何を護るべきかハッキリしてる。人そのものは勿論、人の創った伝統や文化ってヤツは大きくて見失いにくいからな」
 平和とは文化である。
 勝手かつ自然に作られるものじゃない。土地や時代によって変わる言語や風習や芸術等といった他の文化と同じく、多くの人々が知って学んだうえで、不断の努力と調和がなければ創れない、得られない、護れない、継続しないものだ。
 人間とは無知である。
 誰しも、知らないものの為に戦うことはできないし、護ったものを知らなければ、そもそも戦う目的や意義すら見失ってしまう。だから平和の為に戦うにはまず、平和を知らなければならないのだ。何も知らず感じず考えず戦うだけになっては、逆に全てを破壊してしまう。
 そして文化文明とは、精神に蓄積した疲労を真の意味でリフレッシュさせる特効薬にもなり得るものだ。その点を注視すれば、護る側も護られる側も、持ちつ持たれつの関係と言える。

 
 

 だからこその此度の休暇。
 真髄は無意識にしろ無自覚にしろ、この人類が築いた文化文明の極致――平和に触れて実感することにある。他でもない佐世保鎮守府が守り通したこの土地で。そうすることで戦士達の疲れ切った身体と精神に、最大限の癒やしと活力を齎してくれるのだ。

 
 

 戦う時には、心に平和という道導を。平和な時には、心に戦うという誓いを。それは第二次世界大戦の折りに活躍した軍艦の魂の転生体、再び戦うために生まれた超常の少女達、ヒトデナシな艦娘にとっては殊更重要な心構えだ。
 とある提督がそう唱え、艦娘には定期的かつローテーションでの街への外出を伴った特別休暇の取得が義務化された。今年の佐世保では既に殆どの艦娘が取得済みであったが、隕石落下からの一連の事件を鑑みて、木曾は再度の特別休暇が必要不可欠と判断した。以後の流れは先に述べた通りで、今に至る。
 果たしてその判断は正鵠を射たようで、少女達の雰囲気はいつもより断然柔らかくて明るくなっていた。人それぞれの気質に依るところもあるっちゃあるが、やはりただ単に自室で身体を休めるだけじゃこうはならない。艦隊の参謀役たるもの、全員のメンタルケアに気を配ってこそ一人前である。
「そいやお前、何か趣味はないのか?」
「趣味?」
「入用なら、ここらで大抵揃うぜ。今は鎮守府がお前の家なんだからよ、日々を暮らしやすくするに越したこたぁない」
 ケアの対象は少女達だけじゃない。というかむしろ本命は今隣にいる男だ。
 軽く階段を昇り終えて、広々としつつも混雑したフードコートを見渡して何を食べようか吟味しながら、それを口にした。
 この世界に生きる者全員にとっての礼節に関わる問題でもある。
「……、……どうなんでしょう、ちょっとわからないです。昔はあったんですけど」
「……難儀だなそいつは。しかし知らないってわけじゃないんだろ? 楽しいこと」
「ええ、それはまぁ」
「だったら、また見つかると良いな。オレ達なら全面的に協力するぜ」
 なんといってもこの無趣味と判明した青年は本来、異世界から流れ着いてきた遭難者であり、保護すべき客人の身なのだ。
 にも関わらず今日まで休むことなく戦闘に整備に開発に作戦会議にと積極的に貢献してくれて、しかも何度も生死の境を彷徨わせてしまった。そして聞けば、響が改二になれたのも彼のおかげなのだとか。当然、呉から来てくれたシン・アスカも同じく、彼らには幾ら礼を尽くしても到底足りない。
 ならば善意と献身には最大限応え、報いなければならない。新参ではあるが元よりこの世界に生きる者の責務として。台湾近海解放作戦が完遂するまでの全面的な協力を申し出てくれた彼らに甘え、働かせ続けるのは無礼で論外だ。
 初めて轡を並べて戦ってから一ヶ月弱で遅すぎたぐらいだし、待遇も艦娘と同等が限界と心苦しい限りだが、理由はどうあれこの世界に来たのであれば、せっかくなら良い思い出を作ってほしい。
 よって大規模で最先端なショッピングモールは適任だと思って、ここを選んだ。一昔前とは異なって民芸品から大型家電製品まで、大抵のものは取り扱っている。何かしら琴線に触れるモノはあるだろうと。
「ありがとうございます、本当に。気を遣っていただいて」
「当然だ。出自がなんであろうと皆、人なんだからな。とりあえずどうだ? 新しい趣味が女装ってのは」
「……趣味は置いといて、みんなと一緒にいるなら浮かなくていいかなとは思いますけど」
「……マジか。冗談だったんだが……まぁ好きにしろ」
 異邦人である彼らがやがていつの日か元の世界に帰るのか、帰れるのかは、今はまだ解らない。未来が解らないからこそ、尚のこと今を大事にしなければ何も掴み取れなくなる。
 この世界に在る文化が、彼らの心に平穏を与えんことを。2泊3日の休暇がその第一歩になればと、木曾は掛け値なしに思うのだ。

 
 
 

 
 
 

 そうだな一応真面目に提案しとくと音楽はいいぞ音楽っつーか演奏だギターとかどうだお前かなり器用だから向いてると思うんだよオレ実はギターやってるから手取り足取り教えられるぞまぁ別に急ぎでもなければ強制でもないどうしても見つからないと思ったら声をかけてくれ興味なかったけどやってみたら楽しかったなんてことも世にはザラだからなモノは試しだそうだ思い出したそういやちょっと前に鎮守府内で何気に流行ってたプラモデル作りもオススメしておくか二次大戦期の艦とか飛行機とか架空メカとか色々種類あったなそうそう特に瑞鳳のヤツが熱中してた気がするあいつの前の部屋凄かったぞ壁一面に九九艦爆とか天山とかずらり並んでて壮観だった明日なんかに玩具屋に連れていってやれば喜ぶんじゃねぇか?
 等々。
 お昼ご飯のドネルケバブを食べながら親切かつ熱心に教えてくれた木曾と別れたキラが、一人ぶらぶら散策して早数刻。
 賑やかだった午前と違って、少々空虚な午後を過ごしてしまった。衣服類は既に大体揃えられたし、家具やインテリアも備え付けのもので満足していたからさして買いたいモノは無かった。だからありがたいアドバイスに従って「楽しいこと」を頭の片隅に置いて色々なショップを冷やかしてみたものの、結局どれもピンと来なくて。最終的に、そういえば昔は……と思い出しながらモール外の小さなジャンク屋でちょっとしたコンピュータを買ってみた頃には、集合時間が目前になっていた。
 気持ち早足でブーツを鳴らしながら、モールから少し離れた屋外駐車場を目指す。
(参ったな。こんなことなら、あのまま木曾さんについていった方が良かった)
 彼女の顔馴染みであるというお婆さんと偶然再会し、話が弾んでいたものだから遠慮して一人になった。しかし誰でもいいから、誰かを探して一緒にいればこんなことにはならなかったのではないかと、夕焼けと言うには薄暗い空を見上げながら後悔。
 すっかり思い知らされた。いや、気付けていないだけだった。思っていた以上に、とっくの昔から、自分一人では何も感じられない人間になっていたことを。虚しくて、枯れている。
 軽い頭痛。記憶喪失になってしまったポンコツな己が恨めしい。今の今まで自分は、一体何が楽しくて生きていたのだろう? C.E.で、キラという男に何かを感じさせてくれた人は、誰だったのだろう?
(自分の為に生きる人生は、もう捨ててたんだ。カガリ達の剣として生きるんだって。けど今になって……正直難しいな)
 けれどそれを知ることができたのも確かな収穫なのだと思い直して、この世界での未来に想いを馳せなければ。そうしてほしいと望まれたのだから。
(難しいけど……何度も死にかけて、一度は死んだ身なんだ。世界だって違う。生き方、変えてみる機会なのかも)
 この半日でいつの間にか慣れてしまった女装だって、新しい試みとしてはアリだろう。木曾が言った通りに、興味なかったけどやってみたら楽しかった、なんてことだって人の世にはザラにあるのだから、色々試してみるべきか。
 問題は、その為の一歩を踏み出すのが億劫だという事だが。
「……ん? あれ、瑞鳳……? ――」
 つらつら考えながら歩いていると目的の駐車場付近にまで辿り着いていた。自家用車が珍しくなった時代故か発展した都市内かつ地域唯一の大型駐車場だというのに悲しくなるぐらいガランドウで、鎮守府から乗ってきたSUVは遠くからでもかなり目立つ。
 そして、その入場口にたった一人の少女がいた。
 しかし様子がおかしい。っていうか……
 身体が勝手に動いた。
「僕のツレに、何か御用ですか?」
 一息に距離を詰める。
 詰めて、馴れ馴れしく少女の肩に触れようとしていた男の手首を、ガッチリ握り締める。思った以上に力が入ったようで、ギリっと嫌な音が鳴った。
「イッテェ!? あんだテメ……テメェさっきの!?」
「き、キラさん!?」
 ナンパだ。いかにもチャラそうな金髪の男、傍目からもわかるぐらい相手が厭そうに困ってるのもお構いなしな不埒者が、瑞鳳に迫ろうとしていた。しかも残念なことに見覚えがあって、お昼近くに女装キラをナンパしてきた奴と同一人物なのが尚更残念だった。自分の時は男と判明したらすぐ退いてくれたし、こんな男もいるのが平和の証左と受け取ったけど、それでももう関わりたくないと思ったほどだ。が、こればかりは見過ごせない。
 彼女は艦娘だから、人間相手に強く出られないのだろう。あれでは強引に押し切られかねないと思った。
「ごめんね遅くなって。……悪いですけど、お引き取り願いますか」
 ナンパ男の手首を握りながら、瑞鳳との間に割って入る。背中で庇う。毅然と拒絶の意思を示す。
 改めて見たところ男の背はキラよりも高いが胸板は薄く、コートに隠れている四肢もとても鍛えてるようには見受けられない。多少荒事になろうと問題ないだろう。
「……チッ。変態野郎の手付きかよ。シラけるぜクソが」
 幸い、容易く撃退できた。キラの手を振り払い、柄の悪さを体現したような足取りで去っていく男。
 変態野郎とは心外だが、前にナンパ失敗した相手である女装男に制止された、というのが効いたのだろう。仮に初対面だったら少々こじれたかもしれない。しかし、止められてすぐ聞き分けよく退くのは、諦めが早いというよりかはこうした状況に慣れてるといった風情だ。慣れてるだけに、もしもを想像すると怖気がする。
 遠ざかる男の姿が見えなくなるまで瑞鳳を庇い続け、なんとか危難を切り抜けられたと思うまで更に数秒を要した。それだけ、さっきの状況に危機感を抱いたらしい。
「……大丈夫、瑞鳳? 何か嫌なことされてない? 触られたとか」
「……、……っ、あ、その……だ、大丈夫です! 何もされなかったですから。ありがとうございますキラさん……本当に……!」
「無事なら、良かった。……でもどうして一人なの? 響達は?」
 訊けば、響と鈴谷と榛名と一緒に行動していた筈の瑞鳳が、一人で先に集合場所にポツネンと居たことに深い理由はなかった。
 単に、ちょっとインテリア選びに夢中になっていたらいつの間にか皆とはぐれてしまっただけ。つまりは迷子だが、時間的に響達を探すよりかは先に集合場所に向かった方がいいと思って、そうしただけだった。運悪くあの男に目を付けられてしまったのだ。
 しかしそれにしても無防備が過ぎると思わずにはいられないキラである。
 遅まきに今更気付いたのだが、あの不埒者を擁護するわけではないのだが、今の彼女の格好はとても……
「……あ、あの……キラさん? そんな黙って見つめられると、その、私……」
「あ……ご、ごめん。なんだか……――」
 とても、可愛らしい。
 最初に買っていたパーカーとジャケットを主体としたカジュアル系とはうってかわって、随所にフリルと紅リボンをあしらった白基調のブラウスに、大胆に太腿を露出した紅いミニフレアスカート、ふわふわもこもこファーが可愛らしい薄桜色のロングコートと枯茶色のショートブーツといった、全体的にふんわりとした印象の女の子らしいガーリースタイル。劇的な再ドレスチェンジを果たした少女の衣服の名称や系統を、彼の乏しいファッション知識では明文化なんてできなかったが、それでも世の男はほっとかないであろう可愛さだということは理解できた。いつもの幼げながらもキリっとした顔立ちにも、化粧のおかげか可愛さ三割増しで、うっすら朱が入った唇に目が奪われる。
 なんというかナンパされるのも納得というか、流石の鈴谷センス炸裂。
 と、そこで鈴谷の言葉を思い出した。小学生男子みたいなテキトーな感想禁止。艦娘だろうと戦ってない時は普通の女の子なんだから、その乙女心を推してはかるべしと、彼女はキラを女装させながら真剣な眼差しで言った。
 同じ轍は踏めない。
 だから。
「――そう、凄く可愛くてよく似合ってるよ、瑞鳳」
「……ふぇ」
 つい、衝動的に、ストレートにそう言ってしまった。
 言って、
 またしても、
 後悔した。
 瑞鳳の反応があまりにも如実だったからだ。
(……一度は死んだ身で、世界だって違うんだから、生き方を変えてみる機会……、……そう思うのは簡単だけどさ。僕は一体、どうすればいいんだ……?)
 顔を真っ赤にしてふにゃふにゃしてる瑞鳳を、直視できない。申し訳なさで胸が一杯になる。
 彼女が自分に向けている感情に気付いていないほど、不思慮な朴念仁ではないつもりだ。あの日、共に夕焼けを見て、共に海に落ちたあの時をキッカケにして。自意識過剰かもしれないけど、もしかしたらそうかもしれないと薄々感づいてはいた。
 気付いたけど、気付かないことにした。自分自身から彼女に向けた好意も含めて。その判断が今、自分の安直な感想のせいで崩れたと悟ったから、後悔したのだ。
 言うべきじゃなかった。心の底から感じた、可愛いというたった一言を。伝えてはいけなかった。
(僕には、君の想いは……背負えないんだよ……)

 
 

 何故ならキラ・ヒビキというこの身は、人を好きになっても、人に好かれてもいけない存在なのだから――

 
 

 二の句は継げなかった。
 ここは仲間達の集合場所で、もう集合時間だった。次々と久々の街を満喫した少女達が集ってきて、あれよこれよと車内に押し込まれてしまっては、もう瑞鳳と二人で言葉を交わすことなんてできそうになかった。
 曖昧な雰囲気の二人を乗せたSUVは再び木曾の運転で元気一杯にエンジンを吹かして、平和の街を走る。
 次の目的地は人里離れた山間でひっそり営業している、伝統の温泉旅館。本日の目玉。
 そこでキラ達は、無慈悲な運命の悪戯というべきものに翻弄されることになるのだった。

 
 

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