ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第34話

Last-modified: 2024-04-05 (金) 12:38:18

第34『ターニング・ポイント』

 
 

 ナチュラルとコーディネイター。 この2つの人類は、互いに劣等感と優越感を抱いている。 そして、それだけが世界を二分にする戦争の引鉄となっていた。
 宇宙という過酷な環境で人類の生活圏を確保する為に、人工的に自らを進化せしめんとしたコーディネイターの発祥。ジョージ・グレンの存在が公表されてから、地球に住む旧来の人類はその存在を恐れた。
やがて、元来種である自分たちをも飲み込み、彼等が本来の人類に取って代わる日が来るのではないかと予見したからだ。
 恐怖は人を追い詰める。旧来の人類――ナチュラルは、コーディネイターが繁殖し続けるに連れ、次第にその存在を疎ましく思い始めた。元々は宇宙に適応する為の人工的進化であるコーディネイター。そんな理屈だけで、自分達の身の安全の保証になるものか。
地球で長らく生活を送ってきたナチュラルは、宇宙という馴染みの薄い環境で平然と暮らすコーディネイターが恐ろしかった。それはやがて、差別の対象として彼等の対コーディネイター意識の変化を助長していくことになる。

 

 C.E.73。2年前の大規模な戦争を経た今も、その意識は変わる事がない。コーディネイターは地球で安寧の時を過ごすナチュラルを軟弱民と卑下し、ナチュラルはそんなコーディネイターを地球に住むに相応しくない化け物と罵る。
 そして、それを影から煽る組織があった。ナチュラルの人員で組織されるその組合は、根底にこそ従来の地球保護精神が残っているものの、その矛先はコーディネイターへの憎しみで凝り固まってしまっている。
コーディネイターは地球を破壊する害悪――宇宙人とも意識している彼等は、その排除に躊躇いは無い。自然の中で育ってきた自分達こそが真の人類であり、人工的に進化したとするコーディネイターを人類として認めていないのだ。

 

 デュランダルは、それがどうしても解せない。ブルー・コスモスの思想は、旧来のナチュラルこそが真の人類で、それ以外のコーディネイターは人類ではないと言う。ならば、そのコーディネイターを創り出したナチュラルの責任は何処へ行ってしまったのだろう。
 ブルー・コスモスの主張は、正に自分たちの事しか見えていない証で、本来探求すべき問題を棚上げにしてしまっている。問題の矛先を罪の無いコーディネイターに向け、都合の悪いことから目を逸らしているだけだ。
その証拠に、プラントと同盟を結んだオーブに大西洋連邦は攻撃を仕掛けてきた。まるで制圧をしようとするその様は、裏切り者を断罪しようとしているかのようであった事を、デュランダルは覚えている。


シン、アスラン、レイは、ジブラルタル基地に帰還した後、デュランダルに呼び出されて工廠区画へと足を運んでいた。先頭を歩くのはアスラン、そして、レイの乗っている車椅子を押すのはシンだ。
何重ものセキュリティの掛けられた重々しいドアをくぐると、やがてそこに佇むデュランダルの姿が見えてきた。背後には、2体の見慣れないMSが静かにこちらを見下ろしていた。

 

「デストロイ攻略、ご苦労だったね」

 

 整然とした佇まいに、柔らかい言葉を放つデュランダルは、表情に笑みを湛えていた。レイの瞳に飛び込んできた彼の姿は、神々しいまでに光を放っているかのようだ。

 

「流石はザフトの誇る精鋭ミネルバと不沈艦伝説を築き上げたアークエンジェルだ。その指揮を執ったアスラン・ザラは凄いな?」
「お言葉、ありがたく頂戴致しますが…ザフトの被った損害は甚大です。対して、連合はその戦力の大部分を温存したまま撤退していきました。こちらが浮き足立っている今の内に、勝負を仕掛けてくるかもしれません」

 

 アスランが懸念することは、デストロイを破壊されて直ぐに連合が撤退を開始したことだ。核融合炉搭載型MSは圧倒的であるし、彼等の狙いがヨーロッパの平定とジブラルタル基地だとした場合、あの場面でベルリンの攻略を諦める理由が無かった。
守備隊はカオスとアビスの加わった連合部隊を相手に完全な劣勢に立たされていたし、ミネルバもデストロイの攻撃で動けなくなったアークエンジェルを庇うのに手一杯だった。
アスランのMS隊だってデストロイを相手にほぼ死に体であったのに、それであのアッシマーのパイロットが引くだろうか。そこが、どうしても納得できない。

 

「態勢を整えての再侵攻はあるだろうな。次は、恐らくここを狙ってくるかもしれない」
「お言葉ですが、ここジブラルタル基地の守備は万全であるとは言えません。先日のデストロイ事件で、ヨーロッパに於ける戦力を大幅に放出している現状で連合軍に攻め込まれれば、いくらザフト地球軍最大の拠点であるジブラルタルでも――」
「そうだ。だから、君達を此処に呼んだ」
「MSですか?」
「見たまえ」

 

 デュランダルが手を掲げると、照明がライトアップされて背後のMSの姿が浮かび上がった。

 

「これは……!」
「ZGMF-X42S,デスティニーと、ZGMF-X666S,レジェンドだ。当初はもっと早く完成させるつもりで居たが、思った以上に手直しの幅が広がってしまってね。対デストロイ戦に投入出来ればこんな苦労は無かったんだが――」

 

 鈍く光るダークトリコロールのG、そして、それよりも更に鈍いグレーのG。威風堂々とした佇まいのMSが、これまで感じたことのない圧倒的性能を予感させて闇の中に浮かび上がっている。
 アスランが見上げると、気になる点がいくつか見えてきた。第一に、この2体は所謂フェイズシフト装甲装備の機体ではない。カメラアイが点灯していない事から、休止状態であることは覗えるが、装甲が色に染まっているのである。
フェイズ・シフト装甲装備の機体は、起動していない時や装甲に電荷を掛けられなくなった時は灰銀の色を晒していなければならない。そして、新型ということは今更普通の装甲材を使用することなど有り得ない。ゆえに、この2体は新たな装甲材を使用しているはずである。
 そして第二に、背負われているバックパックが目に入った。デスティニーと呼ばれたMSには華美とも見える巨大なバーニアスラスターを装備している。恐らく、スピードを重視した高機動性MSであることが覗える。
対して、レジェンドと呼ばれたMS――注意を払うまでも無く、これは2年前のプロヴィデンスの発展系なのは言うに及ばないだろう。あの絶望的なまでの火線の多さは猛威を振り撒き、多大な苦労を負わされたことを今でも忘れていない。
そして、背中に背負った円盤状のバックパックと、それにアタッチメントするドラグーンを見れば疑いようの無い事実だ。
 そして三つ目。これはアスランの推測でしかないのだが――

 

「この2体、使われている動力は核融合炉ですね?」
「分かるかい?」

 

思ったとおりだった。
機体を見るだけでは分からなかったと思うが、ガンダムMk-Ⅱの奪取と開発が遅れた経緯を考えてみればそういった結論に辿り着く。
そして、フェイズシフト装甲を非採用にしたのは、ガンダムMk-Ⅱに使われていた装甲材の精製に成功したからだ。

 

「Mk-Ⅱの技術が齎した恩恵は、私にこの様な素晴らしいMSを創らせてくれた。謂わば、デスティニーとレジェンドはMk-Ⅱの派生機といったところか」
「これを、私達に?」
「そうだ。ミネルバには、これから更に激しい戦闘区域に向かってもらうことになるからね。せめてもの心積もりと思ってくれて構わない」
「いえ、ありがたく受領させていただきます。必ずや、デュランダル議長の望む結果を出して御覧に入れます」

 

アスランが綺麗に敬礼を決めると、デュランダルはその顔を見てにっこりと微笑んだ。

 

「あの――」

 

入り込む隙間を見つけたのか、シンが言葉を挟んだ。

 

「それで、この2体には誰と誰が乗るんですか?」

 

 周囲を見渡すまでも無く、パイロット候補者は3人。誰か一人があぶれる事になる。アスランは隊長だし、レイはデュランダルのお気に入りだ。シンだけが、選ばれる決定的資格を持っていないように思えた。
 出来ればシンも新型に乗りたい。インパルスの性能に文句があるわけではないが、それでもデストロイの様な兵器が今後も出てこない保証は無い。連合軍の物量を考えれば量産だって考えられるし、もしその時にインパルスだけでは心許無いと感じた。
贅沢かもしれないが、それがシンの本音だ。敵が力を増しているのなら、こちらも更なる力を求めなければならない。その時にどちらかが乗機であったならば、きっと素晴らしいことが出来るのではないかと予感していた。
 デュランダルはシンの問いに考えることなく口を開く。聞かれるまでも無く、彼の中にはプランとしてパイロットは決まっていたようである。

 

「レジェンドにはレイに乗ってもらう。あれはレイにフィットする様に設計されているのでね。…いいな、レイ?」
「了解です。全身全霊を込めて、議長の期待に応えて見せます」
「頼むぞ、レイ。…そして、デスティニーだが――」

 

 レジェンドがレイに決まったのなら、デスティニーはアスランで決まりだろう。正直、デストロイを倒したとはいえ、それが偶然であったと疑う心を持っている。アスランには認めてもらえたが、それをデュランダルが知っているはずが無いし、選ばれる理由にならないだろう。
普通の赤服とフェイスの称号を持つ赤服――考えるまでも無く、誰でも後者を選ぶ。

 

「シン=アスカ、君に担当してもらうよ」
「やっぱそうですよね……って、えぇっ!?」

 

余りに意外な答え。前大戦の英雄であるアスラン=ザラを差し置いて、デュランダルがデスティニーのパイロットに指名したのは何とシンだった。驚きに身を竦ませ、赤い瞳をパチクリと丸くして固まった。

 

「これもレジェンドと同様に、君専用にカスタマイズされている機体なんだ。デスティニーは、シン・アスカの為に開発された機体だよ」
「お、俺――ワタシ専用の!?」

 

 一人称を慌てて言い直すシンに、デュランダルは少し苦笑し――

 

「驚くこともあるまい。インパルスの専任パイロットに選出され、幾多の戦いで成果を挙げてきた君だ。資格は十分に有しているよ」
「で、でもワタシなんかがデスティニーを任されたら、隊長が――」

 

 チラリとアスランを横目で見やった。彼は気にする素振りも見せず、唯黙って立っていた。その内心はどうなのだろう。デュランダルに認められたのは嬉しいが、尊敬するアスランを出し抜いた気になって微妙な心持になった。
 正直、少し前なら調子に乗ってざまあ見ろとでも思って心の中で罵倒していただろうが、今の彼にその様な気質は無かった。
何と言っても目の前でアスランの卓越したパイロット・センスは見てきているし、キラやカミーユといった並ではないパイロットを目の当たりにしてきているのだ。ファントム・ペインのパイロットも誰もが凄かったし、今更自分だけが特別に強いなどとは思えなくなっていた。
 だからこそ戸惑う。デスティニーを欲してはいても、心のどこかでまだ相応しくないのではないかという気持ちがあるからだ。
 そんな時、シンの視線にふと気付いたアスランが、振り向いた。眉尻を下げるシンの表情に肩を竦ませ、何事か、といった感じで口元に笑みを湛えた。

 

「やったな、シン。これでお前はまたMSパイロットとしてのステップを一つ踏むことになるだろう。お前は、これからまだまだ強くなる」
「隊長……」

 

 穏やかになったのはシンだけではないのかも知れない。アスランの言葉には、巣立つ弟子を見送る暖かな感情が滲み出ていた。
 最初は、分かり合えることなど無いと思っていた。オーブに潜んでいた彼は、オーブを憎む自分とは決して交わることなど無いだろう。そう考えていた。しかし、時間というモノはそんな自分達の関係をこれほどにまで親密にする力があったのだ。
当初からは考えられないほどアスランを信用できるようになったし、アスランも同様に信頼を向けてくれている事が伝わってきた。

 

「けど、この間も言ったが自惚れるなよ? 俺だってセイバーでお前以上の働きをして見せるからな」

 

「勘違いして貰っては困るな、アスラン」

 

 アスランの様な人が隊長で良かったと思う。プライドや体裁に囚われない人間で無ければ、この様な会話は出来なかっただろう。
 シンがアスランの言葉からその様に感じ取っていると、不意にデュランダルが会話に入ってきた。アスランは振り向き、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「どういう事でしょうか……?」
「ここに君たち3人を呼んだのは、全員に新型を受領させる為だ。勿論、君の専用機も用意してある」
「えっ……?」

 

デュランダルの言葉に促され、アスランは格納庫の中を目で探った。
しかし、目の前のデスティニーとレジェンド以外のMSは無く、ひとしきり探し終えると視線をデュランダルに戻した。

 

「デスティニーとレジェンドは私たちの主導で開発したが、君の機体は別の系統で開発が進められていてね。今ここには無いんだよ」
「では、どこに――」
「今頃はオーブに入っている頃だろうな。多分、私と入れ違いでこちらに届くはずだ」


オーブ軍工廠施設のある区画。エターナルは軍港に入港し、宇宙からの手土産の搬出作業に勤しんでいた。
その格納庫の中、白い塗装のMSと、紅い塗装MSが作業員達を見下ろしている。


「アスラン、君には懐かしいものなのかもしれないね。そして、君の正義を具現化するに相応しい機体だ」
「それって――」
「フッ、私の口からはこれ以上言えないな。後は直接自分の目で確かめて、納得したならば然るべき人物にお礼を述べるといい。彼女も、あれを地球に降ろすのに大分苦労したみたいだからね」

 

 ラクスだ――アスランの脳裏に浮かんできたのは、彼女の存在だった。キラからプラントに向かったことは聞いていたが、MSを運んだのがエターナルであれば彼女もオーブに戻った事になる。
そして、思わせぶりなデュランダルの言葉から、そのMSが何であるのかをアスランは知っている。

 

(俺は、また“あれ”に乗るのか――?)

 

 そのMSの名に相応しい資格を、自分は有しているのだろうか。正義の名は、かつて裏切りの汚名を被った自分におおよそ釣り合いの取れる代物ではない。今はこうして再びザフトの制服に袖を通していても、それで過去の出来事が消えて無くなった訳ではないのだ。
 果たして、その過去を背負ったままあのMSに乗る覚悟が今の自分にあるのだろうか。ジェネシスを巻き込んで自爆させたのは、父親であるパトリックの怨念を払拭する為に行った自分の正義。その時の決断を、今更になって考え直させられている気がした。

 

(ナチュラルは俺の母を殺した。父はそれに対してナチュラルに怨念返しをしようとしていた――そして、俺はそれを止めた……)

 

 最期まで父と分かり合えなかった。アスランはその事実を正当化して、自分だけが正しかったかどうかを考えなかった。父の無念、母の哀しみ――正義の名は、公としてのアスランと家族の中の私としてのアスランのどちらを求めているのだろう。
 皆が見つめる中、アスランは瞳を閉じ、一つ大きく深呼吸した。そして再び目を開き、まだ見ぬその新たな“ジャスティス”に、思いを馳せるのだった。


ジブラルタル基地にあるゲストルーム。
デュランダルが滞在するその部屋は最上のもてなしの場とされ、煌びやかな装飾や様々なリクライニング設備が整っている。
レイは車椅子に座ったまま、ソファに腰掛けるデュランダルを見ていた。

 

「怪我の方は大丈夫なのか?」

 

 パソコンのモニターに目を向けたまま、デュランダルが訊ねてきた。忙しなく動かす指先は、きっと最高評議会議長としての仕事が山積みだからだろう。視線を合わせてくれない事を残念に思いながらも、レイは仕方ない事だと我慢した。

 

「大事には至っておりません。この程度であれば、数日中にも復帰してみせます」

 

 本当は、かなりの痛手を負っていた。ベルリンでの作戦では何度も吹き飛ばされ、体中を洩れなく打撲した。だからこそ車椅子でもなければ歩けない状態なのに、デュランダルの前ではどうしても強がってしまう。
 デュランダルはそんなレイの気質を分かっているらしく、キーボードの指を止めて視線を上げた。

 

「フフッ、無理して見せるのがレイなら、そういう風にしてしまったのは私の責任かもしれないな。お前は直ぐに意地を張って、私を試すように強がって見せる。私に心配を掛けさせたいと、そう思っているのだろう?」
「ち、違う! 僕はギルの――」

 

 デュランダルのからかうような物言いに、思わず地が出てしまう。言いかけて慌てて気を取り直し、乗り出した身を引いた。

 

「…申し訳ありません、議長」
「生真面目だな。こうしている時だけでも、気を休めてもいいんだぞ?」
「いえ――今の私はザフト所属の一兵士です。こうして面会して頂けるだけでも恐縮なのに、馴れ馴れしい口の利き方など出来ません」
「そういう根の詰め方は、身体に良くない」

 

 デュランダルは立ち上がると、レイの傍にやってきて後ろの取っ手に手を添えた。

 

「少し、散歩をしようか」
「ですが――」
「お前は私の息子だ。親が子供の為に車椅子を押すのは変か?」
「いえ……」
「では、行くとしよう」

 

 デュランダルはレイの乗った車椅子を押すと、そのまま外へと出かけて行った。


 こんな風にして2人になったのはいつ以来だろうか。レイはデュランダルに車椅子を押されながら、まだ幼く小さい頃に肩車されていた事を思い出していた。
 あの頃は、優しい2人に囲まれて穏やかな日々だった。今の様な戦争など遠い世界の話で、まさか自分が軍に所属することになるなんて考えもしなかった。
 しかし、その日々も2年前の戦争がきっかけで終わりを迎えた。優しい2人の内、一人が戦死したというのだ。しかも、戦争の最重要犯罪者の汚名を着せられて――
 信じられなかった。優しかった彼が重罪人で、その責任を一身に背負わされたことが。それから暫くは、何も考えられなかった。

 

 車椅子を押されながら、ゆっくりと流れていく景色を眺め、レイは考え事に耽っていた。目に入ってくるのは、ジブラルタル基地の人工的で無機質な建築物ばかり。
それでもイベリア半島最南端のジブラルタル基地は、海から吹きつける潮風が心地よく、空気はおいしかった。
 鳥のさえずりが聞こえる。人類の文明は遂には母星なる地球を飛び出して宇宙にまで進出するに至ったが、自然はそんな人類の進歩とは無縁だ。無骨な軍基地のリラクゼーションの一環として備えられている花壇の花にとまる虫が、和やかだ。

 

「ギル……」

 

 その和やかさとは裏腹に、レイの声の調子は低い。デュランダルは怪訝に顔を俯けた。頭に巻かれた包帯に少し上がり気味の長髪から垣間見える彼の表情は、依然と固い。デュランダルは少しでもレイがリラックスできるように、努めて柔らかく返事をする。

 

「ん…何だ?」
「何でキラ・ヤマトにフリーダムを渡したんだ? 僕には、ギルの取った行動が納得できない……」

 

言われて、デュランダルは顔を正面に戻した。今までレイは不平など一度も言ったことは無かったが、心底ではデュランダルの行動に疑問を持っていたのだ。成る程、彼が不満を抱く理由が、デュランダルには良く分かる。
彼にとって、キラはそういう存在だからだ。
 しかし、納得は出来なくても理解はしてもらわなければならない。果たして、分かってもらえるだろうかという不安はあるが、それでもレイには正直に話さなければ――

 

「彼は世界の為に必要な人間だからさ。だから、働いてもらう為にMSを与えた」
「でも、アイツはラウを――」
「不幸だったのさ。キラ=ヤマトは自身の事を余りにも知らなさ過ぎ、ラウは自身の事を余りにも知り過ぎていた。2人の熱が違えば、憎しみも湧くさ」
「ギルはそんな事で納得できるの?」

 

 ラウがキラに憎しみを抱く理由は良く分かる。何故なら、レイも彼と同じだからだ。他人の為に踏み台にされれば、誰だって怒りたくもなる。そして、その存在理由が無いとすれば、世界を憎みたくもなる。
 レイも、デュランダルが傍に居てくれなければ同じ事を考えただろう。人の命を蔑ろにする、神を気取った科学者の副産物に過ぎないと知れば、支えが居てくれなければ自我を保つことなど出来ようも無い。
 デストロイに乗ったステラ――彼女が正に、自分と同じだった。

 

「勿論、私だってキラ=ヤマトの事は知っている。彼の存在が、レイやラウの存在を踏みにじった結果だという事もな。…しかし、ラウのやろうとした事も決して許容できるものではない。
もし彼があのまま暴走を続けていれば、私もレイもこうして生きていることも出来なかったはずだからね」
「それは分かるけど……」
「キラ=ヤマトは、無知すぎた。ラウが哀しくなるほどな。だから、彼が自暴自棄になってしまったのはとても残念だった」

 

 ラウを失ったデュランダルの気持ちは、レイの気持ちと同じはずだ。デュランダルにとって、彼の存在がかけがえの無い友人であったことは、傍からそれを見ていたレイには分かる。それでもキラが必要だからという理由ですっぱりと割り切れるものだろうか。
今のレイには、まだ分からない。

 

 それからゆっくりと展望室まで上がってきた。一面に張り巡らされた窓の外に見えるのは、穏やかな青空。眼下には人工的なジブラルタル基地の施設が、豊かな自然の中に不自然に浮き上がっている。
 デュランダルは窓の傍まで車椅子を進め、パノラマのように広がる景色に感嘆の吐息を漏らした。

 

「地球はいいな。天を仰げば空が広がり、風を切って鳥が羽ばたく。そして地上では自然の中で命が育まれ、生物は皆、その生を謳歌する。その自然を傷付けているのは、地球上で我々人類だけだ」

 

 見渡した後、視線をレイに向ける。

 

「この雄大な自然を守っていこうとする精神がナチュラルにもあるが、なぜ私達がこの地球に居てはいけないのだろうな? この素晴らしい地球をナチュラルだけに私物化させておくのは、私達にとってはとても無体な事だ」
「僕もそう思う……」
「そうだな――ナチュラルが我々コーディネイターを嫌うのは、この地球を大切に思っているからだ。そして、我々がこの地球を壊すと考えている」
「でも、ギルはそんなことはしない」
「そうだ。レイは私の事を良く分かってくれているな? そう、誤解を招いているのは、ブルー・コスモスの過剰な防衛本能とでも言えばいいか――2年前のラクス=クラインやカガリ代表のやった事は、一体何だったんだろうな?」

 

 ラウの暴走ばかりが取り沙汰され、結局2年前の戦争ではナチュラルとコーディネイターの溝は一瞬だけ埋まっただけに過ぎなかった。本来討議されるべき問題を解決せずに、一人の戦犯を裁くことで事態の収拾を図ろうとしたのだ。
 しかし、そんな繕い物の平和など、ほんの少しのショックで容易く崩れてしまうものだ。そして、ユニウス・セブン落下事件の様な重大な惨禍が起これば、現状のような争いの時代に逆行してしまう事は至極当然の結果としてデュランダルは認識している。

 

「あの2人の女――とりわけラクス=クラインは、全ての責任を投げ出してオーブに逃げたんだ。ギルの苦労も知らず、キラ・ヤマトなどと暢気に惰眠を貪っていたんだ……!」
「だからこそ、私は彼女たちを再び表舞台に引っ張り出した。図らずもナチュラルとコーディネイターのカリスマ同士――2人をもう一度露出させることで、今度こそ本当に争いを止めることが出来る。私達の方がブルーコスモスよりも正しい事を、ナチュラルに示すんだよ」
「だから、ギルはオーブに行くの?」
「2人の間を取り持つ人間が必要だ。最高評議会議長がその役目を負うことで、ナチュラルの中からも理解者が出てくるはずだ。そうして世論を味方につけた後に、争いの根源たるブルーコスモスを討てばいい」
「じゃあ――」

 

レイは身体を捻り、顔を後ろに目一杯に振り向かせてデュランダルの顔を見上げた。
デュランダルは、そんなレイの仕草に気付き、視線を落として柔らかな笑みを向けてくれた。

 

「その時は僕がブルーコスモスを潰す。ギルの与えてくれたレジェンド――ラウのプロヴィデンスと同じあれで、敵を討ってみせる!」

 

デュランダルは、その為にレジェンドを与えてくれたのだとレイは思う。
そして、彼の期待に応えることこそが恩返しで、自分の存在意義なのだと確信した。

 

「………」

 

そんな気合に満ちたレイに、デュランダルは表情そのままに、何故か言葉を掛けなかった。


ベルリン攻防戦から数日後、オーブの土地にザフトの軍艦が入港した。
多くの兵士に守られ、タラップを一歩一歩ゆっくりと降りてくるデュランダル。降りる先に出迎えに出ているのは、カガリとそしてセイラン家。

 

「ようこそお出で下さいました、デュランダル議長閣下」
「お出迎え、感謝いたします。――それに、セイランの方々も」

 

 前に進み出てくるカガリと、がっちりと握手を交わした。そしてウナトとユウナにも挨拶を投げかけるも、彼等は控えめに一礼を返してくるだけだった。そんな彼等の行動を怪訝に思いながらも、デュランダルは視線をカガリに戻す。

 

「少し髪を伸ばされましたかな? こうして見ると、成る程、代表は随分と女性のお顔になられた」
「私も、何時までも子供のままではいられません。やらなければならない事は承知しております」
「それは結構です」

 

 以前と雰囲気がまるで違う。セイランの2人が全く絡んでこない事から、彼女も随分と躾けられたようだ。伸びた髪は、覚悟の表れか。
 しかし、彼女がセイランの2人に何を吹き込まれたのかは知らないが、それならば気を許すわけにはいかないだろう。以前のようであればまだ可愛げがあったというものだが、彼女の落ち着いた物腰を見れば、そうも行かない。
 そこで、デュランダルは少し彼女を試したくなった。送迎車に向かう少しの道すがら、カガリを差し置いてウナトに話しかけた。

 

「ウナト殿は、今回の私の訪問をどのようにお考えになっておられるのですかな?」
「どう…と申されましても、前回のような非公式ではなく、今回は正式な訪問でありますからな。同盟国の主席が訪れたとあっては、国を挙げて歓迎するのは当然でしょう」
「そうですか。では、これから私がする事も、ウナト殿の許容の範囲内ですかな?」

 

 デュランダルが尋ねると、ウナトは少し苦笑いをして軽く肩を竦ませた。

 

「私に意見を求められましても――そういう事は、我らが代表にお話しください。私どもはカガリ代表の補佐に過ぎませんので――」
「ほぉ……」

 

 こんな殊勝な態度を取るウナトに思わず感心してしまった。以前の訪問では、カガリが口を出す前にまず彼が声を張っていたのだが、今は逆に控えめな態度を取っている。
 ふと気付くと、先を行くカガリが足を止めてこちらを見つめていた。据わった瞳に、風で流れる髪が揺れている。

 

「デュランダル議長は、このオーブの誰に会いにいらしたのですか?」

 

 カガリの毅然とした態度、そして表情に、デュランダルは意外そうに眉を上げた。今の彼女は、以前の頼りなげな未熟者ではなくなっている。どうやら、一国の代表としての自覚が遅まきながらも芽生えたようである。

 

「失礼」

 

 そんな彼女に一瞬笑い掛け、デュランダルは促されるままに車に乗り込んだ。


オーブ工廠区画。カミーユはそこでガンダムMk-Ⅱの整備をしていた。
デュランダルが訪れたとあって、先の大西洋連邦軍との戦闘の影響からか、物々しい空気が広がっていた。
彼もバルトフェルドに協力を要請され、その警護に当たっている。

 

「これで、いよいよ俺もオーブ軍人か……」

 

 別に抵抗があるわけではない。エマやカツはザフトとして参加しているし、レコアもアークエンジェルで戦って見せたのだ。今更自分だけが無関係で居られるほど暢気な事態ではなくなっている。
 カミーユはガンダムMk-Ⅱの調整を済ませ、コックピットの中から顔を出した。格納庫にはエターナルから搬出されたMSが3機、整然と立ち並んでいる。ラクスの護衛の為に同道したパイロットのものであるらしいが、そのシルエットは余りにも自分の知っているMSにそっくりだ。

 

「ザクやグフと来て、今度はMS-09か。本当にこの世界は俺達の世界とは別世界なのか?」

 

 その時、にわかに格納庫の中が騒がしくなった。視線を下の方に向けてみると、3人の屈強そうな兵士に囲まれた少女が歩いている。眼帯に片目を隠したオール・バックの女性を横に、後ろを2人の男を従えて行進する様は、さながら女性の強さを顕示するかのようだ。
 ふと、少女がカミーユに向かって顔を上げた。ピンクの髪を一つに縛り、陣羽織で着飾っているその姿は、正装というよりもコスプレのように見える。あれが、噂のラクス=クラインか。

 

「カミーユ=ビダンさんですね?」

 

 こちらの心の声が聞こえていたかのように呼び掛けられ、カミーユは一瞬驚いて目を丸くした。

 

「何でしょう?」
「お話は伺っております。先日の地球降下の際に援護して下さったとか――お礼を述べたいのですが、降りてきて頂けませんか?」

 

 確かに、コーディネイターというモノは整った外見をしているものだと思う。キラやアスラン、シンもルナマリアも、総じて所謂美形の顔立ちをしていた。彼女は、その中でもとりわけ綺麗な顔立ちをしているのだろう。皆が魅せられるのも納得できた。
 しかし、カミーユは外見で人を判断するような感性は持っていない。女性に弱いことには違いないが、ラクスには彼を突き動かすだけの魅力を感じなかった。包容力を強く感じすぎて、それが逆に遠慮を呼んでいるのかもしれない。

 

「今、手が離せないんです。別の時にしてもらえませんか?」

 

「ラクス様が頼んでおられるんだぞ! そんな慇懃無礼な態度を取って、何様のつもりだ、貴様!」

 

 眼帯の女が、かしましいまでに声を張り上げた。ラクスがどれ程の人物かは知らないが、いささか気が短すぎる女性だ。その声にカミーユは眉を顰め、そちらこそ何様のつもりだと言い返してやろうかと思ったが、ここは我慢した。
ラクスはオーブの超VIP。余計な反感を買って、変に目を掛けられても面白くない。

 

「止めて下さい、ヒルダさん。今は警戒態勢中ですから――」
「ですが、あの者は余りにも礼を知らなさ過ぎます! ラクス様にお声を掛けてもらっただけでもありがたい事なのに、それを事もあろうに断るなど!」

 

(ヒルダ? ヒルダって、お袋の名前じゃないか――いや、違うな。あの人は名前が同じだけだ)

 

 眼帯の女の名前に、一瞬だけ驚かされた。カミーユの母親と同じ名前を持つ彼女に、まさかと思ってしまったからだ。しかし、それにしては外見が違いすぎるし、歳も随分と若い。

 

(それに、今更お袋と会ったって、何を言えばいいんだ……!)

 

 母親の興味は、カミーユには殆ど無かった。それどころか、家庭の事情も野放しにして大好きな仕事にばかり精を掛けていたのだ。夫の浮気にも見向きもせず、カミーユの事は隣人のファやその母親にまかせっきりだった。

 

(マルガリータって女の事も知っていたくせに、それを見て見ぬ振りをして――!)

 

 思い出したら腹が立ってきた。眼下のヒルダが母親と同一人物ではないにしても、名前が同じだけでもイライラが募る。思わず険しい顔つきになり、舌打ちをしてしまった。

 

「聞こえているぞ、貴様! 舌打ちなどして、失礼にも程があるだろう!」
「ヒルダさん――」

 

「…降りればいいんでしょ? それで貴方の気が済むのなら、そうしてやりますよ!」

 

 格納庫内が、カミーユ達のやり取りで騒然となってきた。そんな周囲の雑音も気にせずに、横柄な態度を取るヒルダに促されたカミーユはガンダムMk-Ⅱを降りた。彼女のような態度の大きい人間がカミーユは嫌いだったからだ。
 床に足をつけると、ヒルダがつかつかと歩み寄ってきた。目を逸らさずに正視するカミーユの瞳が、気に食わなかったのだろう。急に頭を掴まれた。

 

「何をするんですか……!」
「反省の色も見せない生意気な小僧に、礼儀というものを教えてやろうっていうんだよ」
「それが人にモノを教える態度か!」
「黙ってあたしの言うとおりにしな!」

 

 そう言うと、ヒルダはそのままラクスの前に連れて行き、カミーユの頭を無理矢理下げさせた。

 

「止めて下さい、ヒルダさん!」
「いいえ、ラクス様。こういう不届きな者が一人居るだけで、軍の統制は乱れます。こうしてでも従わせなければ、いざという時に貴方をお守りする事が出来ません」
「わたくしはこの様な事を望んでおりません!」
「全ては貴方様の為なのです」

 

 頭を押さえつけられながら、カミーユはヒルダの隙を覗っていた。こんな横暴をされて、それで黙っていられるほどカミーユは温厚ではない。ラクスとのやり取りに気を取られている隙を突いて、一瞬にして手を振り解き、彼女の腹にパンチを見舞ってやった。
 ドス、という鈍い痛みを腹部に感じながら、身を慄かせてカミーユを見るヒルダ。そこへ更に殴りかかろうとしてきたカミーユの拳をかわし、足をひっかけて転倒させる。
しかし、カミーユは片手でバランスを取ってすぐさま反転すると、ミドル・キックをガードの上から叩き込んだ。

 

「グッ!? 貴様――」
「舐めるな!」

 

 場内が更に騒がしさを増し、ショーが始まったと勘違いした他の人員達が囃し立て始めた。カミーユは構えてヒルダを見据える。

 

「貴方たちのやっている事は、気に入らない人間を無理矢理に従わせているだけだろ!」
「減らず口を叩くな!」

 

 しかし、相手はヒルダだけではない。彼女がやられた事に怒った2人の男が、背後からカミーユに襲いかかる。背中を強打され、痛みに呻いて崩れ落ちた。流石はMSパイロットのコーディネイターだけあって、空手で腕を鳴らしたカミーユをいとも簡単に捕獲した。

 

「は、離せ!」
「フンッ。ヘルベルト、マーズ、そのまま小僧を捕まえておきな」

 

 ヒルダがカミーユの顎を持って、不敵な笑みを浮かべる。

 

「フッ」

 

 小ばかにするように笑うと、みぞおちに膝がめり込んだ。女性とはいえ、強烈な一撃に身体をくの字に折り曲げ、苦しさに呻いた。一時的な呼吸困難に陥り、だらしなく半開きになった口から唾液が垂れ落ちる。
 男に突き放され、カミーユが跪いて咳き込んでいると、ヒルダは容赦なしに髪を掴んで引っ張り上げた。そして、右ストレートがカミーユの頬を殴打し、殴られた拍子に掴んでいた髪がぶちぶちと音を立てて抜け、そのままカミーユは吹っ飛ばされて床の上に転がった。

 

「カミーユって女の名前をしているのなら、それらしくしていればいいんだよ。核融合炉搭載型を動かせるからって、いい気になってんじゃないよ、ええ!」
「うぐッ!」

 

 横になって倒れているカミーユに対し、ヒルダは更に腹に蹴りを突き入れた。その痛みと苦しみに、くぐもった呻き声を上げてうつ伏せで悶え苦しむ。
 それでも睨みつけるカミーユ。“女の名前”という言葉に反応し、激しい怒りを顕にした。対し、ヒルダは勝ち誇ったように罵声を浴びせた。そして、一瞬だけチラリと入り口の方に視線を向けると、つま先でカミーユの顎を持ち上げた。

 

「ガンダムMk-Ⅱが何だってんだい? その内、あんなMSも珍しくなくなるさ。キラ様があれに乗るようになれば、貴様の出る幕なんてのはなくなるんだよ」
「キラが…あれに乗る……?」

 

 ヒルダのつま先に顎を乗せられたまま、カミーユは顔を横に向けられた。そこには、入り口で目を丸くしているキラが呆然と立ち尽くしていた。この光景に驚いているのだろう。声を詰まらせて、拳を震わせていた。

 

「分かるだろ? 出来たんだよ、キラ様の専用MSがね。あれの性能を見れば、貴様ももうでかい顔なんて出来なくなっちまうさ」

 

「な、何をやっているんですか!? カミーユを――どうしてこんな事を!」

 

 ふと我に返ったキラが怒りの形相で歩み寄ってきた。脇に立っているヘルベルトとマーズを手で押し退け、ヒルダの前に敢然と立ち塞がる。
 ヒルダは、そんなキラの形相に困惑し、急いでつま先で上げていたカミーユの顎を元に戻した。

 
 

「何って…この男のラクス様に対する態度が不遜だったので修正を――」
「カミーユがラクスに何かしたんですか!?」

 

 キラに問い詰められ、ヒルダは言葉に詰まった。

 

「…礼のお誘いを断ったのと、舌打ちを――」
「たったそれだけの事で――!」

 

 キラの顔の色が、怒りで赤く染まっていく。温厚な性格の彼にしてみれば、ラクスに絶対の忠誠を誓う彼女たちの尊敬の念など下らないものだった。ラクスは、こうして持ち上げられて自由を失った。それは自分たち然り、親であるシーゲル然りだ。
だからこそ、こうして彼女を過剰なまでに特別視するヒルダたちは、キラにしてみれば狂った大人にしか見えない。かつて自分達が彼女に頼って苦しみを与えたように、同じ事をしようとしている様に見えるからだ。
 その上で友人のカミーユを傷つけられれば、尚更怒りがこみ上げてくる。

 

「ですが、キラ様もお分かりでしょう? ラクス様はおいそれとお近づきになれるお方ではないのです。それなのに、このカミーユという愚劣漢は――」

 

「お止めなさい」

 

 尚も弁明しようとするヒルダの言葉を遮って、凛とした声が響いた。振り向くと、ラクスが厳しい視線を向けて佇んでいた。

 

(おお、これが――)

 

 しかし、ヒルダの目に入ってくるのは神々しいまでにオーラを放っているかのようなラクス。叱責をもらっているというのに、まるで讃え敬うかのような瞳をしている。

 

「ヒルダさん達は先にお行きなさい。わたくしは、後から参ります」
「ですが、それでは貴方様の護衛が――」
「従ってください。わたくしは、後から参りますと言っているのです」

 

 毅然としてラクスは言う。強い口調は、丁寧であれ、命令をしているようだ。流石にヒルダもその威厳には逆らえないようで、ヘルベルトとマーズを呼ぶと、3人して出て行った。

 

「カミーユ、大丈夫?」
「あぁ。このくらい、ウォンさんの修正に比べれば――」

 

 痛みに苦悶するカミーユを抱き上げ、キラが問いかけた。

 

「それで、キラは何時オーブに入ったんだ?」
「うん、ついさっきね。アークエンジェルの修理が思った以上に掛かっちゃって、到着が遅れたんだ」

 

 アークエンジェルがオーブに到着したのは、ほんの30分ほど前。上陸して直ぐにバルトフェルドに迎えられ、彼にカミーユの居場所を聞きつけてやってきたのだ。その時に、丁度先程の現場に居合わせた。

 

「色々大変な事があったからね」
「デストロイの事は聞いているよ。…でも、アイツ等は――」

 

 今はもう去って行ってしまった、先程の3人のことが気に掛かる。彼女達は、普通の一般兵士とは違う、特別な思想の持ち主だと感じた。ラクスを過剰に崇拝し、宗教の信者の様に行動していた。カミーユには、それが気に食わない。
絶対者を求めるその様が、シロッコの思想と似通っている様に思えたからだ。

 

「僕も良く知らないんだ。元々クライン派の人で、戦後はターミナルとか言う組織に潜んでいたって事だけ聞いていたけど……」

 

 キラも、何となくしか知らない。ただ、ラクスと共に降りてくる新手のパイロットが居るとだけ聞いていた。それがあのような人達であった事を、少し残念に思った。
 そして、キラはラクスを見た。別れ際の予想に反して、オーブに戻ったら彼女が既に到着していたではないか。ただ、アークエンジェルの帰還にも大分時間がたってしまっているから、ある意味では当然かもしれないが。

 

「キラ……」
「久しぶりだね、ラクス」

 

 両手を胸の前で組み、身体を預けるように歩み寄るラクス。しかし、キラはそんな彼女を抱き迎えてやろうとする素振りを見せなかった。ラクスは足を止め、少し戸惑ってキラの顔を注視した。

 

「君に聞きたいんだけど――」
「はい……」
「どうしてあんな人達を一緒に連れてきたの? ヒルダさん達は、まるで君の為だけに行動しているみたいじゃないか。そんな人を、君が率先して連れてくるなんて――」
「ヒルダさん達は、どうしてもわたくしと共に戦いたいと……思いが同じであれば、一緒に戦えると思って――」
「僕達はナチュラルとコーディネイターの平和の為に戦っているんだろ? あの人たちが望んでいるのは、君の事ばかりじゃないか。カミーユにリンチまでして――」
「それは――すみません……」

 

 2人のやり取りを、口の中に残った血を吐き捨てながらカミーユは見ていた。そして、少しふらつく身体を近くにあった小さめのコンテナに手を掛けて立ち上がらせる。

 

「キラ、彼女を行かせなくていいのか?」
「あ、そっか。…ラクス、これから何処へ行くの?」
「カガリさんの所に――デュランダル議長が、これからの事でお話があるそうです」
「そう――頑張ってね」

 

 一言激励の言葉を掛けられると、ラクスはカミーユのところにやってきた。ポケットの中から桃色のハンカチを取り出し、スッと差し出す。

 

「これでお顔の血を拭いてください。わたくしの従者が失礼をいたしまして、真に申し訳ありませんでした」
「もう済んだ事だからいいけど……これ、汚れちゃいますよ?」

 

 口ではそう言いつつも、カミーユはハンカチを受け取った。ラクスは、そんなカミーユに対してにっこりと微笑んだ。

 

「色が色ですから、血の色も目立ちませんわ」

 

 そう告げると、ラクスはしゃなりしゃなりと格納庫を出て行った。外では、恐らくヒルダ達が待ち伏せをしているのだろう。彼女達の性質を考えれば、きっとラクスを一人で歩かせる事などさせない。
 ラクス達が出て行って、格納庫の中の喧騒もやっと収まった。カミーユは、佇むキラの元に歩みを進めた。

 

「彼女を追わなくていいのか? 大分落ち込んでいたぞ」
「そっか、カミーユには分かるんだ……」

 

 にこやかに笑うラクスの表情は、普段と変わらなく見えた。演技派の彼女だから、それくらいの芸当は出来て当たり前なのだろう。かつてはザフトのプロパガンダとして利用されていたぐらいだから、必須技能として習得していてもおかしくは無い。
 しかし、キラにはその違いが――本当の笑顔と演技の笑顔の区別が一瞬つかなかった。それは、多少怒りが残っていた事も影響しているだろうが、正味な話、自分は本当のラクスを知っているのだろうか。

 

「君のその力が羨ましいよ。カツ君から聞いたんだけど、ニュータイプって言うんだろ? 僕にもそんな力があれば、もっとラクスを知る事が出来るかもしれないのに……」

 

 他人との理解において、宇宙という過酷で人とのコミュニケーションが取りづらくなる環境で、それに適応していく為に目覚めたニュータイプ。その概念は、発祥が認められる前に論理を展開していたジオン=ダイクンの説が最有力とされている。
 ただ、カツもおぼろげな概念しか説明できず、キラには単にテレパシーの使えるエスパーの様な認識にしか考察を達する事が出来なかった。更に彼にとって不幸な事は、何度かカミーユからの思念波を受け取ってしまっていた事にある。
そういった経験があるだけに、ニュータイプの概念を誤って受け取ってしまったとしても仕方のない事なのかもしれない。
 しかし、カミーユ自身もそのキラの誤りを正そうとは思わなかった。ニュータイプとして通じ合える――例えばフォウのような女性ならば、気持ちを伝える事は出来るだろう。
反面、キラのようなオールドタイプ、しかも概念の無い世界の人間に話したところで、それは自分の考えを注入する事になる。
 U.C.世界でも確立されていない概念である。それを、自分の解釈だけで伝えても、害にこそなれど益にはならない。答が分かっていれば話は別だが、カミーユは敢えて自らの解釈の言明を避けた。但し、それでも一つの確信として、言えることはある。

 

「ニュータイプだって、万能じゃないんだ。キラが思うほど、便利なものでもないさ」

 

 分かり合うためのニュータイプ――先程のフォウの例に対するならば、同じニュータイプのハマーン=カーンが思い起こされる。彼女とは、一度だけ繋がりあえそうだった事があった。しかし、ハマーンが不幸だったのは、頑なに心を閉ざしてしまっていた事だ。
 その原因を作ったのはカミーユの上司であるクワトロだったのだが、それはともかくとして、ハマーンは分かり合おうとしたカミーユの気持ちを拒絶した。曰く、“人の中に土足でズケズケと”という事らしいのだが、彼に心の中を覗かれるのが気色悪かったのだろう。
 アクシズの指導者として、絶対的な強さを顕示せねばならなかった彼女は、自分の弱さをカミーユに知られるのが怖かったに違いない。とりわけ優しさを感じさせるカミーユである。クワトロに裏切られた経験から、同じ思いを二度としたくないという思いもあっただろう。

 

「そう…なんだ?」

 

キラは、カミーユの表情が曇ったように見えた。先程の痛みが残っているせいであるとは思えない。ただ、後悔が先立っているようで、心配にさせる顔つきだった。


ユニウスセブン落下事件を契機に突入したこの戦争も、地球軍対ザフト軍の様相を呈したまま、ここまで進んできた。
その大きなポイントとして、連合軍のデストロイ侵攻作戦がある。

 

『地球の皆様、プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルであります』

 

 地球の人々は、連合軍のデストロイ使用をどれだけ知っているのだろう。軍隊の行動が、一々マスコミで事細かに報道されるのも考え物であるが、自分達が頼りにしている軍があのような超兵器を持ち出した事を知らないのは、それはそれで問題でもある。
直接関係無くとも、それに依存する彼等は事実を知っておかなければならないとデュランダルは思った。

 

『今日は、皆様方にお伝えしたい事がいくつかあります。お仕事中の方も、就寝前の方も、今しばらく私の言葉に耳を傾けていただきたい』

 

 世界中に発信される電波に乗せて、デュランダルは弁を振るう。地球は、今やブルー・コスモスの思想で固まっており、プラント側の意見は完全に淘汰されているといっても良い状態だ。
ゲリラ的に仕掛けたこの政見放送は邪道であれ、現状を打開する為に仕掛けたデュランダルはこうするしかなかった。
 その放送をヘブンズ・ベースで見つめるブルー・コスモスの面々も、デュランダルの行為は苦し紛れにしか見えなかっただろう。老人の一人が、呟いた。

 

「あの男はいつからピエロになったのだ? こんなショー的な展開の仕方で、世論を動かせるとでも思っているのか?」

 

 ジブリールはその言葉にも、微動だにせずにモニターを見つめている。彼が何の考えも無しにこんなつまらない事をするはずが無い――そう思っているからである。

 

『――先日、ヨーロッパで大規模な戦闘があったことは、皆様の耳にも届いているかと思います。結果として、その戦いは連合軍の撤退によるザフトの勝利に終わりましたが、残された戦力だけを考えれば完全に我々の敗北でした。
連合軍が撤退しなければ我々は敗北し、ベルリンは今頃、連合軍の占領下にあったでしょう。それだけ、連合軍の戦力というものは強大でした』

 

「おべっかの使い方だけは、いつも上手いな。自らの勝利を口にしておきながら、こちらを持ち上げておる」
「地球市民に刺激を与えたくないのが丸見えだ。これに騙されるのは、よっぽどの御人好しか能無し以外におらんわ」

 

 モニターのデュランダルに対し、唾を吐き掛ける様に老人達が色めき立つ。そんな老人の小言を、年寄りの性分と割り切ってジブリールだけは静かだった。
 デュランダルは恐らくデストロイの事を公表するつもりだろうが、それで世論を傾けさせる事が出来ると思っているのだろうか。例え、編集で凄惨に映像を流したところで、ユニウス・セブンの非道以上のインパクトは期待できないだろう。
戦闘で使われたデストロイに比べれば、ユニウス・セブンの落下は一般民を多数巻き込んだ大虐殺である。プラントの仕業で通っている地球の民に、デストロイの脅威は通じる理屈ではない。

 

『勿論、我々も相当の戦力を以って挑んだわけですが、それなのに大きく消耗せざるを得なかったのには理由があるのです』

 

 モニターの画面が、ベルリンでの戦闘場面に切り替わった。そら見た事か、と一同は一斉に声を上げる。その編集は、予想していた通りにプラント側に都合がいいようにされていた。
デストロイの驚異的な戦闘能力ばかりが殊更に強調され、大量破壊兵器として錯覚させようとするプラント側の努力が透けて見えるようだ。

 

『この映像を御覧になってください。これは、ベルリンでの戦いで姿を現した連合軍の超兵器であります。極秘で我々が入手した情報によると、この機動兵器の名は“デストロイ”と言うそうです。
――“破壊”、その名が示すとおり、デストロイはモスクワを初めとする数々の破壊行為を繰り返してきました。皆様方は、この様な事実をご存知でしたでしょうか?』

 

 こんな事を伝えるために態々(わざわざ)全世界に放送を展開したのだろうか。もし、その通りであれば、デュランダルの言葉はピエロの言葉として笑って受け流せる。ブルー・コスモスと連合各国との連携に、何ら支障は及ばないだろう。
 ただ、ジブリールはそれ程デュランダルの事を過小評価していない。彼とて、この程度で地球側の世論を動かせると思っているほど愚かではないだろう。

 

 コーディネイターは化け物でも、同じ人の姿をしている――冷静にそう考える事も出来るジブリールは、気が抜けない事を承知していた。

 

『デストロイの動きは、滅茶苦茶でした。出現するや否や、その圧倒的で強大な火力を武器に、所構わず破壊を繰り返したのです。その結果、モスクワは壊滅、次に狙われたベルリンも、我々が阻止しなければ同じ目に遭わされて居たでしょう。
連合軍は、そういった兵器を平然と使用していたのです。見てください、この様な残虐な行為が、果たして戦時中とはいえ許されるのでしょうか?』

 

 身振り手振りを付け加え、雄弁に語るデュランダル。ジブリールにしてみれば、彼の語りも下らない言葉に聞こえていた。本当に言いたい事は、それではないだろう――中々本題に入ろうとしないデュランダルにやきもきしながら、組んだ腕で指をトントンと動かしていた。

 

『――ここまで話しておいて、皆様が反論したい気持ちになられている事は承知しております。今回の戦争に至る契機になったユニウス・セブンの落下事件――地球の皆様には我々の仕業であるという認識が強くあるでしょう。
ユニウス・セブンの管轄は我々プラントの責任によって行われていましたから、それも分かる話です。しかし、断固として私は明言します。ユニウス・セブン落下事件に、プラントは一切関与しておりません。あれは、謎の武装テロ組織の手によって落とされたのです』

 

 コーディネイターが何を言っても無駄である。ナチュラルがコーディネイターを異能の者と認識している以上、デュランダルの言葉はハエの羽音ぐらいにしか聞こえていないだろう。もったいぶるデュランダルに対し、ジブリールの苛々は募るばかりだ。

 

『残念ながら私がこの様な事実を述べたとしても、地球の皆様方には単なる妄言にしか聞こえないでしょう。しかし、それが今のナチュラルとコーディネイターの関係の表れである事を、皆様もお気付きになるべきではないでしょうか?
元々は同じ人類同士から生まれ出でたコーディネイターなのです。それが、どうして憎み合わなければならないのでしょう。袂(たもと)を同じくしながら、呼称が違うだけで人類を2つに分け隔て、争いを繰り返すのは愚か以外の何物でもありません。
この言葉は、地球の皆様だけに送られるものではありません。同胞である、コーディネイターにも訓告するものであります』

 

 徐々に話の流れが変わってきたように思う。最初のデストロイの話など、やはり掴み以外の目的は無かったようだ。ナチュラルとコーディネイターの関係に話が及んできたという事は、ここからが彼の本音。大袈裟に語りかける様は、一見さんを減らそうとする為だろう。

 

『私は、今の言葉を体現する為にオーブとの同盟を締結いたしました。オーブは、早くからナチュラルとコーディネイターの融和が始まった特筆すべき国であります。私も訪れてみて、その気候や風土に郷愁の念を抱きました。
そこに感じた感情は、やはり我々コーディネイターも地球を母星とする同じ地球人である事を深く確認させるに至りました。宇宙に適応していこうにも、人類は地球からは離れられないのです』

 

「宇宙人風情が、勝手に我々と同じ人類と思い込んでおる。化け物の癖に自らを地球人と言い切るとは、ギルバート=デュランダル、何と破廉恥な輩だ!」

 

 感情的になる老人は、デュランダルの話の本質が見えていない。ジブリールは横目でその老人を見やりつつ、鼻で息を鳴らした。

 

『オーブのカガリ代表は、我々の提案を快く承諾してくださいました。そして、そのお陰で私も一つの確信を得るに至りました。ナチュラルとコーディネイターは、決して相違わねばならぬ間柄ではないのです。ナチュラルとコーディネイターの間にも、友情は築けます。
御覧になってください、その証拠に、カガリ=ユラ=アスハ代表と我々の歌姫であるラクス=クラインはこの様に手を取り合う事が出来ているではありませんか!』

 

 ずっとデュランダルを写していたカメラが引き、彼の前で握手を交わす2人の少女が映し出された。金髪のセミ・ロングの少女とピンクのロング・ヘアーの少女――カガリとラクスだ。にこやかに笑顔を浮かべ、関係が良好である事を全面にアピールしている。

 

(茶番を――!)

 

 見つめるジブリール。ショー要素を盛り込み、阿漕(あこぎ)な手段で世論を動かそうとするデュランダルの魂胆が、腹立たしかった。見栄えの良い2人のカリスマを味方につけ、それで自らの言葉の正当性を主張しようなどと、セコイにも程がある。

 

『お2人は、2年前のヤキン戦役の頃から交流がありました。しかしながら、カガリ代表は戦争でお父上を亡くし、ラクス=クラインもまた、同じ身の上なのです。その2人が、こうして憎しみや義憤といったものを乗り越えて、手を取り合っているのです!
皆様方も、既にお気付きなのではないでしょうか? 戦争という荒波に揉まれ、激動の苦しい今の時代でも、こうして手を取り合う事でその時代を終わらせる事が出来るのです! ナチュラルの方々、どうぞ今隣に居る我々コーディネイターの手を取ってみてください。
そこから感じる温もりは、あなた方と同じであるはずです。そう、私たちは皆様方と同じ、人間なのです!』

 

 語気を強めているのは、手応えを感じているからだ。デュランダルのやや恍惚とした表情が、ジブリールの目に小癪に映る。確かにジブリールの様な地球至上主義者の目から見れば、彼の奇麗事など聞くに値しない愚言に聞こえるだろう。
しかし、ナチュラルの中には、戦争に辟易している人間も存在する事もまた事実。国力の小さい連合加盟国の中にも、そう思っている国はあるだろう。そこへ今のような奇麗事を向けられれば、その言葉に傾倒してしまう事もあり得る。
 デュランダルの目的は正にそれで、戦争に疲れきったナチュラルの意見を噴出させようと目論んでいた。そして、世論は弱者に味方をする傾向が強い。今でこそコーディネイター排除の感情が高まっている地球でも、この“ショー”を契機に世論が割れる可能性が高い。
そうなれば――

 

『――しかしながら、そんな私達の努力を無碍にし、強硬にコーディネイターの排除を訴える組織がある事を、皆様方は覚えておいででしょうか?』

 

 デュランダルの真の目的。地球側の世論を動かし、更にそこから一歩進むためにはもう少し背中を押す必要がある。それは、共通する“敵”を創り出す事。

 

『ブルーコスモス――彼等は執拗にコーディネイターを敵視し、我々を人間として見なしてくれません。更に彼等は各国に息を吹きかけ、この戦争を助長しているのです。
つまり、ブルー・コスモスが解体されない限り、我々がいくら友情を育んだところで、国家間レベルでの平和は決して訪れないのです』

 

 その“敵”に定めるのは、自身が邪魔に思っているものを挙げればいい。デュランダルがその矛先をブルー・コスモスに向けるのは、話の途中から気付いていた。プラントと地球の一部の世論を纏め、それに一致団結させる為の全世界一斉放送。
ジブリールにはどうしても茶番にしか見えなかったが、騙される人間は必ず現れる。連合各国の足並みが乱れるのは必至だろう。

 

『2年前の戦争でも、そうでした。彼等の暴走が引鉄となり、あのような悲惨で苦しい戦争があったのです。そして、彼等はまたしても今大戦を2年前の様にしようとしている! 私達は、その野望を打ち砕き、真の平和を望むものであります!
ナチュラルとコーディネイターの健やかなる未来の為に、どうか地球の皆様方もご考察をお願いいたします。そして、その先にこそ、本当の未来が待っている事でしょう』

 

 ドン! 老人の一人が、机に拳を叩き付けた。他の人間もざわつき、落ち着きが無い。

 

「下らん! 何がナチュラルとコーディネイターの健やかなる未来の為にだ! 貴様らコーディネイターに未来など在りはせんわ! さっさと中継を打ち切れぃ!」

 

 短気な老人が怒りたくなる気持ちも分かる。ジブリールとて、デュランダルの“ご高説”には腸(はらわた)が煮えくり返っているのだ。冷静になれぬ老人には、尚更不愉快に感じただろう。

 

「フン、言わせておく分には構わないが、このままでは我等の意にそぐわぬ輩が出てくるかも知れんな。そうなった時、どうするかが問題じゃ。盟主である貴様の意見が聞きたいな、ジブリール?」

 

 ギラリとした視線を向けられた。年老いて尚、元気なこの老人は、以前にシロッコを紹介してくれた者だ。盟主という特権を用いて、特別に彼を譲ってもらったが、その時の借りはまだ返していない。
ここで具体的な案を示さなければ、折角手に入れた有能な駒を取り上げられる事になるかもしれない。
 ジブリールは頬杖を突き、余裕を浮かべて各々を見回した。一人一人、バラエティに富んだ表情を見せる老人達を滑稽に思う。

 

「世論が割れるのは確実でしょうな。民衆というものは、奇麗事に弱い」
「それでは連合を我等の意図で纏める事が出来なくなるではないか!」
「落ち着いてください、ご老体。民衆には、もう一つ弱いものがあります。そこを突けば、少なくとも損害を最小限に抑えることが出来るでしょう」
「毎度の如くもったいぶるのが貴様か! 何を考えておるのかさっさと説明せんかい!」
「何、至極簡単で尤もな事です。民衆というものは、力の無い人間の事です。彼等は力が無いからこそ寄り添い、そして助け合います。そうして、自己を守ってきているのです。ならば、そこにどうしようもない程の強大な“力”を見せ付けてやればいいんですよ。
力の無い民衆は恐怖し、己の無力さを思い知るでしょう。そうすれば、彼等は自然と力のある我々に事大するようになる」

 

 民衆は事大主義者説。人間とて、ダーウィンの進化論を手本にすれば、本来は本能で動いていたサルだったのである。強大な力を見せ付ければ、本能的に人は強者に従うしかなくなるというのがジブリールの弁だ。

 

「見せしめを行うというのか?」
「違いますな。我々の力が正しい事を見せるのです。見せしめを露骨に行っても、例え勝利を得ても民衆は動かせないでしょう」
「一気にプラントとの決着をつけようというのか?」
「構わないではありませんか? 奴ら化け物どもを駆逐する事が我々の目的でしょう。害虫は、早めに駆除しなければあっという間に数を殖やします。100年も経たずに、奴等は国を築き上げてしまったではありませんか」

 

 ジブリールの言葉に納得するといった面々の他、まだ渋い顔をする老人達が居た。

 

「しかしな、そうなると、お主の所属するロゴスが――」

 

 その一言に、それまで納得顔だった面々まで、何かに気付いたように各々の顔を確認する。今発言した老人の言うとおり、ブルー・コスモスはロゴスの資金によって運営されている。その意志に逆らって行動する事は、謂わばタブーなのだ。
 しかし、ジブリールはロゴスにも通じる財界人でもある。些かの動揺も見せず、何がそんなに深刻なのか量りかねているかの様なお澄まし顔をしていた。

 

「ご心配には及びませんよ。私のほうで、彼等を説得すればいいだけの話ではありませんか? 何をそんなに不安になる必要があるのです」
「…本当だろうな?」
「勿論でございます。この中の誰一人が欠けたとしても、我々ブルー・コスモスはやっていけないのです。私は、皆様と共に歩んでいく所存でございます」
「そ、そうか……?」
「フッ、面白くして見せますよ。あなた方の余興を用意するのが、私の役目でもありますからな」

 

 見回す限り、老人達の表情は晴れない。ジブリールを信用していないのか、それともデュランダルの演説に弱気になってしまっているのか。強硬姿勢を見せようとするジブリールに対し、難儀を示していると受け取った。
 強攻策に出て、一般民衆からの受けが悪くなる事を恐れているのだろうか。自らの利権のみに囚われている老人達は、世論に反発されるのが怖いのだ。加えて、スポンサーであるロゴスは戦争の継続を要求している。
それを断れば、即ち運営資金の供給源が断たれる事になり、老人達に取っては大きな損失になるのだ。いくらロゴス構成員でブルー・コスモスの盟主であるジブリールの決定でも、そんなリスクを背負って大損を扱(こ)きたくは無いのが老人達の本音。
 それが分かっているジブリールは立ち上がり、ワザとらしく一礼すると、部屋を出て行った。

 

 月面基地アルザッヘル。アークエンジェルの急襲以来、ザフト宇宙軍との小競り合いが続くその基地で、シロッコは機を覗っていた。主な戦場が地球で、彼がやる事もそう多くない。しかし、司令室でデュランダルの放送を見て、世界が動き始める予感はしていた。

 

「ギルバート=デュランダルか……」

 

 声高に訴えるデュランダルをモニターで見つめ、小ばかにするように鼻で笑った。シロッコの目には、デュランダルはダカールで演説を行ったシャアの様に愚劣な人間に見えていた。
全ての民の協調を目指す彼の論調は、絶対者による支配を求めるシロッコの主張とはまるで正反対だからだ。ともすれば、デュランダルは小賢しさの増したカミーユのようなもの。決して意見が噛み合う事など無いだろう。
 放送が終わると同時に、呼び出しが掛かった。通信兵が対応に出て、用件を伺った後、振り向いた。

 

「副指令、地球のジブリール様から通信が入っています」
「正面モニターへ」
「ハッ」

 

 切れの良い返事をすると、シロッコの目の前の大画面モニターにジブリールの顔が映し出された。遠距離での通信の為、やや画像が乱れているが、許容の範囲内だ。

 

「これはジブリール閣下。ご無沙汰しております」
『パプテマス=シロッコ、今の放送は見ていたな?』
「勿論でございます。しかし、それにしても観るに耐えない内容でしたな」
『その観るに耐えない内容の放送を観て、足腰の弱った老人共はすっかり弱気になってしまっている。老害は、なまじ経験が豊富なだけに想像力が豊かだ。先の短い将来の計算を始めてしまったよ』
「そんなものです、老人というものは。慎重になるあまり、いざとなった時に動けないものであります」
『そうだ。タイミングを逸すれば、元も子もない事を忘れているのだ』

 

 モニターの中のジブリールは、何時になく苛立っているようにシロッコには見えた。デュランダルの世界放送と、それに当てられて消沈してしまった老人達の事が気に食わないからだ。

 

「今の時代、閣下のような野心溢れるお方の登場を世界は待ち望んでおります。私は、閣下にその力があると思ったからこそ、恩人の下から閣下の下に就かせて頂いたのです」
『フッ、その様な事を言っていたな、貴様は? 世界を統べる絶対者か――貴様が欲しているのではないか?』
「とんでもございません。私は、ただの傍観者であります。その様な野心とは無縁ですよ」
『その言葉、信じさせてもらうぞ……それでだ、ようやく貴様に働いてもらう時がやってきそうだ』
「ほぉ…それは、楽しみですな」

 

 顎に手を当て、ジブリールに同調するように笑みを浮かべる。シロッコののらりくらりとした仕草は、ジブリールにも判然としている事のようで、一々小言を言うつもりは無い。軽く受け流し、先を続けた。

 

『次の作戦が終わると、戦場の舞台は恐らくソラに移る事になるだろう。その時こそ、貴様の出番だ。これまで貴様の好きに出来るようにしてやってきた私の恩義を、無駄にするようなことは許さんぞ』
「勿論でございます、閣下。私のような者に目を掛けてくださった分、閣下のご期待に添えられるよう存分に働かせていただきます」
『殊勝であれよ、パプテマス=シロッコ? あれの完成も、急がせておくんだ』
「現段階でほぼ完成はしておりますよ。あとはテストを行い、予定通りの出力が出せれば、対ザフト戦に投入する事が出来ます」
『フッ、頃合だな』

 

 ジブリールからの通信が切れると、サラが司令室のドアをくぐって入ってきた。シロッコは振り向き、サラの肩を抱いて外へ出る。

 

「パ、パプテマス様――」
「ジブリールからの通信があった。これで、ようやく、私にも出番が回ってきそうだ」

 

 突然の行動に困惑し、サラは頬を赤らめてシロッコの顔を見た。透き通るような白い肌に、紫の長髪が無重力を流れるシロッコに合わせて揺れている。とても男性のものとは思えない妖艶さは、木星圏で暮らしていたからだろうか。

 

「サラにも色々頑張って貰う事になるな?」
「パプテマス様のためでしたら、私は――でも、本当にこのままジブリールの様な輩に付き従っていくおつもりなのですか?」
「フフフ…サラにも奴が単なる俗物であると分かるか?」
「それは勿論です。ナチュラルとコーディネイターの二元論など、そんなものは考えるべきではありません」
「その通りだ。だから、コーディネイターに拘り続けるジブリールは何時まで経っても俗物なのだよ」

 

 通路の床を蹴り、リフト・グリップを持って上昇する。サラも慣れた様にそれに続いていった。

 

「本当に考えなければならないのは、ナチュラルとコーディネイターを如何にして統べるかだ。ジブリールの様な小物に盟主が務まる所を見るに、ブルー・コスモスの組織も明らかに形骸化している。“青き清浄なる世界の為に“とかほざいているが、そんなものは方便だ。
戦争を食い物にするハイエナのようなロゴスの拝金主義に感化され、トップは己の利権のみにしか目を向けていない。そして、連合内に於いて、ブルー・コスモスの思想も一つの指標に過ぎんのだ。都合が悪くなれば切り捨てるのが愚民どもだ。
そうなった時、彼等を完璧に纏め上げる指導者が必要になってくる」
「それが――」
「この世界は、愚かにもかつて絶対的指導者たり得る人間を抹殺してしまっている。ジブリールが器で無い以上、その代役を探す為に私がやってきたのなら、その役目を負うことになるのはサラ、もしかしたら君かもしれないな?」

 

 先を流れるシロッコが振り向き、サラに微笑を向けた。その何でも見透かすかのような眼差しに見つめられ、一呼吸の間だけ視線を落とした。そんな大それた大役が、自分なんかに務まると本気で思っているのだろうか――しかし、直ぐに目線を上げてシロッコを見る。

 

「いえ、私はパプテマス様こそが指導者に相応しいと思っています。この世界の次の時代をお創りになられるのは、パプテマス様しかいらっしゃいません」
「そうか…しかし、私には自信が無い。仮にそうなったとしても、サラにはずっと傍に居てもらわなければならないな。次代を創造出来るのは、子を残せる女性しかない」
「え……?」

 

 シロッコの言葉に、サラは動きを止めた。シロッコはそのまま止まらずに進み続け、やがてサラの視界の中から姿を消した。
 シロッコの言葉は、何処までが本気なのか、正直分からない。自信が無いと言っていたが、彼の態度を見ている限り、本気とは思えなかった。
 そして、自分にずっと傍に居て欲しいという言葉は、果たしてシロッコの本音なのだろうか。優しさを見せてくれる彼の性質は知っているつもりでも、何処かで自分は身分不相応だと思っている部分がある。言葉を正直に受け取りたい気持ちはあるが、何処かで遠慮してしまう。

 

 ふと、カツの事を思い出してしまった。彼の言葉なら、素直に受け取れるような気がした。

 

「カツ…貴方も来ているの……?」

 

 立ち尽くし、呟く。アーガマで偶然出会い、優しさを施してもらった。しかし、恩を仇で返したサラに、今更カツに許しを乞う資格があるのだろうか。彼の正直さを逆手に取り、傷つけた。もし、もう一度会う事が出来るなら、その時に何と声を掛ければいいのだろう。

 

 正直さは人間の美学。カツに教えてもらったその美しさは、サラを少しずつ変化させていた。