ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第25話

Last-modified: 2009-05-13 (水) 22:20:43

『苦しみの突撃』

 
 

 プラント首都コロニー・アプリリウス。ディオキアでのミーア慰問コンサートを終え、帰国したデュランダルは執務室で報告を受ける。ミネルバからジブラルタル基地経由で送られてきたガンダムMk-Ⅱの基本データを眺め、興味深そうに感嘆していた。

 

「核融合炉と、月から採取できるマテリアルから精製される未知の装甲材か…どちらも、Mk-Ⅱのデータを参考に月から採掘すれば、どうにかなる代物だ。量産は出来ないだろうが、それは連合も同じだな」

 

 コンピュータに向かい、マウスをクリックする。

 

「ミノフスキー物理学…確かに、こんな技術は我々には想像できなかっただろうな。タリアの報告にあった異世界からのイレギュラー分子の話も、これなら納得がいく」

 

 一つ一つの発見が、新しい。根幹となるMSの運用思想も、あちらの世界では攻撃をかわすことを前提に造られているようだ。こちらの世界のフェイズ・シフト装甲の採用とは、全く違うアプローチの仕方である。

 

 瞳を輝かせ、無心に知識を漁っていると、ブザーの鳴る音が耳に入ってきた。どうやら、予約していた客人がやってきたようだ。

 

「空いております、どうぞ」

 

 扉が開くと、短髪の赤毛の青年に護衛された陣羽織の少女が入ってきた。ダコスタに導かれ、プラント入りしたラクスだ。

 

「御機嫌よう、デュランダル議長閣下」
「ようこそお出で下さいました、ラクス=クライン嬢。オーブから遠路はるばるご足労頂き、真に感謝しております」

 

 毅然とした態度はさすがのものだ。こうしてプラントの最高責任者の部屋にやって来たと言うのに、疲れや緊張を見せるどころか、むしろ更なる威厳に満ちている。この厳然たるカリスマ性こそが、ヤキン戦役を終結に導いたラクスの所以なのだろう。

 

「そちらの席にお掛け下さい。本来なら、あなたを迎えるに当ってもっと相応しい部屋を用意してしかるべきだったと思いますが――」
「いえ、気を遣っていただかなくても構いませんわ。わたくしは、“クライン”の名を持つだけの一般人に過ぎませんから」
「そんな方が、直接私の下を訪ねてくる――カガリ代表に、何か頼まれましたかな?」
「ご冗談を。わたくしには、その様な気概も無ければ権利もありません。ただ、クラインの子息として、父の派閥をお継ぎなった議長のお心をお聞きしに参りました」

 

 陣羽織という着飾った恰好をしているからだろうか、オーブで対面した時とは雰囲気が違う。ある意味、彼女は戦闘モードに入っているのかもしれない。
 ラクスは目の前のテーブルに紅茶のポットとカップを用意された来賓用のソファに小さく腰掛け、手を膝の上に添えてデュランダルを見つめた。ダコスタは、そのすぐ傍に陣取って警戒している素振りを見せ付けている。その様に、少し笑った。

 

「その様に警戒なさらずとも、私は何も致しませんよ」
「おかしなことを仰るのですね? その様な事、誰も申しておりませんわ」

 

 随分と物慣れた事を言う。これは、カガリとは全く違うぞ、とデュランダルは身構えざるを得ない。変な疑いを掛けられる前に、どうにかして不審を払拭せねばならないだろう。
 しかし、彼女もカガリに賛同しているならば、無理にこちらを煽ってくるような真似はしないだろう。プラントとの同盟は、オーブにとっては命綱も同然だ。

 

「失礼。私も、自分の事を分かっているつもりでしてね。人から奇異な目で見られていることは、了承しているつもりです」
「では、お聞きします。なぜ、オーブと同盟をお結びになられたのでしょう? 正直に申し上げれば、連合と戦争が始まってしまった今、オーブという国は戦う上で足手纏い以外の何者でもないはずです」

 

 きっかけは、まず入り口から。いきなり本題を口にするほど、彼女も焦ってはいない。デュランダルは目を細め、自身のデスクに置かれた紅茶を一口含む。ラクスは不審を抱いてはいるが、完全に疑っているという風ではない。
これなら、本音を話してしまった方が、後腐れがないような気がした。

 
 

「勿論、オーブという国が戦後の地球をリードしていくべき国だからです――というのは、建前ですかね?」

 

 冗談交じりに切り出してみたが、ラクスの表情は微塵も変化を見せない。これ以上はこちらの本気が疑われるだけだろう。

 

「本音を申せば、第一に、モルゲンレーテの卓越した技術力を欲したからです。2年前にやって来たオーブ難民の技術者を、堂々とザフトで雇用するという目的もありました。
そして、次にカガリ代表のような強い求心力を持った盟友を引き入れたいという気持ちがありました」
「そして――」
「そうです。私の最大の目的は、あなたです、ラクス=クライン嬢」

 

 先手を取るようにラクスの言葉を遮って本音を話す。彼女を認めつつも危険に思っているのは、会話のペースを握られる事だ。彼女の話が続けば、こちらの意図が捻じ曲げられてしまう危険性をはらんでいる。
だからこそ、ラクスに先手を取られてはならない。そうでなければ、デュランダルとて、無事では済まないだろう。

 

「あなたは未だにプラントで多大な影響力を持っている。そんなあなたに協力をして頂ければ、ザフトは百人力です」
「それはわたくしに対する過大評価ですわ。それに、目的はわたくしだけでは無いはずです」
「良くご存知で。仰られた通り、私はキラ=ヤマトの力も欲しました。彼の驚異的な戦果は、今やザフトの伝説となりつつありますからね」
「そうやって力を欲し、わたくしの偽者を使って世界をその手にしようというのですか?」

 

 そう見えてしまっても仕方ないかもしれない。そう思われることを、デュランダルはしてきた。しかし、それも全ては腐敗した地球圏のナチュラルとコーディネイターのため。誤解は、解かなければならない。

 

「勘違いされては困ります。私は、あなたに協力を申し出るつもりでオーブを訪れました。しかし、ご存知のようにその間も無く、連合の宣戦布告です。ですから、ミーアはあのような事態に備えて用意した保険に過ぎません」
「その方にわたくしをさせて、それで民衆を騙そうというのですか?」
「今はそういう事でしょう。しかし、あなたが我々に協力して、昔のようにプラントの歌姫として歌ってくださるならば、嘘は真実に変わりましょう」
「それでは、ミーアという方があまりにも可哀相ではありませんか? 議長の野心に引き摺られて――その様な事をなさらなくても、直接わたくしに仰ってくだされば良かったのです」
「ラクス嬢は、私を何だと思っていらっしゃるか?」

 

 能天気なお嬢さんだと思った。いくらクラインの上流貴族でも、世俗に染まってしまえばその程度の事も分からなくなってしまうということか。彼女に求心力があっても、これではアイドル以上の事は出来そうにない。

 

「私はプラント最高評議会議長の、ギルバート=デュランダルであります。こうしてあなたとお話できるのも、執務の合間を縫っての事なのです。確かにあなたは大変立派なお方だ。しかし、私の立場というものをお考え下さい」

 

 片や民間に下った元カリスマ、片やプラントを取り仕切る最高責任者。デュランダルは、ラクスだけに構っていられるほど暇な身分ではない。だから、ミーアを用意した。忙しい身分のデュランダルである、単純に済む問題ならば、そちらを選ぶ。

 

「それとも、今すぐに我々に協力してくれると、仰っていただけるのですか?」
「わたくしは、一度舞台から降りた身です。今更本物として出て行ったとしても、何が出来ましょうか? ただ、そのわたくしを演じていらっしゃるミーアさんが、哀れに思うのです」

 

 ラクスには、プラントを統べる意志はない。デュランダルの目にはそう見えた。本気でそういう事を考えているのなら、どんな逆境であっても乗り越えようとするはずだ。しかし、彼女は既に自分自身を過去の人間と割り切ってしまっている。
そういう人間が他人を哀れむなど、片腹痛い。だからこそ、彼女は全てから逃げてオーブに身を隠したのだろう。

 

「それは、あなたの我侭です。そうお感じになられるのでしたら、何故ご自分で動こうとなさらないのです? あなたが恋人と戯れている間にも世界は動き、そして戦争になりました。
私はただ、ナチュラルとコーディネイターの垣根を失くしたいだけなのです。しかし、それを阻害しようと企む輩が居る。これは、それを排除する為の戦争なのです」
「だから、わたくしの協力を得たいと…そして、その間に合わせの為にミーアさんをわたくしに見立てたと…そう仰るのですか?」
「そう申し上げたつもりです」

 

 人の役割がもし決められているのなら、ラクスはプラントの歌姫に戻るべきだ。そうでなければ、何の為に2年前の戦争を戦ったというのだろうか。
彼女の求心力を以てすれば、ナチュラルとコーディネイターの関係はもっと近い距離で今があっただろう。しかし、現実には彼女は雲隠れし、そして最悪の第2ラウンドが始まってしまった。
 マスコミはそんなラクスを叩いた。当然だろう。誰もがミーアを偽者と思わずに歓喜した。それも当然だろう。それだけプラントは彼女の力を欲し、期待していたのだ。

 

「あなたは、ご自身の事を何も分かっていらっしゃらない。あなたの自由はあなたが決める事ですが、他人の期待に応えなければならない身である事も、重々承知していただきたい。ヤキン戦役を戦ったのはどうしてだったのか…もう一度その意味を考える事です」

 

 カップに手を添えたまま、固まった様に動かないラクス。どうやら、鉄の意思を持つ彼女の心に、自分の言葉が入り込んでくれたようだ。それは、デュランダルの希望が届いたという事。
彼とて、冷たいだけの政治家で終わるつもりなど毛頭ないのだ。最終的に納得のいく戦争の終わらせ方をしなければ、タリアは戻ってきてくれないだろう。

 

 今は遠い地球に降りている彼女。目の前のラクスを通過し、デュランダルは思いを地球に念じていた。

 
 

 クレタ島近辺海域。J.Pジョーンズは補給作業の最中だった。ネオがブリッジでその作業の監督をしていると、おもむろに扉を開いてライラが飛び込んできた。

 

「大佐! 補給作業中だって言ったって、こんなミノフスキー粒子の使い方をしてたんじゃ、敵に見つけてくれと言っているようなものじゃないか!」
「そうだぜ、ネオ! 不自然にジャミング掛けてたら、誰だってここに何かあると思うに決まっている!」

 

 ネオが振り向くと、ここにやって来たのはライラだけではなかった。先日まで確執しあっていたアウルの姿がある。その様子に、おやまあ、と感嘆した。どうやら、“ゆりかご”による精神操作は上手く行ったようだ。

 

(アウルにライラを育ての親として認識させてみたが、安定しているようだな)

 

「聞いてんのかよ、ネオ!?」
「あ、あぁ、すまん。確かにそうだな…誰がやった?」

 

「申し訳ありません、自分が――」

 

 ブリッジ・クルーの一人がおずおずと手を挙げる。

 

「なら、貴様は減俸処分だ。これでいいんだろ、アウル?」

 

 微妙に納得していないのか、舌打ちするアウル。ネオはその仕草に仮面の下で片眉を上げて小さく溜息をついた。ライラに従わせているが、こういう生意気なところは相変わらずのようだ。尤も、根本まで変えようと精神操作を施したわけではないのだが。
 その時、警報が鳴り響いたかと思うと、突然振動が襲った。

 

「索敵班!」
「敵襲です! 識別は――ミネルバ、それに少し引いた位置にアークエンジェルが居ます!」
「被害状況を知らせ! それと、補給部隊には即刻退避するように伝えろ! 敵は陽電子砲を使ってくるぞ!」

 

「そら見ろ! 敵の方が先に仕掛けてきたじゃないか! 大体、こんな海域でのんびり補給作業しているってのはだな――」

 

 アウルが文句を口にすると、ライラが頭を小突いてきた。その痛みに頭頂部を抱え、しゃがみこむアウル。

 

「無駄口を叩く前に仕度しな。相手がミネルバなら、それを落とす最先鋒はあんたの役目だろ?」
「わ、分かったよ、ライラ……」

 

 ライラに注意され、立ち上がって駆けて行くアウル。その後ろ姿を見つめ、鼻を鳴らした。

 

「便利だね、エクステンデッドって奴は? 記憶だって簡単に改竄(かいざん)出来ちまう。これじゃあ、大佐もアウル達を人形として扱っていると思われても、仕方ないんじゃないのかい?」

 

 ネオを横目で睨み、皮肉を言う。宇宙世紀の強化人間も同じ様なことをしていたらしいが、その非人道的な行為が、気に喰わなかった。
 それは、連邦正規軍でエース・パイロットをしていた自身のプライドであるし、自分が居るのにその様な強化人間に頼ろうとした軍上層部に対する不信でもあった。だからこそ、こうして世界を超えても同じ光景を見せ付けられていることに、ライラは純粋に腹を立てる。

 

「私だって、出来れば精神操作などしたくはないさ」
「わざとらしいヒューマニズムは止めてもらいたいね。あたしはね、そういう欺瞞で人を動かす男が嫌いなんだ」
「しかし、お前達が互いにいがみ合っていたのでは、成功する作戦も失敗に終わる。今回こうして奇襲を受けたのは、そのせいだと思っているよ」
「なら、この戦いでミネルバを落とせるって言うんだね? その言葉、信用させてもらうよ」
「おいおい……」

 

 顎を上げ、振り返って肩越しにネオを挑発し、ライラは出撃準備に向かう。それに構う事無く、ネオは腕を組んでブリッジから見える海を見据えた。

 
 

「各機、発進準備は出来ているな!?」

 

 ミネルバMSデッキ、アスランが確認をとる号令を掛ける。今回、初めてミネルバ側から攻勢を掛ける戦いになる。それもこれも、偵察に出していたエマとカツが、偶然にも補給中のJ.Pジョーンズを見つけたからだ。
 J.Pジョーンズのクルーがミノフスキー粒子を撒いて、自ら盲目になってしまっていたという幸運もあっただろうが、とにかくチャンスである。

 

『シン=アスカ、行きます!』
『ムラサメ、バレル機出すぞ!』
『ルナマリア=ホークは、M1アストレイを使います!』

 

 そして今回、レイとルナマリアが初めて前線に出ることになった。レイは自ら志願して、ルナマリアはエマとレコアの計らいで、それぞれ機体を借りて出撃する。

 

<今度はあなたがシンの現場を体験なさい>

 

 そう言って、レコアに掛け合ってくれたエマがM1アストレイを託してくれた。エマのムラサメは、レイに使わせている。

 

『エマ=シーン、ザク・ウォーリア発進よろし!』
『レコア=ロンド、ザク・ファントムを出します!』

 

 と、ルナマリアに気を遣わせたはずのエマだったが、本心ではレコアと共に戦いたかったのかもしれない。まだ完全に信用しきっていない部分もあり、その監視をする意味でルナマリアを山車に使ったと見られても仕方ない。

 

「カツ! 遅れてるぞ、何やってんだ!?」

 

 ヴィーノの怒号が飛ぶ。カツのムラサメは既に発進準備が出来ているのにも関らず、未だパイロットの本人が来ていないのだ。

 

「まだ来てないのか?」
「は、はい…ったく、何処で道草食ってんだあいつ!」

 

 ヨウランが苛立ってコンテナを蹴飛ばすと、そこへロザミアを伴ってやって来たカツが到着する。指をさし、一喝した。

 

「もう他のみんなは出た後なんだぞ! ムラサメのお前が遅れたんじゃ、フォーメーションが組めないだろうが!」
「ごめん。けど、ロザミィが僕の代わりに出るって言って、聞かないんだ」
「この人が出るってぇ?」

 

「カツなんかに任せて置けるものか! お兄ちゃんは、あたしが守るんだ!」

 

 カツを押しのけ、ムラサメに向かおうとするロザミア。それを取り押さえ、何とか諌めようと奮闘するヨウラン達。
 それを眺めながら、奥に佇むガンダムMk-Ⅱを見やる。データを取るという名目で、一時的にミネルバに搬入されていたそのMSに近付く1人の影を確認した。どうやら、ヨウランたちはその影にまだ気付いていない様子だ。

 

「カツは俺達が抑えている隙に乗り込め!」
「ありがとう! 後は任せてくれ!」

 

 ガンダムMk-Ⅱに忍び寄る人影は、既にコックピットに入り込んだ。それを確認すると、カツはムラサメに飛び乗り、カタパルトへ移動させる。

 

「行けるのか、カミーユ?」
『大丈夫だ。シロッコが造ったものでも、コックピットは同じだ』

 

 通信で会話を重ねる2人。カミーユは応えると、カツ機の前方に開かれたカタパルト・ハッチから、ガンダムMk-Ⅱを勝手に発進させてしまった。

 

『な、何をしているの!?』
「ごめん、メイリン! カツ=コバヤシ、ムラサメ出します!」

 

 異常事態に混乱するメイリンの声を振り切り、ムラサメを発進させた。全ては、カミーユの我侭を聞くため。カツが遅れてやって来たのも、ロザミアが駄々を捏ねたのも、彼がガンダムMk-Ⅱに取り付く隙を見出す為だった。

 

 カタパルト・ハッチから飛び出すガンダムMk-Ⅱ、そして少し遅れてムラサメが出る。甲板でレコアと共に迎撃態勢を整えているエマの視界に、その光景が飛び込んできた。

 

「Mk-Ⅱ!? 誰が乗っているの!?」
『どういうこと、エマ中尉!?』

 

 突飛な出来事に驚いていると、ガンダムMk-Ⅱは変形したカツのムラサメの背に着地した。

 

「すみません、エマさん! でも、僕はどうしても行かなければならないんです!」
『まさか――カミーユ!? あなた、自分が何をしているのか分かっているの!?』
「行ってくれ、カツ!」

 

 カミーユはエマの通信を一方的に遮断し、カツに告げる。そのままガンダムMk-Ⅱを乗せたムラサメは加速し、後ろ髪を引くエマの声を振り切った。

 
 

『本当に良かったのか、カミーユ?』
「シンに分かってもらえなかったら、俺が行くしかないだろ」
『強化人間って言ったって――』
「他人に利用されているだけの人を、放って置けるか!」

 

 カミーユの意地だった。例え偽善に思える行為でも、やらなければエクステンデッドが犠牲になるだけだ。次元を超えて連綿と続く悲劇の連鎖を断ち切るには、それを知っている自分が動くしかない。
 カツは、そんなカミーユの心意気が、強化人間に引き摺られる悲しい習性に思えた。ただ、彼もサラをシロッコから引き離そうとした経緯があった。だから、カミーユの行動を咎めなければいけない立場でありつつも、協力をしてしまった。
カミーユの気持ちが、何となく分かるからだ。それは、同じニュータイプとしてのカツなりの気遣いなのかもしれない。

 

「敵はまだ出てきていない」
『こっちの奇襲が上手く行ったんだ!』

 

 J.Pジョーンズはミネルバの襲撃を受け、煙を上げて沈黙してしまっているままだ。恐らく予想外の襲撃に混乱し、迎撃態勢を整えるのに時間が掛かっているのだろう。

 

 そして、そこへ間髪いれずに攻撃を仕掛けるのは、アスランとレイ、シンとルナマリアに分けられた分隊。上空を大きく旋回し、かく乱するように機動した。

 

「敵はこちらの奇襲に焦っている! この攻撃で、出来るだけダメージを与えておくぞ!」

 

 今回は、いつものパターンとは違う。珍しく攻撃を仕掛ける立場にあるのだ。ダーダネルス海峡での戦いで自信を取り戻したアスランは、好況に気分が高揚していた。動きにも、自信から来る鋭さが表れている。

 

「3人とも、左右から挟撃に掛ける! 敵艦の砲撃に的を絞らせるなよ!」
『了解!』

 

 2つのグループは分かれ、J.Pジョーンズを左右から包囲するように散開する。そこへ、ようやく砲撃が開始された。それを掻い潜り、機動したまますれ違いざまにビームを浴びせる。船体に爆発が起こり、煙を上げた。

 

「チッ! ミネルバめ、向こうから仕掛けてくるとはやってくれる! …MS隊の出撃はどうなっている!?」
「今、出ます!」

 

 ネオの苛立ちに呼応する様に、慌ただしく甲板から飛び立つMS隊。しかし、補給艦の護衛部隊としてウインダム10機が増強されているとはいえ、先制攻撃で受けたダメージは思った以上に深刻なものだ。今までと違い、全く不利な状況になってしまっている。
 いくらクルーのミスとはいえ、これはファントム・ペインを預かる彼の責任問題になってくるだろう。特殊部隊として活動しているファントム・ペインには、膨大な資金が投入されているのだ。

 

 そんなネオのストレスなど露知らず、戦闘に向かう兵士というものは、責任面では気楽なものだ。何と言っても、目の前の相手を倒す事だけに集中していればいいのだから。それが、戦いを宿命付けられたエクステンデッドならば尚更だ。
 アウルは、ライラ、カクリコンと共にアスランとレイのグループの迎撃に掛っていた。

 

「ライラ、止めはアビスに任せろ! コイツの火力なら、奴等を纏めて叩き落す事だって出来る!」

 

 息巻くアウル。全身火器のアビスの火力には、絶対の自信を持っていた。

 

『可愛い事を言ってくれるじゃないか? だが、今のあんたじゃまだ頼り甲斐不足だ。こっちには、メガ粒子砲がある。あんたは海の中から牽制をしてくれればいい』
「まだ俺を子ども扱いするのか!? 俺はあんたの役に立ってみせる!」
『そういう気概は、もっといい男になってから見せるんだね。――掛るよ、カクリコン!』

 

 容赦なく浴びせてくるセイバーの砲撃。アムフォルタスとフォルティスを巧みに使い分け、レイのムラサメはかく乱するように機動して砲撃してくる。手数の多い攻撃に、ライラとカクリコンはやむを得ず散開するしかない。

 

「レイ、ムラサメはアビスからの攻撃に備えろ! ダガーの2機は、俺が纏めて相手をする!」
『了解です』

 

 自信漲るアスランの声。レイは命令を了解すると、ムラサメをセイバーの側から離脱させ、海中のアビスに向かってミサイルを発射して牽制を掛けた。海面に着弾したミサイルが水しぶきを上げ、そしてそこからアビスの反撃が襲ってきた。
レイはコントロール・レバーを傾け、ひょいとかわしてみせる。海中からの攻撃であろうとも、空中を自由に飛行できるムラサメの機動力は中々のものだ。簡単には被弾する気がしなかった。

 

「エクステンデッドか……」

 

 性質こそ違えど、レイは彼らに同情を禁じ得ない。自分と同じ様に研究所で生み出され、そして戦いに駆り出されている。レイは自らデュランダルの為に進んで戦っているという自負があるが、果たして彼等にはそういった自負があるのだろうか。
仮の話でしかないが、そういう事を考えると、どうにも手が出し辛い。

 

「お前達は、何の為に戦う? 憎むべき敵も、守るべき人もいるというのか?」

 

 自分に照らし合わせて考える。感情を持って戦えなければ、それは人形が戦っているのと同じだ。機械の様に命令に従って戦っているだけならば、それは既に人ではない。それが、レイの実感だった。
 独り言に、アビスからの返事があるわけが無い。こちらを撃墜しようと攻撃を繰り返してくるだけだ。レイは、そんなアビスを睨み付け、交戦を続ける。

 

 そして、孤立したセイバーをこれ見よがしに集中攻撃するライラとカクリコン。前回の戦いで、彼1人にやられた事を忘れてはいない。

 

「ここで、決着を着けさせてもらう!」

 

 カクリコン機は回り込むように機動してセイバーにビームライフルを連射し、対してライラ機は直線的に機動して間合いを詰めようとしてくる。しかし、アスランはそれをものともしない動きでメガ粒子砲の雨を避け、向かって来るライラ機に向かってビームサーベルを構えた。

 

『この間は、よくもやってくれたね!』
「何度来ても無駄だ!」
『機体の性能で動かされている子供が、ナマをお言いでないよ!』

 

 ビームライフルを連射し、ビームサーベルを引き抜いてバルカンの牽制を掛けるライラ。アスランはメガ粒子砲をかわし、バルカンをフェイズ・シフト装甲で防いでビームサーベルに対応する。ぶつかり合う刃が、光を散らした。

 

『今だ、カクリコン!』
「よぅし――!」

 

 動きを封じられたセイバーに、カクリコンが照準を合わせる。この間の遭遇戦では、パイロットが違っていたとはいえ、セイバーには辛酸を舐めさせられた。あの紅い機体は、葬っておかなければならない危険な敵。

 

「見えているぞ!」
『何!?』

 

 しかし、カクリコン機のビームライフルが火を噴く前に、セイバーがライラ機を蹴り飛ばし、カクリコン機にビームサーベルを投げつけて照準を狂わせる。怯んだところへ襲い掛かるフォルティス・ビームの連続攻撃に、堪らずカクリコンは機体を回避行動に専念させた。

 

「こいつ――マウアー少尉の言っていた動きとはまるで違う!」
『少尉の証言は以前のものだ。今、目の前に居る奴の実力を認識しな!』
「認めたくは無いが――了解!」

 

 微妙な悔しさに、歯を軋ませるカクリコン。彼の苛立ちは、恐らくライラも同じだろう。何がきっかけでセイバーが覚醒したのかは知らないが、それにしても変わり過ぎだ。これまで手を抜かれていたのではないかと疑ってしまうほどに。
 対するアスランは手応え十分。少し前まで悩んでいた事が嘘のようだ。

 

「それも、シンの頑張りに刺激を受けたお陰か――行けるぞ!」

 

 自分がシンを認めていた反面、嫉妬心を抱いていた事も理解している。ただ、その反骨心のお陰で再び自信を持って戦えるということを、最も強く意識していた。

 

 そのシンは、ルナマリアと共にカオスとジェリド、マウアーのスローター・ダガーと交戦していた。初めての空中戦に慣れない彼女をサポートしつつも、シンは冷静に事態に対処していた。
 それも、インド洋でのアスランの動きを思い出していたからだ。あの時はちょうど、今の自分とルナマリアのように、庇う者と庇われる者のタッグである。そういった意味では、あの時のアスランの動きは大いに参考になる。

 

「ルナ、隊長の方は優勢に戦えているんだ、無茶はしなくていい!」

 

 頼り甲斐のあるシンの言葉。もともと思い切りのいい動きに、ルナマリアを庇うという動きが加わった。それは、シンのパイロットとしての成長を意味している。
 しかし、前線初体験のルナマリアは、焦りからか落ち着きが無かった。いつもとは違う状況に、我を忘れているのかもしれない。

 

『でも、敵を落とさなくちゃ、やれないじゃない!』
「焦るな! ここは俺の現場だ! 初心者のルナには、俺の言うことを聞いてもらう!」
『偉ぶって――』
「前に出るんじゃない!」

 

 数的には不利。しかも、ジェリドとマウアーの息の合ったコンビだけならまだしも、カオスが彼等の動きに同調している。前までは、カオスは勝手に動くのが基本だった。しかし、今は厄介な事に連携を覚えたようだ。
 突出するルナマリアのM1アストレイを庇いつつ、ブラスト・シルエット装備で出撃したシンはケルベロスを放って散開させた。
 そんなインパルスからの攻撃を受け、散開させられても歓喜に舌なめずりをする少年が居た。カオスに乗ったスティングだ。

 

「来たな、インパルス! …ジェリド、マウアー! インパルスは俺にやらせろよ? インド洋じゃあ、カオスを痛めつけてくれたんだ、その怨念返しはしておかねぇとよ!」

 

 アウル同様に精神操作を受け、ジェリドを昔からの戦友と思い込まされているスティングは、苦汁を舐めさせられたインパルスの姿を発見して気分が高揚していた。セイバーも腹立たしいが、以前にカオスの腕を切り飛ばされた恨みは深い。

 

『ガンダム同士、雌雄を決しようってのか? 生意気を言うのなら、俺は手を貸してやらんぞ』
「ハッ! 撃ち漏らすものかよ!」

 

 ケルベロスの光をものともせずに、スティングはカオスを突撃させる。ファイア・フライ誘導ミサイルを放ち、ビームライフルで狙撃する。
 ジェリドはそんなはしゃぐスティングの行動に、困ったように首を傾げた。ネオにスティングの事を告げられた時は、ライラだけならまだしも、自分まで子供のお守りをさせられる事になろうとは、予想だにしなかった事だ。
それが今や、精神操作のお陰とはいえ、随分と馴れ馴れしくなったものだ。強化人間の性質については知らされているが、色々な過程を飛ばされた関係なだけにスッキリしない。
 マウアーは、そんなジェリドの心の内が分かっているのだろうか。フォローするように通信を繋げて来た。

 

『ジェリド、スティングは使える。防衛戦なら、敵を確実にしとめるのが先だ』
「アストレイは素人の動きだからな。インパルスを引き離しゃ、俺とマウアーのコンビなら簡単にやれる」
『数はこちらの方が有利だ。メガ粒子砲を使う!』

 

 M1アストレイに向かって、マウアーのスローター・ダガーがビームライフルを撃つ。それをあくせくかわすルナマリアは、強力なビームの威力に翻弄された。掠める粒子の光に、いとも簡単に態勢を崩されると、背後からビームサーベルを持ったジェリド機が襲い掛かってくる。

 

「貰ったぞ!」

 

「やられる!?」

 

 シンはカオスに絡まれ、こちらの援護をする余裕が無い。何とか振り向いてシールドで斬撃を防いだが、ジェリド機のシールドの打突で突き飛ばされてしまった。そこを、マウアーの照準がM1アストレイを捕捉する。
 その時、マウアー機に向かって降り注がれるメガ粒子砲の火線。M1アストレイの撃墜を確信していただけに不意を突かれたマウアーは、何発ものビームを掠め、損傷を受けてしまった。

 

「後続か!」

 

 続けて放たれた、煙の尾を引いて襲い掛かってくるミサイル群をジェリドはかわす。即座にカメラ・モニターが捉えた映像を確認すると、そこにはムラサメに乗ったガンダムMk-Ⅱがこちらにビームライフルを構えていた。
そのままガンダムMk-Ⅱはムラサメから飛び上がると、ジェリドに向かってビームを連射してくる。

 

「Mk-Ⅱ! カミーユか!?」
『ダガーに乗っているのはジェリドか!』

 

 その声を間違えるはずが無い。ずっと追い続けてきた倒すべき宿敵。初めて会ったときから屈辱を味わわされ、幾度と無く彼の前に立ち塞がった。

 

「よくも出てきた、カミーユ!」

 

 しかし、誰よりもカミーユを倒す事を渇望しながらも惨敗を繰り返した。彼のティターンズとしての歴史は、ある意味ではカミーユに狂わされたといってもいい。ただ、だからといって自分に力が無かったなどとは考えたくはない。
それを証明する為にも、もう一度与えられたこの機会を生かし、今度こそカミーユを倒したいと思っていた。

 

「Mk-Ⅱを持ち出したところで!」

 

 ジェリドのスローター・ダガーはバルカンを一斉射し、ビームライフルを連射する。カミーユは空中で動きの鈍くなったガンダムMk-Ⅱの各部バーニア・スラスターを噴かせ、最小限の回避運動でメガ粒子砲を掻い潜った。

 

「シンがカオスの相手をしていて――ジェリドめ、性懲りも無く!」

 

 突っ込んできたスローター・ダガーにビームライフルで反撃する。しかし、ジェリドはそれを回避すると、至近距離からビームライフルを連射した。カミーユは回避しつつ間合いを開けると、バルカン・ポッドで牽制を掛ける。

 

「バーニアが――カツ!」

 

 バーニアのブーストゲージが、レッド・ゾーンに入ろうとしている。カミーユがカツを呼ぶと、ムラサメがやって来た。その背中に乗り、後ろをビームライフルで牽制しながら一旦距離を開けてバーニアの回復を待つ。

 

『カミーユ! Mk-Ⅱの土台になってやってるんだから、感謝しろよ!』
「分かってるよ!」

 

 しつこく追ってくるのはジェリドだ。マウアーも、それに付随してついて来ている。

 

「あと5秒……カオスの方に向かわせてくれ」
『後ろのティターンズはいいのか?』
「シンがエクステンデッドと戦っているんだ。あいつをそのままにさせておくかよ!」

 

 シンはカミーユの言葉に反感を持っていた。そう思う気持ちは分かるし、それを矯正しようなどとは思わない。しかし、それで彼に好きにさせておくわけには行かなかった。
エクステンデッドは、フォウやロザミアの様な強化人間と同じだろう――そう認識しているカミーユに、歯止めは効かない。

 

 カオスと交戦を続けるインパルス。そこへルナマリアも加わり、カオスは苦戦していた。
 カツは溜息をつき、ムラサメを加速させる。今のカミーユは、強化人間という存在に躍起になって盲目になってしまっている。それは彼のトラウマが原因なのだろう。
そして、指摘した所で彼が聞かない人間だというのは分かっているし、自分もそうだった以上、あれこれ言うつもりはない。そうとなれば、ここは彼の気が済むようにしてやらなければならないだろう。仮にエマなら止めようとしただろうが。

 

 カオスは機動兵装ポッドに搭載されている火力をふんだんにばら撒き、後退しつつ応戦している状態だ。シンのブラスト・インパルスの火力に、息の合ったタイミングで攻撃を仕掛けてくるルナマリアのM1アストレイ。
 特に、ルナマリアは空中戦に慣れてきたらしく、遭遇したばかりの頃とは動きの質が変わってきた。砲撃戦に特化したブラスト・インパルスに接近戦を仕掛けようとカオスを向かわせるも、そこへ必ず彼女の横槍が入る。
一度は接触できそうだったものの、M1アストレイのビームサーベルに阻まれたりもした。これでは、スティングは疲れるばかりだ。

 

「こいつ等――この俺がこんな奴らを相手に押されてんのか!?」

 

 ブラスト・インパルスのケルベロスが襲い掛かってくる。M1アストレイのビームサーベルが振り上げられる。カオスのビームライフルが切り刻まれ、慌てて放り投げてファイア・フライ誘導ミサイルで誤魔化す。
 そして、そこへ更なる窮地が襲い掛かる。ガンダムMk-Ⅱを乗せたムラサメが増援に駆けつけてきたのだ。

 

「や、やば…このままだと俺は――!」

 

 経験したことの無い焦りを感じるスティングの額には、粒のように汗が浮かんでいた。これまで、障害となるものは全て己の力で捻じ伏せてきた。研究所でサバイバルに掛けられた時も、襲ってくる敵は全て抹殺した。
勝ち残ったのはエクステンデッドとして優秀な証であり、研究所から出されてファントム・ペインに配属になったのは、実力が認められたからだ。
 それがこんな所で、しかも負けっ放しの相手に追い詰められていることが、スティングの心を大きく揺さぶっていた。自信が疑惑に変わり、己の不信感に繋がる。

 

「こうなりゃ……お前だけでもぉ!」

 

 冷静さを失い、感情的になる。爆発した感情はスティングの心の中で行き場を失い、遂に外へと吐き出された。その捌け口にされた相手――

 

「突っ込んできた!」
『ルナッ!』

 

 スティングはM1アストレイに進路をとり、最後のファイア・フライ誘導ミサイルを射出する。そして機動兵装ポッドからのビームで余計な反撃を受けないように弾幕を張った。

 

『逃げろ、ルナ!』
「――んなこと言ったって!」

 

 カオスの攻撃をかわし、ビームライフルで応戦するルナマリア。それをかわしきれずに被弾し、小爆発を起こすカオス。

 

「落ちるかよ!」

 

 攻撃して逃げるM1アストレイ。スティングの目はそれでも尚、M1アストレイを見据え、MA形態になって更に加速を掛ける。その加速に追いつかれ、ルナマリアはついに最接近を許してしまった。

 

「これで…お前を粉々にしてやるぜ!」

 

 MAに変形し、剥き出しになったカオスのカリドゥスが、至近距離でM1アストレイを捕捉した。これは、絶対にかわせない距離。カリドゥスに光が集中し、淡くM1アストレイを照らした。

 

「ルナァァァッ!」

 

 しかし、その時カオスを衝撃が襲った。思わぬ方向からの揺れに、スティングは顔を歪ませる。

 

「な、何だ!?」
『勝手に死に急ぐな、馬鹿が!』

 

 ジェリドのスローター・ダガーが、カオスを蹴り飛ばしたのだ。そして、そこへ放たれるブラスト・インパルスのケルベロス。ジェリド機はその一撃を受け、左脚部を損失する。

 

「ジェリド!」
『チッ――マウアー!』
『了解』

 

 マウアーのスローター・ダガーがシールドで体当たりし、M1アストレイを突き飛ばす。そして、ブラスト・インパルスに牽制のビームを放って後退させた。

 

『やれるな、ジェリド?』
『カミーユが来ているんだ。この程度でやられるかよ! …スティング!』

 

 もう少しで、スティングは犬死だった。ブラスト・インパルスに狙われている事にも気付けず、一心不乱にM1アストレイを追い詰め、そしてジェリドに助けられた。
 助けられたのは初めてかもしれない。これまで、アウルともステラとも一応の連携を取っていたが、こうして仲間を助けたりする機会は無かった。お互い、どこかで相手を信用し切れて居なくて、自分が一番優秀だと思っていたからだ。
ステラは少し違うかもしれないが、しかし――

 

『聞こえていないのか、スティング!』

 

 呼びかけてくる声。同僚で、女と連携を完璧にこなすちょっといかつい金髪リーゼントの青年の声。その声が、何故か血潮を滾(たぎ)らせる。その感情が何なのか、彼には理解できない。

 

『カオスはまだ出来るんだろうが!』
「あ――あぁ……」
『どうした? 敵はまだ目の前にいるんだぞ! 敵が増えたのなら、こちらがタイミングを合わせなきゃならんだろうが!』
「わ、分かってんよ!」

 

 これが、ライラの言っていた連携をやれということなのだろうか。おぼろげだが、彼にもその意味が見えてきた。不思議と湧き上がってくる感情が、スティングの心に再び闘志の炎を燃え上がらせる。
 一方のジェリドは、ティターンズのエリートとしての意地、そして何度も目の前で仲間を失ってきたという過去の経験が、自然と彼を突き動かしていたのだろう。それは無意識下の出来事で、彼は今の行動を特に意識していなかったようだ。

 

 突き飛ばされたM1アストレイは、インパルスがクッションになって支えられていた。コックピットの中で頭を振り、衝撃でぼやけた意識を取り繕う。

 

『大丈夫か、ルナ?』
「え、えぇ――あれは?」

 

 モニターが捉えた映像が、ガンダムMk-Ⅱとムラサメを映し出す。ガンダムMk-Ⅱはムラサメから飛び上がり、スローター・ダガーの砲撃を潜り抜けてカオスに飛び掛っていた。それを援護する様にムラサメが機動しているが、マウアー機の攻撃に晒され、思うように動けていない。

 

「シン!」
『あぁ、ルナはカツの援護に向かって! 俺はMk-Ⅱの方に向かう!』

 

 どうしてガンダムMk-Ⅱが出てきているのかは分からない。しかし、これでこちらの戦況も有利に働く。数で圧倒してしまえば、カオスは損傷しているし、スローター・ダガーの1機は先程片脚を吹き飛ばしてやった。
これで勝てなければ、いつ勝てるというのか。シンは確信し、絡むように交戦を続ける3機の間に割って入るために、機体を向かわせる。

 

 そして、カオスに絡みつくのはガンダムMk-Ⅱのカミーユ。所謂“G”と呼ばれるガンダム系MSに、エクステンデッドが乗っているのは分かっていた。

 

「カミーユめ…カオスにくっついて、こちらの盾にしようってのか!?」

 

 何とかカオスを巻き込まないようにガンダムMk-Ⅱに砲撃を続けるジェリド。しかし、そんな彼の努力を嘲笑うかのように、ガンダムMk-Ⅱはカオスに組み付いたまま回避し続ける。
 そんなジェリドの攻撃に晒されつつも、カミーユは接触回線でスティングに呼びかけた。ジェリドは食い止めなければならない相手だが、しかし自分の話に聞く耳を持たない彼に構っている場合ではない。まず先に止めなければならないのは、エクステンデッドだ。

 

「お前をそんな風にしたのは誰だ! 自分の意志で強化されたんじゃないんだろ!?」

 

 直感が、そう教えてくれている。カミーユの右脳に閃きがほとばしり、カオスに乗る少年の異常性を察知した。その感覚は、人為的に戦いに駆り立てられている者の苛立ちの様にも感じられる。

 

『余計なお世話だって言ってんだろ! 俺は、ジェリドやマウアーと昔から戦ってきたんだ! テメエのようなヤローに、何が言えんだよ!』

 

 しかし、カミーユの声は届かない。そういう精神操作を施され、スティングの心は偽物の記憶に支配されているからだ。ナマの声では、彼の心に響くわけが無い。

 

「昔からって――それが作られた記憶だって、何で気付かないんだ!」
『そうやって俺を混乱させようってのが、テメエの目論見か! そんなんで、俺が惑わされると思うなよ!』
「よく思い出してみろ! 研究所で何をされてきたか――分かるだろ!」
『――ッたく! ジェリド!』

 

 スティングにはカミーユの声が鬱陶しい。MS形態に変形させ、ガンダムMk-Ⅱを引き離す。態勢を崩したガンダムMk-Ⅱはバランサーで姿勢制御し、すぐに態勢を整えた。

 

「はっ――!」

 

 そこへ、ジェリド機が襲い掛かってきた。ビームサーベルをシールドで受け止めると、ジェリドの声が聞こえてくる。

 

『何をしようってんだ、カミーユ? 貴様のすることなど、俺が全て打ち砕いてやる!』
「邪魔をするな、ジェリド!」
『邪魔をしてきたのは、貴様だろうが!』

 

 ガンダムMk-Ⅱがビームライフルを構えると、ジェリド機はすぐさま離脱する。それを追いかけ、ビームを放ったが、今度は一旦は離れたカオスが切りかかってきた。左のマニピュレーターにビームサーベルを握らせ、対応する。

 

『ハッ! 俺とジェリドの連携から逃げられると思うなよ!』
「そんな事で――!」
『やっちまえ、ジェリド!』

 

「おうよ!」

 

 ジェリドがガンダムMk-Ⅱにビームライフルの照準を合わせる。

 

『させるかよ!』

 

 と、そこへジェリドの行為を阻害してきたのは、またしてもシンのブラスト・インパルス。ケルベロスがジェリドを狙撃し、次いでカオスを狙った。その一撃に回避行動を取り、集まる2機。
 後退したジェリドとスティングを確認し、シンはインパルスのマニピュレーターをガンダムMk-Ⅱに接触させた。

 

『何やってんですか、あなたは!? こんな戦場に出てきて――病み上がりならそれらしくミネルバで待っててくださいよ!』
「お前が話を聞いてくれなかったから、俺がやるしかないだろ!」
『ここは戦場なんです! 勝手な思い込みで乱されちゃ、堪んないんですよ!』
「迷惑は掛けない!」
『お、おい――!』

 

 ブラスト・インパルスを振り切って、ムラサメの背に乗る。そして、今度はJ.Pジョーンズに進路を向けた。それを追いかけるジェリド、マウアー、スティング。

 

「ったく、勝手なことを――ルナ!」
『行けるわ!』

 

 カミーユの暴走に振り回され、シンは仕方なく追いかけるしかない。絡んできたウインダムを撃墜し、加速を掛ける。

 
 

「敵の攻撃が、予想以上に激しいようですな」
「冷静に言ってくれる。しかし――」

 

 J.Pジョーンズ・ブリッジ、ネオはイアンの隣で首筋を掻き、立ち上がった。

 

「これ以上はやらせられんな。ガンダムMk-Ⅱはジブリールの肝いりだが、この艦が落とされては元も子もない。私も出る」
「了解しました」
「万が一の場合には、分かっているな?」

 

 ネオの言葉にイアンが頷くと、ブリッジを後にして格納庫に向かっていった。

 

「ミネルバの戦力は天井知らずか?」

 

 残されたイアン。ファントム・ペインが危機的状況に陥りつつあるというのに、全く動揺を表に出さない。背筋を伸ばして艦長席に座る彼の姿勢は、いつもと変わらないが、しかし心の内に焦りが無いわけではなかった。

 

「敵機、こちらに向かって来ます!」
「ウインダムに防御させろ。大佐の発進準備が整うまで、弾幕を絶やすな」

 

 ガンダムMk-Ⅱとムラサメの接近を察知し、なけなしの砲門が迎撃する。それをひらりひらりとかわされ、ビームライフルで甲板を攻撃された。艦全体が大きく揺れ、ウインダムに乗り込む寸前のネオはコックピットから落とされそうになった。何とか枠にしがみ付き、堪える。

 

「チィッ! ステラの回復がまだとはいえ、こうまで奴等の好きにさせるなど――整備班! 私の機体を出すぞ! スクランブルだ!」

 

 軽やかにコックピットに潜り込むと、ネオはすぐさまウインダムを発進させた。

 

 ムラサメに乗って空を翔るガンダムMk-Ⅱは、ビームの着弾を確認すると、ビームライフルのカートリッジを交換してエネルギーを回復させる。そして、後方から迫ってくるジェリド達に向けて牽制のビームを放った後、J.Pジョーンズに降り立った。

 

「カミーユめ…今度はJ.Pジョーンズを盾にしようってのか?」

 

 歯噛みするジェリド。マウアーもスティングも、手出し出来ずに手を拱いているしかない。

 

『インパルスが追いついてきた、ジェリド!』
「厄介な事になってきたぁッ!」

 

 惜しみつつ、振り向いて応戦する。ガンダムMk-Ⅱを載せてきたムラサメもインパルスとM1アストレイに合流し、再び交戦が始まった。

 
 

 甲板に降り立ったカミーユは周囲を見回し、悪意を探った。エクステンデッドを利用し、他人を意のままに操ろうとする人間には、シロッコと同様の悪意が混ざっているはずだ。カミーユには、そういう感覚を直感で探し出す能力が備わっている。

 

「のうのうとこの戦闘を眺めている奴が、ここに居るはずだ――ブリッジか!」

 

 ビームライフルをJ.Pジョーンズのブリッジに突きつける。すると、その時――

 

『やらせん!』

 

 突然現れる紫のウインダム。ビームサーベルを振りかざし、襲い掛かってきた。

 

「コイツが――!」

 

 間一髪で身を仰け反らせてかわし、バーニア全開で飛び上がる。バルカン・ポッドで牽制し、追撃しようとしたウインダムをJ.Pジョーンズの甲板に張り付かせた。
 カミーユの視線が、襲ってきたウインダムに貼り付けにされた。そのウインダムは明らかに専用機で、威風堂々とした佇まいと紫のカラーリングは隊長機の証だろう。
そして、今まで姿を現さなかったのは、それに乗っている男がエクステンデッド達を操っている元凶だからだ。そう確信した。しかし――

 

「けど、これは……」

 

 直感が鈍っているのか、そのウインダムからは元凶と呼べるほどの悪意を感じられなかった。寧ろ、現状に置かれている自らの不幸に抗おうとする、もう一つの意識があるように不安定なものに感じられた。
 それが何かの間違いなのか、カミーユにはそこまでは分からなかった。

 

 J.Pジョーンズを見下ろしていると、飛び上がって攻撃を仕掛けてくるウインダム。母艦を守ろうと必死になったネオの動きは、凄まじいものがあった。猛攻に晒され、苦戦を強いられるカミーユ。

 

『私の母艦はやらせんぞ! これには、ステラがまだ乗っているのだ!』
「ステラ――ガイアのエクステンデッド!」
『シロッコの造ったMk-Ⅱ如きが! 私をやれると思うなよ!』

 

 ネオのウインダムにも装備されている、ミノフスキー粒子加速器つきのビームライフルが火を噴く。必死にバーニアで機動を試みるが、かわしきれるほど曖昧な照準ではない。熟練したパイロットの正確な射撃が、ガンダムMk-Ⅱを襲う。

 

「くっ――!」

 

 避けきれないビームをシールドで受け止め、しかし2発、3発と受けたところで粉々に砕けた。気迫に押され、慌ててビームサーベルを引き抜く。

 

『沈めえええぇぇぇッ!』
「沈めるかぁッ!」

 

 ショルダー・アーマーを掠めるも、何とか回避するガンダムMk-Ⅱ。それを見て、ネオは驚愕していた。まるで、こちらが何処を狙っているか分かっているかのように正確な回避運動で、ガンダムMk-Ⅱは機動して見せたのだ。

 

「やつめ…特殊なコーディネイターだとでも言うのか?」

 

 空中では、圧倒的に機動性の落ちるはずであるガンダムMk-Ⅱを、あれ程までに鮮やかに操って見せるのは、乗っているパイロットが特別な証。その特異性をまざまざと見せ付けられ、焦らないはずが無い。

 

「しかし!」

 

 機体の性能が変わったわけではない。ガンダムMk-Ⅱが空中に逃れてくれたのなら、ネオのウインダムが機動性で上回る現実に変わりはないのだ。
 これなら、勝てる――そう思った時、頭を刺激する何かが駆け巡った。

 

「この感覚は――!」

 

 ガンダムMk-Ⅱを追撃しようとビームライフルを構えた時、不意に別方向からのミサイルが飛んで来た。それをひらりとかわし、射線の方向に視線を向ける。
 そこからやってくるのは、ガンダムMk-Ⅱを乗せてきたのとは別のムラサメ。

 

「私を追ってきたミネルバの白いザクか!」

 

 アーモリー・ワンで3機の新型Gを奪取した時、追いかけてきたミネルバのMSの中に特殊な刺激を受ける相手がいた。それが、白いザク・ファントムに乗ったレイだった。

 

「あれに乗っているのは、MAに乗っていた指揮官か?」

 

 一方のレイも、ネオの存在を認識していた。どこか懐かしいような、しかし知らない感覚。それが不愉快で、苛立ちを覚えたのを忘れていない。

 

「ラウ……? いや、違う。こんな感覚がラウであるはずが無い!」

 

 ムラサメはウインダムに進路を向けたまま、ロール回転しながらミサイルとビームを浴びせる。

 

「Mk-Ⅱ、誰が乗っている?」
『済まない、勝手に出させてもらった』
「あなたは…カミーユ=ビダン?」

 

 ウインダムの反撃のビームが襲う。それを加速で振り切ると、変形を解いて一気に間合いを詰める。ビームサーベルを取り出し、振りかぶった。

 

『よぉ、誰だか知らないが、元気だったか?』
「馴れ馴れしい口の利き方を!」

 

 ビームサーベルを振り下ろすと、ウインダムは軽やかに機体を半身にさせてかわしてみせた。そして、ガンダムMk-Ⅱから放たれるビームもかわし、間合いをとる。

 

「大立ち回りを演じて見せたいが――アウルか!」

 

 海面から飛び出してくるアビス。バラエーナとカリドゥスの一斉射で追撃してくるガンダムMk-Ⅱとムラサメを攻撃した。

 

「セイバーの相手はいいのか?」
『ライラが、ネオのお守りをしてやれってよ。それに、俺が任されていたムラサメはこっちに来ちまったからな。ついでみたいなもんだよ!』
「助かる」
『けど、J.Pジョーンズはもう駄目なんじゃねーのか? 煙の量が普通じゃねーぜ』
「冗談言うな。あれを守らなければ、私は大目玉をくらうんだぞ?」
『それが、ネオのお仕事だろ、ってね!』

 

 頼もしいアビスの火力。水中戦に特化しているが、重火力のそれは苦境を感じさせない威力を誇っている。ザフトの造ったMSにしては傑作だとネオは思った。

 

「アウルはJ.Pジョーンズと共に弾幕を張り続けろ。私は、あのムラサメを仕留める!」
『何でムラサメなんだ? 狙うなら、Mk-Ⅱとかって奴だろ』
「不思議な因縁を感じる相手でな…私が嫌いなんだよ!」

 

 ウインダムをムラサメへ接近させる。アビスネオが行ったとおりにはJ.Pジョーンズの甲板に陣取り、ガンダムMk-Ⅱを牽制し続けた。
 その動きに、レイは一つ舌打ちをした。折角の好機であっても、これでは容易にJ.Pジョーンズを沈める事が出来そうもない。指揮官機の命令に従っているのだろうが、そうであれば小癪なのは目の前のウインダムだ。

 

「もう少しで敵艦を落とせそうだが、アビスめ……!」
『よくここまで私達を追い詰めてくれた…と言いたい所だがな!』
「指揮官機――こちらを狙ってきたか!」

 

 メガ粒子砲の暴力的な威力。しかし、レイはカクリコンとの戦いでその性質を体験済みだ。特別な名前を持っていようが、所詮は普通のビームライフルと変わりない。かわし続ける限り、威力には目を瞑ることが出来る。それだけの自信が、レイにはあった。
 その一方で、レイを不思議な感覚が包んでいた。

 

「感覚が呼んでいる……あの指揮官は何だと言うのだ?」

 

 記憶の中に残る感覚。知らないはずなのに知っているような煩わしい感覚。相手は声だけ聞いたことのある、顔も知らない男。その男が、どうして自分と繋がるような感覚を持っているのか。

 

「ムラサメのパイロット……この不愉快さは、異常だ……」

 

 レイの意識した感覚と同じ思いを受け取るのはネオも同じだった。抜け落ちた記憶の片隅に、誰かの邪悪を思い出す。とてつもなく陰湿で、歯止めの効かない怨念。似たような感覚を、相手に感じる。しかし、誰なのかを思い出せない。

 

 お互いが感じる感覚。頭の中に浮かび上がる、靄(もや)が掛かって判別の出来ない表情。

 

『聞かせてもらおうか、お前が誰なのかを!』
「こちらが聞きたいな!」

 

 ビームサーベルが交錯し、明滅するコックピットの中。接近すると、その感覚がより強く伝わってくる。シンクロしているというのか、互いの動きが分かるようだ。それは、先程のカミーユの動きとは質の違う、もっと親近感的な感覚。

 

「これは――!」
『私達はお互いを知っている――!』

 

 もし、これが偶然だったなら、こんなに奇妙な事は無い。お互いが間合いを離し、同時にビームライフルを構えて、撃つ。それも、全てのビームがお互いを掠めるほどの正確さで撃ち続けているのだ。一挙手一投足が、気持ち悪い位に似ている。

 

『気味の悪いやつめ!』
「お互い様だ!」

 

 ネオ=ロアノークとしてやってきた自分の記憶には絶対の自信を持っている。何故なら、そういう記憶が確固として頭の中にあるからだ。
 しかし、ムラサメの少年の声には何故か聞き覚えがある。知らない筈なのに、過去にその声に酷く悩まされたような気がするのだ。

 

「私の記憶の中にいるお前は――」

 

 考えたくない事が、頭の中を過ぎった。これまで、スティング達エクステンデッドの精神操作はしてきた。しかし、それがもし自分の身にも起こっていた事だとしたら――

 

「だとしたら、“ネオ=ロアノーク”という人物は――」

 

 誰かに作り上げられた虚像。認めたくない感情が、混乱を呼び寄せる。震える声で呟き、戦慄する。やがて、激しい頭痛が襲ってきた。
 レイの目にもハッキリと分かる。ネオの動きが極端に鈍くなった。

 

「動揺した…何故だ? しかし――!」

 

 又とないチャンス。苦しめられてきたファントム・ペインの指揮官を、この場で撃墜する事が出来るのだ。
 レイは冷静にネオの動きを見定める。何故なのか分からないが、ネオの苦悩する感情が彼にも伝わってきた。それに自らの思考を重ね合わせ、ビームライフルを構える。

 

「そこだッ!」

 

 無我夢中に動くウインダムの軌道を見切り、発射されるビーム。致命傷こそ与えられなかったが、レイの放ったビームはウインダムの頭部と右腕部を破壊した。

 

『うおおおぉぉぉぉ――ッ!?』

 

 ウインダムは、ネオの咆哮と共に海面に墜落していく。そして、大きな水飛沫と共にその姿を消した。

 
 

「た、大佐!?」

 

 J.Pジョーンズのブリッジからその光景を目の当たりにし、珍しくイアンが動揺を表に出した。立ち上がって目を見開いている。

 

「くっ…戦況はどうなっている!」

 

 腕を薙ぎ払い、怒鳴り声を上げる。普段感情を表に出さない男が、息巻いている。

 

「ダガー小隊、G小隊共に交戦中! どこもやや劣勢です!」
「ミネルバから戻ってきたウインダムよりミノフスキー通信で入電! 前に出てきたミネルバがこちらに向けて陽電子砲を構えているとの事です!」

 

「止めを刺すつもりか…しかし、前に出てきたのなら――」

 

 ネオには、最初からこうなる事が分かっていたのかもしれない。奇襲を受けた時点で、ファントム・ペインの敗北を予感していたとイアンは推測する。しかし、指揮官たるもの、そういう不吉な事は口にしてはならない。
だからこそ、出撃前に自分に念を押したのだろう。万が一の事が起こった時に、ファントム・ペインの後を任せるという意味で。

 

 数箇所から黒煙を立ち昇らせ、J.Pジョーンズは満身創痍だ。ミネルバのタリアにも、J.Pジョーンズのクルー達が慌てて消火活動を行っている光景が目に浮かぶ。そして、恐らく自力で航行するのが精一杯の状態だろう。
このチャンスを、逃すわけには行かない。相手は既に虫の息で、カミーユの出撃というトラブルもあったが、敵MSもこちらのMS隊が押さえ込んでいる状態だ。止めを刺すなら今しかない。

 

 ミネルバの甲板で、周囲を飛ぶウインダムからミネルバを防御しているエマとレコアの目にも、ファントム・ペインの終焉が近付いているのが分かった。だからこそ、タリアはミネルバを前に出してタンホイザーで止めを刺そうというのだろう。
ミノフスキー粒子の影響で、正確にタンホイザーを命中させるには、艦を前に出さなければ決定的なダメージを与える事が出来ない。

 

「これで、終わるというの?」

 

 エマにはいまいち確信が持てない。これまで戦ってきたファントム・ペインは、しつこいくらい手強い相手だった。ジェリド、マウアー、カクリコン、ライラに加え、エクステンデッドの3人も居るのだ。それが、奇襲が成功したとはいえ、こうも簡単に決着がつくものだろうか。
 カメラの最大望遠で捉えるJ.Pジョーンズは、黒煙を上げて沈黙してしまっている。その周囲を、飛び交うMS達の戦いの光が彩っていた。あの中に、カミーユも居るのだろう。

 

 そして、ついにウインダムからの攻撃が止み、タンホイザーの砲身がチャージを始める。敵は諦めたのだろうか。それでも何故か、エマの胸騒ぎが止まらない。

 

「あれは――?」

 

 タンホイザーのチャージが終わろうとした頃、カメラが捉えるJ.Pジョーンズから、損傷の煙とは別の煙が上がった。それは幾筋もの尾をなびかせ、ミネルバに向かって来る。J.Pジョーンズが最後の力を振り絞って放ったミサイルだ。

 

『エマ中尉!』
「分かっています! ガナー・ザクの長距離砲なら――!」

 

 ファントム・ペイン最後の抵抗であるミサイルに照準を合わせ、エマはオルトロスのトリガーを引く。エマの放った複相ビームは見事にミサイルを破壊したが、しかし撃ち漏らした数発が尚も向かって来る。

 

「クッ――!」

 

 レコアが慌ててビームを撃つが、的が小さいだけに当らない。慌てたミネルバのイーゲルシュテルンが迎撃して、ようやく撃ち落す事が出来た。
 しかし、打ち砕いたミサイルの破片が、煌いている。それは礫(つぶて)となり、ミネルバに降り注いできた。

 

「な、何!?」

 

 礫はミネルバの装甲を突き破り、エマのザク・ウォーリアにも被害を与えた。そのダメージで駆動系を損傷したのか、動けなくなる。一方で、チャージ中だったタンホイザーが小爆発を起こしていた。先程の礫にやられ、爆発を起こそうというのだ。
 爆発を起こそうというタンホイザーの近くでうずくまるザク・ウォーリアは、身動きが取れない。エマは危険を感じ、恐怖した。

 

「こ、このままじゃ――!」

 

 ついに爆発をしようかというタンホイザー。しかしその時、レコアのザク・ファントムが跪くエマのザク・ウォーリアに覆い被さってきた。

 

「レ、レコア…何を!?」

 

 大爆発を起こすタンホイザー。モニターにはそれから守るように覆い被さるザク・ファントムと爆発の炎の色。激しい衝撃が襲い、コックピットの中で揺さぶられるエマの意識が遠のいていく。

 

<罪滅ぼしだと思われなくてもいい――でも、あたしにはこうするしか他に無いのよ……>

 

 消え行く意識の中、レコアの声が聞こえたような気がした。