ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第27話後編

Last-modified: 2008-05-25 (日) 13:18:32

『闇夜に立つ』後編

 
 

 黄色の円盤を先頭に飛来するファントム・ペインのMS部隊。ミネルバ側も彼らの接近に気付いているようで、灯りも殆ど消えていた。月の灯りも期待できないこの暗闇では、視認は困難だろう。出撃したと思われるMS隊のバーニアの光だけが、存在を示している。
ブランは舌なめずりをし、カクリコンに照明弾の発射を合図した。
 パァンという乾いた音と共に強烈な光が一帯を照らし出す。すると、視線の先にJ.Pジョーンズと同じように接岸するミネルバとアークエンジェルの姿が浮かび上がった。それと同時にイーゲル・シュテルンやゴット・フリートなどの弾幕で迎撃してくる。

 

「フン、やられているのはJ.Pジョーンズだけではないようだな!」

 

 両艦とも満身創痍と呼ぶに相応しい程の損傷を受けているのが分かる。ジブラルタル基地が近いのにこんな所でのんびりしているのは、きっとまともに航行するのも難しい状態だからだろう。
ミネルバは見た目どおりにボロボロ、アークエンジェルも“足”の先端が焼け焦げている。相手もMS部隊に頼るしかないはずだ。

 

「ライラ大尉が苦戦したという隊長機はあれか?」

 

 存在を誇示するように真紅の機体を見せびらかすMSが居た。明らかに他のMSとは違い、スムーズにこちらの攻撃をすり抜けてくる。

 

『ブラン少佐、そいつは――』
「この俺に任せておけばいい。こいつは、俺がもらったぁッ!」

 

 アッシマーの変形を解き、大型ビームライフルでセイバーを狙撃する。それをひょいとかわして見せたその動きは見事だ。無駄が無く、さらに的確な狙いで反撃してきた。ブランはアッシマーを横滑りさせるように機動させて軽々とかわす。

 

「さすがにやるな? …ライラ大尉、セイバーは引き受けた。貴様達は他の面子を相手にしろ」
『了解』
「さて…この俺の目を誤魔化せるかな?」

 

 同じ可変型のMS同士。使い勝手ではセイバーの方が上だろうが、アッシマーは核融合炉搭載という地力の優勢さがある。パワーで勝っていれば、セイバーの火器が如何に多かろうが、それはブランとって問題ではない。
 対するアスランもそれが分かっているのか、カツからのアッシマーだという報告を聞いて、いよいよ遭遇した核融合炉搭載型MSに戦々恐々としていた。違うMSとはいえ、キラのフリーダムはアッシマーと同じ核融合炉搭載型MSに敗れたのだ。

 

「ビームライフルの威力が全く違う……!」

 

 ミノフスキー粒子を粒子加速器で熱線として飛ばす方式のビームライフルの威力は、それまでのバッテリー動力からのエネルギー供給で発射していたビームの威力とは一線を画する。
シールドで簡単に防げていた今までのビームとは違い、掠っただけでも溶かされる。それは、前回の戦いでもスローター・ダガーが持っていた最新型のビームライフルにも言えた事だ。それを、核融合炉搭載型が持っている。脅威に感じないわけが無かった。
 アスランはフォルティス砲を左小脇に抱えさせ、ビームライフルと併用して散射する。アッシマーの弱点である、MS状態での自由飛行不可を突いて、何もさせないつもりだ。
 しかし、アッシマーはMA形態になっても、こちらに向かってビームを撃ってきた。極端に射角の狭くなるMA形態でありながら、セイバーの砲撃を軽やかにすり抜け、ビームライフルを向けてくるのである。
 ただ、マウアーやライラ等の腕前を思えば、この位の芸当は出来て当たり前なのかもしれない。認識の甘さに一つ舌打ちをし、接近して変形を解いたアッシマーに向かってビームサーベルを振り上げた。
相手の武器はビームライフル一丁のみという、何とも漢(おとこ)らしい装備。こちらの仕掛ける格闘戦には対応できないはずだ。

 

「この距離では何も出来まい!」
『フンッ! MSに手足があるのは何故だと思う?』
「何ッ!?」

 

 アッシマーはハイ・キックでセイバーの保持するビームサーベルを蹴り上げ、続けて左フックで頭部を殴りつける。更に叩きつけられた右のボディー・ブローで、セイバーの姿勢がくの字に折れる。

 

「く…は……ッ!」

 

 揺れるコックピットで必死にコントロール・レバーを握るアスラン。格闘武器を持たないアッシマーが格闘技紛いの動きをしてくるなど、考えが及ばなかった。これも、認識の甘さだというのか。

 

『フェイズ・シフトとか言うやつか。ダメージが無いようだが――』

 

 間髪入れずに構えるビームライフル。アスランはそれに気付き、側等蹴りを放った。今度はアッシマーの機体がくの字に折れ、ブランは即座に変形させて接近レンジから離脱する。

 

「見た目に騙されていた――あのMSはビームライフルしか持っていないんじゃなくて、ビームライフルしか必要ないんだ……!」

 

 何故アッシマーというMSが核融合炉を搭載していながらも武装がシンプルなのかが分かった気がする。あれ以上の武装を付加する必要が無いからだ。性能の高いMS程、武装はシンプルになっていく。それは、それだけで十分だからという意味だ。
アッシマーは、それを体現していると言ってもいいMSなのだろう。キラの話していたジ・OというMSも、そういうMSだったらしい。
 それならば、その性能の差を埋めるためにも、こちらは豊富な火器をふんだんに使用し、対抗するしかない。

 

「こんなのが大量に出てくれば、確かに溜まったものじゃないな――!」

 

 キラの言葉の意味がやっと理解できた。相手は、こちらの知っている技術の数年先を行っている。そう思えばこそ、ガンダムMk-Ⅱだけでも先にジブラルタル基地に向かわせたのは大いに正解であったと思う。
 次世代機の開発がザフトでも進んでいるというが、目の前のアッシマーのようなMSとまともに戦うためには、一刻も早い完成が望まれる。その時を迎えるためにも、アスランは向かってくるアッシマーに抗う。

 
 

 激しく揺れるアークエンジェル。装甲にダメージを負っているミネルバの盾になる為に船体を前面に出しているが、如何せん敵のMS部隊の数に対してこちら側のMSの数が少なすぎる。
ラミネート装甲の排熱処理でも追いつかないメガ粒子砲の威力が、徐々にアークエンジェルを苦しめていっていた。ブリッジでは、いつ落とされるやも知れないと気が気ではない。
 怪我の治りきっていないキラはブリッジでその様子を見ていたが、これ以上は黙っていられない。しかし、振り返ってブリッジを飛び出そうとした時、サイに呼び止められた。

 

「何処行くんだ、キラ!?」
「デッキにはアストレイがあるんだ! この状況を黙ってみてられないよ!」
「でも、お前…そんなんじゃ!」
「何もしないまま死ねるもんか!」

 

 サイの制止を振り切り、キラは駆け出した。ラミアスもその様子に気付き、手を伸ばしかけたが、敵の攻撃の激しさに憚られてしまった。

 

「キラ……」
「サイ! 余所見をするな!」
「は、はいッ!」

 

 キラが気になって仕方ないといった様子のサイ。チャンドラに叱咤されて、慌てて計器に目を戻す。

 

「出てもらうしかないだろ! 相手はこの間の俺たちの奇襲の報復にやって来たって連中だ! 数が足りないのなら、MSを動かせるキラにだって頑張って貰う!」

 

 チャンドラの言うことも尤もだと思う。実際に、フリーダムが健在であったならば彼の出撃には何も心配する事がなかっただろう。それだけの腕前を持っているし、ジ・Oに敗れたとはいえ、それ以外に彼が負けることなど考えられない。
 しかし、彼は治りかけとはいえ怪我人である。そして、彼の性格が心配だった。こういうピンチの時ほど、彼は無茶をするのだ。

 

「俺は――」
「気持ちは分かるが、キラに任せるしかないんだよ。そうでなければ、俺たちが死ぬ」
「フレイの時にあいつは――」

 

 当時、無敵たらしめたフリーダムを、半壊させてしまった過去がある。その原因は、連れ去られていったフレイ。あの時も、何とかして彼女を連れ戻そうと、躍起になって追っていた所を狙われた。キラには、そういった自己を見失うような優しさがある。
 そのとき、ミリアリアのところにキラからの発進スタンバイの通信が入ってきた。インカムに手を当て、激励の言葉を掛ける。そしてその後にインカムを外し、サイに差し出した。

 

「サイ、何かキラに言うことは?」
「え……?」

 

 促されるままにインカムを手渡され、それを耳に当ててマイクを口元に当てる。

 

『サイ……』
「…キラ、無茶はするなよ。お前はいつも――」

 

「早く出せ! 敵は待っちゃくれないんだぞ!」
『は、はい! M1アストレイ、出ます!』

 

 チャンドラに急かされ、キラは慌ててM1アストレイを出撃させる。そんなチャンドラを、恨めしそうに横目で睨み付けるサイ。それを気に掛けることなく、チャンドラはモニターを凝視したままでサイに言う。

 

「この艦に乗っているのがお前1人だけならいい。だが、アークエンジェルは俺達の運命共同体なんだ。ミネルバが戦力ダウンしているなら、こちらからもキラを出さなくちゃならない。割り切れ、サイ」
「分かってます……でも、あいつは俺達を助けるためには死をも恐れない奴ですよ? そういう奴に、激励の言葉を掛けるくらいのことはしてもいいじゃないですか……」
「生き残る事が前提だ。後で褒めてやりゃあいい」

 
 

 飛び出したM1アストレイ。スローター・ダガー4機とG2機との攻防の中に割り込んで行く。キラは忙(せわ)しなくOSの書き換え作業を戦闘と平行して行っていた。

 

「ルナマリアって子が使ってたから、レコアさんが使ってたよりは僕に合っているけど――」

 

 気付いたジェリド、マウアーのスローター・ダガーと、カオスが襲い掛かってくる。

 

「まだ甘い!」

 

 集中砲火を受け、キラはM1アストレイを回避行動に専念させる。
 キラの反応速度は、常人を遥かに上回る。例え同じコーディネイター用のセッティングでも、キラにしてみればレスポンスの悪さが気になって仕方ない。かつて、ストライクのOSを書き換えたときも、その異常なセッティングに誰もが度肝を抜かされたものだ。
 キラは横目で敵機を確認しつつ、回避行動を続ける。それを追うように3機からの砲撃がとんでくるが、それを海面に近い位置で鮮やかにかわしつつ、キラはOSの書き換えを急ぐ。いくらM1アストレイでも、セッティングさえバッチリ合えば何とか戦える筈である。
その機を伺いつつ、砲撃で上がった水飛沫(しぶき)の中に身を隠して逃げ続けた。
 そんなキラの思惑など知らないジェリドは、怪訝に思っていた。あれでは、まるで自分1人だけ逃げ出す為に出てきたようなものだ。こちらの攻撃を全てかわしたことから、かなりの腕前の持ち主だと分かるが、それだけでは納得できない。

 

「何だ、あのアストレイは? 前回のような素人が乗っているんじゃないのか?」

 

 奇妙な動きのM1アストレイ。並ではない機動をするくせに、交戦の意思がまるで見えない。悪意を感じるとか、そういった感覚的な意味合いではなく、動きがそう見える。

 

『臆病者が! ジェリド、あいつは無視して戦艦のほうをやろうぜ!』

 

 スティングの苛々混じりの嘆息。彼の気持ちも分からんでもない気がした。インパルスとムラサメの2機はライラ達が相手をしている。目の前のM1アストレイが逃げる素振りを見せているのなら、その方が得策だと感じた。しかし、それだけだろうか。

 

『待て、スティング』

 

 その時、マウアーが通信回線を開いてくる。ジェリドと同じ懸念を抱いたからなのか、スティングに制止を掛けた。

 

『ジェリド中尉、ここから逃げるのなら、アストレイはジブラルタルへ向かうと考えるますが、どう思います?』

 

 その通りだと感じた。マウアーの言うように、相手は戦況が不利と感じ、M1アストレイをジブラルタル基地への使いに出したのではないだろうか。距離的には、MS単独でも辿り着ける位置だ。
一縷(いちる)の望みという奴かもしれないが、例えミネルバとアークエンジェルがやられてもファントム・ペインをそのままにしないという意思表示だとジェリドは捉える。

 

「そうかもしれんな……よし、俺がアストレイを追う! マウアーとスティングは邪魔なアークエンジェルに仕掛けろ!」
『了解』
『1人で大丈夫か、ジェリド?』
「アークエンジェルを落としてから言え!」

 

 二手に別れ、マウアーとスティングがアークエンジェルに向かう。ジェリドのスローター・ダガーだけがキラのM1アストレイに食らい付き、攻撃を仕掛けてくる。その様子に気付いたキラは、しまったとばかりに振り返った。

 

「まずい! 引き付ける事ができなかった!」

 

 慌ててビームライフルを構え、アークエンジェルへ向かう2機の背後から砲撃を加える。後ろからの砲撃に気付いた2機は立ち止まり、ジェリド機は接近戦を挑んできた。
 キラはカメラ・モニターを睨みながらも、尚も続けているOSの書き換え作業のピッチを上げる。高速でしなやかにキーボードの上で踊る指先は、もはや適当に叩いているようにしか見えないほどの速度で次々とM1アストレイのOSを書き換えて行く。
 正面からビームサーベルを振りかぶってくるスローター・ダガー。キラはそれをシールドで跳ね除け、バルカンで脅しを掛ける。

 

「チッ! こいつは一体何をしようってんだ!?」

 

 苛立つジェリド。キラの意図が見えないだけに、その行動に憤りを感じた。

 

「あと少し――」

 

 一方のキラは書き換えの最終段階に入った。キラの要求する反応速度にも、M1アストレイが応えられるようになってきている。完了まであと少し、それまではアークエンジェルに向かう2機も足止めしておかなければならない。
眼前のジェリド機を無視して、マウアーとスティングに対して砲撃を続ける。

 

「逃げようとしていた奴が、アークエンジェルに向かうマウアー達を狙うのか? 我侭なやつめ! そんなに死にたいのなら、直ぐに片付けてやる! マウアー、スティング、先にこいつをやるぞ!」

 

 誘いに乗ってくれた。キラがしつこく2機を狙ったおかげで、痺れを切らせたジェリドが2機を呼び戻す。そして、OSの書き換えもほぼ終了目前だ。後は、もうほんの少しだけ時間を稼げれば、それでいい。
 ジェリド機がビームライフルを構える。キラはビームサーベルを引き抜き、それを勢いよく海面に叩き付けた。ビームサーベルの干渉で水蒸気爆発が起き、凄まじい水飛沫が上がった。

 

「何だと、こいつ!?」

 

 ジェリドは水柱に覆われたM1アストレイを見つける事ができない。派手に飛び散る海の泡に、夜の闇が加わって視界を曇らせる。レーダーの反応はまだそこにあるが、何をしているのか。

 

『どうする、ジェリド?』
「舐めた真似してくれやがって! 取り囲んで針の莚(むしろ)にしてやれ!」

 

 3機が水柱を囲い、レーダーの反応に向かって集中砲火を掛ける。多方向からの攻撃なら、水柱の中にいるM1アストレイにもこちらの攻撃が見えていないはずだ。
 ジェリドがスローター・ダガーを流しながら砲撃を加え、水柱に近づいたその時――

 

「――できた!」

 

「なッ!?」

 

 何事も無かったかのようにヌゥッと飛び出してくるM1アストレイ。水柱の中から水滴を汗のように流しながら、デュアル・アイが煌く。不意を突かれたジェリドであったが、キラの放ったビームライフルの光は何とか回避した。しかし、バランスを崩して高度を落としてしまう。

 

「仕留め損ねた…他の2機は!?」

 

 M1アストレイに気付いてくれている。突如交戦の意思を見せたキラに、やや戸惑いがあるようだ。こっちは唯単にOSの書き換えの為に逃げていただけなのだが、それが功を奏したらしい。続けてマウアー機に襲い掛かる。

 

『こいつの動き…鋭い!』
「あなた達の好きにはさせません!」

 

 マウアー機からとんでくるのはメガ粒子砲の火線。正直、ジ・Oから受けたビームライフルを思い出して身震いしたが、キラはそれをものともせずに回避しつつ接近する。バルカンでけん制を掛け、ビームサーベルを引き抜いた。そして、そのまま水平斬りで胴体部を狙う。
しかし、キラの攻撃は巧くバックへスウェーしたマウアーの反射的な動きに、寸でのところでかわされてしまった。

 

「また外れた! …この人達、強い!」

 

 シロッコ程ではないが、MSの扱いの巧い人達だと思う。…と言うよりも、MSに慣れていると言った方が的確なのかもしれない。キラの戦ってきた敵と比べ、格段に空間把握能力が高い。言うなれば、間合いの取り方が絶妙なのだ。だから、キラの攻撃が外れた。
OSが最適化されていないとか、そういう問題ではなく、純粋に相手の技量の高さがキラの予測を上回っているということになる。しかし、シロッコと戦いを繰り広げた結果、最早その程度でキラは驚かなくなっていた。
恐らく、フリーダムに乗っていたとしても同じ結果になっただろう。

 

『逃げたりやる気になったり、テメェは一体何がしてぇんだよ!』

 

 マウアー機からの砲撃をかわし、続けざまに襲い掛かってきたカオスを睨む。カミーユに因れば、このMSにはエクステンデッドが乗っているはず。彼等が自らの意思で戦っているわけではないと聞かされていた。
 動きはジェリドやマウアーに比べれば若干見劣りする。しかし、そのタフな肉体と好戦的に仕立て上げられた気概は、技量を補って驚異的な動きを見せる。

 

『落ちな!』

 

 凄まじい加速で、ロール回転しながら放ってくるビームとミサイルの嵐。闇夜の中に幾筋もの煌きがキラの瞳の中に飛び込んでくる。M1アストレイがノーマルOSのままであったならば、とてもではないがかわしきれなかっただろう。
しかし、今はキラ謹製のOSに書き換えられている状態である。ミサイルがやや見え辛いと感じたが、M1アストレイが彼の反応速度に応えてくれる限り、カオスの攻撃が当たる事は無い。
 カオスがすれ違うと、今度はジェリドとマウアーのスローター・ダガーが間髪入れずに襲ってくる。まるでこちらに休む時間を与えさせないつもりでいるように、隙の無い連携で波状攻撃を仕掛けてきた。
 キラは舌打する。M1アストレイは確かに彼の要求する反応速度に応えてくれている。しかし、それは機体の性能の限界を超えた動きで、所詮はナチュラル用のMSだけあり、キラが機体を動かすたびに駆動系が悲鳴を上げていた。

 

「…長くは持たないかも知れないな」

 

 M1アストレイの機体強度がキラの反応に付いてこれないのは、出撃前に分かっていた事。しかし、それでも唯じっとしているわけにも行かず、キラは出撃した。
 半ば衝動的だったのかもしれない。仲間が苦戦しているのを、ブリッジから眺めているだけの自分なら居ない方がマシだとさえ思った。お荷物になっているだけなのは、もう御免だった。
 キラは誰かに必要とされるために再びMSに乗った。ブリッジを出る前、サイが自分を心配してくれたが、それはまだまだ自分が頼りなく映っているからだ。もっと頼り甲斐のある人物になりたい。そう願い、キラは単独でジェリド達を相手にする。

 

 ジェリドは、そんなキラの都合など知らない。スローター・ダガーの性能に文句が出始めてきたとはいえ、相手は同じ簡易量産機であるM1アストレイである。カオスも含めて3機で掛かっているのだから、負けることは無いにしろ、落とすことも可能のはずだ。
 それなのに、こちらの攻撃はかわされるばかり。スティングが手を抜いているのではないかと思ったが、自分の攻撃もまるで当たらないのはどういう事か。特別な動きをするのは分かっているが、それにしてもM1アストレイであの回避力は異常だ。

 

「何故だ…これだけの攻撃を加えていれば、アストレイならもう落ちている筈なのに、何でこいつは――」
『明らかにアストレイの動きが基本スペックを上回っています。さっき逃げ回っている間に、何かをしたのかもしれないわ、ジェリド』

 

 マウアーの目には、M1アストレイがリミッターを外しているように見えていた。そして、限界がそう遠くないことも、何となく分かる。度を越えた回避能力を見せているが、マウアーの目は時々見られる僅かな歪みを見逃したりはしない。

 

『とどのつまり、奴はドーピング野郎ってことかよ?』

 

 スティングが尋ねてくる。お前がそういう事を言うのか、と思ったが、流石にジェリドは口に出さなかった。そういう気遣いが出来るほどにジェリドは大人のつもりだ。と、言う割にはカミーユをリンチした時は容赦なかったような気がしないでもないが。

 

「攻撃をし続けていれば、いずれ機体に限界が来る。俺達はそれを待っていればいい」
『どうせ、俺達はデストロイを隠すための陽動だからな。ゆっくりやるのも仕事の内か』
「そう思え」

 

 核動力を得て完成したと言われるデストロイ。その威力がどれほどのものかは知らないが、サイコ・ガンダムを思えば高が知れる。確か、あれは間違えて頭部をビームサーベルで突いてやった時があったが、そうしたら一撃だった。
確かに戦略的に強大な力を持つ兵器に違いないだろうが、あまりにも非経済的だ。それならその分のコストを他の核融合炉搭載型MSに回せばいいのにと思うが、上では色々とあるのだろう。

 

 対するキラは応戦しつつ回避を続ける。フレームが歪むのではないかと思えるほどに強いGを掛けて機動し、出来るだけ相手に楽をさせない様にビームライフルを撃ち続ける。

 

「腰部の磨耗率が高い……!」

 

 あまり無理はさせられない。キラは各駆動系の損耗率を気にしつつ、アークエンジェルから敵を引き剥がす様に機動させた。
 そして、キラが頼りにしたいインパルス達は、ライラ達と交戦中だった。レイのインパルスを中心に陣形を組み、ミネルバに危害を及ばせないように防戦している。闇に同化する様にしているスローター・ダガーのみならず、海中から機を伺っているアビスが厄介だ。
手を出せないだけに、ストレスが溜まる。
 それでもレイは、何度もアビスと交戦した身として、その行動パターンを把握していた。アビスはガイア同様に空戦能力を持たない。ゆえに、こちらからも手を出しにくい海中から砲撃を繰り返してくるのだが、これまでは単独で動くことが多かった。
 しかし、前回の奇襲作戦の頃から、アビスの動きに若干の変化が訪れたように感じる。単独で動くことの多かったアビスが、スローター・ダガーと小隊を組み、連携をしてくるのだ。単機の強火力であるならばまだ単純だったのだが、やや複雑化した感がある。

 

「ルナマリア、カツは男の方を狙え! 俺はライラとかいう女を抑える!」

 

 ルナマリアとカツのムラサメでは、単機でスローター・ダガーを相手にするのには不利だ。それならば彼等を一緒に行動させ、自身は高性能機であるインパルスでライラの相手をする。

 

「海中のアビスは――」

 

 どちらかと言えばライラの方に近い位置で潜航しているのは、これまでの戦いから何となく分かること。恐らくこちらを狙ってくる頻度が高いだろう。インパルスなら、囮になれる自信があった。
 ライラはそんなレイの思惑に気付ける勘の鋭さを持っている。曰く、“MSの装甲越しに殺気を感じる”という事らしいのだが、それを実践できるまでに己の腕を昇華させた彼女は間違いなく一流のパイロットだ。機体性能で劣っているとはいえ、負ける気はしていなかった。

 

「インパルスの動き――ダーダネルスの時の奴か!」

 

 洗練された動きのインパルス。名前こそ知らないが、それに乗っているのがレイだという事が分かる。シンとは違った、落ち着き払った射撃が小憎たらしい。
 射撃戦では、全く以って面白くない。ライラはあからさまにビームサーベルを握らせ、アウルに呼びかけた。

 

「アウル! あたしの援護をしな! こいつは、接近戦で片をつける!」
『インパルスの邪魔をすりゃいいんだろ? 任せて置けよ!』

 

 頼りにされたのが余程嬉しかったのか、アウルは弾むような景気の良い声で返事をしてきた。そんな様子に鼻を鳴らし、アビスからの砲撃を待つ。
 そしてインパルスの背後の海面が盛り上がり、魚雷が飛び出してくる。レイはそれに気付き、インパルスを機動させた。彼の予想通りであったのか、魚雷はあっけなくかわしたが、続けて飛び出してきたアビスがビーム砲とカリドゥスを放って追い討ちを掛けてきた。
カリドゥスは避け、ビームをシールドで防いで事なきを得たが、そこへライラのスローター・ダガーがビームサーベルで突進してくる。

 

「こいつ――!」
『いつまであたしから逃げる事ができる?』

 

 衝突し、お互いのシールドでビームサーベルを受け止めあう。レイは歯噛みし、アビスの動きを警戒した。こうして動きを止められてしまえば、アビスは必ず仕掛けてくるはずだ。
 そのレイの考えは当たっていて、一度海中へ潜ったアビスが再び浮上してきた。両の腕(かいな)にビームランスを保持させ、インパルスの胴体を貫こうと背後から襲い掛かる。

 

『貰ったぜぇッ!』
「うぅ――ッ!」

 

 アビスの引き絞った腕が突き出される。ビームランスがインパルスの背後から、レイを串刺しにしようと狙っている。
 その瞬間、レイは閃き、インパルスのチェスト・パーツとレッグ・パーツが見事に分離した。

 

「な、何ぃッ!?」

 

 アウルが放ったビームランスの突きは、分離したインパルスの間を抜けていく。そして、そこにあるのはライラのスローター・ダガー。

 

「や、やばいライラ! 避けてくれぇッ!」

 

 一度繰り出された必殺の一撃は、もう止められない。一直線にライラ機に向かっていく。

 

「あッ……あぁ――ッ!」

 

 そして遂にビームランスはライラ機の胸部に突き刺さってしまう。損傷部分から爆(は)ぜる様に小爆発が起き、装甲の破片が飛び散る。自らの瞳に映る犯した過ちに、アウルの表情が苦悶に歪んだ。

 

「うああああぁぁぁぁぁ――ッ!」

 

 絶叫した。慕っていたライラが、よもや自分の手で殺してしまうことになるなんて、思いもよらなかった。感情の乱れが激しくなり、大きく目を見開く。

 

 その一方でレイは、ライラ機の完全な沈黙を確認する必要があった。何とか同士討ちさせることに成功したが、それでも前後を敵に挟まれた状態。油断は出来なかった。
 その時、モニターに映る画面に、スローター・ダガーのコックピットから這い出してくるパイロットの姿が目に入った。その女性はヘルメットのバイザーが割れ、額から血を流している。
女性は煩わしそうにヘルメットを脱ぎ捨てると、腰に下げたワイヤーを取り出し、それをビームランスに巻きつけて、ターザンの要領でアビスに飛びつく。その、まるでコーディネイターの様な身のこなしに、レイは驚かされた。

 

「早くコックピットを開けな、アウル! いつまでもあたしを吹きさらしにしておくつもりかい!」

 

 頭部にしがみついたライラ。アビスのメインカメラに向かって思いっきり怒鳴ってやった。

 

「ラ…ライラ……?」

 

 アビスのコックピットでは、アウルの正面のモニターにライラのどアップが映し出されていた。少しの間呆然として固まっていたが、奇跡の生還にやがて嬉し涙を流した。そして、それから少ししてライラが怒っているのが分かり、慌ててコックピット・ハッチを開く。
 ライラはそれを確認すると一つ舌打ちをして、軽やかに下ってアビスのコックピットの中に滑り込んだ。

 

「全く、あんたの早漏のせいでとんだ目に遭ったじゃないか!」
「す、すまねぇ、ライラ。まさかインパルスがあんな動きをするなんて――」
「言い訳するんじゃないよ! さっさと引き上げな、あたしを乗せたままじゃ戦えないだろうが!」

 

 ライラの言うとおりにビームランスを収めて離脱するアビス。レイはそれを確認すると、分離状態から再び合体しようとした。しかし――

 

「な、何だ?」

 

 合体操作をしたにもかかわらず、一向にレッグ・パーツが合体する気配がない。

 

「あ……」

 

 良く良く思い出してみれば、レイが行った操作は分離だけだった。その際、分離されたレッグ・パーツは切り離されたトカゲの尻尾のようなもので、つまりは既に海の藻屑と化しているのだ。緊急事態だったとはいえ、操作ミスをした自分の失態が信じられなかった。
 シンじゃあるまいし――そう思って納得させようと思ったが、やはり言い訳にしかならない事に気付くと、深い溜息をついた。

 

「…脚など飾りだ。シンにはそれが分からんのだ」

 

 それで済むのならどんなに楽だろう。きっと、目を覚ましたシンにそれを言えば、烈火の如く怒り狂うかもしれない。
 下半身を失い、しかしまだ武器は保持したままだ。脚部を喪失した分、的が小さくなったと思い、レイは次の現場へインパルスを向かわせる。ただ、後のことを思えば、結果を報告するのが億劫に感じずにはいられなかった。