ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第31話後編

Last-modified: 2007-12-27 (木) 20:51:47

 『吹雪の中』 後編

 
 

 パラス・アテネの2連ビーム砲。メガ粒子砲でも、避けてしまえば唯のビームと変わらない。それよりも厄介なのは、シールドから放たれる小型ミサイルだ。雪で視界の悪いこの戦場では、フェイズ・シフト装甲で防げたとしても余計なエネルギーを削られてしまう。
フェイズ・シフト・ダウンすれば、物理的な攻撃にもダメージをもろに受ける。それだけは避けなければならないが、見え辛い小型ミサイルはキラを一番悩ませる。
 そして、名は知らないが新型の核融合炉搭載型。武装の点に関して言えば、特筆すべきものは何も無い。敢えて言うなれば、両腕部に内蔵されたメガ粒子砲だろうか。携行武器で無いだけに、直接腕を狙うしかない。
しかし、バイアランの注目すべき点は、武装なんかではない。ドダイに乗って空中戦を行っているパラス・アテネに対し、バイアランはこちらと同じ様に単独での飛行を可能にしている。それが意味するものは、こちらとの格闘戦が比較的容易だという点。

 

「コオロギが向かって来た!」

 

 パラス・アテネが肩部の拡散メガ粒子砲で牽制してくると、バイアランがビームサーベルを手にストライク・ルージュに突撃してきた。キラは拡散メガ粒子砲の合間を縫い、襲ってきたバイアランの一振りをかわす。

 

『空中戦が、貴様等の専売特許だと思うな!』
「当たるかッ!」

 

 袈裟切りをかわし、続けて水平に薙ぎ払われるバイアランのビームサーベルもかわし、更に追い討ちで撃って来たパラス・アテネの2連ビーム・キャノンをかわす。これだけの回避性能を満たせる今のストライク・ルージュは、フリーダムに匹敵するかもしれない。
 ただ、反撃を行うことが出来ない。無反動で撃てるイーゲルシュテルンで牽制し、距離を離してビームライフルを構えようとしたが、すぐさまパラス・アテネの拡散メガ粒子砲がキラの動きを阻害した。攻撃はかわせても、反撃の手立てが無い。
もし、フリーダムであったならば、バラエーナで反撃することも出来るのだが――

 

「そんな事、考えてる場合じゃない! このままじゃデストロイに補足されているシンたちが――!」

 

 この2機を撃退できなければ、デストロイを止めるどころの話ではない。レイの部隊がデストロイを相手に健闘してくれている様だが、止め役の自分達がこの場を切り抜けられなければ作戦は成り立たない。キラの焦りは、目の前の敵に向けられた。
集中力を高め、何とか敵MSの弱点を探そうとする。ジ・Oに比べれば、そこまで性能の高いMSでは無いはずだ。

 

「何が弱点なんだ…何が――!」

 

 その時、ふと気付く。バイアランは飛行できているのに、何故パラス・アテネを飛行できるようにしなかったのだろう。不思議とそう思ったキラは、パラス・アテネではなく、バイアランの方に注目した。

 

「マニピュレーターが、5本指じゃ無い?」

 

 バイアランのマニピュレーターは、一般的なMSのそれと同じではない。作業用の、小さなものである。どうしてだろうかと考えていると、メガ粒子砲が腕部に内蔵されている事実を思い出した。それは、無意味に内蔵されているのではない。
搭載火器の少なさから、飛行するにはそれだけ武装の簡略化が必要だったのではないのか。可能な限り機体重量を削っていった結果、あの形になったとすれば、バイアランは脆い。

 

「ビームサーベルも、辛うじて使える程度の握力しかないんだ!」

 

 パラス・アテネとバイアランの攻撃は止む事が無い。キラは回避に専念せざるを得ない状況に追い込まれているが、しかしその分だけ相手の性能を見ることが出来た。その結果、バイアランの弱点を発見した。
 そして、チャンス到来とばかりにパラス・アテネの砲撃に合わせてバイアランがビームサーベル片手に突っ込んでくる。ミノフスキー粒子を刀剣状に固定されているバイアランのビームサーベルでは、こちらの持つシールドでは防げないかもしれないが、打つ手はある。

 

『エースだからって赤い専用機などと!』
「今だ!」

 

 バイアランのビームサーベルがストライク・ルージュに向かって振り下ろされる。その瞬間、キラはストライク・ルージュにシールドでの打突を繰り出させた。その狙いはバイアランの本体ではない。

 

『なッ!? 貴様――!』
「うおおぉぉッ!」

 

 キラが狙ったのは正に振り下ろされているビームサーベル、それを握っているマニピュレーターだった。不意な出来事に、カクリコンも寸止めが効かない状態に陥ってしまっている。
果たして、ストライク・ルージュの繰り出した打突は、ビームサーベルに焼き切られながらもバイアランのマニピュレーターを潰した。ひしゃげ、破片とともに砕け散るバイアランのマニピュレーター。それを確認しつつ、キラの表情に喜びが生まれる。

 

「やった! 思ったとおりだ!」
『おのれ、小癪な!』

 

『中尉、どきな!』

 

 しかし、喜びも束の間、バイアランがその場を離脱すると、すぐにパラス・アテネの2連ビーム・キャノンの火線が襲ってきた。一瞬の気の緩みが、キラの回避行動を遅らせる。
咄嗟に反応できたはいいが、掠めるようにメガ粒子砲を受け、慌てて構えたシールドが溶かされてしまった。

 

「しまった!? ――クッ!」

 

 使い物にならなくなったシールドを放り投げ、パラス・アテネに向かってビームライフルを撃つ。パラス・アテネはドダイに乗りながらも器用に避けて見せ、バイアランの退避を更に援護した。
 キラは仕方なしに距離を開くしかない。ライラはそれを確認すると、カクリコンに呼びかけた。

 

「油断したね、中尉?」
『まだ左が残っている! 継戦は可能だ!』
「少しは頭を冷やしな。セイバーと新型が本命との少佐の読みが正しければ、ここで奴らを貼り付けにしておくのがこちらの作戦だ。中尉は勝負を急ぎすぎたな?」
『フンッ、冗談ではない! 2度も焼け死ねるかよ!』
「なら、あたしの言うとおりにしてもらおうか。片腕が残っていれば戦えるのだろう、バイアランは?」
『勿論だ』

 

 散開するパラス・アテネとバイアラン。ストライク・ルージュを挟み込むように機動してきた。その動きの変化に、戦略の変更があった事をキラは察知する。先程の撃墜を狙った動きではなく、こちらの動きを牽制しようというものだ。

 

「向かってくるのならまだ勝機はあったって言うのに、これでは――!」

 

 最も厄介な事態になったと言える。先を急ぎたいキラの意志を嘲笑するかのごとく機動する2機の核融合炉搭載型は、こちらの思惑が読まれているようで癇に障る。しかし、この様な状況になれば打つ手が無いのが、事実だった。
受け入れて直視するしかないキラは、同じく動けないで居るアスラン同様に歯噛みした。

 
 

 デストロイが圧倒的だという事実は、初めから分かっていたこと。しかし、こうして近くで改めて遭遇してみると、認識の甘さが目立って仕方ない。滑る様に雪上を駆け巡るザク・ファントムは、デストロイの腕であるシュトゥルム・ファウストに追いかけられている状態。
切り離されたデストロイの腕が、五指の全てに装備されているビーム砲でザク・ファントムを狙う。

 

「これは…ドラグーン・システムなのか!?」

 

 後方を向きながらバックで逃げるレイ。無線で空中を機動し、生き物のように追いすがってくるシュトゥルム・ファウストは、まるでデストロイから分離された小型機動兵器さながらの動きをしていた。それを可能にするには、ドラグーン・システム以外に無い。

 

「連合め、厄介なものを――!」

 

 レイはシュトゥルム・ファウストのビームをかわしながら、ビームライフルで反撃する。的が小さい分、当たり難い印象を受けるが、レイにはそれを見切れるだけの才能がある。

 

「そこだッ!」

 

 牽制から照準を絞り、本命の一発を放つ。しかし、そのビームはシュトゥルム・ファウストのバリアによって弾かれてしまった。何とも贅沢なことに、シュトゥルム・ファウストにまで陽電子リフレクターが装備されていた。これにはレイも舌を巻かざるを得ない。

 

「チッ! 打つ手なしか……!」

 

 シュトゥルム・ファウストから逃げている内に、背後にはデストロイが迫ってきている。本体と子機に前後を挟まれ、警告が鳴り響くとレイは即座に機体を横に滑らせた。デストロイの放ったスキュラが、シュトゥルム・ファウストに誤射される。
しかし、驚異的な威力を誇るそれでも、シュトゥルム・ファウストは無傷だった。やはり、こういう事態も考慮されて設計されているのだろう。厄介な事この上ない。

 

「シン、ルナマリア! 持ち堪えられているな!? 聞こえていたら返事をしろ!」
『――るぞ! そ――!』
『何――いわ!』
「ミノフスキー粒子とか言うものか…ややこしい事を!」

 

 3方向から攻めているが、意志の疎通が出来なければタイミングを合わせて連携攻撃を仕掛けることが出来ない。

 

「デストロイに接近できているのは俺たちだけか? ザラ隊長やエマさんは――!」

 

 加えて、他の部隊の到着が遅い。いや、遅すぎる。作戦前に打ち合わせた通りであるならば、既に決着が付いていてもいい時間。しかし、未だデストロイに接触できているのは自分の部隊のみ。自分達だけでこのデストロイを食い止めなければならないのか。

 

「頼りになるのは、シンのインパルスのみ……俺とルナマリアのザクだけでは――!」

 

 視界が悪い影響で、2人の行動が見えない。ふと、自分を狙っていたシュトゥルム・ファウストが離れて行った。こちらを狙うのを諦めたのだろうか。否、デストロイのターゲットは、明らかにこちらに向いている。
とすれば、シュトゥルム・ファウストはシンかルナマリアに向かって行ったのだろうか――

 

「ぐぁッ――!」

 

 推測を巡らせていると、アウフプラール・ドライツェーンがザク・ファントムに襲い掛かる。デストロイの最強兵器の威力に、爆風だけで機体が吹き飛ばされる。雪の上を、もんどりを打って転がった。
攻撃は逸れたのに、たった一発の爆風だけでこれだけの威力を示せるものなのか。頭頂高約18Mのザク・ファントムは、その倍以上もある巨体のデストロイに、子供のようにあしらわれた。

 

「く…うぅ……!」

 

 転がった衝撃で、レイはベルトに体を軋ませて苦しんでいた。恐らく、パイロット・スーツを着て体を固定していなければ、今頃体中の骨を粉々に砕かれて苦しみにもがいていた所だろう。それだけ激しい衝撃だった。

 

「は――!」

 

 続けて、背部円盤型バック・パックからミサイルが放たれる。苦しんで倒れている場合ではない。レイは即座に気持ちを奮い立たせ、咄嗟に機体を横に転がした。その回転を追いかけるように、ミサイルが次々と着弾する。

 

「くそッ…かわし切れない――!?」

 

 やがて、一発のミサイルがザク・ファントムに着弾した。当たった箇所は、コックピット付近の胸部装甲。他の箇所に比べて強固に設計されている場所で、良かったと思う。そして、デストロイのミサイルが他の兵器に比べて並みの威力で良かったと思う。
しかし、それでも今の一撃はザク・ファントムの胸部装甲を吹き飛ばし、コックピットが露(あらわ)になってしまった。シートに体をうずめるレイのヘルメットも、バイザーが割れてしまっている。

 

「前が――」

 

 立て続けの衝撃に体中を負傷し、苦悶に顔を歪めるレイ。しかし、敵はまだ目の前に敢然と立ち塞がっている。痛みを堪え、ヘルメットを脱ぎ捨てた。
 その様子を眺め、デストロイのステラはザク・ファントムが既に虫の息であることを悟った。小ばかにするように雪の上を滑っていたザク・ファントムも、攻撃が当たってしまえば他のMS同様に脆い。

 
 

「あんた達が…あんた達がステラからネオを奪うからいけないんじゃない……!」

 

 デストロイは、復讐を果たすに足る性能を持っている。ザフトのMSなど、殆ど蟻を潰す程度の作業でしかなかった。それを平然とやってのけるのは、ステラがネオを失ったから。彼女の中に、容赦という言葉は既に存在しない。
それは、目の前で苦しんでいるザク・ファントムも同じ。
 ネオは、きっと苦しんだのだろう。ステラは、その時に戦場に出られなかった事を激しく後悔していた。そして、ネオをその様な目に遭わせたザフト、とりわけミネルバには極上の苦しみを与えなければならない。

 

「消えちゃえばいいんだ、あんた達なんか……消えちゃえば――」

 

 ステラの呪いの言葉。それと同時に前進するデストロイ。目の前のザク・ファントムは、最後の力を振り絞るかのように立ち上がろうとしている。関節部分をショートさせ、機体をガクガクと揺らしている。
ステラは、そんな努力をデストロイの脚で踏み潰してやろうと思っていた。

 

「ぺちゃんこになっちゃえばいいんだ、あんた達なんかぁッ!」

 

 ザク・ファントムの前に辿り着き、大きく脚を上げる。苦しむ様を見届けようと、ステラはザク・ファントムに視線を集中させた。その時――

 

「え……!?」

 

 ステラの瞳に飛び込んできた一人の少年。ザク・ファントムのコックピットから覗いているパイロットの顔に、振り上げた脚を止めて元に戻す。

 

「ネ…オ……?」

 

 白を基調とした胸に淡い青紫のプレートを装備したパイロット・スーツに身を包む少年。大きく肩で呼吸し、額からは一筋の血を流している。ブロンドの長髪は乱れ、片目を隠していた。
 レイに重なる、青年の影。年齢に差はあれど、思わず勘違いするほど面影が似通っていた。

 

「ど、どうしたんだ…デストロイ……?」

 

 息を弾ませ、レイは途端に動きを止めたデストロイを見上げた。
 少しの間、時間が止まる。天候は相変わらずの吹雪。天を覆う圧し掛かる雲の下で、それを支えるようにそびえるデストロイ。ザク・ファントムと見つめ合ったまま、微動だにしない。

 

 デストロイが動きを止めたことにより、インパルスとザク・ウォーリアが交戦していたシュトゥルム・ファウストも動きを止めた。

 

「動きを止めた? どうしたんだ?」

 

 やがて、動きを止めたシュトゥルム・ファウストは、主人の下へ帰って行く。突然の出来事にシンは眉を顰め、インパルスを着陸させた。そこへ、ザク・ウォーリアが駆け寄ってくる。

 

『シン!』
「ルナ、無事だったか! どうなってんだ、こりゃ?」

 

 左肩部のアーマーと、オルトロスは破壊されてしまったのだろう。それでも、よくもザクでシュトゥルム・ファウストから逃れられたものだと思う。彼女も、幾度の戦いで自身の腕前を上げていたことだろう。

 

『レイと連絡が付かないの。この吹雪だし、ミノフスキー粒子って奴のせいで通信も繋がらないし…もしかしたら――』
「バカ、逆に考えろ! 確認できないなら、まだ無事かもしれないだろ? レイがこんな所でくたばるか!」
『でも――』
「――来た!」

 

 デストロイが動きを止めても、他の敵が動きを止めたわけではない。デストロイの静止を察知したウインダム数機が、早速やって来た。

 

「ルナは下がってろ。こいつらは俺がやる!」
『一人で!?』
「武器の無いザクはもう無理だ。ミネルバとも距離を離されているし、ルナはどこか安全な場所へ――」

 

 そう告げると、シンはザク・ウォーリアの胸部をそっと押してウインダム部隊に向かって飛び立つ。確かに、丸腰になったMSは的にされるだけで何の役にも立ちはしない。せめて盾になることしか出来ないが、シンはそれを望まないだろう。
加えてこの悪天候であれば、足手纏いにしかならないかもしれない。ルナマリアは諦め、シンの忠告どおりに岩場を探してそこに身を隠した。

 
 
 
 

 アークエンジェルの通路を少しずつ、しかし確実に前進するネオ。連合軍の攻撃もベルリン攻略に主力を向かわせているらしく、戦闘能力を落としたアークエンジェルは放っておかれている状態だ。
多少の部隊が功績を挙げようと仕掛けてきているようだが、ミネルバが盾になって防いでくれている。余裕の生まれたアークエンジェルならば、誰かが自分の存在に気付くのも時間の問題かもしれない。

 

「煙の流れが早くなっている…もうすぐか?」

 

 風の流れの中に、冷気を感じた。垂涎の出口は目前だろう。ネオは逸る気持ちを抑えつつ、油断しないように歩みを進めた。

 

「これか…いい穴だ」

 

 果たして、ネオの眼前に人が一人やっと通り抜けられるほどの大きさの穴が現れた。外へ抜けるように煙が流れ、吹雪の景色は極寒の地。普通なら地獄を連想するその光景も、ネオにしてみれば天国への通り道に見えた。

 

「フッ、短い間だったが、これでサヨナラさせてもらうとするか」

 

 薄着の囚人服でも、雪が吹き荒ぶ寒気をものともしない。確かに寒いが、訓練で培った精神力は伊達ではない。躊躇うことなく、ネオは穴の縁に足を掛けた。

 

「そこまでよ!」

 

 掛けられた声に、動きを止める。後一歩というところだったが、遂に見つかってしまったか。流石に両手足を拘束されたままでは、すんなりと事を運ぶことが出来なかった。ネオはゆっくりと掛けていた足を戻し、声のした方向に体を向ける。

 

「お前は……」

 

 そこには、銃を両手で持ってネオに狙いを定めているラミアスが立っていた。震える手は、穴から洩れる冷気のせいか、はたまた別の理由があるのか。

 

「そのまま動かないで。動いたら、その瞬間に貴方を撃ちます!」
「そんなに震える手で、私を狙えるのか?」
「弾薬が切れるまで撃ちます。即死は出来ないかもしれないけど、その分、貴方は苦しむわ。それに、手足を拘束されていれば――」
「私の直ぐ横には、出口がある。その前に、逃げ切って見せるさ」

 

 ラミアスの目は本気だ。前に自分の手当てをしてくれた時の様な優しげで儚げな印象は微塵も無い。逃げようとしている自分を、本気で殺そうとしているのかもしれない。

 

「下手なことは考えないで。貴方は確かにムウに似ているけど、それは顔だけだわ。私の知っているムウじゃない……」
「それが理由で、私の治療をしてくれたんだったな?」

 

 未だ頬に貼られているのは、以前にラミアスに貼ってもらった湿布薬。両手を上げて、擦ってみる。

 

「もう…私のムウを汚さないで……! 貴方を見ていると、どうしてもムウを思い出してしまう……」
「それはお前だけの感傷だな。そんな自己中心的な感傷で、私を否定する権利がお前にあるのか? …しかし――」

 

 通路に流れる煙。高いところの好きなそれは、天井に這い蹲って開いた穴を目指している。もっと高く、遠くへと手を伸ばしているかのように。その気持ちは、ネオのもの。吸い込めば人間を窒息死させるそれが、ネオの気持ちを汲むようにここまで導いてくれた。
後一歩のところ、そこで、邪魔者が現れた。マリュー=ラミアスという女は、自分に勝手な因縁を吹っ掛けて何処までも付いて周ろうというのか。確かにいい女ではあるが、ストーカーに心を奪われるほど滑稽な自分ではない。ネオは、嘲笑を浮かべた。

 

「私を見つけたのがお前だとは、これも何かの因縁の為せる業か」
「知らない人同士なのよ、私達は……だから、逃げるなら殺すの。私と貴方は敵同士……ここで見逃すくらいなら、せめて私の手で貴方を殺します……」
「私を殺して、何になる? お前の感傷で私を殺しても、そのムウとか言う男は嘆くんじゃないのか? もう少し、冷静になって考えろ」
「あの人はもう居ないのよ! だから、お別れをするの……ムウの顔をした貴方を殺して――」
「自分も死ぬってか? バカバカしい!」

 

 ラミアスに自殺願望は無い。しかし、この場でネオを逃がしてしまうくらいなら、自分の手でネオを殺して置きたい。なまじムウと同じ顔を持つばかりに、そのいい加減で優しさの欠片も無い態度が彼を侮辱されているように感じていた。
 捕虜として捕らえている間は我慢できた。ジブラルタル基地に入ってからは、何度と無く痛い目を見てきた彼だ。その時、一時の気の迷いで優しさを施してしまった事は今この場で忘れよう。ただ、逃げられてしまう事態だけは許せない。
ムウとの思い出を侮辱するネオは、ラミアスにとって憎むに値する。

 

「このまま私達に拘束されているか死か、決めなさい!」
「そんな二択など――」

 

 ネオが言いかけたとき、アークエンジェルが振動した。ミネルバがダメージを負わせたウインダムが1機、近くに墜落してきたのだ。その揺れで、ラミアスもネオも通路の床に倒れてしまう。
 その時、ネオは見た。穴の外には、殆ど損傷の無いウインダムが転がっている。コックピット・ハッチは誤作動で開いてしまったのだろう。この千載一遇のチャンスを逃すわけには行かない。これは、ラミアスに見つかりはしたが、運はまだこちらにある証拠だ。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 床に倒れ伏したラミアスの視界に、うっすらとネオの姿が見えた。こちらが這い蹲っているのをいい事に、逃げようとしているのだ。警告はした。それでも尚、逃げるというのならば、引鉄を躊躇う理由は無い。
震える腕が、添えられていた指が、ネオに弾丸をぶち込もうと連動した。
 そして、発砲の乾いた音が響く。ネオは銃声に身を竦ませた。しかし、痛みは無く、即座に全身を手でさすって確認した。どうやら、弾は命中しなかったようだ。

 

「フッ、選択肢は、三つあったようだな!」
「これで終わりだと思わないで!」

 

 勝ち誇ったネオの声を聞き、ラミアスは更に引鉄を引く。1発撃ってしまったのなら、2発も3発も同じ。次第に震えが解け、煙の向こうでぼんやりと霞むネオを狙う。

 

「クッ! 野蛮な女め!」

 

 何発もの銃弾。それでも、視界の悪さがネオに味方したのか、全て外れてくれた。そればかりか、両手を繋ぐ鎖に命中したらしく、思わぬ形で両手の自由を得ることが出来た。
正に天運。この時ばかりは、ネオも偉大な宇宙意志のようなカルト的な存在を信じる気になった。

 
 
 

 それから、外へ飛び出す。先程墜落してきたウインダムの下へ、不自由な足で出来るだけ急いだ。途中、そのウインダムのパイロットと思われる者を発見した。投げ出されて、運悪く岩に頭をぶつけてしまったのだろう。
ネオが近づいて確認したところ、そのパイロットは既に絶命していた。体中の関節が有り得ない方向に曲がっていてヘルメットが派手に割れている状況を鑑みるに、相当な勢いで投げ出されたのだろう。
しゃがみこみ、パイロット・スーツのポケットから護身用のハンド・ガンを失敬した。

 

「済まないな…これと、お前の愛機を借りるぞ」

 

 取り出したハンド・ガンで、枷になっている足の鎖を撃ち砕いた。鎖の金属片が飛び散り、ネオの頬を掠めて血を流す。ネオはそっとハンド・ガンを亡骸のポケットに戻し、久々に自由になった四肢の感覚を確かめるとウインダムに向かって走りだした。

 

 その頃、ネオの居なくなった通路で跪くラミアス。座りながら銃を構え、弾倉が空になったそれの引鉄を引き続ける。

 

「どうして当たってくれなかったの……? 逃げられるくらいなら、私は彼を殺したかったのに、どうして――」

 

 虚ろな瞳から、涙が零れる。カチッカチッと鳴り続ける銃を手に、茫然自失になっていた。
 本気で当てるつもりだった。本当に、逃げられるのなら殺してしまおうと思っていた。しかし、当たらなかった。全弾費やしても、ネオに命中するどころか、手助けをしてしまった。

 

「ムウ…どうして……」

 

 教えて欲しかった。もし、本当に死者の訪れる国があるのなら、そこから自分を見ていてくれる彼に教えて欲しかった。どうして、ネオに銃弾を当てさせてくれなかったのか。
 ラミアスの目に溜まる涙。視界は霞み、世界が歪んで見える。これが、ムウが見せている世界なのだろうか。心で念じ、しかし応えは無かった。

 

 その涙で歪んだ世界を見ている内は、彼女に真実は見えない。本当の真実を見つけるためには、涙を拭って現実を直視する必要があった。しかし、今のラミアスにはその余裕が無かった。