ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第55話

Last-modified: 2009-05-21 (木) 05:47:08

『ザフト崩壊』

 
 

「連合軍が、メサイアを取り囲んでいます。ザフトは防戦一方です!」

 

 ブリッジに響く悲鳴。中腰でモニターの映像を食い入るように見つめるユウナの瞳に、陥落間近のメサイ
アは絶望となって映されていた。

 

「な、何が起こったっていうんだい……?」

 

 驚愕に声を震わせるユウナ。トダカも絶句して目を剥いている。CIC担当の1人が、振り向いた。

 

「巨大な人工建造物をキャッチ。これは――」

 

 ユウナはシートを離れ、手で天井を押してその者のところへ流れる。突起に手を添えて制動をかけると、
レーダーに反応している物体の巨大さに眉を顰めた。

 

「正面モニターに出せ」
「ハッ」

 

 CGで合成されたその物体が、正面の大画面モニターに表示される。それは巨大な円筒形の物体で、筒の口
付近には多数のエネルギー充填用のミラーが並べられていた。一見、途方も無く大きな砲身のようにも見え
るが――

 

「これ、コロニーじゃないか……」
「反射衛星砲の中継ステーションでもありません。コロニーそれ自体が、巨大な光線兵器になっている模様
です」

 

 コロニー・レーザー近辺には、多数の艦隊が陣取っている。恐らく、クサナギとその随伴艦隊の存在も察
知されているだろうが、その艦隊が動き出す気配は感じられなかった。仕掛けてこない限り、コロニー・レ
ーザーの防衛を優先するという事なのだろう。そこから見ても、コロニー・レーザーが連合軍にとっての虎
の子である事が読み取れるも、今のクサナギにそれを制圧するだけの力は微塵も無い事をユウナは分かって
いた。
 そんな事よりも、現状で最優先しなければならないのは、一刻も早くメサイアに馳せ参じる事である。
状況が判然しない限り、カガリの安否すら確定できないのだから。
 ユウナはトダカに振り向いた。

 

「クサナギの進路はメサイアで固定だ。今はあんなのに構っている暇は無いよ」
「元より。――クサナギは進路そのままでメサイアへ向かう」

 

 一応、艦隊としての形は成しているが、その殆どが補給艦であり、今更ザフトに加勢しようにも到底戦力
になるような規模ではなかった。しかし、それでもカガリを救出する為には敢えて飛び込まなければならな
い。クサナギは、絶望の中へ足を踏み入れようとしていた。

 
 

 メサイアに寄り添うようにしてミネルバは存在していた。港湾を塞いで仁王立ちするミネルバは既にメイ
ンエンジンが不調を訴えていて機関出力も碌に上げられない状態であり、砲台としての最低限の機能しか発
揮できていなかった。
 そんなミネルバを援護するヴェステンフルス隊は、尚もハイネの遺志を継ぎ戦っていた。敵を蹴散らして
はいるが、そんなエース部隊の彼らも、押し寄せる敵の多さに損傷を受けていないMSの方が少なかった。
しかし、その中で現状で出来うる最上級の働きを、彼等はしていた。亡き隊長の、その名を汚さぬように。
 それでも、必死に抵抗するザフトの攻撃を潜り抜けてメサイアの内部へ侵入してきたMSも居る。メサイア
内部では、連合軍のMSが施設を破壊して蹂躙していく様が繰り広げられていた。

 

 1機のウインダムが、ミネルバとヴェステンフルス隊の苛烈な砲撃をすり抜けて僅かな隙間からメサイア
へと侵入する。ハンガー・デッキへ入り込み、避難兵を収容する為に待機している脱出艇へとビームライフ
ルを差し向けた。
 その瞬間、突如として横から現れたMSに、脇腹をビームサーベルで突き刺された。何かに縋るように手
を伸ばし、ガクガクと機体を振るわせて息絶えるように身体を曲げるウインダム。MSはビームサーベルを
引き抜き、メサイア内部での爆発を避けるためにマニピュレーターで押して外へと放り出す。

 

「不意討ちだからって、悪く思わないでよね。こっちも必死なのよ」

 

 ルナマリアはヘルメットのバイザーを上げ、顔に滲む汗を拭った。汗に濡れた前髪が目蓋を刺激してひり
ひりとする。それを、煩わしそうにヘルメットと顔の隙間へ横流しに押し込んだ。ルナマリアの瞳は絶えず
敵を探して眼球運動を繰り返し、瞬きの回数の少なさから若干の赤眼になっていた。
 そうこうして一息ついていると、再び敵MSが侵入してきた。今度は複数だ。外郭部隊は押されているのだ
ろうか――ルナマリアは考えながら、既に愛機となって久しいようにも感じ始めたインパルスにシールドを
構えさせた。
 途端、新たに侵入してきた内の1体が跳ねた。――その表現自体、無重力で上下左右のない世界で妥当だ
とは思わないが、しかしそう見える光景であった。次の瞬間、その他の敵MSを複数のビーム攻撃が襲う。
針が突き刺さるように撃ち抜く軌跡は、MSの頭部やバック・パック、或いは武器を携行している腕であった
りを正確に破壊し、戦闘能力を奪い去っていく。そして、無重力に漂うだけになったそれらのMSを、殴りつ
けるようにして外部へと排除していくダーク・グレーのGタイプ。勿論、メサイアの中で爆発させない為の
行為であり、敵に情けを掛けたわけではない。レイのレジェンドであった。

 

「レイ!」

 

 ルナマリアもそれを手伝いがてら、援護を感謝するように歓喜の声を上げた。レジェンドの大きなバック
・パックに、メサイア内からMSを排除する作業と並行しながらドラグーンがリセットされていく。その頭部
がインパルスを横目で見るように光を灯すと、レイからの通信回線が入ってきた。

 

『複数の相手は俺に任せろ。ルナは撃ち漏らした敵を仕留めてくれればいい』
「そうさせてもらうけど――ザラ隊長の方だって気になるもの。おたおたしてらんないのよ」

 

 全ての敵MSを外に排除してから、呆れているとも疲れているとも取れるような溜息をついた。
 ルナマリアは、何人かの人員を引き連れて要人救出の為にメサイアの内部へと向かっていったアスランの
事を気に掛けていた。結局、インフィニット・ジャスティスは修理が追いつかず、アスランはデュランダル
達の救出へと身一つで向かっていったのである。
 MSが駄目だから仕方ないとはいえ、ろくすっぽ指揮を執らないアスランは好き勝手が過ぎるような気もし
ないでもない。ハイネが居なかったならファントム・ペインに出し抜かれ、今頃ミネルバの存在はなかった
かもしれないという事を分かっているのだろうか。ルナマリアの溜息には、そういった思いも込められていた。

 

『シンがジュール隊と合流してファントム・ペインの3人目を撃破したんだ。ザラ隊長も大丈夫のはずだ』
「それって、さっきのボルテールからの全周波通信のこと?」

 

 レイの方は、アスランの事を信頼しているらしい。男の友情とか言うものだろうか。女には分からない事
なのだろう。ルナマリアは敢えて理由を尋ねなかった。

 

『そうだ。恐らく、ザラ隊長も知っているはずだ』
「今のザフトって、そういう話題、少しでも多く欲しい時だものね」
『ああ、随分と助かっている』
「へへ……」
『ん?』

 

 照れくさそうに笑い、人差し指で鼻を擦る。そんなルナマリアの仕草に疑問を呈するようなレイの視線を
感じ、取り繕うように一つ咳払いをした。
 根拠の無いレイの「アスラン安全説」をどこか猜疑心交じりに聞いていたルナマリアだったが、シンの活
躍に関しては頗る嬉しかった。自分の事では無いのに、まるで自分を褒められているような気分だった。

 

「そ、そうよ。助かってるのよ。ザフトはピンチだけど、アイツは1人で元気なんだから」

 

 1人で納得した風に頷いた。そんな彼女の態度を、レイはどこか冷めた様な視線で見つめていた。
 ラクスの言葉が聞こえなくなった今、ザフトの士気を支えているのはそういった局所的な勝利の報告だけ
である。連合軍の猛攻の前に、何とか諦めずに抵抗を続けていられるのはそういった即席の英雄譚があった
からだった。
 レイにとっても、シンの活躍は心強いものであった。ポジティブな話題でネガティブな気分を払拭し、そ
れを不安な気持ちの拠り所としていた。そうでなければ、デュランダルが無事であると信じられなかったか
らだ。
 レイは何かを確かめるかのように指を開いたり閉じたりした。それから大きく深呼吸をして、動悸の乱れ
が無いかを確認する。大丈夫だ――体調不良が無い事を確信して、安堵の溜息をついた。

 

「そうさ…ザラ隊長がきっとギルを連れてきてくれる。今の俺は、そう信じて戦うしかないのだから……」

 

 しかし、言い聞かせようにも決して拭いきれない不安感がレイに付き纏う。陥落寸前のメサイア、追い詰
められたザフト、続々と侵入してくる敵――いくら大丈夫だと言い聞かせようにも、不安材料が余りにも
多すぎる。平静を努めようとするも、険しい顔つきは決して弛緩するような事は無かった。
 その時、大きな振動が起こり、メサイアの内壁が崩れだした。何事かと目を剥き、急ぎミネルバに連絡を
取った。

 

「何が起こった、メイリン!」
『ちょっ、ちょっと待ってください!』

 

 突然の事に、サブ・モニターに顔を見せたメイリンは目を白黒させて困惑顔だった。何度も周囲を見るよ
うに首を振り、耳を傾けている。

 

「判断が遅い! CICは寝てたのか!」

 

 レイは思わず声を荒げ、勢い余ってヘルメットを脱ぎ捨てる。無重力に舞う髪を掻き揚げ、親の仇のよう
な目でメイリンを睨み付けた。

 

『ちょっと! メイリンに向かってそんな言い方は無いでしょうが!』

 

 もう一つのサブ・モニターにルナマリアが割り込んでくる。むっつりとした表情で妹を庇うその姿――し
かし、レイはデュランダルの安否だけが気になって仕方ない。フン、と鼻を鳴らしてルナマリアの怒りの矛
先を軽く受け流すと、舌打ちをしてメイリンの返答を待った。

 

『――だ! ――を撃ち込んできやがった! 敵艦に張り付かれ――』
『えっ!? 核……核なんですか!? 当たったんですか!?』

 

 マイクが拾った、遠くから聞こえる喧騒のような声、そしてメイリンの恐慌。彼女がハッキリと「核」と
口にしたのを聞くと、レイの形相が更に険しいものになった。
 もう、居ても立ってもいられなくなった。このままでは、本当にザフトは終わってしまう。そうすれば、
デュランダルの安否は絶望的になる。いくらアスランが英雄で身体能力にも優れていても、他人任せではや
はり心許無い。自分が行かなければ――最早、忍耐の限界であった。レイは急ぎレジェンドをミネルバへと
向かわせた。

 

『ど、何処行くのよ!?』

 

 ルナマリアの声が聞こえる。しかし、レイはそんな声を無視してハッチからミネルバに飛び込んだ。

 
 

 デスティニーは後ろ向きで後退を続けていた。そして、それに庇われるようにして先を行くのは片腕を
失っているガナー・ザクだった。向かう先は、ディアッカが所属している母艦のボルテールだ。シンにサ
ポートしてもらって、そこへ帰還する途中だった。
 シンはキョロキョロと宇宙を見回す。向かう先のボルテールは、メサイアとは少しずれた位置にある。連
合軍のMSの殆どはメサイアに直線的に突き進んでおり、こちらに仕掛けてこようという敵は少なかった。

 

「エルスマン機を抱えたままじゃ、できるだけ刺激したくは無い。でも、どうする……?」

 

 敵に見向きもされないのに、ビームライフルを構えて警戒する様は滑稽だった。操縦している本人にも、
そう見えているだろうという自覚があるほどに。
 魚が群れを成して泳いでいるようにメサイアへ向かう大軍を相手に、今の自分ならば或いはそれなりの抑
止力になれる自信はあった。しかし、痛手を被っている友軍機を背負っているだけに迂闊に手を出す事が出
来ない。シンはその状況に歯噛みするしかなかった。デスティニーが、不自然に揺れる。
 そんなデスティニーの挙動不審が、ディアッカにシンの意図を見透かせる理由になったのかもしれない。
ディアッカは軽く溜息をつき、ガナー・ザクが徐にデスティニーの傍を離れた。

 

「デスティニー、ここまで連れて来てもらえれば大丈夫だ。ここから先は、俺一人で行ける」
『エルスマンさん? けど――』

 

 デスティニーの頭部がディアッカに振り向く。見る限り、そのボディに損傷らしい損傷は見当たらなかっ
た。戦場に出ずっぱりの癖に、大したものだと思う。

 

「俺を気にしてくれなくていい。継戦が可能なら、俺の分まで少しでも敵の数を減らしてくれ」

 

 デスティニーの頭部が、周辺を警戒するような動物的な動きをした。パイロットのシンも、動物的なのだ
ろう。ディアッカはそう思った。

 

『……了解。行きます!』
「頼んだぜ」

 

 短く間を取った後、シンは力強く返事をした。そう言うや否や、デスティニーが派手に光の翼から羽根の
様に抜け落ちる粒子を撒き散らして突撃していった。鬱憤が溜まっていた証拠だろう。疲れも見せずにあっ
という間に小さくなっていくデスティニーの光を見つめて、それは燃え滾る情熱が成せる業なのだと感じ取
っていた。
 その情熱を持てていたならば、或いは今でも「彼女」の傍に居られたのだろうか、などと余計な事を考え
たりもする。

 

「今さら考えるような事じゃねぇや。――アスランの奴、いい部下を持ったな。アイツはきっと、俺達なん
かよりも大物になるぜ」

 

 軽く首を振り、雑念を振り払う。ディアッカは操縦桿をグイと押し込んだ。

 

 敵の進撃を、態々見過ごせるほどシンは臆病ではない。ディアッカが離れた事により、枷の無くなったデ
スティニーはまるで狂った獣のような凄まじい機動で暴れまわっていた。それは決して比喩表現などではな
く、実際に連合軍側からはそう見えていた。それは、まるで悪鬼羅刹が戯れに己の力を試しているかのよう
な恐ろしげな印象を与えていた。
 そんな連合軍側の印象など、シンに知る由は無い。その戦いっぷりは、敵の数の多さに余分な雑念が入り
込む余地が無いからであったが、決して我を忘れたわけではなかった。シンは連合軍側が思っているよりも
遥かに冷静で、戦場では不自然なほど落ち着き払った目をしていた。それは集中力が生み出す究極の境地、
キラと同じ次元に位置する「SEED」能力だった。

 

「長物を振り回してる場合じゃない。――手数と機動力で勝負だ!」

 

 マニピュレーターに持たせていたビームライフルとビームサーベルを納め、素手ごろの状態になる。その
瞬間、それまで萎縮していた敵が自ら丸腰になったデスティニーを見て好機を見出したのか、豪雨のような
密度のビームを注いだ。しかし、デスティニーは大きく光の翼を広げると、その隙間を紙一重の回避運動
で、まるで実体が存在していないかのようにすり抜けていく。

 

『そ、そんなバカなッ!?』

 

 性質の悪いビデオ・ゲームのようだ。相手をさせられる方の身にしてみれば、堪ったものではなかった。
絶対に回避不可能の弾幕の中を、まるで幽霊のように透けているかの如く潜り抜けてくるのだから。それが
現実に起こっていて、慌てないわけが無かった。
 そのまま、武器も持たずにデスティニーは敵の只中へと突撃した。そしてデュアル・アイを瞬かせてコロ
イド粒子の残光を発したかと思うと、次々とそのマニピュレーターを添え当てながらMSの間を駆け抜けていく。
 デスティニーが駆け抜けた後には、攻撃を受けて撃墜されるMSだけが残った。いつの間に攻撃を受けたの
か――そんな事が戦士として覚醒したシンを前にして分かるはずも無く、ただ時間が飛ばされたような感覚
だけを味わって、為す術も無く恐怖のうちにやられていくのみであった。

 

『こ、このッ!』

 

 余りの凄まじさに、動くのを忘れて迎撃していた。デスティニーの現実のものとは思えない動きを見て、
呆気に取られてしまったのである。そんな精神状態の射撃が、覚醒状態のシンに当てられるわけも無く――

 

『ぐほッ!?』

 

 衝撃と同時に正面モニターが暗闇に染まった。パイロットには何が起こったかのかなど、知る由も無い。
恐怖に冷や汗を浮かべ、闇雲に操縦桿を動かす。ビームライフルのトリガー・スイッチも遮二無二押した。
 デスティニーが掴むは2体のウインダムの頭部。右と左のマニピュレーターにそれぞれ、すっぽりとカメ
ラを覆い被せる様に掴んで掲げ上げていた。
 肉食獣に捕獲された獲物は、じたばたと暴れて抵抗する。四肢をばたつかせ、手にしたビームライフル
は出鱈目な照準で無駄撃ちを繰り返している。その流れ弾が誤射を生み出しているも、敢然と直立してい
るデスティニーには掠りもしていない。威風堂々と敵中で見せしめのようにウインダムを掴み上げていた。

 

「潰れろぉッ!」

 

 気合一閃、シンの掛け声に呼応してデスティニーがそれぞれ掴んでいる頭部をパルマ・フィオキーナで破
壊した。2体のウインダムの頭部はものの見事に粉々に砕け散り、煙を噴出してふらりとよろめいて流れて
いく。その2体は最早抗う力など残されておらず、廃人の様にぐったりとしていた。
 そして、爆煙の向こうから双眸と頭頂部のメインカメラの緑がうっすらと浮かび上がる。煙が晴れると、
そこにはダーク・トリコロール・カラーの「G」が敢然とした様子で佇んでいた。
 その立ち姿が、悪魔に見えたのかもしれない。デスティニー周辺の連合軍MS部隊は、蜘蛛の子を散らす
様に後退を開始した。

 

 コックピットでシートに座るシンは、軽く肩で息をしていた。顔には大粒の汗。しかし、操縦桿を握る手
は、尚も力が込められていた。
 周囲が静かになると、再びシンは顔を動かした。その目は次のターゲットを探す狩猟者の目のようであっ
たが、決して悪戯に狩ろうという悪意のあるものではなかった。それは、先程の部隊も殲滅して見せようと
思えば出来たかもしれなかったが、そうしなかったという出来事が証明している。

 

「派手に動きゃ、敵はビビッて逃げてくれる…そういうものだけど――あれは?」

 

 目に留まった光。メサイアとは逆方向であるが、確かに交戦の光である。ザフトがメサイアを放棄すると
は思えないから、もしかしたら何がしかの特殊事態が起こっているのかもしれない。カメラを拡大して様子
を確認する。画面の乱れで鮮明ではないが、連合軍の攻撃を受けている事から、どうやら味方と思しき戦艦
が捉まってしまっているらしい事が覗えた。
 助けなきゃ――思うが早いか、反射的にシンはスロットルを全開にしていた。

 
 

 ズシン、ズシンと連続的に揺れるブリッジ。ユウナは、かつてこんな恐ろしい体験はした事がなかった。
しっかりと遮蔽されているブリッジでも、戦闘に関してはずぶの素人であるユウナは、ブリッジ・クルーと
トダカの信じられないほど冷静な対応に感心すら覚えさせられるほどに驚かされていた。

 

「機数12、MSが11でMAが1です」
「特定、遅いぞ」
「内訳、出ました――ダガーの105型が2とL型が4、残りの5つはウインダムです。アーマータイプはザムザ
ザーであると判明」
「MS隊にはザムザザーを牽制させろ。クサナギはメサイアへの接近を続ける。後ろの補給艦には盾になって
もらう」

 

 恐怖が先行している普通の人間であるユウナには、彼らのやり取りが余りにも平然としすぎていて、まる
で違う生物を見ているような気さえ起こさせた。それも慣れであると思うが、怖い事を怖いと感じられなく
なる軍人の感性の麻痺が最も怖い事であると、ユウナは感じた。

 

「君達は、死に対する恐怖が無いのか?」
「命を賭して国をお守りするのが、我々であります。――守れませんでしたがね」

 

 震える声で訊いてくるユウナに、トダカはフッと自嘲交じりに返して見せた。その表情の複雑さに、地球
でのオーブ撤退からの行き場の無い怒りが渦巻いている事を知る。軍人としての恥を晒し続けているトダカ
に、命を惜しむような感性は既に皆無なのかもしれない。それを見るだに、ユウナは益々軍人に対する一種
の嫌悪感を募らせた。
 ユウナの不信感を募らせたような表情、それにトダカは気付き、人差し指で鼻の頭を掻いた。

 

「あぁ――怖い事には怖いのです。ただ、それを我慢して何処まで冷静になれるかが肝でして」
「僕は、君達が怖い。軍人というのが皆、そういう涼しい顔をして戦っているのかと思うと、とてもではな
いが理解できなくて気が狂いそうになる」
「戦いを知らない方から見れば、そうも見えましょう。しかし、我々軍人を唯の人殺しとしてしか見れない
ような低俗な感性を持ち出すのだけは、お止めください」

 

 トダカの表情、平静な表情。瞬間的に険しく歪める事もあるが、殆どは平時であると勘違いさせられるほ
どに表情の変化が乏しい。それが本来なら艦長としての冷静さの顕れとして心強く思うものだが、軟弱なユ
ウナにはそうは見えなかった。戦闘から離れたところで戦っていたユウナには、別世界の人間のする事とし
て認識されていたからだ。だからこそ、別世界の現実を目の当たりにして戸惑う。

 

「頭で理解しようにも、納得を得るまでには時間が掛かる。僕は普通の人間だ、そう見えてしまっても仕方
ない事だ」

 

 トダカは、そんな弱気で不謹慎を口にするユウナを気にも留めず、クルーへの指示を続ける。ユウナはそ
ういう人間なのだと割り切り、まともに相手をしないようにするスタンスを確立したからだ。
 そんな態度のトダカに、ユウナはやはり不満顔だった。

 

「君ぃ」
「カガリ様をお救いするのです。国を守れなかった以上、カガリ様をお助けする事にこの命、何ら惜しむ必
要はありません」

 

 ギラリとしたトダカの視線。ユウナは一瞬たじろいだが、強がるように鼻を鳴らした。

 

「カミカゼ精神かい? 心構えは立派だが、死すべき戦いに意義を見出せるものか」
「ユウナ様は、この艦に自らの御意志で搭乗なさっていらっしゃる」
「僕に押し付ける気?」
「なるべくそうならないようにするのが私の責務でありますが、いざという時にはお覚悟を」

 

 じろりと睨みつけられる流し目に、ユウナの冷たい背筋が余計に冷たくなった。イカれているとかいない
とかの問題ではなく、既にトダカは覚悟を決めていたということだろう。何が何でもメサイアに取り付こう
という執念が、鋭い刃のような輝きをトダカの瞳に与えている。その迫力に圧倒され、無意識にユウナは唾
を飲み込んだ。

 

「ムラサメ隊、突破されました。ザムザザーが本艦へと突っ込んできます!」

 

 CICの索敵を担当しているクルーが絶叫と同時に振り向いた。2人の頭が一様に振り向いた。

 

「弾幕! それからアストレイ隊に援護!」
「駄目です、間に合いません!」

 

 レーダーの赤色の光点が凄まじいスピードで接近しているのが分かる。MA特有の直進性能、ザムザザーで
ある事に疑いは無い。味方機を示す青色の光点が一斉に寄り集まってくるも、とてもではないが、それが間
に合うなどとは思えなかった。
 やられるのか――そう思った刹那だった。突然猛スピードで接近していた赤色の光点が消失し、クサナギ
の搭載MSではない証拠である緑色の光点が代わりに点灯した。

 

「MAロスト!」
「索敵班!」

 

 唐突過ぎて、何が何やら状況がハッキリしない。流石にブリッジもざわつきを見せ、それぞれに確認作業
に入る。目を配るトダカとは対照的に、ユウナはキョロキョロと辺りを見回して落ち着きが無かった。

 

 傷だらけの船体がクサナギであることを知ったのは、シンがザムザザーのコックピットをパルマ・フィオ
キーナで貫いた後である。クサナギの船体は、ザフトであるシンに馴染みのあるシルエットでは無い。

 

「クサナギ……って、何でこんな所に? 月じゃないのか?」

 

 ビームライフルやバルカンで牽制を放ちながら後退してくるオーブのMSを確認した。シンもそれを援護す
る為に高エネルギー砲を構えて一発敵陣に向けて撃った。その一撃が効いたのか、はたまたデスティニーの
姿に恐れをなしたのか、敵はすぐさま退却を開始した。
 戦闘行動に一先ずの区切りが付けられると、後退中のムラサメがワイヤーでデスティニーに接触を求め
てきた。サブ・モニターには中年の男の顔が映される。

 

『助かった、デスティニー。貴官が援護に入ってくれなかったら、クサナギはやられていたかもしれない』
「そんな事より、何だってクサナギがここに居るんです? 月でダイダロスの攻略に掛っているはずじゃな
いんですか?」
『補給艦の帰還を護衛する為だ』
「そんなもの、建前だろうに」

 

 話にならないとばかりにシンは一方的に通信を遮断して、クサナギへと流れていく。クサナギのブリッジ
は、分かり易い。果たしてその傍らに寄せると、マニピュレーターの指先を接触させてコールを求めた。

 

「月へ向かっていたクサナギが、メサイアに何の用なんです?」
『アスカ君か?』

 

 覚えのある声。顔を見なくとも分かる、トダカだ。

 

『メサイアへ取り付きたい。護衛を頼まれてはくれんか?』
「質問に応えるのが先でしょう」
『火急であるのだ――』

 

 トダカは奥歯に物が詰まったような物言いで、要領を得ない。その理由は、シンに対してカガリの救出が
目的である事を告げることが、交渉の決裂に繋がる事を容易に想像できたからだ。
 対してシンもそんなトダカの目的を、おぼろげながら見当がついていたのかもしれない。言葉に詰まるそ
の様が、シンの感性に妙に引っ掛かる。頭の煩わしさが、そういう事なのだと告げているようだ。

 

『――カガリを、カガリを助けるためだ! そうしなけりゃ、オーブは二度と元に戻らない!』
『ユウナ様! それは駄目です!』
「何だ?」

 

 急に騒がしくなった耳元に、シンは片目を瞑って眉を顰めた。

 

『メサイアが陥落寸前で、カガリがまだそこに居るのなら、僕らはそれを救出しなければならない義務があ
る! それを理解してくれるのなら、君はそのMSでクサナギをメサイアまでエスコートするんだ!』
『彼に対してその理屈は駄目です!』
『プラントはオーブの地を見捨てた過去がある! 君がザフトならそれに負い目を感じて、僕の言う事も聞
き届けて見せるというのが筋だろう! もし君もコーディネイターが同じ人間であるとデュランダルの様に
主張するのなら、僕の言う事に従え!』

 

 必死に諌めようとするトダカの声と、訴えかける軟弱そうな軽い声が入り混じり、シンの耳をノイズとな
って襲う。時々裏返るような必死さが、その青年の本気がどれだけのものであるかを物語っていた。その必
死さに、シンは触発されるだけの情を持っていた。
 しかし、内容が良くない。よりによって、カガリを救出しに来たと言うのだ。しかも、それを自分に手伝
えと命令してくる。シンにとって、こんな横暴は屈辱以外の何物でもなかった。

 

『いいか、オーブはプラントの為に犠牲になったんだ! だったら、人間であるならば恩義を感じ、手を貸
すのが人として当たり前の事だと思わないのか!』
「……いい加減な事をほざきやがって」

 

 食いしばる歯が音を立てた。シンの肩が震えている。

 

『何だと?』
「あんたらはオーブっていう国が欲しいだけなんだ。アスハという偶像を戴き、下らない理念を掲げて自分
に酔う――そのせいで死んだ人間の事なんて、これっぽっちも考えずに!」

 

 父も、母も、幼かった妹も死んだ。全て、前オーブ政府の判断の甘さと遅さが招いた悲劇だ。それを事も
あろうに美談とし、そしてプラントへと流れていった自分の様な難民は忘れ去られた。

 

『知った風な事を!』
「慰霊碑だなんだって、俺は、そんなものが欲しかったんじゃない! もっとこう……誠意って奴とかさ!
形で表したらそれで終わりみたいな……あんたらのすることはいつだって格好付けの見せ掛けだけで、まる
で誠意って奴が見えやしない! その癖、自分達の正しいと思った事だけは俺達に押し付けて……それで俺
達が喜んでるって本気で思い込んでいて――そんな傲慢なんかで俺達家族は!」

 

 鬱憤を晴らすかのように、シンは心の思うままに、罵倒するような激しい口調で責め立てた。
 当時の記憶を留める為に慰霊碑があることは知っている。しかし、シンはそんなものは見せ掛けだと思っ
ていたし、オーブの体面を取り繕うような慰霊碑などで誤魔化してほしくなかった。

 

『ザフト風情がオーブ国民の代弁者のつもりかい? えぇッ!』
『ユウナ様! 彼は元オーブ国民で、前大戦後にプラントへ移住して行った者です。私が手配をしました』
『今はザフトだろう! 関係あるものか!』
『ご家族を亡くされています!』
『う……ッ』

 

 軽い声の青年が、言葉に詰まった。シンは内心でざまあみろとほくそ笑んでいた。
 気持ちを汲んでくれたトダカをありがたくは思う。彼の言葉遣いから、恐らく相手にしていたのはオーブ
の中でも相当の権力者であるだろうという事は予想できる。そんな相手に暴言を吐いて、それをフォローし
てくれたトダカのお陰で、カガリに対して溜まっていた鬱憤が少なからず晴れた事は、感謝すべき事だ。そ
して、それと同時にシンにも割り切らなければならないことがあると感じていた。

 

 もう、2年経ったのだ。ずっとシンを縛り続けてきたのは、アスハによって全てを奪われたという被害者
意識。そろそろ、そこから脱却するべきではないかという考えが、少し前から漠然と頭の中にあった。きっ
かけは、今なのかもしれない。
 オーブでごくありふれた家族の1人として幸せに暮らしていた過去の自分は、もう居ない。今の自分はプ
ラントを守護するザフトの一員であり、軍人である。その軍人となった自分が、今窮地に陥っている人間が
居るにもかかわらず助けない――それは、傲慢だと思う。
 ただ、カガリに対する蟠りを全て捨てたわけではない。自分は軍人としての役割を果たすために行動する
のだと、心の中で言い聞かせた。

 

 沈黙。焦りはほんの少しの時間すらも長く感じさせ、重苦しい空気が澱んでいた。

 

「……クサナギをメサイアまで導くだけです。そこから先は、自分たちで何とかしてください」

 

 戦況が不利な激戦区へと向かう事が、果たして良い事なのかは分からない。しかし、今のクサナギにとっ
ては何とか見出せた光明であって、それが例え死への道標だったとしても目的を果たせるのであれば後悔は
無い。怯えを見せているユウナも、その一点に関してだけはクルーと共通していた。

 

『あ、ありがとう。感謝するよ』

 

 トダカの声。まさかシンが引き受けるとは思わず、若干声が困惑に揺れている。シンは少し照れくさそう
にぽんぽんとヘルメットを叩くと、デスティニーを先行させた。

 
 

 いよいよザフトも危なくなってきて、捕虜として監禁してあったネオの部屋も安全の為にロックが外され
ていた。逃げ出すつもりなど毛頭無かったが、軍人としての性か、状況が知りたくて部屋を抜けたくなって
ステラを呼んだ。怪我は完治とまでは行かないまでも、それなりに身体を動かせるまでは回復していた。
 ステラを連れて、格納庫へ足を運ぶ。情報を得るにしても、戦闘ブリッジには当然ながら入る事は出来な
いだろうし、それならば戦況によって対応に追われる事になる格納庫へ行けば多少なりとも情報を得られる
だろうと判断したからだ。

 

「ん? 何の騒ぎだ」

 

 最早、勝手知ったる何とやらの如く格納庫へやってくると、ちょうどレジェンドが入り込んでくるところ
だった。レジェンドは器用に床に着地すると立膝を突き、コックピットからはレイが出てきた。

 

「補給はまだのはずだが――どこかやられたのか、レイ!」

 

 メカニックがその様子を怪訝そうに眺めている。整備班主任であるマッド=エイブスがレイに訊ねるも、
その問い掛けは無視されてレイは何処かへと流れて行った。

 

「どういうんだ、一体……?」
「おい、どうしたんだ?」

 

 ステラに付き添われて、ネオはマッドのところへと降りた。彼には突如として現れたように思えたのだろ
う、マッドはネオがやって来た事に驚き、素っ頓狂に表情を歪ませた。その表情が滑稽に見えたのか、ステ
ラがキャハハと少女らしい笑い声を発した。
 そんなステラの笑い声に、マッドは不遜そうに腕を組み、ジロリとネオを睨みつける。

 

「捕虜が、ここに何の用か。残念だが、脱出艇は用意してやらないぞ」
「随分だな。――まぁ、期待しちゃ居ないさ。ここまで来りゃ、私もこの艦と一蓮托生したくなる」

 

 ファントム・ペインも悪くは無かった。居心地という点では、捕虜として監禁されている立場のミネルバ
の方が見劣りするには違いない。しかし、ネオは既に連合軍から切り捨てられた立場であり、ステラも脱走
兵になっている。今さらミネルバを脱走しようにも、彼等には既に帰るべき場所は存在しないのだ。
 今のネオの生き甲斐は、ステラしか残されていないのかもしれない。この無垢な少女を守らなければなら
ないと感じているからこそ、ネオは何かしらミネルバの役にも立って見せたいと思っていた。

 

「クルーでもない唯の捕虜が、よくも大それた事を口にするもんだ」

 

 ネオの気持ちなど、露ほども汲んでやるつもりが無いマッド。相手にしていられないとばかりにそっぽを
向いた。しかし、ネオはその肩に手を置いて制止する。マッドは不快そうに横目でネオを睨んだ。

 

「何だよ?」
「さっきのあれ、レイだろ? MSを置いて何処行っちまったんだよ?」
「知るかよ、んなこと。戻ってくる気配もないし、何か急ぎの命令でも下ったか――」

 

 ドスン、という衝撃がミネルバの艦体を激しく揺らした。格納庫内はその衝撃で備品やパーツ類が無重力
に浮かび上がり、とっ散らかりを見せている。係留もせずに放置されていたレジェンドも、床から僅かに浮
かび上がっていた。
 バランスを崩し、姿勢を維持することが出来ないネオを、ステラが手で引っ張って繋ぎとめる。マッドも
突起にしがみ付き、堪えていた。

 

「――ったれがぁ!」

 

 マッドが苛立ちを吐き出すように拳で壁を叩いた。それから素早くレジェンドに取り付いて、コックピッ
トを覗き込む。
 レイは何もせずに出て行ったらしい。計器類は光を放ったままで、臨戦態勢のままだった。マッドはコン
ソール・パネルを操作し、レジェンドの各部異常を確認してみるが、奇麗な外観どおり、異常など何処にも
見当たらなかった。

 

「どういう事情か知らねぇが、レジェンドを遊ばせて置くってのはよぉ!」
「だったら、私に使わせてくれないか?」

 

 外から首を突っ込んでパネルを叩いているマッドの後ろから、ネオが声を掛ける。マッドは煩わしそうに
髪をガシガシと掻き毟り、刺すような視線でネオに振り返った。

 

「脱走するつもりなら、もっと上手い言い訳を考えるんだな」
「そんなつもりは無い。私は、お前たちを助けてやろうってんだぞ?」
「どうだかな」
「他人の厚意を、そういう風にして無碍にするのがザフト流だというのか!」

 

 コックピットから顔を出し、ネオの肩に手を置いて突き放すようにどけると、マッドはふわりと床に下り
ていった。ネオもレジェンドを押してそれを追いかける。

 

「私なら、レイと同じ様にレジェンドを動かしてみせる。そうすりゃ、ミネルバだって沈まなくて済むだろ?」

 

 この一言が、ネオが自分自身をムウであると認める一言になっていた事など、全く意識していなかった。
頭でいくらムウを否定していても、結局はジブラルタル基地でのレイとの語りが決め手となって、知らず知
らずの内に無意識下では認めていたのだ。それが、遂に言葉となって噴出してしまった格好になった。
 勿論、マッドがネオとレイが、歪な関係とはいえ、血縁関係に当たるなどとは知っているはずも無く、疑
いの目が更に不審を帯びていっている事など、当のネオは知る由も無かった。
 マッドが、呆れたように溜息をつく。そんな時、ブリッジからの呼び出しのコールが鳴った。苛立ちを隠
そうともせず、乱暴に受話器を取って耳に当てる。ネオは、その様子を固唾を呑んで見守っていた。

 

「――はい、分かりません。レイは、何も言わずに出て行きました。――えぇ、上の方からの指令を受けた
のではないかと踏んでるんですが、良く分からないんです。――使えることには使えますが、パイロットが
……」

 

 受話器の声に集中していたマッドの瞳が、ネオをチラリと横目で見た。

 

「虜囚のネオ=ロアノークが、レジェンドのパイロットに志願しています。本人曰く、レイと同程度に使っ
てみせると豪語していますが、どの程度なのかは実際にやらせてみるまでは分かりません」

 

 コールの主が誰なのかは分からないが、何やら脈がありそうな内容に聞こえる。
 マッドの視線に、ネオは目を輝かせた。やがて、話し込むマッドの表情が驚嘆に歪む。

 

「――では、条件付で許可を下されるというんですか!? 猫の手も借りたい艦長のお気持ちもお察しいた
しますが――えぇ、分かりました。あの娘を使います」

 

 そう言って受話器を戻すと、マッドはネオに向き直った。まだ納得し切れていないようで、苦虫を噛み潰
したような苦汁に満ちた顔をしていた。
 そしてマッドが顎で部下に何かを指示した。ネオはその様子を怪訝そうに眺め、次の言葉を待った。

 

「ネオ=ロアノーク、グラディス艦長からのお許しが出た。あんたにはレジェンドを使ってもらう」
「本当か!」
「但し!」

 

 身を乗り出して喜びを表現しようというネオを宥めるように、マッドは声を張り上げた。

 

「あんたが裏切らないとも限らない。だから、お嬢さんは人質にさせてもらう」

 

 ハッとして振り返るネオ。すると、そこには既に後ろ手に錠を施されたステラがヨウランとヴィーノに捕
らえられていた。

 

「ゴメンな。本当は女の子にこんな事をしたくは無いんだけど――」
「エクステンデッドだったら俺らが敵うわけ無いから、こうするしかないんだ」

 

 少年2人に捕らえられ、ステラはわけが分からずに狼狽していた。それまで普通に接してくれていた彼等
が、急に牙を剥いたのである。困惑するのも当然だ。
 ただ、ネオが予想しているよりは遥かに落ち着いていた。確かに不安がっている事には違いないのだが、
ネオの知っているステラならばもっと激しく暴れても良いはずだ。その様子が無いという事はつまり――

 

「レジェンドには乗せる、しかし、もし裏切りの素振りを見せようものならこのお嬢ちゃんは――」
「待て! それ以上は言わなくても分かっている!」

 

 ステラの様子に訝しがっている間に、危うくブロック・ワードを口にされそうになって、ネオはそれを掻
き消す様に声を張り上げた。
 重苦しい空気が充満する格納庫。細かい揺れが断続的に起こり、戦闘が続いている事を如実に実感させて
いる。
 ネオはステラを見た。彼等の態度の急変が、怖いのだろう。必死に涙を堪えようと全身を強張らせ、仄か
に震えていた。それでも、その瞳は一点の淀みも無くネオを見つめている。とても澄んだ、純真な眼差しだ
った。

 

「ステラ……」
「大丈夫、ネオ。ステラはネオを信じているもの」

 

 その一言で、迷いが吹っ切れた気がする。
 同時にパイロット・スーツが投げ渡され、ネオはそれを手に取った。

 

「サイズはそれで合っているはずだ」
「信じてくれ。私は、お前たちを裏切ったりはしない」

 

 よもや、ザフトと馬を並べることになろうなどと、かつての自分からは想像だに出来なかっただろう。し
かし、運命は巡り巡り、その想像できなかった事が現実となった。大西洋連邦軍の大佐からザフトの捕虜に
なり、脱走して復隊したかと思えば即座に切り捨てられ、こうして再び虜囚とも思えないようないい加減な
扱いを受けている。その凋落振りを鑑みるに、自らの情けない運命に落胆せざるを得ないも、今はこうする
事でしか自らを守る事が出来ないのが現実であった。
 パイロット・スーツに着替えたネオが、レジェンドのコックピットの中に入り込む。少し緩く感じるパイ
ロット・スーツは、暫くの療養生活で衰えた筋力のせいだろうか。その分、パイロット・スーツの圧迫感は
軽減されるだろうが、戦闘機動に衰えた肉体が耐えられるのかという不安は少なからず沸き起こった。

 

「ファントム・ペインのメンバーに見つからないことを願いたいが――」

 

 同じMSである以上、ザフト製も連合製も操縦系統に大した違いは見られない。簡単に説明を受けた後、軽
やかに操縦桿を動かして機体をカタパルト・デッキまで移動させる。まるで、元から自分の為にあったかの
ような違和感の無さに、益々ネオは自分の中のムウの存在を確信してしまった。

 

「ブリッジ、発進援護を頼む。発進後はインパルスと合流して敵性戦力の排除に当たろう」
『艦長のグラディスです。半端な野心は身を滅ぼすだけだと、肝に銘じて置いてください』
「念を押してもらえて助かる。――レジェンド、出るぞ!」

 

 カタパルトに乗ってレジェンドが加速する。久しぶりに感じる重圧に、歯を食いしばり耐えた。
 加速の重圧から解放され、ビームの光と閃光が渦巻く戦場へと躍り出ると、宇宙という無限世界の開放感
にネオの思惟が一瞬にして広がっていくような高揚感を覚えた。命のやり取りを行う場でもある戦場である
のに、心踊るこの高揚感は果たして兵士としての自分に刻み込まれた性分なのであろうか。空間の広がりと
そこに存在しているMSの位置が、手に取るように分かる気がした。
 前後左右のモニターを首を振って確認し、ミネルバ周辺の戦況を把握する。ドラグーン・システムの使用
は初めてであるが、まるで最初から扱い方を知っているような感覚で射出した。

 

「オレンジショルダーは一旦さがれ! 掃射ビームで蹴散らす!」

 

 ネオの呼びかけに、レジェンドが別人によって運用されている事にヴェステンフルス隊は疑問の声を上げ
た。「なんだ」「どうした」といった声が方々から聞こえたが、要領を得ないまでもネオの言葉に反応して
引き下がっていった。
 ネオの目が瞬き一つしないで敵を捉える。レジェンドがビームライフルを連射して敵MSを散らせると、一
斉にドラグーンが飛び掛った。それは警察犬のような獰猛さと忠実さで襲い掛かり、圧倒的な火線の数と正
確な射撃であっという間に敵を退けてしまった。
 辛うじてドラグーンからの一斉射から逃れられたものも、一時的な戦力の減衰で後退せざるを得ない。そ
れを逃すまいと、ヴェステンフルス隊が狙撃して追撃を掛けた。
 久々の戦闘で勘が戻っていないからか、ネオは身体がふわふわと浮いているような錯覚に陥っていた。無
重力だからという理由ではないはずだ。そういう現実的な感覚ではなく、もっと抽象的な感覚だった。

 

「……使えた。皮肉なものだ、レジェンドを乗りこなせば乗りこなすほど、アイツの言っていた事が本当に
なっていっちまう。ステラを守るためとはいえ、これじゃあ俺自身が――」

 

 元同胞を敵に回した事に対して、ネオはもっと罪悪感が付き纏うものであると思っていた。しかし、そん
な心配は必要なかったようで、特に感傷的になる不快感は感じられなかった。そういう薄情さが、人間とし
ていかがなものかと言う指摘もあるだろうが、連合も自分を切り捨てたという点を鑑みればお相子であると
論じ切れる自信はあった。
 それよりも、ネオが一番ショックだったのはレジェンドが想像以上に自分にフィットした事である。その
事実が、ネオの中のムウの存在を大きくさせているように思えた。自ら志願した事とはいえ、実際にその現
実に直面した時、やはり脅威に感じた。

 

『レイ、戻ったの?』
「ん?」

 

 メサイアの港湾出入口から、インパルスが顔を出すと、正面上部の小型サブ・モニターに少女の顔が映し
出された。従順素直なステラと違って、少し気の強い勝気そうな少女だ。
 少女は一息つくと、ヘルメットを脱いだ。汗に濡れた髪が額に張り付き、乱れたその様が少女らしい健康
的な色気を振り撒いていた。取り出したハンカチで汗を拭うと、もう少し「汗に塗れた少女」を鑑賞して居
たかったネオは勿体なく思った。

 

「シンの女か。レイで無くて悪いが、一緒に戦わせてもらうぞ」
『えっ!? あんた、ネオ=ロアノークじゃない! どうしてレジェンドに――』
「迷惑は掛けないつもりだ。アイツが入用があるようなんで、その代わりを務めさせてもらう。よろしくな
シンの女」
『ル・ナ・マ・リ・アですぅッ! ――ったく、よくも艦長が許可したわね。裏切るって事、考えらんない
のかしら!』

 

 ステラが人質に取られている以上、ネオにルナマリアが言うような気を起こすつもりは無い。ただ、余り
にもミネルバのクルーから信用が無い事に、自然と笑いが零れた。

 

『何よ?』
「いや――」

 

 敵の姿は、見えない。どうやら、ミネルバの必死の抵抗のお陰で、敵もミネルバ近辺からの侵入を諦めた
ようだ。ネオはバイザーを上げ、周囲を良く見回す事でそう結論付けた。

 

「君は一度戻ってインターバルを挟んだ方がいいな」
『そうは行かないっての。あんたの監視をしなけりゃいけないんですからね』
「ふっ、タフなお嬢ちゃんだ。――じゃ、代わりに甲板で休ませてもらうとするか。実は、久しぶりで緊張
してたんだ」
『はぁ!? 一体何しに出てきたってのよ、あんたは!』

 

 緊張を解くように、ネオがぷはぁっと息を吐き出す。それが合図になったように、一気にネオの毛穴から
汗がドッと染み出てあっという間に玉になった。
 操縦桿を動かして、レジェンドをミネルバの甲板へと接地させる。ビームライフルを構えて、見せ掛けだ
けは警戒してみせるが、コックピットのネオは襟を緩めてストローに口を付けてリラックスしていた。療養
中に落ちてしまった体力のせいであると思うが、まさかこれ程にまで衰えてしまっているとは思っても見な
かっただけに、ショックはそれなりに大きかった。
 気だるそうにコンソール・パネルを操作し、カメラでメサイアの様子を確認する。ミネルバ周辺とは違い
他のエリアではまだまだ戦いの真っ只中という感じである。ネオは険しく目を細め、その外観を見つめた。

 
 

 コロニー・レーザーの衝撃と、核による攻撃でメサイアの内部は崩壊が始まっていた。ザフトの中枢であ
る中央司令室も、すでに退避命令によって人っ子一人残っていなかった。これによって、ザフトは最高司令
系統が事実上消滅した事になる。最早、敗北は時間の問題であった。
 しかし、それでも一縷の望みを叶えるべく、デュランダル達は脱出を急いでいた。こうなってしまっては
メサイアの放棄も止むを得ない。全てはコロニー・レーザーの詳細を事前にキャッチできなかった情報戦の
敗北が全てであった。

 

 デュランダル、カガリ、ラクスの3人は、身体能力に優れたコーディネイターを選抜して組織されている
親衛隊に護衛されながら脱出への道を進んでいた。しかし、既にメサイアの通路も塞がれた箇所が多数あり
マップ・ナビも殆ど機能していない状態で、立ち往生している状態に近い。いくらか脱出経路を回ってみる
も道が途切れていたり塞がれていたりで時間は過ぎていくばかりである。

 

「ここも駄目か……次だな」

 

 ライトが照らす先に、鉄屑によって塞がれた通路がある。何度と無く打ちひしがれる様な虚脱感に襲われ
ながらも、諦めなければ絶対に何とかなるという強気を忘れないのは、彼等3人の強き意思ゆえなのかも知
れない。デュランダルが気を取り直すようにそう言うと、親衛隊の1人に新たな脱出ルートの割り出しを命
令した。
 その時であった。突如炸裂する火薬の音が響いたかと思うと、何人かの悲鳴が轟いた。兆弾による火花が
非常電源に切り替わった薄暗い通路を一瞬だけストロボのように鮮明に照らす。間違いなく銃器が発砲した
音だ。親衛隊の1人がさっとライトを向けると、暗視ゴーグルで顔を覆った武装した兵士数名がライフルを
構えていた。

 

「議長、お下がりください!」

 

 隊長が手で3人を制すると、親衛隊は一斉に手にした火器でその特殊部隊に向かって応戦を始めた。
 銃火器による応酬は火薬の臭いと血の臭いが入り混じる地獄絵図。物陰に隠れて息を潜めているラクスの
手の甲に、生暖かい液体が付着した。指で触って目を凝らして確かめると、粘性のある赤い液体である事が
分かる。銃創から溢れ出した誰のものとも知れない血に、ラクスは眉を顰めて表情を歪めた。

 

「これで終わりだ、コーディ共め!」
「くそったれ! 白兵部隊の上陸を拒めなかったか!」

 

 薄暗い中では、誰が何をしゃべっているかなど分からない。あちこちから聞こえてくる怒号に、戦う力を
持たない3人はひたすら見守る事しか出来なかった。

 

「ぐあっ!」
「あぐっ!」

 

 発砲する音が一段と増したかと思うと、苦しみに呻く声も一段と増えた。敵の増援だろうか――そうも考
えたが、激しい銃器の音がやがて止むと、親衛隊長がデュランダルの傍にやってきて手を差し伸べた。

 

「どうなった?」
「味方が駆けつけてくれました。この場は、何とか凌げたようです」

 

 うむ、と言って立ち上がるデュランダルの目に、その姿は入り込んできた。それは、アスラン率いるミネ
ルバの一団であった。アスランは3人に遭遇できた事に驚いているのか、目を丸くしていた。

 

「まさか、見つけられるとは思わなかった……」

 

 浮かぶ死体を掻き分けて、アスランはデュランダルたちの下へ歩み寄る。

 

「慧眼であった。アスラン=ザラにフェイスの称号を与えた私の眼に、狂いは無かったようだ」
「いえ、偶然です。しかし、ご健在のようで何よりでした」

 

 3人のうち、1人も欠けることなく無事で居てくれた事に、一先ずアスランは胸を撫で下ろした。そうして
その中の1人が熱い視線を向けてくれていることに気付く。カガリだ。

 

「アスラン!」

 

 笑顔で近寄ってくるカガリ。しかし、アスランは表情を曇らせたまま、彼女を迎え入れようとする仕草を
取らなかった。その様子のおかしさにカガリも気付いて、投げ出しかけた身体にブレーキを掛けた。

 

「アスハ代表も、ご無事で何よりです」
「アスラン? な、何を言って――」

 

 他人行儀な態度は、公人としてのカガリの護衛であったアレックス=ディノの時の態度に似ている。しか
し、それが再会を喜んでいる時間が無いからという理由ではないように思える。アレックス=ディノを演じ
ようと言うアスランは、明らかにカガリを避けている様であった。
 アスランはデュランダルに向き直ると、腰に下げている拳銃を手渡した。

 

「先を急ぎましょう。メサイアの陥落は時間の問題です」
「うむ」

 

 銃を受け取り、手に馴染ませるように確認するデュランダル。親衛隊に囲まれて先に行くと、続けてラク
スがアスランの表情を怪訝そうに覗いながら流れていく。そして、カガリは動かないままだった。

 

「代表、ここも危険です。早くしませんと敵がやってきます」
「あ、あぁ……」
「頼みます。アスハ代表をお連れしてください」

 

 ミネルバから連れて来た精鋭にカガリを護衛するように命令する。アスラン自身はそれを見送ると、周囲
を警戒しながらしんがりを行った。カガリは、まるで違う人のようなアスランの態度に理由を見つけられず
沈痛な表情を浮かべて俯いていた。

 

 壁に爆弾をセットし、時限設定をする。急ぎ退避すると、その数秒後に凄まじい炸裂音と共に夥しい量の
煙が噴き出した。飛び散る破片が無作為に拡散して行き、その向こう側にある部屋へ抜ける空気の流れが次
第に煙を晴らしていく。

 

「向こう側は広いホールになっているはずだな?」
「はい。そこを抜けられれば、脱出まであと一歩です。――確認します、少々そこでお待ちください」

 

 隊員の1人が腰のポケットから何やら取り出し、芯の様な物を引き抜くと、それは一気に膨れ上がって等
身大のダミー人形になった。それを爆弾で開けた穴の向こうに押し流す。ダミー人形が見えなくなると、一
斉に発射される銃器の音が鳴り響いた。舌を鳴らしてアスランが前に出る。

 

「張られていた! ――掃討する! 後続!」

 

 両脇に抱え込むように2丁のサブ・マシンガンを携行し、勢い勇んで飛び出すアスラン。それに続いて生
き残った親衛隊とミネルバの精鋭部隊が空気を切るように素早く動いた。

 

 同じ頃、1人でメサイアを進む少年が居た。パイロット・スーツに身を包み、手にはミネルバから失敬し
てきたサブ・マシンガンが1丁握られている。
 警戒しながら進んでいると、俄かに揺れたような感じがした。

 

「何処かで爆薬を使った? 近いな……」

 

 ヘルメットのバイザーの向こうから覗くブロンドの前髪。レイは一度手にした銃器の状態を確認し、いつ
でも撃てる事を再確認すると、壁を蹴って更に奥へと進んでいった。

 

 穴の向こうはダミー人形が破裂した事によって煙幕が張られていた。待ち伏せていた連合兵士は、突然視
界が奪われた事にうろたえ、煙に向かって遮二無二ライフルを連射していた。その煙の中から、凄まじい突
進力で身を低くしたアスランが飛び出してくる。目に入った男にタックルをかまして壁に頭を叩き付けて気
絶させると、それで口火を切ったように次々と飛び出してくる親衛隊と精鋭部隊の面々。アスランは両腕に
抱えたサブ・マシンガンをひたすらに撃ち、続々と敵を掃射していく。
 これに慌てたのは、連合兵士だ。あっという間に減っていく味方の数に完全にパニック状態に陥り、懐か
ら取り出した手榴弾を乱雑な手つきで力の限り放り投げる。

 

「しまった! あそこにはカガリや議長が――」

 

 アスランが声に出した時には、もう手遅れだった。無重力で直線的に投げられたそれは、壁にヒットして
少し跳ね返された所で爆発し、天井の高いホールは一瞬にして瓦礫の渦に巻き込まれることになった。

 

「クッ!?」

 

 それは、ホールの近くで身を隠していたデュランダル達3人にも被害が及び、巻き起こる埃と塵の嵐にカ
ガリは腕を顔の前で交差させて目を塞いだ。
 その時、不意に身体に浮揚感を感じ、誰かに抱きかかえられている感覚を得た。

 

「アスラン……?」

 

 期待して顔を上げた彼女に待っていたのは、残念ながら彼の顔ではなかった。グレーの髪を後ろで束ねた
無骨な骨格を持つ大男。レドニル=キサカが小柄なカガリを小脇に抱えるように運んでいた。

 

「キ、キサカ!? どうして――」
「私で済まないと思うが、妥協してもらうぞ」
「そうじゃなくて――」
「カガリを救出しに来た」
「どうするつもりなんだ! ラクスや議長は――」

 

 身を捩じらせてカガリが暴れだす。しかし、キサカの丸太のような強靭な腕は、少女の力でどうにかでき
る代物でもなく、頑として動かない。キサカはカガリを抱えて駆けたまま、横目でカガリを見下ろした。

 

「残念だが、私ではカガリ1人を救出するのが精一杯だ。後は他の者達に頑張ってもらうしか他に無い」
「そんな事が許されると思っているのか! 私達は誰1人が欠けても駄目なんだぞ! プラントを滅ぼすつ
もりか!」
「しかし、カガリさえ生きていればオーブだけは何とかなる!」

 

 声を張り上げるキサカ。自分のしている事が、どれだけ卑怯な事かは彼自身が一番良く分かっているのか
もしれない。自分の主君を守るためとはいえ、どさくさに紛れてカガリだけを連れ出した自分の行為が、果
たして人間道徳に則しているものかと言えば疑問を抱かざるを得ない。キサカの呻きに似た声は、それが分
かっているようだった。カガリはそんな彼の気持ちを汲んでか、口を閉じた。
 この状況で手段を選んでいる場合ではない。キサカは自分の中の優先順位を決め、それを実行する事に徹
していた。そうして情を抑えなければ、カガリの救出すら危ぶまれたかもしれないからだ。

 

「こちら、レドニル=キサカ。無事カガリの確保に成功、現在そちらへ向かって移動中」

 

 キサカが腕にはめたマイクに向かって語り掛ける。すると今度はスピーカー部分を耳に当てて、その向こ
うからの声に耳を傾けた。それから数瞬の後、再び口元に当てて「了解」と呟くキサカを眺めて、カガリは
不思議そうにその様子に目を向ける。

 

「誰だ?」
「この様な事態になった場合、本来ならキラ君のMSでカガリを連れ出してもらい、ユウナ様の艦隊に合流し
てもらう手筈だったのだが、それも叶わなくなった」
「そんな事考えていたのか、アイツ……」
「その代わり、クサナギがメサイアに戻ってきた。私は艦載艇でメサイアに乗り込み、カガリを探し、そし
て見つけ出せた。殆ど偶然のようなものだったが、ハウメアのお導きによるものだと信じたいな」

 

 十字路に差し掛かったとき、薄暗く煙る向こう側に微かな人影が見えた。その瞬間、キサカは背負ってい
るハンド・バズーカを担ぎ出し、有無を言わさずにぶっ放した。そうして壁を蹴って方向転換し、別の道を
進む。

 

「お、おいキサカ! 今の――」
「敵か味方か、今は確認している余裕は無い。嫌なら目を閉じていろ」

 

 そう言うキサカの目は、いつもの穏やかで暖かなものではなかった。銀色に鋭く煌く刃のように鋭利に尖
った目尻は、カガリを戦慄させるような凄惨さがあった。別に、ゲリラ活動もしていたカガリに今さらキサ
カの行為を責められるような資格は無い。寧ろ守ってもらっているのだから、不平不満を漏らすのはお門違
いである。カガリが言われたとおりに目を瞑ったのは、そんな怖いキサカを見たくなかったからだった。

 
 

 爆発によって崩れるホール。重力が無い分だけ、崩壊を免れているようにアスランには見えていた。しか
し、状況は圧倒的に良くない。その激しさに誘われたのか、雪崩れ込むように連合軍の白兵部隊が押し寄せ
てきたのである。
 ホールは一面が霞みかかった煙に覆われていて、迂闊に動く事は出来ない。アスランは見える範囲で必死
の抵抗を試みる。

 

「ラクス! 君は俺から離れちゃ駄目だ!」
「は、はい!」

 

 その細い腕を掴み、サブ・マシンガンで襲い来る敵を薙ぎ倒していくアスラン。埃と煙の影響で視界は最
悪であったが、その高い白兵戦能力で敵を近寄らせない。
 耳には絶えず銃弾が発射される火薬の音。不規則に人の絶叫や悲鳴といったものがホールの壁に反響して
いる。鼻を突く刺激臭は、最早火薬の臭いなのか血の臭いなのか判別不能なまでに混じってしまっていて、
その嗅覚自体を麻痺させてしまいかねないような不快な臭いにラクスは吐き気を催し、苦しそうに呻いた。

 

「カガリを見失った――おい! みんなはまだ無事なのか!? 無事なら返事をしろ! 議長は――」

 

 叫び、呼びかけるアスラン。生き残っている仲間が、あと何人程度残っているのか、それを確かめたかっ
た。しかし、アスランの必死の声も発砲音と絶命の絶叫に掻き消されて、反応は返ってこない。
 手にしているサブ・マシンガンが、カチッカチッと乾いた金属音を立てる。弾倉の空になったそれを投げ
捨てると、ベルトで腰にぶら下げてあったもう1丁を握って再び撃ち始めた。

 

 暫く地獄のような殺し合いが続いていると、やがて濃い煙が霧散するように薄くなってきて、ホールの様
子が徐々に鮮明に見えるようになってきた。アスランはラクスを守りながら戦う傍ら、視線でデュランダル
の姿を探す。

 

「居た、デュランダル議長!」

 

 デュランダルの周りには、何人もの亡骸が無重力に浮いていた。当初10人程度で組織されていた親衛隊は
2名にまでその数を減らし、アスランが率いてきたミネルバの精鋭達も数人規模にまで減少していた。それ
に対し、敵は増えはしないものの一向に減る気配が無い。常に10人前後をキープしたままで、これだけ不利
な条件でよくもここまで凌げたものだと思う。
 連合軍の攻撃は、やはりデュランダルのところに一番集中していた。それは彼らの周りに浮いている亡骸
の数が証明している。しかし、それでも何とか持ち堪えられているのは、その亡骸が盾になってくれている
からだろう。凝固しきれていない血飛沫が舞う中、デュランダルは手にした拳銃で果敢にも応戦していた。

 

「デュランダル議長は、必ずお守りする!」
「プラントの未来が掛っているんだ! ここで敵の好きにさせるな!」

 

 残された僅かな護衛が、命を絞るような悲痛な声で気を張り続ける。しかし、そんな必死の抵抗も数の暴
力の前に敢え無くその命を散らせる事になる。或いは胸に、或いは額に銃弾を受け、悲しいまでに容易く絶
命する。デュランダルを守る人間が、居なくなった。

 

「デュランダル議長!」
「クッ!」

 

 ラクスの精一杯の叫び。それも虚しく、連合兵士に握られたライフルの砲口はデュランダルの胸を照準に
収めていた。連合兵士の口の端が、にやりと歪に釣り上がる。人差し指に力が入り、トリガーが引かれよう
とした、その時だった。目を剥くデュランダルの目の前で、その連合兵士は側頭部から血を噴出し、その場
で絶命したのである。更に、上方から注がれるような銃弾の雨あられが降り注ぎ、次々と声を上げて倒れて
いく連合兵士達。

 

「何だ!?」

 

 拳銃を構えたまま探すデュランダル。そこへ、1人の細身の少年が舞い降りてきた。

 

「ギル! 僕が来たからにはもう大丈夫だ!」
「レイ!」

 

 サブ・マシンガンを構え、デュランダルの前に敢然と立ち塞がるレイ。そのレイの登場を境に、連合兵士
の攻撃が徐々に緩慢になってきた。必至に抵抗し続けた結果、一時的に敵の侵攻を凌ぎきれたということだ
ろう。

 

 ――実際に、その場で戦っていた誰もがそう思っていた。ホールには夥しいまでの量の亡骸と、数え切れ
ないほどの銃火器がそこかしこに浮いている。いくら連合軍でも、人数に限りがある以上、必ず終わりがあ
るものだと思っていた。
 しかし、その考えが甘かった。発砲の音が止むと同時に、一同がほんの少し、気を緩めた瞬間だった。音
も無しに、デュランダルがぐらりとその身体を傾けた。

 

「え……?」

 

 その様子に、レイは一言発しただけでそれ以上は声にならなかった。彼の瞳に焼きついたのは、胸から血
を噴き出して仰け反っていくデュランダルの姿だけだった。
 何が起こったのかなど、レイに分かるはずも無い。胸に埋め込まれた凶弾、黒い長髪とコートをなびかせ
て流れる肢体。横たわるように浮かんでいる柱に背中から引っ掛かると、一つ咳をした。何かが喉の奥に詰
まっている様な、嫌な咳だ。顎を上げて倒れるデュランダルの口が、信じられないような量の吐血をした。

 

「クハハハハハッ! やったぞ、デュランダルを倒したぞ! ハァッハハハハッ!」

 

 静まり返ったホールに、下卑た笑い声が響いた。