ΖキャラがIN種死(仮) ◆x/lz6TqR1w 氏_第61話

Last-modified: 2022-07-20 (水) 12:50:11

第61話『悲憤慷慨』

 
 

 デスティニーがハンブラビに飛び掛る。見送るルナマリアの目には、それは加速と言うよりも瞬間移動を
しているように見えた。動画で例えるならば、途中のコマを編集でカットしているような印象。それも、随分
な量をごっそりと、である。こんな時によくもそんな変な事を考えられたものだと思うが、あっという間に
小さくなったその姿に、ルナマリアはそんな感想を抱いた。

 

『き、貴様はマーズを!』

 

 ターゲットにされたのは冷淡な声の男――ヘルベルト。彼が相当な実力を持っている事は、戦ったルナマ
リアには骨身に沁みて分かっている。しかし、両脚を失って運動性も機動力も低下したハンブラビが、今の
デスティニーと互角に渡り合えるとは思えなかった。
 同じ様に、今の一瞬でヘルベルトもデスティニーとの実力差を把握していた。彼は自らの現状を理解し、
敵の力量を見誤るような事はしない性格だった。普段なら、敵わない相手と無理に戦うような姿勢は見せな
かったはずだ。しかし、それでも彼は戦うしかなかった。それ以外の選択をさせてもらえる時間を、与えて
もらえなかったからだった。

 

「おのれぇッ!」

 

 冷静な男が見せる気色。しかし、それは虚勢に過ぎない。ヘルベルトの額に浮かぶ汗は、冷たかった。

 

「遅い!」

 

 デスティニーは残像を出しながら、神速の斬撃を繰り出す。性能の低下したハンブラビも何とか抵抗した
が、常軌を逸したデスティニーの動きにまるで対応できない。その身が、あたかもカマイタチに遭ったかの
ように、見えない斬撃によって斬り刻まれていく。

 

『に、逃げろヒルダ! コイツはおかしい――異常だ!』

 

 余りにも突然の展開に呆然と立ち尽くすヒルダの耳に、ヘルベルトの必死の声が届く。空恐ろしさから、
彼はそんな陳腐な言葉しか口に出来なかった。

 

「へ、ヘルベルト!?」

 

 ハッとして我を取り戻す彼女の目の前で、細切れにされかけたヘルベルト機に、デスティニーはスッと
左掌を添えた。その掌から光が発せられると、そこから爆発を伴ってヘルベルト機は大きく仰け反った。
 終いである。ヘルベルトは一矢報いる事すら出来ず、デスティニーの為すがままに屠られた。宇宙に散る
彼のハンブラビを眺めながら、ヒルダはシンとデスティニーの圧倒的強さに恐れ戦いて身の退かせた。

 

「な、何なんだコイツは!? あたし達に気付かれずに接近して、一瞬にしてマーズとヘルベルトを――!
 あ、あたしの恐怖が教えている……それ程の力を持ったコーディネイターだというのか、コイツが!」

 

 警戒しながら間合いを取る。恐怖にすくんで身震いをしたのは、初めてだ。キラの駆るストライク・フリー
ダムと相対した時も、こんな恐怖を抱いた事はなかった。例え損傷が無かったとしても、デスティニーには
敵う気がしない。
 ミネルバから引き上げていくヒルダ。シンの嗅覚がそれを察知し、操縦桿を握る手に力を込めた。ミネルバ
とルナマリアをこうまで痛めつけられて、それで簡単に見逃せるほどシンはお人好しではない。

 

「仕掛けておいて逃げるのか!」
『待って、シン!』

 

 制止する声に、ピクッと身を硬直させた。先走るシンを止める声。顔を振り向ければブラスト・シルエット
をパージしてベーシック・スタイルとなったインパルスが徐に近づいてくる。ハンブラビは、その間に何処か
へと去っていった。
 仕方無しに追撃を諦める。シンはハンブラビに対する黙し難い気持ちを抑えながら、デスティニーをイン
パルスに向き直らせた。

 

「大丈夫か、ルナ?」
『何で、もっと早く来てくれなかったのよ……』
「ゴメン……けど――」

 

 シンが言い掛けて、微かな振動が起こる。インパルスが、デスティニーに抱きつくようにして接触してきた。
耳にはしゃっくりと鼻を啜る音。眉を顰める。様子がおかしい事に気付いて、シンはコックピットから出た。

 

「どうした、ルナ?」

 

 身を投げ出し、インパルスのコックピットに取り付いて拳で叩く。それに応えてハッチは開いたが、中から
ルナマリアが出て来る様子が無い。心配になって、シンは中を覗き込んだ。

 

「ルナ……」

 

 シートに座ったルナマリアが、そこに居る。操縦桿を握ったまま、フルフルと身を震わせていた。怪我を
している様子は無いようで、一先ずは安心する。ただ、顔が俯いていて、表情を覗えない事が気になった。
 嫌な予感がして、ふとシンは周囲を見回した。居る筈の人が居ない――それに気付いたシンに、ルナマリ
アが頭を擡げた。

 

「Mk-Ⅱが見えないけど……ルナと一緒だったはずだよな。――補給に戻ったのか?」

 

 バイザーの奥に、まるで迷子の稚児のように涙を一杯に浮かべる彼女の顔があった。
 訊ねるシンに、ルナマリアは手を伸ばしてシンの肩にしがみ付く。擦り付けるようにして胸に顔を埋めて
きて、その様子に戸惑った。彼女の震えが、伝わってくる。怒りと悲しみと恐怖――いずれでもないかも
知れないし、全部当て嵌まっているかも知れない。

 

「あ、あたし、を……か、庇っ、て……」

 

 泣きじゃくる幼子のような声で言葉を振り絞る。それが今の彼女の精一杯。それ以上は言葉にならずに、
すすり泣くだけだった。

 

「そう、なのか……」

 

 シンは察して、ルナマリアの頭を優しく抱いた。
 しっくり来なかった。エマが帰らぬ人となった事は分かっても、シンにはそれが実感として理解する事が
出来なかった。それは、現場を目撃していなかったせいでもあるだろう。ただ、それ以上にシンは喪失感と
いうものに慣れてしまっているのかもしれない。家族を失ったあの日から、自覚の無いままにそういう感覚
を麻痺させてしまっていたであろう事を、自分の事ながら嫌な事だと思った。

 

 ふと、ヘルメット内臓のスピーカーから呼び出し音が響く。シンはルナマリアを抱いたままヘルメットの
耳元の辺りを弄り、通信機の周波数を合わせる。

 

「シンです」

 

 ガリガリっとノイズが不快な音を立てた後、伸すように徐々に回線からノイズが消えていった。回線の
向こうはクルーの声が錯綜していて、騒がしかった。シンは耳元に手を添え当てながら首をミネルバの
方に回した。

 

『――ごめんなさいね、立て込んでて』
「いえ……そんなに――なんですか?」

 

 立て込んでいると言うことは、情報が整理できていないと言う事になる。かなり劣勢になりつつあるのだ
ろうか。そんな予想を立てながら、シンは身体を震わせているルナマリアの背中を擦り続けていた。

 

『そうね、戦争なんだもの。それで、戻ってきてくれて早々に悪いんだけど、メーデーが出ているのよ。
向かってもらえて?』

 

 あらかた想像通りであるらしい。シンは訊ね返す。

 

「どちらへ?」
『アークエンジェルへ。レジェンドとアカツキが抗戦している様なんだけど、分が悪いらしいのよ』
「レイとネオが……?」

 

 シンは驚いて、思わずルナマリアの背中を擦る手を止めた。それに気付いて、ルナマリアがミネルバを
見るシンの顔を見上げた。
 2人の実力が眉唾物では無い事を、シンは知っている。しかも、両者が駆るのはドラグーン装備のハイ・
スペックMS。その2機が守りに付いているアークエンジェルは、云わば安牌の筈だった。しかし、タリアに
拠ればそれが救援を求めているとの事らしい。
 俄かには信じられなかった。もし、本当にアークエンジェルが芳しくない状況にあるならば、何らかの
トラブルが発生したと考えるのが筋だろう。磐石とも言えるアークエンジェルの守りの前に、果たしてその
牙城を崩し得る敵が存在するのだろうかといえば、疑問の余地がある。――唯一つの可能性を除けば、だが。
 何にせよ、メーデーが出ているのなら救援に向かわない訳には行かない。敵味方が入り乱れるこの戦場で、
何時どこから何が出てくるのかは分からないのだから。連合軍の規模を考えれば、どんな隠し玉があっても
おかしくない。

 

『――ごめんなさいね、労いの言葉ひとつ掛けてやれないで。でも、あなたが最前線で敵の展開を遅らせて
くれたから、ミネルバもまだ沈まずに済んでいるの。だから、その力を――』
「え?」

 

 シンが返答に時間を掛けるものだから、タリアがご機嫌取りに出た。アークエンジェルがオーブの船籍だ
という事で、二の足を踏んでいると思われているのだろう。勿論、シンに既にその様な蟠りは皆無に等しいし、
今が個人の自由を主張できる状況では無い事は承知している。
 身の丈に合わぬ黙考はするものでは無いと反省。シンは慌てて手を振って、そういうつもりではないのだと
言うジェスチャーを取った。

 

「ち、違います艦長。俺をフォローしてくれたヴェステンフルス隊の殆どは、やられちまったんです。なら、
あの人達の分も、俺に出来る事は何でもする覚悟くらいは持っているつもりです」
『そうなの?』
「誓って。だから、アークエンジェルの援護には、向かいます」

 

 シンはそう告げると、回線を切ってルナマリアに視線を戻した。腫れた目蓋に赤くなった白目。不安げな
表情で見上げる彼女を見て、軽く頭をポンポンと2回、優しく叩いた。

 

「行くの? シン……」

 

 ポツリと訊くルナマリアに一つ頷くと、シンは抱いていた腕を解き、そっと彼女をシートに座らせた。
そしてインパルスのコックピットから出て、もう一度ルナマリアに振り返る。

 

「ルナはミネルバに戻れ。アークエンジェルには、俺ひとりで行く。――いいな」

 

 そう言い残して、シンはデスティニーのコックピットに戻り、シートに座ってハッチを閉めた。
 コンソール・パネルを操作して、宙域図を呼び出す。それから作戦経過時間を見て、アークエンジェルが
現在、どの辺りに位置しているのかを、大雑把に割り出した。作戦が全て計画通りに進むわけが無いのだか
ら、後の正確な位置は自分の目と勘が頼りだ。
 シンはデスティニーの通信機で再びミネルバと繋いだ。そして、チラリとインパルスに目を遣る。インパルス
は相変わらず水に浮かぶように静かに佇んだままだった。

 

「ミネルバへ。メイリン、ルナのフォローは任せるぞ」
『うん。シンこそ、無理しないでね。――お姉ちゃんが可哀想すぎるから……』
「分かってる」

 

 メイリンの言葉に頷き、通信を切る。視線を前に向けたシンは、デスティニーを加速させた。


 艦橋を大きな横揺れが襲う。戦艦の頭脳とも呼ぶべきそこでは、戦争が行われていた。しかし、それは
直接敵と刃を交えるようなものではなく、コンピューターから矢継ぎ早に送られてくる情報との戦いだった。
一瞬の気の緩みも許されないクルーの目は血走り、機械を操作する指は一時の休みも貰えずひっきり
なしに働き続けている。

 

「アークエンジェルの損傷率が10%を突破! ゴットフリート2番が使用不能です!」
「左翼、連合艦隊からの砲撃、来ます!」

 

 ミリアリアが報告し、サイが叫ぶ。両サイドからの声に、中央シートに腰掛けるマリュー=ラミアスは
眉間に皺を寄せた。

 

「対ショック防御!」
「うぅ……ッ!」

 

 再び大きな揺れが艦橋を襲う。漏れ聞こえた呻き声の数が、衝撃の規模を物語っていた。ラミアスは即座
に手元のコンソールパネルを操作し、艦内の気密チェックを行う。

 

「サイ、左翼の敵艦隊の規模は?」
「大きいのが1隻と、随伴艦が3隻です。メーデーのMS隊が足止めをしてくれています」

 

 言いながらも、ラミアスは手元の操作を怠らない。サイの報告と同時に気密チェックの結果が出て、視線
を手元から左に移した。

 

「火力の薄くなった左弦を狙われたわね……! ノイマン、取り舵!」
「やってます!」

 

 ラミアスが言うよりも早く、ノイマンが素早く判断して左に舵を切っていた。恐らくは、考えている事も分かっ
ているのだろう。しなやかに回頭するアークエンジェルの艦首が、敵艦隊と正面を切って相対する。

 

「ローエングリンを使います。――チャンドラ」
「了解。ローエングリン、1番2番、起動します」

 

 回頭に合わせて、アークエンジェルのカタパルトの下から陽電子砲の砲身が迫り出す。撃てば、この局面
を打開する一撃になる事には違いない。
 しかし、必殺兵器の顕現に慌てたのか、敵艦隊からの砲撃が一層、勢いを増した。ノイマンが舌打ちし、
舵を取り直す。

 

「ノイマン!?」
「無理です! 撃つ前に潰されます!」

 

 砲撃に晒されて振動が激しくなる。悲鳴に近いノイマンの叫びに、ラミアスは拳を握った。
 2門のローエングリンは敵にとって最大の脅威。それを怖がって、敵の抵抗も必死になる。だからローエン
グリンは使うタイミングが重要だった。易々と使う姿勢を見せれば、大概、今のような目に遭うからだ。
 しかし、敵の突破は許したくない。後方のエターナルには、アスラン、ラクス、カガリという最重要護衛対象
の要人達が陣取っている。万が一それが沈むような事があれば、その瞬間にザフト・オーブ同盟軍は崩壊
する。それだけは、避けなければならない事態だった。

 

「キャッチした例のMSはどうなっていて?」

 

 ラミアスは振り返り、ミリアリアに問い掛けた。彼女は左手をインカムに添え、ジッと計器に焦点を合わせ
ていた。

 

「まだ突破されていません。アカツキ、レジェンドとも健在です」

 

 一瞬たりとも気を抜けないのだろう。彼女の視線がラミアスの視線と合うことは無い。ラミアスも、それを
咎めるような事はしなかった。

 

「よし――ローエングリンを撃つ時には、メーデーの部隊への射線軸の連絡、忘れないでちょうだいね」
「はい」

 

 ミリアリアの反応は薄い。しかし、この状況ではそれが正しい姿でもある。
 ラミアスは捻っていた身体を元に戻し、視線を右に向けた。

 

「あの向うで、ネオ大佐が戦っている……」

 

 誰にも聞こえないような声で呟く。そしてハッとして小さく頭を振った。

 

「私はまだ、そんな事を……そういう女でしかないという事なのね……」

 

 ラミアスは自嘲的に呟いて髪をかき上げた。
 戦場で男を考えて女になってしまった事、そして未練がましく何時までも1人の男に固執し続けるストーカー
気質。どちらも、自分に失望させるには十分な感情だった。ムウ=ラ=フラガが消えてから、それほどまでに
自分は弱くなってしまっていたのかと、愕然とする。
 アークエンジェルに再び乗る事で、2年前の勇気と強さを取り戻したつもりだった。しかし、ネオに付き纏う
ムウの影が逃れられない呪縛となって、今なおラミアスを苦しめ続けていた。
 しかし、今は戦いに集中する事にする。戦艦とは、クルーとの運命共同体でもある。その長である自分が
背負うのは、自身の命だけではない。個人的な感傷で危険に晒して良いものでは断じて無い事は、承知して
いるつもりでいる。
 ラミアスは姿勢を整え、正面を見据えた。艦橋は尚も揺れが続いている。


 それは雪の様に白いMSだった。その重MSの出で立ちは、ネオとレイの知る一般的なMSのデザインとは
明らかに一線を画す代物で、一目見ただけで、それが異世界のMSである事を察する。
 ネオとレイには初見だが、既に別の部隊が接触した時の交戦記録が存在していて、アカツキとレジェンドの
コンピューターにもそのMSのデータはインプットされていた。しかし、その性能は今も未知数。武器のデータ
も機体性能も、推定の値だけしか入力されていない。
 データはあるのに謎に包まれているという不思議な機体。しかし、ただ一つだけハッキリとしているものが
ある。それは、MSの名称――

 

「タイタニア!」

 

 ネオが叫ぶ。レジェンドと連携してドラグーンで攻め立てるが、まるでビームが当たらない。
 それは、考えられない事だった。それぞれにお互いを認識し合える2人が連携してドラグーンを使えば、例え
キラやシンでさえ撃墜できる自信があった。しかし、それがサッパリ当たらない。

 

『しっかり狙え!』
「やってるよ! 尋常じゃないんだよ、コイツは――!」

 

 レイの苛立ちも分かる。焦りがあるのは彼だけではない。このコンビネーションが崩される事が、由々しき事態
であるというのは、ネオにも危機感として理解している所だ。どうやら、タイタニアのスペックは想像の範囲を超え
た所にあるらしい。
 ネオの額に、冷たい汗が浮かぶ。感応し合える2人は高度な連携を行う事が出来るが、それは同時に互いの
抱える不安までもが共有できてしまうという側面も持ち合わせていた。もし、本当にドラグーンによる
連携が通用しないのならば、彼等にタイタニアに対抗する術が無い事になる。そんな予感だけが相互干渉して、
彼らの不安はますます掻き立てられていく。

 

 しかし、シロッコにとっても2人の操るドラグーンをかわし続けるのは容易な事ではなかった。ネオとレイのコンビ
ネーションは、彼の想定よりも遥かに手強い。
 一方で、それと同時に、ある興味がシロッコの中に芽生えつつあった。
 キラもドラグーンを使った。しかし、彼はネオやレイほど卓抜したコントロールは持っていなかった。それはつまり、
ある一芸に於いてはキラよりも優れた人間がコズミック・イラの世界に存在していたという事である。その事実は、
純粋にシロッコの探究心を刺激した。

 

「この連中、ニュータイプでは無いにしろ、2人で意思の交感を行えるというのか?」

 

 感じ取った感覚から、シロッコはそう推測した。グレーとゴールドのドラグーンが飛び交う。一見、不規則に見えて
その実、計算された動き。確信には至らないが、概ね推測が的を射ていた事を感じさせる動きだった。
 タイタニアの右側面から、3基のグレータイプが襲う。横にスライドして逃げながら、デュアル・ビームガン
で標準サイズの2基を撃ち落とす。すると、煙幕となったその向こうからビーム刃を発生させた大型の1基
が突っ込んできた。しかし、タイタニアは反応良く後方に飛び退いてビームスパイクをかわす。

 

「そこッ!」

 

 すかさず後ろに振り返り、デュアル・ビームガンを撃つ。

 

「――ッ、ええい!」

 

 しかし、そのビームは背後から迫っていたゴールドタイプには当てる事が出来なかった。軽く舌打ちをし、
仕方無しにタイタニアを後退させる。そして、ちょうど残骸となって浮かんでいたザク・ウォーリアの頭部を
掴み取り、それを放り投げてビームを当てさせる事で煙幕を作り、その場をやり過ごす。
 しかし、その先で待っていたのはアンビデクストラス・ハルバードを構えたレジェンドだった。

 

「ここもか!」

 

 赤い刃が振り上げられる。それは紙一重で空を切ったが、間髪入れずにレジェンドの背後からアカツキが
ビームサーベルを手に飛び掛ってきた。上から叩きつけられるビームサーベルに、タイタニアの肩部、2本の
隠し腕がビームサーベルを交差させてそれを防ぐ。

 

「やはり、通じ合っている。興味深い事ではあるが――」

 

 力任せにアカツキを押し返す。デュアル・ビームガンで牽制して別の宙域に視線を移した。

 

「この不快感の正体は、早めに突き止めて置きたい。今はやはりエターナルに――ん?」

 

 視線をエターナルの方向に向けた途端、シロッコの頭を痺れるような感覚が奔った。それは、かつてアル
ザッヘル基地の防衛戦で受けた感触に似ている――と言うよりも、そのものだった。
 目線が、そこに吸い込まれるように動いた。視界に入ったのは、白が基本色のトリコロール艦。シロッコは
目を凝らしながら、指でコンソール・パネルを操作して拡大する。

 

「アークエンジェルのシューズが開いている? ――ええい、面倒な!」

 

 続いている「不愉快な感覚」ほどの危機感は無い。しかし、それでも2門の陽電子砲は危惧すべき兵器だ。
それをコロニー・レーザーの発射口に撃ち込まれたりでもしたら、大変な事になる。
 ――必然的に、「不愉快な感覚」の正体が陽電子砲ではない事が明らかとなった。ザフト・オーブ軍の狙い
は、陽電子砲によるコロニー・レーザーの破壊ではない。それ以上の目論見を、まだ隠している。
 急ぐ必要があった。「不愉快な感覚」は、次第にシロッコの中で大きく膨れつつあった。タイタニアはアカツキ
とレジェンドの攻撃を受ける中、アークエンジェルへと方向を改めた。

 

「何だ……別の方向へ向かう? 本丸を攻め落とそうってんじゃないのか?」

 

 突如として進路を変えたタイタニアに、ネオは訝しげに唸りを上げた。主体性の無い動きは、逆に彼を混乱
させていた。

 

『手を緩めるな、ネオ! タイタニアには追撃を掛けるしかないだろう!』

 

 思考の迷路に足を踏み入れそうになっていたところに、レイが叱責を飛ばした。そして、思わず佇んでし
まっていたアカツキの脇を、レジェンドが先行して駆け抜けていく。ハッとしてネオはスロットルを開け、すぐ
さまその後を追った。

 

「そうだった! ――この動き、アークエンジェルか?」

 

 レーダーで追尾しているタイタニアの動きから、行き先がアークエンジェルである事にほぼ間違いない。

 

「聞こえているな、アークエンジェル! 白い奴がそちらに向かった! 対応できるんだよな!」

 

 光線が煌き、閃光が瞬く。ミノフスキー粒子の影響がどの程度であるのかは分からないが、ネオは構わず
に警告をした。


 ローエングリンの発射タイミングが、なかなか取れない。息継ぎを忘れたかのような敵艦隊の砲撃に、
ノイマンは忙殺されかけているようにも見える。メーデーで駆けつけてくれたザク・ウォーリア部隊が白兵
戦線を支えてくれているが、アークエンジェルに未だ光明は見えない。
 チャンスは、一度きりと考えた方が良さそうだ。それも、ほんの僅か訪れる一瞬に賭けるような事態にしか
ならないだろう。敵の抵抗の仕方を見て、そういう状況になる事が想像できないラミアスでは無い。

 

「ロアノーク大佐より、タイタニアがこちらへ向かったとのことです」

 

 不意なミリアリアの報告に眉を顰める。今更になってターゲットを変更するタイタニアの目論見が、まるで
読めなかった。

 

「こちらに? エターナルではないのね――索敵!」
「もう、すぐそこまで来ています!」

 

 ラミアスが言うが早いか、サイの叫びと同時にタイタニアは既にビームを撃ち込んでいた。

 

「くぅっ……!」
「艦上部に被弾! イーゲルシュテルン4番6番が沈黙!」

 

 激しい揺れに必死にシートにしがみ付くクルー達。ラミアスは即座に顔を上げ、レーダーでタイタニアの
位置を把握する。

 

「コリントス発射! タイタニアに対応!」
「撃ちますが――対艦戦をやってんですよ!」

 

 チャンドラの悲鳴に近い叫び。言っている間に、更に激震が襲う。各員が前のめりになる中、サイが
モニターの情報に顔を青ざめた。

 

「後部第3ブロック大破! バリアント1番も使用不能です!」
「なんて事! アカツキとレジェンドも、来てくれているのよね!?」
「今、来ました!」
「……遅いんじゃないの?」

 

 白い粉塵の尾を伸ばして、撃ち出されたコリントスはタイタニアを狙う。その白い粉塵の尾を掻い潜る
ようにして回避するタイタニアは、続けてデュアル・ビームガンをローエングリンに向けて構えた。しかし、
そこへ数発のビームがタイタニアを襲い、後退させる。レジェンドがビームライフルを連射し、アカツキが
一足飛びにビームサーベルで斬りかかった。
 モニターでその様子を観戦して、ラミアスは受話器を耳に当てた。アカツキのビームサーベルは虚空を
斬り、レジェンドがドラグーンを全展開してタイタニアをアークエンジェルの傍から追い払う。

 

「お二方とも、タイタニアへの牽制は――」
『大丈夫だぜ、艦長さん。そちらは正面艦隊にローエングリンをぶち込んでくれりゃあいい』

 

 応対に出たネオの声に、ハッと息を呑んだ。ネオの声の感触、以前と比べ、随分と耳に馴染んだような
気がする。それはムウを忘れていっているという事なのか、それともネオがムウに近づきつつあるのか――

 

『陽電子砲がありゃ、戦艦の3つ4つは軽く落とせる。頼むぜ、艦長さん。奴の相手は、アークエンジェルの
支援が欲しい。手短に片付けてもらえると、嬉しいんだけどな』
「は、はい!」
『あん?』

 

 思わず、あどけない返事をしてしまった。それは会話から受ける印象が、あまりにもムウそのもののよう
に感じられたから。ラミアスの失態だった。

 

『おいおい、大丈夫なのかね? ホントに』

 

 隙を見せてしまったのは、迂闊だった。アカツキは呆れたようなネオの言葉を残してタイタニアへと飛び
掛っていく。ラミアスは受話器を置くと、今のやり取りの記憶を消すように頭を振った。こんな状況で動揺
している場合ではない。
 ノイマンの操舵は的確だ。激しくなる一方の砲撃の中を、余計な被弾をせずにアークエンジェルが泳げる
のは、単に彼の神がかり的な操舵のお陰である。ただ、しかし彼の技術を以ってしても局面の打開には至ら
ない。やはり、ローエングリンによる一撃が必要だ。ただ一度きりのチャンス――逃さぬよう、ラミアスは全身
全霊を込めて戦場の動きに注視する。


 アークエンジェルを沈められなかったとしても、せめてローエングリンだけでも破壊しておきたかったの
がシロッコの本音だった。それが出来なかったのは、巧みな連携で仕掛けてくるアカツキとレジェンドの
素早い対応のせいだ。こうなれば、多少の安全マージンを削ってでも手早くこれらを始末するしかない。

 

「大人しくしていれば、死なずに済んだものを」

 

 そのシロッコの言は、強がりでは無い。徐に目蓋を下ろし、精神統一を図る。シロッコの発する波動を受けた
ファンネルが、タイタニアの両肩アーマーからあたかも巣を刺激された蜂の大群のように飛び出した。

 

 その質の違いを、同じく無線式小型攻撃端末を操るレイとネオだから、分かった。同じ無線式小型攻撃端末
でも、ドラグーンとは大きさもその動きの精度も違う。それは根本的な設計思想や積み上げた技術の歴史の
差から来るものであるのだが――しかし、確かな事は現時点で圧倒的な脅威であるという事。

 

『奴さんはここからが本気か!』

 

 ネオの言葉は信じられる。レイの感じた印象も、同じだったからだ。
 胸が苦しくなる。それは低酸素濃度の部屋に放り込まれたような感覚である。ファンネルが放出されるのと
同時に、タイタニアから発する波動のような非科学的な圧迫感がレイの精神的な部分を侵蝕し、身体的に
変調を来すまでに影響を及ぼされた。

 

 ニュータイプは、人のこういう感情の変化に敏感だ。シロッコは、そのセンスを相手の理解の為には使わず、
自らの益を得るために使う。それがニュータイプとして覚醒した人間の得た、当然の権利であると主張して。

 

「なまじ感じ過ぎる事が命取りだな!」

 

 レジェンドは萎縮している。シロッコのターゲットは自然と定められた。命令を受けたファンネルが、得物に
食い掛るピラニアのような獰猛さでレジェンドに襲い掛かる。

 

「この息詰まり感……レイはこの毒気にやられているのか!?」

 

 動きの鈍ったレジェンドに目をやるネオに、タイタニア本体からの牽制攻撃。シールドを弾かれながらも
やり過ごし、ビームライフルで反撃する。

 

「レジェンドにあれはかわしきれない! ――クソッ!」

 

 アカツキの全ドラグーンを解放する。それをファンネルの回避に苦心するレジェンドの周囲に展開させ、
2つのピラミッドの底面を上下に合わせたような8面体のバリア・フィールドを形成した。
 防御に特化したアカツキと、高度な空間認識力を持つネオだからこそ出来る芸当である。その強固な
バリアの前には、さしもの脅威を振り撒くファンネルも太刀打ちできない様子であった。レジェンドに集中され
る砲撃は、全て弾かれていた。

 

『何をしているネオ! 奴の目論見は――!』

 

 足手纏いにされたくないレイが、言々火を噴いた。バリアで守られている現状が、不服なのだろう。レジェンド
の頭部が落ち着き無く回り、彼の困惑を表していた。
 レイの言いたい事はそっくりそのままネオの考えている事でもあるから、彼の言わんとしている事は口に
されるまでも無かった。焦る気持ちは分かる。しかし、バリアを解くわけには行かなかった。
 レイはその肉体的性質上、或いは既に肉体的にはネオよりも老齢に差し掛かっているかもしれない少年だ。
彼が苦しい事は、伝わってきている。だから、無理はさせたくない。

 

「分かってるよ! タイタニアは俺が止めてやるって!」

 

 そう軽口を叩いて強がって見せた。そしてキッとタイタニアを睨み直す。タイタニアは不敵にモノアイを
瞬かせて、不意に背を向けた。ネオの眉間に皺が寄る。

 

「その、人を食ったような物腰は、あの男の性質そのものを示している。――馬鹿にして!」

 

 その背に、視線を突き刺す。ネオは操縦桿を目一杯に押し込んで、アカツキをタイタニアに飛び掛らせる。
 ビームライフル「百雷」を連射。しかし、タイタニアはまるで背中に目があるかのようにそれを避ける。そして
軽やかに反転すると、デュアル・ビームガンでビームを一閃してアカツキの「百雷」を破壊した。
 瞬間、アカツキは壊れた砲身を投棄して両手にビームサーベルを抜いた。そして、そのままメガ粒子砲の
嵐を掻い潜って、タイタニアに接近する。

 

『まだ私と戦うつもりか。金色のMSがしつこいのは、どの世界でも定番だな』

 

 タイタニアのモノアイが滲ませる邪な紅が、面白くなかった。まるで清廉潔白を主張しているかのような
ボディの白さが、余計にそう感じさせているのかも知れない。タイタニアの純白は、シロッコの黒い腹の内
とはまるであべこべだ。

 

「諦めが悪いんでね、俺は。不可能が可能になるまで、何度だって立ち向かってやるのさ!」
『それを、無駄な努力と言うのだよ』

 

 そうやって、シロッコは他人の努力を嘲笑ってきたのだろう。
 最初にスティング、アウル、ステラの存在を知った。それからプラントへ来てレイの存在を知った。そして、
自分の中のムウの存在を知った。自分を含め、皆、不安定な自分を確定させようと必死にもがいていた。
だから、ネオにはシロッコの放言が許せなかった。

 

「無駄だと? 意味が無いと言ったか!」

 

 アカツキの袈裟に振るった右ビームサーベルは空を斬り、逆袈裟に振り上げた左ビームサーベルはビーム
ソードに弾かれる。一寸の間を置いて、今度は両サイドから逆水平にクロス斬り。しかし、タイタニアは素早く
懐に入り込んで、自身の両腕をアカツキの両腕の内側に突っ掛けてそれを防いだ。

 

「ふざけるな! この世の中、誰が生きていても良い筈だ! コーディネイターもナチュラルも関係ない。
例え存在そのものが偽りだったとしても、生きている現実があればそれが真実だ!」
『ならば、貴様が死ねば真実は嘘になる』
「ネオ=ロアノークが、この程度で屈すると思うなよ!」

 

 じりじりと、アカツキの腕がタイタニアの腕を押し込んでいく。まるで、ネオの気迫がアカツキに宿った
ようだった。その意外な出来事に、さしものタイタニアも首を回す。

 

『ほう……?』
「聞かせてやるぞパプテマス=シロッコ! 俺は地球、プラントと渡り歩いて、そういう事を知ったんだ!
誰もが生きられるのなら生きたい……その為にする努力も、お前は無駄だとほざくのか!」

 

 いよいよアカツキの勢いは増し、光刃がタイタニアに迫る。しかし、シロッコに慌てる様子は見えない。
タイタニアはジッとアカツキを見据え、寧ろ余裕すら見せているように感じられた。

 

「それを否定すると言うのなら、シロッコよぉッ!」
『愚民は、愚民らしく天上人の支配を享受していれば良い。余計な事をせずとも、世界は天才の手に委ね
られ、正しき歴史を重ねるものだ』

 

 タイタニアがアカツキを見下すように少し顎を上げる。それは、シロッコの確信の笑みだった。

 

「人の歴史は、人生って奴はぁッ! 他人(ひと)に定められて生き行くものでは――」

 

 気付いた時には、既にアカツキの両肩は本体からおさらばしている状態だった。音も衝撃も、何も無い。
いつ斬られたのか、ネオにはそれを感じる瞬間さえなかった。斬り落とされた両腕が、砂金のように装甲の
破片を散らしながら舞う。

 

「――……なッ!?」

 

 タイタニアの隠し腕が、ビームサーベルを持っていた。それが、アカツキの両腕を斬り落としたのだ。
 怒りのままに勢い付いていた事が嘘のように血の気が下がる。途端に、不思議と冷静になれた自分が居た。
 しかし、視界の隅から迫ってくるタイタニアの太い腕を認識しながらも、身体は反応しなかった。それは、
諦観だったのかもしれない。
 裏拳のように薙ぎ払われるそれに殴られ、アカツキは金色の破片を散らしながら吹っ飛んだ。

 

 ――思わず、立ち上がっていた。視線はそのモニターに釘付けにされ、身を硬直させた。

 

「敵艦隊を正面に捕捉! ローエングリン、発射可能です!」
「ザク・ウォーリア部隊、射線軸より後退! ――艦長!」

 

 立ち尽くした分だけ、判断が遅れる。ハッとして号令を掛けようとした時には、船体が激しい揺れに襲わ
れていた。ラミアスはシートにしがみ付き、浮き上がりそうになる自分の身体を必死に抑えた。

 

「ロ、ローエングリン1番、大破! 使用不能です!」
「か、片側だけでも問題無い筈! このまま行くわ! ローエング――敵!?」

 

 いきなり艦橋の側面に現れて、携行している大型のライフルを構えた。砲口は、直接こちらを狙っている。
 その白亜のMSに、躊躇は無い。この一撃で、勝負をつけようというのだろう。まるで神の意思を代行する
天使そのもののように、己が正義を疑いもしない。
 光り輝くビームの色が、艦橋の彼女達を照らした。

 

 その瞬間を、ラミアスは覚えていない。いつの間にか、そのMSがタイタニアとアークエンジェルの間に
割り込んでいた。

 

『――ったく、世話が焼けるぜ』

 

 若干のノイズ交じりに、声だけが届けられた。視線の先に、黄金色に輝く背中。ラミアスは顎を震わせて、
目を見開いた。中途半端に口元を覆う両手が、彼女の狼狽振りを示していた。

 

『ドラグーンをレイに使ってやってんのなら、自分の身を盾にするしかないものな……』
「あ…あぁ……!」
『そう言えば、前にもこんな事があった気がする……なぁ、違うかい、艦長さん』

 

 ドクン――! 心臓が、かつて無いほど高鳴った。

 

「ム、ムウ……あなた……」
『――済まない。あんたの事、思い出そうとしたけど、出来なかった。ゴメンな……マリュー』

 

 その瞬間、アカツキの肩の辺りから小爆発が起こり、その衝撃でアークエンジェルから吹き飛ばされて
いった。そして、力尽きたそれが再び息を吹き返して戻ってくる事は、無かった。
 ジワリ滲む涙に、視界が霞む。振り返るな――それだけを、自分の心に言い聞かせる。今振り返ってし
まったら、全てが台無しになる。苦労してローエングリンの発射態勢に漕ぎ着けた事も、アカツキが身を
挺してくれたことも、全て。
 ぱちりと瞬き一つ。邪魔な水分が目尻から弾かれて、無重力に散った。

 

「ローエングリン……」

 

 シートに縋りついた姿勢のまま、手をかざす。

 

「正面艦隊――ってえええぇぇぇッ!」

 

 心のまま叫ぶ。それはマリュー=ラミアスの心の底からの叫びだった。
 瞬間に吐き出された業火の一撃が、連合艦隊を駆け抜けた。先頭で中央に陣取る艦が直撃を受け、その
後方に位置していた大型の艦隊旗艦までも貫通する。そして、その2隻が起こす猛烈な爆発に、旗艦の右翼
に付けていた随伴艦までもが巻き込まれて撃沈した。残された1隻も、撃沈こそしなかったものの甚大な損傷
を被り、そこから後退するしかなかった。


 アカツキのドラグーンが形成していたバリア・フィールドは、アカツキが戦闘不能になった瞬間と時を同じく
して消滅した。それは、アカツキがドラグーンのコントロールを失った事。そして、ネオがドラグーンをコント
ロールする事ができなくなったという事である。
 正面に据えたタイタニアは、眩しいほどに白い。見れば見るほどに、じりじりとした痺れるような苛立ちを
感じる。レイの瞳には、憎しみの対象として映っていたのかも知れない。
 しかし、そんな事は無い筈だと、頭を振る。仇を討とうなどと考えられるほど、ネオを信頼しているつもりは
無かったからだ。

 

「ネオ、俺はお前に頼まれたから生きるんじゃない。最後まで生きたいと、俺自身が望むから生きるんだ!」

 

 シロッコのプレッシャーなど、問題にしている場合では無い。結局、レイはネオに借りを作ったままなのだ。
非常に後腐れが悪い。ならば、ネオが守ろうとしたアークエンジェルを守る事で、借りを返したい。
 レイの手が、操縦桿を強く握った。途端、レジェンドはビームライフルを構えて突撃をする。
 ビームを連射してタイタニアを追い捲り、アークエンジェルから引き離す。そして、レイの視線がその姿を
追い、ビームライフルがそれに連動した。

 

「そこだ!」

 

 タイタニアの姿を捉えた。しかしその時、思わぬ方向からの攻撃を受けて、右腕を貫かれる。慌ててビーム
ライフルを左手に持ち替えて、咄嗟にビームシールドを展開して身を守った。

 

「敵の増援? ――いや、奴のビットか!」

 

 それらは一通りレジェンドを攻撃していくと、タイタニアに纏わり付くようにして集結し、それぞれ肩アーマー
のファンネル・ポッドへと収容されていった。レイは忌々しげに舌を鳴らし、レジェンドを後ろに飛び退かせた。

 

「何だ!?」

 

 その時を待っていたかのように、今度はタイタニアを別方向からのビームが襲った。一瞬、アークエンジェル
の援護射撃かとも思ったが、明らかに方向が違う。
 レイがその姿を探し出そうと首を回していると、ピピッと音を立てて反応するコンピューターが、その正体を
割り出した。

 

「デスティニー――シンが来るのか!」

 

 細かいビームが数発タイタニアに降り注ぎ、アクセントをつけるかのように強烈なプラズマ収束ビームの
光跡が劈いた。距離の関係もあっただろう。照準は正確ではなく、タイタニアは特に動くことなくそれをやり
過ごした。

 
 

 彼方から飛来してきたデスティニーは、更にタイタニアに牽制攻撃を掛けると、素早くレジェンドに並び
かけた。そして軽く肩を触れ合わせて接触回線を繋いでくると、上部小型モニターに視線を方々に向ける
シンの強張った顔が表示された。

 

『アカツキの反応が見えない……? レイ、ネオは!?』
「分からん。アークエンジェルを守って、どこかに……」
『クソッ! こっちもかよ!』

 

 シンは悪態をつくように吐き捨てると、デスティニーをタイタニアに飛び掛らせた。レジェンドがそんなシン
の行動に連動して、ドラグーンを展開させる。
 データの中でしか知らない白い重MSを見て、シンは眉を顰めた。イザークのグフ・イグナイテッドだって、
あそこまでは白くない。

 

「このMSは初だぞ。――タイタニアだったか?」

 

 シンはコンソールモニターとカメラモニターを交互に見やり、そう呟いた。符合するデータが告げた事実
が、一段と緊張感を高める。

 

「キラ=ヤマトが唯一敵わなかった相手……コイツがぁッ!」

 

 戦場である事を忘れさせるほどの純白。それは装甲の歪など殆ど無く、かすり傷やビームによって焼け
焦げた痕も見えなかった。限りなく新品に近いその状態。それでこんな所まで戦ってきたとは、恐れ入る。
 そういう敵が相手である。ジ・Oとはわけが違う。

 

「パプテマス=シロッコだな!」

 

 肩からフラッシュ・エッジを取り出し、投擲する。タイタニアがそれを弾き返している間に接近し、再び
それをキャッチして斬り掛かる。タイタニアはビームソードでそれを受け止めた。
 その瞬間、本能的にその異質さを察した。これまで戦ってきたどんな敵よりも、このタイタニアは違う。
MSも、パイロットも底が見えない。こんな不明瞭で不確かな敵と交戦するのは、初めての経験だった。

 

『ほう……力がある。しかし、力だけでは私は倒せんよ』

 

 声に凄みがある。一見、優男風の声色なのに、心臓を手で掴まれるような圧迫感があった。
 ノミの心臓であったならば、その瞬間に怯んでいた事だろう。しかし、心臓に毛が生えているシンに、それ
は通用しない。それどころか、敵の総大将を目の当たりにして余計に気勢を強めた。

 

「あんたが連合軍のトップなら、あんたを倒しちまえば!」
『出来るつもりで居るのか? 少年!』

 

 タイタニア肩部の隠し腕が伸びて、ビームサーベルを振るう。シンの瞳は、それを見逃さない。刃を弾き、
残像だけをその場に残して離脱した。間髪入れずに追撃しようとするタイタニアに、続けてビームのシャワー。
レイのドラグーンが、タイタニアの足を止める。
 シロッコは眉を顰めて、そんな2人の連携に感心した。

 

「デスティニーがレジェンドと連携を組むか――まだ来る?」

 

 背後から殺気。シロッコが後ろを振り返ると、赤と白で彩られたガンダムタイプのMSが、右手に持った
レーザー対艦刀を振りかざして肉薄していた。

 

「うわあああぁぁぁッ!」

 

 ルナマリアが悲鳴のような雄叫びをあげ、タイタニアに斬り掛かる。しかし、渾身の力を込めて振り下ろ
したエクスカリバーは易々と回避され、続けて薙ぎ払った一撃もビームソードによって防がれた。
 刹那、タイタニアの肩からファンネルが射出され、それが放つ光輝が両脚と右腕を貫いた。

 

「そ、そんな!?」

 

 煌々と輝いたその一つ目の紅が、インパルスの装甲を貫いてルナマリアに突き刺さる。それは、見つめ
られただけで抱いた恐怖。決して犯してはならない禁忌に触れたような罪悪感と共に、心の奥を見透かさ
れるような嫌悪感も抱いた。身の危険を感じた身体が、条件反射的に動く。
 インパルスが急ぎタイタニアの背後に回り込んだ。タイタニアは、それを歯牙にもかけない。
 残された左腕が持つビームライフルで、その背中に攻撃する。しかし、照準が狂ったように掠りもしない。

 

「何で? 何でこの距離で外れたの!? いくらあたしでも、この距離だったら――」
『知りたいか?』

 

 いきなり全身を氷水に漬けられたような悪寒が奔った。タイタニアが振り返り、やおらビームソードを掲げる。
瞳に映り込む、長いビーム刃。脳はそれを認識しているのに、身体が硬直して動けない。いくら鎮めようと
思っても、悪寒が鎮まらない。
 ブン、と薙ぎ払われたビームソードが、インパルスの首を撥ね飛ばす。衝撃と共に、ルナマリアの正面の
モニターがモノクロームの砂嵐へと変わった。

 

『それは貴様が、排除されるべき存在だからだよ』

 

 地の底に引きずりこまれるような重い声だけが、耳に届く。それは、けたたましく鳴り響く警報よりも更に
ハッキリと聞こえ、見えない触手のようなものがルナマリアの全身を這いずり、指1本すら動かせられない
ほどに硬直させた。
 全身が冷たい。顔中に浮かぶ汗も、渇いた口の中も、表皮、五臓六腑、骨、筋肉、毛髪といった、身体を
構成しているありとあらゆるものが、まるで瞬間冷凍されてしまったように寒い。
 何かがぶつかる衝撃。叫びたくても、喉も凍ってしまっているようで、声が出せない。コックピットが激しく揺さ
ぶられ、身に食い込むベルトだけが、廃人の様になってしまったルナマリアの身体をシートに繋ぎ止めていた。

 

 タイタニアが、サブ・マニピュレーターでインパルスを捕獲していた。シンの瞳に、その光景は嘘のように
映っていたのかも知れない。
 何故ルナマリアがここに居るのか、分からなかった。彼女は、もう戦える状態ではなかったはずである。

 

「何でインパルスが――ルナが来ちゃってんだよ!」

 

 タイタニアがインパルスのコックピットにビームソードを突きつける。ヤバイ――シンはルナマリアの行動
に不可解な思いを抱きつつも、四の五の言わずにデスティニーに全開の鞭を入れる。
 グンと後方に掛かる重圧に鋼の肉体を軋ませながら、高エネルギー砲でタイタニアを狙撃し、2機を分断する。
その片手間にアロンダイトを引き抜き、刀身を展開させた。

 

「あんたの相手は俺だぁッ!」

 

 大きく振りかぶり、身体の回転に合わせて振り下ろす。重量と戦艦の装甲さえ容易く切り刻む刃が、タイ
タニアへと振るわれた。しかし、アロンダイトはタイタニアに紙一重でかわされ、続けてゼロ距離で高エネ
ルギー砲を突きつけたが、サブ・マニピュレーターがその砲身を掴み、照準を逸らす。
 その瞬間、シンはすかさずビームライフルを取り出して、バルカンで牽制しながらタイタニアの正面から
離脱しようと試みた。しかし、サブ・マニピュレーターが信じられない反応の早さで高エネルギー砲の砲身
から、その右脛にと掴み換え、脚を引っ張った。

 

「捕まった!? やられる――やるっきゃ!」

 

 躊躇なく、シンはデスティニーの右脚をビームライフルで撃った。膝を撃ち抜き、トカゲの尻尾きりの要領
で辛くも逃れる。右脚を犠牲にしていなければ、今頃シンはこの世界に存在していなかったかもしれない。
直後に振るわれていたビームサーベルの空振りを見て、シンは思わず生唾を飲み込んだ。

 

「フッ」

 

 シロッコは余裕の笑みを浮かべ、デスティニーの「尻尾」を放り投げた。途端、その「尻尾」をビームが貫い
て破壊したかと思うと、スコールのようなビームの嵐がタイタニアを襲った。
 レジェンドのドラグーンだ。シロッコはファンネルを適当数展開し、それらの攻撃と合わせてドラグーンを
狙撃する。その攻撃で幾つかのドラグーンは撃墜したが、その後、ドラグーンは直ぐに戻っていった。時間
稼ぎのつもりだったのだろう。シロッコが顔を振り向けた時には、既にデスティニーは半壊状態のインパルス
を伴って遠くへ離れていた。

 

「私は足止めをされているな。敵の頭さえ押さえられられれば、話は早いものの……追いついてきたのか?」

 

 脳を刺激する閃きが、プレッシャーの存在を報せる。続けてタイタニアの後方からビームが劈き、そちらへ
向けてデュアル・ビームガンを撃った。
 チラリとレジェンドを見やる。残り僅かになったドラグーンをリセットし、ビームライフルを構えてタイタニアを
警戒していた。

 

「次から次へと、よくも集まってくる」

 

 ウェイブライダーが先行し、その後ろをストライク・フリーダムが続いた。ウェイブライダーから牽制するよう
にビームが撃たれると、そのまま進路を逸れて離脱していく。その影から姿を見せたストライク・フリーダムが、
全火器を前面に向けて構えていた。
 そうはさせじと、タイタニアはレジェンドへ迫る。迎撃のビームライフルをかわし、その背後に回りこんでストラ
イク・フリーダムに対しての盾とした。
 それを目の当たりにして、キラの表情が引き攣る。

 

「シロッコ! どこまでも――!」

 

 シロッコの行動の意味をキラは分かっていた。分かっていたからこそ、頭に血が昇った。
 これはシロッコの挑発だ。浅慮な次元で、キラを馬鹿にしているのである。

 

「こんな挑発までして見せて! そんなにレコアさんを撃った僕は滑稽だったか!」

 

 苦虫を噛み潰し、自分を抑える。同じ過ちを犯すわけにはいかないのだ。キラは構えを解くしかない。
 タイタニアはレジェンドの背中を突き飛ばすと、悠々とした様子で先を急いでいった。ウェイブライダーが、
その後を追う。キラもすぐさま追撃に掛かろうとした。

 

『待て、キラ=ヤマト。何故、レジェンド諸共タイタニアを撃墜しなかった?』

 

 カミーユに続こうとしたその時、キラを止めたのは意外にもレイの声だった。
 元々無口で、キラには彼と会話を交わした記憶が殆ど無い。その上、彼はキラを避けている風でもあった。
 そんな彼が、自ら話しかけてきた。急ぐ気持ちはあるものの、思わず立ち止まり、視線をレジェンドへと投げ
かけた。

 

「“何故”って……」
『あそこでシロッコを仕留めていれば、ザフトの勝利は確定的だった。お前の甘さのせいで、千載一遇の
チャンスをモノに出来なかったんだ!』
「君を犠牲にして撃てるわけが無いだろ!」
『俺が、ラウ=ル=クルーゼだとしてもか』

 

 眉を顰め、一瞬、身体が硬直した。
 久方ぶりにその名を耳にした。記憶の中からその名をピックアップするのに、さして手間は掛からない。
2年前にキラを苦しめ、心に大きな傷を残した男――その名が、ラウ=ル=クルーゼ。激しい戦いを繰り
広げ、最後はジェネシスの光の中に消えていったはず。

 

「どういう事……?」

 

 意味が分からない。今更その名を出した事も、あまつさえ自らをクルーゼと称する事も、キラを悪戯に混乱
させるだけだった。レイの不明瞭な魂胆には、困惑を浮かべざるを得ない。
 通信回線からは、意図不明の笑い声が聞こえてくる。キラは眉を顰めてヘルメットの通信機部分に手を添えた。

 

『アル=ダ=フラガのクローンは、ラウ1人じゃなかったという事さ! いわば、俺はラウと同一人物――ヤキンの
A級戦犯は、実は今もこうして生きていたという事なのだよ!』

 

 声の質やしゃべり方を、クルーゼに近づけているのだろう。少しドスを利かせた声は、キラの記憶の中にある
クルーゼの声と一致した。クローンと言う話が真実であれば、確かに彼はクルーゼそのものなのだろう。
 ――外見的には。

 

「君は、本気でそう言っているのか?」
『何……!?』

 

 ストライクフリーダムは向き改め、レジェンドに背を向けた。キラにとっては、その議論は意味が無い。

 

「自分以外の誰かと同一になるなんて、そんな事できるわけ無いよ。君は所詮、君でしかないんだ」
『俺がラウじゃないから、だから、撃たなかったと言うのか』
「そうじゃない。今日まで一緒に戦ってきた君の事を、仲間だと思っているから、撃てなかったんだ」

 

 それ以上の会話を重ねるつもりは無かった。今は一分一秒が惜しい時。キラはスロットルを全開にして、
ストライク・フリーダムを加速させた。

 

 レジェンドがその背中に向かってドラグーンを向ける。レイの親指がそのトリガーボタンに添えられ、1/3
程度まで押し込んでいた。しかし、力が入って震える親指は、まるで麻痺したかのように固まってしまって
いる。そして、遂に力を緩め、指をトリガーから離した。
 青白い軌跡が、暫くレイの瞳に残されていた。その背に広がった美しい羽は、ストライク・フリーダムを
あたかも空想世界に登場するキャラクターのように見せていた。
 呆然と見送るレイの瞳には、それは人生を懸けてまで憎悪する対象には見えなかった。


 混迷の度合いを深めていく戦場。今は、開戦当初に勢いのあったザフトの快進撃は鳴りを潜め、組織力で
勝る連合軍が趨勢を盛り返していた。
 Ζガンダムの前に、ダガーLが立ちはだかる。カミーユは攻撃をかわしながら突撃し、すれ違いざまにビーム
サーベルで斬りつけて撃破した。

 

「こんな所にまで敵が出ている……突破を許したのはシロッコだけじゃないぞ」
「右にも敵!」

 

 カミーユが撃破したダガーLを後ろ目に呟いていると、後方でシートに掴まっているロザミアが声を上げた。
 顔を振り向けるのと同時に、右腕のランチャーからグレネードを発射。左側面から迫っていたウインダムの
付近で花火のように炸裂し、その光にウインダムが怯んだ。

 

『せ、閃光弾か!?』
「どけぇッ!」

 

 ウインダムが怯んでいる隙に飛び掛り、ビームサーベルで一突きする。光の刃は胸部排気ダクト付近に
突き刺さり、ウインダムを貫通していた。Ζガンダムはそれを引き抜くと、ウインダムを蹴り飛ばして直ぐに
変形をして加速した。
 ザフトの勢いは完全に死んでいる。奇襲が全てだった以上、それも仕方ない事だ。

 

「ザフトが後退を始めている」
「どうして?」
「時間だからね」

 

 訊ねるロザミアに、カミーユはそう返した。
 奇襲は元々、メサイアの存在を限界まで連合軍に悟らせない為の時間稼ぎに過ぎなかった。ザフトが少し
ずつ後退を開始したという事は、メサイアが接近しているという事の暗示でもあった。
 コロニー・レーザーは発射までに時間が掛かる上、火を入れっぱなしにしていれば爆発もする上、連射も
出来ない。それに、今撃たれてもメサイアが盾になってくれるし、メサイアの進路が逸れてもボルテールが
コントロール艦として随伴しているから、土壇場での修正でなければ十分に間に合う、という計算だった。
 ただ、誤算だったと言えば未だコロニー・レーザーに動きが見られないという事。攻撃を仕掛けた時点で
コロニー・レーザーを使われる事を想定していたから、ザフトとしては逆に不安だった。
 コロニー・レーザーを温存しているのは、シロッコがザフトの動きを警戒したからだ。シロッコがタイタニア
で自ら前線に出てきたのも、そのザフトの思惑を探る為だろう。だから、エターナルを目指していた。ザフト
の旗艦であるそれに接触すれば、何か分かる事があると考えたからだ。

 

「ピンクのお船が見えたわ!」

 

 ロザミアの声に気付き、カミーユは巡らせていた思考を止めて前を向いた。閃光やビームの軌跡が散見さ
れる宇宙の中に、桃色をした戦艦が小さく目に入る。

 

「シロッコはエターナルに取り付いて――人質にしようとする!」

 

 抵抗するエターナルの弾幕の中を、白いタイタニアが飛び回る。護衛のグフ・イグナイテッドやザク・
ウォーリアの部隊がいくら阻止しようとしても、まるで接触も出来ずに屠られるだけだった。
 それに、タイタニアの他にも、それを支援するウインダムの姿もある。

 

「何かたくさん居る!」
「あれじゃあ時間の問題じゃないのか! 援軍は――ん?」

 

 防戦一方のエターナルに業を煮やしかけた時、ふと何かに気付いた。徐にウェイブライダー形態からMS
へと戻り、急制動を掛ける。その瞬間、Ζガンダムの胸元を、一発のビームが掠めていった。
 目線を、射線元へと振り向ける。そこには、砲身の長いフェダーイン・ライフルを構えたハンブラビが居た。
そしてモノアイを光らせたかと思うと、即座にそれを投棄して襲い掛かってくる。既に隻腕となっているハンブラビ
は、ビーム・キャノンを連射しながら左手にビームサーベルを抜き、Ζガンダム目掛けてそれを振り下ろした。

 

「ヒルダ=ハーケンが、こんな所で仕掛けるんですか!」

 

 カミーユはビームサーベルをシールドで防ぎながら、確信を持ってハンブラビのパイロットの正体を看破した。
それは、カミーユにはハンブラビに乗っている人間が誰であるかが、既に分かっていたから。

 

「見透かされた? ――だから気持ち悪いんだ、お前は!」

 

 マーズとヘルベルトが戦死した事など知らないはずのカミーユが、何故かピンポイントでハンブラビがヒルダ
のものであると見破っていた。それは、ヒルダにとっては得体が知れない感覚であり、驚きを以って言葉を返す。
 Ζガンダムがビームライフルを取り回すと同時に、ハンブラビは後ろに飛び退いた。カミーユはチラリとエター
ナルを見やり、再びハンブラビに視線を戻す。戦いの構えをしたまま、一歩も引く気が無いように見える。

 

「あなたの目的はラクスを守る事でしょう! 僕を倒す事では無いはずだ!」

 

 エターナルはタイタニアや連合軍のMSに迫撃されている。ヒルダが自分で語ったとおり、本気でラクスを地球
圏の統治者としたいと願っているのなら、こんなところで道草を食っている場合では無いはずだ。
 ハンブラビがカミーユの言葉に反応し、微かな身動ぎを見せた。しかし、次の瞬間にハンブラビは再びΖガン
ダムへと襲い掛かってきた。

 

『お前はラクス様を脅かす! その妖術のような力で、洗脳するつもりで居るからだ!』

 

 闇雲にビームサーベルを振るう。流石に一流のパイロットだけあって、動きが鋭い。しかし、それは余りにも
遮二無二で、間合いを少し離すだけで簡単に対処できた。
 ビームサーベルの一振りごとに、ヒルダの呻き声が聞こえてくる。既に彼女の精神はボロボロで、戦いは
そんな心を紛らわす為の手段と成り果てていた。
 立て続けに2人の仲間を失い、命辛々逃げ延びた。そしてラクスの為にとエターナルを目指したが、そこで
は連合軍が撃沈を目論む始末。今すぐにでもザフトに味方をしてラクスを助けたい所だが、裏切った手前、
易々と自分の心が許さない。そんな偏屈なプライドとストレスから、ヒルダは錯乱状態へと陥ってしまっていた。
 妖術とか洗脳とかいう言葉が出てくるのは、自分の行為の正当性を無理矢理に自らの心に納得させるため
の幼稚な方便だ。そういう事情を、ヒルダの息遣いから把握する。
 その時、ロザミアがシートの後ろから身体を前に乗り出した。彼女も、分かっているようだ。

 

「何でお兄ちゃんを狙うのよ! あんたの敵は、あっちでしょうが!」
「自分以外を、全て敵だと思うから――」
「お寝んねしてんでしょ! だから、夢みたいな事を言うんだ!」

 

 ロザミアの言葉に、思わずハッとした。――だから、ヒルダは現実に目覚めていないのかもしれない。

 

「――なら、起こしてやらなくちゃな!」

 

 つまりは、ゲーツやレイと同じ様に――
 今のヒルダは錯乱からの思い込みでヤケクソになっているだけだ。元々、思い込みの激しい女性である。
それが錯乱によって悪い方向に作用してしまっているから、こういう無益な行動に出ているのだろう。ならば、
しっかりと現実を認識させて、自分の目的をハッキリと確認させてやれば、その思い込みの強さが逆に良い
方向に作用するかも知れない。
 カミーユは、それに賭けて見る事にした。その志はどうであれ、彼女の思想がシロッコに利用されている事
は哀れだ。そのせいで自分を失くしかけているのなら、それは取り戻すべきだ。

 

「ハーケンさん! あなた、自分が何を仕出かしているのか、分かっているんですか!」

 

 ビーム・キャノンの砲撃をかわして、背後に回りこむ。そして脇の下から腕を差し込んで羽交い絞めにする。

 

『黙れ! ラクス様の敵は全て排除しなけりゃ、世界は平和になってくれないんだよ!』
「違います! それは、あなたが勘違いしているだけなんです!」
『認めない、認めないぞ、こんな世界! そうでなきゃ、あたしはまた爪弾き者にされちまうじゃないかぁッ!』

 

 しかし、ハンブラビはすぐさまそれを振りほどき、ビームキャンを出鱈目に撃つ。カミーユはいよいよ混乱の
極みに達しようかと言うヒルダの言葉を聞きながら、再度の接触を試みた。

 

『魔物め! ラクス様の敵め! シロッコはラクス様を地球圏の支配者に相応しいと認めてくれたんだ!』
「他人に頼るな! 自分の目で見なさいよ! 自分の頭で考えなさいよ! それが、あなたでしょう!」
『言うなああぁぁッ!』

 

 ビームサーベルの振りが、更に滅茶苦茶になる。間合いなどお構い無しで、それはあたかも稚児が駄々を
捏ねているだけのようにしか見えなかった。
 Ζガンダムはビームサーベルに持ち替え、ハンブラビの懐に潜り込む。ハンブラビが振り回すビームサー
ベルは、出鱈目ゆえに見切りが難しい。その切っ先が、Ζガンダムの肩の装甲を撫で、切り傷をつけた。

 

「やられちゃうぅッ!」

 

 ロザミアが絶叫する。全天モニターに大写しになっているハンブラビの持つビームサーベルが、2人目掛け
て振り下ろされた。
 カミーユが目を細める。その瞬間にΖガンダムは双眸から宝石が煌くような光を放ち、ビームサーベルを
振り上げた。

 

「――解かれよッ!」

 

 Ζガンダムが振り上げた光刃がハンブラビの左腕を斬り飛ばす。そして、Ζガンダムは左のマニピュレー
ターをハンブラビの核であるコックピットへと伸ばした。
 そのマニピュレーターがコックピットに触れた瞬間、ヒルダの正面に一粒の光が現れた。それは次第に大き
くなっていき、あっという間にヒルダを飲み込んでいった。