「連合兵戦記」間章 ドラゴンレディ 地球連合戦略爆撃隊

Last-modified: 2017-06-11 (日) 13:17:17

間章 ドラゴンレディ 地球連合戦略爆撃隊

 

C.E 70年 11月中旬 グリーンランド ヘブンズベース基地 第22宿舎

 

ヘブンズベース基地の北地区に位置するこの建物には、
ユーラシア連邦第77戦略爆撃機師団と大西洋連邦第5戦略爆撃軍団を主力とする地球連合軍空軍部隊のパイロット達が居住していた。
彼らの任務は、ヨーロッパ戦線の地球連合軍地上軍の航空支援である。宿舎の部屋の1つ、
最低限の家具が置かれた部屋の片隅には、三角形の物体…目覚まし時計が置かれている。
設定された時間の到来と同時にその装置は、1分1秒の遅れも無くその機能を発揮した。

 

「う~時間か。」
けたたましい電子音で男は目を覚ました。つい数分前まで深い眠りに就いていたその髭面の男は、
冬眠から目覚めたばかりの熊の様にゆっくりとベッドから立ち上がった。
彼の名は、ホセ・ロドリゲス大尉 ユーラシア連邦軍第778爆撃機中隊の指揮官である。

 

ロドリゲスは、洗面台で顔を洗い、日課のうがいと歯磨きを手短に終えると、駆け足で爆撃機部隊員の待機室へと向かった。
彼がドアを開けて通路に出ると周囲の部屋から出てきた彼の同僚たちの姿があった。
彼は、その内の一人に声をかけた。

 

「よう!マックス、お前はよく眠れたか?」
「!ホセか。お前と同じだよ」

 

ロドリゲスの同僚の一人 第665爆撃機中隊の指揮官 マックス・ベルクマン大尉は、寝ぼけ眼を擦りながら言った。

 

「こりゃ、お互い出撃前にコーヒーをもらうべきだろうな」
「同感だ」

 

彼らは軽口を叩きつつ、宿舎に隣接する建物にある会議室へと向かった。

 

30分のブリーフィングの後、彼ら、爆撃機部隊の隊員達は宿舎から出た。
今日の作戦に参加する爆撃機中隊の指揮官達と、
その指揮下にある爆撃機の乗員達は、宿舎を出ると、滑走路に向かうための交通手段の待つ場所へと向かった。
宿舎と爆撃機乗り達を乗機が並ぶ飛行場へと運ぶ為のバスが待機していた。

 

「…」

 

ロドリゲスが宿舎前のバス停に辿り着いた時、バス停は空軍のパイロットスーツを着用した男女で満たされていた。
この空軍パイロットを滑走路まで届けるバスは、いつも必要分、ぎりぎりの数しか用意されていなかった。

 

「全く、いつもうんざりさせられる。」

 

ロドリゲスは、この風景をみる度に宿舎を滑走路に隣接した場所に建てればいいのに…という感想を抱いていた。
この様に送迎バスが用意されるのには理由がある。

 
 

第778爆撃機中隊を含む第22宿舎を利用している爆撃機部隊の機材が置かれている滑走路は、
元々民間飛行場を接収、改装したもので、滑走路以外の設備は、その規模も小規模だったのである。
この様な理由からこの第22宿舎の爆撃機パイロット達は離れた場所からバスで運ばれることになっていたのである。

 

「ちっ……ガキの時に乗ったスクールバスよりボロいぜ。」

 

ロドリゲスの隣にいた、黒髪を短く切り揃えた士官が愚痴を言う。
空軍のパイロット達は、次々とバスに乗り込んでいく。満員になったバスから滑走路に向けて走り出していった。

 

民間で使われていたバスをそのまま利用したその輸送バスの乗り心地は悪くは無かった。

 

5分後、バスは目的地である滑走路に到着した。

 

遠くから見るとそこは、子供の手で、灰色一色で塗りつぶされたキャンパスの様だった。

 

滑走路用の耐熱コンクリートの灰色に混じって陽光を浴びて白銀に輝くのは、
現代の産業技術の粋を集めて作られた鋼鉄の翼竜だった。

 
 

バスが滑走路近くに停車する。

 

ドアが開放され、爆撃機部隊の隊員達がコンクリートで舗装された地面に降り立つ。
彼らの視界の向こう………コンクリートの平原に点々と並んでいるのは、彼らの乗機であり、棺桶になるかもしれない爆撃機である。

 

ロドリゲス大尉ら、第788爆撃中隊の隊員達も、バスから降りるとそれぞれの乗機へと乗り込んでいく。

 

この部隊が使用しているのは、ユーラシア連邦軍が正式採用した戦略爆撃機 UB-99 モルニアである。

 

モルニア高速爆撃機……最大搭載量30tのこの大型爆撃機は、
ユーラシア連邦空軍で戦略、戦術爆撃のみならず、対艦攻撃や沿岸哨戒にも使用されている。
ロドリゲスは、滑走路に待機している自身の乗機に乗り込む。
2分後、彼の隣の席に副操縦士のセバスティアーノ少尉が腰かけた。

 

「大西洋の奴らは?」

 

ロドリゲスは、隣に座る副操縦士に同盟国の部隊のことを尋ねた。

 

「俺達の5分後に出撃するそうです。あのブーメラン、B-7は整備に手間がかかりますから」

 

「そうか。流石金満国家の機体は違うな」

 

ヘブンズベース基地には、2個航空軍団が配備され、その内半数が長距離攻撃の可能な大型爆撃機である。
他にもアイスランドのレイキャビク飛行場にも1個航空軍団が展開している。
これらの爆撃機部隊は、西ヨーロッパの地球連合軍の航空支援と、大西洋の哨戒任務に従事していた。
それらの任務で最も多いのが、西ヨーロッパへの航空支援任務である。

 

ヘブンズベースを発進した爆撃機部隊は、ヨーロッパ戦線の地球連合軍への支援の為に西ヨーロッパの各地へと向かっていった。
今回の任務は、戦線後方のザフト拠点に対する空爆作戦である。

 

それは、ロドリゲス以下爆撃機部隊のクルーの半分以上にとっての祖国 ユーラシア連邦の領土を爆撃することを意味していた。

 

「管制塔より、発進可能とのことです。」
「よし!」

 

ジェットエンジンが作動すると同時に機内を力強い轟音が満たす。爆撃機パイロットとしての経験が長いロドリゲスは、
この音を聞く度に安心感と警戒心が入り混じったような複雑な感情を抱くようになっていた。

 

ロドリゲスは、エンジンが作動するのを確認すると、筋肉の発達した両腕で、操縦桿を握りしめ、機体を進ませた。
指揮官機である彼の機体が地上から離れ、天空への上昇を始める。

 

その後ろには、彼の部下の操縦するモルニア爆撃機の機影があった。
隣の滑走路からも次々と爆撃機が飛び立つ。それから暫くの間、滑走路の上空はジェットエンジンの爆音で満たされた。
ロドリゲスの率いる第778爆撃機中隊の爆撃目標は、イベリア半島 スペイン州 サンタンデール 

 

ユーラシア連邦の港湾都市だったこの都市は、現在、ザフトの占領下に置かれている。

 
 

1時間後、彼らは、爆撃目標 サンタンデール上空に到着した。市内の半分は、
戦闘によって大きいものでは瓦礫へと変換され、小さい物でもインフラ機能の停止といった被害を受けていた。
爆撃隊の攻撃目標は、ザフトの艦艇が停泊する港である。

 

港湾内には、コンテナを山積みにした貨物船と鯨の様なボズゴロフ級潜水空母が1隻停泊していた。
その周囲には、連合から接収した小型のサメ類を思わせる鋭い船首を持つミサイル艇
や漁船と相違ないサイズの沿岸警備用の無人哨戒艇が約10隻浮かんでいる。

 

「貨物船…北アフリカからの奴だな」

 

情報部からの報告では、現状のザフトが保有している海軍兵力は、潜水艦だけで、水上艦艇は無いとの話だったので、
親ザフト勢力の人間が操作しているのだろうと彼は推測した。彼の予想通り、
その貨物船は、ザフト軍の所属ではなく、北アフリカ共同体の所属であった。船員は、その殆どが北アフリカ共同体の人間である。

 

ザフト側が、廃墟となった市内や郊外の自然公園や広場に配置した対空砲やミサイルをはるか上空の敵機に向けて乱射する。
それらは、見た目には派手だが、実際の効果はそれと反比例する様に低い。
対空砲は、射程が足りず、ミサイルは、4月1日以来地球では、その信頼性を大きく失っていた。
爆撃隊は、1機も欠けることなく、目標の上空に到着した。

 

「爆弾を投下しろ!」

 

ロドリゲスは、旗下の爆撃機に対して指示を出す。

 

「投下!」
「いけー」

 

爆撃手の声に副操縦士の声が重なる。モルニア爆撃機は、本来なら操縦士と爆弾手が統合されているが、レーダー誘導装置が信頼できない、
または使用できない状況では、爆撃手を同乗させることになっていた。
例えば、ザフトが投下したニュートロンジャマーの影響で、レーダーが使用不能となっているCE71年の地球の様な状況下の様に…

 

爆撃機部隊が爆弾を投下したのとボズゴロフ級が潜航を開始したのは、ほぼ同時だった。
爆弾槽から解き放たれた航空爆弾は、地球の引力に従って地表へのダイブを開始した。
これらの航空爆弾は、どれもコンピュータ制御の誘導装置や目標へと落下する為の動翼等持たない無誘導爆弾である。

 

地上より遥かに遠い高空より投下された爆弾は、風により翻弄されながらも地上へと落下していった。
それらの爆弾の多くは、湾内を取り囲む廃墟に着弾した。
それでも少なくない数の爆弾が湾内に落下する。
爆弾が水面に激突し、海中で爆発した爆弾が海を沸騰させ、無数の水柱が生まれる。
貨物船は、船体の中央部に爆弾を2発受けた。
コンテナや船体上部構造物の破片を派手に撒き散らしながら、貨物船は、数秒間湾内を迷走した挙句、搭載していた弾薬が誘爆して爆沈した。
真っ二つになった貨物船の残骸は、炎と黒煙を吹き上げ、海中へと沈没していった。

 

他にも係留されていた無人哨戒艇が6隻破壊された。元々海上での救助活動やテロリストや犯罪組織の不審船対策用に開発され、
装甲も碌にないそれらの船にとっては、小型爆弾1発でも十分致命傷である。

 

「鯨は?」

 

下を一瞥し、ロドリゲスは、通信機で後方を飛ぶ部下の機体に尋ねる。

 
 

「こちら、21番機、潜水艦と思しき残骸、油膜は確認できず」
「こちら22番機!駄目です。海底に逃げちまったみたいです。」
「まあいい、港は叩いたんだ。」

 

そして、彼らが最も撃沈を狙っていたボズゴロフ級は、葬れなかった。だが、港湾機能を大幅に低下させたのは、作戦成功といえる。

 

「よし!とっととずらかるぞ!」

 

ふと彼は港の片隅で瞬くオレンジの閃光を見た…そこでは、港で物資の搬入作業を行っていたのであろう、
ジンが重突撃機銃を空中に向かって乱射しているのが確認できた。

 

「無駄なことを…」

 

地上支援の急降下爆撃や機銃掃射の為に低高度に降りてくる戦闘爆撃機ならともかく、ジンの保有火器では
遥か高高度を悠然と飛行する爆撃機部隊を傷つけることは不可能であった。
地上の様子には、目もくれず、爆撃隊は、ヘブンズベースへの帰路に就いた。

 

「全く、スマート機雷を散布すればよかっただろうに…」

 

白い雲が散乱する青空を見つめ、ロドリゲスは、任務の度に心身に蓄積される憤懣と共に言葉を吐き捨てた。

 

今や機雷は、種類によっては、戦闘機や無人航空機からでも投下できる。この爆撃機も種類によっては、機雷を68個搭載可能である。
沿岸都市を無誘導爆弾で絨毯空爆するよりも湾内に航空機で機雷をばら撒いた方が、効率もいいし、市街地や市民への被害も少ない。
上官と同意見らしく、ロドリゲスの隣にいるセバスティアーノも頷く。
ユーラシア軍人である彼らにとって同胞の生活している自国の領土を空爆するのには葛藤があった。
彼らは知らなかったが、この時期の地球連合側は、機雷のストックが少なかった。
地球連合に加盟した国家の中で最も軍事力を有する3か国、大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国では、機雷はあくまで補助的兵器として位置づけられていた。
大西洋連邦は、機雷よりもミサイルや水上艦艇、航空機の装備する兵器を優先し、
大西洋連邦以外の2国は敵国に自国領海に機雷を散布されることは、想定しても敵地に散布することは想定していなかった。
この様な事情もあって地球連合海軍における機雷の保有数は、決して多くは無かった。更に沿岸の基地にあった機雷のストックは、ザフト軍の地上侵攻が始まると、
地域ごと占領下に置かれ、あるいは兵器庫ごとザフト軍の潜水艦やMS、ミサイルによって爆破されてしまっていた。
その為、機雷封鎖に利用できる機雷の余裕は無かった。

 

現状、地球連合軍が保有する機雷の過半数は、ボズゴロフ級や水中MSから沿岸を防衛する機雷堰を形成する為に利用された。
地球連合軍が、開戦初期の地上戦線でザフトの占領下にある港湾に対する機雷封鎖を行わなかったのは、この様な事情があったのである。

 
 

2週間後、地球連合軍は、ヨーロッパのザフト軍最大の拠点 ジブラルタル基地への大規模空爆作戦 バックステージ0025を発動させた。
ジブラルタルに打撃を与えることは、ヨーロッパ戦線でモビルスーツの猛威に曝されながらも、
苦闘を続ける地球連合陸軍への支援になるだけでなく、
地上のザフト軍に打撃を与え、地球における戦況を好転させることにも繋がる。
この作戦には、イギリス南部の空軍基地とグリーンランド ヘブンズベース基地を拠点とする爆撃機部隊の半数以上が投入され、
その中には、ロドリゲス大尉を指揮官とする第778爆撃機中隊もいた。

 

「凄いですね!隊長」

 

第778爆撃機中隊の隊員の1人 9番機のパイロットを務めるヨゼフ・ランスキー中尉は、滑走路を埋め尽くす爆撃機の列を右手で指差して叫ぶ。
その顔には驚愕と喜びが映し出されていた。

 

「ああ」

 

感激する部下の声に応えるその声は、どこか上の空だった。この時、ロドリゲスは、目の前の現実に戸惑っていたのである。

 

彼の目の前で繰り広げられる光景を見れば、それも無理のない話と言える。ヘブンズベースの主な飛行場には、
ユーラシア連邦空軍のモルニア爆撃機と大西洋連邦空軍のB-7 ストラトバトルシップ戦略爆撃機が所狭しと並んでいた。
その上空には、ザフトの奇襲に備えて防空隊のスピアヘッド戦闘機の編隊が乱舞している。
ザフトとの戦闘だけでなく、NJ災害によって発生した治安の悪化や電力不足、インフラの崩壊とも向き合わなければならない
地球連合に戦力の余裕はないことを考えれば、これはある意味で異常な光景である。
地球連合軍は、今回の作戦に相当の戦力を注入していた。

 

彼らの攻撃目標であるジブラルタル基地は、ヨーロッパにおけるユーラシア連邦海軍の一大拠点で、開戦後は、地球に侵攻したザフトの潜水艦隊によって制圧され、
現在では、オーストラリアのカーペンタリア基地と並び、地上のザフト軍の一大拠点となっていた。

 

海軍基地と隣接する宇宙港には、連日宇宙からHLV(垂直打ち上げロケット)や輸送シャトル、降下カプセルにより戦略物資や兵員、兵器が投下され、
大西洋連邦に対抗する為に整備されていた海軍基地は、大西洋~地中海、北海方面を行動するザフト潜水艦隊の泊地にもなっている。
ジブラルタル基地への攻撃は、これまで長距離弾道弾による攻撃が数回行われただけであった。

 

核弾頭が無用の長物と化し、GPSやレーダーが使用不可能になるか性能を低下させている現状では、射程距離だけ長い無誘導兵器でしかない。

 

地球連合軍も、それを十分に認識しており、実際の戦果よりも宣伝効果、嫌がらせの為に行った面が大きかった。
だが、その攻撃ですら1週間前に取りやめられている。
弾道弾の1発が、ジブラルタル基地の付近に隣接する難民キャンプを粉々にしたことによって。

 

地球連合軍は、ジブラルタル基地の周囲に難民キャンプが存在していることを認識してはいなかった。だが、そのことは、事態が発生した後では、何の意味も持たない。

 

この事件をザフトは、地球連合を攻撃するプロパガンダに利用した。〝地球連合は勝利の為ならば市民すらも犠牲にする。〟
ハッキングされたユーラシア連邦の災害対策通信の周波数に乗ってザフトの放送は伝えられた。
更にザフトは、被害を受けた難民キャンプ、ロケット燃料と高性能爆薬で黒焦げになったバラックの列、手足を失った子供、等の着弾点の写真を連日、
無人偵察機やグゥルを利用して地球連合側の都市や占領下の地域にばら撒いたのである。

 

この事件を受けた地球連合は、直ちに放送で難民キャンプの生存者に謝罪し、ジブラルタルに対する弾道弾攻撃を取りやめた。
ただでさえ、前線での無差別空爆で占領下の地域に被害を出している地球連合としては、この様な割に合わない攻撃を続ける意味は無かったのである。

 
 

「壮観な光景ですね…隊長」

 

今度は、副操縦士のセバスティアーノが言う。

 

「そうだな。これならザフトの奴らをぺしゃんこにしてやれる」

 

笑みを浮かべ、彼は部下を鼓舞する様に言った。各爆撃機部隊には、それぞれ、目標が設定されていた。
例えば、第778部隊の所属機の場合、目標は、ジブラルタル基地の潜水艦ドック………分厚い鉄筋コンクリートで覆われたその人工の海触洞。
開戦前地球における海の王者であった原子力潜水艦の巣となっていたその場所は、現在では、ザフトの主要海上戦力である潜水艦隊の停泊地となっている。

 

地球連合は、モビルスーツを主力とするザフトの電撃的な侵攻の前に、北アフリカの大半を制圧され、
ユーラシア連邦の産業、文化の中心の1つである西ヨーロッパにおいても苦戦を強いられ、相次ぐ後退を余儀なくされていた。
この状況で、ザフトの2大拠点の1つに打撃を与えるということは、各戦線で戦っている味方兵士の士気を大いに高めるだけでなく、
戦況を大きく好転させることにも繋がるのは確実であった。

 

この作戦は、地球連合 戦略航空軍始まって以来の大規模作戦であった。
ロドリゲスは、いつもと同じ様に自身の乗機に乗り込んだ。整備と安全確認が完了し、発進準備が整った地球連合軍爆撃機部隊は、
次々と、滑走路から次々と離陸していく。

 

最後の地球連合の爆撃機が大地を離れた時、ヘブンズベースの上空には、無数の機影が浮かんでいた。
その数は、200機以上いた。200機を超える爆撃機は、鳥の群れの様に梯団を形成した。
基地の管制塔で、大空に飛び立っていく、作戦参加機を眺める者達がいた。

 

「閣下、壮観ですな。」
「ああ」

 

地球連合軍第4航空軍団司令官のギャヴィン・オーウェル中将は、ヘブンズベース上空を覆わんばかりの機影を見て、傍らの副官に応える。
再構築戦争後、これほど大規模な爆撃機を運用した作戦は、片手で数える程しかない。
その作戦に参加できることにこの中年の将軍は、心躍るのを感じていた。

 

今回の作戦に向けて、地球連合空軍は、ヘブンズベース基地に多種多様な航空爆弾を輸送した。地下施設を破壊する為の特殊合金製の弾頭を搭載した地中貫通爆弾、
滑走路に槍の様に突き刺さり、爆発によりクレーターを形成、使用不能に陥らせる滑走路破壊爆弾、
地上部隊の上空で無数の子爆弾を撒き散らすクラスター爆弾、炭素繊維のワイヤーを散布することにより、送電施設を機能不全に陥らせる停電爆弾、
熱と圧力で効果範囲のあらゆるものを粉砕するサーモバリック爆弾……
誘導方式もハイテクのAI、GPS、レーザー誘導、レーダー、熱紋式から無誘導のものまで、さながら地球連合の航空爆弾の展覧会の様だった。

 

発進していく彼らの姿は、既にザフトに察知されていた。高高度偵察機等ではなく、地上から遥かに離れた衛星軌道上に浮かぶ、偵察衛星によってである。
ザフトは、地球連合軍の地上の拠点を偵察する為の偵察衛星を多数撃ち上げていた。
地球連合軍も、小規模な艦隊や軌道防空部隊と呼ばれる衛星攻撃用ミサイルや
軍用シャトルを有する部隊でこれらの偵察衛星を軌道上の塵に変えていたが、それでも限界があった。

 
 

「ジブラルタルに居座ってる宇宙人共を灰にしてやろうぜ!皆!!」

 

ロドリゲスは、通信機に向かって大声で叫ぶ。

 

「了解です!」
「やってやりましょう!」
「蒼き清浄なる世界の為に」

 

部下達もそれぞれ大声を張り上げて己の勇気を奮い立たせる。同様の光景は、別の爆撃機部隊でも繰り広げられていた。
無線封鎖域は、まだ遠いとはいえ、これは軍の規律を乱す行為とも取られかねなかった。だが、指揮官クラスでもそれを咎める者はいなかった。
いつ死ぬかわからない状況では、この様に兵員の士気を高める行為は、必要だった。
己を、仲間を奮い立たせる咆哮を上げながら、鋼鉄の翼竜達は、獲物の待つ空へと向かっていった。
彼らは、その途中で何が待ち受けているのかということを知らない。
だが、兵士である彼らは、命令に従うしかなかった。

 

―――――――――――ユーラシア連邦領海 ビスケー湾上空――――――――――

 

梯団を組んだ地球連合爆撃機部隊は、間もなくジブラルタル基地の存在するイベリア半島にたどり着こうとしていた。

 

「陸地が見えて来たな…」

 

ロドリゲスは、前方に広がる陸地―――――イベリア半島北部海岸を見つめて言う。
この海域は、地球上で最も鯨やイルカ類が生息している海域であり、遥か昔には、バスク人を初めとする様々な民族が捕鯨活動を行ったことでも知られている。
C.E 70年現在、この海には、別の種類の鯨も存在していた。その鯨は、血肉ではなく、鋼鉄の体を有していた。

 

「前方の海域に敵艦確認!艦種は、…ザフト野郎の〝クジラ〟です」

 

ロドリゲスの操縦するモルニアの搭載レーダーは、海上に浮かぶ敵を発見した。これは、NJによる電波障害が覆っている地球では奇跡に近いことだった。

 

「例の潜水空母か…」

 

眼下の海には、ザフト潜水艦隊の主力戦力であるボズゴロフ級潜水空母がその巨体を海上に浮かべていた。海上のボズゴロフ級は、1隻だけでなく、2隻存在していた。
また前の方の1隻は通常型と異なり、発射台の様な物体を甲板に載せていた。
対照的に後ろの方は、通常型である。2隻の上空には、ザフトの航空戦力の中核をなす飛行MS ディンが12機V字編隊を組んで飛んでいる。

 

「その2000m上にげた履きもいます。〝カメラ野郎〟です。」

 
 

副操縦士のセバスティアーノ少尉が報告した。
その報告の通り、ディン部隊の更に上空には、グゥルに乗ったジン長距離強行偵察複座型が滞空していた。VTOL機であるグゥルは、
大量に燃料を消費する代わりにヘリコブターの様に空中をホバリングすることが可能であった。

 

そのジン長距離強行偵察複座型は、通常の任務で携行している重突撃機銃やスナイパーライフルではなく、奇妙な箱型の装置を両腕で抱えていた。
その装置は、銃器というよりもビデオカメラに近い形状で、先端には、無数の赤く光る小型センサーが装着されていた。その形状は、昆虫の複眼を想起させる。
そして装置の先端は、遥か碧空を飛ぶ地球連合軍爆撃機部隊に向けられていた。

 

「物資輸送の途中か何かだろうな…向こうも攻撃できないだろうが、俺達もこの高高度じゃ、爆弾の無駄だな」
「ディンは潜水艦の護衛なんでしょうが、あのげた履きは何のために浮かんでるんでしょうね?」
「俺達の監視の為だろう」
「ECM強度を最大にしておけよ。ミサイルでも食らったらシャレにならん」
「了解!」

 

セバスティアーノは、搭載されている電子妨害装置の出力を最大に引き上げた。他の爆撃機も同様の行動をとった。

 

次の瞬間、全てを一変させる異変が起こった。それは、空中ではなく、遥か下界…海上にて起きた出来事であった。
前方にいたボズゴロフ級で爆発が発生したのである。オレンジ色の鮮やかな炎が、ボズゴロフ級の艦体を包み込み、一時的にその姿を隠した。

 

「!?何だ?自爆か!」

 

突如海上で発生した爆発を目撃したロドリゲスは唖然とした。上空の爆撃機部隊のパイロット達は、それぞれその光景を目撃した。
彼らの思考はそこで中断された…不運な一部は、永遠に… 海上での爆発の直後、新たな爆発が生まれたからだ。
それは、ボズゴロフ級が浮かぶ海上から遥かに離れた高高度………爆撃梯団の右端にいた編隊で起こった。

 

「第33中隊がやられた!」
「指揮官機被弾!!」

 

爆撃梯団の中で、悲鳴のような通信が飛び交った。

 

「何が起こった!?」

 

ロドリゲスは、突然の悲劇に驚きつつ、後方警戒用のカメラからの映像が表示されたモニターを見た。
そこからは、大西洋連邦軍のB-7爆撃機3機が、燃え盛るブーメランとなって地上に落下していくのが見えた。
間髪入れず、第2の爆発が空気の薄い高高度で炸裂し、今度は、ユーラシア連邦空軍のモルニアが6機、撃墜された。

 
 

「………対空砲弾による攻撃と思われる!」

 

通信機から僚機のどれかから拾われた電波が音声化されてコックピットに響いた。

 

「対空砲弾…」

 

それらの対空砲弾は、海上のボズゴロフ級潜水空母から発射されたのは明白であった。

 

「艦載式の電磁対空砲だと!」

 

敵の兵器の正体に気付いたロドリゲスは、思わず叫んだ。電磁対空砲……旧世紀の高射砲のレールガン版とでもいうべきこの兵器は、
誘導性能こそミサイルに劣るが、コストパフォーマンスでは勝っていた。
また電磁加速された砲弾は、ECM等の妨害や迎撃を受ける可能性のあるミサイルや大気による威力の減衰という欠点があるレーザーやビーム等の光学兵器と比べ、一度発射してしまえば、
運動エネルギーを喪うまでは直進(誤差の範囲ではあるが、地球の重力による影響もある)するという利点があった。
開戦前は主要な軍事基地には電磁対空砲陣地が配置され、開戦後でも3月8日のビクトリア基地攻防戦でも、軌道上から降下してきたザフトの降下部隊に大損害を与えている。
だが、4月1日にザフトが地球に撃ち込んだニュートロンジャマーで原子力発電が無力化され、
軌道上の発電衛星も艦隊戦の結果、宇宙の藻屑と化した現在のエネルギー事情では、
レールガンを対空火器として運用するのは、ミサイルやレーザーと同等か、それ以上に割に合わないと考えられていた。

 

その兵器を、ザフトは、高高度を飛行する地球連合軍爆撃機部隊の迎撃に転用したのである。
ジブラルタルを目指していた地球連合軍爆撃機部隊の前に立ち塞がったボズゴロフ級は、
通常型ではなく、対空型に改造された改造型ボズゴロフ級であった。

 

この艦は、ローラシア級の主砲である450mm単装レールガンをベースに開発された対空レールガン AALG-22 ジルニトラを装備していたのである。
このボズゴロフ級潜水空母の戦力の大半の源泉ともいえるリニアカタパルトを潰して設置された
この大蛇の様なレールガンの射程は、ロケット加速式誘導弾頭との併用で高度3万メートルにも及ぶ。
反面貫徹力では、ジンの装甲にすら弾かれるほど威力が大幅に低下していたが、薄紙同然の装甲しかない爆撃機相手にそれは必要なかった。
またエネルギーの問題に関しては、バッテリーの役割を果たす補給潜水艦を随伴させることで解決していた。

 

「あのカメラ野郎が誘導してるんだな!」

 

そして、NJ下の戦場で最大の問題となる命中率の問題は、モビルスーツに観測機材を搭載し、観測機とすることによって解決していた。ロドリゲスは、
相手がどの様にこの高高度にいる爆撃機に対して正確に砲弾を浴びせているのかのカラクリも正確に予想していた。
だが、彼の優れた洞察力もこの状況では何の助けにもならなかった。
ジンから送信される観測データを元にボズゴロフ級は、天空に向けて魔弾を送り込み続けた。電磁加速された砲弾が高高度で炸裂する度に青空に爆発の華が咲く。
誘導砲弾の破片をエンジンに受けたモルニアが黒煙を吹き上げながら高速で落下を開始する。
爆弾槽に被弾し、搭載爆弾が誘爆した機体は、大音響と共に空中で大爆発した。
飛び散った無数の破片が、密集体形を組んでいた僚機を襲い、更に被害を拡大させる。炎の塊に呑み込まれた後続機が後を追う様に爆発する。

 
 

「畜生!」

 

ロドリゲスの目の前で、爆撃機部隊は、次々と火の手を上げ、天空から墜落していく。

 

一部の爆撃機が、一矢報いんとばかりに海上の改造ボズゴロフ級に向けて爆弾を投下した。
だが、それらは、浴槽に浮かぶ針に遥か上から砂粒を当てる様なものである。

 

投下された爆弾は、その全てが、吹き荒れる風と大気の温度変化、湿度と言った様々な要素に翻弄され、
ボズゴロフ級から離れた海面に幾つもの水柱を空しく生み出しただけに終わった。

 

一部の機体は、低空に降りて海上のボズゴロフ級に襲い掛かろうとした。

 

「頼むぞ…」

 

ロドリゲスの第778部隊を含む梯団の爆撃機は、旋回してその空域に留まる。周囲を見ると他の爆撃機部隊の多くも、
彼と同じ様に低空に降りた仲間が、海上の脅威を排除して進撃を再開できることを期待した。
ユーラシア連邦空軍の保有する戦略爆撃機 モルニア爆撃機は、戦略爆撃だけでなく低空での対艦攻撃も可能な運動性を有している。

 

低空からボズゴロフ級に迫るモルニアの編隊にボズゴロフ級の護衛を務める飛行MS ディンの部隊が迎え撃つ。
爆撃機に過ぎないモルニアは、加速性能はともかく、運動性能でディンに大幅に劣っていた。

 

戦いは、一方的なものとなった。重突撃機銃をエンジンに受けたモルニアが爆散し、コックピットに散弾を食らった機体は、
パイロットの肉片と強化防弾ガラスの破片を撒き散らしながら海に突っ込む。

 

ザフトの飛行モビルスーツは、その後数分間に渡って低空を飛ぶ鋼鉄の巨鳥を狩ることを楽しんだ。

 

次々と対空散弾銃や重突撃機銃を受けて三角翼の白い機体が、撃墜されていった。
1機のディンが、モルニアの上から急降下、すれ違い様に右腕に握った重斬刀を突き刺す。

 

コックピットの真後ろに楔を打ち込まれた白い鉄の鳥は、その巨体をよたつかせ、海面に激突し、四散する。
低空に降りた爆撃機は、1機残らず、ボズゴロフ級を護衛するディンによって撃墜された。
そして、ボズゴロフ級は、2隻とも無傷であった。

 
 

「こちら、〝ビッグブーメラン〟撤退する。」

 

最後尾を飛んでいたB-7部隊が反転した。これ以上の進撃は不可能と判断し、ヘブンズベースに向けての撤退を始めたのだろう。
彼らを皮切りに梯団を形成していた爆撃機部隊が次々と回頭を開始した。

 

「全機回頭…ヘブンズベースに帰還するぞ」

 

部下の命を預かる指揮官としてロドリゲスは、判断を下した。

 

「撤退するんですか?!」

 

セバスティアーノは、思わず相手が上官であることも忘れて叫んでいた。

 

「馬鹿野郎!これ以上ここに留まってどうなる!先に落とされた奴らの後追いでもしたいのか!」

 

高空にいれば、対空レールガンの餌食になるだけ…かといって低空に降りれば、
護衛のディンに撃墜される…これ以上この空域に留まるのは危険だった。

 

「……すみません、隊長…」

 

怒鳴り返され、我に返ったセバスティアーノは、操縦士であり、指揮官のロドリゲスに謝罪した。

 

「…改めて言う!全機撤退!あのレールガンの射程から逃れるぞ」
「了解」

 

先程の戦意に溢れた声とは対照的な声で部下達は応答した。
指揮官機のモルニアを先頭に第778爆撃機中隊の機体は、ヘブンズベースへと針路をとった。

 

「…セバスティアーノ」
「…」
「お前の気持ちは分かる…だが、今の俺達じゃあ無駄死にするだけだ。」
「…はい」
「いつか奴らの本拠地に爆弾を叩き込む日が必ず来る!それまで俺達は生き延びて任務をこなすんだ…」
「はい!」

 

その後、一部の機体が強行突破を図ったが、その全てが、ジルニトラの砲撃を受けて叩き落され、生き残ったものはいなかった。
その意味では、ロドリゲスの第778爆撃中隊以下の針路を変針した部隊が、強行突破しなかったのは、正解と言えた。
なお、レイキャビク等、アイスランドの基地より出撃した別動隊は、
ジブラルタル基地の上空に達する寸前で、ジブラルタル基地外周に設置されたジルニトラの地上設置型 
リントヴルムを12基有する対空陣地によって迎撃を受け、半数が撃墜され、退却を余儀なくされた。
この時、アイスランド方面から進撃した爆撃部隊は、ステルス爆撃機 B-7を主力としていたが、上空の観測機からの視覚情報によって
誘導される対空レールガンの前には、その高いステルス性能も無意味であった。

 

爆撃作戦 バックステージ0025は、無残な失敗に終わった。数日後、地球連合欧州方面軍司令部は、
爆撃部隊が十分に補充されるまで、爆撃機戦力を温存するという方針を決定した。
これにより、航空支援が減少したヨーロッパ戦線の地球連合地上軍は更なる苦闘を強いられることとなる。

 
 

「連合兵戦記」7章 1 新たなる短剣  「連合兵戦記」7章 2?