「連合兵戦記」3章 5

Last-modified: 2016-05-21 (土) 23:06:23

「エレノア隊が全滅しただと・・・?!あの都市の地球連合はどれだけ戦力を有しているんだ?」
市内に突入する予定だったウーアマン中隊指揮官 ケヴィン・ウーアマン中隊長は、狭い車内に大きく響く声で言った。
彼の遺伝子操作の産物であるエメラルドの様な緑色の目は大きく見開いていた。

 

その発言は、報告者であり、唯一の生存者が目の前に立っているということを考えると余りにも
無思慮であった。
だが、戦場でその様なコミュニケーション上の配慮を求めるのは、酷であった。

 
 

彼の視線の正面には、先程帰還してきた唯一の生存者…エレノア襲撃中隊のMSパイロット エルマー・アダムスが反対の座席に腰掛けていた。
その顔は青ざめ、鳶色の双眸は、目つきが刃物の様に鋭くなり、白皙の肌からは艶が失われ、車内の赤い照明と相まって
墓場に埋葬される直前の死体の様に見えた。

 

それは、まるでB級ホラー映画で使い古された人を生ける屍に変容させる架空の疫病の初期症状を患っているか
のような錯覚を見る者に与えるものであった。

 

精神面での影響が肉体に及ぼす悪影響は、これ程のものなのか、とケヴィンは、唇を歪めて思った。

 
 

第1次世界大戦以来、科学技術の所産が戦場に投入され、それに伴う戦闘期間が長期化した近代戦によって蒙る兵士の精神面の
ダメージとそれが齎す影響についてはその重大性は、十分軍部にも政治家にも認識されていた。
再構築戦争とその前後の紛争で多くの戦争後遺症患者が生みだすこととなった地球の国家の軍隊は、
対策として専門の心理カウンセラーを置いており、また同様にザフトも心理カウンセラーを置いていた。
精神疾患の発症率では肉体的にナチュラルよりも優れているコーディネイターも変わらなかったからである。

 

尤も心理カウンセラーのカウンセリングをエルマーが受ける為にはディンを操縦して
後方に展開する陸上戦艦を有する部隊と合流する必要があった。

 
 

戦闘中であることを考慮すると精々、医務室で精神安定剤を服用させられるのが関の山だろうが・・・彼自身、
同僚であり、友人でもあったエレノア・チェンバースが部下と共に戦死したことについてはショックを受けていた。

 

本来なら彼の部下で、同じく戦死が確実視されたバルク小隊が偵察&掃討任務を終えていた筈だった。

 

彼にとっても現在のザフトの優位を確立した最新兵器のモビルスーツがこうも容易に
失われたということに驚いていた。
直後彼は、エルマーが自分に許しを求めるかのような視線を向けていることに気付いた。
慌ててケヴィンは、質問を続けた。

 

「それで敵部隊の戦力は?エレノア隊を全滅させたのはどんな兵器だ?」
そしてエルマーは口を開いた。

 
 

「敵は、私の部隊の進路を信号弾でトレースし、予想進路上に多連装…MERSを発射することで全滅させたんです!その後ターニャが市内に突入を図り…戦死しました。
私は敵の兵器の確認しに向かったので、敵は見ていません。」
「対地兵器を転用したトラップか・・・」
「それとターニャを撃墜したのは、恐らく対空戦車によるものだと思われます。」
エルマーは、報告を終えると何度も荒い息を吐いた。
まるで激しい運動を終えた後の様に過呼吸気味になってしまっていた。

 

「ありがとうエルマー、君が生還してくれたことで我々は貴重な情報を得ることが出来た。
中隊員全員を代表して感謝する。少し休むといい」
前線で休めるとは思えないが。脳裏でそう毒づくとケヴィンは、
いたわる様にエルマーの肩に手を置くと、指揮車の外に出た。

 

指揮車の周囲には、索敵車、ミサイル車や兵員輸送車等の戦闘車両の姿があった。
それら車両部隊を護衛する様にジンやザウートが展開していた。
なお先程帰還したエルマーのディンは、最後尾の輸送トラック改造の整備車の後部トレーラーで整備兵による応急修理を受けていた。

 
 

少し遅れてエルマーが指揮車から出た。

 

「君は後方の<リヴィングストン>に帰還後、医務室で心理カウンセラーの所に行くように」
ケヴィンは、エルマーに指示を伝えると、彼を見送るべく、後に付いていった。
整備車両の上には、エルマーの乗機であるディンが立っていた。
破損個所がいくつか整備されており、煤塗れで帰還してきた時の姿より綺麗に見えた。

 

エルマーは、整備車両に座っていたディンのコックピットに向かった。
そしてコックピットハッチの上に立ったエルマーは、最後にケヴィンの方向に振り向く。

 

「ケヴィン中隊長、必ずエレノア隊長と仲間の仇を討ってください!」

 

力強い声でエルマーは言った。
その表情は先程と比べるといくらかマシに見えた。

 

「ああ、必ず撃破してみせるよ」
直後、胸部コックピットハッチが閉じられ、ディンは空へと飛翔していった。

 

ケヴィンは、背後にある現実へと振り向いた。彼の視線の向こうには、
ザフトのモビルスーツ部隊を2つ屠った地球連合軍部隊が潜んでいるであろう放棄された都市が、
コンピュータゲームに出てくる魔王の棲む城塞の如く聳え立っていた。

 
 

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