「連合兵戦記」3章 7

Last-modified: 2016-05-21 (土) 23:36:03

ザフト側の鹵獲リニア自走榴弾砲が発射した砲弾の一つが廃墟に着弾し、
その中に存在したものを薙ぎ倒し、破片で引き裂いた。
廃墟に置かれていた黒い物体はなすすべなく、鉄屑へと変換された。

 

黒い物体・・・その正体は、併設された小型バッテリーにより稼働するエレカ用モーターであった。

 

ザフト側の偵察車両が捉えた音源は、殆どが、これら都市内部に設置されたエレカのモーターだったのである。
これらのモーター類は元々、地球連合軍が、民間より接収した自動車用モーター類であった。
本来は、補給車両の予備部品として使用される予定のもので、地球連合の予想を超えるザフト軍の快進撃により、
特に活用する機会もないまま爆破処分されるはずだった。

 

ハンスは、これらのモーターの内、長期間の使用に耐えないと判断したものを分解し、
地上の廃墟や地下の駐車場に設置した。
流石に常時作動させるのはエネルギーの浪費でしかないので、
必要な時に連合兵たちによって有線操作によって起動させられた。
モーターの動力源となる小型バッテリーは、長くても20分程しかモーターを動かせなかったが、
熱紋、音紋センサーを駆使して見えざる敵を求めるザフト軍部隊には十分すぎた。

 

また戦闘車両に比べて音が小さく、整備の問題で音紋パターンが不揃いなゴライアスのモーター音は
雑音と判断される可能性が高かった。

 

「支援砲撃にしては余り勢いがないな…」
既に第22機甲歩兵中隊を含む地球連合部隊は、シェルターや
地下の安全なエリアに退避を済ませていた。

 

「今頃敵の奴ら、俺達を全滅させたと思い込んでるでしょうね」
部下の一人は、楽しげに笑みを浮かべる。
不意にハンスは、ザフト側の推定している〝戦果〟がどんなものか知ってみたくなった。
だが、自分がそれを知ることは無いだろうと思い、その考えを振り払った。

 

「ルシエンテス少尉より連絡、砲撃によりスカイデストロイヤーが損傷を受けたみたいです。
射撃は可能とのことです。」
「自動モードでその場に放置する様にと伝えろ」
「では、我々も赴くとするか」

 
 

同じ頃ザフト軍は、市街地に潜伏する架空の機甲部隊を全滅ないし、
大損害を与えたと判断していた。

 

「ケヴィン中隊長、索敵斑とドローンの情報を照合した結果が出ました。敵の装甲車両を10両以上撃破確実、不確実6とのことです。」
指揮車両のオペレーターが興奮気味に報告した。
「連中の半分は仕留めたかな」ケヴィンは、ここ最近剃らずにしていた為、
山羊の様に伸びた顎鬚を右手で扱きながら言った。

 

「しかし、その程度の兵力でモビルスーツ3機を有するバルク隊が全滅するとは。」
「連中は偵察装備で軽装でしたからね。それに奴のアカデミーでのモビルスーツ操縦の成績は酷いもんだった。
良くモビルスーツに乗れたと思ったものですよ」
そう言ったカッセルは、アカデミーでの成績がバルクよりも高かったにもかかわらず、
バルクがジンのパイロットになったのに対し、自分が、戦車モドキのザウートの
パイロットとなったことに不満を持っていた。

 

「突入開始、カッセル隊は最後に市内に突入せよ、チャールズとユースフはカッセル隊の護衛に付け」
ケヴィンのジンが突入開始の信号弾を打ち上げる。鉛色の空に打ち上げられた赤い星は、鮮血の滴の様だった。

 

直後、指揮官機である彼のジンを先頭にジン部隊が、分散して装甲車両を従えてそれぞれ市内へと突入を開始した。
ケヴィンとしては兵力分散の愚を犯さない様に1つに部隊を纏めて突入したかったが、
その場合、攻撃を回避することが困難な上、纏めて撃破される危険性があった。

 

常識的に考えて市内に立て篭もる敵にモビルスーツを複数破壊できる威力を持つ兵器があるとは思えない。

 

だが、彼は、敵を軽視して全滅したエレノア隊の二の舞にはなりたくなかった。
2機のジンがザウートとその周辺に展開する車両の護衛としてその場に待機した。

 

「敵部隊進軍を開始!モビルスーツ10、車両12以上」
都市郊外近くの建物に隠れていた熟練の偵察兵は、興奮と修飾語を極力抑え、有線式通信機で報告した。
市内に工兵隊が徹夜で張り巡らせた有線通信網を通じて、それは各部隊に伝達された。

 
 

「急いで!」
即席の退避壕から飛び出し、廃墟の屋上の射点に付いたアンジェリカは、
対物ライフルを2人の部下と組み立てていた。
ライフルを組み立て終わったアンジェリカは、集中力を高めるべく、
ポケットから小瓶を取り出した。

 

瓶の中には、干した唐辛子が入っていた。アンジェリカはそれを口に含んだ。口一杯に舌を焼く様な辛さが広がる。
その横では体力を回復する為に部下の1人が栄養ドリンクを飲み干していた。

 

「いよいよ来たかぁ」
「ザフトはセオリー通りに来る!そこが狙い目だ!」
かつて大西洋連邦資本のピザ屋の食糧貯蔵庫だった地下の一室で、ガラント少尉はミサイルランチャーを肩にかけて部下達を鼓舞した。

 

「お前ら、逃げ場は確保されてる!だからビビるな!ケツをまくるのはまだ早いからな!」
別の地下壕でゲーレン中尉は、居並ぶ部下達に大声で叫ぶ、背水の陣の格言の様にわざと退路を断って
兵員の戦闘意欲を高める方法もある。
だが、この戦いは、友軍の撤退支援の戦いである。市内に立て篭もり、遥かに戦力が上の敵に囲まれているという状況で
は、退路が存在しているという希望を与えた方が、戦闘意欲を引き出せるとハンスは考えていた。
彼は、無理に戦場に踏み止まり、戦死するよりも次の戦いの勝利に向けて生き延びることが大切だと考えていたのである。

 

地球連合軍部隊は、ハンスと各部隊指揮官が組み立てた作戦計画の通りに行動を開始した。
市内に立て篭もる地球連合軍の中で砲撃の犠牲になった者は殆どいない、これは、彼らが都市内の地下空間に退避していたことが大きかった。

西暦期に勃発した第二次世界大戦の島嶼戦闘における最大の激戦である硫黄島の戦いでは、アメリカ軍は、3日間に渡り、
爆撃機の大編隊や旧式戦艦を含めた水上部隊によって島全体に準備砲撃を加えた。
にも拘わらず、地下洞窟陣地に立て篭もっていた日本軍はまとまった戦力を保持し続けていたのである。
更にウーアマン中隊は、砲撃兵力が市内の広さに比べてあまりにも少なすぎた。
その為、支援砲撃の結果が単に市街地をさらに破壊したというだけの結果に終わったのは当然と言えた。

 

こうしてこの住民が消え去った都市での地球連合軍とザフトの戦いは、約束されたのである。

 

連合兵戦記 第3章廃都炎上 終

 
 

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