ある召喚師と愚者_幕間

Last-modified: 2010-03-31 (水) 23:31:26

ある召喚師と愚者
幕間“Dの鼓動”

 
 
 

この世界は捩じれ廻り前進できない。
アルハザードの生み出した時空遍在超知性群【システム・ドミネイター】の尖兵によって基底現実が崩壊。
あれから数十億年……あるいは刹那か。
虚数空間と呼ばれる漆黒の海、事象の墓場を漂うのはシルバーとブラックの刃金が美しい、一振りのツヴァイハンダー。
個の根源『アートマン』と呼ばれる、螺旋する世界を認識し時を超えて存在するロストロギア級の魔導兵器だ。
アンノウンによってロードである青年と離れ離れになった電脳が再起動、囁くように思考した。
……不味いな。マイロードとのコンタクトは極めて難しい――彼がSEEDを覚醒させていない場合、次のループを待つしか方法が無くなる。
“SEED”はすべての並行世界と過去現在のループという、膨大な情報の統合を促す力だ。覚醒はひどく難しい。
それに……と思う。
規格外のスペックを誇ったシン・アスカという魔導師の性能は、実のところこの電脳による統制の影響が大きい。
つまり――魔導兵器としての異常な戦闘能力は、この『アートマン』あってのものだったと言えるし、
アートマンがない状況のシン・アスカは、精々、多少の魔法資質と稀代のパイロットとしての才能を持つだけのヒトだ。
そして閉じた螺旋の運命を打破するには、“ヒト”では役不足。
必要なのは鬼神のような暴力、悪魔のように反逆を貫徹する意志、そして囚われているという自覚。
――すなわち神に抗う“魔王”である。
アートマンの電脳は試算されたシミュレーション結果に溜息をついた。
このループで主との再会がなる可能性は薄いし、彼が世界の真実を覚えている可能性は低い。

 

《事態は深刻だが打つ手はなく、緩慢な流れのままに、か。やれやれ……生きろよ、シン・アスカ》

 

人工知能ではありえない、生きた人格の言葉。
だがアートマンの予測を上回る速度で事態は動いていた。
既に停滞などあり得ない速度で、現実は侵食されている。

 

 

統一暦CE74年、地球圏。
歴史は繰り返された。それもまた、螺旋する世界における必然であるが故に。
ブレイク・ザ・ワールド事件に端を発した大戦は、旧世代の遺物である秘密結社ロゴスの解体というショーによって幕を閉じた。
その後、デュランダル議長の発した『デスティニープラン』と呼ばれる完璧な管理社会の構築計画は、
推進派と否定派の宇宙での全面対決という形でメサイア攻防戦に発展し、それは“管理による平和”と“流血ある自由”の潰しあいとなった。
自由を求めたラクス・クライン率いる軍勢と、平和を求めたデュランダルの騎士たち。
その有り様は……きっと、どちらも間違っていない。

 

「う、ああああああああッ!!」

 

衝撃――崩れ落ちる機体。
デスティニープランを象徴するMS、デスティニーが堕ちる。
インフィニットジャスティスの構えたビーム刃がその四肢を切り落とし、
アンバック制御による慣性の制御が困難となった巨人は、月面の重力に捕らわれて堕ちていく。

 

「アスラン……アンタ、やっぱり強いや……」
『シン……糞っ! 俺は――』
「誇ってくれ……アンタの力、を」

 

赤い瞳からこぼれ落ちるのは、熱い塩味の雫。なみだ。家族を無くしたあの日から、無力のたびに流したもの。
だがなにかがおかしい。自分はこの敗北を“知っていた”。ステラの死さえも、心のどこかで受け入れていた自分。
それほどシン・アスカという人間が冷徹だという証左……あるいは、ずっと前から知っていたような……。
シン・アスカは――得体の知れない既視感(デジャヴ)に苛まれながら、機体ごと眼下の灰色の大地へ激突する。
衝撃……その瞬間に意識が吹っ飛び、無明とも言える漆黒の光に飲み込まれた。
宙をたゆたう少年の意識は、無意識的に覚醒している“あの領域”へ流れていく。

 

――お兄ちゃん、こっちだよ?――
――ステラ、一緒にいたい――
――シン、お前は生きろ――

 

決して叶うはずもない、死者との会話。
レイという親友が亡くなったことさえ、冷え冷えと事実として認識している自分。
その領域の中ではそれが普通のことであり、人と人が分かり合えることこそ――世界の真実だった。
月面の重力に惹かれ飲み込まれ落下したMSのコクピットの中で、眠り続ける少年兵の頬には涙が伝っていた。

 

「あーん、もうっ。結局、間に合わなかったね……アスカロンのばかーっ!」
《すいません、ウィッチ。あの時空の崩壊は予想外でした》
「あーもう、見たかったなー、二十四歳の大人なお兄ちゃん……ま、いっか」

 

決戦型ワンオフMSデスティニー、四肢をもがれた仰向けの骸の上、泥のような安寧に包まれたその場所に降り立つ影。
それは信じ難いことにノーマルスーツさえ着ていない生身の少女であり、年齢はシンより少し下といったところか。
栗色の頭髪を伸ばし過酷な宇宙空間において機密性ゼロの服装で移動する、可愛らしいジュニアハイスクールくらいの女の子。
それが手に大振りな両手剣を構え、ゆっくりとMSのコクピットを切り開いたのだ。剣閃が走ると同時、PS装甲のダウンした鋼が宙を舞う。
ダウンした状態でも旧式の火器程度なら耐えうる装甲を、刃で切り捨てる少女。
どうみても普通の光景ではないが、不思議と違和感がないと、見るものがいれば感じさせただろう光景。
彼女はアスカロンを背負い、コクピットシートにもたれかかったシン・アスカ――宇宙服でもある高気密パイロットスーツ姿――を
やや重たそうな様子で抱き上げると、紋章を輝かせる魔剣に向けて囁いた。

 

「アスカロン。次元転移用意――ステルス優先で次元世界ミッドチルダへ。クラナガンの近くはだめだよ?」
魔導科学の都ミッドチルダは近代化著しい管理世界の中心だが、首都クラナガン近郊ともなると色々と目立って面倒だ。
以前のループと近似であるならば……ミッドチルダは“あの男”が大規模なテロを起こすまでは安全。
つまり当面の心配はしなくて良いことになる。アスカロンもそこら辺は弁えたもので、すぐに「了解」と応答した。
次元転移は莫大な量のエネルギーを消費する技術である。
が、“魔力”という概念はその常識を打ち壊し、純粋科学では不可能な異世界へのフレキシブルな個人移動を可能とする。
そして。

 

《跳躍》

 

この日、コズミック・イラからシン・アスカという“少年”は消え去った。

 

 

新暦74年、ミッドチルダ南部にて――
黎明の大地、青く澄み渡りそうな空に轟く爆音。
雄大な大自然を滑空し疾走し蹂躙する、異形の影があった。
大きい。おそらく全長二〇メートルに達するであろう四足の猛獣。
鋼鉄の塊――各種複合装甲と強靭なアクチェエーターで構成された、機械仕掛けの魔獣が大地を蹴る。
全身を漆黒に塗り固めた、猛犬の如きシルエット――モビルスーツと呼ばれる、機械仕掛けの傀儡人形だ。
巨大な二枚の翼を持つ四足獣は両翼からビーム刃を展開、推進器の加速を以って地上スレスレの低空を飛ぶ。
轟音。地平線の彼方からでもわかるほど大きい、人型の兵器二体が実体弾のバズーカを撃つ。これらもやはり、モビルスーツだ。
散弾を撒き散らすタイプの砲弾を、漆黒の獣は大地を鋭く蹴ることでサイドステップ、地面を穿つ散弾の群れ。
バズーカの二発目を放とうとするMS『ダガーL』に対し、魔獣はそれを読むかのごとく機動し上空に向けて飛んだ。
魔獣の胸部に収まり白いパイロットスーツ/白いヘルメット姿の、おそらくは女性。
スーツの硬質素材越しでもわかる、大きな胸部が性別を。
時折もれる、幼ささえ残した声がまだ少女だと告げていた。

 

「うっぅ!」
正しい判断だ。ビームサーベルの有効範囲だと慢心し、真っ直ぐに突っ込んだりすれば、PS装甲とて馬鹿にならないダメージを受けた。
魔法世界で試験的に運用されるMSは、OSの完成度がCEのそれとは段違いに良い。当然、動き自体が洗練されているようになるから
下手なごり押しはサーベルを食らわせる前に、砲弾の衝撃で動きが止まるのが落ちだ。
そうなればビームライフルを装備している二機目の弾幕により、撃ち砕かれる。
ゆえに上空へ飛んだ。案の定、二機のダガーLは一瞬だけこちらを見失った。
今が好機。ゆえにパイロットたる少女は、金髪に汗を染み込ませ呟く。

 

「ガイア……!」
それまで二次元的機動しかとっていなかった獣のMSが、吼えるようにトランスフォームする。
四足獣の形だった四肢が伸び、間接がロックされて正しい人型兵器の姿へ化ける。
魔獣のモノアイヘッドが折り畳まれ、代わりにツインアイと顎の張り出した俗に言うガンダムヘッドが露出。
人型に化けたMSの名は『ガイアR』、ザフト軍が開発した地上制圧用兵器の一つをベースに、さまざまな改良が加えられた機体だ。
その両腕――指先がクローアームになっており、先端は鋭く尖った形状――が煌いた。
ダガーLが空のガイアRへビームライフルを向けたとき、指先から巨大なビームクローが生成されたのだ。
だが照準は完了している――高速のビーム砲にロックされてしまえば、回避は難しい。

 

「まだまだ……!」
レーザー波を感知した警報に、魔獣を駆る少女がリミッターを解除。
刹那、真っ二つ。突如として慣性を無視した動きに移行したガイアが、指先のビームクローで量産型MSをバラバラに引き裂く。
爆炎とともに砕け散った残骸を装甲で弾き、魔力電池と演算中枢によって魔法そのものをエミュレートする怪物が排気、
残滓――魔力のカスを大気中に還元し、高速移動術式【ソニックムーブ】を再起動した。
最後のダガーLの奮戦も虚しくビーム砲は宙を切り、背後からコクピットをビームクローにぶち抜かれたMSが崩れ落ちた。
己の行く手を阻むモノを消し去ると、少女は報告を開始――どこか幼い声だった。

 

「ドクター、敵の警戒網を突破したよ」
『よろしい。ステラ、君は予定通り、例の“Dユニット”を回収してくれたまえ。中将には渡したくないのでね』
「うん。ステラ、頑張ったら――あの人に会いたい」
もちろん会えるとも。
ドクターの声に安心しながら、ステラと呼ばれた少女とその手足たる漆黒のMSは加速――再び大地を蹴る。
その先に待ち受ける運命などつゆ知らず。

 
 

数時間後、同ミッドチルダ南部アルトセイム地方――

 
 

発達したメガロポリスの存在するミッドチルダ星域、その例外たる自然豊かな場所こそアルトセイムだ。
南部というだけあり一年を通して温暖なこの土地はその反面、開発らしい開発はそれほど行われておらず、
原生林と草花が深く濃い森林地帯を形成している。エコロジストには良さそうな土地柄であるが、若い世代には不評なようだ。
閑話休題。そんな地であるここに、二人の年若い男女――少年少女といえる――が宿に停泊していた。
すなわち意識不明のまま眠り続けるシン・アスカと、彼をコクピットから引きずり出した少女の二人組みである。
少女は月面で見せたワインレッドのドレスと装身具姿ではなく、どこにでもいる田舎娘型のファッション。
今はベッドの脇に椅子を引いて腰掛け、楽しげに鼻歌を歌いながらリンゴの皮を剥いている。
ベッドの中で寝込んでいる少年との年の差は、せいぜい2~3歳だろうか。

 

それ自体がありえないことなのだが、CEでさえザフト軍以前のアスカ家を知るものなどいない。
ましてここは遠い異郷。ゆえにそれは異常なき仲の良いティーンエイジャーの風景として認められている。
あの両手剣『アスカロン』は現在、ペンダント型の待機状態で眠りについており、正真正銘二人きりだった。
少女はうなされている年上の少年を見つめ、

 

「お兄ちゃん……?」
「うっ……ステラ……」
零れるのは彼が護りきれなかった少女の名前……目の前で殺されてしまった大切な人。
その様子を少女は優しい瞳で見つめ、そっと彼の汗を拭おうとタオルを持った手を伸ばし――
突如として開かれたシンの目と、視線が絡み合った。赤い瞳は力なく涙に濡れている。
彼女はそれを綺麗だな、と思った。

 

「マ、ユ……?」
「お兄ちゃん、目が覚めたの!? 良かったぁ……」
安堵している少女の様子に比べ、目が覚めた少年の狼狽は酷かった。
目を見開いてキョロキョロと辺りを見回し、「あれ?」と不思議そうに呻いた。
……なんでマユが? ひょっとして全部夢か? メサイアは? 俺は負けて、ああ、アートマンは……
アートマン? なんだそれ、モビルスーツにそんなの無いしな。ううん?
現状が“妹”に起こされており、なおかつ昼間らしいので発する言葉。

 

「えーっと、おはよう?」
「……ぷっ、あはははははっ」
「な、なんで笑うんだよ、“マユ”」

 

間抜けなセリフだとは自覚していたが、それでも眼の前の少女――マユの可笑しそうな様子はオーバー過ぎやしないか。
……どうせ夢なのだろう。死に際の自分が見ている、脆く儚い夢。ならもっと自分に優しくていいではないか。
そのように思っていると、記憶にあるよりも成長している“マユ・アスカ”は、混濁の最中にある少年へ語りかける。
そっと夢見る少年へ事実を告げる……おそらく何よりも残酷であろうと容赦なく。

 

「お兄ちゃん、私は幽霊でも夢でもないんだよ。どこから話せばいいかな――」
決めた。そう頷くと、マユがすごい笑顔で大きく言う。

 

「――貴方の妹は、魔法少女になってしまったのです!!」

 

得意げに細い腰へ手を添え、無い胸を反らす美少女。
マユ・アスカ、自称“永遠の14歳”はすごくノリノリである。

 

「…………はい?」

 

やっぱり夢だよなこれ。
シンは困惑した。

 

 

『警戒に当たっていた部隊は通信途絶。敵は近くにいるものと思われる。第一種戦闘配備で警戒せよ』
『了解。――各警備小隊はデバイスをアクティブにしておけ、噂の黒い魔獣が来るかも知れん』
『へいへい……この積み荷、お人形ですよね? そんなに大事なんですか?』
『本来ならばA級ロストロギア級の代物だ。犯罪者に渡すわけにはいかないさ』

 

通信による会話――
同時刻、南部の研究施設から大型のトレーラーが出ていた。
大きい。周りで護衛についている軽機動車両がオモチャに見えるほどだ。
荷台の長さだけで二十メートルを超える、陸上車両としてはこれ以上ない大きさの代物。
現在の次元世界各地で被害が報告されている、『巨大機械兵器』やガジェットドローンによる犯罪被害に対抗すべく、
“Dユニット”と呼ばれる特殊な機械兵器――古代ベルカ系の遺跡から発掘されたものであるらしい――をベースに、
ラボでさまざまな研究解析・戦闘用への強化改造を繰り返したものこそ、このトレーラーに積まれたものだ。
鉛色の装甲/四角く角張った甲冑騎士のようなシルエット/異教の神像に似たV字の角が生えた頭部。
それを遠い異境の人間が見れば、こう呼んで驚いたことだろう。

 

――モビルスーツ。

 

戦争の道具であり、史上最も強力な力を一兵士に与えた機動兵器。
CEの人類種の宿業の象徴こそが、地上本部が欲した機械の巨兵である。
人間を争わせる統治者【ドミネイター】は、新たなる争乱の種を撒いていた。
そうすることで、進化を促すように。

 

愚者は微睡みの中にあり、紫のお姫様は運命を知らぬ。
そんな滑稽極まる御伽噺は続く……。