ある召喚師と愚者_03話後編

Last-modified: 2009-10-28 (水) 17:42:25

時空跳■機【ジョウント・シス■ム】による生命体の■間■■。
変■を伴う時間■■機構の再構成……【ジョウ■ト】適合者――■ロジェクトFの■果。
■去改変によ■タイムパ■■クスの否■に必要なエネルギーを、ロスト■■アに■り確保。

 

――被験者【クロウ】こそ、自己の存在定義。

 

記憶というにはあまりにも欠落した情報の波動。
“支配者(ドミネイター)”による妨害を乗り越えられたのは、結局のところ己一人か。
己以外の被験者の末路――彼方(かつて)にも此処(げんじつ)にも存在できない哀れな迷い子。
それが如何なる意味を持とうといまさら引き下がることなど出来ない。
頭痛と引き換えに情報を咀嚼し、ようやく己の真名を思い出す。
何よりも尊かったはずの家族の笑顔とともに。

 

「……■■■」

 

待機状態のデバイス――右腕の腕時計を見つめ、息を吐く。
「ここが……」
真昼間の高層ビルの屋上、空調設備などが集中するはずのその場所に、
背の高い黒色の影があった。よく徹る高い声――ビルの屋上に立つ人影が幻でないことを示すものの、
それはあらゆる意味で人間を超越した存在だった。
陽気の差すこの季節、北半球の春には似つかわしくない漆黒のコートを着込んだ影は、一人の青年の姿を形作る。
何処か乱雑に切られ、そして伸ばされた頭髪は燃えるような赤に彩られており、瞳は澄んだ青色だ。
……いや、だがその左目はナニカの代償のように失われ、金色の義眼へ差し替えられていた。
涙も流せるそれは、しかし彼にとって失われた過去――喪失した絆の証だ。
少女を守ると誓った騎士。若き日の自分。
「騎士、か。“俺”はなれたんでしょうか……」
かつてと異なる一人称は成長か欠落か。
長身の肉体は引き絞られ戦闘に適した獣のそれでありつつ、
リカバリー機能を備えた戦闘義肢へと左腕は換装されており、
はためく黒いコートは鴉の翼に似ていて、ところどころに推進器らしき機構が取り付けられている。
異形だ。現行の如何なる魔法技術でもありえない、魔導と科学が融合体こそ、男の正体でありすべてだった。
膨大な量の情報統合の果てに、ここが何処なのかを把握する。
管理世界の一つでありながら、魑魅魍魎の跋扈する魔都。
ここに目標はいるはずだ、と彼のマッドサイエンティストは言っていた。
―――遠い時空の果て、滅び行く螺旋で。
ならば。
「……いや、俺が必ず……!」
そう呟いた刹那、眼下の景色の一角において強力な波動が観測された。
男は疾駆する。鴉のように都市の上空を飛び、そこへ向けて刃の切っ先を構えて。
金色のデバイスコア。漆黒のフレーム。三日月斧だった剣(ツルギ)。
《サー、目標の固有波動を観測》
「――ああ」
魔力の作り出す薄い膜のような刃が、変わり果てた“己”を映し出す。
刃は磨き抜かれた鏡面の如き美しさゆえに、残酷だ。
“クロウ”は呻くように言った。

 

「終わりにしよう、バルディッシュ」

 

――目標とはすなわち、シン・アスカでありそのデバイスに他ならなかった。
黒い鳥が飛翔する。嘆きの渦を引き連れて……。

 

 

ホテルの一角にてムルタ・アズラエルを見た瞬間、シン・アスカの中の理性は霧散した。
何故ここにいるのか、などの疑問は些事だ。シンが魔法の世界にいることが理不尽なように、
乗艦ごと消滅したはずの男が存在しているのもまた、理不尽であり現実だと彼の脳が結論付けたのだ。
殺すつもりで間合いを詰め、切断効果発生デバイスの斬撃を放った。
尤も――長大なツヴァイハンダーを手中に実体化させ、緋色の戦装束を瞬着するシンに対して男が反撃するのには、
僅かなトリガーワードで事足りていたが。腸(はらわた)を押し潰すような衝撃によって吹き飛ばされ、
幾つもの扉をぶち破ってメインストリートへ転がり出る。途中、バリアジャケットにガラス片が弾かれ宙を舞った。
破砕音。悲鳴が上がり、現地の治安機関へ携帯端末でコールする声が響く。
ホテルの前で時間を潰していた壮年の武芸者――ゼスト・グランガイツは、同行者のいきなりの登場に目を見開いた。
その懐に隠れているアギトも驚いたように呻く。
コートを揺らして青年へ駆け寄り、声を上げる。
「シン! どうした――」
「シン!」
同行していたルーテシアが息を弾ませてホテルから出てきたため、ゼストは少女へ声をかける。
「いったいどうした!?」
「……シンが、いきなり男の人に切り掛かって……」
「ぉ……ぉおおおおお!」
呻くような声。黒髪の青年――シン・アスカが精悍な顔を苦痛と憎悪に歪ませ、剣を杖に立ち上がりつつ吼えた。
あのロストロギアの寄生した巨大機動兵器“ザムザザー”との戦闘以来、感情らしい感情を表に出さなかった青年が、
爆発的に憎しみを解き放ちホテルの中を睨んでいる。ゼストが彼を宥めるように言葉を投げかけた。
「落ち着け。いったいどうし――」
「アイツは、あの男は! 家族の仇なんだッ! オーブを戦渦に巻き込んだ!」
記憶。地球連合とザフトの大戦の最中、中立国だった南洋の島国・オーブ首長国。
その平和だった国へ、宇宙港の奪取を目的に侵攻を指示した思想団体ブルーコスモス盟主【ムルタ・アズラエル】。
もしも、だ。彼がオーブのことを見逃していれば――あのモビルスーツ同士の戦闘は起きなかっただろう。
白と青の天使じみたシルエットの機体、毒々しいカラーリングの砲撃機体。双方の放ったビーム砲の流れ弾。
それは一瞬でシン・アスカから両親と妹を奪い、精神から幸福という概念を焼き尽くしたのだ……。
ルナマリアを、家族を殺した組織を追う中でそれを知り、シンは幾度となく絶望に飲まれたのである。
青年は猛り、赤い粒子を魔力の残滓として噴出した。
吼える。
「だから……俺がッ!!」
《マイロード、奴はただの人間ではないぞ。我々と同じく――異能を持つ者だ》
大剣の姿をした人格式デバイス【アートマン】の理知的な声に呼応するように、

 

「ああ……まさかあの世界の出身者がいるとは。因果なものですネ」

 

破壊されたホテルの入り口から、金髪の軽薄そうな青年実業家が現れた。
青年――ムルタ・アズラエルはにやりと口の端を吊り上げ、
「僕のレアスキルは無敵ですヨ?」
愉悦を滲ませて笑顔となる。
「アンタって人はぁ!!」
次の瞬間には紅眼の痩躯は獣の速さで跳び、
「アズラ――」
元盟主は自らの従える機械を呼び出そうとし、
「落ち着いて二人とも!!」
状況を見守っていた少女――なんちゃって探偵・高町なのはの両手が魔力弾を放つ。
これには二人とも攻撃をキャンセル、防御へ魔法制御を割り振るしかなかった。
アズラエルは知人の登場に驚愕し固まり、シンは大剣を防御のために翳して少女を睨みつけ、
「邪魔をするな!」
対しエースオブエースの返答はただ一つだ。
「喧嘩はダメだし、人殺しも認められない……ッ!」
デバイス実体化――純白のフレームと黄金のヘッドが美しい杖【レイジングハート】が姿を現し、
法衣とドレスを合わせたような格好の少女の手へ収まった。
シン・アスカの武装たる【アートマン】――深紅のデバイスコアを輝かせ警告。
《時空管理局のエースオブエース。最強クラスの魔導師だ、現行の我々にとっては強敵と判断》
「……知るか。邪魔をするなら――」

 

――ぞくり、と氷のような殺気が突き刺さった。

 

ふと、冷たい感覚が手足を支配する。
それでもシナプスサーキットを支配する本能が身体をバネのように動かし、
振り向きざまの剣閃がシン・アスカを両断せんとした一撃と衝突しあう。
火花が散る。怒りに満ちた炎のような紅眼と、絶望を宿す黎明の海の如き碧眼。
黒髪が焦げ、赤毛が揺り堕ちる。両者の視線が絡まりあい、漆黒の殺意が満ちた。
「――消えてなくなれ」
大剣の質量と慣性制御による圧倒的な運動エネルギーを真正面から受け止めるのは、
赤髪の青年が握り締めた山吹色の刃……薄い膜状の粒子が作り出したビームソードだ。
魔力素と呼ばれる高次元素の変成によって生まれた、擬似エネルギーによる粒子兵器。
魔法と呼ばれる技術体系のほとんどは、この擬似エネルギー“魔力”の消費によって事象を改変する。
本来は、だ。
直接これを使用する方法も存在するが、明らかに制御や燃費に難があるためにワンクッション置いた行程のほうが多い。
だが使いこなせた場合の利便性は比べるまでもないと言えよう。
実体を持たぬために軽く事象改変によるロスもない純粋なエネルギー体は、
如何なる兵器よりも凶悪な近接武装なのだから。
「っ! ぉぉおお!」
ギリギリと鍔迫り合いで負けつつある己を自覚したシンは、
これらのことを誰に言われるまでもなく理解/把握。
慣性質量操作を最大出力で実行――それでようやく拮抗だ。
だが最大出力での魔力の反発は腕の筋肉を片っ端から痛めつける諸刃の刃であり、
連続使用すれば術者に対するキックバックも大き過ぎる故に、
「せぁ!」
アギトとユニゾンしたゼスト・グランガイツが助太刀に入るのは、自明の理といえた。
旅衣がはためく中、黒鉄で構築された矛先が十分な加速を得て突き出される。
加速術式による音速突破の証として水蒸気が昇るほどの、瞬時に穿つことを目的に放たれた刺突である。
その鋭さは赤毛・黒衣の青年へ向けてもので、場を仕切りなおし離脱するためのアクションだった。
「インヒューレントスキル――」
――見覚えのあるテンプレートの展開/理解した/武器を破壊される危険大=身を捻って運動ベクトルを捻じ曲げる。
回避運動の代償として、地面へ槍ごと叩き付けられた身体が軋む中、ゼストは見た。
青年の左腕、機械義肢が放熱機構を露出させ、使用済み魔力素(エーテル)を排気するのを。
空間を震わせるような雷撃の“集束砲撃”が独自の術式的加速によって放射され、
「――ランススマッシャー!」
至近距離ではオーバーSSランクに匹敵する雷がシンを襲った。
その手に握られた大剣型デバイスの構築した魔法障壁がこれを弾くも、
爆撃じみたISで姿勢が崩れた彼へ追い討ちせんと、黒衣の男が魔力剣を振り上げる。
刹那、シン・アスカの脳髄に向けて【アートマン】から情報の投影が行われ、その思考から余計なノイズを取り払う。
シン・アスカが、いや、当代のエースパイロットたちが使うことが出来た異能“S.E.E.D”の覚醒。
それは最も効率的な殺人・破壊を可能とした技巧である。
「がぁっ!」
狂気に囚われたようにツヴァイハンダーを手放し、無理矢理に体当たりを実行。
ほとんど獣じみた動きであり、回避の暇など無いと思わせるような鮮やかさ。
手から零れ落ちた魔力刃を奪い逆手に青年の頭へ、

 

「ダメ!」

 

――振り下ろせなかった。
耳を打つ声は、寡黙な少女の上げた悲鳴である。
呆然とシン・アスカがその方向を見れば、紫髪を揺らすルーテシアがいた。
妖精のような美しさの少女は、真っ赤に澄んだ瞳を見開き青年を見ている。
あえて言うならば、ルーテシア・アルピーノという少女は感情が無いと思い込んでいるだけの子どもで、
優しい心の持ち主だ。彼女にとって見れば、誰も助けてくれないであろう状況で、
危機から劇的に救ってくれた異邦人“シン・アスカ”は、
ある意味においてヒーローと同義であり、自分と同じ喪失感を心に抱えた同胞だった。
その彼が狂気に囚われ、目の前で人を殺そうとしている……。
それはひどく恐ろしいことのような気がして、ルーテシアは喘ぐように叫んでいた。
自らの行動が理解できずに彼女もまた固まる中、
黒衣の青年がシンを突き飛ばし黒いフレームのデバイスを奪い返す。

 

そのまま化け物じみた身体能力でビルの壁面を駆け上がり、
その屋上に着地すると金色の義眼を光らせて吼えた。
「シン・アスカ。お前の存在が、世界を滅ぼすッ!」
《サー、落ち着いてください》
高町なのははデバイスの声に驚愕する。
「バルディッシュ!?」
親友のデバイスそっくりの魔力剣に、なのははいつものペースを崩されるほどの混乱に飲まれた。

 

 

事態が混迷を極める中、傍観者だったアズラエルが天を見上げた。
青空が歪み雷光と共に漆黒の虚無が展開されたのである。
「くっ!」
「……また?」
レリックを埋め込まれた人造魔導師であるゼストとルーテシアは、共鳴に胸を押さえて顔をしかめた。
聞こえる咆哮(ウォークライ)は、この世を呪うような恐るべき声だ。
―――やがて、都市上空に驚異的な存在が姿を現した。
「なんです、これ……凄く不愉快ですねぇ」
単体ならばそれはスクラップと言えただろうが、現実には生きた戦闘機械の集合体だ。
様々な機種のMSの残骸――GAT-Xと呼ばれる実験機の発展形や、量産型のザク、ダガーシリーズの四肢。
開発国も年代もバラバラの機体の山が、妖しく蠢く青い光の脈動によって一つに纏まっていく。
それだけではない。宇宙船のパーツもところどころに取り込まれており、大きな自動砲塔が突き出ている部位もある。
不沈戦艦などと呼ばれたアークエンジェル級戦闘母艦の艦首――二本の前足のようなそれも吸収されており、
もはやそれは一種の前衛芸術じみた塊と言えた。コズミック・イラの兵器の見本市のようなアートは、――落下する。
戦艦やモビルスーツの推進ロケットから焔を吐き出し、減速しつつ、
「……街に落ちる!」
直径200メートル近いそれは都市のビルディングを押し潰し蹂躙し、クレーターを作り出した。
轟音と震災じみた揺れ、爆砕された建築物の粉塵が発生する中、異形としか言えぬ機械獣が降り立つ。
なのはは信じられないといった表情で呻いた。
……この波動は、この感覚は!
「ジュエル、シード……?」
ロストロギア“ジュエルシード”……十年前、高町なのはが魔法を知るきっかけとなった古代遺産であり、
“対象の願いをかなえる”という能力を持つものの、あまりにも暴走しやすい性質から封印指定を受けた代物だ。
暴走して次元震を起こした場合、一つの文明圏が丸ごと消滅することもあるという。
だがそれは九年前の【プレシア・テスタロッサ事件】で虚数空間へ消え、残りは時空管理局によって封印されたはず。
見たこともない艦船や機械の巨人は何だというのか? 思わず彼女はアズラエルの表情を窺った。
案の条と言うべきか、ムルタ・アズラエルの目は既に冷徹な観察眼へと早変わりしている。
「連合のダガーに、ザフトの系列技術……新型か。それにアークエンジェルまで……何が起こってる?」
「アズラエルさん……」
「高町さん。ここの管理局戦力でアレを撃退できますか?」
怜悧な視線を受け、高町なのはは一人の管理局員として答えた。
「……難しいかな。アレがA級ロストロギア暴走体なら、最低でもAAランクの局員が欲しいけど、
ここの戦力は潤沢じゃないから。オーバーSランクの私が加勢しても、あれだけの規模だとどうなるか……」
アズラエルはそれを聞くと大きな溜息を吐いた。
先ほどまで命を狙われていた男とは思えない皮肉っぽい笑みを浮かべ、
「あーあーあー、そこのシン君、だったかなァ?
僕の命を狙ったのはチャラにしますから、とっとと消えなさい。
飛び入りの赤毛君も逃げた方が良い……」
声を掛けられた二人の青年が応じる暇もなく、傲岸不遜にムルタ・アズラエルは嗤う。
“最強”という名の二文字を盲信するが故の自信だ。
「――僕のレアスキル“デウス”は無敵ですから」
ラテン語で【神】を意味する言葉。
彼が手にしたアクセサリを天に翳すと同時、空間が音を立てて崩れ去った。
まるで硝子板が蹴破られるような破砕音だが、実際に破壊されているのは空間組成そのもの。
常識という名の物理法則が消滅し、何も存在しない虚空から鋼鉄の腕が突き出た。
アズラエルの身体をケーブルで体内のコアへ取り込む白銀の巨躯。胴丸のような胸部装甲が閉まり、
滑らかな純白の装甲に防護された巨人の全貌が露わとなっていく。

 

他の面子が驚愕に目を見開き、赤毛の青年がそれを睨み付ける中、シンの目にはそれは見慣れた兵器に思えた。
「……モビル、スーツ? いや、これは――」
《デウスユニット……いや、管制人格を欠いている不完全体か》
アートマンの呟きに気づけないほど、彼は驚いていた。
コズミック・イラの常識に照らし合わせるならば、それは二足歩行人型機動兵器のはずだった。
全長は二十五メートル近いであろう機械の巨人――頭部にはデスティニーやフリーダム、
その原型たるGAT-Xシリーズに酷似した“ガンダム”タイプの貌を貼り付けているが、
末端肥大化傾向にある巨大かつ重厚な四肢は、ギリシャ神話のティターン族を思わせどのMSにも似ていない。
敢えて言うなら不格好にして雄々しい子供のオモチャ、ブリキ人形に似た力強いシルエット。
角のような二対のブレードアンテナが光り、黄金に輝くツインアイが眼光鋭く怪異を睨み付ける。
高町なのはは巨人に合わせるように飛び立ち、レイジングハートに問うた。
「勝てる、レイジングハート?」
《当然です。マスターと私、あの巨人がいるならば確実に》
「うん、だよね!」
そう言って砲撃のチャージを高空で行い始めた魔導師を尻目に、
元ブルーコスモス盟主、その意識が合一した白銀の巨人は吼える。

 

『さぁて、ショータイムですよ! よぉく目に焼き付けろ、これがアズライオーだッ!!』

 

異常なまでに昂ぶったアズラエルのテンションの高さに、機体が震えた。
バルディッシュを握り締め、赤毛の青年は眼を細めて勇壮なアズライオーを見つめる。
記憶にこびり付いた悪夢の如き戦いの連鎖――天空から降り立った無数の巨人の群れと、目の前の存在が重なった。
舌の上に苦味が広がる。誰も救えなかった記憶が、片眼と左腕を代償に生き残った屈辱が魂を汚す。
彼は眼下の路上にいるシン・アスカへ向けて鋭い殺気を放ち、あくまで敵対者として振る舞った。
それが悲劇を回避しうる唯一の方法故に。シンに睨み返されるが、それがどうした。
自分が知る“彼”とこの時空の”彼”は違う。ならば迷うことなど無い。
「……次は殺す。俺の名は【クロウ】、お前を滅ぼす“人間”だ」
必滅。これこそが唯一の正義だった。
「誰なんだよ、アンタはッ!」
シンが叫んでいるがクロウはそれに答えず、
「バルディッシュ、ジョウント」
《イエス、サー》
空間転移の光を残しその場から消え去った。

 

 

ムルタ・アズラエルは力に焦がれ続け、その結果として大戦の最前線で指揮を執るという暴挙に出た。
彼の深層心理にあったのは病的なまでの力への憧れであり、それは化け物じみた兵器や核兵器の濫用として現れた。
では、彼が魔法の世界への漂着の果てに手にする【神】を模倣した罪深き巨人は、
如何なる結果を彼にもたらすというのか―――それは、神のみぞ知ることだ。
“だから”、

 

(もう誰も僕を見下せない、いいや、見下させないんだ)

 

――この狂った闘争の終着点は……誰にもわからない無明の彼方である。