なのはクロスSEED_最終話2

Last-modified: 2010-02-03 (水) 23:16:13

魔法少女リリカルなのはクロスSEED 最終話・中編

 

Interlude.――

 

 
「……そん、な……」

 

 掠れるような声で口から零れた言葉。
 それは目の前の現実というべきが否かのモノを目視しているアスラン・ザラの言葉だった。
 目の前にいる紛れもない自分自身の姿。
 先程まで自分自身に浴びせられるようなあの声の持ち主はもう一人の自分。

 

『そう驚くことはないだろう、ここはお前の中なのだから』
「俺の、中……?」
『そう、ここはお前のココロの中――深淵の底だ』
「ココロの、底」

 

 この何も無い深い闇のような光景が自分自身の心の底。
 そう言われたにも関わらず、アスランはそれを否定するでもなく、ただ呆然と目の前に自分の声を聞いていた。

 

『っと、話がそれてしまったな――アスラン・ザラ、いや俺というべきか』
「…………」
『まだ、お前は死にたいのか?』
「――――!?」

 

 死。
 それを自分自身で望んだ事はないと即座に思いついた回答ではあったが、先程の自身からの言葉を思い返す。
 "――これでようやく、死ねる。"
 "――目の前の現実から逃げたかったんじゃないのか――"
 言葉のままに感情的に否定したはずだったが、冷静な今となってはその言葉を否定しようとできなかった。
 俺は死にたかったのか?死にたいが為にあの子を理由にしたのか?
 リニスに託されて、プレシアの家族を失った気持ちを知って、フェイトの家族の絆を取り戻す。
 その為に自分の命くらいなら――捨ててもいいと思った。
 だけどそれは――全て俺が自己満足で死ぬ為の理由付けだったのか?
 なら、俺は――

 

「お、れは…………」
『――どうしようもない、最低な奴だ』

 

 脳裏に描いた言葉の先を、自分自身の言葉で、自分自身の耳で聞き、衝撃が走る。
 一気に頭に血が上り、目の前の自分自身の胸倉を掴み上げる。

 

「ならどうしたらよかったというんだ!! 過去を変える方法があると知り、それを知らぬとして全てを受け入れろとでもいうのか!!!」
『過去を変える、だと』

 

 胸倉を掴んでいた両手の手首を捕まれ、その手を振り払われる。

 

『過去を変えることなんて出来はしない!! それはお前が一番理解しているはずだろう!!!』
「――――!!」

 

『母が死んだ事も! ラスティが死んだ事も! ミゲルが死んだ事も! ニコルが死んだ事も!!』

 

『戦争という名目で、その手に銃を取り、MSに乗り、命を奪っていった事も!!』

 

『どんなにあがいても、変えられない過去だって事を!!!』

 

 目の前の自分自身の言葉がどれだけの意味を持っているのか。
 それは自身であるアスラン・ザラが一番理解できるだろう言葉だった。
 結局、アスラン・ザラの本当の願いは――あの子の幸せなどではなく――

 

「……過去を、変えたかったんだ」

 

 呟いた言葉は――意識の闇へと消えていった。

 

――Interlude out.

 

「なのは、レイジングハート、力を貸して」

 

 キラとの通信後、ユーノの発した第一声がそれだった。

 

「え?」
『どうすればよろしいのですか?』
「クロノ!!メンテナンスルームのデバイス通信ユニット借りるよ!!」
「そ、それは別にいいがどうするっておい!!」

 

 クロノが言葉を言い終わるよりも早くユーノはなのはの手を取り目的地へと駆け出した。

 

――アースラ・デバイスメンテナンスルーム。

 

「レイジングハートを、そのユニットの中へ入れて」
「う、うん」

 

 真空管状のユニットの中るプログラムを選択し、コンソールを叩くユーノ。
へ待機モードのレイジングハートを入れるなのは。
 ディスプレイに表示され
「魔法名――を検索」
『システム起動、デバイス・レイジングハート内の魔法を検索――完了』
「術式、構成、回路を全て複製の後に、展開……」
『魔法名――をユニットへと転送……転送完了、術式構成、及び魔術回路を展開します』

 

 新たに出現する複数の空間ディスプレイ。
 視線を動かし、"ソレ"を確認した後、再度コンソールを叩く。

 

「術式構成、及び魔術回路を上書モードへと変更……後は……なのは!!」
「ふぇ!?」
「キラさんともう一度念話を繋げて!!」
「う、うん」

 

 驚く暇も無く、念話を飛ばすなのは。
 集中し、庭園内へのキラへと言葉を紡ぐ。

 

『――聞こえる、キラ君』
『――うん、聞こえるよ、なのはちゃん』

 

 はっきりと聞こえる声、紛れも無いキラの声がなのはの脳裏に届いた。

 

「繋がったよ、ユーノ君!」
「レイジングハート!なのはとキラさんの念話を介してストライクとリンクを繋げて!!」
『了解……デバイス・ストライクとのネットワークリンク接続完了』
「レイジングハートを介してストライクの基本術式構成、魔術回路を転送、後に展開」
『……デバイス・ストライクからのデータ転送完了、術式構成、基本回路を展開します』

 

 先程のディスプレイの横に連結して出現する空間ディスプレイ。
 これで準備は整った。後は――

 

<ユーノ、なのはちゃんの魔法を僕にも使えるようにできないかな>

 

 先程のキラがユーノに依頼した言葉。
 それはキラが思いついたたった一つの希望―アイデア―
 だが、魔法とはいえそれは千差万別。
 使う術者、デバイス、魔法形式、――それらのどの一つも同じものが当てはまらない。
 それがどれだけ無謀なことであるか、通常の人間なら両手をあげて降参とするだろう。
 だが、今の状況でそれが出来るのはただ一人――ユーノ・スクライアだった。
 高町なのはのレイジングハートの元の持ち主であり、キラ・ヤマトの修行に付き合いストライクのメンテナンスもしていた彼にしか、
 いや、彼だからこそできるのだろうと――キラは考えたのだろう。
 だからキラはユーノに託した。自分の現在と未来を。
 だった一つの無茶で無謀な策を。

 

(何が何でも失敗できない、それに)

 

 いつ崩壊するかもわからない庭園に、いつ暴走するかもわからない駆動炉。
 タイムリミットは――刻一刻と迫っている。
 壮絶な強迫的観念(プレッシャー)に指が振るえ出す。
 失敗は許されない、何せキラとアスランの命がかかっているのだから。

 

(迷っている暇なんて無い! 今は――僕がやらなきゃいけないんだ!!)

 

 思念を振り払い、拳を握り締めた後、拳を開き、コンソールを叩く。
 ピアノを弾く演奏者が奏でるように、ただ一心不乱に叩き続ける。
 視線が流れるように右往左往し、カーソルの先を見据えていく。

 

「基本構成を書き換え……術式回路を変換……」

 

 空間ディスプレイの一つがみるみるうちに書き換えられていく。
 今自分に出来る最大限の精一杯。
 ユーノ・スクライアの紡ぐ軌跡が、たった一つの希望へと変わっていく。

 

「…………書き換え、完了! ストライクへ転送!!」
『魔法術式、及び構成回路上書修正完了、デバイス・ストライクへと転送します……』

 

――時の庭園・予備駆動炉の間。

 

『……転送、完了』
「……ありがとう、ユーノ……ストライク!!」
『魔術構成展開、メインシステム、問題なく発動できます』

 

 立ち上がるキラの足元に展開する魔法陣。
 だが、通常の魔法陣と違い色が桜と蒼のラインが入り混じった魔法陣だった。
 右手をかざし、その先に展開する同様の魔法陣。
 そして――その魔法陣の中心へと集束していく数多の輝き。
 それは、魔法の欠片。この空間に存在する魔法の残滓。 
 輝きは少しずつだが、そのカタチを存在を露にしていく。

 

『スターライトブレイカー、チャージシークエンススタート』

 

Interlude.――

 

 

 過去を変えたかった――それがアスラン・ザラの本当の願い。
 それは誰もが望む事で、誰もが成しえる事の出来ないコト。
 残酷な運命という言葉の元に失われていった命。
 その悲しみの果てにアスランが取った道が軍人という道。
 こんな戦争が早く終わるように、こんな悲しみがもう無くなるように。
 心を塗り潰すように、自分自身を偽って、ただひたすらに前だけを見ていた。
 その先にあるのが、誰もが笑っている未来があると信じて。
 だが、そんな彼を待っていたのは、戦場での親友との再会。
 続く戦争、消えていく命、友との離別。
 どうしてこうなった、何が間違っていた、なんで、なんで、なんで――それはアスラン・ザラの心の底からの叫び。
 そして、突然の異世界への転送。
 そこで手にした魔法の力、その先にあった願いを叶えることの出来る方法。
 これで変えられる、あの子の悲しい運命を変えられる。
 その為の犠牲になるのなら、喜んで俺は命を差し出そう。
 だが、それはあの子の為なんかじゃなく――俺自身の為。
 本当に叶えたかったのは――――自分の過去を変えるコト。

 

『…………それがお前の、本当の願いだ』
「…………」

 

 言葉が見つからなかった。
 目の前の自分自身に教えられた己の真実。
 死ぬ事で、目の前の現実から、起きた過去から、待ち受ける未来から――逃げる事。

 

「俺は…………俺、は…………お、れ…………は………………」

 

 段々と薄れていく声、もう発しているのかどうかも判らないほどにかすれていく声。
 唇だけが動き、いつしかそれすらも静止する。
 それに伴って、全ての動作が停止しようとしていた。
 

 

"――――あなたは、ここで終わるのですか?"

 

 全てが止まっていたはずのアスランの脳裏に響く声。
 それは静止していた脳を動かし、全神経が今一度動き始める。
 俯いていた顔を挙げ、目を開き、声のした方向へと視線を動かす。
 その先にいたのは、もう一人の自分自身以外の"誰か"。
 それは、アスラン・ザラの知る"誰か"であった。 
 その声の持ち主は開口し、もう一度言葉を紡いだ。

 

"――――アスラン"

 

 微笑んだ顔を浮かべながら、リニスは彼の名前を呼んだ。

 

――Interlude out.

 

 キラ・ヤマトの考えたアイデア。
 高町なのはの魔法であるディバインバスターのバリエーションである、スターライトブレイカー。
 術者の魔力ではなく、展開した周辺の大気中の魔力を集束し、膨大な量の魔力を放出することのできる砲撃魔法。
 ほとんどの魔力を使い切ってしまった今のキラの使える魔法はほとんど無く、
 ましてや眼前の駆動炉を取り込み暴走したジュエルシードを止めるだけの手立ては無かった。
 そんな絶望的な状況の中、キラが思い出したあの魔法の存在――もし、あれが僕にも使えるとしたら。
 最後の希望をユーノ・スクライアに託し、彼はそんな無茶苦茶な要望にも答えてくれた。
 もう迷っている時間も無い、タイムリミットまであとわずか。
 集束されていく魔力の欠片が数多の輝きを発しながらその大きさを増していく。

 

「ストライク、チャージ完了まであとどれくらい?」
『後……1分弱程で』
「……わかった、ありがとう」
『Master.』
「何?」
『……いえ、何でもありません』
「?」

 

 歯切れの悪い相棒の声に疑問を抱くキラだったが、特に気にすることもないだろうと考え、目を瞑った。
 この状況下で自然と心は落ち着いていた。
(もし失敗すれば、僕もアスランも死んでしまうだろう)
 だけど、まだ"終わってはいない"。
 彼の心にある不屈の心が、彼を前へと突き動かす。
(それに、約束したんだ)
 あの子との――なのはとの約束。

 

"――――約束、だよ……絶対に、絶対に帰ってきてね!!"

 

 もう、嘘つきにはならない。もう、あの子を悲しませたくない。
 必ず、生きて帰るんだ!!

 

『スターライトブレイカー、チャージシークエンスエンド、――発射、カウントダウン』

 

 蒼き大剣『シュベルトゲベール』を両手に握る。

 

『カウント……9……8……7……6……』

 

 深呼吸を一つ、酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す。
 目を開き、眼前の集束された魔力の塊へと視線を向ける。

 

『5……4……3……2……1……――カウント、0』
「スターライト……!!!」

 

 両手を大きく振り上げ、両手に残る全ての魔力を込める。
 刀身が蒼く輝き出し、そして――

 

「ブレイカァァァァァ――――――ッ!!!!!」

 

 咆哮と共に蒼き大剣は振り下ろされ、集束された魔力球へと衝突する。 
 全てを賭けた一撃が、最後の希望を乗せ、輝く奔流となり駆動炉へと向かっていく。
 結界はさっきの一撃で破壊した。これで何も阻むものはない。
 そして奔流は駆動炉へと衝突した――が、

 

「こ、れは――!!?」

 

 奔流は確実に命中した、放たれた魔力は今も駆動炉へと流れている。
 だが、一向に駆動炉に変化が現れない。
 膨大な魔力の重みに耐えつつ、目の前の光景に目を疑うキラ。
 スターライトブレイカーの砲撃が僅かにだがその砲撃の先端が短くなっていく。

 

「押されて、いる――――!!?」

 

 集束した魔力が僅かに足りなかったのか、理由を考えるよりも早く行動を起こすキラ。

 

「ストライク!多重起動!」
『スターライトブライカー・デュアルシークエンス、チャージ&バースト』

 

 シュベルトゲベールに集まる魔力の残滓、再び輝きを増すと共に奔流の先端が押していく。
 ――足りないのなら足せばいい。
 集束と砲撃、一つ一つの行程を同時に行う事で足りない魔力を補うコトが出来る。
 だが、その分の負担は――

 

「ぐ、うっ!!!」

 

 悲痛と共に歪む表情。身体全体に響く激痛。
 ただでさえそれまでの戦闘でのダメージも抜けていないボロボロの身体に重なる疲労。
 とっくに限界を超えているにも関わらず、キラは倒れようとはしない。
 デバイスを抱える両手も力が入らない、ただ離さないように握り続けているだけ。
 そして――。

 

ピ、シ………………!!!

 

 色々な不協和音が入り混じる中、静かに響く悲鳴にも似たオト。
 それは、ストライクのコアより発せられた欠けたオト。
 幸か不幸か、その音はキラの耳に届くことはなく、彼はただ必死に目の前の絶望と直視していた。
 知られてはならない、知られればキラに迷いが生じてしまうから。
 何事も無いように、デバイス――ストライクはただ処理を続けていく。
 近づいていく自らの終焉を、察しながら。

 

Interlude.――

 

「リ、ニ……ス…………?」

 

 目の前に突然現れた女性の名前を口から溢れるように呟いた。
 つい先程消えてしまったはずの彼女がどうしてここにいるのか、どうして"こんな場所"にいるのか。
 止めていた思考が巡る、けれども答えなど出てくる訳も無く、アスランはただ彼女を見上げていた。
 そして、そっとアスランに差し伸べられるリニスの手。
 反射的にその手を掴もうとしていたアスランだったが、触れる瞬間、掴もうとしていた手が止まった。
 いや、アスラン自身が止めていたのだった。

 

「……俺は」

 

 君との約束を守れなかった。
 その言葉を口にしてしまうのが怖くなって、途中で閉口する。
 フェイトもプレシアも欺いて、自分自身を犠牲にし、すべてを取り戻すはずだったのに。
 アスラン・ザラは、未だここにいる。
 本来なら彼女ではなく、自分が消えるべきだ。
 リニスの存在も、フェイトにとっては大切な存在に変わりはないのだから。

 

"――――あなたは、あなたが死んでアリシアが蘇ればそれでいいと考えたのでしょう?"

 

 手を差し伸べたまま、彼女はアスランへと語りかける。
 その通りだ。アリシアさえ蘇れば、プレシアも元の優しい母親に戻る。
 それにリニスがいてくれれば、プレシアとフェイトを繋ぐ架け橋になってくれることに違いない。
 だから、死ぬのは俺だけでいい――そう考えていたのに。 

 

"――――でも"

 

 差し伸べたままの手は、うつむくアスランの頬へと触れる。
 一瞬、触れられた事に驚くアスランは顔を上げる。

 

"――――あなたが死んで、それであの子が、フェイトが悲しまないとでも思ったのですか?"

 

 その言葉に、アスランの脳内に衝撃が走る。
 

 

"――――確かにあの子は母親の、プレシアの為に頑張っていました"

 

"――――でも、あの子は自分の幸せのためにあなたが犠牲になって、本当に喜ぶと思いますか?"

 

 頭が大きく揺れ動くかのような衝撃。
 それは今のアスランのとってはもっとも痛い言葉であったに違いないだろう。
 たった数ヶ月しか一緒に行動していなかったが、それでも理解できる。
 彼女は、自分を救ってくれた優しい少女であるという事も。
 だが、それは自分自身のこれまでの行動を否定してしまう事にもなってしまう。

 

"――――例え、あなたが死に場所を求めていたとしても、フェイトの為に行動を起こしてくれた事には違いありません――ですから"

 

 触れていた手を離し、そのままアスランを包み込むように優しく抱きしめる。

 

"――――今度は、あの子の為に生きてください"

 

――Interlude out.