なのはXDestiny_00話

Last-modified: 2008-12-15 (月) 17:19:54

そして―――ここに戦いは終わった。

 

体を支えようとして、次の瞬間唐突に重い音とともに壁ができたことをいぶかしむ。
その壁が地面であることを自覚するのに、数瞬を要したことに彼はさほど驚くことはなかった。
突っ伏しているであろう顔を持ち上げる。その行為ですら渾身の力を必要とした。
体が軋みを揚げる。
空には雲ひとつなく、日はその光を満面なく降り注いでいると言うのに、体はおかしいほど冷え切っていた。
唐突に起こった戦闘は、戦争が起こったような痕跡を残すほどに苛烈なものであった。
それを頷ける様に周囲にあった岩石のほとんどが魔力によってガラス化し、次の瞬間には砕かれ、砂と化している。
しかし、そこまでして戦っても自分は倒れたのかと歯をかみ締める。
じゃらりとした感触が、砂をかんだからなのか、砕けた歯のものなのかさえ分からない。
乾いた風はこの戦場跡に残る砂をのせて、せわしなく運び続けている。
その先、自らの眼の前に雲一つない青空を背にしたものがいた。
完全には砕かれていない岩の上に優雅に足を組み、腰掛けた女。
彼を打ち倒した、敵の一人。
そして、敵は口を開く。
「あなたは、ここで死ぬのよ」
告げられる言葉は、無残に打ちひしがれた自分に投げかけられたもの。
告げるものは、敵は目の前にいるというのに動けない。
立てと命じ手いるにもかかわらず、ピクリとも動かない。
「これだけの力を持っていたとしても、これだけの実力を持っていたとしても、これだけの決意を有していてもねぇ」
己の剣は先ほど折れた。
己の銃は己自身の魔力で溶けた。
己の腕は先ほど折られた。
己の足は撃ち砕かれた。
満身創痍で地を流し、魔力はすでに底を尽き果てている。
「全力を出せぬまま、世界から見捨てられて、己が守ると誓ったものから見限られて」
くつくつという笑い声。
嘲笑を隠しもしない穏かな哂い声。
こちらが動けないと知った上でのあざ笑い。
それとも、無駄な足掻きを愉しむ愉悦か。
その両方か。
「売られ、はじかれる。あなたが守ると誓った世界から見捨てられてねぇ、結局あなたは代わりのいる消耗品でしかないの」
嘲笑いはやまず、そして不快な言葉も止まらず。
彼女は彼に投げかける。
彼にとっては最悪の現実を、事実を。
かみ締めた奥歯にひびが入る。
血濡れの瞳で、相手を睨み付ける。
「この、あなたが知っている人なんて誰一人いない世界で、自分を殺した敵に嘲笑われながら」
敵は、こちらの視線をまるで気にする風もなく言葉を続ける。
組んでいた足を解き、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
「もがいて、苦しんで、血を流して、傷ついて」
歩みを止めず、言葉をつむぎ。
そして、彼の目の前に立ち、しゃがむ。
レンズを介した敵の瞳は弧を描いていた。
それが、喜悦であることを隠す事すらせずに。

 

「でも結局あなたは何も守れないままあなたは死ぬの」
敵の手が伸び、ほほに触れる。
なでるように、優しく包むように。
いたわるように。
無様を哂うように。
血を愛でるように。
そして、傷口に手を止める。
「所詮。駒は駒のまま、犬は犬のまま狂犬は狂って死ぬの。誰もに望まれて、ね」
腐り落ちた果実を握りつぶしたような水音と激痛。
それが傷口をえぐられたせいだと理解できたのかどうか。
瞬間、自分の口からこの世のものとは思えぬ絶叫が響く。
痛みは熱を持ち、脳を焼きつぶすように感じた。
思考の全てが痛みに埋め尽くされ、次の瞬間には憎悪に埋め尽くされ、そして目の前にある腕に噛み付く。
歯が数本折れ、同時に肉に突き刺さるおぞましい感触が伝わる。
敵の少しのうめき声が聞こえる。
血の味が口の中に広がり、吐き気を覚えるがそれを無視する。
もっと深く、えぐろうと力を込めようとする。
が、敵は静かにそして先ほどよりも深く己の傷をえぐる。
瞬間、再び訪れる痛みという熱。
響き渡る絶叫は先ほどの比ではない。
それが己の口から放たれているのかさえも疑わしい、まるで獣の叫び。
眼がくらむ。
痛みのせいで気絶とその痛みによる覚醒を数瞬で繰り返す。
敵は流れる血を一瞥しただけでこちらを見る。
「剣は折れて、銃も熔けて、翼も捥がれて、腕も折られ、足も砕かれて。それでも牙はあるのねぇ」
痛みもなく、怒りもなく。
ただ、喜悦だけを強めたその瞳。
せめてと思い、先ほどよりも強く睨み付ける。
心の中で罵倒をほとばしらせるが、声に出せない。
叫んだせいで喉が枯れたか。
「無駄よ、にらんだ程度じゃ人は死なない。そして、あなたはここで死ぬの」
そう、おそらくここで自分は死ぬ。
今まで散々殺してきた自分だ、己にそれがないとは思わない。
流れた血は多く、むしろいまだ生きている自分にこそ不思議がっている。
こういう頑丈な体に調整した両親に感謝するべきなのだろうか。
そして、彼女は再びこちらのほほをなでる。
今度は噛み付かれないように、己のひざの上にこちらの頭を乗せて、手で押さえる。
「死ぬんだから、今更何をしたって無意味なのよ?あなたはあと数分とたたずに死ぬ。それなのに―――」
そう、死ぬだろう。
剣は折れ、砲身は熔け、翼は捥がれ、腕は折られ、足は砕かれ、原始的な噛み付きすらも封じられ。
「それなのに、まだそんな諦めることなんて考えない目で、私をみるのねぇ・・・」
その程度のことで誰が諦めてやるだろう。
たかだか武器がなくなり、腕が折られ、足が砕かれただけだ。
動けと念じる。
ただ、動けと。
血が足りないなどと言う戯言を許すなと、誰かを守るために力を手に入れたのだから、その力を振るえと。
力なく、ゆっくりと腕を掲げる。
折れた腕はプランとしていて、まるでタコかイカを思わせた。
それを見た瞬間、腕に再び痛みが走るが無視する。
眼がかすみ、意識が薄れていく。
それでも、渾身の力を、命を削るように手を伸ばし。
そして、敵の首にあたり・・・
「でも。だからこそ。あなたでよかったわ」
敵が喜悦ではなく、怒りではなく、初めて見せたその笑顔を、茶色の髪をもつ初めて惹かれたあの人と同じ笑みを見た瞬間。

 

彼―――シン・アスカは、意識を失った。

 

新暦74年11月。
シン・アスカは単独紹介任務中に行方不明となる。
その後、捜索活動が行われたが彼を発見することは愚か何か起こったのかすらも判明することはなかった。
しかし、この事件こそが後に管理局は愚か、全ての世界を震撼させる事件への幕開けと成ることは、今はまだ誰も知らない。
機動六課設立の半年前の出来事である。