なのはXDestiny_01話

Last-modified: 2008-12-15 (月) 17:24:24

その日、少年は少女と出会い。
そして少女は少年と出会った。
それが、後の世に何を残すのかを知らぬまま。
「あなたはだれ?」
少女は彼に問いかける。
「きみはだれ?」
少年は彼女に問い掛ける。
少女は己の名を答え、少年は己の名を答える。
「どうしてここにいるの?」
「ここしか知らないから」
少女の答えに、少年は驚きを浮かべる。
それがいったい、どれほどの無知かを自覚せぬまま。
「どうして外に出ないの?」
「外に出ちゃいけないって、みんなが言うから」
少女は答える。
少年の、今までの自分を壊す疑問を聞きながら。
「外はどうなっているの?」
「戦争ばっかり。みんな忙しそうだよ」
少女は問い掛ける。
己の過去を照らし合わせて。
「どうして戦争をしているの?」
「知らない。でも、みんながみんな守るために戦っているんだ」
少年は知らない。
己が歴史の上での歯車に過ぎないことを。
「戦うことは必要なの?」
「どうなんだろうね。でも、誰かがいなくなるのはやっぱり悲しいよ」
少女は知らない。
己もまた、歴史という名のシステムに組み込まれてしまうことを。
「誰かが居なくなるのは悲しいの?」
「当たり前だろ。だって、そばに居てくれなくなるんだ」
少女は初めて少年の赤い瞳を覗き込む。
魔性の瞳には魔力が宿る。
そんなことにも気づかずに、彼の瞳を覗き見る。
「じゃあ、誰もがそこに居続けてくれることはいいことなの?」
「わかんない。でも、それは何かいけない気がする。わかんないけど」
少年は、初めて少女の赤と緑のオッドアイの瞳を覗き込む。
聖なる瞳には神威が宿る。
そんなことにも気づかずに、彼女の瞳を覗き見る。
「だったらさ」
少女は顔を綻ばす。
これが全ての転換期だとも気づかずに、己の口から約定をつむぐ。
「だったら、わたしが終わらせてあげる。戦争も、みんなを傷つける物から、みんなを守ってあげる!」
満面の笑みを浮かべる少女に少年は負けじと契約をつむぐ。
「だったら、僕は君を守るよ。君を傷つける全てをなぎ払う」
見詰め合う瞳にこそ運命は紡がれる。
お互いにそんなことを知らぬまま。
そして彼らの邂逅は終わった。
これが、後の世に何を残すかも知らぬままに。
これはただの御伽噺。
すでに知る者も、知るすべもない取り止めのない御伽噺。

 

―――世の中って言うのは、往々にして理不尽なのよね・・・
多数の乗員が乗るミッドチルダへ向けての次元航行艦の中。
赤い特徴的な色の髪をショートカットにまとめた彼女、ルナマリア・ホークは、心の中でそうつぶやいてからため息をひとつ吐き出して窓の外を眺める。
次元航行中特有の、虹色とも、万色とも思える景色が目の前に広がっている。
その、あまり見慣れぬ景色をみて再びため息を漏らす。
自分の髪とよく似た色合いのスーツを着込んで居るのだが、あまり着慣れないスーツなのでなかなかに居づらい。
それがさらにルナマリアのため息を誘った。
「どうしたルナマリア。先ほどからため息ばかりだぞ」
不意に投げかけられる言葉に、ルナマリアは面倒くさそうにそちらを向く。
流れるような金色の長髪に涼しげな青いまなざしの掛け値なしの美少年ともいえる彼、レイ・ザ・バレルが己の隣で視線を動かさずに本を読んでいた。
その、先ほどとほとんど変わらぬ姿勢と光景にさらにルナマリアはため息をひとつ追加してから自らの士官学校時代からの同僚である彼に返答した。
「べーつにー・・・ただ、暇だなーってね」
「時間は有限だ。その時間をただ浪費するだけでは、人生を生きているとは言えない」
「はいはい。あんたが言うと説得力はあるけどねぇ・・・だからといっても、もう丸一日このままじゃない・・・いい加減雑誌も曲も、聴き尽くしちゃったわよ」
ぐったりと倒れこむフリをする。
がそれでもレイは本を読む視線を振り向かせることも、本を読む速度を落とすこともしなかった。
あいも変わらずただ静かに文章に目を通す。
それはまるで本を読むというよりもただ本に記されている景色を眺めているだけのように感じられた。
―――にしても、レイの私服姿なんて久しぶりね。
あまり着飾らない彼の性格をよくあらわしたごく普通の黒いスーツ。
しかし、それらが高額取りであった彼らから見ても驚くほどの高額である。
ルナマリアはそこでふと疑問に思い、口に出そうとして、先手を取られた。
「アルジャーノンに花束を、だ」
「っうぐ」
突然振りかけられた言葉と、己が求めていた解答が同じだったことに思わず眉根を寄せてレイをにらみつける。
変わらず視線を本にのみ集中させている彼がいったいどうしてこちらの行動に気がついたのか・・・
「お前がなんとなくそう思っていると感じた。それに、この質問はすでに二度目だ。対処もできる」
そうだっただろうかと思い、自分の行動記録をよみがえらせる。
自分の席の周りに座っている乗客の顔と、行動。
スチュワーデスの満足いく対応と軽い睡眠。
―――そういえば、夕食に出てきたワイン、もうちょっといいのがほしかったなー・・・
などと益体もないことを思い返していき、目当てを見つける。
「あー・・・」
確かに、この機に搭乗してしばらくしてから同じ質問をした記憶がある。
だが、その記憶と彼の持つ本とにふと疑問があがる。
「ねぇ、あんたその本乗った時から読んでたわよね?それなのになんでそこまでしか読めてないの?」
彼のページをめくる速度はかなりのものだ。
だというのに、未だ作品の中盤あたりまでしか読んでいないというのはないだろうが・・・
「もしかして、二度目?」
「いや、5度目だ」
こともなげに口にする彼に、ルナマリアは呆れたように再三のため息をつき、乗り出していた体をどさりと背もたれに投げ出す。
「・・・よくもまぁ、飽きもせずに同じ内容を読めるわねぇ・・・尊敬するわ」
「むしろ、お前が気がつかなすぎだ。われわれのような職業は、集中力が肝要だ」
ちなみに作者コメント後の他の本についての紹介文も読んでいると続ける彼に、相変わらずわからないやつだとルナマリアは心の中で悪態ついた。

 

「インパルスはどうしている」
不意にかけられる声にルナマリアは少しばかり戸惑いを浮かべて自分の席の下においてあるバスケットに目を向けて、すぐに眉根をしかめた。
「あぁ、あの子ならぐっすりお休み中よ。乗る前から『じゃあ私は眠りますのでよろしく』だってさ、もう何様って感じよね」
「向こうに着く前に起こしておけよ」
ぱらり、と本をめくりながら言ってくる同僚にルナマリアは先ほどよりも苦々しく顔をしかめて答える。
「・・・あの子が私の言うことを素直に聞くはずないでしょ。きっとまたねちねち文句を言ってくるわね。まったく、誰に似たんだか・・・」
げんなりとする。
心の中に一瞬映し出されたかつてのもう一人の同僚、そして・・・
「それにしても・・・なのはさんの居るところに出向とは、ね」
頭の中に描き出されようとしていた内容を振り切るように話題を振る。
なんとも無しに話題を変えただけだが、彼は本を閉じてこちらの話に応じた。
金色の髪が静かに揺れる。
「・・・出向ではない。機密任務のための間借りだ。ただ、同様の任務が多いだけだ」
「んなの、名目上だけじゃない。誰も信じちゃいないわよ」
「信じる必要はない。名目さえ立てばいい・・・我らが代表のように、な」
鼻で笑う様に肩をすくめて見せる。
「うわ、それ最悪の皮肉ね」
『ただいまより、次元航行から通常空間航行へと移行します。ご搭乗の皆様はシートベルトのご確認をしてください』
ポンという電子音が響き、続いてアナウンスが流れる。
人工重力は発生させられているので、たいした変化はない。
それがまたルナマリアを飽きさせている要因のひとつでもあるのだが・・・
「気にするな。俺は気にしない」
そう言って、レイは閉じた本を再び開く。
「それ、どっちに対してよ」
本音としては、少しは気にしなさいよ、という士官学校時代から何度もつぶやいた言葉をかみ締める。
この万年鉄面皮の同僚がめったなことでは顔色を崩さないのを理解しているからだ。
レイは再び本を開き読書を再開させる。
もう、何度も読んだ内容だからだろうが、いくらなんでもまったく違う別のページから読み始めるのはいかがなものかと訝しがりながら、ルナマリアは再び窓の外へと視線をそらす。
すでに次元航行ではなく、見慣れた宇宙空間の黒と、いくつかの白い点の世界となっている。
行儀が悪いとわかってはいてもひじを突き、あごを乗せてめんどくさそうにいつもどおりの、しかしどこか違う景色を見る。
宇宙を見ているといやがおうにも思い出させられるあの戦争。
万全を敷いたこちらの布陣をなぎ払った閃光。
そして、自分が犯した、彼に対する裏切りとそして後悔。
連鎖的に思い出させられるのは彼の涙と慟哭と、
そして―――、あるひとつの事実。
どんなに覆い隠したくても隠し切れない。
錆のようにまとわりつき、泥のようにいつだって頭にこびりついている。
それはまるで冷たくもなく、暖かくもない泥の中に落ちていくような、不快感。
「・・・あいつがいなくなった世界・・・か」
何気ないつぶやきに、今度はレイは返答を返さない。
ただ、本をめくる一定の速度が狂っただけ。
ルナマリアはそれに気がついてはいるが、彼に声をかけることもなく、ただ、変わりゆく変わらぬ世界をただ、眺めていた。

 

■◇■◇■◇

 

「あ、そや。来週あたりうちの隊に増援部隊が来る予定なんや」
機動六課が正式に稼動し始めてからはや一月たったある日のこと、部隊長にして親友であるはやては唐突に爆弾発言をした。
機動六課の食堂はそろそろ昼時ということもあり、混み始めていたが、彼女達の周りにはあまり人がいない。
それもそのはずであろう、今回は珍しくはやてが誇るヴォルケンリッターは全員野暮用。
本来はやての補佐を勤めているリインも今回はそばを離れている。
スターズやライトニングの隊員も大量の食事を済ませてしまっている。
それでも、今ここにはなのはとフェイト、そしてはやてまでもが居るという機動六課にすればお偉いさんの集合とさえいえる状況なのだから。
「増援部隊?」
そういってから、なのはは自分が頼んだスパゲティをちゅるちゅると口に運んだ。
機動六課の食堂の中、なのはやフェイトの実務リーダーに部隊長ではある八神はやてを交えた隊長三人が顔をあわせる珍しい機会の昼食。
やや塩気が塩気が薄い気がするが、それはまぁ、フォワード陣を指導したから塩分が足りなくなっているからだと、喫茶店の愛娘は及第点を与えてから飲み込む。
が、その間にすでにもう一人の親友であるフェイトが己の疑問を代弁してくれた。
「よく申請通ったね、はやて。でも、そうなると私たちにも問題が出てこない?」
部隊には保有限度がある。
ある一定量の実力の魔導師がひとつの部隊に独占されないようにするためだ。
この機動六課がいかに特殊な理由があって設立されたにしても、それは変わらない。
秩序なき力の集約は法と秩序そのものに反してしまうからだ。
だからこそ、なのはにフェイト、はやてに果てはヴォルケンリッターといった超S級ともいえる魔導師を三人以上も保有するために彼女たち自身にリミッターをつけているという裏技を使用しているのだ。
もし、そこに増援がくるとなってはなのは達にも何らかの制約がかけられてしまうことは火を見るより明らか。
何より、機動六課の設立目的は「少数精鋭」だ。
そこに無意味な増援をされては元の木阿弥となってしまう。
そんな二人の疑問に、はやてはやや困ったように微笑を浮かべる。
「いやな、それがまた裏技何やけど。正確には増援じゃなくて別の特殊任務に当たる出向部隊の間借りとしてわたしらの隊舎を使うっちゅーことなんよ」
「間借りって・・・しかも特殊任務?」
「まぁ、そういうお題目でほとんどわたしらの合同任務やね。指揮権はこっちがもっとるし」
あっさりと言い放ち、さばの味噌煮を口に運ぶはやてを見てなのはとフェイトがいぶかしむ。
いかに裏技とはいえ、それはあからさま過ぎる。
いくらはやてのバックがしっかりとしているといってもそれはやりすぎというものだ。
序盤での飛ばしすぎは後々に尾を引きかねない問題を引き起こす原因となってしまう。
そうなってしまって一番困るのははやてだし、何より彼女がそんな初歩的なことを忘れるとは思えない。
「・・・はやてちゃん。何か問題があるんでしょ?その部隊」

 

「ぎくり」
分かりやすいというよりも、もはや確信犯なのではと思えるようなせりふに、なのはとフェイトからため息が漏れる。
その二人を見て、乾いた笑い声を出す。
「あ、はははは・・・いやね。別に隠しとったわけやないんやけど・・・今回はその・・・申請したというよりも、押し付けられたというか・・・」
どこかあさっての方角を見ながらだんだんとつぶやいていく言葉に、なのはとフェイトが自然と緊張する。
「まさか、その部隊。新米だらけだとか?」
「いや、かなりの実力者やね。さすがにリミッターはつけられとるけど、つけられとってAランクの陸戦と空戦がそれぞれ一人づつと、オペレーターにテクニカルサポートが5人の計7人」
フェイトの言葉に、はやてが言葉を返す。
リミッターをかけられた上でAランクという高レベルの術者が二人。
しかも技術サポートまでつくとは尋常では考えられない。
それを踏まえたうえで、なのはが続いて疑問を投げかける。
「じゃあ、とんでもなく性格が悪いとか?」
「事前の調べによると、一人は絶えず沈着冷静で士官学校も主席で卒業。もう一人のほうもかなりの好成績でなおかつ社交性も高いちゅーことやね」
なのはの疑問にも即座に返答する。
そうなると、二人とも戸惑いながら言葉を継げる。
「・・・えと・・・じゃあ、とんでもないボンボンだとか?」
「わけの分からないほかの人に目をつけられているとか?」
「うーん・・・ある意味近いけど、別にめちゃくちゃひどくってわけやないね」
二人のいっぺんに出される言葉にはやてが苦笑しながら答える。
「じゃ、じゃあ、とんでもなく不細工だとか?」
「紹介するのに人目をはばかったり顔を見ただけでSUN値が下がったりしちゃうとか?」
「二人とも美形やね。しかも一人はクールビューティー」
なのはとフェイトはますます分からないという風に首をかしげた。
「・・・それって、むしろとんでもなく優良案件じゃないの?」
「うん。リミッターをつけられてAランクとなると、SランクオーバーかニアSランクだよ?そうそういないんだし。それに性格もいいなんて」
「いや、まぁ、そうなんやけどね・・・って、二人とも、そんな黙って頷かんといてぇな」
はやては困りきった二人にやれやれとため息をつき、一瞬だけ周囲を見渡し、小さく言葉をつむぐ。
「その増援部隊な・・・C.Eからの出向なんよ」
その瞬間、なのはとフェイトに緊張が走る。
今までの弛緩した食事の空気ではなく、それこそ戦場を思わせるような緊迫した空気。
思わずなのはとフェイトは持っていたフォークを置き、つばを飲み込む。己の予感が外れていてほしいと望みながら。
そんな中、なのはが口を開く。
「C.Eって・・・まさかあの?」
「そうや」
どの、とは口にせず答えるはやてにフェイトが口を開く。
どうか外れていてくれますようにと願いを込めて。
「・・・パウダーフィールド・・・」
「当たりやね」
緊迫したなのはとフェイトの二人の視線を真っ向から受けながら平然とはやては答えた。
騒がしい食堂の中、なぜかはやてが置いた箸の音がやけに響いた気がした。
そして、それが事実であるということが、二人にこの部隊の問題を否応無しに理解させた。
コズミックイラ、通称C.Eと表記される最近管理局の世界に加盟したミッドチルダとは別の他次元世界である。
しかし、その世界では永きに渡る戦争が続いていた。
しかも、遺伝子を人工的に操作して生まれたコーディネーターと、未調整のナチュラルとの戦争である。
その戦争は二度に渡って世界全てを巻き込んだ大戦を引き起こし、未曾有の被害を出していった。
憎しみは憎しみを呼び、力に対抗するために更なる力を求めていく。
積み重ねられる悲劇と、連鎖する悲劇。
血で血を洗い流すために更なる敵の血を欲し、防壁を積み上げるために敵の死骸を積み上げる。
最悪の悪循環。

 

そして、それゆえに魔術師の練度、デバイスの能力は他の世界を圧倒し、独自の魔法文化すらも築き上げているようなところである。
さらに、管理局では禁忌と指定されている質量兵器を当然のごとく平然と使用さえしているという事実。
こんな暴走気味の世界が管理局との協調に合意したとはいえやはり人は根源的な恐怖を浮かべさせられている。
さらにこのC.Eを忌み名である火薬庫(パウダーフィールド)と呼ばせている理由にはわけがある。
この世界の現在の統括者がクーデター政権であるからである。
本来、法と秩序とを守護する管理局において、反乱などあってはならない自体である。
改変は必要だが、民主制とは異なる手法でとられた政府では相対する者に緊張が走るのも当然といえば当然である。
そして今なお世界は混迷の中にあるとされており、この世界で何か起これば管理局の介入も起こりかねない。
ゆえに、ついたあだ名が「火薬庫」(パウダーフィールド)。
この世界に何か起これば全てに世界に飛び火してしまうという危険性を有した世界。
そのため、何かあっては全ての責任を押し付けられてしまいかねない。
「はやて、この話もう決定事項なの?」
現役執務官であるフェイトが緊張した面持ちではやてにたずねる。
できることなら断ろうと言外に乗せた発言だった。
しかし、はやては力なく首を振り、否定の言葉をつむぐ。
「それがなぁ、どーやら地上部隊のお偉いさんたちが結託しとるらしくてなぁ・・・手はいくつか打ってみたんやけど、いかんせん端にも棒にもかからんかったわ」
いや、こういうときはやっぱり年の功なんかねとはやては悔しげにしかし諦めを廃した気持ちでつぶやく。
パンと乾いた音を立てて手を鳴らす。
そこにはもう、やられたと嘆く部隊長の顔はなく、高き山に挑戦するチャレンジャーの顔があった。
「ま、こうなったらしゃーないからね。それに考えようによっては、これだけの好カード。手持ちで切らずに腐らせるんは一番の悪手やからね。せいぜいうまく使わせてもらわな」
うししとあまり品がいいとはいえない、やや人の悪い笑みを浮かべる。
そんな親友の姿になのはとフェイトはやや顔を引きつらせながらはやてちゃんって、本当に打たれづよいなぁ・・・と関心していた。
が、なのははふとC.Eという言葉に過去を思い出し、回想は言葉として現れた。
「・・・C.E・・・か」
過去を思い出していたらいつの間にか言葉に出ていたことに驚き、苦笑する。
まだ、自分はそんな感傷に浸るほど老いてはいないというのに。
その苦笑と呟きを聞かれたのか、はやてが笑みを元に戻す。
「なのはちゃん、昔教導で言ったことがあったやろ」
「うん、まぁね」
はやての言葉に、なのはは静かに頷く。
かつて、まだ加盟して間もない頃のC.Eになのはは教導に行ったことはある。
無論、それは管理局のある種の牽制。
まだ若輩でありながら、すでにランクSオーバーという管理局の鬼札「高町なのは」の実力を垣間見せるという管理局側の思惑あってのことなのだが・・・

 

―――それとは関係なしに、行けてよかった、かな
そう心の中でつぶやき、なのははある少年の事を思い出す。
黒いまったく整えられていない髪に、親友と同じだが、どこか違う色彩を放つ赤い瞳。
どんな相手であろうとつかみかかり打倒してしまいそうな迫力と、次の瞬間には折れてしまいそうなイメージを併せ持つ少年。
生意気な子だった。それと同時に、才気にもあふれていた。
しかし、彼自身はそのことに気がつかず、己自身を傷つけていく。
そんな彼とともに居た二人の年の近い生徒達。
そこまで思い出してふと、なのはは苦笑する。
―――思い出に浸るほど、まだ年はとってないはずなんだけどなぁ
もし、彼との出会いがなければ、自分はいまだあの時のままだっただろう。
己の力を過信して、飛ぶべきものは全ては落ちるが宿命と言い切って。
そして誰の意見も聞かずに、己の意思だけで。
「なのはちゃん、どないしたん?なんか考え事?」
「あ、うん、なんでもないよ」
思いのほか浸っていたらしく、はやてに声をかけられる。
笑みを浮かべたが、果たしてうまくできているかどうか・・・
と、もう一人の親友がくすくすと笑っている。さすがにこちらには通じなかったかと肩をすくめる。
「なのは、また彼のこと思い出してたの?」
それは疑問というよりも確認の法が近いだろう。
まぁ、それはある意味図星なのでいいわけにはできないのだが。
「彼?なんやなのはちゃん。これか?」
はやては先ほどの人の悪い笑みではなく、どこかおもちゃを目の前にした猫のように目を細め、親指を力強く立てた。
・・・それは女の子としてはどうなのはやてちゃん。
その思いと、彼女の質問への解答として首を横に振る。
「違うって、ただその時教えてた子達のことを思い出してただけだよ」
「ほーんとーかーなー?・・・なんせ、うちらのエース・オブ・エースにあんな顔をさせるなんてなぁ・・・いったいどんな子なんや?」
「てゆうかはやてちゃん・・・なんか怖いよ?」
「ええやん、ええやん、女の子は恋バナが大好きな生き物やっちゅうやん?せやからそんな獲物を目の前にぶら下げたなのはちゃんが悪いんやで」
さぁ、早く話すんや。といいながら両手の指を全てくねらせながらじわりじわりとこちらに手を伸ばす。
それは怖いでもなく、恋バナではないという否定でもなく。
・・・どうやってお箸を持ちながらあんな動きができるんだろう・・・
素朴な疑問が勝った。
「それにしても」
さすがに幼馴染にして無二の親友のピンチをこれ以上見捨てれなかったフェイトが話を切り出す。
少しばかり声が震えていたのは苦笑を押し殺すためか。
「C.Eからの出向だからなんだね、テクニカルサポーターがつくのって」
「そうやね、向こうさんの技術はこっちのとまだ親和性が低いからねぇ・・・しかも本当に知りたいところはブラックボックスにして秘匿化。なんちゅーか、徹底しとるっちゅーか・・・」
「・・・ていうかはやてちゃん・・・切り替え早いね」
なのはは一瞬にしてお仕事モードに切り替わった親友を見て思わず冷や汗を流す。
こういった変わり身の早さがなければ管理職なんてやってはいけないのだろうが、さすが親友と褒め称えるのも気が引けてしまう。

 

「なんやなのはちゃん。もちっと弄って欲しかったん?なんやったらいつでもいじったるでぇ・・・?」
「そこは丁重にお断りするよ」
再び猫の目になりつつあったはやてにきっぱりと言い切るなのはに「なんや、つまらん・・・」と一言つぶやいてふとなのはを疑問が襲った。
「そういえば、その魔導師二人って、誰と誰?ひょっとして私が知っている子?」
「フフフ・・・やっと聞いてくれたね。なのはちゃんの予想通り、なのはちゃんのよー知ってる子やで」
はやてのたまに見せる人の悪い笑みを見て、なのはは再びあの少年を思い出した。
人を睨み付けるような眼光。そうであったかと思えば、まるで天使のような笑みを浮かべたあの少年を。
そして・・・あの、苛烈なまでの。いっそ情熱的とも言えるほどの。
敵意に満ちたあの赤い瞳を。
そして、それ以上の対抗心と、怒りを。
ゾクリと肌があわ立つ。あの瞳を思い出す時はいつもこうだった。
心臓が早鐘のように鳴り響き、腹の奥が熱くなる。
熱はすぐさま顔にまで襲い掛かり―――。
「・・・なのはちゃん、なにそんな百面相しとるん?」
はやてに半目で見られているのを視認できて、ようやく自覚できた。
「いや、その・・・にゃ、にゃはははははは・・・」
「なのは、すごいふやけた顔してたよ?」
「うぇ!?そ、そうだったかな・・・?」
顔に手を当てる。
空調が効いているとはいえそんなに体温に変化はないはずなのだが、手のひらと頬との温度差がその事実を知らしめていた。
「・・・あう・・・」
変動は口からなにやらよく分からない言葉として出てきた。
そんななのはを見てはやてとフェイトはクスリと微笑む。
「なんや、なのはちゃんのめっちゃかわいい顔見せてもろたわ」
「なのは、すっごくかわいかったよ」
「うぅ・・・やめてよ二人とも・・・」
普段のエース・オブ・エースの威風はどこに行ったのかというほどの変貌ぶりに、はやてはもう一度笑う。
「でもほんま、なのはちゃんにそんな顔させるなんてなぁ・・・一度おうてみたいな、その子に」
「だね、はやて」
「もう・・・ていうかメンバーは?」
まだ話題を変えるつもりのないはやてとフェイトになのはが促す。
はやてはあぁ、と呟いたそのときにコールウィンドウが開き呼び出し音がなる。
なのはとフェイトに目配せで待ってくれとの解答に二人からの同時の首肯。それを確認してはやてはコールウィンドウを開く。
『はやてちゃん、お食事中のところ失礼しますです』
ウィンドウに銀色の少女が映る。はやては微笑みを浮かべて相手の名前を告げる。
「なんや、リインやないか。お仕事はちゃんとできとる?」
『もちろんです!もう、はやてちゃんはリインのことを子供扱いしすぎです!』
プンプンという言葉を付け加えるあたりがまだまだお子様じゃないかな?などと思いながらもはやてはやさしく微笑む。
「そうやね、リインはもう立派なレディやもんね。さ、レディ。お話ってなんやの?」
『ああ!そうだったです。はやてちゃん、コ・・・出向部隊の方達がいらしてるんです!』
「出向部隊が?」
『はい、出向部隊です』

 

きょとんとはやてが首をかしげるのも無理はない。出向部隊がC.Eからこちらに来るのは来週のはずだ。
それがなぜに今日なのか。
早くても週末あたりであろうと考えていたはやてには分からないことであり、解答はリインがすでに得ていた。
『はい、魔導師の方達だけなのですが。どうも任務終了後にすぐに発っていたらしくて、こちらに着くのが早くなってしまったとのことです』
「任務後すぐに出発してこっちに、か・・・仕事熱心やねぇ・・・」
『はいですぅ・・・』
といっはやては小さく息を吐いてため息を殺す。
まったく、こちらは一体どうやって出向部隊がくるということを皆に伝えようかと迷っていたというのに・・・。
―――仕事熱心はいいけど、時間くらい余裕を持って欲しいわな。
『それでですね、よければはやてちゃんとの面会を望まれておりますが』
いかがなさいますか?と締めくくったリインにはやては心中でため息をつく。
「わかった、このまま帰ってもらうのもなんやしね。今から会おうか。応接室に待ってもろっとるん?さすがリインやね、仕事が早い」
えらいえらいと、この場に居たら頭をなでそうな勢いだ。
「ほなら、後ちょっとしてから行くわ。皆さんにお茶とお菓子を出しといてな。あ、それからそちらのお二人さん以外にも私を入れて三人分追加で用意しといてな」
『はいです。なのはさんとフェイトさんの分。用意しておきますです!』
元気欲そういうとウィンドウを切る。はやてはそのままの笑顔でなのはとフェイトに
「そ、言うわけやから付き合ってな。うちの可愛いリインがお茶を入れてくれるから」
そう言ったはやてになのはもフェイトも苦笑を浮かべる。
それは是の意味での苦笑であった。

 

時に新暦75年5月、運命の輪はゆっくりと軋みをあげながら回り始めた。