なのはXDestiny_02話

Last-modified: 2008-12-25 (木) 23:51:29

これは、世界がまだ混乱と混迷と戦火の炎に包まれていた頃。
数多の世界を駆ける列強諸国が戦禍を広げ、戦果を競い争い。
群雄割拠の英雄、英傑が跋扈し、次の瞬間には消えてしまう。
そんな時代の御伽噺。

 

夜の海辺。
初めて家を飛び出して出向いた外界。
月夜は完全な真円を描き、夜空には満点の星星。
海はその青をさらに深めた黒色を映し出し、静かに波の音を響かせる。
砂浜に彼女と彼以外の人影も気配さえもない。
まるで世界に二人だけが残されてしまったかのような静かな夜。
そんな舞台演出(シュチュエーション)。
「世界なんて小さいものなんだよ」
「それはないだろ、世界は広い。こんなに人間がいてもまだ広い」
彼女の言葉にそんなことはないと否定する。
「こーんな小さい世界を巡って、何百年も人は争い続けている」
「何百年続いてもまだ世界は健在なんだ。世界は広いよ」
彼の言葉にそんなことは無いと否定する。
「本当に広かったら戦争なんてする暇なんかないよ。戦う前に皆知ろうとするはずだよ?」
「知ることができる範囲はまだ限られている。世界は広いよ」
彼女の言葉にそんなことはないと否定する。
「だから、それが小さいっていうことじゃない。知れるところなんて本のごく一部そんな程度で争っているんだもん」
「人に知れることができるところなんて極僅かだよ。それ以外は未知だ。世界は広いよ」
彼の言葉にそんなことはないと否定する。
そして,彼女は嘆息を一つつく。
どこか哀しげに、しかしどこか楽しげに。
相対するものの反論を受け付ける。
「君は相変わらず悲観主義なんだね」
「せめて現実主義といってくれ」
平行をたどる二人の問答。
彼女が全てを肯定するならば、己は全てを否定するためにここに居よう。
それは彼女と相対すると誓った時からの彼の変わらぬ立ち居地。
かつて交わされた呪いめいた契約。
己の赤い双眸と彼女の赤と緑の瞳を見つめてかわした約束。
永遠に交わることはない、久遠に描かれる二重螺旋。
しばらく、波と風の音だけが世界を支配する。
帰ろうと告げるべきかか否かを悩み、彼はもうしばらくこの逢瀬に浸ることを選択した。
そして、彼は未来にて後悔することなく悔やむことになる。
彼が彼女との誓いを守るために彼女を傷つけ、彼が彼女を守るために誓いを破ることになる。
ここが分岐点の一つだったのだと。
「ねぇ、世界を支配する方法、教えてあげようか?」
そういって、彼女は濡れることを気にすることなく海へと半身を浸らせる。
こちらがとめる暇もなく。
「ねぇ、世界なんて、小さいんだよ」
そして、腰まで海に使ってからこちらを振り返る。
彼の赤い瞳に写ったその風景を彼は一生涯忘れることはなく、その魂に刻み付けられた。
金色の髪が月光に反射して、きらきらと光輝く。
そして、彼女はそこにいた。
海と同化し、満点の星空と月をその背に従えて、足でその大地を踏みしめて。
きらきらと金糸がきらめく。それはまるで王冠のように輝かせながら。
確かにその瞬間。彼女は世界を支配していた。
「ね、世界なんてこんなものなんだよ」
そう言って、彼女は笑う。
この月夜しか光源のない夜の中。
その中で、月光さえも押さえ込むその赤と緑の瞳を輝かせながら。

 

これは、世界がまだ混乱と混迷と戦火の炎に包まれていた頃。
数多の世界を駆ける列強諸国が戦禍を広げ、戦果を競い争い。
群雄割拠の英雄、英傑が跋扈し、次の瞬間にはきえてしまう。
そんな時代。
彼らがその時代の中心となる、もう少しだけ前の御伽噺。

 

機動六課の応接室は真新しい建物である事を差し引いても実に綺麗な内装であった。
その二人がけのソファーの上に座って、レイとルナマリアは八神はやてを待っていた。
唐突な訪問ではあったが、出された紅茶の味はレイも納得する深みと香りを放っていた。
大きな窓から差し込む陽光は、木々を通して照らされ、木々の影が映し出される。
「ねぇ、やっぱり来週にしたほうがよかったんじゃない?」
早々に紅茶を飲み干して優雅とも言える様に足を組んで隣の席に座るルナマリアからの声を受けて、レイは飲んでいた紅茶のカップを音もなく机に置いた。
大体の事は検討付けているが、かといってあっさりと応えるほどに彼は優しくはなく、甘くもなかった。
「何がだ」
「ここにくるのが、よ。あんた分かってて言ってるでしょ」
性格悪いわよと付け加えられて半眼でにらみつけられる。
レイは心の中で小さくため息をついてからルナマリアに視線を向けて言葉を放つ。
ルナマリアは隣に置いてある大き目のバスケットを揺らさぬようにつついていた。
「しかし、C.Eに居たくないと言ったのはルナマリア、お前だぞ」
「わかってるわよ。でも、あの世界に居たくないのはあなただって同じでしょ?相変わらず意地悪ね」
弱冠の悪意と事実を込めた視線と言葉に、しかし彼女はあっさりと返しを放つ。
元から口が達者な彼女ではあったが、近年特にその成長が顕著である。
ルナマリアからのこちらへ返した視線と言葉には、弱冠の悪意と事実が突きつけられていた。
レイはその事実を認めるが、納得するのも借と考えて再びカップへ手を伸ばし紅茶を軽く口に含んで唇を湿らせる。
「それは否定しない。しかし、我々に長期の滞在が認められていないのは確かだ」
「だから、こっちに来てから来週まで時間を潰していようって話よ。私たちの世界がほかの世界にどんな風に見られてるか、知らないわけじゃないでしょう?」
確かに。彼女の言うことは正論である。
火薬庫、パウダーフィールド、戦乱の元凶、そして自分たちの世界に言われている蔑称も。
この部隊へと組み込まれる自分たちが、彼らにとっては害悪となりうる要因となることを理解している。
だが。
「お前は」
レイは静に呟く。紅茶の湖面を波紋が伝わる。
どう続けるべきかを一瞬だけ逡巡し、素直に己の思った言葉を口につむぐ。
「お前は、あの世界に居たかったのか?」
「居たい分けないでしょ。あんな世界に」
返される言葉は即答。
その言葉に秘められたのは怒りでもなく、悲しみでもなく、憎しみでもなく。
それは、全てが己への―――
「ならば、ココに来るしかないだろう。それに、さっきも言ったが我々には一箇所への任務以外での長期滞在は許されていない。だからこそ、挨拶という名目で訪れなければ罰せられてしまう。それに、軍服ではなく私服。スーツで挨拶に訪れたのだろう」
「・・・我が事ながら、難儀なものね・・・本当に、居づらくなって」
ため息をついてから組んでいた足を組みかえる。
ココまで体勢を崩していながら、すぐ隣に座っている彼にまるで移動する軋みが伝わらないことにレイは心中で感嘆の声を上げる。
本当に、彼女の軽口とは違い彼女の実力は本物であった。
そして、レイは口を開く。
彼女の本心を、彼の本心を抉る魔法の言葉。
「大方、来週までにあいつの行方を探ろうとでもしたんだろう」
「・・・だから?」

 

ぎしり、と初めてソファーがゆれる。目に取れる動揺は、しかし彼にとって予想通りのものだった。
「いや、確認しただけだ」
「だったら、なんでそれを止めてまで六課に来たの?」
ルナマリアからの質問は静かなものであった。
しかし、横目から見られる瞳には、ごまかしも、許容できない理由も、全てを断ずる意思が込められていた。
しかし、レイの解答に迷いも、ごまかしも、そして弱さも無かった。
「いかにお前とて、なんのバックアップも無しにこのわずかな間で調べられることなどできまい。しかし、ココでならばそれも可能だ」
その言葉はまるでレイ自身を納得させるようにルナマリアには聞こえた。
レイは持っていたカップを再び音も無く机に戻してから言葉を続けた。
「・・・もっとも、今の俺たちにはそれを知る権利など無いのかも知れないが、な」
会話が途切れる。
窓から差し込んでくる陽光が二人を照らす。
お互いがお互いに共通している触れられたくない内容。
それではだめだと分かっていながら踏み込めない.
境界線上の問題。それゆえの沈黙。
その沈黙を破ったのは、この二人に深いかかわりのある第三者の声だった。
「まったく、二人してなんとネガティブな思考回路・・・これだから裏切り者は信用できませんね」
響き渡る第三者の声。
ルナマリアは小さく「うげ」と声を漏らし、レイもまた彼にしては珍しく小さくため息をつく。
二人は静に視線をバスケットへと注ぎ、その発言者の姿を待つ。
彼女が声をかける時は自分が姿を現すときしかない。
バスケットの蓋が開き、小さな人影が現れる。
青い長髪に不敵そうな鋭い瞳。
自分たちとは違い、ZAFTの赤服をまとった30cmほどの、まるで妖精のような少女。
少女はバスケットから浮かびながらルナマリアとレイの前に止まり、やれやれと首をふり肩をすくめながら口を開く。
「まったく、脳の密度が薄いルナマリアはともかく、レイ・ザ・バレル。あなたまで何を言っているのですか?」
開かれた口から響く内容は、外見と反比例して異様に辛口であった。
その侮蔑を隠すこともしない少女にルナマリアが怒りの声を上げる。
「ちょっと待ちなさいインパルス。あんた御主人様に向かってなんて口の利き方してんのよ?」
「何勝手に言ってるんですかあなたは、私の主(ロード)はただの御一人だけ。あなたなんかせいぜいお仕事上のの関係でしか在りません」
―――売り言葉に買い言葉とは良くぞ言ったものだ。
レイは心の中で呟いてからもうわずかしか残っていない紅茶に口をつける。
弱冠冷えているがそれでも甘みはまだ残っていた。
温くなった紅茶の甘みはむしろ淹れたての時よりもなお際立っていた。
「よくもぬけぬけと・・・いいわ、今日こそ誰があなたの主か、その体でわからせてあげる!」
「はん、射撃も苦手、デブリ戦も苦手・・・苦手ばかりのあなたに、私を御することなんてできないでしょうに・・・いいでしょうその身に刻みつけてあげましょう!」
「・・・二人とも、調度品は壊すなよ」
醜く、不毛な争いが始まった事を感じてレイは一言忠告を与える。果たして、それを聞き入れてくれることはあるのかどうかといぶかしみながら。
いつものこととは言え、いい年に達した女性がやるものでもなかろうにと考えながら紅茶を手に持ち休憩を挟んだ。
先程までの空気がまるで感じられないほどの緩んだ空気。
いつものこととは言え、それを間近で見させられる者の事をよくよく考えて欲しいものだ。
「あんたごときちんちくりんが、いったい何様のつもりよ!!」
「ユニゾンデバイス様に決まっているでしょう!はぁ、これだから頭の足りない筋肉女は・・・もう少しつつしみと言うものを覚えてはいかがですか?ああ、頭の中が筋肉じゃあ覚えることもできませんかねぇ」
これだから野蛮人はと付け加えたインパルスにルナマリアが怒りを堪えずにつかみかかる。
「毎回毎回人を貶してばっかりのあんたなんかに言われたかないわよ!!大体あんたはつつしみが過ぎるんじゃないの、そのか・ら・だ!とか」
レイは見ないように、紅茶の水面に目を伏す。

 

見ないのだが、両者ともに顔を真っ赤にしているだろうと考える。
そして、それが当たっているだろうということも。
「な、なんてことを言いますか!このセクハラ!オージンジに言いつけますよ!」
「あーら、ごめんなさね。こっちは何もしてないのに育っちゃってねぇ・・・あー、大変大変」
「ふ、ふん!たかだか脂肪の塊の大きさを自慢して何を威張ってるんですかねこの人は!あーやだやだこれだからブタマリアは」
「な、なんてことを言うのよ!!いいこと、この胸には夢と希望が詰まっているのよ!あんたみたいな絶望しか残ってないようなそんな貧相な体と一緒にしないでくれるかしら?」
「む、くく・・・デバイスに対してなんという暴言の数々・・・天地が許しても私が許しません!むしろ天地も許しません!」
もはや、当人たちもなんでこんなことになったのか覚えては居ないだろうが、レイは静に紅茶を飲み干してため息を飲み込んだ。
他人の面倒をみて自分の幸せが逃げていくなどジンクスであろうとも沢山だ。
「は!上等じゃない。いいわよ、ここで相手してあげましょうか?」
「あなたごとき私の本気を使う必要もありません。そうですねせいぜい1割ってところですか?」
「なんですって!?」
「なんですよ!!」
無駄な争いここに極められり。
不毛な争いはいつだって後悔と虚しさだけを残していく。
それを戦災と言うのであれば、これは果たしてなんといえばいいのであろうか・・・
不意にレイの脳裏に巨大な光点が煌く。
レイは、飲み干したカップを下ろしてから二人に声をかけた。
「・・・二人とも、そろそろやめたほうがいいぞ」
「あ!?何レイ。なんか言った?今この駄目デバイスにお灸をすえてやるところなのよ!」
「何か言いましたかバレル!?今はこの無駄な暴言を吐くしか能のない劣等生に現実と言うものを見せ付けるところなのですよ!?」
レイは自らの服を整えてから二人に目を向ける。
いい加減、この二人は熱くなってしまった時に一体己がどういう状況にあるかを悟るべきだと考えながら。
二人は、髪の毛をぼさぼさにして、インパルスは己の魔力を使ってルナマリアとつかみ合っていた。
おそらくココで言葉をかけなければそのまま魔法の発動につながっていたかも知れない。
そう考えると、ある意味このタイミングはベストなのかそれとも・・・
なにはともあれ、その姿を見てから一つため息を隠しながら言葉を紡ぐ。
「そろそろ来られる、せめて身だしなみくらいは整えておけ」
「は?来るって・・・そういうことは早く言いなさいよ!」
「それに関してはこの駄目女とまったく同意見です!何やってるんですかレジェンド!」
二人はあわてて手串で髪を梳き乱れた服を整える。
短い髪のルナマリアは早くに手串を整えられると思ったが、インパルスの抵抗が激しかったからか変な癖がついてしまったらしい。
手鏡を取り出し、必死に手串で直そうとする。
対するインパルスは持ち前の長い髪のせいで乱れに乱れた髪と格闘している。
「ルナマリア、いつも気を抜くなと言っているだろう・・・インパルスもだ。二人とも、普段からできているだろう」
「あんた程じゃないに決まってるでしょ!!」
「まったくです!空気くらい読んで下さい!!このKY!!」
そんな二人の懸命な姿を見て、しかし間に合わぬだろうと静にため息を吐いきながら立ち上がる。
これから起こるであろう事態に対して少しでも早めの対処を取る為に。
そして、レイの予想通りに時すでに遅く、無常にも扉が開く。
「お待たせしてすいませんでした・・・ね」

 

空気が抜ける音を立てて扉が開き、そして茶色の髪をした女性、八神はやてが姿を現し口を止める。
それも仕方はあるまい、はやてが眼にしたのは着衣が乱れているルナマリアとインパルス。
いきなり出向してきた者達が自分の目の前でなにやら服装を乱していては驚きもするだろう。
レイは止まりかけている時間を動かすために敬礼をする。
「八神部隊長でいらっしゃいますね。自分はZAFT所属ミネルバ分隊より出向いたしました。レイ・ザ・バレル二等空尉であります。ご予定を乱してしまい申し訳ありませんでした」
「あ、ちょっとレイ!お、同じくミネルバ分隊から出向してまいりました、ルナマリア・ホーク二等陸尉であります!お見苦しいところをお目にさせてしまい申し訳ございませんでした!」
「・・・ミネルバ分隊専属ユニゾンデバイス『インパルス』です。以後お見知りおきを」
はやて達が見ても美麗とさえ思えるレイにつられてルナマリアが着衣が乱れたままではあるが敬礼に続く。
インパルスは相変わらず乱れた髪を気にしつつも敬礼ではなく腰を折って挨拶をし、すぐにまだ乱れている髪を手串で梳く。
それに気がついたルナマリアはそれを視線で諌めるがインパルスはそれに気がつかぬフリをする。
「あ、ああおおきにな」
やや呆然としていたはやてはすぐにそれを笑顔で隠し、ソファーへと向かっていく。
そして、その後に続く二人の女性。
一人は金色の長い髪を持つ女性。そして、もう一人。
茶色の髪をサイドポニーに束ね、教導官の制服を着た女性。
管理局が誇るエース・オブ・エース。
その見覚えのある姿にレイは心の中で、ルナマリアは表情にだして驚きを浮かべた。
忘れたくても忘れられない。
自分たちの思い出の人。
弱冠の驚きと、そして懐かしさを秘めたその表情を見て、ルナマリアは少しだけ泣きたくなった。
「レイ、ルナ?」
声が聞こえる。
懐かしい、昔と同じその声を。
「なのは・・・さん?」
思わず声に出されてしまったのだろう。
その声は弱冠震えていた。
そして、その声を聞いて手串で髪を梳いていたインパルスがその手を止めてルナマリアの視線の先を見て目を見開く。
そんな二人を真横にいたレイは静に感じ取ったが声には出さなかった。
なのははルナマリアの言葉に一つ笑みを浮かべて語りかけてくる。
「うん、久しぶりだね。三年ぶり・・・かな?レイもルナも元気してた?」
優しげな声。
その中に潜める強さは愛も変わらず心地の良い響きだった。
レイはその思いを心の中で押し隠してなのはに体と視線を向ける。
少しだけ、表情が和らいでいるのを自覚する。
こんなに優しく微笑めれたのはあの人と別れて以来かもしれない。
「はい、きわめて健康です」
「なんとか。なの・・・高町教官も御息災のようで何よりです」
「もう、なのはでいいよ、昔みたいに、ね」
くすりと笑われる。
二つ三つしか違わないのに、なんだかひどく子供扱いされている気がする。
それがなにやら気恥ずかしくてうれしくて。
(・・・ルナマリア・・・)
念話でインパルスの声を聞いてその気分が台無しになった。
とはいえ、珍しいインパルスからの発言にルナマリアは少しだけ驚いた。
(なに、どうかしたの?)
ルナマリアからは見えないが、この時インパルスはまっすぐになのはを見つめていた。
その瞳はまるで信じられないものを見ているようだった。
(この人が)
どこか戸惑うように、どこか夢を見ている自分のほほをつまんで欲しいというように。
(この人が、高町なのはさん・・・ですか?)
(ええ、そうよ。この人がその高町なのはさん)
それがどうかしたの?と疑問に思い、思わずインパルスを見る。
なのははそれに気がついたらしく、レイとルナマリアからインパルスへと視線を向ける。
まっすぐな瞳でなのはを見るインパルスになのは優しく頬笑みかける。
腰を落とし、目線を合わせる。
その瞳に、なのははデジャブを覚えた。
「君は・・・ルナのデバイス?」
「まぁ、一応は。ではありますが・・・」

 

「そっか、ルナも一人前になったね。へーユニゾンデバイスなんだ」
なのはがルナとインパルスを見比べながら呟く。
その瞳にはなにやら少しいぶかしむ様な雰囲気があった。
まるで、何かが引っかかりながらもそれが何か分からないような違和感。
そんななのはに向かって、インパルスが口を開く。
どこか戸惑いがちに。
先程の不遜な口調ではなく、どこか上目遣いにどこか恐れながら。
「あの・・・その・・・あなたが・・・高町なのは、さんですか?」
「うん、そうだよ。よろしくね」
再び微笑みかけられて、インパルスは直立不動の姿勢をとってから敬礼をする。
先程のようにただ腰を折るのではなく、レイが見せたようなそれは完璧な敬礼であった。
「さ、先程は失礼しました!わた、自分はミネルバ分隊専属ユニゾンデバイス。開発コード『ZGMF-X56S』インパルスです」
よろしくお願いしますと大きく声を出した二度目の挨拶になのはは少しだけ驚いて微笑を返した。
はやてはつい二ヶ月前の光景を思い出してフェイトとともに微笑を浮かべて小さく二度手を鳴らした。
「感動の再会はそこまでやで、なのはちゃん。そろそろ私らにも自己紹介をさせて欲しいな」
にこりと微笑むはやてになのはは少しだけ苦笑する。
思いのほか思い出に浸ってしまった事と、そしてもう一つ。
―――あの子、シンの匂いがしたんだけどな。
そんなことはないと、心の中の呟きを振り切るようにはやての隣に立つ。
丁度、机をはさんでレイたちと相対する形になってからはやては口を開く。
すばやい動作ではなく、どこか額に手をちょこんとつけるようにするかわいらしい敬礼。
「さて、それじゃこちらも自己紹介させてもらうね。私は八神はやて、この機動六課の部隊長をやらせてもらってます。で、こちらが」
そういって、はやてが彼女の左隣にいる金色の髪の美女をさす。
彼女は優しげな微笑を浮かべて口を開く。その敬礼は優雅さと機敏さを兼ね備えた美しい動作。
美しい者はいかなる動作も美しい。そんなことを皆に思わせる、そんな敬礼。
「執務官フェイト・T・ハラオウンです。機動六課フォワード部隊・ライトニング隊の隊長をやらせてもらってます」
そんな美しい人から聞こえる声は優しげで管理局の中でも女神と謳われ、人気・実績共にトップをなのはと争う彼女にルナマリアは納得した。
「んで、最後に。まぁ必要ないとは思うけど」
一応ね。と付け足してはやてが己の右隣に立つなのはに目を向ける。
その視線を感じてなのはは口を開く。
その敬礼は上官でありながらどこか親しみを与えるものだった。
「同じく、機動六課所属。フォワード部隊・スターズ隊長高町なのはです」
そしてウィンクを一つ投げかける。
その仕草に少しだけ微笑みを浮かべてルナマリアとレイは皆に敬礼を返す。
「さて、それじゃあご挨拶も済んだことやし。リイン」
そう言ってコールウィンドウを呼び出し、己の補佐官を呼び出す。
『はいです』
コールウィンドウの向こうに居る銀色の髪のリインが答える。
その姿を確認して、はやては口を開く。
「お客様にお茶のお代わりと、それからわたしたちにお茶を。それから、リインのカップを一つ貸してくれる?」
そう言ってはやてはインパルスに微笑みを向ける。
その言葉と微笑みにインパルスは一瞬の逡巡の後に小さく一つ返礼をした。
『分かりました。すぐにお持ちしますのでお待ちくださいです』
そしてコールウィンドウを閉じてからにこりとレイたちに微笑を浮かべる。
「さて、それじゃあわたしのかわいいリインがお茶を持ってきてくれるからそれまで座って待っとこうか」
「はい、失礼します」
そう言って、レイとルナマリアははやて達が座ってから自分たちも座り、インパルスもそれに倣ってちょこんと座る。
インパルスのそれに少しだけ硬さを感じ、それを見て、なのはは少しだけ苦笑する。
その相変わらずな仕草にやはり懐かしさと、インパルスに新しさを、それとどこかの懐かしさを感じて。
「でも、本当に驚いたよ。出向部隊の人がレイとるなだったなんて」
本当に久しぶりと呟いて、なのはは座ってから再び再会を祝う。
それを聞いてはやてが口に手を当ててくすくすと笑う。

 

「なのはちゃん。それ二度目やで?まぁ、かつての教え子がこんなに立派になってたらうれしいのは分かるけどね」
「なのは、本当にうれしそうだね」
「もう、はやてちゃんフェイトちゃんもいじめないでよ」
どこか意地悪な、それでいて優しげに微笑むはやてと本当にうれしそうなフェイトの微笑みになのはは先程の食堂でのやり取りを思い出して、頬を膨らませる。
そんななのはを見て、ルナマリアは自然と笑みを浮かべる。
「どうしたのルナ?」
「いえ、その・・・『あの』なのはさんでもそういうお顔をされるんだなぁと思って」
くすりと微笑む、その仕草が可愛くてなのはは怒るに怒れなくなり一つだけため息とともに苦笑を浮かべてもうと呟いた。
それにしても、自分はそんなに思われていたのだろうかと、いぶかしみながら。
その視線に気がついた。
「どうしたの?インパルス」
それは、かつての彼によく似た瞳。
情熱と冷静を同時に備えた不思議な瞳。
その彼とよく似た彼女に声をかける。
「ふえ!?わ、私でありますか!?」
インパルスは突然の声に驚きを隠せずに目を丸くしてあからさまな戸惑いを浮かべる。
そんな仕草の中に彼を見て、再びなのはは微笑んだ。
「そんなに驚かれると困るなぁ、なにかあったの?」
「・・・えと、何かと申されますと?」
明後日の方角を見ながら必死にごまかそうとする。
その仕草に、ルナマリアは珍しいものを見る目でインパルスと見ながら、なのはは笑みを続ける。
優しげに微笑みで促す。
「いえ、その・・・この人が高町なのはさんなんだと・・・マスターがよく話されていたので。不躾に見てしまい申し訳ございませんでした」
戸惑いながら言うインパルスになのははやや照れたように微笑む。
その瞬間を逃さずに、はやてがにやりと微笑む。
「なんや、なのはちゃん。照れんでもええやないの。一体何人がなのはちゃんを目指して管理局入りしていることか・・・」
「そうだよ、なのは」
「はやてちゃん、フェイトちゃん・・・もう、からかわないでよ」
なのはは再び困ったように微笑んだ。
そしてはやてはすぐにフェイトへと向き直る。
「あ、ちなみにフェイトちゃんもな。二人がツートップやで」
「わ、私も?」
「・・・いや、私たち管理局の広告塔の二枚看板が何をいっとんのや」
フェイトとなのはの答えにはやてとレイとルナマリアはその無自覚さに少しばかり引きつりつつあった。
「ただいまお持ちしましたですよ~」
そして、そんな空気を引き裂いたのは扉が開かれるとともに響いた明るい声。
そして茶器が震える高い音。
ルナマリアはその声に背後にある扉へと振り返り、顔を煌かせる。
「おぉリイン、まっとったで」
はやては明るく顔を微笑ませて、インパルスと同様に小さな妖精のような銀色の髪を持つ少女が、ふわふわと浮かびながらトレイにポットとカップを載せて机の真横まで来る。
「お待たせしました。でも、その分おいしくできたのですよ~」
そう言って器用にはやてたち三人の前に新たにカップを置き、そしてもう一つ。
インパルスと目が合い、リインが一瞬驚いた顔をする。
しかし、その仕草をすぐに覆い隠して微笑を浮かべ、自分専用のうちのカップの一つを置く。
「どうぞなのですよ」
リインが浮かべる満面の笑みをみてインパルスが静に「どうも」と呟くように礼を返す。
その返礼にさらに微笑を強くして続けてお茶を汲んでいく。
それになにやらルナマリアが頬を緩ませる。
「失礼ですが、ユニゾンデバイスですか?」
レイがあえて紅茶を注ぎ終えるのを待ってから質問する。
はやてはにこりと微笑み「そうやで」と呟いて己のそばにリインを呼ぶ。
「この子はわたしの騎士や」
「ハイです!自分はリインフォースⅡ曹長であります。皆様どうかよろしくなのですよ」
そういって敬礼を決めるが、その姿はどこか主と同じくかわいらしさを強めていた。
その可愛さに再びルナマリアの顔からしまりがなくなっていく。
なのははそれを見て笑みを浮かべる。
「ルナ、本当に可愛いものが好きなんだね相変わらず」
「ちょ!?な、なのはさん!何言うんですか」

 

そんなことありませんとルナマリアは抗議を付け加える。
なのはははやてに目配せをしてはやてはそれに意地悪い笑みを浮かべて反応する。
なにやらしでかすつもりの二人をみて、フェイトは首をかしげた。
「リインーありがとうな。じゃあ、これはお駄賃やでー」
「わーい。ありがとうなのです!」
そういって、手に取ったクッキーをリインに手渡す。
リインは顔を綻ばせて両手でクッキーを持って、クッキーを食べる。
その仕草を見て、ルナマリアは顔を再びとろけさせた。
なのはは未だにくすくすと笑みを浮かべながら小さく口を開く。
「あれ見て、どう思う?」
「・・・すごく・・・可愛いです」
呟いてしまった後から気がつき、ルナマリアは再び顔を引き締める。
頭をすばやく左右に振って己を鎮める。
軍人たるもの、何時如何なる時であれ己を律するべし。
そういつも口にする隣に居る同僚からの言葉を思い出して一つ息を吐く。
もう、見ないようにとなのはを見るとなのははただ微笑みを浮かべながら人差し指をソファーの真ん中に向ける。
思わずその仕草につられてなのはの隣に座るはやてを見てしまった。
「・・・って,リインはお子様じゃないです!!はやてちゃん!」
「うんうん、リインはえらいなぁ。次からもリインに頼もうかな」
「はい、その時は是非・・・って、はやてちゃんまた子供扱いしてるです!!」
―――いけない、あれは兵器だ。
おそらくは精神兵器の類だろうと推測する。あのかわいらしさでこちらを骨抜きにしてからこちらを絡め取る気だ。
しかし、それも仕方のないことだ。
なぜなら『可愛いは正義』なのだから・・・。
それゆえに気がつかない。
自分を見る両隣からの冷たい視線。
紅茶を口につけながらその冷たい目を送っている同僚たちに気がつかずに、リインを優しく見る。
それを見て、はやてとフェイトもつられて微笑む。
「なんや、えらい可愛いもの好きなんやね。同じ乙女としてその気持ちわかるわ」
「可愛いものが嫌いな女の子なんていないもんね」
そういって、はやてはカップを一回だけ回して香りを愉しんでから紅茶を飲む。
ほのかな甘みが舌を刺激する。
「それにしても、今日はさっきもなのはちゃんの超レアな可愛い笑顔とルナマリアさんの可愛い姿を見せてもろて・・・今日は可愛いもの記念日やね」
なのはがそれに対してどこか慌てた様にはやてを止めようとするが時すでに遅く、ルナマリアが食らい着いていた。
「可愛い顔って・・・なのはさんのですか!?」
「うん、そーなんよー・・・真っ赤に顔を赤らめながら両頬に手を当ててこう・・・」
はやては両頬に手を当てて、一言呟く。
「・・・あぅ・・・」
「うわ・・・超レアじゃないですか・・・あー、自分も見たかったなぁ・・・」
この時、ルナマリアは己の行動を後悔することになる。
いつか来るべき質問。
それが、この瞬間。早まってしまったのだから・・・
「たしか・・・シン君、だっけ?」
フェイトが何気泣く呟いた言葉に、レイとルナマリア、そしてインパルスが小さく反応する。
インパルスとレイは置こうとした紅茶の水面に波紋が波打つほどに。
それは、何よりも聞きたくなかった、そして聞かれたくなかったこと。
なのははフェイトの言葉に驚きつつもうなずく。
「う、うん・・・なんで知ってるのフェイトちゃん」
「だって、いつもなのはが言ってたじゃない。うれしそうにさ」
「へー、ほー・・・シン君なんか・・・そういえば、二人は士官学校時代になのはちゃんに教導されたことがあるんやろ?どうなってるん?その問題のシン君は」
はやてからの質問に、ルナマリアはどこか戸惑いを含めたように微笑んだ。
「シンは―――」
「我が主は(マイ・ロード)、シン・アスカは現在別任務についています。ですので私達にもわかりません」
ルナマリアの言葉をさえぎったのは紅茶を飲んでいたインパルスの淡々とした言葉だった。
その言葉にルナマリアは内心ほっと一息をいれた。
「あれ?君はルナマリアのデバイスじゃなかったの?」
なのはの疑問は至極当然のことでもあった。
本来、ユニゾンデバイスにとって主は忠義の証。
だと言うのにインパルスは自分の主はシンだという。
その矛盾。

 

インパルスは飲んでいた紅茶を一旦おいてなのはを見る。
その視線に、かつての彼の一部を感じて、なのはは思わずゾクリときてしまった。
「私はルナマリアと契約する前まで、シン・アスカ(マイ・ロード)と契約していましたから」
ルナマリアは何も言わない。
ただ、紅茶の水面に視線を落としていただけだった。
インパルスはそれを気にすることもなく、残っていた紅茶を一気に飲み干す。
程よくさめていたそれは、猫舌の彼女にとってありがたいものであった。
彼女の発言にやや驚いていたなのは達を見て、インパルスはカップをおいてふわりと席を立つ。
「ご馳走様でした。おいしかったです。気分が優れないので外の空気を吸わせてもらいます」
それではと敬礼をしてからドアに向かい、外にでる。
その表情は始終一貫して変わることはなかったが、なぜだか悲しみを感じさせた。
はやては慌ててリインに後を追うように指示を出して、リインを部屋の外に出させた。
そして頬をかいた後にルナマリアに眼を向ける。
彼女にどこか気落ちしたところはなく、静かに紅茶を飲んでいた。
その様が、さらにはやての気落ちを誘う。
「あー・・・ごめんな、なんや難しいことに首突っ込んでもうた」
眼を伏せたはやてのそれに、ルナマリアが慌てて首を振る。
視線は相変わらず伏せたままではあったが、その言葉には気丈さがあふれていた。
「お気になさらないでください。インパルスがもともとシンのデバイスだったのは事実ですし」
「でも、ルナマリアもA級、しかもリミッターを付けられてなんだからかなりの実力を付けてるんでしょ?なのにあの言葉は・・・」
フェイトのその気遣いに、ルナマリアは一つ苦笑を浮かべる。
最後を濁してはいるがその言葉に少しだけうれしさを覚えた。
「ですが、実際に私があの子を使いこなせていなかったのは事実ですから・・・」
自嘲をこめた笑いは、しかしうめく作ることができなかった。
ルナマリアはそれを自覚して再び紅茶の水面に視線を落とす。
果たして、この空気をどうするものかとはやて達がいぶかしんでいたところにレイが口を開く。
「しかし、今のルナマリアはかなりのところまで来ています。かつてのシンほどまでとは言いませんが、事実彼女はAAA+ランクの実力者ですから」
その言葉には優しさや気遣いは無く。
淡々と事実を言う響きがあった。
なのははそれを見て懐かしい光景を浮かび上がらせた。
今から三年前のあの時。
まだ、空を飛び始めたひよっこの彼らを教えていたあの時。
何かと突っ走る彼とそれをとめるために奔走していた彼らを。
今思い出せばそれはどこか甘酸っぱいなにかを連想させる。
そこまで考えて、なのはは口を開く。
「そっか、ルナもうAAA+なんだ、がんばったんだね」
にこやかに微笑んで言う言葉には優しさがあった。
ルナマリアはそれを感じつつもうれしさを抑えきれずにはいられなかった。
「はい、なのはさんのおかげです。・・・とはいえ、私達三人の中じゃ一番したなんですけどね」
といってレイを小さく横目で見る。
「一番下って・・・レイやシンはどこまで行ったの?」
それに応えたのはレイだった。
彼は飲んでいた紅茶のカップを一旦机においてから口を開く。
「自分とシンはSランクです。ですが、まだまだなのはさん達には」
謙遜を含んだその言葉に、ルナマリアがため息を一つ。
「なーに言ってんのよ。もううちの世界じゃあんた達より強いのなんて片手にもいないじゃない。だってのにそれは謙遜が過ぎるわよ」
まったくと言うルナマリアにはやての目が光る。

 

「・・・ランクSにAAA+とはね・・・これはこれは、なかなかの上玉やねぇ・・・」
どこか値踏みされるように、舐められるように見てくるその視線に、レイとルナマリアはやや引きつった笑みを浮かべる。
評価されるのはうれしいのだが、この視線は勘弁して欲しいものだ。
そんな親友とかつての教え子の姿をみてなのはは一つ笑いをこらえ、助け舟を出す。
「はやてちゃん、目が怖いよ?」
「ええやないの減るもやなし。それに私の部隊に来てくれる子達や。優秀であることを喜ぶんに、なんの問題もあらへんよ」
きっぱりと言い放つはやてにルナマリアは気恥ずかしさを感じる。
C.E出身である彼女らに、素直に参賞を言って来るのはあまりない機会でもあった。
「でも、さっきインパルスが言ってたけどよくなのはの話をしてたのって、シン君なの?」
親友と同じく、ルナマリア達への助け舟を出したフェイトの言葉に、なのはが熱くる。
「あ、はい。シンのやつったらいつでもなのはさんなのはさんって、自慢げに話してましたから」
ルナマリアの続ける言葉に、なのはのお腹の奥に熱が宿る。
しまったと言う思いはしかし、止めることができずに。
一瞬にして熱は顔にまで上がり。
「・・・あぅ・・・」
再び熱に浮かされたように顔が火照る。
その表情を見た瞬間、ルナマリアの顔が緩み、フェイトとはやては微笑を浮かべる。
ルナマリアの顔の緩みはとまらず、声を漏らす。
「・・・いやぁ・・・これは、きますね八神隊長・・・」
「せやろ、にしても。高町教官のこんな顔を一日に二度も見れるなんてな・・・眼福眼福」
「そうだね。でも、なのはにこんな顔をさせる子か・・・ちょっと妬けちゃうな」
にこりとした微笑みは、しかし今のなのはにとってはいじられる対象でしかなく。
そこには管理局の切り札の顔も、エース・オブ・エースの姿もなかった。
「もう、はやてちゃんもフェイトちゃんも、それにルナまで・・・」
からかわないでよ、と小さくつぶやくなのはに、ミナが微笑みを浮かべる。
それを見てなのはは再びちいさくため息をついてついでにと言わんばかりに過去を思い出す。
かつて、無茶こそが害悪だと信じていた自分。
己を鍛え上げると言うことは、己を傷つけることに直結すると考えていた自分。
今でも、その考えに変わりはない。
本来、人は飛ぶようにはできていない。
それを覆せば必ず手痛いしっぺ返しが帰ってくる。
それが、もし生死にかかわるようなものでは取り戻せない。
飛ぶものはいつか地に惹かれ堕ちて行く。
想いとは、善・悪・中庸を問わず己に返る呪いである。
空へと向かえば、その高さら落ちてしまう。
そうならないように、丁寧に教えるのは今も変わりはないが。
しかし、自分ではそこまでだった。
だからこそ失敗させないようにと、一度の挫折も味あわせてはいけないと。
自分と同じ思いをするものなど必要ないのだと。
そこまでしか考えられなかった自分。
個人個人の想いと、そして彼らの思いを押さえつけた自分。
教えると言うことは、技術を叩き込むのではなく、自分と相手の心をつなげるものだと。
一人一人の思いとは、一人一人で違うのだと。
皆、一様に一人ではあるが、孤独なのではないと、気づかせてくれたあの想い。
自分と同じ過ちを繰り広げながらも一人ではないと。
初めて自分にぶち当たってきてくれたなのはにとっては初めての、その存在を。
自らの真逆でありながら根底の部分でよく似たあの人。
己が相対すべきその彼を。
無論、本人にそんなつもりは毛頭もなく、ただ、高き壁を越えようとしていただけだったのだろう。
否。本人にはその思いすらなかったのかもしれない。

 

初めて、自分の意思で星を譲ったあの少年を。
かつての自分を打ち破ったあの瞳。
鮮血のような、暮れる夕日をも超えた、その色彩。
悲しみそのもの様な、自己への呵責のみを従えたあの赤い瞳。
そして、冷徹さと、情熱をかねそろえたあの敵意・・・
否、あれはもはや殺気の領域だったのかもしれない。
「・・・なのはさーん、それ以上顔赤くしたらたぶんからだ壊しちゃいますよー」
「ふゃ!?」
不意に聞こえた声に変な声が出た。
それが自分の出した声だと気がつくのに果たしてできたのか。
「・・・まさかそれ以上に顔を赤くするとはね・・・なのはちゃん、何時の間にそんな芸当覚えたん?」
心配する口調ににやけた表情はそのままにからかってくる親友の声。
そして笑い声を隠すもう一人の親友と、一人静かにお茶を飲むもう一人の教え子の姿。
そこまで見渡して顔にやった手すらはっきりとわかるほどに赤くなっていることに気がついた。
なのはは一つ咳払いをしてからたたずまいを直し、
「お気になさらず、自分は気にしませんから」
といったレイの一言に止めを刺された。
「・・・あう・・・」
その言葉になのははたまらず真っ赤になっている顔を抱えて腰を砕けさせてしまう。
「・・・レイ、それフォローになってないわよ」
相変わらずの同僚の口癖に、大きくやれやれとため息をつく。
そんな光景を見てはやては頬笑みながらルナマリアへと視線を向ける。
「なんや、長いことたのしませてもろうたわ。ありがとうね二人とも」
艶やかさも、下心もないそのまっすぐな笑顔は、太陽を想像させた。
ルナマリアは少しまぶしそうに眼を細ませてはやてに微笑を返す。
―――親友って、こういうところも似通うものなんだ。
「はい、こちらこそ突然のご訪問でもうしわけございませんでした」
「ご迷惑をおかけしました。八神部隊長、フェイト執務官、なのはさん」
はやてはええんよと呟いてからカップを取って口にする。
程よい甘みが下を刺激してくれる。
「でな、二人とも。早く着いてしもうたやろ?これからどないする?」
その言葉に最後に少しだけ残った紅茶を飲もうとしていたレイの動きが止まる。
はやてを見て慎重に口を開く。
「と、申されますと?」
「いやぁ、他の人たちが着くのは来週やろ?それまでどないする?何やったらてぇまわして今から部隊に配属させれるようにできるけど?」
はやての申し入れにレイはわずかに逡巡をめぐらせてルナマリアに横目をやる。
ルナマリアは相も変わらず顔を赤らめているなのはへと注がれているが、その瞳に躊躇は浮かんでいなかった。
―――俺の意見に任せる、と言うわけか。
変なところで押し付けるこの同僚にレイは内心で苦笑を漏らした。
しかし、決断は先ほどの逡巡で決まっている。
「はい、お願いします」
応えはあらかじめ予想していたのだろう。
はやてはうんうんと頷き、なのはに眼をやる。
「なのはちゃん、流石にそろそろお目覚めの時間やよー」
「・・・はやてちゃん、わざとやっててそれはひどいよ」
はぁ、と一つのため息と共になのはは顔を上げる。
そこには差kほどまでの茹蛸の姿はなく、エース・オブ・エース、高町なのはの毅然とした表情があった。
「それじゃあ、レイ・ザ・バレル二等空尉とルナマリア・ホーク二等陸尉。早速だけど今から午後の訓練に付き合ってもらえるかな?」
その言葉を受けて、レイとルナが立ち上がり敬礼をする。
「了解しました。また高町教官のご指導を受けれるとは恐縮です」
「三年ぶりのご指導・・・ちょっと怖い気もしますけどね」
苦笑いを浮かべるルナマリアにクスリとなのはは微笑みを返す。
「ルナ、さっきのお礼。ちゃんとさせてもらうからね」
レイの真横から「うげ」と言う呟きが聞こえる。
見ればルナマリアはだらだらと冷や汗を流していた。
確かに、かつての容赦ないなのはのしごきを受けた身としてはわからなくもない。
しかしレイは、仮にもエースを背負い込む一人がこれではどうしたものかと思案に明け暮れた。
「では、早速ですが訓練場に行かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「うん、でも二人とも今日は私服だからね。まぁ、皆に自己紹介くらいにしておこうか」
微笑むなのはにルナマリアはあからさまにほっとため息をつく。

 

それを見たなのはが再び微笑む。
それを見て、レイの心中に嫌な予感が走った。
「さ、それじゃあ行こっか二人とも、ちょうど今頃ヴィータちゃんが訓練見始めてくれたところだろうから」
なのははウィンクをしながらレイとルナマリアを促す。
このとき、なのは達は気がつけなかった。
なのははかつての教え子達との邂逅、そしてかつてであった少年の思い出によって。
そして、はやてとフェイトは喜ぶ親友とそしてC.Eからの出向である二人の素性と性格によって。
だからこそ、気がつかなかった。
ここにはいない同僚のことを言うのに、ルナマリアは少しだけさびしそうにつぶやいていたのことに。
それに気がついていたのは、隣に座る当事者の一人たるレイだけだった。

 

■◇■◇■◇

 

時は針をわずかに戻して、午後の昼食後にまでさかのぼる。
「増援部隊?」
「はい、そう、らしいです」
午後からの訓練。
その柔軟体操中に赤い髪をした少年。エリオ・モンディアルが言ってきた発言にティアナ・ランスターは驚きの声を上げた。
海の目の前、というよりもむしろ海の上にあるといったほうがいいような訓練場の前。
ちょっとした道の中での体操中。
ティアナは素朴な疑問をぶつけた。
「どこの部隊なの?」
「えと、確か、管理局、からじゃ、なかった気が、します」
べったりと体を地面につけながら言ってくるエリオにティアナは考えた。
―――管理局の固有部隊じゃなくて他の世界の私有部隊ってことか・・・
となるとかなり絞られる。だが。
「でも、そうなると隊長たちに影響が出ちゃうんじゃない?」
「でも、隊長、達には、影響、出ない、みたい、です」
その言葉に、ティアナはさらに考え込む。
隊長たちに影響が出ないと言うことはありえない。
この機動六課には保有制限のギリギリ。
むしろ超過とさえ言えるほどの実力者が集中している。
自分達などいなくても、隊長たちがいれば全ての問題が解決するのではないかと思うほどの実力者でまとめられてさえいる。
だと言うのに、増援部隊など自分達以下の素人ではないのか?
そこまで考えて、ふと根本的な疑問が浮かび上がった。
「・・・ていうかエリオ、あんたなんでそんなこと知ってんの?」
自分は愚か、同僚の誰も知らないことだと言うのにそれをエリオが知っていると言うのはいくらなんでもおかしい。
するとエリオはバツが悪そうに微笑んで。
「さっきグリフィスさんがなんだか難しそうな顔をしながら守衛さんと話してた時に調度僕もいたんです」
あ、これ秘密にしておいてくださいねとにこやかに笑いながら言う少年を見て、ティアナは思わず肩の力を抜いて呆れた。
純粋な幼子は恐ろしいと言うがこの場合は副長であるグリフィスの意外な迂闊さを呪うべきなのか・・・
判断に悩んでいたところで声をかけられた。
「テ、ティアー、押し過ぎだよー」

 

自分の真下からかかる押しつぶされた声に柔軟中の相手であるスバル・ナカジマのことを思い出す。
見ればべったりと地面にまで体をつけている。
相方の相変わらずな体の柔らかさに呆れながら「あぁ、ごめん」と謝罪をいれて背中を押していた手を離す。
大きく息を吐いてスバルが起き上がる。
「ぷは・・・でも仲間が増えるのはいいことだよね」
「そうですね、スバルさん」
能天気なまでに言ってくるスバルにエリオの背中を押していたキャロ・ル・ルシエは微笑みながら同意する。
そんな能天気な二人にティアナはため息を一つ吐いてからスバルと柔軟を交代する。
「でも、今日いきなりなのはさんが午後からの訓練に遅れるってことは、それと関係してるのかな?」
背後からのその声に、ティアナが口を挟む。
「それはどうかしらね。訓練に遅れるって言うのも今日っていうかついさっき言われたことだし。しかもなのはさんからじゃなくてルキノからの伝言だったし。なんだか突然のってかんじじゃない?」
そういって、体を完全に地面につける。相棒ほどではないが、それなりにやわらかい体を伸ばし、ほぐしていく。
キャロとエリオもお互いが交代してエリオがキャロの背中を押しているが、なかなか体が硬いようで半ばまでしか折り曲げられていない。
その光景をみて、思わず和んでしまった。
すると、上から声がかかってくる。
「でもさ、それだったら隊長たちが迎えに言ってるとか?」
上から問われる言葉に言葉を返すべきかどうか悩んだが、エリオにできて自分にできないと言うのはなんとなく悔しい。
「それ、こそ、ありえない、でしょう。来るって、言うんだったら、事前に、連絡、するはず、だし・・・スバル、そろそろ・・・」
思った以上に疲れるそれに思わずタップを入れると、スバルゆっくりと手を元に戻してくれる。
絞り込んだ肺に空気が満たされる。
体が温まり、ほぐされていくのを実感する。
一つ大きく伸びをして体の間接を動かす。
「ま、なのはさんがいないと言ってもヴィータ副隊長が面倒見てくれるんだから」
「おーいお前ら、もたもたしてねーでさっさと終わらせろ!」
突然の声にティアナは心中でほらねと呟いてからミナに集合を促して言った。
情熱的な赤色の髪を二つの大きなみつあみにまとめた少女。
片手にはまるでゲートボールで使われるようなハンマーを持っている。
年の頃はキャロやエリオを同い年のように見受けられるほどの少女というよりも幼子といったほうがいいような外見。
が、これでもれっきとしたAAA+ランクの実力者である。
鉄槌の騎士ヴィータ。
八神はやての保有する固有部隊の一翼を担う存在であり、ティアナとスバルのチーム「スターズ分隊」の副長を務めている。
「んじゃ、今日はなのはが遅れてくるらしいからな。昨日までのおさらいだ。お前ら気合入れていくぞ!」
「はい!」
ヴィータの言葉と共に音を上げて振るわれるハンマーにティアナたちは声を揃えて返事をする。
なのはと違い、ヴィータの訓練はとにかく「努力」「根性」「気合」で統一されていた。
ここに「友情」と「勝利」が加われば間違いなく往年の少年漫画の再現がなされるであろうとはヴァイスたちのうわさではあったのだが。
「うし、んじゃ早速―――」

 

「だーかーらー!待ってくださいなのですよー!」
「うるさいですね。一人にさせてください!」
ヴィータの声をさえぎった声に、思わずヴィータが己の声を止め、他のフォワード陣もそちらを振り向く。
そこにある人影は二つ。
「ですから、まだここのことを知らないんですからあんまり出歩かないでください!」
「内装はあらかたスキャンし終えてます!というか一人になりたいから出てきたんです!!」
一つは、ヴィータの主である八神はやてのユニゾンデバイスであるリイン。
しかし、もう一つは見たことのない人影、しかもその全長は30cmに届くかどうか。
「あー!やっぱり嘘だったんじゃないですか!!だったらきちんといなきゃいけないんですよ!!」
「嘘も方便って言うでしょ!とにかく、一人になりたいんですからそっとして置いてください!!」
喧々囂々を言い争う二人に、ヴィータはしばし悩んでから見慣れた己の妹分に声をかけることにした。
「おーいリイン、なにやってんだ?」
「あ、ヴィータちゃん!」
困り果てた顔をしていたリインに明るい色が戻る。
その声に気がついたもう一つの人影もヴィータの姿をみてその歩みを止めた。
蒼い髪がたなびいてゆれる。
それを見てヴィータの眉根が潜まる。
「誰だお前?」
赤い服、どうやら制服のような雰囲気をかもし出すそれを着たもう一人に声をかける。
ヴィータを見るそのまなざしには弱冠の険が含まれていた。
その二人の間を取り持つように、リインが慌てて口を開く。
「えーとですね。こちらはインパルスさん。私と同じユニゾンデバイスです。で、こちらが―――」
「データと照合しました。機動六課スターズ分隊副隊長。鉄槌の騎士ヴィータ三等空尉ですね」
リインが言う前にインパルスがヴィータに向き直り、その素性を言う。
ヴィータはその言葉にあからさまな険を放った。
「確かにそうだが・・・お前は何もんだ」
ここが戦場ならばそのままハンマーを突き出していそうな雰囲気とそのまなざし。
しかし、インパルスはそれに対してまるで動じることがなく続けた。
「先ほどもご紹介に応じたはずなのですが・・・まぁ、いいですか。私は本日よりこちらにお世話になります。ZAFTミネルバ隊専属ユニゾンデバイス、インパルスです、お見知りおきを」
一礼をして言ってくるインパルスにヴィータは苦々しく口を開く。
「ZAFT・・・ってことはお前、C.Eか・・・」
「はい、あなたがご想像しているとおりの風評を持つそのC.Eです」
めんどくさそうな、厄介そうなのどの奥に刺さった骨を見るような眼でヴィータはインパルスを見る。
そして、もう一人。
インパルスの紹介から顔を歪めた者がいた。
(ティア、どうしたの)
その、相棒の変化に真っ先に気が着いたスバルが念話でティアナに問いかける。
ティアナは顔には出さぬように同僚の質問に答える。
(スバル、あんた知らないの?)
(え、あうん。知らない)
苦笑いを浮かべる相方にティアナは一つため息をつく。
―――テレビとか同じもの見てるのに、どうしてこう違うのか・・・
(C.Eっていったら、今一番危ない管理局世界の一つじゃない曰く、火薬庫。曰く、パウダーフィールド。曰く―――)
「戦乱の権化、ですか」
続けようとした言葉の先をいわれ、ティアナが驚きの顔を上げる。
その視線の先にいたのはこちらを鋭い眼でにらみつけるインパルスがいた。
インパルスは一旦眼を伏せてから再び、鋭いまなざしでティアナを睨み付ける。
「別に、その風評に間違いはありませんよ」
ですが―――

 

「できることなら、私がいないところでやってもらえますか?本当のこととはいえ、あまり気持ちのいいものではありませんから」
まっすぐに向けられる視線と言葉にティアナは鳥肌と震えをとめることができなくなっていた。
自分が話していたのは念話である。
本来チャンネルを開かない限り、それ以外の対象に聞き取れるものではない。
だというのに、このインパルスは自分の念話を聞いていた。
無論、もしかしたら自分が間違った使い方をしたのかもしれない。
そうでなければおかしいのだ。
(ねぇ、ティア。あたし達、念話でしゃべってるよね・・・もしかして、オープンにした?)
スバルの不安げな声。
それに対してインパルスはスバルに視線を向ける。
「ですから、気をつけてくださいといっているでしょう?こちらは嫌でも聞こえてしまうのですから」
そういって頭に手をやり、インパルスはめんどくさそうに、いらいらと言葉をつむぐ。
ここにいたって、ヴィータとリインにも自体を把握し、驚きの顔でインパルスを見る。
その視線にインパルスは不快そうに舌打ちを放つ。
「お前、念話が聞こえるのか?」
「それがどうかしましたか?」
信じられないという響きを宿したヴィータの言葉。
それに対する応えは即答であった。
リインはつばを飲み込みながらインパルスに向き直り近寄る。
「ど、どうやってですか!?」
「いや、どうやってといわれても・・・知らないわよ。そういう性能なんだし・・・」
腕を組み、つまらなそうに呟くインパルスにリインはさらに近寄っていく。
その瞳は煌きに満ちている。
「性能、ですか?」
「そうよ、聞いてるでしょC.E世界は変な方向に突出しちゃってるから、こういうのも結構ざらなの」
さらにめんどくさそうに応えるインパルスに近寄っていく。
ティアナたちはなにやら先ほどまでの空気とだんだん変わっていくのを感じながらも呆然とそれを眺めていた。
「でも、すごいです!リインびっくりしました!!」
「いや、単にちょっと耳がいいだけよ・・・って、顔近い!」
眼前にまで近寄ってきたリインにインパルスは距離をとるために下がる。
ヴィータはことの重大性に気がつきながらも目の前の妹分の行動に肩を落としていた。
「で、で!他にはどんな機能があるんですか!?」
「機能ってあんた・・・まぁ、大した物はないわよ。私達の世界は特に情報伝達が困難だから特化しちゃっただけだし基本的にはあなた達と一緒だしね。まぁ、しいて言うなら―――」
「こら!インパルス!!」
インパルスの声をまた知らぬ声がさえぎる。
その声にヴィータたちは声がしたほうに眼を向けるが、インパルスはげんなりとしたように肩をすくめて視線を後ろに向ける。
そこにはやはりというべきか、彼女の予想通りの姿があった。
「・・・なにか呼んだかしら、ブタマリア」
その言葉に彼女、ルナマリアは拳をわなわなと震わせながらインパルスに近づいていく。
その後ろに苦笑するなのは達ともう一人やれやれと首を振る知らない姿を見てヴィータたちは心の中で胸をなでおろした。
「だ・か・ら!何度も言ってるでしょ!私の名前を何度も間違えるな!!」
「あら、そうでしたかね。あいにくと私は駄目駄目なデバイスらしいので、欠陥かも知れませんねぇ、ブタマリア・ポークさん」
ぎしりと歯を噛む音が聞こえる。その音の源がどこであるのかは確かめるわけもない。
ルナマリアはインパルスの頭を眼にも留まらぬ速さでつかみ上げ、ホールドする。
その一瞬の早業はインファイトで目のいいスバルとエリオをもってしてもギリギリ眼で追えるというものであった。
「あんたはねー!!いい加減にしなさいよ!何時までも子供じゃないんだからいちいちふてくされてるんじゃないの!!」
ルナマリアはそのままインパルスの口をつかんで引っ張り揚げる。
その様は子供を叱りつける母か姉のそれでしかなかった。
ただ、その眼が半眼になっていてルナマリアの用紙とあいまってよけに怖くなっていることを除けば、であるが。
じたばたとインパルスがもがくが、がっちりと固められているせいか抜け出せない。
「いひゃいいひゃい!ふぇい!ひゃやくひょのぼうひょくおんひゃをひょめなひゃい!!(痛い痛い!レイ!早くこの暴力女をとめなさい!!)」
レイは大きくため息をついてから呆然としているフォワード陣とヴィータ。
そして先ほどから笑いを噛みこらえているなのは達をみて眼を防ぐ。
これではいい面の皮汚しである。
「・・・ルナマリア、隊長たちの前だぞ、その辺りにしておけ」
レイのその言葉にルナマリアはひどく悔しそうに舌打ちをしてからホールドを解く。
去り際にデコピンをやるのは、ルナマリアの最後の抵抗だろう。

 

インパルスはなみだ目になりながらもルナマリアに抗議のにらみ付けを行ってからレイの後ろまで退避する。
「ふん!すぐ暴力に訴えるなんて!これだから野蛮人は嫌です!」
続いて舌を突き出しての抗議にレイは眼を瞑ってため息をつきたい衝動を抑えた。
今日だけで、いったいどれだけのため息をつけばいいのだろうかと悩みながら。
そして、インパルスの後ろから声をかけられる。
「こら、駄目だよ。相棒のことを悪く言ったら」
そっと、後ろからかけられる声にインパルスの体が固まる。
なのははその姿を見て優しくインパルスの頭をなでてから言葉をかける。
「確かに、すぐに叱ったルナもちょっと悪いけど、君も悪いよ。相棒のことを信じないと、君も信じてもらえなくなるよ?」
優しい言葉。
しかし、どこか心理を着いたその言葉にインパルスはそっぽを向く。
どこかで聞いた怒り方。
自分の主とはまったく違うようでどこか似ている、その声を。
「さ、どうすればいいのか、シンは教えてくれなかった?」
ずるい。
心の中で呟く。
このタイミングでその名前を出されては何もいえなくなる。
インパルスはルナマリアへと向き直り、バツが悪そうに小さく呟いた。
伏せた視線はそのままにしているのは、彼女なりの反省か、それとも体裁か。
「・・・ごめんです」
その言葉に、初めて聞いた言葉にルナマリアは一瞬唖然とするが、なのはからの視線を感じてこちらもそっぽをむく。
伏せるのではなく見上げるのは、彼女の癖なのか。
「わ、私も悪かったわよ・・・痛くしてごめん」
バツが悪そうに呟くその声に、なのははインパルスの頭を優しくなでながらインパルスと共にルナマリアの方に向かう。
その様子をみて、レイは感嘆の息をつく。
今までどんなにしていてもお互いがお互いに譲り合おうとしなかった二人がはじめて謝った。
正直、耐えず中立であったレイから見れば五十歩百歩の問答ではあったのだが。
それを一瞬で仲介したなのはに思わず声を出す。
「・・・流石ですね」
「そう、あれがなのはちゃんや」
しかし、返ってきた答えはなのはではなく彼の後ろにいたはやてだった。
「不思議な子でな昔からああいう頑固な子をまとめるのが得意やったんや・・・もっとも」
そういって苦笑する先には、またなにやら言い争いをはじめるルナマリアとインパルスの姿があった。
なのははそれを見て少しだけ苦笑した後再び両者の間に入っていく。
それを見て、はやては小さく苦笑を浮かべる。
「あの子らは輪をかけて頑固っぽいけどな」
「でも、そうやって。ちょっとづつでも距離が近づいていけば。いつか分かり合える日が来るよ」
そう続けたのはさらに隣にいたフェイトだった。
彼女は優しげに微笑みを浮かべてはやてに頷く。
「そやから、あの子たちには期待しておこうな」
「何事も急いだらつまずいちゃうからね」
はやてとフェイトの言葉にレイは悲しげに微笑を浮かべて「そうですね」と一つ呟いた。
どこか自嘲を含んだ。
それでいて夢を見るようなその瞳に、フェイトがいぶかしんだように眼を向ける。
が、次の瞬間にはレイのいつもどおりの無表情へと変化していた。
「はーい、皆せいれーつ。レイも来てー」
ルナマリアとインパルスの戦いも一応の終止符は付けられたらしく。
お互いがお互いに肩で息をしている。
それを見て、先ほどまで驚きを隠せなかったティアナ達は驚きに愉しそうな色を含めていたが、
あまり気にすることもないだろうとレイは駆け足でそちらによっていく。

 

なのはを後ろにレイ達とティアナたちを相対するように整列させる。
「はい、それじゃあ皆に一応自己紹介してもらおうかな。まずは、スバルから」
一番端にいたスバルが元気良く「はい」と答えて前にでる。
「機動六課、スターズ分隊所属スバル・ナカジマ二等陸士です!」
大きな声と希望にあふれたその瞳。
期待と、希望と、夢を詰め込んだ宝箱のようなその瞳。その意思。
「同じく、スターズ分隊所属。ティアナ・ランスター二等陸士であります」
鋭い瞳。高みを目指す、目標を持った鋭い短刀のような硬さと鋭さ。
そしてある種の脆さを併せ持ったその瞳。
「機動六課、ライトニング分隊所属、エリオ・モンディアル三等陸士であります」
どこか大人びた少年はその瞳に来航を宿していた。
己の望み。己が求めるもの。それこそ己が騎士道と断ずるそれは若き騎士そのもの。
「同じく、ライトニング分隊所属、キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります。それとこの子は私の友達のフリードです」
主の紹介に白と青の小さな竜、フリードが小さく鳴く。
竜を従えた少女は微笑む。
悲しみを従えて、祈りを胸に抱いて。
「あたしはヴィータだ。スターズの副隊長をやってる。お前ら、ヘマしたらあたしが許さねぇからな。覚悟しとけよ」
不敵に笑うその表情。
全てを砕くその意思はまさに天より下される鉄槌そのもの。
彼らの紹介を聞いて、レイは静かに敬礼を返す。
若き者たちの模範となるように。静かに、ためらうことのないそれは。
まるで激流を受け流す静かな湖面を連想させる。
「C.Eより参りました。ZAFT所属ミネルバ分隊より出向いたしました。レイ・ザ・バレル二等空尉であります」
そんなレイに続いて、髪を乱したルナマリアがそれに続く。
せっかくできる女という印象を与えたかったのに、隣の相棒のせいで全てが台無しだと心の中で毒づきながら。
「同じく、ルナマリア・ホーク二等陸尉です・・・」
インパルスは痛むおでこをさすりたい衝動をこらえて敬礼を返す。
怒りをこらえるというよりも、それはどこか疲れを隠すように感じられた。
「そこの馬鹿女と仮契約してるものです・・・」
インパルスの言葉に、ルナマリアの眉がつりあがる。
なのははそれを微笑みひとつで封じる。
そのやり取りのなんと懐かしいことか。
「二人はこれからうちに間借りすることになって私たちと合同任務を行います。フォワード陣は機動六課の先輩として。レイたちは彼らの先輩として、仲良くするように」
なのはは過去を振り切るように言葉を続け「さてと」と言葉をつむぐ。
これ以上はやめておく。
まだ振り返るには、再会した彼らに悪い。
彼らのこれまでに報いるために、彼らのこれからを見るのだから。
「それじゃあ早速だけど、フォワードの四人と、レイとルナの二人とで軽く模擬戦をやってもらおうかな?」
「うぇ!?私たちですか!?」
なのはの提案に、フォワード陣たちよりもルナマリアが反応する。
その突然の反応に、なのははどうにも苦笑を浮かべる。
「これから一緒に任務に就くことになるんだから、お互いの実力を把握しておいたほうがいいでしょ?それなら模擬戦が一番」
ね、とウィンクをひとつしてからつぶやくなのはにルナマリアはうめき声を上げる。
でも、とひとつ間をおかせて口を開く。

 

「・・・あんまり、手加減とか苦手なんですよね・・・私、不器用ですから」
乾いた笑みを浮かべるそれにティアナの眉根が跳ね上がる。
そのいっそ不遜ともいえる言葉に、しかし内心では納得する。
彼女と自分たちとではそれこそそこまでの差があるだろう。
しかし、彼女は無為にこれまでいたわけではない。
なのはの激務といえるほどの訓練を耐え抜いてきたのだ。
せめて一矢を報いる。そう心に決めた。
その隣で、スバルは内心で燃え上がる相方の向上心に笑みを浮かべる。
何だかんだと言ってもどこか似たところのある自分と相方に。
そして、再びC.Eから出向してきたという二人を見る。
かつての憧れの人の教え子。
そして、すでにヴィータやなのは達に匹敵する魔術師。
心臓に火が入る。
流れる血潮のなんと心地よいことか。
己の目標とする場所に最も近いその人たちと戦えるなど。
かつての自分からは想像もできなかった。
好戦的どころか、むしろ争いそのものを嫌っていた、かつての自分。
しかし、今ここに己を試せる試金石が置かれた。
しかも、それは何よりも特上の、極上の。
思わず力の入る拳を自覚する。
そんな二人をみて、レイは懐から灰色の翼をかたどったペンダントを取り出す。
これこそ、彼の唯一無二の恩人から残された、たった一つの形ある形見なのだから。
それを一度強く握り締める。
この相棒を手にするときの誓いの儀式。
「いくぞ、ルナマリア」
声をかけられたルナマリアは首を二、三回ほど回して体をほぐす。
臨戦態勢はいつものとおり。
コンディションはグリーン。
しいて言うなら己のデバイスのせいでやや精神面がレッドの領域に踏み込んでいるくらいであるが、それくらいは愛嬌というものだろう。
「はいはい・・・いくわよ、インパルス」
「・・・ひどく乗り気はしませんが、いいでしょう」
発する声にこたえる言葉もこちらと似たり寄ったり。
変なところで似通った相棒にルナマリアはげんなりとうつむく。
「レジェンド」
レイは小さくデバイスに呼びかける。
抑揚もなく、淡々としたその声に、しかし響くのは悔恨と苦悩。
そしてそれを乗り越えようとするいくばくかの意思。
「インパルス」
ルナマリアの手が伸ばされ、インパルスがそれに応じる。
伸ばされた手と手はぎりぎりで触れ合うことはなく、ゆえに近づいた空隙に光が宿る。
インパルスはその光に解けるように解かれ、光はルナマリアを覆っていく。
そして、二人の声が当たりに響く。
「セットアップ」

 

まばゆい光に照らされて、スバルは思わず感嘆のため息を吐く。
その美しい光景に、重いが自然に疑問となる。
(・・・なのはさん。すっごい気合入ってるね。どうしたのかな?)
唐突の相方の言葉に、ティアナは寄せていた眉根を和らげる。
スバルはそんな相方にこのままでは後から大変なことになってしまうだろうかと心配を浮かべた。
主にしわとか、そういうのを。
(まぁ、昔の教え子って話しだし・・・てかスバル。あのインパルスってデバイスがいるんだから念話は控えなさいよ)
(いいじゃん、別に馬鹿にしてるわけじゃないんだから)
ティアナの声にスバルがいたずらっ子のように微笑む。
なのはは、その光を見ながらあの瞬間を思い出していた。
かつての教え子達。
その成長振りをうかがうための模擬戦。
彼らがどれだけ成長したかはこれから明らかになっていくだろう。
―――さて、どれだけ成長したかな?
そこにあるのは疑問というよりも確信だった。
彼らは間違いなく強くなっている。
それは見ただけでわかるほどに。
洗礼されたその一挙手一挙動。
魔力の操作も、体の動かし方も、依然とは段違いといってもそれは謙遜が過ぎるというほどだ。
そして―――。彼とともにいたのだから。
なのはは一人の少年を思い出した。
自分が教え子に唯一、そして初めて地をつく事を許した日。
己を地へとつけた少年の背中。
その決定的なその瞬間に。
なのはは確かに翼を見たのだ。
誰にも言っていない、誰にも信じてもらえない。
見たと断ずる己自身でさえも、夢の中なのではといぶかしんでしまうほどの一瞬の白昼夢のように。
光の加減。一瞬の油断からの脳が見せた幻覚。
そう理性が告げる中、本能だけがそれを否定する。
その刹那の一瞬だけに見えた翼を。
なのはは見たのだ。
その翼を見た瞬間、己の経験と言う名の信仰が崩れ去る音を。
経験も、想いも、力も、技術も、その全てを超えていけるように錯覚してしまった。
あの赤い、どこか歪な。
禍々しささえ感じながらどこか神々しささえ感じる。
彼の背中に、あの、赤い翼を。
高町なのははかつて見たのだから。

 

新暦75年5月機動六課が正式起動してから約2ヶ月たったその日。運命の輪はその速度をゆっくりと上げていくことになる。