やがみけ育てる_1話

Last-modified: 2009-07-11 (土) 19:50:48

「みんな、準備はええか?」
八神はやて、19歳はその歳にして新設部隊機動六課の部隊長である。
髪型は幼い頃から慣れ親しんできたものと変わらない。
「今日はいよいよスターズ、ライトニング、シード分隊のメンバー分け、ビシッと正装決めて、なのはちゃんやフェイトちゃんとしっかり話し合って決めるんよ?」
茶系のスーツをきちっと纏い、同じく茶系のスーツを身に纏った五人の家族、アスラン、キラ、シン、ラクス、レイを正面から見据える。
一同は真剣な面持ちで頷いた。その一方で、もとから大人びていたはやてだが身体の成長と心の成長も相まってアスランたちにはより一層立派に見えた。
十年ほど前の幼いはやてのことがつい昨日のことのように思える。
それを思うと少し寂しい気もした。
あの頃はまだ頼りない部分もあって、アスランたちが面倒を看ているという部分も少なからずあった。
しかし、はやてはもう何でも一人でやってしまう。できてしまう。不自由だった足も今では完全に元通りになっていて、彼女は自分の両の足でしっかりと立っていた。
「ほんなら……アスランとキラ、シンとレイは行ってきぃや。
ラクスはうちと一緒に見学や」
「はい。皆さん、お気をつけてくださいね」
ラクスはやんわりと笑みを浮かべ、4人を見送る。
アスラン、キラ、シン、レイの四人は各々受け答えしながらミッドチルダに構えた新居を後にした。
機動六課まではアスランの運転で車で向かう。 黒塗りのオープンカーだ。
「何か、えらく気合い入ってたな、はやて」
車が動き出してから直ぐに後部座席に座るシンが口を開いた。
「主はやての念願が叶ったわけだからな。
気合いも入って当然だろう?」
男にしては長めの金髪が風に揺れて流れていく。その髪を少し鬱陶しそうに払いのけ、レイはドアの縁に頬杖をついた。
「後手にまわりがちなロストロギア関連の事件を迅速に解決、回収が目的だったっけ?」
助手席に座っていたキラが振り向いてレイに聞くが、返事はギアチェンジの音ともに隣から返ってきた。
「正確にはロストロギアの回収だな。事件解決は捜査線上にあるときだけだ。
ミッドチルダでの活動が主になる。地上でのロストロギア関連の闇取引や不法所持は多いからかな」
アスランはハンドルを切って再びギアチェンジ、アクセルを踏み込んだ。

 

機動六課に着くと、四人は車を降りて中へと入る。
同じく茶系のスーツに身を包んだ同僚たち数人がちらほらと目につき、すでに作業中のようだ。
「あ、いたいた」
声のした方に目を向けると褐色の肌に金髪の男が今し方入館したばかりの四人の方へと歩み寄ってくる。
「ディアッカ?」
なぜ、ここに?
と目を丸くするアスラン。彼、ディアッカは陸士108部隊副隊長で空戦は不得手だが、並外れた火力と援護能力を持っている。
キラ、シン、レイとは何度か顔を合わせた程度だが、アスランは何度か一緒に仕事をしたことがある。
「お久し」
三人を先に行かせ、アスランは一人立ち止まる。
「本当に久しぶりだな。ディアッカ」
「何年か振りだっけな?
まぁそれはおいといて、今日はちょっと用事があってな」
「用事?」
あぁ、とディアッカは頷く。
「聞けば、アスラン、お前は機動六課の分隊副隊長何だって?」
「あぁ……まぁ、だが、お前こんなところにいていいのか?」
「おいおい、そりゃないぜ? 確かに地上本部は機動六課新設を良くおもっちゃいないが、そりゃ上の連中だけだっつーの」
「そうなのか?」
立ち話もなんなので、ロビーに備え付けられたソファーに腰を落ち着け、アスランとディアッカは話を再開する。
「で、一体何の用でここにきたんだ?」
「今日、新人たちの分隊わけがあるんだってな?」
「あぁ」
「その新人にうちの部隊からじゃあないが、六名ほど地上局員候補の新人が配置される」
「六名?!」
確かに六課設立に関してははやてから地上本部ともめたとは聞いていた。
妥協案として地上局員を数名配置することになった。しかし六名、機動六課、特になのはとフェイトが選抜した四名よりも多い。
ということは隊長格を含め14名と大所帯になってしまうではないか。
「六名は多すぎやしないか?」
「俺もそう思う。上の考えてることはわからん。
んで、その六名に関するデータを俺はお前に渡しにきたんだ」
「いや、はやてが承諾したのならとっくに地上本部からデータは貰ってるはずじゃ?」
「それが、そうとも限らないんだよね」
含みのある言い方をするのでアスランが首を傾げる。
「地上本部からのデータを信用するか、俺が調べたデータを信用するかはお前に任せる」
データの入った携帯型端末をアスランに手渡す。
「ディアッカ、それはどういう……」
「さぁな」
ディアッカは振り返りもせず機動六課の施設から出て行った。

 

「アスラン?」
呆然とディアッカの背を見送るアスランに声をかけたのはたまたま通りかかったフェイトだった。
「……どうしたの?」
「……フェイトははやてに地上本部から派遣される人材について何か聞いてるか?」
「データはまだ貰ってないけど、はやてからは少し聞いてるよ」
「何て聞いてるんだ?」
記憶を辿るように少し虚空を仰ぎ
「戦闘能力の高い将来有望な子たちって聞いてるけど……それがどうかした?」
首を傾げる。
「今、丁度地上局員からデータを貰ったんだが……」 オフィスに移動しデータ閲覧のため空間にモニタする。
派遣される六名の名前と顔写真が表示された。
トップに表示されているのは銀髪の剽軽な笑顔をしている少年だった。
名はアウル・ニーダ。
「何だ……これは」
アスランが間の抜けた声を上げた。フェイトがよく見ようと身を乗り出したので見やすいように指で指し示す。
「実戦経験あり、魔導士ランク陸戦C-。
特秘事項、エクステンデット、ブロックワードあり『母』。
……ブロックワード?」
さらに下へと読み進めていく。
オルガ・サブナック。 魔導士ランク測定不可。精神的問題点多々。
グリフェプタンによる中毒症状STAGE2。

 

クロト・ブエル。
魔導士ランク測定不可。精神的問題点多々。
グリフェプタンによる中毒症状STAGE3。
シャニ・アンドラス。 魔導士ランク測定不可。精神的問題点多々。
グリフェプタンによる中毒症状STAGE4。

 

スティング・オークレー。
魔導士ランク空戦B。エクステンデット、ブロックワードは不明。
ステラ・ルーシェ。
魔導士ランク陸戦A。エクステンデット、ブロックワード『死』。
「ブロックワードって何だと思う?」
フェイトの問いかけに、アスランは肩をすくめる。
「ただ……」
「ただ?」
「これが事実だとして、一波乱あるだろうな」
アスランは空間モニタを閉じ、フェイトに向き直る。
「まぁ、まだ実際に会ってはいないんだし、今日の分隊分けテストを見るまでは何とも言えないんじゃないかな?」
楽観視するフェイト。
「そうだといいんだがな。一応なのはにも伝えて置いてくれないか?
俺はキラたちに伝えておくから」
「うん、わかった」
長い金髪を揺らし、歩き去ってゆくフェイトの背を見送りながらアスランは溜め息をついた。
「どうにも地上のお偉方からは気に入られてないようだな、はやて」

 

分隊編成の予定地付近にて、準備運動をする人影が7つとその隣で気だるそう立っている影が3つ。
「ねぇ、ティア」
前屈しながら短髪の少女は隣で同じく前屈するツインテールの少女に話しかけた。
「なに? スバル」
少々トゲのあるような口調でティアと呼ばれた少女は同僚へと視線を向けた。
「あの人たちが事前に聞いた地上から派遣された人たちなのかな?」
「そうなんですか? ティアナさん」
会話に割って入ったのは十歳前後の赤毛の少年である。その後ろには少年の影に隠れるようにして桃色の髪をした少女が立っていた。
「何で私に聞くのよ?
まぁ、実際に集合場所にいるわけだし、そうなんじゃないの?」
待機状態のデバイスを起動させ、ティアナは二丁の銃型デバイスを入念にチェックし始めた。
それからふと何かに気づいたように顔をあげると
「エリオ、キャロもスバルもチェックしなくていいの?
試験中に故障に気づいても遅いわよ」
と叱咤する。
「そ、そうですね。僕も」
「わ、私も」
エリオとキャロが慌てて待機状態から起動させ、外装チェックと簡単な内部チェックをデバイスに命じる。
特に異常もなく、すぐにチェックは終わりを告げた。
デバイスは4人が選抜されてからこれまでの試験データを参考に急ピッチで作られ、4人の今使える魔法を使うのに支障のない程度に調整されている。
そんな三人とは一人ことなり、スバルはと言えばやはり他六人が気になるようで、自分たち四人の集団の右側の三人と左側の三人へと視線を往復させている。
右側の三人はいずれもスバルやティアナと同年の男。何をするでもなく、地面にしゃがんだり、座り込んだりしている。
訓練服も着崩していて、どことなく不良というやつを連想させる。
左側の三人はこれまた同年の男二人、女一人である。
こちらはスバルたちに習って適当に体を解したあとティアナやエリオ、キャロを真似てデバイスのチェックをしていた。
「みんな、お待たせ」
その場にいた10人の視線が一斉にサイドテールの女性に集中する。なのはである。
その後ろにはフェイトとアスランの姿もあった。
「おはようございます」
とティアナたちが声を揃えて挨拶すると、左側三人組の兄貴分の男が銀髪の少年と金髪のボケーとした少女の手を引っ張ってやってきて、軽く会釈した。

 

ティアナたちの右側にいる三人組は未だに動こうとしない。
「おい、そこの三人」
アスランが呼び掛けるも反応はない。
「オルガ! クロト! シャニ!」
今度は名前で、声を少し大きくして呼んでみる。
漸くのろのろと腰をあげ、集合した。
他にも注意したい点が彼らにはあったが、アスランはそれ以上何も言わずになのはに喋るよう促す。
「今日は私が隊長のスターズ、それからフェイト執務官が隊長のライトニングス、アスラン一等空尉が隊長のシードの分隊わけのために模擬戦をやってもらいます。
皆はもう紹介とかすんでるのかな?」
「一応、私を含め4人は確認しました」
ティアナが代表して答える。
「そっか、じゃあ他の六人はまだなんだね?
名前だけでいいからまずはスティング」
名を呼ばれて一歩前にでたのは髪を逆立てた目つきの悪い男だった。
「スティング・オークレーだ」
スティングはそれだけ言うとすぐに隊列に引っ込み、隣の銀髪の男の訓練服の袖を掴み前に引っ張り出す。
「アウル・ニーダ」
無愛想に一言告げ、隊列に戻る。
「ステラ?」
いつの間にかそっぽを向いて目の前に広がる海を眺めている少女に呼び掛けるスティング。
「おい、ステラ。お前の番だぞ? ステラ?」
「何見てんの?」
アウルが聞くと一拍置いてステラは答えた。
「……海」
「海、好きなの?」
苦笑を浮かべ、なのははステラのそばまで歩み寄る。
「うん……。好き」
「どうしてなのかな?」
「……キラキラして綺麗だから」
「そっかぁ、お名前聞いてもいい?」
「ステラ」
「ファミリーネームもいいかな?」
「ルーシェ」
「ありがとう」
「ううん……いい」
自分よりも階級が格上の者に対してこの対応は疑問だが、なのは特に気にした様子もなかった。
「じゃあ、次はオルガからお願いできるかな?」
フェイトがひとりの少年に近づく。
これまた目つきが悪く、キャロやエリオならば一睨みで畏縮してしまいそうである。
しかしフェイトは全く臆することもなくニコニコと笑顔を向けている。
「オルガだ。オルガ・サブナック」
「よろしくね、オルガ。じゃあ次」
赤毛の少年が一歩前にでる。
「クロト・ブエル」
ぶっきらぼうにそういって直ぐに下がった。
すると前髪で片目を隠した少年が胡乱な目でフェイトを見つめた。
フェイトは頷く。
「シャニ……アンドラス」

 

「さて、紹介も終わったところで早速模擬戦を開始したいんだけど……チーム分けは今の三人組、四人組、三人組でいいかな?」
返事をしたのはティアナ率いる班だけで後は頷くだけだった。
アスランが後ろ手に持っていたケースを開き何やらいじっていると海上に不自然に浮かぶ地に突如として市街地が出現する。
「フィールドは市街地、ただ今回は建造物破壊などのペナルティはつかないから、思う存分戦ってくれ。
地形の利や建物の影に隠れて戦うのもよし、ただ、やりすぎには注意しろよ?
一応、救護に副隊長たちが向かってくれるけど、それだけは覚えて置いてくれ」
「それさえ守ればあとは全力で戦っちゃっていいんですね?」
とこれはクロト。どこか声が弾んでいる。
「ん? あぁ、だがやりすぎるなよ? あくまでもこれは模擬戦なんだからな?」
「それじゃあ、皆準備して、バリアジャケットは今着ている服をモデルにしてね」
なのはの言葉に従い、十人はフィールド内に姿を消した。
「本当に大丈夫か? スティングたちはともかく、さっきのクロトたちなんかは戦闘を楽しんでる節があるぞ?」
「アスランは心配しすぎだよ。万一危ないことになっても、キラやシン、レイが止めてくれるし」
「それは……そうだが……」
「いくら地上本部が機動六課の介入を嫌っているとしてもそこまで露骨な嫌がらせはしないでしょう?」
フェイトやなのははあっけらかんとそんな風に言うが、ディアッカが大げさにしているとも思えない。
「取り越し苦労だと……いいんだがな」
アスランの胸の内に一抹の不安を抱えたまま模擬戦は始まった。