やがみけ_再~EVANESCENT~

Last-modified: 2009-07-31 (金) 22:03:18

瞼越しに眩しさを感じ、耳に届く鳥の囀りが意識を覚醒へと導いていく。
「ん……」
フェイトはゆっくりと瞼を開け、気だるさ残る体を起こした。
周囲を見回す。
そこはもう先程までいた戦場ではなく、部屋だった。
それも見覚えがある。
記憶にある殺風景な室内とは違い、シンプルな飾り付けがされ、観葉植物が置かれていた。
時の庭園の一室だ。
それからフェイトは自分が寝ていたベッドへと視線を落とす。
自身の体に異常はない。
ホッと一安心するフェイトは今更ながらに寝息がしていることに気づいた。
音源へと目をやるとまずキラの寝顔が目に止まった。
特に寝苦しそうな感じもなく、規則正しく胸が上下している。
「キラ……」
思わず呟く。
そう、それほど時は経っていないが、フェイトが母、プレシアと時を同じくして亡くした兄、キラである。
気づけば手を伸ばし、フェイトはキラの頬に触れていた。
はっきりとした肉感、体温。
キラはしっかりと存在している。
「う……ん……」
むず痒かったのか、キラが身動ぎし始めた。
それからゆっくりと手を頬まで持って行くとフェイトの手を掴み、寝返りをうつ。
これは夢なのか、夢にしてははっきりとした感覚に戸惑いながらフェイトがキラの顔をじっと見つめて思案していると、キラの背後でのそりと布団が持ち上がった。
ぎょっとしてフェイトは視線をそちらへ向ける。
掛け布団の端からフェイトと同色の髪が覗き、マットの上に広がっている。
衣擦れの音がし、掛け布団が捲れた。
顔の細部こそ違えど、その造形は瓜二つ。
フェイトは知っている。
アリシア・テスタロッサ。
言うなれば彼女はフェイトの姉。
だがその容姿はフェイトよりもいくらか小さい。
それはこの夢なるものがフェイトの記憶に依存しているからかもしれない。
「う~~ん……」
アリシアが不安げな表情で眠ったままベッドのマットに手を這わせている。
悪夢でもみているのだろうか?

 

フェイトは思う。
探し物をするようにひっきりなしに動く手と不安の影を色濃くする表情。
そろそろ起こしてあげよう。
フェイトがアリシアを揺り起こそうと身を乗り出したその時、アリシアの表情が安堵に緩んだ。
疑問に思い、フェイトがアリシアの手元を見ると、キラの寝巻きの裾を掴んでいる。

 

それから寝返りをうってキラの背中にぴったりと寄り添い、安らかな寝息を立て始めた。
それがなんだか微笑ましくて、ついフェイトの頬も緩んでしまう。
しばらくそんな二人を見守っていると、ドアが短く二度、ノックされた。
「キラ、起きていますか?」
凛とした女性の声がドア越しに響く。
フェイトは返事が出来なかった。
フェイトの予想が正しければドアの向こうにいる人物はリニスのはずだ。
もう二度と会うことはないと思っていたものたちとの再開でフェイトは混乱していた。
「入りますよ?」
ドアノブが回り、趣のある音を立てドアが開いた。
「……」
わかってはいてもやはり驚かずにはいられなかった。
「あら、フェイトもアリシアもキラの部屋にいらしたんですか?」
そんなフェイトをさして気にとめる様子もなく、リニスは陽光を遮るカーテンを開け始めた。
シャッと歯切れのよい音をたて、カーテンが次々と開けられ、ついでに空気を入れ替えるために窓もあけてゆく。
「さ、キラ、アリシア朝食が出来てますよ。
起きて顔を洗ってください。
フェイトはもう起きてますよ」
リニスは未だに目覚めに抵抗するキラとアリシアの半身を覆う掛け布団を引っ剥がした。
その掛け布団にしがみついて抵抗するアリシアと喉を鳴らして渋々起床するキラ。
フェイトはただ呆然とその光景を見ているだけだった。
「どうかしました?」
そんなフェイトを不振に思ってか、リニスがフェイトに声をかけ、キラはとろんとした寝ぼけ眼でフェイトをじっと見つめている。
「……う、うぅん。別に何でも」
「前言撤回です。フェイトもまだ寝ぼけてますね?
大方、三人でまた夜更かししていたんでしょう?」
「いや、まぁカードでちょっと白熱しまして」
頬を掻きながらばつの悪そうな顔をしてキラ。
リニスは床に散らばっているカードを一瞥し、
「さぁ、アリシアとフェイトは早く顔を洗って食卓に行きなさい。
プレシアが待っていますよ」
ため息をつく。
「はぁい」
不満の混じった声をあげ、アリシアはフェイトの手をつかむ。
柔らかくて暖かい小さな手だった。
「行こ、フェイト」
「あ、じゃあ、僕も」
キラもそそくさとベッドから降りて部屋を出て行こうとするが
「キラはちょっと待ってください。
お話があります」
若干の怒気を含んだ声色と眼差しにキラは立ち止まり、リニスを振り返る。
リニスは床を指差した。

 

その行為が一体何を意味するのかフェイトには分からなかったが、どうやらキラとアリシアは理解しているようで、キラはその場に正座し、アリシアは半ば強引にフェイトを引きずるようにしてキラの部屋を出て行った。
「全く、キラ。
あなたはあの二人にとって兄なんですから、あなたが二人を注意しなければいけないんですよ?
分かっていますか?」
「……はぃ」
「それを一緒に夢中になって遊んで……」
「アリシア?」
背中越しに聞こえてくるリニスの叱責とキラの反省の声に、このまま行っていいものかとアリシアに目で訴える。
が、アリシアは悪戯っぽい笑みを浮かべ
「いいからいいから」
とフェイトを引きずっていった。

 

「おはよう、アリシア」
「おはよう母さん」
食卓にはすでにプレシアが座っていて、アリシアは元気に挨拶すると隣の席にいそいそと陣取る。
そのテーブルの下では小さな子犬が一足先に朝食にありついていた。
アルフである。
「あら、フェイトは?」
柔和な表情でアリシアにプレシアは尋ねた。
「あれ? さっきまで一緒に来てたのに……」
キョロキョロと辺りを見回すアリシア。
「キラもいないわね。どうしたのかしら」
「キラはリニスに怒られてる」
その一言で合点がいったのか困ったような顔で
「アリシア、キラだって魔法の勉強があるのだからあまり我が儘言ってはダメよ?」
プレシアは注意する。
「む~~、だって私は魔法苦手だもん。フェイトとキラだけリニスと三人で仲良く勉強だなんてずるいよぉ」
頬を膨らましプレシアを上目遣いに見るアリシア。
「あらあら、ヤキモチかしら」
「そんなんじゃないもん」
ムキになって否定するアリシアの頭を優しく撫でながらプレシアは微笑む。
そんな様子をフェイトは物陰から息を潜めて眺めていた。
あの二人の中に割ってはいる覚悟はない。
雰囲気を台無しにしてしまいそうで。
「二人はまだ子供なんだし……そんなに厳しくする必要も」
「子供だから、今の時期からきちんとした教育が必要なのです。
特に生活に関しては」
「リニスの言うこともわかるけど……」
「分かっているのなら実行してくださいな。
そもそもキラはフェイトとアリシアに甘すぎます」
「甘過ぎるなんてことは……」
「大方、昨晩もアリシアとフェイトに」
「フェイト?」
キラが立ち止まり、その後ろを歩いていたリニスも足を止める。

 

「どうしたの? そんな覗き見るような真似して」
「どうかしたのですか?」
リニスとキラが心配してか不審に思ってか駆け寄ってくる。
「な、何でもない。……本当に何でもないんだ」
平静を装ってフェイトは取り繕った。
そんな彼女を見て、キラとリニスは不思議そうに顔を見合わせた。
「フェイト?」
声がした。
フェイトがよく知る声。
忘れようとしても忘れられるはずのない声。
そしてまた、もう一度聞きたかった声。
フェイトは固まった。
「フェイト、そこにいるの?」
母、プレシアの声である。
「フェイトー、早く朝御飯食べようよ」
とこれはアリシア。
「さ、早く行きましょう。アリシアが待ちくたびれています」
リニスはフェイトに歩みを促すため、背中に手の平を押し当てる。
しかし、フェイトは動かない。
動けない。心の準備が出来ていない。
「フェイト?」
リニスが蒼白になったフェイトの顔を覗き込む。
「リニス」
キラが先に行っててと手で合図する。
それからフェイトの正面に回り込むと目線をフェイトと同じところまで下げた。
「今朝からちょっと様子が変だけど……どうしたの?」
フェイトの額に手を触れるキラ。
「熱はないみたいだね。
頭痛とか寒気は?」
その質問にフェイトは髪を揺らして答えた。
「そっか。食欲は?
朝ご飯は食べられそう?」
その質問に答えるのならば「食べれる」だが、フェイトにとって問題なのはそんなことではなかった。
そして、その原因、その人物がキラの背後に姿を見せた。
懐かしくもあり、喜ばしくもあり、悲しくもあるその人物。
母、プレシア・テスタロッサ。
フェイトの頭と胸中で悲痛な記憶と様々な感情が入り乱れ、混乱する。
そして
「どうしたの? フェイト」
プレシアは優しくフェイトに微笑みかけた。

 

夢だ――――――――

 

フェイトは確信した。
プレシアはこんな風に自分に微笑みかけたことなど一度もなかった。
記憶には冷たい視線と罵声しかない。
それが何だか無性に悲しくて、夢だとしても嬉しくてフェイトは泣き出した。
「フェイト?」
プレシアはキラへ視線を向けるが、キラはさっぱりと肩をすくめた。
「怖い夢でも見たのかしら……」
フェイトへと歩み寄り、プレシアはあやすように抱きしめた。
「大丈夫よ。フェイト。
ここには母さんも、アリシアもキラもリニスもアルフもいるわ」

 

柔らかかった。
温かかった。
優しかった。
心を落ち着かせるようないい匂いがして、心が安堵に満たされた。
悲しかった。
切なかった。
涙が止まらなかった。
一瞬でも胸いっぱいに溢れた安堵が不確かで現実ではないことに、心は今にもこれが現実だと受け入れてしまいそうだった。
「フェイト、どうしたの?」
泣き声を聞いてやってきたアリシアがフェイトの頭を精一杯背伸びして撫でる。
くすぐったかった。

 

朝食を終えて、昼食までフェイトはキラとリニスの指導の下、三人で魔法の勉強をした。
「機動兵装魔法ドラグーン。これは魔力を高密度に圧縮して自身に装備するもので移動とバランサー両方の働きをする魔法なんだ。
フリーダム」
『はい。DRAGOON』
キラの背に蒼き八枚の魔力で編まれた翼が出現する。
「また、ターゲットを複数に設定すれば数多のターゲットに対し突撃し、同時攻撃が可能なのですが……術者に相当な負担がかかるため私はあまりお勧めしませんね」
キラがフェイトに新しく学ばせようとしていた魔法をリニスは反対した。
「え? 何で? 一対大多数戦で使えばかなりの威力を発揮するし、一対一でも有利になるし、サンダースマッシャーとかフォトンランサーと併用すればかなり使えると思うんだけど?」
「あのですね、キラ。あなたにはそれが出来るかもしれませんが、一般的に並列処理は高難易度何ですよ?
バラエーナ、カリドゥス、ルプス×2、クスィフィアス、ドラグーン×8、はっきり言って無理です」
「あれ、でもフォトンランサーファランクスシフトはリニスが教えたよね?
あれだけの数を撃てるんだから……」
ノートを開いたまま苦笑いを続けるフェイトを無視して二人は言い合いを続ける。
その後ろでアリシアを膝の上に乗せ、髪を梳きながらプレシアが見学している。
「ファランクスシフトは一種類の魔法です。
あなたのは砲撃魔法、散弾魔法、射撃魔法、誘導型速射魔法の四種類ですよ?」
「駄目……かな?」
「駄目と言うよりもあなた以外には無理です」
言い合いもそこそこ、リニスが仕切り直し、授業は続いた。

 

昼食を終えて、テスタロッサ家一行は庭に出ていた。
キラとフェイトが模擬戦をし、それを見学するアリシア、プレシア、リニス、アルフ。
模擬戦を終えて、屋敷へ戻りながらふと
「フェイトも随分と一人前の魔導師らしくなってきたわね」
嬉しそうにプレシアが微笑む。
「あ~ぁ、私もフェイトやキラみたいに魔法が使えたらなぁ~」
どこかつまらなさそうにアリシアは口を尖らせた。
「では、私とキラの講義を毎日八時間受けてみますか?」
「うぅ……それは嫌かも……」
「あははは」
本気で嫌そうな顔をするアリシアが可笑しかったのかキラが声をあげて笑う。
「そうね、フェイトに何かプレゼントをご褒美をあげなくてはね」
思いついたとばかりにプレシア。
「えっ?」

 

真上からやや西側に日が傾いた頃、フェイトは庭に生えた大きな木の下に腰を落ち着けて考え事をしていた。
その隣にはキラがいてアリシアと一緒に本を読んでいる。
プレシアとリニスはフェイトへのプレゼントを買うために時の庭園を留守にしていた。

 

私が一番欲しかった時間だ……

 

夢、結局は自分が望んだ、欲したものを映した限りなく現実に近い夢にすぎない。
夢はいつか覚めてしまうもの。
だが、この夢はただの夢ではない。闇の書という強力なマジックアイテムが見せる夢なのだろう。
だとすれば、この夢が覚めないという可能性もある。
悪夢ならばすぐにでも目覚めたいところだが、これは悪夢ではない。
むしろ歓迎さえしたくなる夢である。
このまま夢の中の住人として生きるのも悪くはないだろう。
正直言って、幸せだった。
夢だとしてももっとアリシアやキラ、リニスと過ごしたい。
もっともっとプレシアの笑顔がみたい。
フェイトはそう思う。
しかし

 

なのはは、どうなる?

 

それを考えると夢にどっぷり浸かっている訳にも行かない。
なのは今も、自分やはやてを助けるために全力で戦っているだろう。
そして現実の世界にはもと犯罪者である自分を家族にしようとしてくれている人たちもいる。
だから、フェイトは夢に浸り続けるのを拒んだ。

 

「あ……雨だ……」
アリシアがいつのまにか曇ってしまった空を見上げて言う。
「そう言えば夕方から雨が降るってリニスが言ってたね。
フェイト、アリシア、家の中に戻ろうか」
腰をあげ、二人に向かって手を差し伸べるキラ。
アリシアはその手を取ったが、フェイトは取らなかった。
「私はもう少し、ここにいる」
「じゃあ、私も」
アリシアはフェイトの隣に腰を下ろした。
「キラももう少しだけここにいよう?」
手を引っ張るアリシアに微笑み、キラもまた腰を下ろした。
景色が白く霞みを帯び、雨は足を早め、乾いた地面を、庭に咲く花や草を潤してゆく。
遠くの空で雷鳴がし、光を伴う。
やがてフェイトたちが座っている大木の木の葉の隙間から葉が作った大きな雫が重さに耐えきれず、重力に従って落ちた。
「ひゃっ!?」
それはアリシアの頭の上に落ちた。
「冷たい」
濡れた髪を手で拭き、その手を見つめるアリシア。
キラは微笑みながらそれを見守っていた。
そんなゆったりとした時間、優しい時間を、自身が何よりも欲した時間に終わりを告げるため、フェイトは口を開いた。
「アリシア……キラ……」
「なぁに? フェイト」
「うん?」
「これは夢……だよね?」
アリシアとキラは一拍の沈黙の後、肯定した。
「そうだよ。夢」
キラは言った。
「夢でもいいじゃない、ずっとここにいれば」
フェイトに抱きついてアリシアは言う。
「そうも……いかないんだ……」
震える声でフェイトはアリシアの言葉を拒否した。
「フェイトはまだ……戦ってるんだね」
雨降る空を見上げながらキラは言った。
「……うん」
フェイトは頷いた。
そう、自分は戦っている。新しく出来るであろう友達の為に、踏み出せなかった自分に手を差し伸べてくれた最初の友達を守る為に、自分を家族にしようと受け入れてくれた人たちの為に。
そして何より、フェイトとして歩き出した自分の闘いの為に。
「いつか、キラは私に言ってくれたよね?」
「何を?」
「ジュエルシードを集めてるとき、初めて自分と同じくらいの魔導師が現れて、管理局が現れて、彼らの言葉とアルフの言葉に揺れて私が迷ったとき……」
「先ずは決める。そしてやり通す、かな?」
「うん」
あの時は選択を誤った。

 

プレシアの為に戦うことを選んだ。
キラは一度だけ
『本当にそれでいいの?』
そう聞いた。そして自分は決意の眼差しで頷いた。
キラは複雑な表情でそんな自分を見ていたような気がする。
でも、今は自分が例え間違った道を選んでも止めてくれる友達がいる。
正してくれる友達がいる。
「いい友達が出来たんだね」
キラは嬉しそうにそう笑った。アリシアはフェイトとキラのやりとりを見て頭に?を浮かべている。
「出来たんだ、キラのお陰で……、ありがとう」
フェイトは礼を言った。
「何かよくわかんないけどフェイトにも大事なものが出来たんだね」
視界の隅、アリシアが立ち上がる様子が見て取れた。
雨は弱まり、霧雨へと変わっていた。
「フェイト、おいで」
アリシアが長い髪を雨で湿らせながらフェイトに手招きする。
フェイトも立ち上がり、アリシアへと歩み寄っていった。
「フェイトを待ってる子はいい子なんだね」
「うん」
「行かなくちゃいけないんだね」
「うん」
アリシアは精一杯背伸びをする。
腕を伸ばしてフェイトの首に回した。
それから顔を近づけて、頬ずりする。
別れが近づいている。
フェイトが察した瞬間、目頭が熱くなった。
両目に涙が溢れていく。
「泣いちゃだめだよ。フェイト」
「うん」
濡れて張り付いたフェイトの前髪をそっと手で避けてアリシアは微笑んだ。
「行っておいで」
耳元でそっと囁きそれから力強く抱きしめる。
「うん」
フェイトは目を閉じた。
涙が雨と混ざり合い、頬を伝って落ちていく。
「現実でも、こうしていられたら良かったのにな」
その声を残して、フェイトを抱くアリシアの力は最初から無かったかのように消えた。
それを合図に涙で潤んだ目を開ければ、大木の根元に未だ腰を下ろしたままのキラが苦笑していた。
「泣いてばかりだね」
「……うん」
嗚咽を飲み込みながら
「大丈夫?」
「うん」
小さく
「じゃあ、行こうか」
「うん」
力強く頷く。
「見送るよ」
「ありがとう」
フェイトは嬉しそうに笑った。
別れの場所はプレシアとキラの姿を最後に見た場所に決めた。
その部屋の中央にフェイトは一人立ち、キラは少し離れて後ろに控えている。
「フェイト!」
名を呼ばれ振り返るとキラが近くまできていた。
「忘れ物」
そういってポケットからバルディッシュを取り出す。
フェイトはそれを受け取ると、キラは再び距離を置きフェイトの背中を見守った。

 

「行くよ、バルディッシュ。ザンバーフォーム行ける?」
『Yes, sir』
金色の閃光がフェイトを中心に立ち上った。
キラは衝撃波に髪を揺らし、目を眩しげに細める。
やがて光ははれて、バリアジャケット姿のフェイトが現れた。
両手には少女が持つには少々無骨な大剣が握られていた。
「キラ……」
フェイトはキラを振り返る。
キラは黙って首を振り、それから一言、微笑んで静かに言う。
「フェイト、いってらっしゃい」
バルディッシュのリボルバーが炸裂した。
「行ってきます!」
一度大きく深呼吸した後、フェイトは大きく大剣を振りかぶり
「スプライト……ザンバー!!!!」
振り下ろす。
「気をつけてね」
キラの動きが口を開いたまま停止する。
それから鏡やガラスが割れるように亀裂が走った。
フェイトはもう振り返らなかった。
甲高い音を立て闇の書が作った夢の世界は砕け散った。
金色の大剣は外界へとその刃を伸ばして雲を突き破り、天を貫く。
現実世界への帰還。
一番最初に目に飛び込んできたのはなのはの笑顔だった。
~完~

 

仄暗い闇の中、ぼんやりと光を発するカプセルには15~18ほどの少年少女の裸体が溶液に浸され体を丸めていた。
「アスラン、もう時期だ」
「はい、博士、ですがレイとラウは?」
「なぁに、あの二人を失っても大した問題ではないさ。必要であれば君を含めたナンバーズで回収すればいい」
「前々から気にはなっていたんですが」
とアスランは通路に並ぶカプセルナンバーに視線を走らせる。
カプセルは全部で11機。
そのうち、No.1、No.2のカプセルはすでに機能停止していて中には何も入っていない。
「No.1のカプセルは一体」
「あぁ、それかね?」
ぼんやりとした光が男を照らす。白衣を纏い、口元にニヒルな笑みを浮かべていた。
「かつて私が作り上げた最高傑作が入っていた」
「最高傑作?」
「人造魔導師計画、クローン技術だけを用いたプロトタイプのラウとレイとは全く異なり、No.2アスラン・ザラ、No.3シン・アスカからNo.8ハイネ・ヴェステンフルスまでのナンバーズの下地になったNo.1キラ・ヤマトが入っていた」
「No.9からNo.11は違うと?」
「そちらは予算が足りなくてね。主に精神的な操作を中心に行ったただの魔力資質を持った孤児たちだよ」
アスランは何も言わなかった。
「もう時期彼らは目覚める。それまでに彼らに適したデバイスを組まなければね。手伝ってくれるかい?
アスラン」
「はい」
博士と呼ばれた男とアスランと呼ばれた少年はどこまで続くか知れない闇の中に姿を消した。