やがみけ_番外2

Last-modified: 2008-04-07 (月) 17:58:24

スーパー銭湯編
八神家、午後19時
「シン、そろそろ風呂を沸かす時間じゃないか?
いいのか? テレビばかり見ていて……今日の当番はお前だろ?」
「俺だっけ? でも、今日、家の掃除は俺がしたんだけど……なぁ、レイ」
「あぁ、俺も手伝いましたから間違いありません。
そういうアスランはどうなんですか?」
「どうって、俺はトイレ掃除したよ」
「「「じゃあ、残ってるのは」」」
三人が一斉にキラを見る。
「やだなぁ、ちゃんと入れたに決まってるじゃない。
いくら僕でも、そう毎日怠けてるわけじゃないって」
「ならいいんだが……。
はやて、風呂が沸いてるそうなんだが先にどうだ?」
「うちは洗いものが終わってから入るからお先に入りたければどうぞ」
台所で洗いものをしているはやてが言った。
「じゃあ、俺……先に入るから」
そそくさと席をたち、アスランは居間から風呂場へと姿を消す。
「さて……と」
レイがシンとキラに目配せし、顔を近付ける。
「今日は誰が主、はやてと風呂に入るかだが……やはりジャンケンで決めるんですか?」
「そうだな、やっぱジャンケンが一番公平だろ?」
「そうだね、三人とも準備はいい?」
生唾をゴクリと飲み込み
「「「最初はグー!ジャンケン」」」
「キラァァアア!!!」
ドタドタと腰布一枚で浴室から居間へとかけてきたアスラン。
「アスラン、どうしたの?」
「どうしたのじゃない、お前、風呂の中、冷水だったぞ!」
「嘘だ、そんな」
キラとアスラン、風呂場へ。
「ホントだ……」
「どうするんだ、こんなに水溜めて……」
「待って、アスラン……これ、ボイラー」
「ボイラーの電源を入れ忘れたのか?」
「ううん、見て、主電源ボタンを押しても……」
「つかないな、故障してるのか?」
「みたいだね。取り合えず事情をはやてちゃんに話そう」
キラ、アスラン、再び居間へ。

 

「う~ん、お風呂に溜めてしもうた水は洗濯物に使うとして……問題は今日のお風呂かぁ」
悩ましげな声で考え込むはやて。その前にはキラ、アスラン、シン、レイが同じく頭を悩ませている。
「そんなに気を使われなくても、一日ぐらい私たちは平気ですから……」
レイが言う。
「あかんよ、体は綺麗にしとかんとな……。
よし」
何やら決心した様子のはやて。
「近くに銭湯があるからそこに行こか?」
「銭湯って……知ってる? アスラン」
「いや、シンは?」
「知らない。レイは?」
「お前たちが知らないことを俺が知るはずもないだろう?」
はやては再び、額に手を当て悩み始めた。
「公共のお風呂って言えばええんかな?
家のお風呂と違うんは、知らない人と一緒に湯船につかること……かな?」
「……しかし、知らない者たちと一緒に入浴するとなるとマナーとかありそうだな」
「そうそう、いくつかあるんや。よう気付いたなぁ、アスラン」
「で、そのマナーってのは?」
面倒臭そうにシン。
「ん~、まずお風呂が男の子専用と、女の子専用に別れとってな。
せやから、当然キラたちは男湯に入ることになる」
ふんふん、と頷く一同。
「それから浴場にはいったらまず掛け湯……、まぁ今はシャワーが主流やから、それつこうて体を軽く流す。
それから湯船につかること。入浴の際はタオルを湯船につけたらあかん。
タオルと石鹸類はうちから持っていくから忘れずに持って帰ってくる。
注意事項とマナーはそれぐらいやろか」
「はやてちゃんは女湯に入るんだよね?」
「そうやね、こんななりでも一応女の子やからなぁ」
キラに当然の事を聞かれ、笑って答えるはやて。
レイ、アスラン、シンも何を当然の事を聞いてるんだとキラを笑う。
「……はやてちゃん、どうやってお風呂にはいるの?」
静まりかえる八神家の居間。顎に手を当て考えに没頭するアスラン、シン、レイ、はやて。
「やっぱ歩副前進的な感じで?」
「それはちょっと勘弁やなぁ」
シンの案は却下された。

 

「そやなぁ、うちはええよ。それこそ、みんなみたいにあんまり活発なことしてへんし、汗もかいてないし……。
せやから一日くらい」
「いや、駄目でしょ」
真剣な表情のキラ。
「だが、この場合仕方ないんじゃないか? 俺たちが一緒に女湯に入るわけにもいかないだろ?」
「じゃあアスラン。君は、いいの?」
「何?」
「このまま、はやてがお風呂に入れなくても、君はいいの?」
アスランの表情に走る動揺。
「し、しかし、それは……」
「お風呂に入れなくて、はやては今泣いてるんだぞ!!」
「な、泣いてへんよ?」
「銭湯にはある程度の年齢なら男湯、女湯に関係なく入れる規定があります。
ただし、保護者同伴ですが……」
それまで黙って新聞桶から探しだした銭湯のチラシを眺めていたレイが口を挟む。
「さすがはレイ、キラとアスランとは違って頼りになるな」
「これで問題は解決したわけだけど、はやてちゃんはそれでいいの?」
四人がはやての顏を覗き込む。
「えっ……、まぁそやね。みんなで入ろか?」
何故か固い表情で頷くはやて。四人はそのことに気付かなかった。

 

場所は変わってスーパー銭湯。
男湯と女湯。それぞれ濃紺と緋の暖簾が入り口を分けていた。
客足は今のところ少なく、はやて率いる四人はお代を払って全員で男湯の暖簾をくぐった。

 

「さてと」
ロッカーに脱いだ衣服と貴重品をしまい、鍵をかける。腰布一枚でキラ、アスラン、レイははやての前に立っているわけで
「はやて、脱がないのか?」
今しがた腰布をつけ終えたシンがはやての肩をポンッと叩く。
「えっ、う、うん。ちょと待っててな」
「手伝おうか?」
足を自由に動かせないはやてを思ってのキラの申し出だったが、はやては頭を振って断り、代わりに手招きをし、キラに耳打ちした。
「主は何て言ったんだ?」
レイの問いに、頬を掻き掻きキラは答えた。
「いや、その……恥ずかしいんだって」
「そういうことやから、やっぱうちはええよ。皆だけ入ってきたら」
余計な気遣いとわかってはいるのだが、それでも四人は自分達だけお風呂に入って、主が入らないという状況に納得できなかった。

 

「ようは、はやてが女だって周りに気付かれなければいいんだろ?」
シンに皆の視線が集まる。幸い、いまのところ脱衣所には八神家しかいない。
「俺たちみたいに腰布つければバレやしないさ。胸もハッキリ見た目に分かるわけじゃないしな」
ずぅんと沈むはやて。
「うちはまだ成長の途中なだけ……、成長の途中なだけ……、成長の……」
「このッ!! バカヤロォォオオ!!」
シンの腹にアスランの拳がめり込んだ。膝を降り、屈み込むシン。
「アスラン……何を……」
「只でさえ落ち込んでるはやてをさらに凹ましてどーする!」
「も、文句を言うなら誰だって……」
「見苦しいですよ、アスラン、シン。
それに、シンの言ったことはある意味、正しい」
顎ではやてとキラを指すレイに習い、二人も視線を移す。
そこには腰にタオルを撒いたはやてをだっこするキラの姿。髪どめをとっているため、一見しただけでは髪の長い男の子といった感じだ。
さらに、レイとアスランも髪が長いため、はやての姿は自然だった。
「すまない、シン」
そう言って、アスランはシンに手をさしのべる。
「別にいいですけどね。俺もちょっと言葉に気をつけるべきだったかなって思うし」
アスランの手を掴み、シンは立ち上がる。
「やっぱ少し恥ずかしいなぁ」
はやてがキラの首にかける手に少しだけ力を込める。
「はやてちゃん、僕たちが君とこの銭湯のお風呂に入るためには、僕たちがそう思うだけでも、腰布だけでも駄目なんだ」
「思いだけでも、腰布だけでも……」
はやては決心したようにキラの言った言葉を反芻する。
そして、八神家一同は銭湯の中へ……。

 

「いいお湯やったね」
「そうだね」
「そうだな」
「あぁ」
「そうですね」
街灯照らす夜道、車椅子を押すキラとそれに乗ったはやて、後ろに続くアスラン、シン、レイ。
「たまには皆で入るんも悪くはないなぁ」
はやては夜空を見上げ、
「またいつか、入ろうか」 そう呟き、その言葉に笑みを浮かべるアスラン、キラ、シン、レイの四人だった。