やがみけ_01話

Last-modified: 2008-03-27 (木) 17:47:28

「みんなぁ~朝やで~!!」
「おはよう、はやて」
「アスラン、早いなぁ。ミルク飲むか?」
アスランは少し考えてから
「お願いしようかな」
そう言った。
微笑みながらはやてはやかんにミルクを注ぎ、それをコンロにかける。
「おはようこざいます。主はやて」
「レイもおはよう、ミルクは?」
「いえ、私は……。それよりも何か手伝いましょう」
「そうか、ほんなら……」 のそりと廊下からリビングに入ってきたのは髪を爆発させたシンだった。
「うわっ、むっちゃ眠そうやなぁ~……」
「あぁ……、眠い」
「シンはブラックコーヒーでええんよね?」
シンは頷き、食卓に座った。そこへ、険しい顔をしたレイからティーカップを手渡される。
「サンキュー……」
気だるさ残る寝起き声で礼を言い、カップの取っ手に手をかけた。
「さて、残るは……」
シンを除く三名が天井を、正確には二階でまだ眠っているキラ。
八神家で一番朝が遅い男である。
ヴォルケンリッターとしてではなく、八神家として暮らすことになって早くも一週間が過ぎようとしていた。
アスラン、シン、キラの三人は主、八神はやてを「はやて」や「はやてちゃん」と砕けて呼ぶようになった。
もちろん、はやてからそうしてほしいと頼まれ、三人が承諾し、ようやく呼び方に固さがとれてきたところだ。
残念ながら、レイだけは「主、はやて」と呼ぶことを譲らなかったが。
彼ら四人と暮らしていくうちはやてには少しだけわかったことがあった。
彼らは自らをプログラムだの何だのと小難しいことを並べていたが、実際のところ人間と変わらなかった。
最初こそ、表情は少なく能面のような顔をしていた四人だったが、今ではよく笑うようになった。
一番感情豊かなのはシン。はやてにとって弟的存在だ。
二番目に感情豊かなのは、シンとよく喧嘩になるアスランだ。アスランは一見、無愛想に見えるが案外親しみ安かったりする。仲の良い兄と言ったところだろうか。
レイは皆のまとめ役、長男タイプだ。頼れる兄といったところか。
最後にキラ。優しそうではあるが、はやてにとって一番掴み処のない人物だった。
時々見せる険しく、大人びた表情がそう感じさせる。
かと思えば寝坊したり、頼りなかったりと兄と弟の狭間を行き来する人物でもある。

 

鼻唄混じりにはやては手を動かし、慣れた手つきで朝食の準備を整えていく。
「今日は皆の騎士服やったっけ?
それのデザインの参考ついでに海鳴市を案内しよう思うとるんやけど……どうや?」
お玉に少量味噌汁を掬い、味見し、はやては満足したのかコンロの火を消した。
「私は構いませんよ」
お椀にご飯をもりつけながらレイ。
「俺も構わないよ。シンは?」
アスランからサラダを受取り、シンは首を縦に振る。
「皆、おはよう。今朝も良い匂いだね」
飯の匂いにつられてようやく寝床からキラが出てきた。
「良い匂いじゃないだろ! ちょっとはあんたも手伝え」
「シン、喧嘩ごしはよせ。朝っぱらから」
「またあんたはそうやってキラの味方ばっかりして!
言っときますけど、俺は間違ったこと言っちゃいませんよ!」
「まぁまぁ、シンもアスランも落ち着いて」
キラがなだめようと二人に声をかけるが
「「誰のせいだと思ってるんだ!! お前は」」
二人に一喝されて小さくなってしまった。
そんな三人に目も当てられないといった具合いで額に手をあてうつ向くレイ。
「はいはい、喧嘩はおしまい。キラはもうちょっと早起きがんばろうな。
シンも寝起きで機嫌悪いんはわかるけど、朝から喧嘩はあかんよ。
さっ、皆でいただきますや」
事態をはやてが収拾し、朝食が始まった。

 

「結局のところ騎士服ってなんなん?」
「戦闘中、相手の攻撃から身を守る服って言えばいいか?」
はやての表情が険しくなる。
「前にも言ったけど、うちは――」
「あぁ、わかってるさ。はやてが主でいる間は自ら望んで戦ったりしない」
慌ててシンが付け加えた。
「あくまで通過儀礼的なものだから心配しないで、はやてちゃん」
卵焼きに箸を伸ばしながらキラが言う。
「万が一ってこともありますしね」
「万が一?」
レイの言い方が引っ掛かり、はやては口へ運ぼうとしていた箸をとめた。
「闇の書はかなり強力なマジックアイテムだからな。
力を求めて、どうにか闇の書を手に入れてやろうって考える奴がいるのさ」
アスランは席を立ち、冷蔵庫からお茶を出して、人数分のコップを用意する。
「もっとも、闇の書は主を選ぶからね。例え奪われても闇の書に認められなければ使用することはできないんだ。
万が一にもそんなことにはさせないから安心して」
「そうか、ありがとう」
自分の身に危険が及ぶかもしれないのに、はやては何だか嬉しかった。

 

海鳴市は快晴。しかし、気温はあまり上がらなかった。
朝食を終えてから一通り騎士服の資料を探しに街を散策し、洋服売り場ではやてが四人に服を見繕い、買ってくれた。
昼はファーストフードで済ませ、また街を歩き回った。はやての車椅子をシンが、キラが、アスランが、レイが押し、日が暮れてくると家に向かって人混みを歩く。
「今日は鍋にしよか?」
白い吐息が空気に溶けこんで消えていった。
「鍋か、確に最近寒いからな」
アスランは自分の首からマフラーを外し、はやての首にかけてやる。
「僕ははやてちゃんに任せるよ」
「俺たちははやての料理なら何だっていいさ」
「そうか、ほんなら腕によりをかけて作らなあかんな」
星空を見て歩くレイに気付いたアスランが声をかけた。
「前向いて歩かないと転ぶぞ? 考え事か?」
先頭を歩くキラとシン、はやてに視線をうつし、レイは口を開いた。
「俺たちはいつまで、こんな生活ができるんだろうと考えていた」
「どういうことだ?」
レイが何故、こんなことを言うのか、アスランには分からなかった。
「今までに主はやてのような者はいなかった」
「あぁ、今まではこんな扱い、されたこともなかったからな。
でも、まぁ一度くらい、こんな主がいても良いんじゃないか?」
「いや、だから怖いんだ。この平穏な時間が壊れてしまうのが……」
肩に手をおかれ、レイはアスランへ顔を向けた。
「考えすぎだ、レイ。何かあった時は、俺やお前、それからシンとキラがはやてを守ってくれるさ」
レイは少しだけ口の端を緩め、八神家の前で遅れた二人を待つ、シン、はやて、キラの元へ足早に向かった。

 

「ただいま~~」
はやてにならって四人も挨拶をし、我が家へと入る。
「皆体冷えたやろ、先にお風呂に入ってそれから夕飯にしようか?」
「先にはやてちゃんが入ったら? 僕たちは風邪とかひかないし……」
「そうなんやけど、足が動かんからどうにも時間がかかってしまうんよ。
そしたら夕飯も、寝るのも遅くなってしまうよ?」
「僕たちは気にしないし、大丈夫だから」
キラが先に入るようにはやてを促すが
「生活は規則正しくや」
不摂生にはどうにも厳しいようで聞きいれてもらえない。

 

「誰か一緒に入ればいいんじゃないか?」
シンが言った。
それは名案とばかりにキラ、アスラン、レイが手をうつ。
「確に、そうすればはやてに風邪をひかせずに済むな。時間もかからないし」
いまいち状況を飲み込めないはやてを置いてけぼりにしてアスラン。
「どうですか? 主、はやて」
レイが確認をとる。
「うちは別にええけど、お風呂はそんなに広くないし、一緒に入れても一人二人が限界やよ?」
「じゃあ、ここは案を出した俺がはやてと」
「残念だけど、シン、皆。ここは君たちの将である僕が」
「そんな理不尽なことは許しませんよ、キラ。主の背中を流すのは私が……」
シン、キラ、レイが言い争いを始めるのを眺めながら困った笑顔ではやてが呟いた。
「皆そんなにうちとお風呂入りたかったんかな?」
「皆、はやてのことが好きなんだよ。
一緒にいる時間を少しでも長くしたいのさ」
「アスランは?」
「もちろん、俺もです」
アスランははやてに微笑みかける。
「さぁ、不毛な言い争いを続ける三人は放っていこう」
アスランは車椅子のハンドルに手をかけ、はやてとともに浴室へと姿を消した。

 

「あれ、はやてとアスランは?」
シンが気付いた時にはすでに二人の姿はなかった。
「いない、まさか」
脳裏によぎる一つの可能性。
「今日はアスランと一緒に入るわぁ」
浴室の中から聞こえてくる声。
三人は激怒した。
「アァスゥウラァアン!!」
「シン、その裏切り者を殺せ!!」
「こンの裏切り者がぁぁああ!!」
結局、入ってしまったものはしょうがないので、三人は溜め息をつき、リビングのソファに腰かけた。
「とりあえず、順番でも決めときますか?」
「「そうだね/そうだな」」

 

『じゃあ今度はうちがアスランの背中をながしたるな』
『いや、俺はいいですって』
『遠慮せんと、な』
『やめるんだ、はやて。
自分が今、いったい何をしようとしているのか、本当にわかっているのか!?』
『何って体あらったげとるだけやん』

 

20分後

 

「いやぁ、いいお湯やったよ」
「……」
「やっぱ一人で入るより何人かで入ると楽しいなぁ。
夕飯が出来るまでにシンもキラもレイも入るとええよ」
鼻唄まじりにキッチンへはやては器用に車椅子を操り向かっていく。
「何があったの? アスラン」
「キラ……皆」
様子のおかしいアスランの側に、レイとシンもよって来る。
「いや、ちょっと揉みぐせがあるだけだ。心配するな」
何があったんだろうと想像せずにはいられない三人だった。
後に、アスランはしつこく聞いてくる三人にこう言い残した。
「まぁ……、入れば分かる」
と。

 

12月1日
「あんな風に笑って過ごして、もう一年か……」
「どうした、シン?」
すっかり日も暮れた空。地上は街灯の光で彩られていた。
その上空。
ビルさえも小さく見えるような所に二人の少年がいた。
一人は緋色に輝く翼を持っていた。
胸部を覆う青い装甲と、肩当て。
白いズボンと甲冑の間からは黒いタイトな服が覗いていた。
「いや、ちょっと前のことを思い出してたんだ」
「まぁ、誓いはやぶることになるがはやてのためだ。
こうなった以上、なんとしてでも闇の書を完成させる。いいな、シン」
そしてもう一人は翼と呼ぶには歪な形をしたそれを背におっていた。
真紅の服を纏い、左腕には肩から下を覆う大きな盾を持ち、膝から足は頑丈そうな装甲が覆っている。
「わかってるさ、アスラン」
「ならいい。ここからは手分けしてターゲットを探そう。
その方が早い、闇の書はお前に預ける」
「あぁ」
それだけ言うとアスランはシンと別れ、姿を消した。
「この間から何度かちらほら大きな魔力反応があるんだよな」
首にかかった銀でつくられた剣の装飾品を手ににぎるシン。
「デスティニー」
『Start UP』
二刀の長剣が両手に握られ、鍔に当たる部分から剣先までを緋色の魔力の刃が繋ぐ。
「封鎖領域展開」
『Ok,boss』
シンを中心に街が色を失っていく。いくらか街が色を失ったとき、シンは笑った。
「見つけた」
翼が勢いよく開かれ、鮮やかな光を放ちながら、シンは目的の場所へと向かった。

 

『Caution』
「何?」
まだ幼い少女は短いツインテールを揺らし、椅子から立ち上がった。
「レイジングハート」
赤く丸い形の宝石がついた首飾りをかけ、少女は家をあとにする。
外には誰もいなかった。 と言うか、生き物がいなかった。
街を静寂が包む。一陣の風もなく、街の明かりが消え闇に包まれるはずなのに、うっすらと明るい。
そんな中を少女、高町なのははひた走り、手近なビルに入ると階段を一気にかけ上がる。
なのははこの様な現象に覚えがある。
彼女もまた、魔法を使う事ができるからだ。
『攻撃きます。
ホーミング・エッジ』
なのはの持つインテリジェントデバイス、レイジングハートがそう警告したときにはなのはは左手を前につきだしていた。
桜色の円形魔法陣が展開され、飛来してきた何かを受け止めた。

 

閃光と火花を散らし、なのはの細い左腕に負荷がかかる。
「はぁっ!!」
声に俊敏に反応し、シンの奇襲にも対応。反対側にもラウンドシールドを展開。
防御に集中する。しかし、負荷に耐えきれず、敢えなく破壊され、相手の攻撃の直撃は避けたものの、屋上の一部を破壊された衝撃でビルの上から地へと落ちていった。
「くそ、やっぱ大物は簡単にはいかないな」
粉塵からわずかに漏れる桜色の光がその証明だ。
「完全武装するまえに決着つけたかったんだけどな……」
屋上の破損した壁に突き刺さった大剣、エクスカリバーを引き抜き、シンは桜色の光を見下ろす。
光は薄れ、真っ白な服に身を包んだなのはが姿を現した。
(はやてと同じくらいか……やりにくいが……)
「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど……何処の子?
何でこんなことするの?」
なのはの問掛けに、シンは答えない。
端から話す気はないし、話せば刃が鈍ると判断したからである。
「デスティニー」
『CIWS』
ポツポツとシンの周囲に現れる4つの緋色の光弾。
「墜ちろ!!」
掛け声とともに放たれたそれは一直線になのはを狙う。
なのはは先程と同じくラウンドシールドで対処。CIWSは着弾し、爆破、爆煙をあげた。
その煙から二方向に飛ぶ出す桜色の光弾。
「こざかしい!」
『フラッシュエッジ』
エクスカリバーの片方を投剣して光弾の片割れを破壊。
「シールド」
三つの円を結ぶ三角の魔法陣でもう片方を防いだところでシンは目を見開いた。
視線の先には砲撃の準備をしているなのはの姿。
「言ってくれなきゃ、分かんないってばぁ!!!」
『Divine Buster』
桜色の光が膨れ上がり、塞き止められていた水のように一気に流れ出す。
「ちぃっ」
戻ってきたエクスカリバーを掴み、逆方向のエクスカリバーを明後日の方向に投剣し、迫り来る奔流から紙一重で逃れる。
片方、肩当てが持っていかれてしまい、思わずシンは呟いていた。
「何て火力とパワーだよ。こいつは……」
それと同時に、手を抜くことをやめたシンはもう片方をも先程とは逆方向へと投剣した。
一方、なのはは砲撃後の硬直に見舞われていた。
左右から迫り来るフラッシュエッジを視認し、回避方法考える。
「上昇すれば避けられる!」
左右の攻撃は互いに激突し、弾け飛ぶ。そして、なのはに攻撃しようにも、今度はシンには武器がない。

 

「レイジングハート!!」
『フライアーフィン』
急加速上昇し、フラッシュエッジをかわす。しかし、ここで計算に狂いが生じた。
交した二つの刃は弾け飛ばず、柄尻同士で連結したのだ。
しかも、すでに連結エクスカリバーはシンの手に握られていた。
「デスティニー」
『アロンダイトフォーム』
鍔にあたる部分から一発薬莢が弾き飛ばされ、連結エクスカリバーは一刀の長剣へと姿を変える。
『エクストリームブラスト』
なのはは目を見開く。
シンが三人に増えたのだ。
一人は先程、連結エクスカリバーを拾った所に。
一人は自分の目の前に。 もう一人は、前二人のシンの丁度真ん中に。
幸いレイジングハートのほうが短いので振り切るのはなのはの方が早い。
なのはは長剣を振り上げるシンの胴に向かってレイジングハートを使っての一閃を放つ。
「捕まれたッ!?」
レイジングハートの柄を掴んだままシンとなのはは近くのビルの窓ガラスを破り、中に入っていく。
そして二発目の薬莢が飛び散った。
『パルマフィオキーナ』
レイジングハートの柄を握るシンの手から血のように赤い光が溢れ出す。
柄に走っていくヒビ。
ヒビがレイジングハートの核に走っていくのを嫌がり、なのはが体勢を崩した刹那。
シンはレイジングハートからアロンダイトの柄へ握り変える。
「終りだぁあ!!」
長剣を横一閃。
天井を支える支柱ごと斬り砕き、切っ先がなのはへ迫る。
『Protection』
対応できないなのはの代わりにレイジングハートが障壁を発生させるが、防ぐには至らず、砕かれ、散った。
なのはのバリアジャケットがパージされ、インナーが剥き出しになっている。
ボロボロの体で、なお戦おうとするなのはの姿を前に、シンはエクスカリバーの切っ先を天井に向け掲げ、ターゲットを見下ろした。
震える手で傷ついたレイジングハートの先端をシンに向けている。
エクスカリバーの柄を握る手に力が込められた。
なのはが瞼をきつく閉じた。
エクスカリバーを振りおろせば、リンカーコアを収集できる。
そして振り下ろしたはずの刃はなのはに届くことはなかった。
シンはバックステップで距離をとる。
「仲間?」
レイと同じ金髪で、違うのはその長さ。漆黒のマントを纏い、鎌を握る様はまるで死神のようだった。
「友達だ」
力強く言葉を発し、シンを見据える瞳は、シンと同じ緋色だった。