やがみけ_03話

Last-modified: 2008-04-13 (日) 17:29:19

八神家一、朝が早い男、レイ。
朝六時には居間のソファに陣取って新聞を広げている。
大体この一時間後にはやてが起きてきて、一緒に朝食の準備をしながら会話を楽しむ。朝食の準備、といってもレイは主に雑用で、皿を並べたり、料理を盛ったりであるが……。
「さて」
レイは広げていた新聞を綺麗に四折りにして、新聞桶に放り込むとソファから立ち上がり、おもいっきり伸びをした。
そろそろはやてが起きてくる時間帯である。
今朝は何を話したものかと考えあぐねていると、リビングに入ってきたのは意外な人物だった。
「おはよう、レイ」
「おはよう。珍しいですね、あなたがこんな時間帯に起きてくるなんて」
レイが心底驚いたような視線を浴びせかけるのでキラは顔をしかめた。
「まだご飯はできてませんよ?」
「あのねぇ……。まぁ普段、怠けてる僕が悪いんだけど……」
キラは諦めたようにがっくりと肩を落とした。
「で結局、何故こんな早起きを?」
「うん、それなんだけど、今日は今から収集にいって夜まで帰らないから、はやてちゃんには適当に理由をいっといて」
「今から……行くんですか?」
「うん、そうゆっくりもしてられないしね。アスランとシンにも伝えといて」
それから、と騎士服を装着し、付け加える。
「三人いれば大丈夫だと思うけど、はやてちゃんのことよろしくたのんだよ」
キラは蒼い光と共に姿を消した。
それからさらに三十分ほどたち、時刻は七時十分、居間にはいってきたのはアスランだった。
「おはよう」
レイもあいさつを返す。
「今日は、はやては遅いんだな」
「いつもが早かったんでしょう。たまにはいいんじゃないですか?」
そうだな、とアスランは頷き、冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出すと、キャップを外して飲み始めた。
「おはよう」
寝惚け眼を擦りつつシンが居間へとやってきたのは八時前だった。
「いくらなんでも遅すぎなんじゃないか、レイ」
二時間近くもはやてが起きてこないので、心配になってきたアスラン。
「ちょっと見てきます」
居間から出ていくレイを見送り、アスランはシンにコーヒーカップを手渡した。

 

レイははやての部屋のドアをノックした。
コンコンッと木製の小気味良い音がなるのを確認して
「主はやて、もう八時半前ですが、まだお休みになられますか?」
声を掛ける。
もし、はやてがまだ寝るのであれば朝食をどうするか考えなければならないし、はやての眠りを妨げないよう掃除の時間も考えてやらなければならない。
「…………」
しかし、返事はなかった。
現在進行形で熟睡中なのか、はたまた別の要因か。
少々、マナー違反な行為だが、レイはドアにぴたりと耳をくっつけて、はやて部の様子を探る。
『……ん。うぅ……ん』
「(何だ? 何をしている、主はやて)」
「レイ、はやてはやっぱり寝ているのか? て、何をしてるんだ?」
やはり心配になったのか、アスランもはやての様子を見にきたようだ。
「それが……ノックをしても返事はないし、部屋の中からはうめき声まで聞こえるんですが……」
どうしたものかとアスランに指示を仰ぐレイ。
「うめき声って、お前……。念話は試したのか?」
「いえ、やってみます。(主、はやて)」
「どうだ? レイ」
返事は返ってこなかったらしく、駄目だったと左右に首を振る。
「はやて、入るぞ」
ドアを開け、アスランが中に入るとはやてのベッドがこんもりとしていた。
「う~~ん……、う~~ん」
唸り声が聞こえる。
兎に角、このままではらちがあかないので、アスランとレイは布団を矧いだ。
「これは……」
そこには寒さと苦しさと熱によりうなされるはやての姿があった。
「はやて、どうしたんだ……」
肩を捕まれて起きたのか、力なく開かれた瞼を細め、不格好な笑みを浮かべるとはやては言った。
「アスラン……心配……ないよ。ちょっと、風邪ひいただけやから……」
「風邪? 風邪って何だ、レイ」
「あれでしょう? たまに人が発症する病気で特効薬はありませんが、しっかり栄養をとって休めば直るという……。取り合えず部屋から出ましょう」
「そうだな。はやて、今日はゆっくり休むといい、俺たちのことは心配するな」
「ありがとうな……」
はやての布団をかけなおし、アスランとレイは居間へと向かった。
「アスラン、あなたは氷水を用意してください。シン、そんなところで二度寝してないで、お前も手伝え」
ただごとではない様子にシンも目を醒まし、アスランとともに氷水の用意に取り掛かる。
「で、氷水をどうするんだよ?」
「あぁ、その氷水……」
二人に向き直り、レイは言葉を失った。

 

「なんですか? それは」
「何って」
「なぁ、シン」
アスランとシンの手にしっかりと握られたコップ一杯の氷水。
額に手を当て、レイはうつ向いた。
「悪かった。俺の言葉が足りなかったな……。
シン、風呂場へいって洗面器を取ってこい」
シンが取って戻ってくる。
「そうだ、氷水はその中に作れ、いいな?」
「了解」
「ところで、キラは? まだ寝てるのか?」
氷水を準備しているシンも顔だけアスランとレイに向けて聞きいる。
「キラは収集活動に行っている。行き際に主はやてのことを俺たちにお願いしていった」
「珍しいこともあったもんですね」
氷水、といって洗面器をレイに手渡すシン。
「まぁ、お願いされた以上、俺たちはしっかりやるだけさ。シン、レイ」
三人ははやての看病に全力を投じ始めた。

 

「本日カートリッジ2発目……」
蒸気を勢いよく噴き出す銃、フリーダム。
『あんまり使うとレイに怒られてしまいますよ?』
「君から話かけてくるなんて……珍しいね。闇の書」
闇の書にリンカーコアを収集させながらキラは言う。
『できれば私も皆さんと一緒に、同じような姿でお話してみたいですわ』
「だよね。今まで、何度か完成したはずなのに、ヴォルケンリッターの中には将の僕を含め、君と面識のあるものはいない」
『考えてみればおかしいですわねぇ……』
おかしいとは分かっているのだが、考えても頭の中にノイズがはいり、考えることを拒絶するのだ。
「けど、闇の書さえ完成させればはやての足は治るんだ。浸蝕による死も免れる。
ページも残すところあと少し……。完成したら、君も一緒に暮らそう」
『はい……』
闇の書は音をたて、勢いよく閉じる。
吹き荒れる砂塵の中から現れる収集対象を視界に捉えて、キラはフリーダムを構えた。
巨大な蛇を思わせるその魔物が五体。
「フリーダム、バスターモード」
薬莢が二発飛び、一つの蒼い円を囲むよう、さらに4つの円が囲む。
『バースト』
爆音とともに放たれた蒼い閃光が魔物たちを飲み込んだ。
吹きすさぶ砂嵐に開いた風穴は、やむことない風によって修復されてゆく。
『これで怒られてしまいますわね』
闇の書が笑いを含んだ声で言った。
「まぁね、さぁ次だ」
砂地を蹴り、跳躍すると蒼き翼を広げ飛び去った。

 

「ところで氷水なんて何に使うんだよ?」
「はやてが風邪をひいて熱出してるんだ」
アスランは洗面器をシンから受取り、タオルを浸した。
「なぁレイ、風邪って――」
「アスラン、シンに説明を、私は主の看病に行きます」
半強引に奪い取るようにして洗面器を受けとるとレイははやての部屋へと向かっていった。
はやてへの部屋に静かに入ったレイは氷水に浸けたタオルを絞り、汗ばんだはやての額に置いた。
闇の書の主にしては幼すぎるはやて。
寝息を立てるその顔をレイが眺めていると、ふと目を開いたはやてと目があった。
「起こしてしまいましたか?」
静かに、囁くようにレイは言った。しかし、はやては無言のうち、少しだけ顔を左右に振って否定する。
「もう少し、眠るといいです。また来ますから……」
はやてが寝息を立てたのを確認してから、そっと部屋をでていく。
「はやてはどうだった?」
「どうも何も、今寝たところだ。あまり騒がす、静かに過ごすようにしてくれ」シンにそっけなく返し、はやてが起きたときのために食べさせるメニューを考えるため、台所にあるレシピ本を開いた。

 

『本日、カートリッジ六発目ですね』
突然闇の書が喋るのでキラは持っていた書を落としてしまった。
幸い、砂地なので転がっただけで済んだ。
『もっと丁寧に扱ってくださいな』
「はいはい……」
落とした書を拾い、少し休憩しようとその場に腰を下ろす。
『狂戦士、雷帝と恐れられたあなたも随分と丸くなりましたね。
これも主はやてのお陰でしょうか?』
「そう?」
『変わりましたよ。キラも、アスランも……シンもレイも』
「なんせ、あんなに幼いマスターは初めてだったからね。変わらざるえなかったって感じかな」
『がんばってくださいね』
「うん、みんなにもそう伝えとくよ」
それきり闇の書はうんともすんとも言わなくなった。
キラは砂地に寝転がり空を見上げる。
舞い上がった砂塵で蒼天は見えない。
「今頃、どうしてるかな」
はやてのことを考えてみるキラだった。

 

はやてが目を醒ましたのは午後一時を半も過ぎた頃だった。
とりあえず寒気と熱は引いたようなのでベッドから車椅子に移ろうとするが、どうにも腕に力が入らず、ベッドからずりおち、床に体を打ち付けてしまう。
「あたたたた……」
「何やってんだよ、はやて」
物音を聞き付けてやって来たのはシンだった。
「みんなにお昼作ってあげよう思うて車椅子に乗ろうとしたら落ちてしもたんよ」
照れ笑いするはやて。シンははやてのもとへ駆け寄ると抱きかかえ、車椅子ではなく、ベッドに寝かす。
「シン?」
「俺たちは飯なんて食わなくても平気なんだから、心配しなくていいんだぞ?」
「そんなん……あかんよ」
抗議の眼差しで訴えるはやて。
「それに飯ならレイとアスランが準備してる。もうすぐ出来るから、部屋に持ってくるからな。
はやてはゆっくり寝てろよ?」
掛け布団で顔半分を隠しながらはやてはうなずく。
シンが部屋を出ていった後、はやては少しだけ泣いた。
今まで風邪をひいても一人だったから、自分で自分を看病していたから、だからシンやレイ、アスランの行為が嬉しかった。
忘れていた家族という温もり、再び手に入れた温もりをはやては失いたくない。そう思った。
「あれ、そう言えばキラは?」
今更だが、今日は姿を見ていない者が一人いることに気付いた。

 

「できましたよ、アスラン」
「あぁ、やったなレイ」
グツグツと心地好い音と湯気を立てる鍋。
ガシっと右手同士で力強い握手を交した二人の手は傷だらけだった。
「さて、見た目は何のへんてつもない煮込みうどんですが」
「問題は味……か。
はやての口に会うといいんだが」
「お、出来たのか、アスラン、レイ」
丁度いいところにやって来たと言わんばかりにアスラン、レイはシンを食卓の前に座らせる。
「何だよ?」
「まぁ、あれだ。なんやかんやでお前も朝食をとってないだろう?」
ポンッとシンの肩を叩くアスラン。
「さぁ食べるといい、シン」
「はやてに持ってかなくていいのかよ?」
レイが薦めるも中々手をつけようとしないシン。
「主はやてには少し冷ましてから持っていく。
さぁシン、食べろ、食べるんだ」
少々強引な二人に怪訝な表情を残しつつも、シンはしぶしぶ箸をとりお椀に盛られたうどんに箸をのばした。

 

ぱくりと一口。
「どうだ?」
「どうなんだ、シン!」
ムグムグそしゃくするシンの顔の前に身を乗り出してくる二人。
「うん、うまいよ」
「よし、はやてに出せるな。はやての部屋で皆で食べるか」
「そうですね、そうしましょう。アスラン」
「俺は毒味役かよ」
シンの叫びを無視して三人ははやて部屋へと向かった。
その頃、はやては自室のベッドの上で本を読んでいた。
キッチンが何やら賑やかなことになってるようで、本音を言えば、自分も騒ぎに参加したい。
それに先ほどからいい匂いが漂ってきていて、朝から何も食べていないはやてのお腹が、クル~~と可愛らしい音を立てていた。
「はやて、入るぞ?」
「どーぞ」
本を閉じて、枕元に置くはやて。
お盆に人数分の丼を用意し、レイ、アスラン、シンの三人が入ってきた。
「皆どうしたんや?」
「ここで昼食をとろうと思いまして……。お邪魔ですか? 主はやて」
「ううん、そんなことないよ。ほんなら皆でお話しししながら食べようか」
はやてはベッドに腰かけて、アスラン、シン、レイの三人は床に座って少し遅い昼食にしたづつみをうつ。
はやては料理を誉めてくれて、少し恥ずかしいやら、嬉しいやらのアスランとレイ。食べ終わってから丼をはやての机の上に重ねておいて、会話を続けた。
「ところで、今日キラの姿をみらんね」
「キラなら朝早くから、ランニングにでてますよ。久しぶりに体を動かしたいとかで……」
「まったく、はやてが病気だというのに……あいつは」
もちろん、レイの言ったことは嘘である。アスランはそれに合わせ、シンはうんうんと頷いた。
「そうか」
少しだけ寂しそうに目を伏せるはやて。
「皆も大分うちでの暮らしが様になってきたなぁ」
感慨深げにはやては呟き、その自分の言葉で少し気になる部分を見つけた。
様になったということは今までそんな経験がなかったから慣れていなかったということである。
自分の闇の書の完成を望んでいないと言う意思にも四人とも意外そうな反応を見せた。
「はやて?」
シンの声で我に返ったはやて。
「長居したか、悪いなはやて。ゆっくり休むといい」
「そやね、もう少し休むとするわ」
はやては布団に潜り込んだ。
大分風邪がよくなり、腹ごしらえも済んだせいかはやてが眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。

 

「ただいま~~」
午後6時。
キラは帰宅した。
玄関からちゃんと入り、多量に消費した体力と魔力のせいで疲れと汗がみてとれた。
「キラか、遅かったな」
出迎えてくれたのはアスランだ。
「まぁね、ちょっと今日は遠出してたから、それよりはやては?」
「それが、今日は風邪こじらせてな。まぁ大分落ち着いたようだし、明日にはもう回復するとは思うが……」
「そっか、僕がいなくて大変だったでしょ?」
「いや、別にどっちでもよかったな」
「あ、そう」
「一応、はやてに顔を見せてやれよ?」
「うん、分かってる」
キラは風呂に入るため、居間から出るとレイとすれちがった。
「後何ページですか?」
「124ページ……このまま順調に行けば、ね」
「シンは?」
「主はやてを看てます。それから、明日はシンとアスランが収集活動を行うそうです」
「わかった。それから、レイ……カートリッジ」
「が、なんです?」
「十発使っちゃった」
「まぁいいでしょう。今日は相当なページ数を稼いでくれたようなので不問にします。
次回から気を付けてください」
「ありがとう」
「いえ」
レイは居間へと姿を消した。
キラは風呂に入ったついでにバケツにお湯を汲みタオルをつけてはやての部屋へと持っていく。
「はやてちゃん、ただいま」
「遅かったなあキラ」
「ていうか、何でシンは寝てるの?」
「何かうとうとしよったから」
はやての隣に眠るシンを一瞥してから
「汗かいたでしょ? これで体を拭くといいよ」
絞ったタオルをはやてに渡す。
それからシンを背負って部屋からでていこうとする。そんなキラをはやては呼びとめた。
「なぁ、キラ」
「何?」
「私が主の間はこれからもこのまま皆で暮らしていこうな」
「うん、そうだね。
これからもずっと、僕たちははやてちゃんと一緒だよ」
キラははやてにそう笑って答えた。