やがみけ_07話

Last-modified: 2008-05-16 (金) 22:48:51

闇の書は掌に収束した緋色の光をなのはとフェイトへ向けた。
「レイジングハート」
『ラウンドシールド』
展開される障壁。
フェイトはなのはの背後に回る。
闇の書から緋色の閃光が弾け、一瞬消えたのち衝撃とともに魔力の波が押し寄せた。
なのはとフェイトは飲み込まれ、その姿を緋色の中に消した。

 

「あの二人、もつとおもうか?」
遠くに光る緋色の魔力光をバックにムウがラウに問掛けた。
「もってもらわねば困るな。デュランダルの準備は?」
「出来てるぜ」
そういった瞬間、バインドが二人を拘束した。
「ストラグルバインド……。あんまり使いどころのない魔法だけど、こういう時には役に立つ。
身体強化魔法も変身魔法も強制的に解除されるからね」
二人の背後に現れたのはクロノ・ハラオウンだった。
仮面が地に落ち、二人の素顔が露になる。
「やはり君たちか、アリア、ロッテ」
悲しげに、クロノは目の前の二人を見ていた。

 

涙を流しながら闇の書は周囲を見回す。
なのはとフェイトの姿を見失ったからだ。
「隠れてしまいましたか……」
呟き闇の書は本を開く。
「翼を下さい」
『HighMAT Extream Blast』
蒼き翼は左右合計十枚へと翼を増やし、一枚一枚から淡い紫色の光が漏れ出す。

 

「大丈夫? なのは……」
フェイトは心配そうな声色で、左手を蒲い、痛みをこらえるなのはを気遣う。
「あの子、広域攻撃型かな?」
レイジングハートをなのはに手渡し、建物の陰から相手の出方を伺う。
『バリアジャケット・ライトニングフォーム』
ソニックフォームから装備を換装するフェイト。相手が広域攻撃魔法を持っているなら防御を犠牲に機動力を上げてもかわせる可能性が低い。
一撃必死と言う可能性も有り得るため、ここは防御を優先する。
「なのは!」
「フェイト!」
アルフとユーノが二人の元へ。
四人集まり、管理局の応援が到着するまでの間の作戦を立てる。
闇の書が動き出したのはそんな時だった。
「主、私はあなたの願いを叶えます……。
主の大切な騎士たちを奪ったこの世界を破壊します」
『封鎖領域』
闇の書を中心に円形に拡大する結界。
「そして、大切な騎士を奪ったものたちには死を……」
虚ろな目で呟く闇の書。
魔力の波がなのはたち四人を包み込んだ。

 

時空管理局本局、提督デュランダル個室。
「デュランダル提督、執務官クロノです」
客の来訪に窓の外を見ながらデュランダルは入室を許可した。
「入りたまえ」
「失礼します」
アリアとロッテを両脇に従え、クロノは部屋に入った。
「今回の事件、アリアとロッテを使って裏で糸をひいていたのは、提督、あなたですね?」
「ご名答、と言うべきか……」
長い黒髪を揺らし、デュランダルはクロノに歩み寄ると腰をかけるよう促す。
しかし、クロノは断り、デュランダルだけが腰を落ち着けた。
「クロノ! 私たちを解放して! 今なら暴走開始に間に合う!」
アリアに加えてロッテも何かを言おうとするが、クロノは首をふり、デュランダルに向け続ける。
「何らかの方法で闇の書の主を特定したあなたは、親戚の叔父と偽り、現主、八神はやての監視をしながら援助を続けた……。
管理局の手から守護騎士たちを守り、闇の書の完成を慎重に行ったということは見付かったんですね?
闇の書の暴走を止め、転生機能を無効化する方法が……」
「そこまで分かってんなら……」
ロッテを制し、
「続けたまえ」
デュランダルはクロノを見据える。
「恐らく、その方法は暴走を開始するまえに」
クロノは先程、二人から没収したカード、待機状態のデバイスを胸ポケットから取りだす。
「極めて強力な氷結魔法で氷づけにし、次元の狭間か何処かに幽閉する、といったところでしょうか?」
沈黙。
クロノは待機状態のデバイスを机においた。
「しかし、暴走開始前の主はまだ法に触れるようなことはしていない。
違法だ……」
「けど、今までの主だってアルカンシェルで吹っ飛ばしたりしてんだ!
それに比べたら……」
デュランダルが腰をあげる。
「まぁ、クロノ執務官、君がそう言うのもわかる。
だが、誰かがこの負の連鎖を断ち切らねばならんのだ。誰かが」
過去、何度も世界を破滅に導いた闇の書。
「幾度となくランダムに転生を繰り返す闇の書を見つけたのは単に私の運がよかっただけかもしれないがね。
現マスター、八神はやてを見つけたとき、これほどの適任者はいないと、そう思った。
幼き頃に両親を亡くし、身寄りのないあの子が闇の書のマスターであるならば、彼女一人犠牲にし、大勢の命を救うことができる。
悲しみを負うもの少なくて済む。
こう言ってはなんだが、これは彼女の運命なんだよ」

 

「運……命?」
クロノは言葉を繰り返した。
「そんな運命は納得いかない……とでも言いたげだね。クロノ執務官」
デュランダルは続ける。
「無論、私もできれば円満に解決できることを願っていたが、これは様々な書物を引っ張り出し、調べた結果だ。
第一級捜索指定遺失物、闇の書。
正式名、夜天の魔導書によって過去、いくつもの世界が滅んだ?」
「それは知ってます。ですが、現マスターにまだ罪はありません」
「ではどうする? どうすればいい?
君はこのまま、あの世界が滅びるのを待つだけか?」
「そうは言ってない」
「一人の少女を犠牲にするか、その世界全てを犠牲にするか、君ならどちらを選ぶかね?」
「人一人の命を天秤にかける。……随分と傲慢ですね、デュランダル提督」
「そうかな? 私は人一人と全人類、世界を天秤にかける君の方が傲慢だと思うがね、クロノ執務官」
沈黙が室内を支配する。
『クロノ君! 緊急事態、なのはちゃんとフェイトちゃんが結界内に閉じ込められた!!
封鎖領域の外側からこっちも結界をはって万一に備えてるけど……』
「分かった、すぐに現地に向かう」
エイミィからの通信を終え、クロノはデュランダルに背を向ける。
「おや? 私たちを拘束しなくてもいいのかな?」
どうやら抵抗するつもりはなかったようで、デュランダルは両腕を差し出す。
「いえ、僕は今からやることがあります。
だから提督の処遇は事が済んでから考えます」
部屋のドアを開けたところでクロノは立ち止まった。
「それと、提督、あなたのプランにはいくつか重大な問題がある。
まずは封印の方法、言うほど簡単に闇の書が凍結されてくれるとは僕には思えない。
例え封印に成功して次元の狭間に幽閉しても、その後の警備体制は永遠に続けなければならなくなる。
強大な力を封印すれば、それを得ようと求めるものたちが少なからず現れる。
そしていつかは……」
「なら、君はどうするね?」
「それを今から考えます」
クロノは部屋から出ようと外に一歩足を踏み出した。
「待ちたまえ」
呼び止められたので振り向くと、先程机の上に置いたデバイスが飛んできた。
「これは?」
「持っていきたまえ。
氷結の杖、デュランダル。
君がどのように判断してどのように使用するか……、私はおとなしく見物させてもらうよ」
名前を聞いてギョッとしたクロノ。
それを見て不適に笑うデュランダルだった。

 

「はぁぁぁ!!」
ハーケンフォームでの一閃を前に闇の書は微動だにしない。
「蒼天の剣を……」
刹那、爆光とともに闇の書の右手に握られる刃。
紫電気と蒼電気を這わせたそれは、バルデッシュの刃を受け止める。
フェイトは柄を持ち替え、下段から上段へ一閃。
「もう一つ……」
闇の書の左手の刃が防いだ。互いに一旦距離をとる。なのはとフェイト、二人で闇の書を挟む形が成り立つ。
「チェーンバインド」
「リングバインド」
さらに外野からユーノとアルフが二人を援護。
闇の書の自由をバインドが奪う。
「砕いてください……」
音を立て砕かれるバインド。だが、一瞬止まった動きをなのはとフェイトは見逃さない。
『プラズマスマッシャー』
『ディバインバスターEX』
二方向から同時に放たれる砲撃。
「盾を……」
『マジックキャリーシールド』
同じく二方向にシールドを展開。
金と桜色の砲撃が音を起て、障壁を突き破らんとえぐる。
「今は退いてください……」
十の蒼翼が瞬き、鮮やかな光の尾を引きながらなのはとフェイトに五枚ずつ、驚異的なスピードで迫る。
『EX Blast DRAGOON Spike』
やがて目標を射程圏内におくと一層濃くなる蒼い翼。
鋭利な部分を相手へ向け、砲撃中の二人へ一斉に突撃する。
フェイト、なのはの両名ともデバイスにガードしてもらい、難を逃れた。
「咎人たちに、滅びの光を……」
『HighMAT Starlight Breaker Full Burst』
大型環状魔法陣が五つ形成され、結界内の魔力が五つの円の中心に収束して行く。
「あれって……なのはの!?」
「アレンジされてるけど……間違いない」
アルフとフェイトは即座に回避行動を取る。
「なのはは一度蒐集されてるから、その時にコピーされたんだ」
ユーノが止まる。
「駄目だ、回避距離を取るのは間に合わない。アルフ!!」
「了解」
ユーノとアルフがフェイト、なのはの両名に障壁を展開。
闇の書は五つの環状魔法陣の手前の空間を右手でなぞらえた。
結界内を一瞬、桜色の光が覆い尽し、鈍い音とともに五発の砲撃が四人を狙う。
魔力の波が障壁を丸飲みにし、空気と地が振動する。
「なんて威力だ」
なのはとフェイトの魔力の消耗を避けようと思い、取った行動だったが、協力してもらえばよかったと少し後悔するユーノだった。

 

「大丈夫? ユーノ君」
手の痛みをこらえるユーノに気遣うなのは。
「僕は大丈夫。それより、なのはとフェイトは、あの娘をとめてあげて」
ユーノの言葉に背中を押され、なのはとフェイトは再び闇の書へと立ち向かう。
「なんで、何でこんなことをするの!!」
目一杯、腹に力を込めなのはは叫んだ。
「はやてはきっとこんなことは望まないはずだ!」
フェイトもそれに続く。
「私の主は、騎士たちを奪ったこの世界が夢であってほしいと、そう願いました。
ならば私は自我を保っていられるうちに、その願いを叶えたい……。
そして、大切な騎士たちを奪ったものには死を……」
闇の書はゆっくりと手を掲げる。
「嫌なことは嫌って言っていいんだよ?
悲しいなら悲しいって言っていいんだよ!?
はやてちゃんはそれを分かってくれる子だよ!!」
尚も訴えかけ
「闇の書さん!」
名を呼ぶなのは。
「あなたも……その名前で私を呼ぶのですね……」
悲しげに目を伏せ、呪文の詠唱を開始する。
「この! だだっこ!!」
バルディッシュを手に、闇の書へと向かうフェイト。
「あなたも……眠ってください」
振り上げられるバルディッシュと開かれる闇の書。
展開された暗紫色のベルカ式魔法陣にフェイトの一閃が突き刺さる。
そして
「フェイトちゃん!!」
発光するフェイトの体を驚き見つめながら、なのはの叫び虚しくフェイトはその姿を消した。

 

はやては闇の中、声を聞いた。
優しく、澄んだ声。
その声が引金となり、はやての意識は一気に覚醒へと向かう。
「……」
瞼を開けた。
視界に飛込んでくるのは見慣れた天井の模様。
「ここは……、うちや」
自分で確認するように呟き、はやては気だるい体を起こした。
階下からは声が聞こえる。騎士たちのものだ。
「今までのは……夢?」
掌を見つめながらはやては先刻の悪夢の様な光景を思い出す。
血に汚れた騎士たちの服、街での戦闘。
嫌な汗が背中に湧き出るのを感じ、はやては思い出すのをやめた。
それよりも早く騎士たちの顔を見て安心したかった。
はやては車椅子を探す。
しかし、自分の目の届く範囲にそれはなかった。
不思議に思う。
誰かが持っていってしまったんだろうか?
仕方ないと諦め、はやては床に足をつけ、這って行こうとした。

 

下半身の向きを変えようとすると、はやては違和感に気付く。
足に感覚があるのだ。
疑問のままにはやては足に力を込めてみた。
足の動かし方なんてとっくに忘れていたはずである。
しかし、今のはやてはそれが当然であるかの様に立ち上がり、歩いていた。
「えっ? えっ?」
当の本人が一番驚いているのに、居間に着いたはやてを待っていたのは、いつもと変わらぬ騎士たちの挨拶だった。
「おはようございます。主はやて」
レイが
「「おはよう、はやて」」
アスランとシンが
「おはよう、はやてちゃん」
そしてキラがちゃんとそこに居た。
「皆……どうして、……うちの足……」
何がなんだかわからない。
騎士たちの姿を見て安堵したせいか涙は出るし、突然歩けるようになって驚くし、いろんな感情がごっちゃになってはやては泣き出してしまった。
「おい、はやて!?」
取り乱すアスランとシン。
「どうしました? 主はやて」
気遣ってくれるレイとキラ。
これが夢だとしても、はやての言葉は最初から決まっていた。
「おかえり、皆……」

 

『アクセルシューター』
「シュート!!」
掛け声とともに杖先から幾重にも別れる閃光は目標を捉えんと矢のごとく闇の書を狙う。
『シュペールラケルタ・アンビデクストラス・ハルバード』
光の刃の柄尻を連結。
それを器用に操り、手元で回転させた。
正面から向かい来るアクセルシューターを破壊。
爆煙が舞い上がり、闇の書は姿を消す。
目標を見失ったなのははアクセルシューターを付近に停滞させた。
刹那。
『フラッシュ・エッジ』
爆煙を切り裂き、刃が飛来。
不意を突かれたなのははレイジングハートの柄を使用して防御し、その際にアクセルシューターのコントロールも忘れない。
左右から飛来する光弾をものともせず闇の書はかわし、
『シャイニング・エッジ』
閃光の槍を放つ。
『プロテクション・パワード』
砕ける槍とバリア。
「もう退いてください。どの道、この世界の崩壊を止めることは出来ません」
闇の書が言うと地鳴りと共に街、海に火柱が上がる。
「だからせめて、主には騎士たちとともに過ごす変わらぬ日々を……夢を……それは永遠のものです」
風に揺れる桃色の髪。
悲しみに満ちた目からは絶えず涙が頬を伝っていた。

 

「永遠なんて……ないよ。
人は変わってく……。
ううん、変わっていかなくちゃいけないんだ!
レイジングハート!!」
『エクセリオンモード』
形状を変化させたそれは、槍を彷彿とさせる。
尖端には高密度圧縮された魔力の刃と、サイドには魔力で編まれた六枚の翼が展開。
自分が想定していた以上の力と魔力が増すのをなのはは自覚した。
コントロールに失敗すればレイジングハートどころか自分の体が危ういかもしれない。
対するは、フェイトのリンカーコア蒐集の際に闇の書に記載された必殺の魔法。
『フォトンランサージェノサイドシフト』