アスランSEED_第03話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:13:28

 ジャスティスをコンピューターに繋いだアスランは、滑らかな動きでキーボードに指を走らせている。
「次だ。A207Rのシミュレーションを開始する」
 次々と画面に浮かぶ情報を処理していくアスランに、ジャスティスが声をかける。
『おいおい、いい加減一休みしろよ。体壊したら意味無いんだぜ?』
 かれこれ四度目の諌める声に、アスランはようやくその指を止めた。
『その努力は認めるぜ?だが限度ってものがあるだろう』
「……ああ」
 アスランは小さくそう答えると、魔法演習プログラムを終了させる。
あちらの世界でも馴染んでいた羽根飾りを胸に着け、自室として宛がわれた部屋を出た。
『あの嬢ちゃん達の見舞いかい?』
 無言で頷くアスラン。
 医務室への道を歩く途中、友達の見舞いに行くのであろうフェイトと合流した。
「こんにちは、メイリンさんのお見舞いですか?」
「ああ、それになのはちゃんのもね」
 歩きながらの会話は特に弾むことも無く、少々淡白な感じで進んでいく。
 フェイトは会話を盛り上げようと頑張っているのだが、アスランのほうがそれを拒んでいるようだ。
 原因に心当たりのあるフェイトとしては、彼に無理させるわけにもいかず、徐々に押し黙っていった。
 だが、これだけは言わなければと、フェイトはアスランに向き直る。
「アスランさん」
「?」
「アスランさんの言ったこと、私たちとは違う考えなのかもしれません。でも、それが間違いなんてこと……ないと思います」
 フェイトの真摯な言葉と眼差しに、アスランはため息をつき
「そうか……君にまで心配かけてしまったか。すまなかったな」
 フェイトの頭を優しく撫でた。
「あ、その」
 恥ずかしそうにしているフェイトに、アスランはその手を止める。
「ありがとう」
 最後にそう言うと、アスランはもう目の前まで迫っていた医務室の扉を開いた。

 医務室の中では、メイリンとなのはが紅茶とクッキーを挟んで仲良く談笑していた。
「あ、アスランさん」
「フェイトちゃん」
 二人は扉の開く音に気付き、見舞いに来た二人に挨拶をする。
「なのは。もうだいぶ良くなったみたいだね。良かった」
 フェイトの心の底からの言葉に、なのはは溢れんばかりの笑顔で返す。
 アスランは椅子を二つ持ってくると、それをなのはたちのベッドの近くに置く。
「ありがとうございます」
「いや、これぐらいは」
 アスランとフェイトは椅子に座ると、なのはたちの会話に加わり、アスランを除く三人は、ここが医務室ということも忘れて話に華を咲かせ始める。
 アスランも聞き役にまわり、この時間を楽しんでいるようだった。
(ふう、メイリンも大分慣れたみたいだな)
 メイリンが目覚めたのは、あの事件があった日の夜だった。
 当初は状況を飲み込めずかなり混乱していたが、同室のなのはと話しているうちに頭の整理を終えたようで、今ではすっかりなのはたちと仲良くなったようだ。
「なのは、家のほうは大丈夫なの?」
「うん。リンディさんがうまくやってくれたみたい」
「夏の時と一緒かな?」
「うん、多分」
「夏の時って何ですか?」
「えっと」
 楽しげに話すなのはたち。
 アスランは紅茶を啜りながら、クロノのことを考える。
が、扉の開く音がし、全員が入り口の方を見ると、そこには疲れた様子のクロノが立っていた。
「!」
 アスランとクロノはお互いにお互いを気付くと、部屋の空気がみるみるくすんでいく。
「……なのは、リンカーコアの具合はどうだい?」
「え、えっと、明日には全快するって言われたけど」
 クロノは次にフェイトの体調を聞き、二人のデバイスの強化の件について話し、最後にメイリンの様子を聞くと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
 まるで、アスランを避けるかのように。
「……アスランさん」
「いや、いいんだ。悪いのは俺だから」
「違います!」
 珍しいフェイトの大声に、一同は静まり返る。
「クロノは、その、恥ずかしがっているというか、照れているというか」
 これまた珍しく要領を得ない説明だが、アスランはその気遣いに改めて感謝する。
「フェイト、ありがとう」
 その言葉で、部屋の空気は再び明るくなっていく。
 それからしばらくしてから、アスランは医務室を退室する。
 通路に出てから、アスランはため息をつく。
(さて、どうしたものか)
 クロノとの関係の悪化は、正直歓迎できるものではない。
 アスランは自室まで戻ると、あの事件のことを回想し始めた。

 襲撃者・シグナムが去ったあと、現場周辺はごたごたとしていた。
 アスランたちは、リンディ提督のもとに集合すると、事件について簡単な報告を行った。
 襲撃者はおそらく二人。
 被害状況は、建物が一軒全壊。数件が半壊。
 負傷者は二十名以上。
 そして、死傷者一名。
 アスランからの報告で、現在他の局員が確認及び搬送をするために行っていた。
 皆の間に漂う暗い空気。
 アスランはそれを少しでも紛らわせようと、苦し紛れの慰めを言う。
「これだけの事件で、たった一人しか死傷者がでなかったんだ。それだけは不幸中の幸いだな」
 戦時中のパイロットであったアスランは、たった一人の死人など、頭の中では悔やむことだと理解していても、鈍った感覚はそれを悲しみとして捉えることができなかった。
 ましてやそれが知らない人間であり、仲間に死人がでなかったのであれば、アスランとしてはまさしく不幸中の幸いであった。
 しかし、この一言がクロノの怒りに火を点けた。
「く、お前!」
 クロノの怒りを隠さない声に、アスランははっとする。
「死んでしまった人がいるんだぞ!それが不幸中の幸いだと!?ふざけるな!!」
 掴みかかろうとするクロノを、エイミィとリンディが必死に押さえ込む。
「……」
 クロノの様子にどういった対応をとっていいか分からないアスランは、ただ戸惑うことしかできなかった。
 助けを求めて辺りを見渡すが
「……」
 周りの皆も、形容し難い視線をアスランに向けているのを見て、そこで初めて失言だったことに気付く。
「いや、その」
 必死に弁解しようとするが、言葉がでてこない。
 その後、エイミィに連れられてクロノは皆から離れていった。
「アスランさん……」
 フェイトの呼び声にも、アスランは反応を示さない。ただ、唇を噛み、表情を歪めているだけだ。
 そこに、一人の局員が近付いてくる。
「ハラオウン提督、報告が」
 畏まった様子で礼をする男に、リンディは続きを促す。
「その、死体があるとのことでしたが……現場のどこにもそのようなものは」
「何?」
 突然声をあげるアスランに、局員は驚きながらも続きを口にする。
「ただ一箇所、血溜まりのようなものが確認されましたが……それだけです」
「そんなはずは!」
 驚愕するアスランに、リンディはその場所に案内するように言う。
 疲労を癒していた一行は、アスランの先導に従い、死体のあるはずの場所に向かうが
「……そんな」
 そこには、炎に焼けた血溜まりしかなかった。

「おお、シャマル。こいつ気付いたみたいだぞ」
 どこともしれない洞窟の中で、少年は覚醒した。
 焼けたような感覚が全身を苛む。
 それを無視して起き上がろうとすると、女性の手がやんわりとそれを制する。
「まだ駄目ですよ。あなたは死にかけていたんですよ?もう少しだけ安静にしていてください」
「ぐ、その、君たちは?」
「私の名前はシャマルといいます。こっちは」
「ヴィータだ」
 柔らかな雰囲気の女性と、どことなくムスッとしたような少女が自己紹介をする。
「ちょっと待っていてくださいね」
 そう言う女性は手をかざし
「クラールヴィント」
 少年の体を、涼しい風が包み込んだ。
「これは?」
「治癒魔法です」
 さっきよりほんの少しだけ軽くなった体を、少年は驚いた様子で動かす。
「魔法って……」
 まるで不思議な体験をしたといわんばかりの少年の胸の羽飾りを見て、シャマルは注意深く問いかける。
「それより、あなたのお前を聞かせて欲しいのですけど」
「あ、ああ。俺の名前はシン。シン・アスカだ」
「そうですか。よろしくお願いしますね」
 これが、シン・アスカと騎士たちの始めての邂逅だった。