第二十二話 ヘイト・ミー
銃口が、鋭い眼光と共にこちらを睨みつけていた。
撃鉄は上がり、引き金には指がかけられ、いつ弾が発射されてもおかしくない状態でキラの顔面へと向けられている。
「……本当に、あんたが殺したのか。キラ・ヤマト」
真紅の瞳は、怒りに燃え。
それだけで人が殺せそうなほどにぎらついていた。
「……そう、だね。フリーダムに乗っていたのは、僕だから」
シンの詰問調の問いに、キラは悲しげに目を伏せて答える。
この手で、やった。フリーダムが殺したというのなら、そういうことだ。
操縦桿を握っていたのは、引き金を引いたのは紛れも無い彼自身。
キラ・ヤマトは、シン・アスカの家族をその手にかけた。
「っ……」
ガァン、と銃声が朝日の中に木霊する。木にとまっていた鳥達が、驚いて飛び去った。
銃弾が放たれたのはキラに対してではなく、上空。
発砲の直前で天高くあげられた右手の銃から、硝煙が立ち上る。
銃を握るその右腕は強く握りしめすぎて、震えていた。
「……知って、ッ、たのか……?」
「…………君と会うまで、知らなかった。ううん、違うね」
言葉を詰まらせながらようやく絞り出したシンへと、キラは頭を振り近づいていく。
この距離で撃たれれば、もう避けようもない。
わかっていながら、キラの足はまっすぐにシンを目指す。
「知ろうともしなかった。…………自分の罪を知り、認めるのが怖かったんだと思う」
シンの右手へと手を伸ばし、掴み上げる。
そして銃口を、自身の心臓の上へと押し当てる。
「……救えないよね、本当に」
「っ……!!この、おおぉぉっ!!」
銃弾ではなく、左の鉄拳が飛んだ。
力任せに右頬を殴られ、キラはよろめくが倒れない。
口の中に鉄の味を感じるも、耐えて踏みとどまる。まだ、倒れることは許されない。
堪えた彼の胸倉が、掴まれた。
「あんたのせいで、父さんが、母さんが!!マユが!!」
「……うん。……ごめん」
「今更っ……謝るなぁっ!!」
鼻っ柱に、鈍い痛み。
ヘッドバッドを叩き込まれ、目の中に星が舞った。
幸い胸倉を掴みあげられているおかげで、頭がくらくらしても倒れることはない。
「くっそおおおぉぉぉぉっ!!!!」
銃を投げ捨て、固めた拳で何度も何度も殴りつける。
掴みあげる体勢から、いつしかシンがキラを組み敷く体勢に変わっても、ただひたすらに右の拳を振り下ろす。
「赦さない!!俺、絶対あんたを赦さないっ!!赦さないからな、くそ、くそおぉっ!!」
シンは幼い子供のように泣き喚きながら、キラを殴打していた。
殴るたびにシンの顔からは涙が散り、殴られる度にキラからは切れた唇の流血が散る。
「なのに、なんで、なんで!!なんであんたは人間なんだよ、くそっ!!」
「……」
「俺はずっとフリーダムを憎んで、そのパイロットは最低のろくでなしと思ってて!!」
がつん、がつん。
襟元を掴まれ、後頭部を地面へとぶつけられる。
それでもキラは一切抵抗はしなかった。
「人殺しを何とも思わない最低のクズ野郎で、殺されて当然のカスみたいな奴だろうと思ってたのに!!」
「……」
「なんであんたは悩んでるんだ、後悔してるんだ!!ならもっと早く気付けよ!!気付いてれば……」
「……ごめ、ん……」
「謝るなっつってるだろぉっ!!もう、謝ったって何も戻ってこないんだぞっ!!」
再び、殴打。今度は左右の連打。
殴り続けるシンも、肩で息をしていた。
素手でずっと殴っていたせいで、彼の両拳にはキラのものではない、
自分自身の血が滲んでいた。
「それができないならせめて、俺が撃ち殺しても心が痛まないような最低の人間になれよっ!!
悔やんでる人間を撃ったって、悩んで自分を責めてるやつを撃ったって、俺は、父さんたちは……!!」
最後のほうはもう言っていることも呂律もぐちゃぐちゃで、まともな言葉にならなかった。
身体をくの字に曲げ、キラを組み伏せたまま、熱くなりすぎた思考が、身体を焦がしてゆく。
「くそ……畜生……畜生……!!ちくしょおおおおぉぉっ!!」
彼の黒い服に顔を押し付け、シンは声をあげて泣いた。
仇を討つことのできぬ自分にと、その相手のことを知ってしまった自分の運命に憤って。
家族を殺した男の、自分を助けた男の身体にすがり、まるで、赤ん坊のように。
情けないくらいに、激しく。
「……最低の人間だよ、僕は。生きていてはいけないくらいに」
腫れ上がった顔で四肢を投げ出し、天を仰ぐキラがぽつりとそう言った。
シンの紅く染まった拳が、地面を叩いた。
電源の落ちたストライクノワールの、灰色をした機体が二人を見下ろしていた。
ジェナスとアスランが痺れを切らし呼びにくるまで、ずっと二人はそのままだった。
放心し、嗚咽を漏らし。朝日を受けていた。
「んー、そうそう。指揮官用のムラサメを一機、第八ドックへ回して。うん、例の二機もそう、インパルスとエッジバイザーだっけ」
朝早くから、この人は元気なことだ。
方々に電話をかけ、書類にサインしまくる青年の姿をみて、トダカはつくづくと思う。
「搬入はドックの担当官に任せて。中は機密だから、決して入らないように。首が飛ぶよ?……ふふ、なァんて、ね?」
「……」
呼びつけられた格好でこのように放置されるのは面白くないが、
仕方あるまい。トダカは秘書官の淹れてくれた緑茶をすすり、彼の作業が一段落するのを待つ。
「んじゃよろしくネ、と。……ふう。ごめん、こっちが呼んだのに悪かったね。トダカ一佐」
「いえ」
「朝早く呼びつけたのは、他でもない。今度の演習スケジュールについてなんだけど」
トダカは、オーブ軍において一佐という比較的高い地位にいる人間だ。
ほぼ主力といっていい、第一艦隊の指揮を任されている。当然、演習の予定やメニューを組むのも仕事の一つだ。軍のトップを文民である五大氏族が占めるという、ある意味極端な文民統制ともいえる独特の構造を持つオーブ軍において、彼の担う割合はかなり大きい。
「演習……ですか?」
「そ。できれば、日程と時間、海域をずらしてもらいたいんだけど」
「はあ……それは可能ですが」
たったそれだけのために、呼んだというのだろうか。
自分が呼ばれたからには、ユウナからはもっと重大な通知があるのかとでも思っていたのだが、渡された用紙には確かに日時と海域が指定されている。
「それだけですか?ご用件は。一応、理由をお聞かせ願えるとありがたいのですが」
「ん?ああ。結婚式、するんだョ。僕とカガリで」
「……は!?」
「んで、僕とカガリの結婚を見たくない、って兵も多いだろうから、そういったコ達を中心にお願い」
「ああ、はい。そういうことですか」
オーブ軍の兵たちにも、ユウナは正直好かれているとは言い難い。
そんな男と絶大な人気の国家元首との結婚なぞ、見たくない者も多かろう。
見たくないのなら、身体を動かして忘れさせてやれ、ということだ。
「護衛もちゃんとつけてもらわないとだから大変だと思うけど……頼む」
「いえ。……しかしまた、急ですね」
「情勢が情勢だからねェ。ま、しっかりとした国の体制を示さないと」
「ご苦労様です」
かくゆうトダカも元々ユウナのことを嫌っていた口だ。
さすがに二年間も共に仕事をするようになれば彼の人となりも掴めてくるが。
常々カガリの許嫁である自分の身を嘆いていたユウナを知っているからこそ、納得ができた。メディアや知識人はこぞって、彼の国家元首の夫としての不適格性を叩くことだろう。
大衆というものは、常に非難の対象を求めるものだ。
「あ、演習中のことでひとつ」
「はっ」
「『何が起こっても、驚かないように』」
「は?」
「あと、できるだけ『当てないように』してくれるとうれしい」
「……何に、ですか?」
「『大天使』に……さ」
軽薄に笑う一回りほど年齢が下の男に、トダカは首を傾げた。
ひとまずわかるのは、彼が何かを企んでいる、ということ。
「『大天使』が……舞うのさ。再び、大空に」
あくまで、予定(仮)なのは、内緒である。
外堀は埋めた。あとは、ユウナが彼らを説得しきれるかどうか。そういったことになる。