クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第099話

Last-modified: 2016-02-23 (火) 00:07:20

九十九話 『この世界を作り上げたのは』
 
 
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気まずさは、あった。
ロアビィは苦笑いでも浮かべて逃げ出そうかと思ったが、タカマガハラ側と渡りをつけておきたくもある
それが、ロアビィの足を止めた

「ウィッツ」
「久しぶり、とは言わねぇよ、ロアビィ。宇宙ではおまえともやりあったしな」
「俺を殺すかい、ウィッツ?」
「そんなせけー真似、しねぇよ。心配すんな、狙撃で遠い距離からおまえを狙ってるとか、とかもねぇ」

歩み寄ってくるウィッツに、殺気は無かった
とりあえずロアビィは、信用することにした

日陰に入り、ウィッツと並んで腰を下ろす。しばらく沈黙があたりを支配した
照りつける南国の太陽。アスファルトが、陽炎のようにゆらめいている

「ロアビィ、わかってんだろ?」
ウィッツが、唐突に口を開いた
「ティファを殺すなってんでしょ?」
「ティファになにかあったら、メサイアはサテライトキャノンで吹き飛ばされるぜ」

暑さに辟易したように、ウィッツはひたいをぬぐいながら、つぶやく
ウィッツの言葉を、ロアビィは否定できない。ガロードにとって、ティファはすべてだった
だから仮にティファが死ぬことがあれば、ガロードはすべてを許せなくなるだろう

「わかってるよ」
「つかよ。おまえ、なんでラクスについたんだ?
 アメノミハシラにいた俺らはともかく、有名だったガロードに渡りをつけんのは難しいことじゃなかったはずだぜ」

ウィッツが、唐突にたずねてくる

「ウィッツ。エスタルドの時もさ、おまえ、リー将軍っつー人のために戦ったよな?」
「おう。いい親父だったぜ。意地張って、死んじまったけどな」
「傭兵が信仰するのは、金だけでしょ。それ以外のなんのためにも、傭兵は戦っちゃいけない
 傭兵が正義を持ったら、それは死んじゃうってことよ」

そんなことを、ロアビィは言っていた。ウィッツに言ったはずだが、自分に言い聞かせているようにもロアビィは感じた

「でもラクスはな」
ウィッツは、それでも言おうとしていた
「ウィッツ、そこまでにしときな。誰が正しい、誰が悪い。そんなこと言ってたらキリないってわかってるでしょ
 正義なんて星の数だけあるんだぜ? だから、傭兵は金だけ信じてたらいいの」
「……くだらねぇ」
「ホント、そうだよね」

ロアビィは、立ち上がろうとした

「これからどうすんだよ?」
「……」
「ラクスは負けるぜ。もう、反撃の余力は残ってねぇ。タカマガハラが総攻撃しかけりゃ、あっさりメサイアは落ちる
 偽者だってどう動くかわからねぇ」
「……」
「早めに逃げろ、ロアビィ。ティファを連れてくりゃ、後はこっちでどうにかする」
「歌姫さんをさっさと見限って、タカマガハラに寝返れ。つまりはそういうことかい?」
「ロアビィ。DXぶっ壊して困ってたガロードに、おまえがクラウダ渡したのは、そういうこと考えてたからだろうが
 それとも、クライン派みてぇにラクスのため死ぬつもりにでもなってんのか?」
「まさか」

ロアビィは笑って見せた。
相手が誰であれ、あるいはいくら金をもらおうと、自分が誰かのために命をささげようなどと考えるわけがない

「俺は、おまえがなに考えてんのかイマイチわかんねぇな」

ウィッツが独り言をつぶやいている

「ウィッツ。金の分だけ、仕事するだけですよ。俺はね」
「核は本物なのか?」

ロアビィは笑った。それで立ち上がり、ウィッツから背を向ける

「……俺が手の内さらすほど、甘いと思うかい?」
「……フン」
「ティファはなんとかするよ。俺が約束できるのはそれだけだね」

それで別れた。ウィッツは追ってくることもなく、ただこちらを見つめていた

らしくないことを、いつまでも続けていると、ロアビィは思った
昔の自分なら、適当な理由をつけて、ラクスを裏切っていたはずだ
金の持ち逃げに、罪悪感など感じるはずも無い。だまされる方が悪いのだ

しかし、今は……
                                
レオパルドの足元まで来た。赤の重戦機。元の持ち主は、女だった
賭けに負けた。それだけの理由で、あっさりとレオパルドを手放した。
信じられないような、いい女だった。今はもう、いない
「なぁ、レオパルド。今の俺って、かっこ悪いかな?」
尋ねてみる。返事など、返ってこなかった
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交渉は成立した。汎用シャトルに、クライン派の人間が詰め込まれていく
キラは、ラクスを隔離したまま、受け入れの指揮を執っていた
「ルナマリア・ホーク。クラウダ受領のため、シャトルに随行します
 デスティニーインパルスの搬入をお願いします」
「……ああ」
キラの前で、赤い髪の女性が敬礼していた。
タカマガハラの一員が、クラウダ受領のため、メサイアまで随行してくるらしい

「……こういうことを改めてたずねるのもなんですけど」
ルナマリア。そう名乗った女性が、不思議そうな顔をする
「……」
「本当に、あなたはキラ・ヤマトなんですか?」

「いいや?」キラはふっと、鼻で笑った「僕は偽者かもしれないよ?」

するとルナマリアは、どう反応して良いのかわからないという風な、あいまいな表情を浮かべた
キラはそれ以上、特に話す気にもなれず、彼女から背を向ける

汎用シャトルで宇宙に上がる。
MS運用母艦として優秀だった、エターナルが撃沈された以上、MSはシャトルで運ぶしかない
フロスト兄弟が率いていたクラウダ5機は、すべて置いていく
汎用シャトルへ積み込めるのは、レオパルド、ジン、ヴァサーゴ、アシュタロンの4機で限界である

キラはシャトルの窓から、外を見た。解放されたクライン派の捕虜たちが、続々とシャトルの中へ入っていく
彼らすべてを乗せるのは、確実に定員オーバーになる。大気圏離脱の際に体を固定するのも一苦労だろう

「キラ、シャトルの操縦はどうするのだ?」

シャギアが、こちらに向かってきた。DXとやりあい、ヴァサーゴは中破したらしいが、シャギア本人は軽症のようだ
彼のすぐ後ろには、オルバがしたがっている

「シャギアさん、僕がやります」
「大気圏離脱後は、ザフトとぶつかるかもしれんな」
「大丈夫ですよ。あちらとしては、僕らをメサイアに閉じ込めたままにしておきたいでしょうし」
「攻めてくる可能性は低くないぞ。私のヴァサーゴも、応急処置で出せるようにしておいた方がいいのではないか?」
「なら、好きなように」
「……」

シャギアはなにか言いかけた。ラクスのことだろうと、直感的に思ったが、放っておく

ただ、キラは気になることがあった。フロスト兄弟からなにか、悪意のようなものを感じる
表にそれを出してはいないが、秘めている分だけ、大きな悪意のように思えた
それを、どうしようもなく不快に感じてしまう

フロスト兄弟と別れ、ゲストルームに足を向けた
ロックをかけた部屋に、カードキーを通し、中へ入る

「君が、ティファ・アディールか」
「……」

キラより少し年下ぐらいの、髪の長い少女がいる。
表情にとぼしく、なにを考えているかよくわからないが、どこかラクスに似ていた

「君のことは、ジャミルさんから聞いた」
「私も、あなたのことは感じてました。初めまして、キラ・ヤマト……」
「……ラクスに会いたいって?」
「はい……」

ティファは消え入りそうな声で返事をしてくるが、意志の強さも感じる
どこかお人形のような感じもあるが、それは外見だけのことなのかもしれない

「君が戻るなら、オーブにいる今のほうが安全だ。ラクスと面会の時間をとるのは、メサイアに戻らなきゃ無理だからね
 君がラクスに会うことがそれほど意味のあることとも思えない。
 僕らはメサイアに戻るけど、これからは地獄だ。僕は、君をそこで生き延びさせる保障はできない」
「構いません。私も、戦わなければならないと、そう思ってます」
「未来を見られると聞いているけど……やっぱり、ラクスに会うために、君は捕まったのか?」

すると、ティファはかすかに首を振った

「私はそこまではっきりと、明日を予測できるわけではありません
 ただ、いつか会うことになるだろうとは思っていました。だから、私はとてもラクス・クラインが怖かったです」
「ラクスが怖い、か……」
「でも、出会うことが避けられないことなら、私はいつまでも逃げていられません……
 お願いします。私を、ラクス・クラインと、会わせてください……」
「わかった。そこまでの覚悟なら、会わせてあげるぐらいはね。君からは、悪いものを感じないし……
 ただ、もう一度言うけど、命の保障はできない」
「はい……」

白すぎるような感じのある、少女だった。
ただ、未来が見える。人の心を感じることができる。その力は、自分とは比べ物にならぬほど強いという
そういう力を持って生きるのは、決して生易しいことではないだろう

キラはゲストルームから出た。すると、腕を組んでいる長髪の男とぶつかった

「ロアビィさん」
「……ティファと会ったのかい?」
「彼女の監視をお願いします。大丈夫だとは思ってますが、誰かが逃がすかもしれませんので」
「わかったよ……。キラ、」
「なんですか?」
「あー、そうだな……。もう俺に敬語使うのやめろよ
 よく考えたら年も違わないしさ」
「……いいですよ」
「まだ敬語使ってるじゃない」

笑っているロアビィの表情は、どこかあいまいだった

誰もが、自分に戸惑っているのだろう
今のキラ・ヤマトは、これまでのキラ・ヤマトとは一線を画している

自分などどうでもいいと、思えるようになった
そうやっていろいろなしがらみを捨てて初めて、見えてくるものもある

よく、少し前のことを思い出す。あの日々は、奇跡だったような気さえしてくる

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照りつける太陽が、熱い。砂浜が焼かれている。それでも、起き上がる気になれない

「くそっ」

キラは泣きたくなった。鼻血が流れている。こんな無様な目にあったのは初めてである

「前大戦の英雄というのも、たいしたことはないな
 ナチュラルの軍人崩れに、殴り倒される」

ジャミルが息を弾ませている。
何発か、キラもジャミルを殴りつけたのだが、倒すことはできなかった
かえって返り討ちにあい、鼻血を吹き出して倒れている

「取り消してください、さっきの言葉」

悔しさの中で、キラは声を絞り出した

「強さを自慢するために、これまでおまえは戦ってきた。
 それを正当化するためにラクスへ付き、バカげたヒーローごっこを続けた
 私がそう言ったことか?」
「僕は強さなど欲しくなかった。ましてや自慢する気なんてどこにもなかったです」

熱い。投げ出されたキラの体は、砂と太陽に焼かれていく
鼻血が乾いていく感触が、妙になまなましい

「違うな。キラ、おまえは自分の優れた能力にうぬぼれていただけだ
 その優れた能力は、戦場において、おまえをたやすく英雄にしてくれる
 楽しかったのだろう? 圧倒的な力で、多数の敵を倒し、蹂躙するその瞬間が
 戦場はどんなゲームよりも楽しく、そして己を充実させてくれたのだろう?
 君は戦うことさえできればそれで満足なのだ。戦う理由は、ラクス・クラインが与えてくれる」
「取り消せ、ジャミル! 僕のことはいい……でも、ラクスの悪口だけは!」

すると、脇腹に衝撃がきた。ジャミルが蹴り上げたのだ
呼吸ができなくなり、キラはうめき声をあげてのた打ち回る

「その様子では、私の言葉を取り消すことはできなさそうだな」
「うっ……ぐっ……」

殺してやる。涼しい顔をしているサングラスの男を、キラは憎んだ
八つ裂きにしてやる。必ず殺してやる。そう思い、願うが、体は無様にのた打ち回るだけである

「いつ死んでもいい。そう思っている割には、元気だな、キラ」
「……クッ」
「私は楽しいぞ、キラ
 前大戦を終結に導き、今の戦争においても多大な戦果をあげる英雄が、苦しむ姿を見るのはな」
「あなたは……」
「もう少し生きるのだな。私もまだまだおまえを苦しめたい」

ジャミルが背を向けて、去っていく。彼が砂を踏みしめる足音だけが、はっきりと聞こえる

キラは上半身だけを起こし、鼻のあたりをぬぐった
乾ききっていない鼻血が、べっとりと手のひらに付着していた

それが、たまらなく屈辱でもあった

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シャトルが、マスドライバーで宇宙に上がっていく
シンはそれを、カグヤ島の管制塔で見つめていた
打ち上げの指揮を執ったのは、自分である

「ルナは、だいじょうぶ?」

管制塔から出ると、ステラが声をかけてきた
ルナマリアは単独でクライン派の中に飛び込むことになる
クラウダ受領という大事な任務とはいえ、メサイアが包囲されていることを考えると、難しいことにはなるだろう

「時期が来たら、俺たちもメサイアへルナを迎えに行くよ
 どっちにしろ偽者とはやりあわなくちゃならないだろうし」
「うん……」
「心配なのはガロードの方だけどな、ホントは」

ティファがさらわれた。それを自分のせいだと思い込んでいる
確かに、この状況下でティファを連れ出したのは感心できることではなかった
それにティファを連れ出した理由もわからない

シンはひとまず、ヤタガラスへ戻った。ステラを連れたまま、医務室へ向かう
定期検診の時間なのだ

「いや……」

しかし医務室の前に来ると、やはりステラがぐずった。医者嫌いはどうしようもない
シンは苦笑する。どうにかなだめすかして、部屋の中まで入っていく

「シンか。それにステラも」

テクスはなにか、膨大な資料に目を通していた
机の上には紙の資料が積み重ねられていて、置き場所が足りないのか、それは床にも置かれているほどだ

「なんですか、この資料は?」
「クライン派が残していった遺物かな。彼らは一時、コロニーメンデルを拠点としていた
 そこから大多数の資料を発見し、持ち帰ったようだ
 メンデルはかつて盛んに遺伝子研究が行われていた場所だ。なにか面白いものがあるかなと思ってな」
「メンデルですか……」

シンも聞いたことがある
コーディネイターの『生産』を積極的に行い、クローンなども多数生み出されたという暗いうわさがある場所だ
今は生物災害が原因で破棄されたと聞いているが、近年まで研究は行われていたらしい

「まぁ、半分興味で読んでいるがな。どこかでステラの治療に役立てればとは思っているが」
「そうですか……。テクスさん、これ、全部読んでいるんですか?」
「まさかな。気になる部分だけだよ」
「気になる部分って……?」

さほどに興味があったわけではないが、聞いてみた
ステラの治療に関係あるなら、聞いておきたい

「うむ……。デスティニープランの、雛形のようなものを見つけた」
「偽者の提唱する、あれ、ですか?
 遺伝子の解析により、最適な職業を選択することで、人々の不満を無くしていくという……」
「そうなのだが。ちょっとこれを見てくれ」

テクスは、机の上に古びたノートを一つ置いた。
その1ページを開くと、走り書きのようなものが書かれてある。

デュランダルの提唱するデスティニープランは、一見今の時代有用に見える。しかし……

簡単な走り書きは、デスティニープランの批判を書いていた
しかし問題はそこではなく、『デュランダルの提唱する』という項目である

「これは……。えっと……」

一瞬、シンの頭がこんがらがる。ステラがきょとんとした表情でこちらをのぞきこんでくる

テクスは、シンの混乱を見透かしたように解説を始めた

「遺伝子解析の方の、デスティニープランだが……。本物の議長が提唱した風に書いてあるなこれには」
「どういうことですか? まさか、偽者がずっと前から存在して、メンデルで遺伝子研究していたとでも?」
「それはちょっと考えにくいな。本物の議長が、そこまで間が抜けているとは思えん
 それに議長は、遺伝子研究をやっていたのだろう? メンデルの研究員だったと考えるのが自然だ
 ただ……すまないがシン、聞いてみてくれるか」
「なにをですか?」
「ひょっとしたらデュランダル議長は、偽者についてなにか知っているのではないか?」
「え……。いや、でも、議長は心当たりないっておっしゃってましたし……」
「まぁ、無理にとは言わない。議長もすねに傷の一つや二つは持っているだろうしな」

テクスの言うとおり、デュランダルにも後ろ暗いことはあるだろう
ただ、だからと言って偽者のことまで隠しているとは思いたくない
共に戦う、敵なのである。自分のために有益な情報を隠す、小さな男だとは思いたくなかった

「確かめてきますよ。ステラをよろしく」

シンは、テクスから古びたノートをひったくって医務室から出た

その足でヤタガラスの通路を抜け、ミネルバへ向かう。考えることは山ほどあった
これから、ブルーノの説得もしなければならない。オーブの戦後処理も気になる
ザフトへの対策、大西洋連邦との折衝、軍の再編。並べ立てるだけでも、卒倒してしまうほどの難題が積み重なっている

ユウナやデュランダルは、常にこういう難題渦巻く世界の中にいた
そう考えると、あの二人が自分など及びもつかないような巨人に思えてくる

「シン。怖い顔しているな、なんだ?」

デュランダルがいる、ミネルバのゲスト室
その前にハイネは机を持ち込んで、ザフト兵らしき人間と話をしていた

「ハイネさんこそ」
「ハイネだ。呼び捨てにしろって」
「……ハイネこそ、なにやってるんですか?」
「投降したザフト兵の事後処理だよ。俺が面接した後、議長に会わせて、これからの方針を決めさせる
 これから、ザフト同士でやりあうことになるだろうからな。その覚悟だけは確かめておかなきゃいけないのさ
 それに同僚でやりあうのが嫌ってやつもいるだろ」
「なるほど……」
「で、おまえはなんの用だ、シン?」
「デュランダル議長に面会を」
「わかった。おまえなら、顔パスだ。入れよ」

ハイネがわざわざこんなところで面接なんかしているのは、デュランダルの警護も兼ねているからだろう
今ここで、一番怖いのは暗殺である。デュランダルが死ねば、偽者が本物となってしまいかねない

「失礼します、議長。シン・アスカです」

ゲスト室の中へ足を踏み入れる。デュランダルはパソコンを使って、なにか作業をしていたようだ
ただ怪我の影響か、タイピングの速度が遅い。ただアメノミハシラにいた頃よりはずっと回復していた
包帯も、顔の部分は取れていて、赤いあざが残っていた

—————シンか……。どうしたね?

パソコンのモニタをシンの方に向けて、デュランダルは文字を打ち込んできた
モニタを見る限り、誰かへメールを送っていたようだ。

「いえ、ちょっと気になることがあって……」
—————ブルーノ・アズラエルのことかね?
「いや、それもあるんですが、というより……えっと、これです」

いまだに、デュランダルの前だと緊張する。彼と比べると自分は子供だと、強く思ってしまうのだ

シンは机の上に、ノートを置いた。するとデュランダルは、苦笑いを浮かべる

—————これは、私の学位論文のメモ書きじゃないか
「え……?」

意外な言葉に、シンはぽかんと口を開けた

—————いや、懐かしいな。13年前、私はメンデルで研究員として勤めていたが、博士号をまだ取って無かったのでね
       働くかたわら、いろいろと試行錯誤して、論文を書いていたのだよ
       これはその時取ったメモ書きだ。まぁ、メモ書きにしてはかなり多いがね
「でも、これ、デスティニープランってありますよ。遺伝子優先の……、ほら、偽者の唱える」
—————ああ、それはね。メンデルに残っていた資料があったのだよ
       その資料を、ノートに一部を写したのだ
       だからこんなノート一冊を埋め尽くすほどの量になったのだね
「偽者の正体につながる手がかりじゃないんですか、これ?」

するとデュランダルは、黙り込んだ。とたんに難しい顔になる
しばらく沈黙があった。シンはじっと、デュランダルが文字をモニタに踊らすのを待つ

—————私とて、偽者について正体を考えてこなかったわけではないが
「はい」
—————確証の無いことを話すつもりもない。話したのは、ハイネぐらいだろうな
「はい」
—————この資料、元を書いたのは、ジョージ・グレンだ
       遺伝子を分析し、職業に当てはめる。これが概要だね
       ただ、資料の後半が抜け落ちていて、ジョージ・グレンがなにをもって遺伝子解析による職業割り振りを考えたのかがわからない
「ジョージ・グレンですか……」

世界でもっとも有名な男である。すべてのコーディネイターの始祖
彼が、デスティニープランを考えたのか。確かに、ただの職業安定所として機能させるならば、Dプランは有用である
そこだけ考えるなら、穏健派だったジョージ・グレンらしい政策だが……
抜け落ちた資料の後半が、嫌でも気になった

—————まぁ、私はこれで平和になるんじゃないかと突き詰めて考えてみたのだがね
       結果は、友人に笑われただけだったよ。だから、このノートは恥ずかしい忘れ物にしておきたかったのだが
「なにか、偽者の正体について考えることがあるのですか?」
—————偽者が、ジョージ・グレン友の会あたりの誰かかと思ったこともあるのだがな

『ジョージ・グレン友の会』は、ナチュラル、コーディネイター問わず影響力を持つ組織である
しかしその実態はジョージ・グレン『ファンクラブ』に近く、彼の行動や功績をたたえたり研究したりするしごく普通の組織だった

「それは……」
—————ジョージ・グレンに心酔するあまり、彼の考えたことを実行せねば気がすまなくなった
       だから友の会メンバーが、過激派を組織し、ユニウスセブンまで落とそうとした……
       こんなのは、あまりに馬鹿げているだろう?
「まぁ、そうですね」
—————それに、偽者はプラントを押さえ込み、ザフトを掌握している
       クライン派との戦いでも終始優位に戦いを進めているし、キラ・ヤマトも撃墜した
       ファンクラブのような、友の会メンバーが、そんなことできるとはとても思えないな
「なら、ジョージ・グレンに近い誰か、ですか?」

すると、デュランダルは笑った。そして肩をすくめてみせた
ある意味でデュランダルらしくない、軽い仕草だ

—————ジョージ・グレンに近いと簡単に言うが……。いったいどれだけの人間がジョージに近いと思う?
       シーゲル・クラインもパトリック・ザラも、ジョージの弟子のようなものだ
       ウズミ・ナラ・アスハもジョージから多大な影響を受けている
       そして歴代の大西洋連邦大統領は、いったい何度ジョージと会見を持ったのだね?
       この世界を作り上げたのは、ジョージ・グレンなのだよ?

モニタに文字が踊るたび、急速にシンは恥ずかしくなっていった
バカなことを言った。
彼に影響された人間を疑ったら、天文学的な数字になってしまうだろう

これではデュランダルが黙っているのも無理は無かった

「じゃあ、あの偽者の正体は結局わからずじまいですか……」
—————いや、一人だけ知っている人間がいる。彼に聞くのが、一番早い
「……」

誰のことを指しているのか、シンはすぐに悟った。多分、さっきメールを送った相手だ

「私はしゃべらんよ、デュランダル」

シンの後方から、声が飛ぶ。振り返る。ブルーノ・アズラエルがそこにいた